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恋する乙女は花の精  作者: 花園
第1章
10/23

第9話*魔女狩り

アサシンズプライドという作品にドはまりしてか、ティナは楠木ともりちゃんで、ガルディアはおのゆーで脳内再生が決まりました✌

「お呼びですか、父上」

 すました態度で玉座に佇む自分の顔など見る気もないのだろう。その態度がどこぞの誰に似たのか知らないが、本題にはいる。

「この親不孝者めが。私がどれだけお前のことを考えているか分かるのか」

「分かる気もしませんし、分かりたくもありません。父上、私が言いたいのはナインツェ嬢との婚約破棄の件ではなく、今民達を悩ましている『魔女狩り』です。何を考えておいでか。そんなに悪魔を……、今は亡きマルガレッタ家を消したいのですか」

「私が黙っていれば…。最近でしゃばり過ぎだぞ、ガルディア!!母親と同じようにしてやっても良いのだぞ……!?」

「っ、父上!」

 これにはついに叫んだガルディアに、怯むこともないスフィロスは、ふん、と小さく鼻を鳴らすだけだ。

「今まで貴方を遠ざけるようにしてきた事は認めます。しかしそれで私ではなく、無関係の母上に手を出すようなら、母上に代わって私自ら貴方の首に刃を振るう……ッ!!」

 眉間に深くしわを寄せたガルディア。それが気に入らなかったスフィロスは怒鳴り散らす。

「ええい、うるさい!なら今夜にでも止めてみるがいい!!」

「今夜……?」

 嫌な予感がした。

「今夜、お前が案じている魔女狩りを行う。夜会に来た令嬢達も貴族市民も関係なしだ」

「……ッ、失礼する」

「精々足掻くがいい、ガルディア…。ふふ、ふはは、あははははっ!」

 父親の嫌な叫びが響く。それを早くかき消すために足早に廊下を歩いていれば、懐かしい顔が目の前にいた。従兄弟であるギーヴだ。自然と嫌な顔になってしまった。なんせこの原因をつくった男の存在でもあるからだ。


*


 1つしか違わない従兄弟の顔を久しぶりにみた。どうやらまた伯父と言い争っていたようだ。氷のように冷たいその表情から見て取れる。コツコツ、と足音が響く廊下で、相手もこちらを認識したのだろう。少し哀れまれるような顔をされる。毎度のことなのでもう慣れはした。

「ギーヴ、何か用か」

「用がなくちゃ来ちゃいけない?相変わらず堅いなぁ、ガディは」

 やれやれ、とわざと肩をすくませれば、決まって従兄弟のガルディアはため息をついた。

「別に悪いとは言っていない。お前がいつもそういう飄々とした格好と言葉遣いだから、遠巻きに見られるんだろう。むしろその裏表が激しい性格を令嬢たちに見せてくればいい。一瞬で人気がなくなるぞ」

「逆にガディはお堅過ぎる」

「慣れている」

「あぁそう…。ていうか不意打ちで罵らないで、地味に悲しい」

 こんななんてことないやりとりが、彼ら2人の会話の始まりだ。そして本題へとはいっていく。

「伯父上が魔女狩りなんてやると噂になっているが、あれは本当か?」

 ぴくりと反応したガルディアの様子に気づかないギーヴではなかった。しかもどこか、怒りが見える。

「元はといえばお前が原因だろう。一目見た令嬢の髪色でそこまで話が盛り上がるか?」

「おっ、おっ、なに!?お前もそういう事に興味出てきたの!?」

 そう言うと冷たい視線と更に彼の眉間にしわが寄る。そういう顔をすると、伯父にそっくりだ。なんて言うと半殺しにされるので言わないでおく。

「あー、そうだな…。ここら辺では見ない顔だったのもあったが、とても愛らしい容姿をしていた…。まるでお前が昔読んでいた童話の妖精に…」

「用件はそれだけか?」

 食い気味に遮ったガルディアにギーヴはどこか納得した。彼が大体自分の話を遮るときは、彼にとってよくない話題か、触れられたくない話題である。つまり、いじり内容の対象となる。それを知らないガルディアはいまだ嫌そうな顔を続け、ギーヴを横切る。

