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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第2章
16/23

第15話*再会と過去の記憶

 隠れ家へ向かっていたティナの足は、ぴたりと止まる。今頃ウィルが先程の原因を掴むために剣を振るっているかもしれない。そう考えてしまうと足はティナの気持ちよりも先に動いていた。

 戻って何が出来る?何も出来ないのは分かっているけど、ウィルが危険になることを避けることぐらいは出来るかもしれない。

 来た道を戻り、やがて駆け足になったティナはふいに見えた人影にぶつかった。急に止まることが出来なかったが、反射的に謝った。

「ご、ごめんなさいっ!急いでいたもの、だったの…で……」

 目の前の人物に愕然とした。

 何故こうも神はいたずらばかりするのだろう。

 そう思ったティナがぶつかったのは、ガルディアだったのだ。いつもの冷酷そうな整った顔をしたガルディアは、ティナを見つめて言う。

「いや…。こちらこそすまない。城からの近道と思って入ったはいいものの、そもそも道が分からず迷子になりそうだったところだ」

「……」

「どうかしたか?」

「…いっ、いえ!」

 話し方に少し違和感があるのは気のせいだろうか。小さな疑問を避けてティナはそっと見つめた。間違いなくガルディアなのに、違和感が取れない。そう思った疑問はすぐに出た。

「君は、この森周辺に住んでいる子か?」

 明らかな初対面の会話にティナはどこか理解した。この国に平和が訪れるまで、ガルディアはティナの事を忘れたのだと。

 そういう事ならと、ティナもそれに合わせようとした。幸い、街の少年と変わらない格好をしているし、目立つ赤毛はキャスケットの中にしまいこんでいるため、なにもされない限りは露になることがない。

「…はい。これから家に戻るところでして…」

 ティナの話に耳を傾けながらも、ガルディアはふと遮る。

「君は本当に男か…?」

 その言葉に咄嗟に顔をあげたティナは驚き顔のまま、ガルディアを見つめた。

「…出会ったばかりですまない。君はどちらかというより、女性のように見えたから」

 違っていたらすまない、と謝られたが、声変わりの少年より成長したティナの身体。しかし近い年代の少年よりも華奢な格好でガルディアは疑問に思った。それ以前に声が少女そのもので、バレるのも時間の問題であった。

 ここは普通に女性と明かすほうがいいかもしれないと口を開く。

「…騎士様の仰る通りです。ただ見せられない顔故、キャスケットを被ったままをお許しください」

「いや、そこまで私も身分は高くない。気にしないでくれ」

 目深に被り直したティナを見つめ、次にガルディアはふと思い出す。

「……違っていたらいいんだが、」

「え?」

 ガルディア胸元に手を入れ、取り出したものにティナは言葉を失った。

「このリボンの落とし主を探しているんだ。私の邸で見つけたものだから身内の物と思っていたんだが、中々持ち主が見当たらず……」

「それで、どうして私に……?」

「恥ずかしいのだが、ここ最近の私はどこか記憶が抜けたところが多いのだ。先程の近道もそうだ。分からないはずなのに、自然と足が進んでいた。…それで、もしかしたら民の落とし物を預かったかもしれないんだ」

「そう…ですか…」

 それは以前の去り際、ティナがガルディアに渡したリボンに違いなかった。しかし渡された当の本人はリボンの存在忘れているのだ。

 こんなところにまで記憶を封じる必要があるのか。

 なんと返事すればいいのか分からず、俯きそうになったティナにガルディアが声をかけた。

「すまない、私ばかり話し込んでしまって。…君のものではないか?」

「…あの、はい。私のものでは…」

 そう言おうとした時だった。どこからか吹いた風が2人を揺らす。それほどまでの突風が襲ってきたことによろけそうになったティナは、どこかに捕まろうとした。しかしティナの伸ばした手を掴んだのは目の前のガルディアであり、そして少しだけ目を見開いた。

「あ、あのっ、」

 紳士な対応は大変喜ばしいことだが、次にガルディアは少しだけ苦しそうな顔をした。

「君は、髪の色は何だろうか…?」

「っ…」

 これは、答えていいの?

