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第五話 慈悲

 目が覚めてから四日目の朝がきた。マーニャは、何故か服と髪結いの道具を用意しながら、私の食事が終わるのを待っている。絶対安静を言い渡されている私に、それらは特に必要がないと思うんだけど。どういうことなんだろうと思いながら見つめていれば、視線に気付いた彼が説明してくれた。


「今日はフォルテさまがお見舞いに来てくださるそうですよ。せっかくなので、身だしなみを整えてはどうかと思ったんです」

「フィフィが? そっか、じゃあお願いするね」


 フォルテ・ウィンティオは、母の姉の息子、つまり私の従兄にあたる人物である。昔からよく屋敷に来て、一緒に遊んでくれていた。特に、兄が体調を崩した時は屋敷中が殆ど兄にかかりきりになるので、その間はよく面倒を見てもらっていたように思う。向こうのお屋敷に泊まりにいくことも多々あった。貴族らしい華やかな見た目に、飄々とした態度の、なんだかふわふわした人だ。綺麗なクリーム色の髪もふわふわで、彼といるとなんだか砂糖菓子とでも喋っている気になる。そんな従兄のことが、私も兄も、とても好きだった。ちなみに、フィフィというのは、フォルテと上手く発音できなかった兄と私の為に、彼が考えたあだ名である。私が三歳くらいの頃の話だろうか、懐かしい。

 そんな彼が、わざわざ見舞いに来てくれるらしい。目が覚めてからまだ日も浅いのに、ずいぶん情報がはやいんだなぁ。そんなことをぼんやりと考えながら、皿に入ったスープを完食する。ベッドテーブルと食器類を下げてもらい、マーニャと今日の服を選びにかかった。


「あまり締め付けのないものがいいかなと思って、ゆったりしたものをお持ちしたんですけど……。どうですか?」

「うーん、その端のやつがいいな」

「こちらですね、良いと思います。お顔が明るく見えるお色味ですし、脱ぎ着もしやすいですよ」

「マーニャが言うなら、きっと大丈夫ね。髪もお願いしていい?」

「はい、任せてください!」


 きらきらと目を輝かせながらマーニャが言う。彼がなによりも得意なもの。それは刺繍と、服の見立て、髪結いといった、ファッションに関するものである。マーニャのセンスはうちの衣装係お墨付きなのもあり、私は彼の選ぶ装いに全幅の信頼を置いていた。


「お嬢さま、どうでしょうか。最近の流行の編み方をアレンジしてみたのですが……」

「……うん、すごくかわいい。マーニャは器用ですごいね」

「ありがとうございます。お嬢さまに喜んでもらえるのが、なによりも一番うれしいです」


 本当に嬉しそうに頬を緩める彼に、胸が苦しくなる。あの時マーニャがいなければ、あの時迷子になっていなければ、どうなっていたのだろう。時々、彼を連れてきて本当に良かったのだろうかと思う事がある。私に関わったことで、大きく人生が変わってしまった。まあ、そんなことを考えた所で、仕方がないんだけど。本人がこれで良かったと言ってくれているので、あまり深く考えないようにしている。

 マーニャが窓を開けて部屋の空気を入れ換える。従兄をもてなすには、ちょっと散らかし過ぎたかもしれない。隣室に控えていた侍女も呼んで部屋を片付けてもらい、特にやることもない私はサイドテーブルに置いてあった本を読むことにした。子供向けの冒険譚だ。

 読みふけっていればいつの間にかかなり時間が経っていたらしく、不意に声を掛けられて意識を戻す。


「お嬢さま、フォルテさまがいらっしゃったそうです。お部屋にお通ししてもよろしいですか?」

「うん、大丈夫。お茶の用意をお願いね」

「はい、かしこまりました」


 本をサイドテーブルに戻して待っていれば、少し後にノックの音が聞こえる。入室を促して、そちらに目をやる。彼がその場に立っているだけで、部屋が一気に華やかになったような気がした。

 ふんわりと、部屋に甘い香りが漂う。一度なんの香水を使っているのかと尋ねてみたことがあるのだが、なにも使っていないと言われてしまった。じゃあなんなのだ、まさか体臭か、と困惑していたのだが、理由は簡単だった。いつも香りのよい菓子類を持っているからだ。