「お前が身内でなかったら今ここで半殺しにしていたぞ」

「…相変わらずお優しい弟君ですことー…」

 ふん、と鼻を鳴らして今度こそ去っていくガルディアにギーヴは冷や汗をぬぐった。

「おぉ、怖い怖い……」



 城内と言っても、身内だらけなので今更取り繕うとも思わない。まぁ客人の出入りが多いから、そこだけ気にすればいいだけだ。

 そしてふと、散策して発見した。きれいな深緑の髪を結った後ろ姿が美しい女性が、噴水の淵に座り込んでいた。足元にはやけに荷物がある。

 丁度いい。ガルディアに言われたことを実践してみるか。

「どうされましたか、お嬢さん」

「……どちら様でしょうか?」

 まず紳士対応で話しかけると、振り向いた顔に見覚えがありすぎた。ガルディアの婚約者であるナインツェだった。しかし彼女は自分の顔に見覚えがないのか、そう答えた。名乗る前、彼と一緒ではないのか。そう尋ねようとした時、彼女はまた俯いてしまった。

「私でよければ話でも伺いましょうか。こんななりしてるが、一応はここに住んでいる身であるし、なんなら誰かが関係してるなら呼び出してくるが?」

 そう言えば、彼女は少しだけ目を見開いた。

「……実は私、ガルディア様との婚約を破棄されてしまいまして、今ここで使いの者を待っているのです…」

 は?今なんと言った。あのガルディアがか?

「ナインツェ嬢、それはどうして…?」

「っ、どうして私の名前………。失礼を申し上げますが、もしかしてギーヴ、様では、」

「うん、俺がそう」

「……たっ、大変失礼致しました!その、あまりの軽装にどこの使者かと……」

「いいよ別に。普段がこうだから」

「そう、ですか」

 面食らったナインツェにギーヴは小さく頷き返した。

「で、どうして破棄されたの?」

「それは、私にも分かりません…。今朝がたガルディア様から呼ばれたと思ったら、急に婚約破棄してほしい、と……」

 あのガルディアが伯父の決めたことに逆らうなど、今まであっただろうか。それかもしくは、別の気になる人ができたか……。

 そう心の中の考えが、いつの間にか口からこぼれていた。

「そ、そんなことありません!堅実なガルディア様にその様な女性など……、いるはずがございません!」

「お、落ち着いて……。まだそうと決まったわけではないし……。それに、どうしてガルディア?他の男は駄目?…それこそ、俺とか」

「………本気で仰っています?」

 ナインツェの表情が、ギーヴを睨み付けるように陰っていく。

「…なんて、冗談だよ。いくら破棄されたからって、ガディの元婚約者に手を出すなんて、俺の首が飛びかねない」

 ぱっと笑い飛ばしたが、彼女の険しい表情は戻らない。

「…恐れ入りました」

「え?」

「ガルディア様の身内であろう貴方がそんな人物だと知って、大変失望しました」

 ナインツェの冷たい視線がギーヴを捉え、すぐに離れる。馬の蹄鉄を響かせ向かってくる、使いの馬車がやってきたのだ。

「それではごきげんよう、ギーヴ様。…最も、二度とお会いになどなりは致しませんが」

 すくっと立ち上がったナインツェは厳しい表情を緩めぬまま、淑女らしい対応を最後までやり遂げ、去っていった。そんな彼女に、別の意味でギーヴは震えていた。

「…強気な女性がこんな近くにいたなんて知らなかった。…うん、いいな。彼女、俺の人にしたい」

 ギーヴの放った独り言など、誰も知らない。



 時は少し巻き戻り、ガルディアと別れを告げた昨夜。ティナたちが自宅に戻れば、玄関先で馬車を引いた業者がベネジッタと会話しているところで、ティナの視界も頭も、次にやることへの思考へと変わっていた。

