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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第1章
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第6話 仇敵

 私の婚約者はいつも難しい顔をしている。

 自分といるときでも浅く眉根を寄せ、信頼している従者がいるときは普段の彼の顔になる。しかし自分では彼を素にしてあげることが出来ないんだと少し悔しくも思っていたら、その彼の笑顔を少しずつ拝めるようになった。その矛先が、自分に向いているのだとも知らずに。私はのうのうとしていた。後に、招かざる客が出来ようとも知らずに。

 そんな思いも、どこからか騒がしいような物音で意識が醒める。



「父上…っ!!」

 後先のことなど考えずに目的の人物がいる場所まで突きとめる。普段なら考えられない、継承された屋敷を出、国の核である父スフィロスのいる城まであがりこんで怒声を放つ。そんなことに怯む人物なんて思ってない。いつでも堂々していて、自分の意見を押しとおすばかり。その父をかばいながら生活していた母は城から離れ、父も知らない隠れ潜んだ場所に移動された。もちろん移動させたのは自分だ。もう母の苦しむ姿をみたくなかったらだし、最善の手でもあった。父に関してはもはやどうでもよさそうな顔であった。

 彼は権力だけを欲している暴君だ。その彼―認めたくないが父親である人物が『魔女狩り』という単語を発してから半刻たったとき。真夜中、従者のルーフィニアから連絡を受け、城に着いたときはもう朝日が昇る数時間前になっていた。しかし自分のもやが晴れるわけでもなく、ただ昔から苦手な父に対して拳を握りしめるだけだった。

「なんだ騒々しい」

 いつもと変わらぬぎらついた視線をゆっくりとガルディアに向ける。この目が昔から嫌なのだ。

「その様子だと、もう耳には入っているようだな」

「…何をお考えか父上っ!魔女狩りなど…、今この街は平和そのものではないかっ!」

「いやな、先の舞踏会でギーヴと久しく会うてな…。それはそれは見事な赤毛の少女がいたそうだ」

 知らずに息をのむガルディアに視線だけをよこしてスフィロスは続ける。

「ガルディア…。貴様、最近妙な行動をとってはいないか?」

「何がです」

「……ふん。ならいいのだ」

「……」

「何だ?何か言いたげな顔だな?」

「何故貴方はいつも、突拍子のないことをなさるのですか」

「『突拍子もない』?…くっ、あっはっは!お前は本当に面白いことを言う奴だ」

「事実です」

「そうやって目をそらさず言うのは母親譲り、か」

 どんどん話がそらせれていく。話題をもどそうと咳払いを軽くつき、父を睨み付けるように見つめる。

「そうだな、忌まわしき“赤”、だからだろうか。その娘はきっと悪魔の使いに違いないと思ったからだ」

 だから、審判のときなのだ。ただ静かにそう言った。

 “赤”は昔から、“魔”を示す色ともされていた。

 昔々、ある男が女に先立たれた恋しさ、悲しさから自分も彼女と同じ世界へいこうとした。そしてその男の悲鳴を聞いて現れたのは女神ではなく悪魔であり、男の絶望を対価として女の世界へと送り出した。が、その世界は地獄であり、悪魔はそこから抜け出してきたモノ。男に成り代わって生き延びた悪魔を再び陥れるように地獄へ引きずり込んだ男が流した涙が血の色をしていたことから、赤は死者―魔を引き寄せるか、又は魔、そのものとして伝われてきた。

 だが彼女の赤毛はどうだろう。魔というより妖精の類に近い、見事なものだった。出会った当初もそうだが、幼い頃母に呼んでもらった本にでてくる“紅”の妖精のように可憐で無邪気で見事な赤毛をしていた。少女が笑うたび、花がほころんだ様に口元をゆるめた表情が愛らしいのも多分本の影響だろうか。

 ふと考え、本は関係あるのかと自分に問いただす前に声がおちる。それはひとりしかいない。

「いいかガルディア。関係ないことに力を注ぐな。お前はナインツェ嬢との結婚だけを考えていればいい。あとは『また』私が先の道を用意する」

 また、か。

 今まで、どれくらい。自分は父の意見に逆らわなくなってしまったのか。態度は大きいくせに、いざ父を前にしても小さく言い返すだけで根本的には何も解決できていない。吐き出したくなる溜息を無理やり口の中に押し込んで頭を下げる。

