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5、意外な事実がわかったら……

 コンコン。


 しばらくすると、またノックの音がした。

 

 今度は誰だろう。

 強いノックではないから、さっきとは違うやつなんだろうが……なんだか確認するのが億劫だ。

 立ち上がって、またドアスコープを覗きに行く。

 そこには……ばーさんがいた。


「うおっ!」


 一度あの姿を見ていたとはいえ、やはりこう、クるものがあるな……。

 あいかわらず両目が黒く陥没してした。

 死人のような姿に、思わず悲鳴がもれる。


「あら、いるのね? もう夕方だけど、本当にまだ食欲ない? 一応、色々作ったから、置いていってあげようと思って持ってきたの。ねえ、ちょっとだけ開けてちょうだい」

「は、はい……」


 またあのゲテモノ料理か……でもまあ、ばーさんの好意は無下にできないので扉を開けてやる。


「高橋さん大丈夫? まあ、なんだかさっきより体調が悪そうよ? 病院は行ったの?」

「い、いえ……」

「そう? じゃあ明日は絶対行くのよ? こういうのは放っておくと大病になっちゃうってことがあるんだから……お隣さんもね、最初はあなたみたいにしょっちゅうお料理おすそわけしにいってたのよ? なのに……」

「えっ? お隣さん? お会いしたことあるんですか?」

「ええ。当たり前じゃない。ここにわたし何十年住んでると思ってるの? でもねえ、最近はめっきり会ってくれなくなっちゃてねえ。部屋からも出てこなくなっちゃったし……わたし心配なのよ」

「はあ、俺は一回も会ったことないんですよね。そうですか、ご病気……なんですかね?」

「ねえ? でも、このアパートって病人が多いじゃない? 102号室の方だって、最近見なくなったし、101号室の奥さんだって寝たきりだっていうし……103号室のご家族なんて息子さんが重度のアレルギーだっていうし。最近の人ってちょっと異常なくらい病弱よね」

「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。皆さんそんなご病気なんですか? まだ一年しか住んでないから、よく知らなかったですけど……」

「そうなのよー。本当、健康にだけは気を付けないとよね……やっぱり即席のものばっかり食べてるからかしら。しっかり一から作らないと……栄養のあるものは摂取できないと思うのよねえ」

「……まあ現代人は忙しすぎなんでしょうね。俺も毎日仕事が大変で……正直きちんと作る余裕がないです。あなたの手料理があるから、いつも本当に助かってます。じゃなかったら俺……ほんと毎日インスタント食品か外食ですよ。ありがとうございます」

「いいのよォ、わたしは作りすぎちゃったのを持ってきてるだけだから! 食べてくれるだけでも嬉しいのに、そんなことまで言って……もう、お礼なんていいのよ。さ、これでも食べて元気だして。わたし、これから下の階の人にもお裾分けしに行かなくちゃなのよ。ああもう、この年になっても料理の量がわからないんてダメねえ……ボケてきたのかしら。嫌んなっちゃう」


 一方的にまくし立てると、ばーさんは大きなタッパーを二つ渡して去ってしまった。

 キッチンに置いて、一応中を確認してみる。

 うわあ……。

 昼間すすめられた、小さな目玉入りのの黒い汚泥に変わりなかった。

 ばーさんはこれを「肉じゃが」と称していたが、どう見てもこれは俺の知っているものとは違う。ただのゲテモノだ。


 もうひとつはなんだ?

 開けてビックリ、「ミミック」だった。

 一応解説すると、ミミックとは宝箱に擬態したモンスターのことである。


 なんか白い固まりが三つあったが……おにぎりか、と喜んだのもつかの間。ちっちゃいウジ虫みたいなのがまとまっているだけだった。俺の存在に気づいたのか、一斉にタッパーから逃げ出そうとうごめきはじめる。


「ひいいいいッ!」


 俺はすぐさま蓋を閉めた。


 はあ、はあ、害虫寄越してきてんじゃねーよ、ばーさん。

 好意を無駄にしちゃ悪いと思った俺がバカだった。

 こんなゴミを受けとるくらいなら、まだ居留守を使えばよかったぜ……。深く反省する。

 でもなあ、万が一、もしかしてって思っちゃったんだよな。いい加減腹も減ってきていたし。まともなものを持ってきてくれてたらって、わずかな可能性を期待しちゃったんだよな。


 ああ、たしかにどうかしてた。

 こんな狂った世界でまともなものなんてあるはずないのにな。ちょっと判断基準がオカシクなってたみたいだ。


 はあ、どうすっか。かなり喉も渇いてきてるんだけど……。

 ここから10分くらいのところにコンビニとか自販機があったけど、買いに行くのは無理っぽいよなあ……。この建物から出られないし。たとえ行ってもコンビニすらなくなってたとしたら意味ないしなあ。

 はあ、詰んだ……。


 のんびりと時間が過ぎるのを待ちながら、天井を見上げる。

 そのうち小さな音がするのに気付いた。

 カチャカチャ。

 えっ? これ……お隣さんの音じゃないか?

