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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第2章
19/23

第18話*決意

 不安そうな顔の母親の両腕に包まれながら、少年は今目の当たりにしている景色に言葉が出なかった。恐怖からではない。疑問に近くて言葉が出なかったのだ。騎馬に乗った騎士達が、自分達を通り過ぎて城めがけて駆けていく。城という事は、この国の長に言いたいことがあるのだろう。何のために?そんなぼんやりとした考えの少年は、今よりもう少し幼かった頃を思い出す。

『王様ってなにをするの?』

『王様は国を守り、民の為に闘う尊き御方だ』

『じゃあその王様は誰なの?』

 そう質問するといつも困ったような顔をする両親だった。

 いまいち分かっていない自分を諭すように説明してくれる両親だが、やはり理解できなかった幼少期。それが、成長して理解できた。

 いくら貴族と平民での立場の差があるとしても、生活の差までも生じると思わなかった。しかし歯向かわなければ平然と暮らせる。そう学べば簡単であった。が、しかし少しの身分差でそこまで生活に支障が出るだろうか。子供の頭で思いつく限りは、食事や衣類が貴族と比べて質素で、外で運悪くぶつかれば怒声と共に「親が親なら子も子だ」と親が悪く言われる。

 そして、その原因を導きだせたのも簡単だった。上に立つ者が、胡坐をかいて何もかも放置していると気付いたからだ。貴族だけを贔屓しているなら簡単だし、贔屓しなければ貴族と平民でも、ここまで身分と生活差で苦しい生活を送ることもない。現に、これまでの魔女狩り、街での異臭騒ぎ。あの騒動の後、物価が上がり、果物ひとつでも少し出しづらい値段になったと母親がぼやいていた。

 1つは異邦人が協力して解決に導いたと聞き、1つはいまだ謎に包まれて終わった。結局何がしたいのか分からぬまま事件は収まったが、この2つはこの国を治める立場にある大公陛下が元凶だと、国の犬でもある警察団の騎士や隊員でなくても、薄々気づき始めている人間が多くなっていた。

 しかしその原因の意味に唯一気づかず、あるいは気づこうとしないのが、「もしかしたら大公陛下その人だけなのでは?」という最低なことだけが民の不安を募らせる1つでもあった。




「おいじじい、戦況はどうなってるんだ。途中から離れたから一部把握できてないんだが」

「どこで油をうっていたんだウィル。姫様はどうなさったんだ」

「…『アイツ』の相手をしている」

「そうか」

 ティナを置いてきたウィルが敵地の城の中でグリスと合流すると、主人の様子を確認された後、これからの作戦を伝えられる。一番始めに城門を突破しただけあり、挟間からの攻撃が軽く済んだことが幸いだった。部下も軽傷で済んでいる。そして、広間で騎馬兵たちが錯乱させながら騒ぎを起こし、ウィルやグリスの主戦力隊を先導させ、王座へと続く螺旋階段をのぼっていった。現在、ここまで作戦通りだが、ここからがそうにもいかないだろう。

 螺旋階段をのぼり切り、王座の間の扉前には警備兵がざっと10人ほどいた。それにウィルはグリスに視線を移し、またグリスも小さく頷いた。

 先手必勝。そう心に叫びながらウィルは部下に指で合図して突撃した。

「うぉおおおおッ!!」

 ウィルの叫びに気付いた警備兵は瞬時剣を抜刀し構えるも、それよりも早いウィルの剣先が直撃し、敵の警備兵が身に着けている鎧ごと心臓に剣を突き刺し、捻り上げるように薙ぎ払う。それにウィルの部下達も続いて剣を抜刀して応戦していく。

 戦闘不能になった警備兵に突き刺した愛剣を引き抜き、次に迫ってくる敵2人にすぐ視線を向ける。間もなく1人に走り向かって片足で胸から身体ごと蹴り倒した後、手の自由を失くすように予備の2本の短剣で掌を突き刺す。その間にやって来るもう1人は、まだ騎士の卵だろうか。同士が散る姿に動揺し、走る姿にも無駄があって隙がありすぎる。

 しかしそんな敵もウィルは関係なしに鎧の隙間から小さく見える首を、一寸の狂いもなく狙い刺し殺す。それを見ていたウィルに拘束され自由が利かなくなった敵の怯えた顔を無視し、拘束に使っていた短剣1つを引き抜いては、瞬時に瞳を潰すように横一線に剣を振るった。

 ひとり、ふたりと、瞬く間に警備兵を切り払うウィルに「あれがマルガレッタの狂犬…」「ば、化け物だ!」という敵の怯えた声が漏れ聞こえる。そんな怯んだ兵にも素早く、ウィルは獲物への狙いを定める様に眼光を鋭くする。

 血が。悲鳴が。城内に飛び散り叫び狂う。本当だったらこんな場所に姫主人を連れてくるなんてしたくなった。あそこに置いてきたのはある意味正解だったかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら、最後の一人に剣を突き刺して致命傷を超えた即死の攻撃をお見舞いした。

