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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第1章
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第7話 神のいたずら

「あの人は、私やティナ達マルガレッタ家にとって仇の家系でしかないからよ」


 ベネジッタの放った言葉に理解できなかった。仇?誰が?彼が?分からない。溢れ出る涙も止まってしまう。

「…なにを言っているの?」

 今の気持ちがそのままでた。ベネジッタはまだ分からないのかという顔をしていた。しかしティナを心配していることは痛いほど分かるくらいに辛そうな顔をしている侍女にティナはなにも言えなくなる。苦しいわけなんてない。悲しいわけなんてない。幼い頃だが両親を殺されたのだ。愛する者を殺されたのだ。その事実は今になっても蘇って胸の痛みが広がる。両親を殺した男―スフィロスの子供が彼であるというのか。それはなんて、なんて。

「酷いことなの……」

 神を憎く思った瞬間だった。








 涙あとの腫れがひいたのを確認したべネジッタが手をとって歩いてくれる。安心させるためか彼女が繋ぎたいのか。それでも嬉しい。今のティナには崩れ落ちてしまいそうになるほどもろかった。愛した人がまさか仇の家系の者だなんて、誰が分かっただろう。誰が阻止できるだろう。そんなもの神しか分からないだろう。思いつめて小さなため息が出る。それに気づくだろうべネジッタは帰るまでなにも言わず、ただ手を握ってくれていた。


*


「お帰りなさいませ、姫様」

「ただいまぁ……、え!?」

「この爺、この時を心よりお待ちしていました」

「じいや!?」

 帰ってきた途端出迎えられたと思ったら、昔懐かしい声と姿が目の前にあった。

まだティナが幼子だったころの騎士団長を務めていた男、グリス。ウィルの上官にあたり、ティナの父親の従者でもあった。その人物が今ここにいるというのは…。

「不思議な顔をされておりますな、姫様。…おっと、『お嬢様』と伺うべきですかな」

「……」

 グリスは、“すべて”を知っている人物の1人だ。久しぶりの再会で嬉しくなるのに自然と返す言葉が見つからない。ティナのその反応を分かっているから、堅実そうな見た目とは真反対な、温和な性格のグリスは最初に世間話からはいる。

「お嬢様、長らくお待たせ致しました。この爺、今からお嬢様の盾と剣になるため、参上致しました」

「盾と剣?」

 グリスからの早速の本題にティナは首をかしげる。それこそ、現在の盾と剣である騎士ウィルはどうしたのだろう。ティナとベネジッタが出る際、留守を守るのはウィルの役目である。その騎士の姿が見えない、しかも突然のグリスの来訪…。

「…あっ」

 なにか思い当たったのか、後ろにいたベネジッタが小さく声を上げた。

「またですか?グリスさま」

「なに、老人の楽しみを奪うでないぞ」

「楽しみ?」

 まったくもう、と小さく呆れてるベネジッタに小さく笑っているグリス。この場にいるティナだけが分からずにいれば、上の階からドタバタと騒がしい音が聞こえた。なんとなく、まさかとは思うがウィルが格好悪い姿になっているのではと予想してしまって……。面白くなった。グリスに視線をやれば思ったとおりの反応が伺えた。

「よーし、待ってなさいよウィー!この私がもっといたぶってあげましょう!」

 いつもウィルには敵わない部分がある。彼からして自分が敬う姫であったそれは今、兄妹のような間柄のやりとりで過ごしていれば立場など関係なく力の差などで歴然となる。そう思えば普段からの鬱憤が晴らせるのではないだろうかという、このウキウキとした感情は抑えようにできなかった。頭に巻いていたスカーフをとって階段を駆け上がった。

 ティナの後姿を見送ったグリスは次にベネジッタへと視線をうつす。

「わたしがいない間、何もなかった…、とは言えないな?姫様も年頃だ。無理に外に出るなとは言わんが、危険はなかったか?」

「…そのことでひとつ、ご報告があります」

 なにも言わず、グリスはベネジッタの言葉を待つ。

「旦那様たちの仇であるアドバイン家の子息と、姫様が接触なされました」

「そうか……相手はこちらに気づいていたか?」

「いいえ、まだだと思います。婚約者もいましたが、姫様の赤毛を隠していたのもあったので、まったく気にする素振りもありませんでした」

「なるほど、分かった。ご苦労であったなベネジッタ」

「いえ…。私よりもっと辛いのは、姫様ご自身です」

 そうだろうな、と頷くグリスを見つめつつベネジッタは感じていた。主であるティナが落ち込んでいる理由はそれもあるかもしれない。が、もうひとつ別のことだということも。




*



 キィ…、とウィルの自室へとつながる扉を小さく開ける。普段と変わらぬ、必要ないものは置いていない、むしろいつ使うのか分からない長剣の類ばかり置いてある部屋が出迎える。

