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3、ご近所さんに心配されたら……

 早期リタイアした、素敵なナイスミドルだったのに……。

 俺はおっさんの変わり果てた姿に絶望していた。

 腹から真っ黒な臓物をぶちまけているおぞましいクリーチャー……顔はさっきのばーさんと違って普通だが、代わりにゾンビとしか言いようのない姿をしている。


 マジか……。おっさんも、こんな状態になってしまったとは。

 夢とはいえショックだなあ。

 俺はこんな願望があったのだろうか。ご近所さんをモンスターに変えてぶちのめしたいとかいう、無意識の欲望が……。

 いや、ぶちのめしたいっていうのはあれね、だいたいゲームとかではセオリーでしょ。

 

 軽く自己嫌悪だ……。

 おっさんはいつも明るく挨拶してくれて、俺は少なくとも嫌いじゃなかった。

 そんな、ぶちのめしたいとか、バケモノに変えたいとかっていう願望は……無かったと思いたい。


「おや、高橋くん。今日はお休みかい? あれ? 足が裸足だ……いったいどうしたんだね」

「え?」


 足元をみると、たしかに俺は靴を履いてなかった。

 それもそうだ。部屋中のほぼすべてのものが盗まれちまったんだから。そのままで出てくるしかない。

 廊下がコンクリート製で本当に良かった。砂利だったらまず間違いなく足の裏が痛くなっているところである。


「ああ、その……無くなっちゃいましてね。というか無くされたというか……」


 俺は一応普通に返答した。当たり障りのない返事をしていると思うが、大丈夫だろうか。会話次第では相手がキレて攻撃される……なんてことにはならないよね?


「そんな、本当かい? 廊下で靴を干していたら、猫とかがどっかにやっちゃうことあるけど、そういうことがあったのかい? うーん、無くしたなんて……そこらには落ちてないしねえ。いったいどんな靴だったのかな? 聞いてもいいかい?」

「はい。えっと、仕事用の……普通の黒い革靴……です」

「そうか。それは難儀だねえ……もし見つけたらひろっておくよ。早く見つかるといいねえ」

「はい……」


 そう言って沈黙すると、おっさんは腹を揺すってさらに臓物を地面にぶちまけていった。

 え、大丈夫なの? おっさん、自分がやってること、気付いてる? 気付いてないの? 辺りも汚れるっていうか、あーあー、腸も足にからまってるじゃねえか。ほら、転んで……。


「あら、どうもこんにちは。珍しいですね、こんな時間にお会いするなんて」

「あ、ああ……どうも奥さん。こんにちは」


 俺たちの話し声を聞き付けたのか、103号室の奥さんが部屋から出てきた。

 この人は俺の真下の部屋の住人である。

 30代くらいの優しそうな女の人だったんだが……ああ、またかよ。


 全身くろこげだった。

 まるで火事にでも遭ったみたいに。皮膚がただれ落ち、赤黒い肉の中身がどろりと顔をのぞかせている。じくじくと膿のようなものが洋服全体に染みだしていて、正直見れたもんじゃなかった。おまけに変な臭いまでする。一瞬焼き肉かと思……いやいや。それは考えないほうがいいかもしれない。さっきから胃液がまた「こんにちは」したくて仕方なくなっているんだから。それ以上はもう……。

 俺は絶対に吐くものかと決めていた。

 連続してグロいものを見ているんだから、きっと一度許したら止められなくなってしまう……。


「どうしたんですか? なんだか具合が悪そうですけど」

「え、ええ。ちょっと……ね。体調が悪いんです……ははっ」


 そう、あんたたちのおかげでな。


「高橋くん、そうなのか? じゃああとは我々が探しておいてあげるから、部屋で休んでいなさい。ああ、実はね、彼は靴を無くしてしまってるんだよ。あなたも見たら、どうか拾っておいてあげてほしいんだ。仕事用の革靴らしくてね……困るだろうに」

「あらまあ……じゃあわたしも、気をつけてまわりをよく探しておきますね。もしかしたらベランダとか変なところにはさまってるかもしれませんから」

「ああ、そうしてやってくれるかい」


 おっさんと奥さんが朗らかに話している。すごく違和感のある光景だった。

 ああもう、早く夢なら覚めてくれ!

