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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第1章
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第8話 別れと願い

 今夜、遂にガルディアに別れを告げる夜になった。過ぎ去って欲しくない時間ほど、呆気なく過ぎてゆく。

 花畑には一切隠れる場所がないため、ついてきてくれた騎士二人には悪いが気付かれない程度の場所に控えてもらっている。もちろん主人を最優先のため、ウィルとグリスは花畑に通じる岩階段の影から。上にあがれば主人が願った時間が叶わない。そのため、ガルディアが現れたら、岩階段の陰から見守ることとなった。

 次に無調整な岩階段から、靴音が聞こえる。振り返ればそこに、見慣れた人物がいた。

 あぁ、こんな時でも愛しい気持ちは消えることなく胸に残っている。しかしそれも今夜で最後。強制的に終わらせる。

「久しぶりだな、ティナ。元気にしていたか?」

「はい、…"ガルディア"様。あの、急に呼び出してしまって申し訳ありません。伝えたいことがあり、ここまで来てもらいました…」

 ティナから呼ばれた名前に小さく気づくも、何もなかったように話を続ける。

「それはいい。今夜はちゃんと、従者を連れてきているんだな。姿は見えないが、二人分は感じる」

 流石、と思った。鍛えている騎士は人の気配も感じれるのか。ウィルと近いものをもってるかもしれない。そんな思いを消して、ティナはガルディアが持っていた手紙に視線をおとす。それに気づかない騎士ではない。「あぁ、」とティナに差し向ける。そして言葉を放つ。

「今夜、ここを発つ、と」

「はい…」

 言葉が、続かない。言わなければ。もう会えないのだから、この想いだけはせめて伝えたい。そう決心して口を開こうとしたとき。ガルディアが言葉を放つ。

「貴女の侍女がこれを届けに来たとき……、多分、咄嗟ではあったが貴女の事を『姫様』と言っていたんだ」

 彼の確信づいた言葉にびくりとした。

「それ以前に、夜会で会ったときも、貴女の騎士は『姫』、と……。どこかの令嬢で『お嬢様』と呼ぶならまだ分かる。しかし貴女は……」

 待って。

 それ以上は。

「ティナ…。貴女はもしかしなくとも王女……。この国の、マルガレッタ家の娘だったのではないか…?」

 気づかれた。言葉をなくし、ガルディアの推理にも近い言葉にティナは喉をひくりとさせた。言葉をだそうと頭で整理しながら、目の前のガルディアを見つめる。彼もただ静かにティナを見つめていた。

「………いつから、ですか?私が……いえ、もうこの髪が物語っていますね……」

 自身の髪をすく様に添えた手がわずかに震えた。でも、もう逃げない。息を吐き、目の前の騎士に、本来伝えることとは別のことを。堂々と宣言する。

「…私は、ガイヤレス・フォン・マルガレッタが長女、ティアーナ・フォン・マルガレッタ。お父様とお母様、そして邸の者達を根絶やしにした憎きスフィロス…、アドバイン家に復讐する為、これまでを生きてきた。そして貴方も……、憎き敵だ」

 女性らしさを捨てたティナの言葉にガルディアが小さくうなだれた。

「……もしかしなくても、いや。そうであってほしくないと思っていた。だが、私の存在は現に貴女を苦しめていたんだな……」

 苦しそうな顔のガルディアは言葉を濁す。今まで凛とした顔や時々みせた貴重な笑顔。少しだけ闇が見えた恐ろしい顔も見てきた。しかし、こんなに弱った顔をティナは見たことがなかった。

 それは、私を陥れるためにしている顔ですか?

 私を、手懐けるためにしている罠ですか?

