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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第1章
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第1話 赤毛の少女

 賑わいがいい市場通り。人混みを軽々と抜けるようにしてスカートの裾を翻して少女はすり抜ける。次第に鼻歌をくちずさんでは見慣れた顔に挨拶して手に持っていたかごをくるりと一回転。そんな少女を見かけては果物屋の女性は声をかける。

「おやティナちゃん、久しぶりだねぇ!どうだいこの林檎?」

「ごめんなさいリヤおばさん。ベネジッタから無駄遣いはいけない、って言われているの」

「そうかい…。ならオマケだ!持っておいき!」

 美味しそうな林檎をひとつ掴むとティナと呼ばれた少女に下から投げ込む。それにティナは慌てて両手で受け取る。

「ナイスキャッチ!」

「…ありがとうおばさん」

 受け取った林檎を大事そうに胸にかかえて礼を言うと、ティナは侍女からの目的を思い出してその場から離れる。そんなティナの後姿を眺めて女性は深々と愛しいように溜息をついた。

「まったく、いつ見ても綺麗な赤毛だねぇ…」

 林檎と見間違うような、彼女の真っ赤で長い髪は目にする人々を魅了する。


*

「ただいまー…、ってあれ?ベネジッタ?帰ったよー?」

 侍女・ベネジッタからの頼まれごとを終えてから帰宅する。しかし帰ってくる返事はなくティナは首をかしげる。次には慌てたように二階の階段からどたどたと音をたてて侍女が顔をみせる。

「お帰りなさい、ティナ。目的のものは見つかった?」

「うん。人が多かったけどなんてことなかったよ」

「そう……あぁ!!もうティナ!!」

「へ…っ!?」

 言葉を交わす次にベネジッタは憤るようにティナの目の前まで移動してきた。両頬を包まれて顔を近づけられる。

「帽子!貴女のその髪は色んな意味で目立つんだから、日頃から気をつけて、ってあれほど…」

 あぁ、また始まってしまう。自分についての危機感。

「で、でも、いつものリヤおばさん以外あまり触れてないよっ」

「あなたが触れてなくても周りはあなたのその放つオーラに自然と振り向いてしまうのよっ!!いい加減気づきなさい!」

(オーラと言われましても……)

 彼女はティナの侍女でありながら、年がいくつか離れているのもあり姉のような存在でもある。そしてティナを我が子のように自慢したくなるその愛には大変お腹いっぱいである。しかしそんな毎度の話題にはもうこりごりで、ティナは話題を変えるように彼女から自分のことについての話を逸らす。

「そうだベネジッタ!今日はもういいんじゃない?」

「え?なにが?」

「えぇと、あれよ!あの…その~……」

「??ティナ?」

「…ぅぐっ、えーと……」

 言葉が見つからないのに話題を逸らすだなんてよく考えたものである。全く浮かばない!打開案が見つからなくてついには禁じ手を使ってしまう。

「…そう!ウィーが、ベネジッタに用があるって、ぃい、言ってたの!!」

「ウィルが!?」

 途端に彼女の反応はみるみる顔を赤く染めていく。なにを隠そう、ベネジッタは騎士でもあるウィルに片想いをしていたのだ。そんな彼の名前が登場してはベネジッタは恋する少女のような顔になる。

「そう!だから…」

「あら?でも今さっきまで彼と話していたけど……」

「なっ、なら心の準備をしていたんだよ!うん、きっとそう!」

「…?ねぇティナ?あなたさっきから何か急いでる?」

 ビシッと言い当てられてティナは慌てた。

「へっ!?いそ、急いでなんかないよっ!!」

「ふぅーーーーん?」

 怪しむように覗き込む侍女にティナは観念した。

「はい…してます。隠してます」

「なにがしたいの?」

 正直に吐いたティナにベネジッタは溜息をひとつ落として両手を腰にあてる。

「……怒らずに聞いてくれる?」

「内容によるわ」

 うぅ、と唸ってはティナは口を開く。もじもじと手遊びしながらベネジッタに視線をうつす。

「あの、ね?花を、摘みに行きたいの……」

 その言葉に彼女は目を瞬かせた。

「なんだ。なら、早く行ってきなさいな」

「まさかとは思うけど、“そっち”のほうじゃないからねっ!?」

 用を足すほうかと勘違いしている侍女に顔を赤らめて訂正すれば、次には溜息がもれた。

「あなた……、昔はあの“事件が”起こった後はあれほど外出を嫌っていたのに……。で?」

「で?、とは」

「いいわよ、行っても」

「…!!ほんと!?ほんとにいいのベネジッタ!!」

「えぇ、いいわよ、大丈夫よ。で・も・ね!!」

「『暗くなる前には帰ります』!!」

 長年言われてきたことをそのまま言えば、侍女は呆れた笑みを見せた。



「それじゃ、行ってきまーす!」

 元気よく飛び出した少女に手を振るも、ベネジッタはあることを思い出して「あっ!」と間抜けな声をだしてしまう。

「…しまった、忘れていたわ。……しょうがない、なるべく早く帰ってくるといいけど…」

 エプロンポケットから1通の封筒を取り出した侍女は溜息を漏らしながら見つめて、自然と手に力がこもってしまいそうになるのを堪える。

 “舞踏会招待のお知らせ”。

 それはこの国で王族に忠誠を誓う家系、アドバイン家からの夜会の招待状であった。




 誰も知らない。ただ風が吹くだけの空間。うす桃色の花があたり一面を咲きほこるこの場所。いつも見慣れた道から反れ、上へと繋がる少し険しい岩階段を軽々と登れば、その空間はある。