 頭のなかで二つの想いが交差した。

 どうして髪の色なんて尋ねるの?

 記憶がないようにみせかけて接しているのなら、わざわざ言わないでも相手は分かる。

 しかしもうひとつの思考がそれは違うと否定する。

 ティナの第六感が、違うと。そう感じたのだ。

「楠焦げた茶です。みすぼらしいので、身内以外にはしまっているのです」

「…ならいいんだが、ひとつだけ忠告しておく。今王城ではとある赤毛の少女の確保を目的としている。…童話などでしか見ないものだからな。現実にいたらすぐ分かるのだが…。それでもし心当たりがあったなら、私に教えてくれ」

「っ…」

 どくん、と心臓がはねた。

「はい…。分かりました」

 今はそう言うだけで精いっぱいだった。


*


 迷いそうになった森の中で出会った人物に、ガルディアは知らず内に小さく胸が痛んだ。どこかで聞いたことがあるような声に、顔に。少年のような男装をした少女に会ったはずもないのに、どこか懐かしいと感じてしまった自分がいた。

 それ以前に、自分はどうして城から現場に戻ろうとしたのに、森の中に足を踏み入れたのかさえも分からないでいたのだった。

(最近の自分はおかしな行動ばかりしているな…)

 記憶が曖昧というのもあるが、それでも思い出せることもある。幼少期と騎士になった日の事。婚約者としてナインツェと出会ったこと、それから……。

「……それから?」

 なにか、忘れた記憶があるような気がした。気がしたのに思い出せない自分がいる。それほどまでに重要な事か、人物とのやりとりか。病弱の為、母親とは幼少期から会う期間は少なくなったが、身内の感覚ではない。かといって騎士仲間との他愛ない会話でもなければ、上司や婚約者、従者でも兄妹達でもない。その中で今一番ガルディアの記憶を占拠していたもの、それは。

「……父上」


『そしてその中には、赤毛の少女がいる。奴こそが諸悪の根源なのだ』


 ふいに先程会った少女の顔がちらついた。顔と言っても、彼女は自身を醜そうに言ってキャスケットを目深に被っていた為、ちゃんと顔を見ていない。印象的な黄金の瞳だけは覚えていただけだった。それからだ。妙に胸が痛むのは。





 場所は王都周辺。

 ティナと別れ、先程いた街市場から歩いてきたウィルは小さくため息をつく。異臭を放つ赤黒い液体。最初は人の血液か何かと思い、また物騒なことが起こっているのかと思っていた。しかしそれは違った。分かりづらくはあったが、血のような生臭い匂いもしないし、倒れている民達に刺し傷などの怪我はない。では何故、皆気を悪くして倒れていたのか。それだけが解けずにいた。

(原因を掴むにも、そう時間はかけていられない…。逸らしちゃいけない問題だが、とりあえず今は戻った方がよさそうか…)

 そう考えたウィルが隠れ家への道を歩き出そうとした時だった。ヒュン、と風を切るような音がウィルのすぐ横で聞こえた。

「すまんがそこのお兄さん。ちょっといいか?」

 声からして中年の男性だろうか。視線だけを音がした方へ向ければ、よく磨がれた剣先がすぐそこにあった。

「なんだろうか。俺は今買い物帰りの主人を待たせているんだ。手短に頼む」

「にしては物騒なもの持ってるじゃんかよ…」

 ウィルの手に握られていたレイピア代わりの長剣を見つめて、少しだけため息をついたような男の声に返す。

「最近は物騒だからな。護身用に1本くらい携帯しても誰も咎めないだろう?」

「民にしちゃぁ、兄ちゃん。あんたはそれより遥かに物騒な雰囲気してるが?」

 そう言った男はウィルに伸ばしている剣をくるりと返して、ウィルの首元にいくように刃先を向けた。

「ひとつ誤解をしているようだが、俺はこの事件の主犯じゃない。むしろこの事件を追ってここまで来た」

「その証拠は?」

 次にウィルは、試すように伸ばした男の剣を遠慮なく掴んで真正面に対峙した。それに驚きながらも決して剣を放さなかった男は次に、ウィルの顔を見て驚愕した。

「お久しぶりとでも言いましょうか、『団長』――?」

「な…、お前、ウィル……っ!」

 あまりにも驚いた顔の男に、ウィルは無感情に小さくため息をついた。目の前にいる男は、過去ウィルがグリスと共にお世話になっていた騎士団団長の一人であり、またティナ達マルガレッタ家の為に忠義を尽くすはずの騎士であった。