 彼女の足元には荷物が、しかし必要最低限のものしか入れていないというかばんの数が馬車の荷台へと詰め込まれてゆく。

 仮の住まいとはいえ、十年以上も住んでいれば第二の我が家にもなったこの家ともおさらばと思うと、自然と淋しいとも思った。

「さ、行くぞ。ティナ」

「うん」

 騎士ウィルに呼ばれ、小さく返事をしたティナは馬車へ乗り込み、この街を去った。

(彼は最後、どんな想いで私を見ていたのだろう)


 元住んでいた市民街を抜け、ある森林の入り口へと馬車は進んでいく。すれば、見慣れた土地に少しだけ息をのんだ。業者に声をかけて止めてもらい、真っ先に馬車を降りる。ただひたすらに走った先、ある囲みを焼け残した跡にティナは立ちすくんだ。

 幼少期ティナが両親たちと暮らしていた邸跡であった。焼き崩れた木材などはまとめて端に山に積まれ、空いてる空間を今は亡き者たちの墓石で埋め尽くされていた。その中で他よりも目立つ、立派な墓石が2つあった。それが誰のものか瞬時に理解できた。

 正直、分かってはいた。あの事件からもう十年以上も経っているのだ、亡くなっていない方がおかしいとも言える。

「……っ、」

 言葉が、でてこない。あるのは憎きスフィロスへの怒りだけだ。そして、彼も。

「姫様」

 感情だけで恨んでしまいそうになった愛しい人の名を呼ぶ直前。グリスに呼ばれて意識が彼に向く。すれば、ティナに忠義を示すように地面に片膝をつき、跪いていた。周りにはいつの間にか集まっていた人物たちがグリスの後ろに控え、同じく頭を垂れている。騎士であるウィルもそうだった。

「これより、我ら騎士は貴女様の命令の下、動く所存でございます。我らが主達の仇を討つまで、我らの剣は姫様のもの。―姫様はただ堂々と、勝利の女神が我らに微笑んでくれることだけを、願っていてくだされ」

「……駄目よグリス。それじゃ私の存在価値がない」

「姫様……?」

 小さくつぶやいたティナの声に頭をあげたグリスは、言葉をなくす。

「私もこの戦いに身を投じます。…憎きスフィロスを討つために。平和な国に戻すために。その為なら、私も命だって惜しくないわ」

 今まで見たこともなかった。優しく笑う少女の顔が、冷め切った表情をして、一族の長として降りた顔だった。

 そして日は沈み、スフィロスによって魔女狩りを決行すると判断が下された時刻となる。



「お父様、お母様…。ティアーナ、ただいま帰りました…。……っ、」

 今は亡き両親の墓石を右手で触れながら、左手を胸に、両膝をつきながら頭を下げる。あの優しい笑顔も、頭を撫でてくれる凛々しい掌も、今はない。あるのは今目の前にある両親の代わりをした冷たい墓石。


『ティナ、貴女はそのままでいればいいの。髪色なんて、まるで妖精女王(ティターニア)のようで素敵よ』


『いつかは私の跡を継ぐのだ。ティナはその優しい子のまま、人の気持ちを理解できる王となるのだ。さすれば、皆ティナの後をついてきてくれる』


 両親の言葉や仕草が、幼い頃してくれたものでも、今でも鮮明に思い出せる。それが今ティナの胸に重くのしかかる悲しみの原因であってもだ。

 仇討ち。そう言葉で聞いてすんなり自分の胸にストンとおちてきたことに違和感がない。忘れていたわけじゃない。ただ少しだけその言葉の意味を考えないようにしていただけ。考えてしまったら、後先考えずに暴れだしてしまいそうだから。昨夜の集まり以降、充分な休息をとるようにと空室に案内されそのままベッドに沈み込んだが、結局考えることがたくさん出来てしまい、寝るに寝れなかった。そうして今に至る。

