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02

 白瀧津姫神に言われ、行くように言われた先で落ち合ったのは見慣れない若い青年だ。青年とは言いつつも、彼も神であるのだから見た目通りの年齢ではありえない。光に透ける金色の髪は短く刈られ、夏の空の色をした瞳をきらきらと輝かせて雪乃を見ている。見慣れない白いゆったりとした服は大きく片方の肩が出ていて、ちらりと見える胸に描かれた強い力を感じる刺青が彼が雪乃がよく知る世界の神ではないことをはっきりと示していた。


「雪乃。この方が光粒から生まれし創造神じゃ。見た目は怪しいが、悪い奴ではない……と思う」

「は、はい。白瀧津姫神に連なります、雪乃と申します」

「えー?怪しいなんて酷い!ユキノちゃん、よろしくね!俺はアグニスト。ユキノちゃんたちの言葉で言うと、光粒から生まれし創造神ってとこだよ」


 白瀧津姫神に紹介されて、雪乃は丁寧に頭を下げる。気安い空気を出してはいるが、相手は創造神という最上級の位にいる神だ。出来る限り丁寧に挨拶をしてはいるが、これでも足りないくらいだろう。


「異界の神と言えど、その服は何とかせいといつも言っておるではないか」

「だって、シロヒメのとこの服って好きじゃないんだよねぇ。いっぱい着ないといけなくて重いじゃん?」

「それが高貴な身分というものではないか。そう動かぬから重かろうが問題なかろう?創造神と言うのはだな――」

「あー。分かった!分かったけど、でも俺は自分で動くのが好きなの!世話をしてもらうのは、どうも合わないんだよね」


 親しい仲であるように見える姫神ですらアグニストの服装には思うところがあったのだろう。一度口を開いた姫神の言葉は止まらない。アグニストは慌てて姫神の言葉を遮ると、肩を竦めて困ったように笑った。


「まったく。ああ言えばこうと、口の減らない男じゃ」

「まぁまぁ。良いじゃないか、シロヒメ」

「良いか?雪乃は妾の可愛い元神使じゃ。妾の神使は人で言うところの家族も同然。妾も手助けをするつもりではおるが、きちんと面倒を見てたもう」

「うん。分かってるって。大丈夫だよ。ね、ユキノちゃん!」

「は、はい……」

「じゃあ、そろそろ行こうか。荷物はある?」

「いえ。ございません」


 アグニストに聞かれて、雪乃は首を横に振る。神使になってからと言うもの、衣食住には困らない。空腹を感じることはないし、食べなければ死ぬということもないからだ。ただし、信者に捧げられた供物を食すことで神力を得られるが、供物でなければ食べることに意味はない。

 そして雪乃たちが暮らしていた社の中は姫神によって常に清浄に保たれているために、服も身体も汚れることは無かった。そのために着替えは必要なく、この通り身一つで十分なのである。


「そっか。それじゃあ、シロヒメ。またね」

「雪乃。しっかりな」

「はい!今まで本当にありがとうございました!」


 アグニストは雪乃を連れ、軽く跨ぐように世界を越える。その瞬間に膨大な神の力が使われたのは分かるが、それをどうやって行っているのかは理解できない。しかし、そんなことを言っている余裕は雪乃には無かった。

 連れられて来た先には見たことのない建物らしきものが建っている。雪乃がこれまで長い時を過ごした姫神の社とは姿形が異なっているが、これが彼流の社なのだろう。白い石造りの太い柱は数人で手を繋いでようやく届くというほどの太さ。そんな特徴的な建物の真ん中に大きな水鏡が設置されている。長く立派な杖をその中に入れると、ぐるりと回しながら彼は雪乃を見た。


「――というわけで、ここが俺の創った第二千五十三世界ユーティノトス」

「ユーティノトスというのはこの地の名前でございますか?」


 水鏡には雄大な自然と、見慣れない形の建物らしきものが連なる町が写されている。


「うん。そう。ユキノちゃんが居た世界とはちょっと違うけど、ここはここで良いとこだよ」

「あれは……動物でございますか?」


 雪乃が視線で示した先には奇抜な姿の生き物が森を闊歩している。その姿は鹿のようにも見えるが、その額に生える角は雪乃がよく知る鹿のものと比べて凶悪だ。まるで日本刀のように先端が鋭く光り、走りながら己の進行方向にある邪魔な草木を切り伏せている。