「寝返ってもそこそこの身分にいけるわけないよな。ま、そこら辺しかいけませんよね、やっぱり」

「お前、本当にウィルなのか?体が成長したというより、性格がまがったような……」

「シルヴィを従えた気でいるのは楽しいか?」

「っ…!!」

 騎士に扮して潜入捜査をしている、マルガレッタ家に仕える少年・シルヴィの名前をだした途端に、男は顔を蒼白させた。実際に男とシルヴィは親子関係だが、まだシルヴィが幼い頃。もっと詳しく言えばマルガレッタ家がアドバイン家によって虐殺された後、死にたくない一心なのか忠義を尽くす主人や同僚を裏切って寝返ったようなものだった。

 そんな昔の記憶がちらりと見えたウィルは嫌そうに振り切って男を見下ろし続ける。

「あいつは少し容量悪いし立ち聞きもしてしまうが、注意されたことはすぐ気をつけるし、報告書だって的確に出してくれる。“どこぞの父親”より充分仕事ができて助かっている」

「子を、…主人を裏切った罪が消えないことは分かっている。だがっ、」

「『だが』も『しかし』もない。むしろシルヴィが知らなくて良かったくらいだ、こんな“クソ親”」

「……」

 今まで見たこともないような顔のウィルを見上げた男は、自分がしりもちをついていたことにやっと気づいた。それほどにウィルの気にあてられたのだ。

「姫様は、ご存命なのか…?」

「あんたが知る事でもない。知ったところで、今ここで証拠(お前)を消すだけだ」

「っ、」

 ふとウィルが視線を逸らす。人の気配を察知したのかむき出しの刃を元の筒へと収めていく。

「人が来てこれ以上問題ごとが多くてもなっても困る。どうせ俺の顔もわれているんだろう?」

「…あぁ、少なくともグリス様とウィル。お前達は変装なりなんなりしなければ、すぐ騎士団の奴らにバレる。部下のように表立って行動はできない」

「そんなこと理解してる」

 キン、と刃が鞘に収まったのを確認した男は小さく安堵するが、いまだ消えないウィルの殺意で声が出ない。

「最後に言っておく。今後一切、ガルディア・トゥイ・アドバイン・ディアマータをティアーナ姫に近づけるな。それが不可抗力だろうと当人達の意思じゃなかろうと関係ない」


「たたっ斬ってやるから覚悟しておけ」


 元部下とは思えない殺気の圧力に負けた男は、しりもちをついたままウィルが去っていったほうをただ茫然と見つめることしかできなかった。

「…長、……『団長』!」

 しばらくして耳に届いた声に男は顔をあげる。城へ確認しに行っていた部下・ガルディアに安堵のため息をついた。しかし来た道とは別の道から現れたガルディアに少し首をひねりつつも、男は緊張の糸がほどけたように倒れこんだ。


*


 結局のところ、あの赤黒い液体がなんなのか分からずじまいでひとまず事件は落ち着いた。まぁ事後処理を担当する立場の騎士から見れば迷惑な話だが、見つかる前にウィルは隠れ家まで戻ってきた。そして、またそれとは別に落ち着きを見せない人物の機嫌取りが大変であった。

「もう…っ!どうやったら素手で剣を握るという考えになるの!しかも結構深いじゃないこれ!!」

「…すまん。状況が状況だったから頭よりも手が先に動いてた……」

 あの後、血だらけの手で戻ったウィルを見たベネジッタは予想通りな悲鳴をあげ、血相を変えながら医療箱を持ってきた。グリスには呆れたように「やれやれ」とため息をつかれ、先に戻っていたティナには真っ青な顔で見られたが、これは完璧に自業自得なので反論するつもりもなかった。

