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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第2章
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第16話 作戦決行

 とある邸のベルが鳴る。すれば重たい扉が開き、家主の代理である可憐な少女が執事長と出迎えた。

「先生、お待ちしておりました」

「ご無沙汰であります、リジー様」

 前回とは違い、整った白衣姿でお辞儀をした医師はリジーに挨拶する。早速談話室へ、と邸の中に通された医師は執事長にぺこりと頭を下げる。

「あとは私が案内致しますので、ここで大丈夫よ」

 リジーの声に執事長は了承の頷きをし、キッチンへと向かう。客人に出す茶の準備だ。それを見たリジーは医師に振り返り、案内を始めた。

「…それでは、本題に入らせていただきます。結果のところ、ガルディア様が誤って服用された薬には少しの毒と催眠効果が促されるものでした。鑑定してくれた調合師は大体1ヶ月…。それまでに解けることもあれば、その逆もあるとのことです。むしろ薬の効果が切れないということはないらしいので、少しは安心できるかと…」

「……」

 兄に服用された薬が1週間前。そのあとすぐ先生に診てもらってから結果を待つ今日まで2~3週間経った。とすると、あと約1週間で兄の記憶が自然と戻るかもしれない。そのことに喜ぶべきなのだが、リジーにはひとつの不安が拭いきれず、ある決心をする。


*


 作戦会議にて。ティアーナ達マルガレッタの目的が着々とまとまってきた中で、ため息が漏れた。瞼を閉じながら近況報告に耳を傾け、すべての報告が終わったとこでティナは瞼を開ける。

「姫様、お疲れでしょうか」

「いいえ、大丈夫よ」

 グリスに心配されながらも首をふったティナに「左様ですか」と頷いたグリス。疲れよりも、これが実行できるのかということに対して不安からくるため息でもあった。そんなティナにひとつの声がおちる。

「…あの、姫様、グリス団長。ひとつだけ宜しいでしょうか」

「うむ」

 ひとりの騎士が意見があるように、まわりを見ながらもおずおずと手をあげる。それにグリスが頷く。

「国内に我々の仲間が転々としていますが、唯一スフィロスへと繋がる城門警備には、我々の連絡手段がいません。様子見にしろ強行突破にするにしろ、そこを通過できなければスフィロス以前に、相手の騎士団を討つこと事態、難しいかと……」

事実ながらも、少しだけ場の空気が重くなったのを察した騎士は、発言の声が小さくなる。

「それじゃあ、私を囮に使いなさい。すれば相手の騎士団長までとはいかないけど、下っ端ならすぐ私に飛びつくわ」

 そこにすかざず発言したティナにまわりはどよつく。

「しかし姫様っ、危険です!」

「貴女様に何かあっては…」

「大丈夫よ。同族は根絶やしにされたと聞いていたけれど、数は少ないにしろ、まだ50人弱ほどのマルガレッタの騎士が国に潜伏してるとグリスから聞いてるわ。それに、昔私とおいかけっこして付いてこれない騎士はいなかったわ。息は上がってたけど。あとは…そうね。じいはなにか意見ある?」

「いえ。姫様がそう決めたのならば、我らは全力でそのサポートにまわります。しかしくれぐれもご無理はなさらぬよう…。姫様がいちばん仇を討つべき相手はスフィロスであり、そして嫡男のガルディアでもあるのですから」

