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プロローグ

 こぽこぽと、耳元で水の中にいるかのような音が聞こえる。体は重く、上手く力が入らない。底へ、底へと沈んでいくような。そんな感覚が不思議と嫌ではなかった。目も開けられず、声も出ず、ただひたすらに上とも下ともつかない場所へと沈んでいく。不定期な水音だけが意識をこの場に留めている。ただふわふわと心地よい。嗚呼、この感覚、たしかどこかで。

 なにか思い出せそうな、頭の片隅になにかひっかかりをおぼえたような気がしたその瞬間、ぐいと意識が持ち上がり、急に騒がしくなった。あーあ、あとちょっとだったのに。そう思いながらも騒音に耳を傾ける。そんなに騒がなくったって、聞こえてるんだけどなぁ。どんどん騒がしくなって、息も苦しくなってきた。気持ちよく漂っていた指先に、ぐっと力を入れる。どうやらいつまでもここにはいられないらしい。じゃあ、出る準備をしなきゃ、と爪先にも力をいれる。体が重い、さっきよりもずっと、重い。頭が痛くて、音がガンガン響く。胸のあたりが気持ち悪くて、世界がぐるぐるまわっているように感じる。体が熱い。目の前が、真白で、明るく眩しい。ああ、もうここは、水の中じゃないんだ。

 じゃあ、どこだっていうの。何も見えない、場所もわからない、私はこんなところでなにをしてるの。私は、誰なの。なんにも、なんにもわからない。怖い、誰か、助けて。誰でもいい、誰か、応えて。


「……さま、お嬢さま! 旦那さま、お嬢さまが目を覚ましました!」

「……だれ」

「ああ、お医者さまをすぐお呼びしないと。お嬢さま、気分はどうですか?」

「気持ち、悪い……」

「よかった、目が覚めて本当によかったです。すぐにお医者さまに診てもらいますからね。きっとよくなります」

「あのね、頭が痛いの、ちょっと静かにして……」


 私がもっと元気なら、手が出ていたかもしれない。それくらい気分は最悪で、横で騒ぐ栗色頭はうるさかった。残念ながら、体に殆ど力が入らず、動けば吐きそうだったので叶いそうになかったけど。

 ばたばたと白衣を着た初老の男性がこの無駄に広い部屋に入って来るのを目の端に捉え、私は体から力を抜いた。ぼんやりと天井を眺め、状況を整理しようと試みる。今最悪の気分でキングサイズのふかふかベッドに横たわっている私は、ルルティア・モルドー。ルミセルト王国の由緒正しい貴族、モルドー家の娘。流行り病で高熱を出して倒れ、絶賛療養中。この騒ぎを見た感じだと、結構危なかったんじゃないかな。

 そうだ、私はルルティア・モルドーなのだ。画面を見ながら何度も憐れんだ、薄幸の少女、ルルゥ。ああ神様、こんなことってあるのでしょうか。私の大好きだった乙女ゲームに登場する主人公と同じ名前で、全く同じ境遇だなんて。こんな偶然あるはずがない、でも必然だなんて思いたくもない。

 胃のあたりが気持ち悪い。頭も酷く痛む。ああこれは悪い夢だ、きっとそうに違いない。やけにリアルなベッドの感触も、心配そうにこちらを見つめる栗色頭も、しかめっ面のお医者さまも、慌てて飛び込んできたお父さまも。みんな、私の妄想の産物なんだ。だってそうじゃなきゃ、おかしいじゃないか。ゲームの中に入り込むなんて、そんなの聞いたことがない。ライトノベルじゃあるまいし。

 頼むから夢なら覚めてくれと強く願いながら、私はもう一度意識を手放した。

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