第4話 聖なる花
自室の机に積み上げられた多くの書類に目を通しながら考えてることと言えば、全く関係のないことで、どこか上の空という感じも自身では理解していた。家内で上の立場をとりつつも、結局この国を治めているのは父親だ。自分はそのコマにしかすぎない。
「……主。…イン当主」
事務よりも業務をしたい。というより外の空気を吸いたいというのもあったが、一番の目的は街の様子がみたい、というものが強かった。
「アドバイン……ガルディア様!」
ある声に意識を戻しながら顔をあげると目の前には執務の手伝いをしてくれていた青年が頬をふくらましていた。
「あ…、あぁすまないルー。なんだ?」
「『なんだ?』じゃありませんよガルディア様。上の空で、資料を見てるだけで手が動いてませんよ」
「全くもう」と言う青年、ルー。ルーフィニアはガルディアの世話をみてきた従者でもある。知識があり、長年連れ添ってか自分の考えや意見はお見通しというように安定な答えがいつも返ってくる。
しかしいくつか年は離れているのでどこか弟のように見ている面もあった。そんな自分の考えを読み取ってか、短い茶髪頭の癖っ毛を揺らしながら詰め寄ってくる。
「だからガルディア様、また関係ないこと考えてました?」
「いや、お前の金緑の瞳は綺麗だなと」
「き……っ、じゃなくて!」
あまり褒め慣れていない彼はこういう咄嗟の攻撃に弱い。その隙を突いて壁にかけてある時計に目をやればガルディアは動く。
「すまないルー。時間だ」
机から立ち上がったガルディアからの分かりきっていた返答にうな垂れつつもルーフィニアは頷く。
「…今夜は徹夜ですかね」
全くだ、と小さく答えると青年は主の身支度に手を染める。
「…交代、ですか。分かりました」
上司からの変更に迷わず頷く。今まで明るい昼間の時間帯から夜間の時間に変更になった公務時間にガルディアはひとつのことを思い出していた。
―あの少女とはもう会うのも少なくなってくるか。
その思考にガルディアはおかしくなってしまった。夜会の前、見回りをしていて会ったひとりの少女。眩しいほどの赤毛をなびかせながら花の香りを漂わせる彼女はまるで、幼い頃読んでもらった本にでてくる妖精のようだった。
“冷酷無比”という名で知られていたガルディアには持ちあわせない位の明るい声に目を惹く容姿。そんな妖精、もとい少女の名はティナという。お堅い身分社会には疎く、しかし根強い精神が垣間見えた少女にはまだどこか謎めいた存在にも見えた。そんな少女と接しているうちに、知らないうちに自分の顔に笑みが戻ってきていた。これは婚約者のナインツェから言われて気づいたことだった。
いつから自分は笑うことをやめていたんだろうと思うくらいに硬く閉ざしていた感情は、思いつくだけでも父関連。そう思うとまた眉間のしわが増えていく。首をふりながら別のことを考え上司の部屋を後にした。
*
「お祭り?」
「えぇ、今夜ね。“聖花祭”があるのよ」
「あれ、知らなかった?」と言う侍女ベネジッタにティナは小首をかしげながらも瞳はるんとしていた。なんせ家系のごたごたがあった幼少期だ。そんなお祭りごとなどとっくのとうに忘れているのも無理はないと思う。
聖花祭。
それは年に1回この国で行われるイベントだ。遥か昔、国を治める一歩直前の男が一目惚れした女性に花を贈ったことから始まる。
両人は貴族と市民。いけないと思いながらも、身分が違うと思えど惹かれていくにそう時間はいらなかった。後に2人は駆け落ちを決意しこの国を去る事になったが、2人を繋いだその花には恋を実らせるという伝説を残した。その花の名は。
「…ユリシウスの花…」
イベントのチラシなるものにその花は載っていた。それが、ティナがガヴェルと出会うきっかけになった花だったのだ。
「あっ、でも夜中に開催されるらしいからティナは駄目よ?可愛い可愛いティナがもし変な輩に攫われたら大変だわ」