「……」

 荒い呼吸を整えながら、ウィルはグリスに向き直る。

「終わったぞじじい。ようやくラスボスだ」

「それより血を拭ったらどうだ。身体中、いや顔に返り血だらけで怖がられるぞ」

「ここにまだティナは来ない。それに、『間に合わなければウィルかグリスに任せる』と言付かっている」

「それは、」

「感傷的にとらえるなよ。相手は一応騎士の端くれだからな。時間がかかるかもしれないから、俺達に任せたんだとよ」

「そうか…」

 少し納得してなさそうなグリスの返事に気にすることなく、ウィルは剣についた血を振り払い鞘に戻し、手元の返り血だけを拭った。もし滑って武器を落としてしまったら大変だからな。そう言い聞かせるようにウィルは来た道を振り返る。どうか。どうか何事もなく追ってくるように――。


*


「―じゃあ、その重荷を一緒に捨てようか?」

 ガルディアの放った言葉に思わずティナは顔をあげた。

 ティアーナの苦痛を減らしてあげたいと言ったガルディアの寂しさと悲しさが混ざった顔を見つめて、言葉がつっかかった。

「…捨てたくても、今はその時じゃありません。現に私は、貴方を手にかけることができず、そして全てを捨ててこの国を去ることの方が難しい現状になっていることは確かです」

「どんな結末になろうとも、貴女は父を討つ使命がある。私はそれを手助けしたいんだ。しかし…、貴女にとっては迷惑な行動だっただろうか…?」

「……っ」

 堅い表情で返事をするガルディアに、ティナは苦しくなりながらも唇をかみしめて静かに首を振った。

「いいえ、いいえ…。貴方はいつも優しい。他人の為に自ら身体を張り、他人の罪さえも自分への罰にして解決しようとする…。でも今回ばかりは駄目です…。私は、貴方の身内に手をかけるのです。以前にも聞きましたが、ほんとうにそれでも……?」

「あぁ。いいよ」

 優しい表情をしたガルディアは次にティナの手をとって自らの腕に招き入れる。

「私は父を父と思っていない。…普通、喧嘩ばかりで、憎いほど仲が悪くても、それとは別に愛情はあって殺したくないのが家族だろう。しかし私はそうじゃない。この国を元の豊かな国に戻すために、あの人の存在は邪魔でしかない」

 顔が見えない為、ガルディアの陰をまとったかのような声だけがティナに落ちてくる。それでもかまわないとティナは小さく頷いた。

 「私は、この国の未来を貴女と見たいんだ」





 ウィルによって荒々しく扉が蹴り開かれた先には、まるで危機感がないように。堂々たる佇まいのスフィロスが王座にいた。

 やっとの宿敵の姿に、抑えていた威嚇が増々駄々漏れになるウィルの顔など気にもせず、スフィロスは口を開く。

「こんな騒ぎを起こして、一体何のつもりだ」

「分かっていて質問するとは、ついに脳が腐ったか?」

 売り言葉に買い言葉の会話に、ウィルを制するようにグリスが止めて前に出た。

「…『お久しぶりです』と、もう貴様に敬語を使う間柄でもない。すぐ私達にお前の首を差し出してくれれば、なにも悪いようにはしない」

「『悪いようにはしない』…?」

 ぴくりと口が引きつったかのような返事にウィルもグリスも遮らず、ただ目の前のスフィロスだけを見つめる。

「何も知らない愚か共が…!私は知っているんだぞ、先王を共に支え合っていた今は亡き過去!国勢や戦では確かにマルガレッタに劣ってはいたが、他国と比べて財力や政に関しての力は我がアドバインにあったと…!」

 それがどうしてこうなった、とウィルには言うのも億劫だった。やはりスフィロスは理解していなかった。王になれなかった嫉妬心でしかないだろう。第一に民達が求めるのは尊敬できる王が国の象徴であり、身分関係なく心穏やかな生活を送れること。少し苦しいという民達のSOSがくれば、部下からの情報の元、状況を判断して動くのが、頂に立つ者としての役目だろう。それがスフィロスには出来ないと判断したから、先代国王はマルガレッタに王位を継承しようと決めたのだ。

 この男の性格が問題外でなければ――。

 ウィルがそう思いながら、ちらりとグリスからスフィロスに視線を戻す。まるでダダをこねた成犬のように、今にも唸り声をあげそうな顔をしている。

(一応、“今は”王としての格好をしているのに、まるで子供みたいだ)

「私は認めん…認めんぞ…!こんなことで…、」

「『こんなこと』の基準を決めるのは、貴方ではありません」

 新たな声の出現に、皆は一斉に注目する。そこには待ち焦がれていた姫主人であるティナと、宿敵の子であるガルディアがいた。

「っ、ガルディア…!」

 言葉に出たのはスフィロスではなくグリスであった。一瞬だけ『敗れてしまったのか』、そう思ったに違いないとウィルは思った。しかしグリスが提案した記憶をなくす忘れ薬をティナは飲まず、心苦しいがグリスには嘘をついて演技をしていた。だから、ガルディアと一緒にいるティナの姿を見たグリスは息をのみ、顔を蒼白させていた。