 寒空の下で、夜着も着ず、ただふらりと両親へ足が向いたティナはそのまま倒れこむように地面の草地を握りつかんだ。瞳からぽろぽろと涙が落ちる。誰も見ていない。見ているのは両親だけ。ここなら、昔のように甘えてもいい気がして、ティナは抑えようとしない涙を流した。



「まぁ、なあに!?この顔は!」

 こっそり戻ってきたはずなのに、ティナがいないことを予測できたかのように、自ら探しに来たのだろうベネジッタに捕まった。跡地から今隠れ住んでいる場所まで複雑道だというのに、もう道のりを把握しているのか。そんなベネジッタから両頬を掌でやわやわと揉まれたティナは、やっと返事をする。

「少し…、お父様たちに挨拶してきたの…」

 そう返せば、ベネジッタは小さく息を吐く。仕えてきた主人たちを、呆気なく還らぬ者にしたアドバイン家に、怒りが消えるはずがない。しかしその感情を消し、ベネジッタはただの侍女としてティナに接する。

「そう。なにかいい思い出でも報告できた?花や祭り、あとはー……、」

 そう言って、気づく。どれも、ティナにとって楽しい思い出でも、同時に消さなければいけない悲しい想いでもあった。

「…まったく、なにも羽織らないで外に出て…風邪をひいたらどうするの。早く中に入りなさい」

「うん」

 そう言って、室内に戻る寸前。人の声が聞こえたような気がして振り返る。

「…っ、」

「ティナ?」

 主人を尋ねたが、いっこうに動こうとしないティナに首をかしげる。そして次に、元来た道を走り出したティナにやっと慌てた。

「ティナ…!?ちょっと、どこ行くの…!」

「ウィー、ついてきなさい!近くにいるんでしょ!」

 そう叫んだティナの数秒後、木陰から後を追うように走り出したウィルが向かった。

「ベネジッタ、あとは俺がいるから。お前は邸に戻れ。悪いがじじいにこのこと伝えておいてくれっ」

「もう…っ、主従揃ってなんなのよ……!!」

 行動予測不可な主人と同僚にため息しかでないベネジッタであった。



「いやッ、いやぁ…!助けて、助けてお母さん…!!」

「お願いです!あの子が一体何をしたというのですか…っ!!」

 泣き崩れる少女と、懇願する母親を見下ろしながらある騎士は他の皆にも伝わるように大声で叫ぶ。

「この国に、忌まわしき赤毛をもった少女がいることが判明した!その者を捕らえるために、今こうして“魔女狩り”の最中をしているのだっ!これは序章にすぎない!それでも歯向かう者は、反逆罪として捕獲していいとのご命令がくだされている!!」

 場所は王都の中心部にある庭広場。普段ならそこは優しい人達の笑顔に囲まれた緑が豊かな場所。その空間が今まさに民達の叫びや悲しみでざわめいていた。

 少女の髪を乱暴に掴み上げる騎士を名乗った男に、周りは何も言えない。一般市民たちは、役職を持っている貴族に歯向かえない立場にいる為、自身らの意見を通すためにはそれなりの身分になるか、高貴な役職に就く他ない。最も、前者は生まれの違いで不可能に近いものであるし、後者の場合はそれなりの資格と頭脳を要するため、凡才では到底なれるものではない。力のない民たちが最下層の人間として虐げられてしまうのがこの国の現状であった。

 それでも正義を持った心優しき人間たちがいるからこそ、この国の均等をぎりぎりに保っているのでもあった。

「見たところこの少女は茶髪に見せかけているが、地は赤毛じゃないのか?それならこんなにも明るい茶の髪を持つはずがない!民草に隠れてのうのうと生きてる亡霊が!今ここで退治してやるっ!!」