「…~っ、ベネジッタのいじわるぅ~!!いいじゃないッ、ウィーを一緒に連れて行けば問題ないじゃない!というか!あなた達2人で行けばいいじゃないッ!!」
次には顔を真っ赤に染めてしぃー!と口に指をあてるベネジッタ。恋する乙女丸出しだ。
「っ、こら!そんな大声で叫ばないの!!ウィルに聞えたらどうするの!!」
「俺が何だって?」
次には後ろの螺旋階段からひょっこりと顔をだしたウィルの姿がいた。
「ウィー!今夜の聖花祭付き合って!!」
「夜までティナの子守はさすがに応えるなぁ」
「こないだの夜会はなにっ!?」
「あれはベネジッタに…いってぇ!」
言いながら階段を降りてきたウィルに、ベネジッタはティナに見られぬようにウィルの足を軽く踏み、彼は言葉の訂正をする。
「~っ…、あの時はティナのドレス姿を拝みたかっただけで…いったぁ!」
次はティナからの攻撃についにウィルは床にしゃがみこむ。
「なんだお前たち!俺をいじめたいのかッ!!」
「下心があったの?いつもあったの!?女ならだれでもいいのか!!」
ついに叫んだティナにベネジッタは呆れて物も言えない。
ウィルは正直者で腕もたつ。しかし自身では気づかないほど天然でタラシな性格だ。昔メイドと話していたウィルの姿を見た事があった。彼はなんてことないかのように、しかし相手のメイドはメロメロな瞳で彼を見つめながらこくこくと頷いていた。
天然とは、こうも自覚がないと恐ろしい人物なのかと幼き頃のティナは思い知ったのだ。それが今現在でも治らずこのざまになっていた。彼は悪くない…。性格がいけないのだ…。いや、そうすると彼が悪い、結局は彼自身が治らないと元も子もないのか。
「ほんとにウィーが好きなの…?」
小声でベネジッタに耳打ちすると彼女は心底困ったように溜息をおとす。
「これが治ればね……」
「……っ」
ある意味言葉を失ったティナだった。
「とにかく駄目なものは駄目。いい子に我が家で大人しくしてるのよ?その分ご馳走も用意するから、ね?」
「……」
「ティーーナーーー?」
「…はぁーーい」
しぶしぶ返事をしたティナに呆れそうに腰に手をあて溜息を吐いた侍女ベネジッタであった。
◇
自分は、花が好きだ。
自然が織りなす音が好きだ。
機械じゃつくれないそれらが好きなのだ。
正直言ってお留守番など、冗談じゃない。強行手段です。
「私ももう16だもの…。少しくらい大丈夫だもん……」
よし、と両手で拳を握って意気込むんではチラリと覗きこむ。べネジッタは言ったとおりごちそうの準備をしているのかキッチンで忙しなく、しかし楽しそうに鼻唄を歌っている。場所変わり、ウィルは自室にいた。なにやら武器の手入れをしていたが、大抵そういうときは彼の耳に他人の言葉がはいってこない。
絶好のチャンス到来時であった。
普段から注意しても聞かない髪をひとまとめにし、上から髪色を隠すようにストールを巻く。服は別に気にしなかったので今着ている白の長いワンピースで行くことにした。
「……」
次にドアの取っ手に手をかけたまま、後ろをちらりと振り返る。誰かに自分の意見をここまで押し通したのも久しぶりだと改めて思ったのだ。そうまでしてでも自分は聖花祭という花を愛でる祭りに参加したいのだ。羽をのばすとはまさにこの事なのだろうか。
「…ごめんなさい、ベネジッタ。許してくれなんて言わないわ、ウィー」
侍女にひとつ、騎士にひとつ、謝罪をこぼしてティナは家を離れた。
*
外に出れば夕刻を知らせる橙色のグラデーションが空を染めていた。街は祭りに備えて活気づいていた。市場通りの店はそれぞれにユリシウスの花が見える場所に飾られ、聖花祭のチラシも張ってあった。住民から伝わる、まるで祭りの前夜祭とでもいうような街の雰囲気にガルディアは一層自分を引き締めた。
