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第四話 執着

 ふあ、と欠伸をしながら、目の前に広げられたノートを見る。我ながらよく書けたと思う。というか、よくこんなに細かく覚えていたなぁ。まじまじと、上質な紙に書かれた年表や、人物情報、折るべきフラグ、パラメータの処理を見ながら感慨に耽る。ファンディスクの情報もしっかり追加された攻略ノートは、これからの私の人生の指針になるかもしれない大事な宝物である。

 一応鍵付きのノートを選んだ上で、さらに用心して前世で使用していた文字で書いておいた。念には念をいれて、前世で慣れ親しんだ日本語が、この世界に存在しないことも確認済みである。私が読んだ言語学の本が間違っていなければ、たぶん大丈夫だ。これで誰かに見られても、内容まで把握されることはないだろう。この世に存在しない文字で何事かをびっしりと書き綴るヤバイ奴だと思われることは免れないだろうけど。

 ぱたん、と音を立ててノートを閉じ、しっかりと鍵をする。書き出したことにより、頭の中でごちゃごちゃしていた情報がまとまって、だいぶスッキリした気がする。今なにをすべきなのかも、視覚情報にしてしまえばわかりやすい。情報さえ整理できれば、いわゆるToDoリストを作って実行すればいいだけだ。

 なんだか機械的で卑怯な気もするけれど、平和で誰も傷つかない未来の為だ。このノートが必要ないならそれはそれで良い事だろうし、万が一に備えておくのは、別に悪いことではないはず。そう、自分を納得させる。

 そんなことを考えていれば、控えめに扉がノックされた。


「お嬢さま、夕食の準備が整いました」

「あれ、もうそんな時間?」

「はい、今日は朝からずっと、熱心にお勉強されてましたね」

「まぁ、ね。ごめんね、マーニャのお勉強見れなくて」

「いえ、そんな! お嬢さまに教えてもらえているというだけでも、とんでもないことです」

「そんな大げさなことじゃないよ。それよりも、二人しかいないときはルルゥでいいって言ってるのに」

「それこそ、駄目ですよ」


 困ったように眉を下げて笑うマーニャに、私はとりあえず笑っておいた。昔はルルゥと呼んでくれていたのに、今はもうずっとお嬢さまだ。侍従として頑張ってくれているのはわかるんだけど、ちょっと淋しい。


「じゃあ私も、マーニャじゃなくて、侍従くんって呼ぼうかな」

「それは……お嬢さまがそうなさりたいのでしたら……」

「あー、ごめんごめん! 嘘だから、ね、そんな顔しないで」


 苦笑する彼に、もう一度ごめんねと謝っておく。

 この国では、名前というのは重大な意味を持つ。名前を呼ぶというのは、ただ単に相手を呼びつけるための行為ではないのだ。相手になんらかの感情を抱いていると示す、意味のある行為なのである。それが良いものであれ、悪いものであれ。

 つまり、敢えて名前を呼ばないということは、あなたにはなんの感情も抱いていないと表明していることになる。マーニャが私の名前を呼ばないのは、目下の者は軽々しく目上の者の名前を口にしてはいけないという、いわばマナーのようなものなので仕方ないことなのだが、私が同じことをしてしまうのは、些か問題ありだろう。


「マーニャは、どう呼んでもらえるのが一番うれしい?」

「……ルルゥさまに呼んでもらえるなら、どんなものでもうれしいです」

「そっか。ふふ、よかったぁ」


 へにゃ、と可愛らしく頬を染めて笑うマーニャにつられて、私も笑顔になってしまう。彼のフラグも叩き折らなければならないと思うと、ちょっと罪悪感が湧く。まあでも、あんな胸糞悪いエンディングを迎えるわけにはいかないし、迎えさせるわけにはいかない。

 いくつかあるマーニャのエンドの一つに、呪術師エンドと呼ばれているものがある。実はマーニャは有名な呪術師の血を引く子どもであり、生まれながらにその才能を持っている。有名といっても、悪い評判だけれど。彼の母親は、かなり危ない依頼も請け負う、いわゆる闇の呪術師だったらしい。スラムの人々がその事実を知っていたかは定かではないが、身寄りのない子どもをさらって生贄にしたりしていた母親のせいで、マーニャは嫌われていたという。