「やっ、イヤ…ッ!」


「待ちなさいっ!!」

 今まさに少女の首に剣の切っ先が下ろされようとした時だ。凛と響いた別の声が響いた。庭広場の出入り口を示す花であしらわれたアーチの下、ひとりの少女がいた。後ろには青年がひとり控えていた。

「な、なんだお前たち!騎士に歯向かう者はすべてひっ捕らえる!行け!」

 男の合図とともに、同じく騎士の格好をした男達は2人に向かってくる。少女めがけて剣が突き出る前、それは呆気なく男の手から剣が抜け落ちた。

「…な!?」

「遅い」

 少女と男の間に入り込んだ青年が静かに答える。見えない動きで男の武器を愛剣ではじき落とした後、もう一度構え直す。すれば慌てて剣を拾い上げようと身をかがめた男の腹めがけて、重たい蹴りを一撃くらわした。

「武器を持っているからと、そちらばかりに気がいったな?」

 青年の冷たい視線が男を捉え、倒れ伏せた男の顔ギリギリに剣を突き刺す。騎士と名乗っていた弱々しい男の顔はみるみる青ざめていた。

「そこのお前も首が飛びたくなければ止まれ」

 今まさに少女の背後で隙を狙っていた男も、青年の伸ばした剣で呆気なく地面に膝をついた。

「ティ…、お嬢様。こちらへ」

「…ねぇ、昔より手癖悪くなったとか言われてない?」

「さぁ、知らんな」

 少女の問いに知らんふりをする青年を羨望の眼差しで見つめる民達の中、ひとり。まだ諦めきれていない男が再び声を荒げた。

「静かにしろォッ!俺は、大公の命にて悪しき魔女に裁判を下そうとしているのだぞ!いいから大人しく…」

「大人しくするのはお前の方だ」

 またひとり、新しい声の出現に周りはざわめく。振り上げた男の腕を締め上げ、鋭い声色で制した。それがたとえ真夜中近くても、その人物が持つ黒髪が艶やかに煌めき、漆黒を帯びた藍の瞳は鋭く輝く。その特徴たちに男はぶるぶると震えだし、口を開く。

「ガ、ガルディア様…。どうしてここが、いや、なぜ貴方が民草の味方をなさるのです…!?我らが主の反感を買うおつもりですか…!?」

「最初から父上に従順だったか、私は?」

「ぞ、存じ上げません……!!」

「そうだ、お前達は何も知らなくていい。…早く少女を解放しろ。乙女の大事なものを粗末に扱うような男など、それはもはや人ではなく虫以下、だ」

「は、はい!すぐにッ!」

 ようやく男の手中から解放された少女が、走り泣きながら母親の元へ駆けていく。それを見守った人物、ガルディアは小さくため息をついた。しかし、周りの自分を見る目はあまり変わらなかった。唯一見ていたのは、助けた母娘が何度も感謝を述べながら頭をさげている姿と、もう一組。腰に剣を下げているあたり、彼も騎士に近い人物なのだろう。そうふと視線を戻そうとした時だった。

 逆光で顔が見えない青年騎士の後ろで護られているようにいた少女に目を奪われた。街灯で照らされはいるが、辺りが暗いために髪色までは認識できない。できなかったが、少女の顔が『彼女』であったことにガルディアは気がついた。

「ティ…」

「先程はご無礼を、ご子息殿。我らはその者たちの悲鳴を聞きつけてここに来たまで。片付いたのなら、これにて失礼する」

 言葉を遮るように言い放った青年に、ガルディアは落ち着きをみせながら頷く。

「こちらこそすまなかった。異邦人に助力してもらえたこと、感謝する」

 そう放ったガルディアの言葉に少女、ティナの胸はちくりとした。まるで別人のように接する彼に小さく項垂れながら、騎士の背中に捕まっていることが今は精いっぱいだった。結局自分は、何の役にもたてない、お荷物な娘だ。次に真上から騎士の声が、ティナにだけ聞こえる声量で落ちる。