「……了解しました、父上」


*


「……」

 空が高い。久しぶりに雲ひとつない晴天にティナは黙って見上げる。彼は忙しいだろうか。彼―ガヴェルとは聖花際以降会っていなく、かれこれもう半月は経とうとしていた。見回りで町を巡回しているのだし会えるのではないかと思った日もあったが、めっきり会っていないのだ。もちろん、あの花畑でもだ。

「忙しいのかな…」

 次に目にとまった、窓辺に飾った白い花、ユリシウスの花を見つめてはふと笑みがこぼれる。花瓶からだして枝の部分をくるりとまわすとふわりと香るユリシウスに瞳を伏せる。

「会いたいなぁ…」

 もう誰も自分の事を知らずとも、世間が反逆者の王女と自分が言われおかれている立場でなければ、こんなに詰まった想いのまま隠れ過ごしているはずじゃないんだろう。胸が張り裂けそうだ。

「ガヴェル様……」

 そしてふと気づいた。会えないなら、こちらから会いに行けばいいのではないか。彼が勤めている組織は国の点々にあり、本拠地は城内にある。手っ取り早いといえば、後者だ。

 ガタッと勢いよく椅子から立ち上がり身支度の準備をしていると、部屋のノックをする音が聞こえる。その叩き方で侍女のベネジッタだとわかる。

「ティナ?もうそろそろお昼時だけど何か食べたいものはー…って、ティナ!」

「へ?」

「どこかにでかけるの!?駄目よ、そしたら私も一緒に行くから!」

「で、でも…っ」

「どこなの?もしかして行くには難しい場所なの?そしたら外へ出るのは…」

「ち、ちが…!」

 聖花際であったこともあり、ベネジッタの過保護さがアップしたことから、外への外出は極力2人でいるようにしている。その…、と言いたくてもなかなか言い出せない自分の頬を軽くたたいてから言う。

「会いたい人が、いるの…」





 我がお姫様は、毎度わがままを言う。

 というのはもっと昔の話。今だとそれも少なくなってきた…といえば嘘にもなるが。いつだか花を摘みに行きたいと言った以降、大きな事件はひとりで伝統祭に行ったという自分も騎士も心臓が止まる勢いだった。しかしそんな生活の中でひとりの騎士と出会い、親密そうな関係に少しだけ安堵したというのは、これまたおかしな話だろうか?まず我がお姫様は身内以外の異性と全く関わってこなかったのだ。それがこの間でひとりの青年と仲良く話している姿に嬉しくなってしまった。

 そして次。我がお姫様のちいさなわがままに自分は揺れていた。それから、主人に甘い自分はため息をつきながら首を縦にふってしまうのだ。


「騎士団のほうじゃないの?」

 地図とにらめっこしていると、隣で尋ねてきたベネジッタに「へっ?」と間抜けな声を出す。素直にガヴェルに会いたい、お礼を言いたいなどの口実をつけて外出を許可されたが、侍女の言葉に一瞬だけ戸惑う。

「でもガヴェル様と会うのは大体街の見回りでだし、それなら警備隊とか…。あっ、でもまだ下の身分って言ってた…」

「ほら見なさい。だったら家から近い場所回ったほうが早いんじゃないの?」

「それだと日が暮れる~…!街内だけでもいくつあると思ってるの~!」

「ティナがそれを言いますか」

 彼女の額に小さく小突いてやれば「いたっ」と可愛い声で額をおさえた。頭に巻かれたスカーフが少しだけ乱れ、少女の赤毛がちらりと見える。それをそっと隠すようにスカーフを直してあげる。

「それだとそうねぇ…少し歩くけど城近くが…」

「何かお困りですか?」

 声をかけられ、顔をあげる。すれば目の前には新緑の髪を結い上げた女性がいた。綺麗なサファイアの瞳を細めてにこりとした。格好も簡素ではあったが上品な布と造りのドレスにそれなりに身分の高い人物だとも理解できた。そんな彼女の親切を無下にすることもなく、口を開く。

「えと、…知り合いの騎士様に会いたくて警備隊拠地を尋ねているのですが…」

 『知り合い』、で間違いはないがそれ以上に親しい関係でもないため少しだけ他人行儀になる。そんなもごもごと言うティナに相槌をうちながら女性は笑顔をつくる。

「なら、本拠地の方へ行ったほうが早いです。私も丁度城に用がありましたし、なにより婚約者もそこに勤めているんです。案内しましょうか?」

 嬉しそうに微笑む女性にティナはぱっと輝く。

「い、いいんですかっ?」

「はい。そちらの御方も宜しいでしょうか?」

「はい。是非ともお願いします」

 ぺこりと頭をさげるベネジッタに続いてティナも頭をさげる。気づくのが遅くなったが、彼女はずいぶん気品に溢れた女性だ。ベネジッタと近い年のようにも思えた。そんな彼女の婚約者はさぞ鼻が高いだろうなんて思っていた。それも呆気に崩れたものだった。