「ウィー…?」

 おかしい。1階にいなければ自然と彼の自室しか選択肢はないはずなのに、当の部屋主がいない。探し出そうと部屋の中へ足を踏み入れば、次の瞬間急な浮遊感と視界が90度回転した。

「…ッ!?」

「あれっ、ティナ?」

 すっとぼけた声と同時に騎士ウィルの顔がティナを見下ろしていた。見下ろされるというよりも、床に組み敷かれる状態だった。流石にこれには頭にきて叫ぶ。

「ちょっとウィー!その前に謝罪が先でしょうッ!!主人を下にするとは何事ですか!!」

「えっ、そっち」

「そっちじゃなければどっちよ!ベネジッタが見たらショック死よ!!」

「そこで何故ベネジッタがでてくるのが分からんが……ティナ?」

「ん?!」

 話をそらされたことに収める怒りが消えぬ前、ウィルの指がティナの目尻に軽く触れた。急に触れられてびくりとしたが、ウィルの顔が普段の兄のような顔つきから昔の騎士のような顔つきに戻ったのがもっとびっくりした。

「少し、腫れているような気がしますが…、なにかありましたか姫」

「…、なっ、なにもないッ!!」

 至近距離で見られるなど、数え切れないほどよく一緒にいることと変わらなかった。それが急に恥ずかしくなった。そして自然と、握った拳がウィルの下顎を激突していた。

「…~~ッ!!」

「というか、早く離れなさいウィー!重い!!」

「体重はかけていませんが」

「今の貴方のほうが重いと言ってるのよこのキザ騎士!!」

「はぁ!?」

 意味不明な顔をされ、やっとどいたウィルにこっちが意味不明な顔をしたいティナだった。そうか、これで過去おとされた女性は沢山いるのか。顔だけは整っているからほんと怖い。ベネジッタが苦労するのも分かる気がする。

「…でも私には、ウィーはウィーなのよねぇ…」

「なんか分からんが、ディスられてる気がするのは何故だ」

「なんでもないよ~」

 普段の喋り方に戻ったウィルに今度こそティナは話しかける。あの物音の原因も気になる。

「ティナ達が戻ってきたとばかり思って扉を開ければ、目の前にはじじいが立ってるから、遂に幻覚でも見始めたかと思った…」

「ウィー、昔からじいに搾りとられるくらいにきつい鍛練してたって聞いたことあるけど…」

「下に行ってる間にじじいに奇襲をかけようとしてたが、入ってきたのはティナだし。…しかし恐れ入った。再会がてら、気持ち悪い笑顔をふりまかれたと思ったら背負い絞めだ」

「……」

 騎士の事に関してはなにも口出せないティナに、はぁ、と深く溜息をつくウィル。

「まだまだってことだなぁ…」

「そ、そんなこと」

「いいや、ある」

「「じい(じじい)!!」」

 ウィルの部屋扉の前で腕を組んで現れていたグリスを見て二人同時に出た言葉に、後ろにいたベネジッタがくすりと笑った。

「それだけ元気があれば大丈夫だな。しかし用件があるからな、お前との一戦はまた今度だ」

「まだやる気かじじい」

 そんなウィルの言葉は無視して、グリスはティナの前に片膝をつき、拳を胸にあてる。

「改めて仰います、姫様。この爺、ウィルと共に姫様の盾と剣になるため、参上致した。御心準備は、出来ておいでですかな」

 再会がてら言われたときとは違った重みを感じたティナは、知らずのうちに唾を飲み込んだ。



*


 グリスは、今ティナ達がいる王都から離れた市民街とは違い、そこからまた離れにあるマルガレッタ家邸の跡地周辺近く、森林に身をおいていた。本来だったら戦力を残すためにある程度騎士たちを連れていて、ウィルもその中に残ると言っていた。しかし動ける騎士面々の中でもずば抜けている身体能力からティナの護衛騎士に指名されたのもあった。