「ありがとう、グリス」

「…っ。勿体ないお言葉です」

 堅い返事と、凛々しい顔のティナにつられたか、グリスは小さく頭を下げる。

「作戦決行は1週間後。皆、成功することだけを考えて。必ず、裏切った神をこちらに振り向かせる――」

 ティナの言葉と共に、騎士達は叫んだ。

 しかし作戦がまとまりつつある中で、ただひとりウィルだけは納得がつかない表情だった。


「ティナ」

 作戦会議が終わり、皆が散っていく部屋の中でティナはウィルに呼ばれた。反射的に振り返ったティナは何事もなく返事をする。

「どうしたのウィー」

「お前、本気か」

「本気もなにも嘘じゃない。薬のことも、じいに未だに隠しとおせてること事態驚いてるけど」

「そういうことじゃない」

「……私は今『大丈夫に見えない』って?」

 小さく頷いたウィルに、ティナは小さく笑って返す。

「今に始まったことじゃない。両家の因縁も、これからお父様達の仇を討つことも。なにも疑うことなんてないよ」

「俺はティナが『ガルディア』を討てるのか聞いてる」

「……」

 態度で動揺を見せないあたりは成長しただろう。グリスを騙せるはずだ。しかしウィルにはお見通しであった。微かに動いた唇がティナの動揺の証拠だった。

「…『ガヴェル』様は無理だけど、アドバインの『ガルディア』なら大丈夫だよ」

「は…?おいティナ待て、」

 無理に話を終わらせようとして背を向けたティナに謎しかなく、咄嗟にティナの手首を掴んだ。

「最初から『ガヴェル』様なんていなかった。現にいるのはアドバインの『ガルディア』だけ。だから平気よ。心配しないで、ウィル」

「……」

 心配するなと、そう言いながら憂いを帯びた声色で。ちゃんと呼べるのに普段から愛称で、数えるくらいしかウィルの名をちゃんと呼ばないティナに。

 心配にならないはずがないウィルは、何故だか無言で手を離してしまった。悲しくも掛ける言葉が見つからなかったのだ。

「…っ、ティナ!」

「大丈夫だよ、何も心配しないで。ウィーも前衛だけど、無茶はしないで。生きることを…、未来の事を考えて。それから、ベネジッタの心配事を増やさないでね」

 そう言って、薄く笑った少女は部屋から退室した。残されたウィルだけが、ぽつんと置き去りにされたまま。



「…で?あなたはそのまま取り残されたの?」

「最近のティナは神経を研ぎ澄ませすぎだ……」

 部屋から出てすぐ、久しぶりにみた給仕服のベネジッタがウィルを待っていた。

「ウィル、あなたも神経研ぎ澄ませすぎなのよ。作戦会議が終わるといつも眉間にしわ寄せてるの気づいてないの?」

 それから耐えられなくなったのか、深いため息をついてしゃがみ込んだウィルから、一生聞かないような台詞が出た。

「…逃げたいなぁ、このまま」

「もう…っ」

 ベネジッタも同じようにしゃがみ込み、ウィルの頬を両手で上に向かせる。

「あなたそんなこと言う性格じゃないでしょ。今はただ上を向いて、前を向かないと。下や後ろばかり振り返ってもいいことないわ」

「お前にそんなこと言われてる時点で俺も弱くなったかな…」

「あら、ウィルはずっと昔から強いわ。それは自信をもっていいことよ」

「格好良いなぁ、ベネジッタ…」

 それにベネジッタはふふ、と小さく笑うと、ウィルに添えていた両手を自分の方に寄らせ、二人の額がくっつくまでに近づけた。

「大丈夫よウィル。あなたは誰よりも強くて優しい騎士だわ。皆それをちゃんと理解しているわ」

「…ありがとう。……ベネジッタ、そのまま少し待ってくれ」

「え?」

「おいお前らーー、なんか要件あるなら後にしろーーー」

「「「ッ…!!!」」」

 気配が消せていなかった部下達の存在に、直接そちらを見ずに分かっていたウィルが発言すると、遅れてベネジッタも頬を赤くして硬直した。

「しっ、失礼しました隊長ッ、」

「時間をあけて、また来ますッ」

「失礼しましたーーーッ!!!」

 壁の向こうで、見えない部下達が走り去った足音が小さくなっていく。珍しく盗み聞きしやすい体質のシルヴィがいないのが珍しかったくらいだ。そしてその後、しばらく硬直したままだったベネジッタを見て、笑いがこぼれた。

「ウィルっ、ああいうの気づいてる時は早く言って!恥ずかしいわ!!」

「いや、黙ってたわけじゃ……くくっ」

「笑わないの…っ!」

「いやすまん…、でも別にいいだろ。これでお前に手を出す野郎はいないと証明できたし」

「…っ」

 またそういうことを言うのだ。ベネジッタの頬を掌で、次いで親指で撫でるウィルに、慣れないベネジッタだけが頬を紅潮させてうな垂れた。









 夜空に輝く星たちを見上げながら、ティナはひとり佇む。それは荒れ地に咲く一輪の花のようであり、群れから見放された雛のようでもあった。

 後ろでひとつに結った赤髪が夜風でゆらりと小さく揺れ、風がうなじにあたって少しだけこそばゆくなる。しかしそれらを気にすることもなくただティナはじっと夜空を見上げ、手を組みながらひたすらに祈る。

 目を閉じ、耳をすませ、たったひとり思い浮かぶ人物へと。




「どうしたリジー。ナインツェと一緒なのは珍しいな」

 妹リジーが花嫁修業の休憩代わり、と邸に顔を出すようになってから、もうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。

 そして今日はいつもより記憶が曖昧な日。正午を過ぎたほどに、書類整理をしていたガルディアはリジーに呼ばれた。なんだと向かえば、妹の横には最近夫婦関係となったナインツェも一緒であった。そうだ、何故かナインツェとは婚約関係から別れるどころか一緒になる形になっていた。記憶が曖昧に過ぎるにもほどがある。

 婚儀は?それまでの準備は?籍を入れてからどれくらい月日が経った?