「ん?動物じゃなくて魔物。魔素を帯びていて、ただの動物よりもほんのちょっと危険な生き物だよ」

「ほんの少しには見えませんが……」


 彼はのほほんと言ってのけたが、彼の言葉と雪乃の印象は大分かけ離れたもののように思える。あの切れ味の角は、ただの人の身にはそれだけでかなり危険であるはずだ。うっかり刺さっただけでも致命傷になりかねない。

 そんなことを思案する雪乃に向かって、何かを思い出したかのようにあっと声を上げた。


「あ、そうだ。まだ神になって日が浅いから慣れないかもしれないけど、そんなに固い喋りじゃなくて良いからね。俺たちは同じ神なんだしさ」

「しかしながら、創造神で在らせられますのであれば同格ではございませんでしょう」

「ガード固い……でも、そこがユキノちゃんの良いとこなんだけど……!」

「創造神様?」

「俺の事はアグニストとでも呼んで」

「アグニスト様、ですね」


 口の中で繰り返すようにして呟く。彼が万物を創り出す創造神という特殊な神であるせいなのか、その名前も特殊だ。長く姫神の元で過ごした雪乃にとっては耳馴染みのない音で、何度か繰り返さなければ間違えてしまいそうである。


「発音は置いておくにしても、様は無くても良いんだけどねぇ。まぁ、良いや!俺は次の世界を創りに行くから、ユーティノトスはユキノちゃんにお願いするね」

「はい。精一杯お役目を全うします」

「力入りすぎ。リラックスリラックス!」

「リラックス……」

「肩の力を抜いてね。そう簡単に世界は壊れないから大丈夫だよ。さぁ、この杖を持ってみて」

「……はい」


 アグニストの言葉は雪乃にとって知らない言葉ばかりだ。それでも、彼が雪乃を励まそうとしているということは分かる。優しく微笑むアグニストに小さく頷いて、彼の手にある杖を受け取った。


「そうそう。この杖で下界の様子が分かるから」

「あの……。私は何をすれば良いのでしょう?」

「何も?」


 水鏡からユーティノトスを見渡しながらアグニストに向かって尋ねる。しかし、その質問に対する問いは雪乃が思っていたものとは大分違うものだった。


「何も……ですか?」

「そう。何も。この世界はほぼ完成されてるし、もう手助けがなくても生きていける。ただ見守っていてあげてほしいんだ」


 きょとんと繰り返す雪乃にアグニストはにっこりと笑って頷いた。


「見守る……」

「うん。とは言え、まだこの子たちは歩み始めたばかりだ。誰かの支えや助けが必要になることもあるだろう。そんなときに助けてあげてほしい」

「でも、私ができることなんてありません。私なんてまだまだ神力も弱くて……」

「大丈夫!ユキノちゃんならできるよ!とにかく、君がこの世界に存在することに意味があるんだから深く考えないで」

「……はい」


 実際、雪乃にできることは少ない。神になりたてで信者のいない雪乃は神としてはありえない量の神力しか持ち合わせていないし、出来ることと言えば僅かな水を出すことくらいのものである。そんな肩を落とし項垂れる雪乃に、アグニストは励ますように声を掛けた。


「じゃあ、そういうことで。困ることがあれば言ってね!」

「えっ?」

「俺のかわいいユーティノトスをよろしくね!」


 アグニストは爽やかに言い放つと、そのまま飛び上がって消えた。雪乃の手には世界を見渡す水鏡の杖が残されている。

 雪乃はその杖を少しの間見つめ、そして意を決したようにゆっくり回し始めた。とにかく雪乃に出来る範囲で、独り立ちしたばかりの世界を見守るために。



***



 くるり、くるり。

 その日も雪乃は水鏡から世界を見渡していた。雪乃の手にあるのはこの世界に初めて根を張った樹木の枝を材料にした大きな杖。雪乃の背丈ほどもある、つるりとした真っ白なその杖はすっかり雪乃の手に馴染んでいる。

 水鏡から見える今ではすっかり見慣れた建物の形も、初めは全然見慣れないものだった。特に今見ている地域では土を練って粘土にしたものを焼き固めて、それを組み合わせて建てている。あまり雨の降らない地域だからこその工法なのだろう。


「――あれは……」


 くるくると回す杖をピタリと止めて、水鏡の中を注意深く見た。水鏡には一面の砂漠と大きな岩で作り出された荒野が広がっている。その一点に気になるものがあった。

 雪乃はそれに気付くと、持っていた杖をそのままに水鏡脇の階段を上る。そして水鏡の縁に立つと、その中に恐る恐る右足を差し入れた。それに続いて左足を入れると、白の社から雪乃の姿が消える。水鏡に僅かな波紋だけを残して。

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