「姫様…危険です。早くその騎士から離れるのです…!」

「危険じゃないわじいや。彼も被害者だったのよ」

「なにを仰っているのですか…!?」

 この言い方じゃやはり信じられないか。ティナは一呼吸おいてまた口を開く。

「ガルディア様はスフィロスの言いなりになっていたに過ぎないわ。それを仇の子息と決めつけて、」

「なりません姫様っ」

 グリスはここまで頑なな性格だったろうか。今も昔も、ティナには甘い祖父のような印象が大きかったため、このように慌てるグリスを見るのは初めてだった。

「まさか姫様、記憶が戻られたのですか?でしたらいつ?私としたことが効力の期間を見誤っていた…」

「グリス聞いて」


「最初から薬なんて飲んでいないの」

 グリスの瞳が見開く。騙していたことがとても心苦しかった。でもそうしなければティナはここまでいなかったと思うから。そこに大きな高笑いが響いた。

「滑稽だな、グリス!お前も最愛の主に裏切られているではないかっ!」

「違うわ」

「違わなくない」

スフィロスによって食い気味に遮られた言葉に、ティナは言う。

「私は、私の感情(こころ)のままにいたいの。この感情(こころ)が死んでしまったら、敵味方関係なく皆を憎みそうで怖かったから」

「実際それが理由でお前は家臣を裏切ったのではないか」

「…貴方にそんなことでとやかく言われる筋合いはないわ…」

 同じ事をしていたため、ティナも強いことは言えない。しかし無意識に手に握っていた長剣に力がこもる。それ以前に目の前の男は両親と同士を皆殺しにさせた人物だ。ここで野放しにするつもりもない。少しでも早く方ををつけなければ。

 ウィルに小さく目配せすれば、分かっていたように頷いた。勢いよく助走をつけて走り出したウィルに、ティナも続く。

 それをただ静かに見つめていたスフィロスには焦りの様子が見えない。だってそれは、裏切られたガルディアが今この状況でも助けてくれると思いきっているからだ。しかしそんなものはなくしてあげよう。


『このまま戦っても、ある意味勝ち目はない気がする』

『それは、戦力のことを考えてでしょうか?』

『いや、あの人は心底人の心に無関心で関心があるんだ』

『…?』

王座に向かう前。会話の中でガルディアの言っていることに少し理解できずティナは首を傾げた。

『あの人は、自分に関係しない人物にはてんで無頓着だが、身内や家臣、関係する人物には少なからず利用できるからと、関心はある』

『……』

なんて人だ、と言葉にでそうになった。しかしそれはガルディアも既に理解していた。だからこそ苦笑しながら息を吐いた。

『一度私は父上側に戻る。しかしこれは父を討つための作戦だ。背後を狙って仕留める以外距離は詰められないだろう』

『分かりました。…ご武運を』

『あぁ。貴女も』


 せめてガルディアが、先頭をきったウィルとスフィロスの間合いに入るよりも先に仕留めていれば、どうにかこれからの関係に持ち直せるかと考えた。自らの手で肉親を殺すことに躊躇いないと言えば、普通の人間は憎悪の目で見ると思われる。

 しかしこれは2つの家系の問題では済まされなくなった、国全体の問題である。今こそ協力し、討つものを討たなければ国が滅んでいくだけだからだ。獣のような鋭い瞳のウィルに臆することもなく、距離を詰められそうになったところでウィルが何かに気付き、即座に距離をとった。

 それはガルディアではなく、スフィロスの前に、見たことのない謎の円陣が展開されたのだ。

(なにかの攻撃か!?)

 遠く離れた西の国では、剣などの武器の他に、弓よりも遠距離攻撃と護りに長けた魔法の存在があった。それが目の前の魔法陣と瞬時に理解できたウィルは舌打ちをした。目の前で起こった光景に、ティナも息をのんだ。

「遅いぞ、ギーヴ」

「…申し訳ありません陛下」

 魔法陣を張ったその人物はギーヴと呼ばれ、玉座からスフィロスを狙い定めていたガルディアはその馴染みの顔に言葉を呑んだ。

「先程は随分とコケにしてくれたな騎士殿?」

「お前さっきの軟弱者か?後方支援タイプの人間だったか」

 そりゃ剣は扱い慣れていないか、と相槌した。

「ガディも、いつまでもそんなところにいても無駄だ」

「…!」

 馴染んだ愛称でガルディアを呼ぶギーヴに、今までの軽薄さや飄々とした人間には見えない固い言葉を返してきた。抗っても無駄そうな言葉に距離をとったガルディアにしばらくしてスフィロスは小さく鼻で笑った。

「驚いたかガルディア?ギーヴは半分西の国の血が流れている。いくら王家の身とはいえ、その中には魔術師の血も流れている。まぁ、術師といっても武器も魔術もろくに扱えない三流でしかないがな」

「……」

 微かに苦しそうな表情のギーヴなど視界には入れず、スフィロスは鼻で笑う。

「そういう訳だガルディア。私を殺したいのなら、愛する従兄弟から先に殺すのだな」

 愉しそうに笑うスフィロスに、先程まであった悍ましい感情が消え、ついにガルディアは殺意を隠さない顔をスフィロスに向けた。

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