 自分の行動範囲が見ず知らずの内に済まされていく恐怖と不安にガルディアは冷や汗がでた額をおさえる。そんなガルディアを見つめ、心配をかけぬべきようリジーは返事をする。

「はいお兄様。少しばかりお兄様と…『お義姉様』に。お時間を頂きたくて。その、宜しいでしょうか?」

 無意識なのか狙っているのだろうか。見上げるように可愛い顔で尋ねる妹を断れるはずもなく、ガルディアは無言の頷きと同時にナインツェにもふる。

「ナインツェも、いいか?」

「いいもなにも、リジー様の頼みですもの。なんなんりと」

 にっこりと返事をしたナインツェにリジーはほっと安心したように答えた。

「ありがとうございますっ!では、王城へ向かいましょう!お兄様達とお父様に、お伝えしたいことがありますの!」

 この時、ガルディアもナインツェも、リジーが後程言うことになんの疑いをもつことなく、後をついていった。

 そして目的の地。ガルディアとナインツェがリジーに連れてこられたのは父・スフィロスがいる王城であった。少しだけ胸のモヤモヤがでたが、一瞬で消える。その原因が何か分からなかったが、ガルディアは城内へと足を運んだ。

「親愛なるお父様に、ご挨拶申し上げます」

「リジー、ここでは『大公陛下』と申せ」

「あらやだ。大変申し訳ありません、陛下。ただ私の場合、他の兄妹達よりも『父』として接し、会話する期間が短かった故、お許しくださいませ」

「まぁ良い。リジーも今は婚約相手のことでいっぱいだろう。身内の前だけでは愚痴ぐらい許す」

「ありがとうございます」

 手を胸に当て、深々とお辞儀をするリジーに、スフィロスは深く座り直して本題に入る。傍に控えていたガルディアとナインツェを視界にいれながら王座で肘をつく。

「して、要件はなんだリジー。ガルディアとナインツェまで連れてきて、なにか重要な案件でもあるのか?」

「はい、陛下。お尋ねしたいことがございます」



「お兄様に投与された薬に関して、なにか知ってることがあればお聞かせ願いますでしょうか?」


*


 ところ変わり、場所はティナ達マルガレッタ一族達の隠れ家。ついに作戦決行の日がやってきた。この日の為にと鍛練を重ねてきた騎士達を見ながら、ティナは小さく息をついた。

 人が多い場所を避け、王城に進むルートを見つけ出した後、相手の応援が来る前に片づける。ウィルのように前線ではないが、ある意味ティナは『前線』でもあった。自身を囮にしてこちらに注意を向かせた後、気づかれないように他の者達を王城へと侵入させる。そこから王座まで一直線へと進む。

 なんとも無謀でもあるようなこの作戦だが、向かう敵を真正面から対峙するという、マルガレッタ家としてはお得意の戦法でもあった。もはや森林は我らの庭だ、とでも言えるほどの地形認知さである。そしてその作戦の要となるのが、我らがティナであり、元騎士団隊長のウィルでもあった。

 着慣れぬ防護服の上からフード付きの黒いコートで身を包んだティナがウィルを見上げる。

「じゃあ、お願いねウィー。私が死ぬよりも先に、相手を倒してね」

「その重要な役割を俺以外がこなせない、っていう難点を残しておくな。なるべく早めに解決してくれ」

 それは無理よ、と即答するティナに焦るしかないウィルであった。

「だって、ウィルは当たり前に強いわ。強くて、皆を守れる腕と優しさを持ってる。騎士冥利に尽きるじゃない!…ウィー?」

「主従揃って『優しい』とか言うな。俺は部下以外優しくしてるつもりだ」

「ん~、ベネジッタにも同じこと言われたんだね?」

 悪いか、と返されれば、ううん、と首をふって小さく笑った。

「…ティナも、あまり無茶はするな。死ぬことなんて考えてないよな?」

「まさか。当たり前じゃない、死んだらなにも出来なくなる。やりたいことがあるから、今こうしてここに立っているのよ?」

「…そうだな」

「んもう!今更なんなのよっ!!」

「痛ッてぇ!?」

 ここにきてまだティナが戦いに参加することに躊躇してるのか、分かりやすくなってきたウィルの顔に流石に呆れ始めたティナは、彼の背中を思いきり叩いたのだった。

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