 そんなグリスがここに来たということはひとつ。ベネジッタは人数分のお茶を淹れながら、3人が待つリビングへと耳を傾けていた時だった。不安な言葉をとらえた。

「『魔女狩り』だぁ……?」

 片眉をあげ、明らかそうに嫌な顔をしたウィルにグリスは頷いた。

「わたしがこの国に戻ってきてからそれが噂になっている。もっとも、それは王都周辺で、ここいらの市民街ではまだ流れていないようだが」

 そんな騎士二人の会話にティナの顔は暗くなる。

「ここ最近、私がわがままを言って外に出たから……」

「ティナはいちいちそんな事考えないでいいのよ」

「すまないな、ベネジッタ」

「何のお構いも出来ませんが、ここにいる間はゆっくりしていってください」

 お茶を運んできたベネジッタに礼を言うグリス。そんなことない、と首を横にふった。

「では本題へ。姫様、我々はここを離れ、マルガレッタ家跡地にて散らばった同士達の収集をかけます」

「…!」

今まで支えてきてくれた人物たちを集める。ということは、彼の言うことはもしかしなくても。

「…仇討ち、か」

「その通り」

 答えたウィルにグリスが深く頷いた。それにベネジッタは心配になったティナを見つめる。案の定、膝の上で拳を強く握りしめながら、見られないように顔を下げていた。

「………ねぇ、グリス」

「なんでしょう」

「ここを去る前に、会いたい人が、いるの」

「………」

グリスの無言を貫くようにウィルが言葉を放つ。

「ティナ、言っておくが『あいつ』は駄目だぞ」

「まだなにも言ってないじゃない…」

「言わなくても分かる」

「………お願い。お願いします。そんなに心配ならウィーとグリス二人とも連れていくわ。………本当に、最後だけ」

「っ!!」

 遂には椅子から立ち上がり、涙が出そうになる顔を、頭を三人に下げる。それを一番に見ていられなかったベネジッタが抱きしめるように支える。

「ティナ、分かったから頭をあげてちょうだい。そんな事しなくても、私は最初から貴女の味方よ…。貴女のためならなんだって手伝うから…」

「ベネジッタ……」

「全く、うちの女性陣は根が強すぎるな…。……分かったよ、ティナ」

「ウィー…」

 辛抱強く粘っていたウィルさえも、結局はティナに甘い。苦い顔をしながら頭をガシガシとかき、グリスは小さく問う。

「意見は、まとまりましたかな。姫様」

「うん」

 今夜、彼とはこれっきりという事を誓う。

 そしてティナが出した案に、3人とも納得した。



「あの、すいません」

「はい。どうしましたか?」

 時刻は夕暮れ。女性たちが買い物等で行き交う道を通り過ぎてある場所へ向かう。少しだけ怖がる様子をした女性――ベネジッタは近くの警察組織を訪ねた。ティナ達が住んでいる区域ではここがいちばん近い。そして目的はただひとつ。扉を開けた男の役人はベネジッタの様子を見て、心配そうに訪ねた。

「このあいだ見知らぬ男性に襲われそうになって……。それで、ここの役人さまに助けてもらい、そのお礼をと……」

「そうでしたか…。名前や顔は確認できてますか?もしいたら連れてきますので」

 そう言った男はベネジッタを中の客室まで案内してくれた。

「黒い長髪をひとつに結った人で…。…ガルディアさま、と」

「あぁ、あいつか。それなら資料室で情報整理をしてもらっています。すぐ、呼んで参ります」

「ありがとうございます」

 ぺこりとお辞儀をするベネジッタに、返すように胸のシンボルに拳を当てて、男は客室間を去った。

 これで最初の難問はクリアした。些か容易に運びすぎて心臓が早くなる。あとは、ティナが彼に宛てた手紙を渡せば、ベネジッタの任務は完了だ。

 少しだけ力んだ体をほぐすために小さく息を吐き出す。すれば、扉の音をノックすると同時に「失礼します」と。数えるくらいしか聞かなかった声が耳に届く。向こうがこちらの存在を確認すると、少しだけ切れ長な瞳を見開かせた。彼もベネジッタとは数えるくらいしか会っていないが、それだけで顔は覚えられていた。

「あぁ、お世話になっております。今日は、なにか用があって私を呼んだと聞きましたが…」

「単刀直入に言います」

 食い気味にガルディアの言葉を遮ったベネジッタは、大事に持ってきた封筒を差し出す。

「我らが主からの託けでございます。今夜、あの場所で。……あの人がお待ちになっております」

「…ティナ、か?持ち時間が夜勤に変更したのもあって見かけなくなったが、彼女は元気だろうか……?」

 あぁ、やっぱり誠実な青年だ。噂では冷酷無比なんて言われているが、話してみれば相手を気遣う優しい心をしている。

 しかし今のベネジッタには、この青年こそが仇の家系と知ってはなにも意味をなさない。そして、勝手に言葉が口から出る。

「……、貴方は、」

「はい?」

「貴方には財も権力も、ましてや女さえも選べる立場にいながら、なぜ私たちの主を苦しめるのです。なぜ姫様なのですか。…その愚行だけが、許せません」

「っ………」

 ベネジッタの言葉を聞いて、今度こそ驚いたように目を見開いたガルディアに、ベネジッタはどこか悟った。

 あぁ、そんな顔も出来るのね。

 まるで愛する人と離れ離れになるみたいな表情をして――。

「…用件は以上です。お忙しい中、失礼致しました」

 心優しいベネジッタが悪口を言ったのは、最初で最後。愛する姫君のためにでた言葉だった。


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