「ティナ、もう少しだけ踏ん張れるか?」

「え…。何する気…、」

「んー…。一騎打ち?」

「…はい?」

 ウィー!?と叫ぶのを分かっていたように、今まさに叫びそうになったティナの口を抑えたウィル。それにはらはらとなりながら、ティナはどうにか落ち着きを取り戻そうと、吐き出したい言葉を飲み込み、やがてしぶしぶとゆっくり頷いた。

「ありがとう、ティナ」

「…その顔をベネジッタに向ければいいものを」

「何故そこでベネジッタ」

 そう言うにふさわしい、騎士らしい格好良い顔をしていたウィルに突っ込んだティナであった。アーチ傍にある物飾りの陰に隠れて、ガルディアの方へ歩き出したウィルをはらはらと見守った。

 どうか、どうかふたりとも傷つくことがありませんように。ただそう願うだけであった。


*


 騎士を名乗っていた男達、計4名。少女に剣を突き刺していた男、助太刀に入ってくれた青年を相手にした男2人の他、見張りが1人。その見張りも逃すことなく縛り上げて庭広場中心にある、シンボルでもある噴水の前に集めた。被害にあった民、そして無理やり連れてこられたであろう民達およそ20人余り。こんな少人数で魔女狩り、しかもこの真夜中に行動するとは。ついに実行を下した人物の施行が読めなくなってくる。

 じきに応援を呼んだ騎士団がこちらに向かってくる。それを待ちながら男たちを見張っていた。すれば次に声を掛けられる。

「先程はお見事でありました、大公子息殿」

 その言葉に嫌味を含んだのかは知らないが、ガルディア自身、いい思いではないためぴくりと方眉があがる。

「…声に少しだけ馴染みがあると思えば、ティナの護衛騎士であろう君がどうしてこんなところにいる」

「お転婆な姫を主人にすると行動範囲が広くなるものでして。今日はたまたま、です」

 どうにも軽口な他人行儀で話す騎士を見つめながら、愛剣に手を添える。ではやはり、あの人物は彼女であったか。変な事件で巡り会ってしまったものだと後悔する。

「さて、そんなことはどうでもいいんだ。今日はあんたと一戦、相見えたい」

「…それでどうするつもりだ」

「俺のけじめ…、いや違うな。宣言かな。お前にご執心のティナの目を覚まさせるため、だ」

「…いいが、その前にここにいる民たちを無事送り届けるのが先だ。決闘はそれからでも構わないか」

「あぁ、構わない」

 そして、男二人の火花が散る会話が終わる間際、ガルディアが呼んだ騎士たちが駆けつけてきた。助けられた母娘はいまだガルディアの様子を気にかけていたが、一礼して去っていった。

 被害にあった民達が騎士達に見送られながら帰路を歩く中、残されたティナだけは、静かに騎士二人を見守ることしかできなかった。

「さて、邪魔者もいなくなったし。いいか」

「いつでも」

 スラリ、と鞘から剣を抜いたガルディアに、ウィルは中腰で構えた姿勢から剣を抜刀する。目つきが変わる。と同時にウィルの身体も消える。初見で相手をする者に、瞬時に、音速の域で動くウィルの動きを読めるわけがない。

 しかしそれを分かっていたかのように、右足重心にしていたガルディアは左足に重心を変更し、身体全体を90度回転させながら背後を取ろうとしてたウィルの剣を自身の剣で受け止めた。

「…まぁ、それくらいは動いてもらわないと困る」

 ガルディアに受け止められた剣をはじき飛ばし、距離をとる。そして口に出る。

「なぁあんた、いつまで父親の人形でいるつもりだ。楽しいか?」

「楽しいだと…?楽しいわけがあるか。あんな人間、身内とも思いたくない」

「でも未だにそうやってのうのうと生きてるってことは、父親に逆らえないからなんじゃないのか?」

「…黙れっ!」

 感情だけで動いたのか、剣先に鈍りが見えた。それを見たウィルは、ガルディアが突き出した剣先ギリギリを超え、彼の頬へと伸びた。切っ先で傷ついた頬から、たらりと血が伝う。こんなものじゃ生温いと、ウィルは言葉を続ける。