 どこから聞こえてくるのかわからないが、よく耳を澄ませてみる。


 音のある方を探っていくと……。

 それはさっきのベランダ……だった。え? 今、たしかに外にいる。

 さっきと似たような人影が外にいる!


「うっ……」


 いきなりのことに、心臓が痛いくらいドクドクしてきた。

 どうして。やっぱりさっきのやつもお隣さんだったのか? ていうか、どこから入ってきたんだ。

 曇りガラスの向こうに、黒い人影がせわしなく動いている。

 えっ? まさか……まさかベランダづたいに来たってのか? なんで? 危ないだろ。普通に玄関から来ればいいのになんで……。


「ちょっと……お、お隣さん?」


 俺は声をかけながら掃き出し窓の鍵を開けようとする。

 すると、影はまた手すりにのぼって隣のベランダに戻って行ってしまった。

 するりするり。いや、ていうか何者だよお隣さん。忍者かなにかか?


 はあ……一目、顔見たかったんだけどなあ。

 何だったんだろ。

 とにかく窓を開けてみる。


 そこには一枚の紙が落ちていた。

 そして……衝撃の言葉が書かれていた。


「なになに? 『あの婆さんの料理は食べるな』……?」


 いやいや、食べるなって……言われなくても食べようなんて思ってないけど。ていうか、逆に食えって言われても無理だし……そう、余計なお世話だっての。

 でも、わざわざこうまでして伝えてくるってのは……なんなんだ? いったいどういう意味があるんだ。

 あのばーさん、なんか危険なのか?

 それとも食べ物の方?

 まあ、ある意味どっちも危険だが……。


 はあ、せめて直接言ってくれればな。

 いろいろ聞けるんだけど。

 いや……ばーさんはお隣さんが病気だって言ってなかったっけ? 少なくともベランダづたいに移動できるくらいには元気になってるのか? いったいどっちが正しいんだ。


 いや……待てよ。もしかして。


「いや、そ、そんなわけないよな。そんなわけ……ははは」


 俺はものすごく怖いことを想像してしまった。

 ごくりと生唾を飲み込む。

 考えたくないが……こうして俺にわざわざ教えに来てくれたってことは……表立っては伝えられないってことを意味している。少なくとも廊下とか外では話せないってことだ。ということは……そこから浮かび上がるのは……ひとつしかない。

 それは……。

 お隣さんも俺と同じ状態になってるかも……しれないってことだ。 


 俺と同じように真っ暗な世界に急に放り込まれて、ご近所さんたちがバケモノに見えるようになって、この建物より外には出られなくなってしまったんじゃないか……って。


 いやな、それは考えすぎかもしれない。

 でも、俺の部屋では急に何もかもがなくなって伝達手段もなくなったが、少なくともお隣さんの部屋には紙とペンがあるらしい。

 そこだけは大きな違いだった。


 ありがてえ。なんだか知らないけどありがてえ。

 お隣さんの好意に、深く感謝する。


 お隣さんも、ばーさんの料理を食った……んだよな。どれぐらいの付き合いがあったかは知らないが、ばーさんもたしか差し入れしてたって言ってたし。

 お隣さんは、それに何らかの異変を感じはじめた……んだろうか?

 俺はいったいどれくらい食べてただろう? 少なくとも週に三回くらいはお裾分けをもらってたような気がする。それが、およそ一年間……。


「はっ、まさか……」


 まさかそれが……原因だってのか?

 この、異常な事態を引き起こしてるのは、全部あのばーさんの料理が……原因?

 いや、まさかな。ただのばーさんがそんな、魔法のアイテムを作り出せるわけ……人を異世界に転移させる料理をつくるだなんて、そんな馬鹿げた話あるわけがない。常識的に考えて……。


 いや、待て。

 病気がどうとか言ってた気がするな。さっき。あのばーさん、他の家にもお裾分けを……って、やってて……。

 そんな、おいおいマジかよ。やっぱり魔女かなんかなわけ? そういう魔法の料理を作っちゃって、みんなをオカシクさせてたってわけ?


「ははっ……」


 意外な、事実を知っちゃった気がする……でもあいかわらず目は覚めないし、喉は渇くし腹は減る。

 状況は何も変わっちゃいない。

 いい加減限界を迎えてきてるんだけど。

 俺、ここで死ぬのかな……。ひそかに、絶望が忍び寄ってきていた。



物語をここで終わりますか? はい  → 「ばーさんの謎料理を食べ続ける」エンド

              いいえ → 次話へ

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