「やあ、こんにちは。我が愛しの従妹殿」

「フィフィ、わざわざ来てくれてありがとう」

「何言ってるの、当たり前でしょう? 心配したよ、君は意外と丈夫だもの、きっと酷い病だったんだろうね」

「うん、死ぬかと思った」

「縁起でもないね」


 言いながら、ベッドの脇に腰かける。椅子に座れと言おうとしたけれど、あんまりにも悲しげな顔をするので喉の辺りで言葉がつっかえてしまった。


「ほら、お土産があるよ。そんな顔しないで。たくさんあるから、皆と分けたらいいよ」

「わあ、お菓子だ。ありがとう、フィフィ」

「どういたしまして。うん、思ったより元気そうでよかった」

「たくさん寝たらだいぶ良くなったよ。お医者さまは絶対安静って言うけど、ちょっと退屈になりそう」

「僕も最初はお見舞いを断られたんだよ。厳しいお医者さまだね」


 言いながら、にこりと微笑む。柔らかそうな髪が、ほんの少し傾げられた首をするりと滑る。私が今八歳ということは、彼は恐らく十四歳くらいだろう。この歳でこれだけ整った見た目というのは、なんかヤバイんじゃないか。

 こつこつとドアが叩かれる音が聞こえ、お茶が運ばれてくる。それを見てベッド脇に座っていたフィフィは椅子に移動してくれた。今貰ったお菓子も皿にのせてもらい、ちょっとしたお茶会の始まりだ。


「あ、これおいしい」

「だろう? 最近王都で人気らしいよ。カフェもやっているお店で、お茶も美味しいんだとか」

「本当、フィフィは昔から甘い物好きだよね」

「そう思う?」

「うん。違うの?」

「さぁ? どうだろうね。それより、流行りと言えばその髪型もそうだよね」

「ああ、これね、マーニャがやってくれたの」

「そう、ルルゥの侍従はお洒落さんだものね。よく似合ってるよ」


 相変わらず、ふわふわした喋り方をする人だ。昔から、なんでもないことでもはぐらかすような言い方をする。なんだか悪巧みでもしているような表情をする彼が、マーニャは少し苦手らしく、今も給仕を終えるとすぐにいそいそと出て行ってしまった。

 別に、彼は悪巧みしているわけではないのだ。この話し方は癖のようなもので、悪気があるわけじゃない。むしろ、彼がいかにもなにか考えていそうな顔をしている時は、大抵の場合、なんにも考えていない。重要な話をするときは、ちゃんと真面目にしてくれるんだけど。

 何故か楽しそうに壁の模様を眺めているフィフィは、少し現実離れした美しさで目がチカチカする。美形はそこにいるだけで価値が生まれるから凄いよな、なんてしょうもないことを考えながら見惚れていれば、視線に気付いたのか不意にぱっちりと目が合った。

 しまった、さすがに不躾だったか、と慌てて謝罪の言葉を探す。しかし私が謝るより先に、彼はまたベッドの端にぽすんと座っていた。なんなんだ、そんなにそこが気に入ったのか。


「ルルゥ、こっちを向いて。ほらこれ、ご覧よ」

「……なぁに、これ」

「なんだと思う?」

「外で拾った石」

「ふふ、半分正解だね。幼かった頃のルルゥが、僕にくれた石だよ」

「うそ」

「本当だよ? 覚えてないかな」

「全然覚えてない……」


 小さくて真ん丸の表面がつるつるした石を、その細く骨ばった手で弄びながら、楽しげに言う。子どもに貰った石ころをずっと持っていたのか、それともただの冗談だろうか。どちらにせよ意味がわからないし、今それを見せる意図もわからない。

 男なのに、社交界の華なんて呼ばれている人が、こんなに変な人だとみんな知っているんだろうか。それとも、この奇妙さが美しさを引き立てているというやつだろうか。


「これね、僕が剣の稽古中に怪我をした時に、ルルゥがくれたの」

「そうなの?」

「うん。はやく良くなるように、宝物の石あげるねって」

「うーん、そんなこと言ったような、覚えてないような……」

「ルルゥが覚えてなくても、僕が覚えてるからいいんだよ」


 ころころと、意外と大きい手のひらの上を石が転がる。手の皮は分厚く、似つかわしくない程に男らしい。こんなお人形さんのような見た目をしているのに剣の名手だなんて、設定盛り過ぎじゃないか。