 そんな彼が、ルルティアが自分と離れたがっていると勘違いした結果、本来持っていた呪術師としての才能が開花し、主人であるルルティア、そして自分と主人の仲を邪魔をしていると彼が思い込んだ者に呪いを掛けてしまう。邪魔者は呪い殺し、ルルティアには盲目になるもの、手足が動かなくなるものといった、身体の機能を奪う呪いを掛ける。呪いの反動で壊れていく精神を抱えながら、世話係が、自分がいなければ駄目でしょう、と問う彼のスチルは美しくも切ない。じゃない、あほか。

 そんな悲惨なエンド絶対に迎えたくない。なにが酷いってこのエンドの位置づけがハッピーエンドであることだ。制作会社にはハッピーの定義を問いたい。ちなみにバッドエンドでは、マーニャの魔力の暴走により彼もルルティアも死ぬ。こっちはゲーム内でもかなり見るのが簡単なエンドである。普通にマーニャの好感度をそこそこ上げていればいいだけだ。ふざけないでほしい。なんなんだ、ゲームの開発者的には、生きてればハッピーということなんだろうか……?

 一応、彼を我が家に迎えるにあたって、その素性はしっかりと調べてはいるのだ。ただその呪術師である母親が既に死んでいたのと、いくつもの偽名を使い分けて足がつかないようにしていたのが原因で、真実までたどり着けなかった。その為、マーニャは単純にスラムに捨てられた貧しい家の子どもだろうと認識されている。

 今度それとなくお父さまに再調査をねだっておいた方がいいのだろうか。呪術師関係を洗ってほしいと、どうやったら怪しさなく頼めるかな。調査の結果、なにもないならそれに越したことはないし。なにかあるならば、拗らせる前に情報を把握し、対策を練った方がいいと思うのだけれど、より悪い方へ進んでしまったら、という不安があるのも事実だ。慎重にいこう。


「お嬢さま? もしかしてお疲れですか、ご飯は食べられそうですか?」

「あっ、ごめんね、ちょっと考え事してたの。お腹は空いてるから、大丈夫だよ」

「そうですか、ならいいのですが……。なにかあったら、遠慮なく言ってくださいね」

「うん、ありがとう。マーニャは優しいね」

「お嬢さまに比べれば、全然ですよ」


 ベッドテーブルに整然と並べられた食事に手を付けながら、マーニャの方を見遣る。ヘーゼル色のぱっちりとした瞳に、艶のある栗色の髪。可愛らしい顔をした優しい彼が、悪名高き呪術師の息子だとはねぇ。きっと誰も想像すらしないんじゃないか。

 魔法について少し学ばせてみるか、それとも遠ざけた方がいいのか。うん、それはもう少し考えてから答えを出そう。大丈夫、きっと守り抜いてみせる。とりあえずは、出来る限りマーニャを不安にさせないようにしよう。

 苦い薬を無理矢理飲み込みながら、こっそりとそう決意を固めた。


「この後ですけど、旦那さまが様子を見にいらっしゃるそうです」

「わかった、じゃあ本でも読みながら待ってようかな」

「はい、ではまたお声をお掛けしますね」

「うん、それまではのんびりしてて。そうだ、一緒に本を読むのはどうかな? 読めない箇所は教えるから」

「えっと、もし、それでいいと言ってくださるなら……」

「いいに決まってるでしょ。読みたい本はある? ないならこれとか読みやすいと思うよ」


 サイドテーブルに詰まれていた本の中から、比較的幼い子ども向けの簡単なものを手に取って渡す。内容も面白いし、理解しやすいはずだ。受け取ったマーニャは、嬉しそうにその本を読み始めた。教え甲斐のある生徒だなぁ。私もこのくらいわくわくした態度で臨めば、家庭教師の先生も喜んでくださるのだろうか。

 時々マーニャの質問に答えながら読書をしていれば、まるで嵐のように父が来訪し、台風のように去って行った。前から思っていたけど、破天荒な人だ。でも、そんな父が、私は大好きだった。

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