 といっても……またあの地獄の残業ライフが待っているだけかと思うと、目覚めた方がいいのか、このままでいた方がいいのかと悩むところではある。


 キイ、と103号室の扉が開いて、小さな子供が出てきた。

 奥さんの息子さんだ。おぼつかない手つきで扉を閉めて、こちらにやってくる。


「あらあら、だめじゃない! 勝手に出てきちゃ……」


 そうだ。出てこなくていい。

 なんか、半透明だから。うん。真っ白い顔をしていて生気がまるでない。幽霊? なのか? 幽霊になっちまったのか?

 うわー、○怨くんを思い出しちゃうよ……。

 可愛い顔をしてるんだけど、近づいてくるたびに鳥肌が立ってしょうがない。背筋がゾクゾクする。


「……」


 奥さんの足元にしがみつくと、男の子はじいっと俺を見つめてきた。

 やめてくれ。こういうのが一番苦手なんだ。

 ゾンビとかモンスターはゲームとかで狩り慣れてるからいい。でもホラーはダメだ。あれは生理的に無理なんだ。無理無理。

 映画も観れないし、テレビで心霊番組をやってたらソッコーでチャンネルを変えてしまう。それくらい条件反射で拒否するものなのだ。


 何もしゃべらないのが余計に怖い。

 俺は戻って休むとみんなに伝えて、そそくさと部屋に逃げ戻った。


「はあ……なんなんだよ、まったく……」


 玄関を開けて、部屋に入る。

 相変わらずなんにもない。喉が乾いてきた気もするが、冷蔵庫すら消え失せていた。

 仕方ない。現実世界で飲まなきゃ、夢世界で飲んでもなんも意味ないんだろうが気休めだ。水道の水を飲むことにする。


 キッチンのシンクには、たくさん汚れた食器が積み重ねられていたはずだが、それはきれいさっぱり無くなっていた。

 盗んでいったやつらには、それだけはお礼を言わなきゃいけないな。

 こんな余計なものまで持っていって、片付けてくれたんだから。

 まるで引っ越してきたばかりの綺麗なキッチンだ。


「ちょうど一年前か……」


 念願の上京。憧れだった仕事に内定が決まって、胸踊らせたあの日々……。

 それはもう、戻ってはこない。

 今では精神がすっかりすり減らされて、疲れるばかりの苦行の日々である。

 もっと頑張ればいいんだと思い込んでここまで来た。でも……それももう限界だ。変な意地さえなければもっと早くなんとか……転職とかもできたかもしれないのに……。


 ああ。考えても仕方ないことを後悔している。


 俺は固めに閉めていた蛇口をひねった。

 そこからは塩素臭い、不味い水が出てくる……はずだった。

 でももっと不味そうなものが出てくる。

 なんだこれ。

 イチゴシロップみたいな赤い液体が流れ出してきた。


 俺はすぐに蛇口を閉める。

 なんかねっとりしていた。あれはたぶんイチゴ味じゃないだろう。

 ここまでの流れでいうと、そういうファンシーな展開はありえない気がした。空を飛べるだとか、念じれば金銀宝石が目の前に……なんていうのはいっさい想像ができない。


「あれ? 普通、明晰夢って、なんでもやろうと思えばできるんじゃなかったっけ……」


 都市伝説とかオカルト関連でそんな話を聞いたことがある。

 でも、どうやってもそんなことができるビジョンがなかった。

 あれだなあ。俺って想像力が豊かじゃない方だからなあ……。

 まあいいや。

 こんなどんよりとした、気持ち悪い夢は早く覚めて欲しい。

 目が覚めるのを待つとするか。


 起きたら俺、今度こそ有給とって、転職の準備するんだ……。


 そう思ったのも束の間。

 ガタガタとベランダの方から物音がした。

 外に、誰かいる。黒い不気味な人影がバンバンと窓を叩いてーーこちらに来ようとしていた。



物語をここで終わりますか? はい  → 「不気味な影の襲来」エンド

              いいえ → 次話へ

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