「ルルゥが病に侵されたと聞いてから、これを持って、毎日お祈りしてたんだ」

「……そっか。ありがとう、フィフィ。お蔭で、すっかり元気になったよ。心配掛けてごめんね」

「そうだね、とても心配したんだよ。僕らにとって、年齢など関係なく、死は遠い存在じゃないからね。ねぇルルゥ、もう少し、生きておくれ、僕の可愛い従妹殿」

「うん、がんばって長生きするよ」


 目を細める彼に、笑顔で応える。

 彼の言葉には、なにもおかしなことなんてない。貴族であるというだけで、厄介ごとに巻き込まれ、命を狙われる。そこに年齢なんて関係ない、むしろ幼く弱い者ほど狙われやすい。王族や貴族が銀の食器を使うのは、毒物に反応するからだと前世で聞いた気がする。この世界でもそれは同じで、食器類は全て、毒物に触れると変色する素材を使用している。あの世界の銀と同じ成分かどうかはわからないけど、似たようなものなのだろう。

 生きてくれという彼の言葉が、なんだか胸に痛かった。もしや私の死亡フラグの多さを見抜いているのだろうか、いやそんなはずはないんだけど。死ぬのは怖いし、簡単に死んでやるつもりはない。どうにもならなくなったら大怪我エンドでもいいから、絶対生き残ってやる。

 ところで結局、まるっこい石ころはなんだったんだ。返してくれるのかと思ったら、もうポケットにいれてしまった。


「じゃあ、そろそろ帰るよ。長居すると、お医者さまに怒られてしまうしね」

「うん、わざわざ来てくれてありがとう。フィフィの顔を見たら、なんだか元気が出た気がする」

「そう? じゃあいくらでも見せてあげるから、また近いうちに遊びにおいで」


 ひらひらと手を振りながら、まるで蝶々のようにふわふわと去って行った。とりあえず石は捨ててほしいなぁと思いながら、侍女に見送りを頼んでおいた。

 もう体は元気なのに寝てなきゃいけない事に、そろそろ退屈し始めていたから、彼が来てくれて良かった。一人で部屋にいると、あまりにも身近な死が、なんだか怖くなってくるのだ。こんな小娘の手でなにができる、と決意が揺らぎそうになる。

 自分でも、うじうじと臆病な自分が嫌になる。いつか見たアニメの主人公みたいに、キッパリと前に突き進むことができたら、きっと潔くかっこいいのだろう。でも私は普通の人間だもの、チート能力なんてないだろうし、特別頭が良いわけでもない。ただちょっと未来を知っててしまっただけの、弱い人間だ。

 だからこそ、会いに来てくれて、この世界がどれだけ大切かを教えに来てくれたことが、有難かった。臆病な私は、死んでしまうのも殺してしまうのも怖いから、大切さを噛みしめる度に、なんとか前に進むことができる。


「お嬢さま、フォルテさまが帰られました。獣車でいらっしゃっていたので、すぐにお屋敷に到着されるかと思います」

「そう、報告ありがとう」


 客人の出立を伝えに来てくれたマーニャを手招きして部屋に入らせ、髪型を褒められたよと伝えてやる。ぱっと顔を綻ばせる彼に、ああ、頑張らなきゃなあと胸が温かくなる。ゲーム中でエンドを迎えるのが一番簡単で、ゲームの基本形をなぞるものだったのもあり、「チュートリアル」と呼ばれていた可愛いマーニャ。最初に攻略するキャラクターとしては断然彼がいいとオススメされていたのもあって、プレイヤーからの人気も割と高く、可愛がられていたマーニャ。

 それでも、実物が一番かわいい。どのプレイヤーよりも、私が一番マーニャをかわいがっている自信がある。だからこそ、他の誰でもなく私が守ってやらねば、とも思う。フィフィだってそうだ。私を気遣ってくれる優しい彼にも、悲惨な未来なんて迎えてほしくない。そう思うのは傲慢なのかもしれないけれど、わざわざ悲しい道を選ばなくてもいいじゃないか、と思うのだ。

 うん、頑張るしかない。明日からは普通の生活に戻ってもいいと言われている。動けるようになるのなら、幸せな未来の為に、行動し始めなければ!

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