この国を象徴するかのような祭りでも中には浮かれたものがいたり、とんでもない事件を起こす輩がいるかもしれない。その予防の為にも国家機関の警察組織が見張りをするというのもある。
「…はぁ、面倒だな」
自然と出た溜息のあとにガルディアは初めて仕事で自我を出した。
自分が国の犬になったのはまだ先代王が生きていた幼い時だった。自分も寛大な王のようになるのだと夢見て組織に入ったのものの、立場は一転。いつの間にか大公は我が父。昔から父の顔色を窺うように接してきたガルディアは、暴虐非道をみせる父が嫌いでならなかった。邸での長としての立場は自分が長兄だった為に受け継がれたが、今父親が治めている城なぞ、先代王から引き継ぐはずだった家系―マルガレッタ家から横取りしたようなものだ。
当時のマルガレッタ家邸を火炙りするかのように燃やし、立場をなくさせ先代王の後は父が継いだ。世の中では王を支える為に共に協力し合ってきたマルガレッタ家が我が家系を裏切ったが、ついには敗れてほぼ消息不明というようなまるで真反対のことになっている。それを知っているのは我がアドバイン家と今は亡きに等しいマルガレッタ家、このふたつだけだ。真実はただ闇の中だ。
「頭痛が…」
思い出したくないことを思い出して眉間にしわを寄せながらも、どうにか指でほぐして住人に悟られぬようにする。ましてや自分は“冷酷無比”で有名だ。無表情でもどこかカンに障ったのだろうかとか、怒る前に聞いてほしいなど言われる。すなわち顔面からして既に酷い言われようなのだ。しかし婚約者のナインツェ嬢や従者のルーフィニアからすれば「それはその人物が分かっていない」というが、あの父親の子供なのだから今更見た目を気にしても仕方のないことだった。
「…ル様?」
さて、こんなこと考えてないで仕事に身をいれないと、仕事が違えどどこかの従者におこられてしまう。
「ヴ…ェル……様…、」
しかし人が多いな。昔はこんなに活気づいていたかと記憶を巡らせていたが、当時は子供だったのだ。記憶がないに等しい。またひとつ溜息をおとしながら腰に下げている長剣に手を置いたその後だった。
「ガヴェル様っ!!」
「!?」
急に軍服の裾をつかまれ、名前を呼ばれてガルディアは目を見開いて振り返った。そこには見覚えのある顔があった。それは花畑で出会い、夜会で再開を果たした少女だった。ガヴェルという自分が伝えた名も、彼女が言うと偽者が本物以上に輝いて存在している。
「あぁ…、君かティナ」
「…!名前、覚えてくれていたんですか?」
「特徴あるからな、君は」
しかし、彼女の“特徴”でもある赤毛は緩めにまかれたストールで隠れていた。身内の配慮だろうか。しかしあることに気づいて少女に訊ねる。
「…そういえばティナ。君はあの従者を連れていないのか?もうすぐ夜になる。ひとりじゃ危険だ。前にも言っただろう、最初に会った花畑やこの付近では人目を盗んで女性を狙った不謹慎な事件が多発していると」
「はい…、憶えてます。でもあの、聖花祭をひと目見たくてその……」
「まさか…」
沈黙をまもっていたティナは遂にこくり、と頷いた。身内に黙って内緒で家を出てきたのだ。そんな少女に呆気にとられたガルディアはまたも知らず知らずのうちに溜息をだしていた。それに気づいたティナは遠慮がちに俯いた。
「あの、分かってはいるんです!私が外に出ることも、今この“国”に口出すことも出来ないってこと…っ。でも、花を愛でたいのです。自然が、私の唯一の癒しなのですっ!」
ぽかんとしながらもガルディアは切実に言いきったティナを見つめてどこか重ねてしまった。―昔の穢れを知らなかった幼少の自分に。
自分がこの少女に手を差し出してしまうのはもはや運命なのだろうか。出さぬ以外の選択肢が見つからず、気づけば少女を前に自分は行動している。
「じゃあ、私が一緒に同行しよう。それなら問題ないな?」
そう伝えれば、少女は頬を染めて嬉しそうに頷いた。