「あんたの気持ちはどうでもいいんだ。けどな、うちの姫様を傷つけるもの全て、俺達の敵だ。それが、ティナが大事と想っているあんたでもだ。分かるか?ティナは男ではなく女だ。女は守られる生き物だと思っている人間が多い中、それを打ち消そうと必死にあがいているのがうちの主人だ。女だからって、すぐに出来ないと否定されるものを必死にかき集めて成し遂げようとする。それが今だ」

 ガルディアの頬に向けた剣先が、騎士団を象徴する胸のシンボルへと下降する。

「俺達の同僚…。そしてティナの両親である亡き旦那様達を皆殺しにしたアドバイン家への復讐を果たさせてもらう。お前たちに、拒否権などない」

「……それは、否定しない。父上が権力欲しさに暴れたことなど知っている。それが、どれだけの被害を出したのかも。だからこうして、罪を償うためにも騎士を名乗っている。…その罪消えるまで」

 ガルディアから戦意が消えた。

 なめているのかこの男は。そう思うウィルは殺意を消さぬまま、ただじっとガルディアを見つめ、ため息をついた。

 この坊ちゃんは、身内がしでかしたことを自分で解決しようとしている。自身がしてしまった罪として、償おうとしているのか。生温いを通り越して、甘すぎる。それとも、貴族としても責務か?

彼への民達の視線が冷たい中、主人は彼を「優しい」と言い表していた。しかしこれは甘すぎる。年齢的にはティナより2つほど上そうだが、これは子供だ。大人の皮をかぶった子供。しかし…。

「…お前のその責任感の強さだけは、認める」

「なんだ、急に」

「素直に褒めたいと思ったものを褒めちゃ悪いか」

「そこまでは言っていない」

「…そういう性格はそっくりだな、と思っただけだ」

 姫――、主人であるティナと似たような芯の強さをもっている。そう認識してしまい、ガルディアの胸へと向けた剣を下す。

「これは、忠告だ。今回はティナのお転婆でこうして会ってしまっが、2度はない。させない。そうなる時は、お前達の身の破滅だ」

「…心している」

 元の鋭い顔に戻ったガルディアを見据え、ウィルは少量の血がついた剣を振り払うと、鞘に納めてガルディアを背にして歩き出す。それをずっと見ていた人物も慌てたように立ち上がる。シルエットからしてやはりティナであることが間違いなかった。しかし今はもう無理だろう。騎士であるウィルからも忠告される以前に、自分は彼女たちから見れば敵でしかないのだ。それなのにこんな感情を抱いてしまった自分はなんと愚か者なのか。

 静けさを取り戻した庭広場で、優しく吹く夜風が黒髪を遊ぶだけだった。



「う、ウィー!怪我は!?ガヴェル様にもさせてないでしょうね!?」

「おい…。戻ってきた従者にそれはないだろう…」

 呆れ気味のウィルに関係なしにティナは声を荒げる。

「だって急に一騎打ちだなんて!今が夜中で本当に良かったわ!日中だったらこんなことしてる間に身柄拘束されてるとこよ!!」

「はいはい、理解しております姫様」

「急に適当ぶらないのっ!」

 なんてことない拳を胸に叩きつけてくるティナの頭を押さえて、呆れながらに返事をする。口うるさく問うてくる主人に相槌をうちながらも、気づいてしまう。攻撃がやんだ少女の視線は、ただまっすぐに想い人を見つめていた。また後戻りができなくなる前に、ある程度距離をとったから顔まではちゃんと見えまい。

 しかし少女の視線は変わることなくその騎士一人を見つめていた。年相応の、恋する乙女のように。


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