「…ふふっ。いい香り」

 花が咲き乱れるその場はティナの心を癒してくれるひとつの場所でもある。踊るようにくるりとまわり、花畑を堪能しては鼻歌を口ずさむ。


  ~*~

 赤い花がひとつ 青い空がひとつ

 まじることないそのふたつ

 いつかその時がきたら

 それは見たことのない世界へと繋がる扉になるだろう

  ~*~


 花を摘みに、なんて言ったが実際にくるととても綺麗で何度も躊躇ってしまう。これが目的なのに、逆に摘んでいかないとなると侍女に嘘をついてしまいそれも心苦しい。

「でも今日こそは摘みたい……でもなぁ、うぅん……」

 しゃがみこんで花に手を添えては唸る。

「そこで何をしている」

「ひゃっ!?」

 急に声をかけられ、間抜けな声を出してから振りかえる。目の前には切れ長の瞳に長い黒髪を後ろでまとめた青年が立っていた。ティナの存在に少し目をまるくしては次に「あっ」と声をもらす。首をかしげていると同時にぷちっという軽い音が聞えて慌てて手元を確認した。

「あ、あぁ……」

 花を摘み取っていた。


*

「まさかここに人がいるなんて思いもよらなかった…」

「あぁ、いや。私は散策していたところだったんだ」

 散策…。にしては黒に近い藍色の軍服を身に包んでは腰には剣をぶら下げているという、ずいぶんとお堅い格好をしていた。胸元のエンブレムには見覚えがあるそれにティナはあわあわと口に手を添えた。

「も…、もしかしなくても、お役人、さん……ですか?」

 見間違えない、この国を従える王に忠誠を誓う公安職のひとつでもある警察組織のエンブレムであった。そんなティナの様子に気づいてか、青年は胸元に手をやると頷く。

「役人と言っても、仕えている身ではまだまだ下のほうだ。そんなに身構えなくてもいい。…まぁ、事件を起こしているなら話は別だが?」

 滅相もない!!というように首をおもいきり横に振れば青年は小さく笑う。

「冗談だ。君のような女性が殺生などの重たい罪を科せている訳がない」

「あ、ありがとう、ございます……」

 何の罪も犯していないのにこの緊張感といったらなんだろう。それだけ役人と顔を合わせるのはドキドキする。しかし青年はティナが咄嗟に積んでしまった花に視線を向けた。

「しかし、野花を勝手に摘むのもよくない」

「で、ですよね……」

 不可抗力と思いつつも、いくら見つけた花畑でも管理者がいるかもしれないのだ。知らぬで通るものでもない。ある意味色んな覚悟で青年から放たれる一言を待っていれば当人はこう言う。

「しかし…、ここを育てていたご老人は数ヶ月ほど前に亡くなったと聞いてな。生前から世話はしていたが、年なだけあってそろそろ誰かに譲ろうと言っていた。……だから、あまり気にしないでもいい」

「!じゃ、じゃぁ…!!」

「あぁ。だからといって沢山摘み取っては駄目だぞ。次に咲く花たちが少なくなってしまう」

「…?それってどういう……」

 知らないのか?といわんばかりの顔で見つめてきた青年にティナは恥ずかしくなる。この場所をも見つけたのもほんの数ヶ月前だったのだ。

「ここはな、花を摘み取っても切り取られた茎からまた同じ花が咲くんだ。一度咲けば、肥料やら水やらと世話しなくていいらしい」

「へぇ……。あ、あのっ」

「ん?」

「花に…植物に、詳しいんですね」

 そう言うと、瞳を瞬かせた青年は次第に赤くなっていく。あ、これは聞いちゃまずいやつだったかな。

「あ、えと…その!」

「…母が、」

「?」

「母が、大変花に執着しているんだ。幼少頃から、成長を見せたいが為に自分にも世話を手伝わせるようになってから、気がつけば自分も自然を知ろうとしていた」

「素敵なお話ですね」

 素敵な物語に歓心してると青年は恥ずかしいのか、話をそらせようとする。

「それにしても、君はここまでひとりで来たのか?」

「は、はい」

 答えると青年は口元に手をあてて黙り込む。これまたなにか失言してしまったのだろうか、と思っているティナに青年は言う。

「昼間はいいが、夜になると一層危なくなる。ここ最近、女性を狙った事件がこの付近で多く発生してるんだ。だから君も遅くなる前に帰りたまえ」

「あっ、はい!身内にはそう伝えてあるので、花も摘めたし、今日はこれで失礼しますっ!」

 小瓶代わりの細長い小さなケースに摘み取った花を入れては立ち上がり、目の前の青年にぺこりとお辞儀すれば相手も同じように頭を下げる。何度も後ろを振り返り、小さく手を振ってからやっと険しい岩階段を降りた。ごつごつしているはずなのに自然と平らに思えたのは何故だろうか。



 ティナが去ったのを確認してか、青年はぽつりとこぼした。

「…“紅の妖精女王(ティタ-ニア)”、か」

 彼のつぶやきに答えるかのように花畑はさらさらと風にのって揺れた。

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