 なんであれ、私は貴方の傍にいられない。

 宿敵だとか、そういうもの一切ひっくり返してもだ。

 私は貴方と一緒にはなれない。

 それを見つめながら、ガルディアは静かに答えた。

「だとしたら、ここを発つのは正解だ。父の手が届く前に、逃げて欲しい」

「え…?」

 思わぬ答えにティナは我に返る。命を狙う宿敵を逃がすこの騎士に、ティナは疑問をぶつける。

「何故ですか?私を捕らえて成果をあげようとはしないのですか?」

「私はそこまで非道ではない。それに……」

「?…わっ」

 咄嗟に優しく腕をひかれ、ガルディアの腕の中に納まる。

「…!?っ、…が、ガヴェル、様…っ!」

「貴女が傷つく姿は、見たくない」

 優しい。

 つくづくそう思った。街ではその厳しそうな外見から冷酷無比など噂もされているが、接してみれば優しい人だというこをとティナは理解している。そんな感情をティナにも向けてくれる。

あぁ、なんて心の優しい人なの……。

 涙が出そうになる。

 しかし涙腺をふみ留めて、ティナは声を出す。か細くても、伝わる声量で伝える。

「私は、貴方をずっと……お慕いしておりました……ッ、」

 一瞬、ティナを抱くガルディアの腕がぴくりと動く。それに気づかないティナは少しずつ、言葉を紡ぐ。

「最初は、どこの誰とも知らない貴方を知りたくて…。偶然にも、何度も再会できたことに、まるで運命さえ感じていました。けど…けど…っ、貴方には婚約者も、いて、……一番、親しくしてはいけない。愛してはいけない人だった……」

 涙が、でそうになる。いや、もうでてるかもしれない。彼の偽りの名前を呼び続けながら、涙がとまらない。伝えた言葉はちゃんと彼の耳に届いただろうか。彼は理解してくれただろうか。返事なんてくれなくてもいい。ただ、ティナのわがままだ。これだけ言えれば、心置きなくこの地を去れる。

 貴方を、忘れる努力ができる。私にこんなにも良く接してくれた人物として、思い出の一部となる。

「ティナ……」

 ティナを抱きしめていたガルディアの腕が離れ、あふれる涙をこぼさない様にと頬に手を添える。かすむ視界でさえも、彼の綺麗な顔を今自分だけが占領していることにティナは嬉しさを感じる。これで最後。これでおしまい。もう悔いはない。私は貴方を忘れることにする。もう、なにも失わないために。

 するり、とティナの頬に手を添えていたガルディアの手がティナの喉元へすべる。とても長くて男らしい、しかし綺麗な指がティナに触れたことに体がぞくりとする。風に揺れる花の香りを楽しみながら、彼との最後の記憶が美しいと思える時、ガルディアによって、ティナの髪にユリシウスの花が挿される。

「これで、私も共犯だ」

「が、ガヴェ…、」

 初めて出会ったこの場所で、咄嗟とはいえ花を摘んだティナに注意してくれたガルディアを思い出す。その日の出来事も、まだ昨日のようにと思えてしまう。

「しかし私は、貴女を苦しめる毒でしかない――。貴女の幸せを願うために、私は貴女から身を引く――」

「ガ、ヴェル、様…」

「ティナには、笑顔がいちばん似合う。だからいつでも笑っていてほしい。ただ、それだけを願っている」

 こんなときでも、彼はティナを喜ばすのが上手だ。いつの間にか涙は止まっているし、ティナの沈んだ心は先程よりもマシになっているのだ。

 抱き合っていた形から最終的に花畑の中で座りこんで両手を繋ぐそれをじっと見つめたまま、ティナは少し離れがたそうにしていた。それはガルディアも同じで、離したくないと思っていた。そう思うこの感情に気づいてしまったからだ。

「さぁ、そろそろ迎えが来るんじゃないか?」

 すっ、とティナを立ち上がらせたガルディアに、少しだけ名残惜しい気持ちを消して頷く。

「ガヴェル様」

「ん?」

 その名前で呼ぶのが癖になってしまったから、ついさっきまで憎んでいたり悲しんでいた気持ちもろとも消え失せて愛する名を呼んでしまう。それに悪い気もしないのだろう、騎士もティナに合わせてくれる。