 高くそびえた本陣―騎士団の入り口にぽかんとだらしなく口を開けてしまう。べネジッタに注意され、口元を塞いでいれば、同行してくれた女性は門番の男へと近づいては親しそうに話していた。そしてしばらくしてこちらに視線を向ける。

「それで、貴女のお知り合いの騎士様というのは…」

「あ、えっとですね…」

 彼の名を出そうとしたその時だった。

「――ナインツェ嬢?」

 少し後ろから声が聞こえてきた。それに目の前にいた女性は嬉しそうにすぐに頬を染めた。反応で分かる。その声の主が彼女の婚約者じゃないかって。しかし聞き馴染みある声にティナは固まった。まさか。そんなことが。怖いと思っていても確認したさが先、振り返れば目的の人物がそこに立っていた。男性にしては少し珍しい長髪を結った、凛々しい顔つきをした騎士。

「…っ、」

 ガヴェル様、と声に出したかったそれは彼女の声で遮られる。

「”ガルディア”様!」

 嬉しそうに名前を呼ぶ彼女、ナインツェは真っ先にガルディアと呼んだ騎士へと駆ける。

 ガルディア?それは誰?まさか人違い?

 追いつかない頭に目の前の2人は他愛のない会話をしていた。そしてナインツェの話を聞いたかのようにこちらに視線を向けた騎士は瞳を見開いた。

 やっぱり。

「ガ…、」

「ガルディア様、この御方達が、お知り合いに会いに来たというのでここまで案内してきたんです」

「そうか…」

 嬉しそうに話す彼女にティナは胸がつかえる。苦しくなる。息が、できなくなる。知らずのうちにべネジッタの袖口を握る。それに気づいた侍女の顔は段々と苦しそうな顔になる。

「あ、失礼しました。この御方が、私の婚約者でもあるガルディア様です。あのスフィロス・アドバイン大公様の御子息でもあるんですの!とてもご立派でしょう?」

 今、なんと言った?

 次はティナの手を握り返したベネシッタの顔が引きつりそうになった。そして嬉しそうに話すナインツェに返事をしたのはべネジッタだ。

「えぇ。とても強そうでいらっしゃいますね。私にもそんな御人が現れるといいですわ…」

 笑顔で話すベネジッタだが、その裏を知るのはこの場でティナしかいない。今すぐ離れたいティナの気持ちを読み取って、すぐに会話を終わらせようとしてくれる侍女にティナはあとで何かお礼をしないと、と考えるが今は目の前の状況でいっぱいいっぱいだった。

 ガルディアという名を持った人物であって、ティナの探してるガヴェルではない。人違いだ。そう思い込むしかなかった。


*


 人気のいない路地裏まで歩く。歩いて、頭の中を整理する。…だめだ。追いつかない。次に地面のタイル石が濡れると次、視界がぼやける。ゆらゆらと。溢れたそれはどんどん、ほろほろと落ちては靴を濡らす。違う。違う。

「ッ…!」

 ついには止まらなくなった涙をこぼすまいと両手で顔を覆う。嗚咽がでる。声が引きつる。

「ティナ」

 優しい声がおちる。同時に抱きしめられてることに気づいたティナは益々苦しくなった。

「ベネジッタ…っ、ねぇ、どうしよう…!私、馬鹿みたいにはしゃいでここまで来ちゃって…っ、」

 優しく背中をさするベネジッタは無言を貫く。そして言葉を発する。

「…ティナ。落ち着いて聞いてね?」

「え…?」

「もうあの人に関わっちゃだめよ。いい?」

 今まで以上な鋭い声で制した。訳が分からない。

「…なんで?」

「なんでもなにもないわ。ティナにあの騎士様は危ないだけよ」

「どうして、そんなことが言えるの…?」

 ベネジッタの顔が苦しそうな顔になっていく。それほどまでに言いにくいことなのだろうか。




「あの人は、私やティナ達マルガレッタ家にとって仇の家系でしかないからよ」

 そう、硬い声でベネジッタは言った。

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