 たまたま利き手じゃない左手だったから良かったものを!と、いまだ怒りながら手当てするベネジッタを見つめながら、ウィルはつぶやく。

「俺が怪我したら、悲しいか?」

「…悲しいどころか立ち直れないから。…あまり無茶しないで」

「それは、無理な相談だな…」

「なっ」

 怒りで反射的に顔をあげたベネジッタの頭を撫でるように右手を添えたウィルは、ただ小さくつぶやく。

「これが俺の役目だから、これは当然なんだ。だからベネジッタには申し訳ないが、これからも手当て、宜しく頼む」

 そう言い、ベネジッタの頭に添えられた右手は彼女の髪を、頬を撫でた。壊れ物を扱うような扱いに。まるで愛おしいものに触れるかのように沿った指の感覚が、ベネジッタの頬を染めていく。

「…それでも、大事な人が傷つくのを見るのは避けたい…。ねぇ、どうしたらいい?私は、皆の為に何ができる…?」

 切羽詰まったように尋ねたベネジッタを安心させるように、ウィルは言う。

「ベネジッタは、いてくれるだけで十分皆を癒してる。ティナが一番、そう言っていた」

「……ウィルは?」

「え?」

「私は、ウィルが騎士だとかいう前に、一人の異性として心配しているのに、いつもはぐらかされている様に思えてならないわ……」

「……ベネジッ、あいだだだッ!?」

 なんと返せばいいか迷った次、手当てされたばかりの傷口を包帯の上からぐっ、と押されたウィルは声をあげた。

「だからっ!本当に無茶なマネだけはしないでよ!!」

 はい、おしまい!と、最後に「パシン!」と平手でトドメをさされたウィルは身悶えながら、しかし逃がすまいと無傷の右手でベネジッタの手首をつかんだ。

「ベネジッタ…!お前、いいのかそれで…ッ!?」

 痛みで言い方が強くなってしまったが、ウィルは逃がさない。逃がしてやらない。

「俺は、ずっとお前しか見てなかった。いつか告げようとも思っていたこの想いも、ただ閉じ込めておくしかできなかった。けど…、それは違う。それは自分で言い訳にして逃げていた。……好きなんだ、ベネジッタが」

「……っ!」

 逃げられないと悟ったベネジッタの顔は、ウィルの告白を聞いた途端、みるみる真っ赤に染まった。まさか、そんなすぐ返事をするなんて思っていなかったベネジッタは、そのまま崩れ落ちるようにぺしゃりと床に手をついた。

「……なぁベネジッタ。そんな反応が見えないとこを向かれても困るんだが」

「困るのは…こっちなんだけど…っ!」

 ウィルの拘束が解けて自由になったベネジッタは両手で顔を覆い、更にうつむく。嬉しくて、恥ずかしくて、顔が赤くなっている今この顔をどうして見せられると思うのか。やはりこの男はタラシだ。天然タラシだ。人が恥ずかしくなるようなことを平気で言ってしまう人間なのだ。

「ベネジッタ~?」

 からかうような声が頭上で聞こえる。

「俺言ったぞ?返事はともかく、ベネジッタは俺のことどう思ってるかくらい聞きたいな」

「それ完璧に返事促してるし答えになるじゃない…!」

 少し間をあけ、やっとウィルの顔を見れるようになったベネジッタは答える。

「えぇ。ずっと、私もウィルが好きだった。強くて格好良くて、誰よりもティナの安全を最優先に考えてるウィルが、私は好き」

「…そこでティナが出てくるベネジッタは侍女冥利に尽きるな。それこそ格好良い」

「そう?普通じゃない?」

「まぁ、確かに普通だな。俺たちの場合」

 ふふっ、と笑うベネジッタに誘われるように、ウィルは彼女の頬にそっと触れる。それに驚いたベネジッタは少しだけ視線を泳がせたが、やがてゆっくりとウィルを見つめ戻し、瞼を閉じる。

 言葉を使わず愛をささやき合うのは、案外口づけで事足りるほどであったとベネジッタはそう思った。

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