「いつかでいいのです。なにも隔たりがなくなった平和な世の中になったとき、貴方にもう一度会いたいです……」

「……」

 先程別れを告げたはずなのに、再会を願ってしまうティナを見つめたまま、ガルディアは小さく頷いた。

 しかし自分達は一緒にいてはいけない運命の下に産まれてきてしまった。だから、明るい未来で生きるために、戦わなければいけない。そう考えているガルディアは、今対処すべき問題を思い出していた。

「あぁ。そうなるように私も努力する。貴女を、悲しませない国にするために…。その時が来たら、私も貴女に伝えよう。……必ず」

「はいっ!」

 花がほころぶように笑う、妖精のような少女にガルディアは微笑んだ。




 あれが、当の子息か。憎きスフィロスの若い頃にそっくりではないか。

 陰で控えていたグリスはただそう思った。年功序列で自分が主人であるガイヤレスから騎士団長の位を授かったとき、まだ幼かった青年はその当時の主人に憧れ騎士を目指したと聞いていた。もちろんその時の両家は仲が良いのもあり、顔も覚えていた。

 しかし運命はなんと残酷か。

 なんの巡り合わせがあって、今は憎き敵になってしまった青年にグリスは小さく肩を落とす。

 我ら主達の忘れ形見である少女をそんな人物の側に置いておきたくない。そしてベネジッタの言い淀んだ様子を思い出して、理解してしまう。

 あぁ、神はなんて残酷な運命を私達に課せるのか。





「お帰りなさいませ姫様。とてもご立派でございました」

 岩階段の傍で控えていたグリスが恭しく頭を垂れた。

「そんなこと……あれ、ウィーは?」

「あやつには耐え難かったようですな。下で待っているかと」

「そう」

 ティナの呼び方が昔と同じように戻っていたグリスに手を引かれて岩階段を降りるとき、視線だけを後ろに移す。変わらずその場から移動せずに見守っていたガルディアがいる。きゅっと唇を結び、グリスへと視線を戻したティナは静かにその場を去ったのだった。




*


「…え?ガルディア様、今なんと……?」

「貴女との婚約を破棄してもらいたい」

 ティナと別れ、日はまたぎ、王都にそびえる城の一角で、ふたつの影が陽によってつくりだされていた。そのひとつの影であるナインツェの顔は「信じられない」というように真っ青とした顔をしていた。それを切り出したガルディアは、いつもと変わらぬ冷静な顔をしていた。

 当分の問題は、父親であるスフィロスをどうにかしないとと考えていたが、その前に彼女との婚約関係を解消させることが先決かと考えた。彼女には悪いが、そうすれば彼女は悲しさのあまり両親にこのことを伝えるだろうし、それが父親に伝わるのも時間の問題。そこでやっと自分を呼び出す父の図が出来上がる。そこで今話題になりすぎている「魔女狩り」問題を今一度問い詰める。

「ねぇ、何故ですか?ガルディア様…っ!私、私は、貴方に似合うための女性となるべくしてこれまで努力して過ごしていたのに、貴方から見放されたら、私は、どうすればいいのですか…!!」

 懇願するように、ガルディアの軍服をしっかりと掴んだナインツェは怯えながら発狂した。

「最初から言っていただろう。“親同士が勝手に決めた。当人(わたし)の意思も好意もなにもかもを無視した結果”がこれだと」

「ッ…!」

 ガルディアの冷めた視線がナインツェを捕らえた。それに声が出なかったナインツェは、やっとの足取りでそのままきびすを返して去っていった。自分を相手にする大抵の人間は、こちらが迷惑極まりないか、嫌な視線をおくれば自然と自分から離れていく。それが無効なのは、憎き父親と、良い意味で従者のルーフィニアや身内。そしてティナであった。

 もっと細かく言えば、ティナ以外の異性できついことを言って食い下がる人間の方が多かった。だから、彼女にはなにかと手を差し向けてしまう。姿を追ってしまうのだ、と別れた今になって気づくこの体たらくさである。

「…いつから、」

 いつから貴女にこのような想いを募らせていたんだろう。その想いはまだ伝えられる時ではない。まだ、まだだ――。


 自分は、ただ貴女との再会のために。今を戦うことを選択する。

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