視える話
目を覚ますと誰かの声が聞こえた。泣いているようだ。
「ーーーーー」
何か言っているようだが頭が混乱していてよく聞き取れなかった。あの場所はどこだったんだろう。闇と白だけの世界。そこにいるナニカ。あれは夢だったのかと思い、声の主のするほうを見る。
「ソラ!ソラ!」
ウミだ。いやウミだと思うが自信が無い。何故なら、顔が見えないのだ。あそこにいたナニカのように顔が何かで覆われている。それでも声がウミに似ていたからウミだと思ったのだ。あれは夢ではなかったのだとそう思った。相手の心を視る事もできない。泣いている人の事を見ても何も思わない。
この時をもって僕は感情がない無機質なロボットになったのだ。
「ねえソラ、分かる?ウミだよ」
声の主はやはりウミだったようだ。
「ああ、分かるよ、聞こえてる」
「よかった!今おばさん達を呼んでくるから」
そう言ってウミはどこかに行ってしまった。しばらくして医者と親、それに警察がきた。まるで当たり前かのように全員の顔は見えなかった。医者が言うには一週間ほど寝ていたらしい。刺されたはずなのに何故生きているのか。疑問に思ったけれどあえて聞かなかった。それを聞いた所で何かが変わるわけでもなと思ったからだ。警察の人が言うにはリクはその場で自殺していたという。動機は知らないか?と聞かれたが僕は知らないと答えた。本当は知っていたが言う必要も無かったので言わなかった。医者が念のためあと1日入院した方がいいと言うので1日病院で過ごした。そして次の日退院した。その日も何事もなく終った。
そして学校に行くことになった。僕はウミと同じ高校に通っているので一緒に行くことになった。相変わらず顔は見えない。
「やっと学校に行けてよかったね」
ウミが言う。
「そうだね」
「みんな心配してるよ」
「そうだね」
「ねえ、話聞いてる?」
何を言うのだろう。返事してるのだから聞いてるに決まっている。
「何か今のソラはソラじゃないみたい話してて嫌になる」
「心がないみたい」
そう言ってウミは学校に走って行ってしまった。何で?わからない、心を視ようとしても視れない。今となってはただ1人の親友もいなくなってしまうのか?親友がいなくなるかもしれないというのに悲しくもなんともない。教室に入ると何人かの友達が話しかけてきた。どれもこれも無責任なことしか言わない。リクの悪口だったりそんなのばかりだ。ウンザリする。そして、ウミの悪口も入った。今度はウミが僕のことを刺すんじゃないか?という心ない冗談だ。そんなことを言われたのに怒りも湧いてこない。そんな自分に嫌気がさす。なんで怒らない。早く怒れよ。それでもやっぱり怒りは湧いてこない。
「クソっ、なんだってんだよ」
みんなに聞こえないくらいの小さな声でそう言った。その日1人で家に帰った。ウミと仲直りしたいと思ったが相手の感情が分からない以上、何もすることができない。前なら心を視て仲直りできたはずだ。否、そんなことがなくても相手の感情を考えたりして仲直りする事ができたはずだ。今の僕にはそんなこともできない。もしかして、僕は大切なものを捨てたのかもしれない。自分に自問自答を繰り返す日々が1ヶ月ごろ続いたある日、母さんが死んだ。唐突もないただの事故だった。それを聞いたとき
「ああ、そうか」
としか思わなかった。実感がわかないとかそういうのものじゃない。ほんとに何も思わなかった。やがて葬式が始まった。遺影のなかの母さんの顔はやっぱり見えない。悲しい、とても悲しい。なのに、なのになんで
「涙がでないんだよ!顔も思い出せない!ふざけんな!」
その瞬間、僕は葬式の会場からあの場所に着ていた。目の前にトビラがある。迷わずそのトビラを開ける。もう間違えない。
「やあ、久しぶりだね♪」
「久しぶり」
もう、ここが何処なのか分かった。
そしてコイツが誰なのかも。
「いったい何しに来たんだい」
「分かってるんだろ」
「うん、知ってる。感情を取り戻しに来たんだよね♪」
「でも、捨てちゃったよ」
「いいよ、もう分かったんだ」
そう言って僕はコイツを抱きしめる。
「ごめん、君は僕が捨てた感情なんだね。そしてここは僕の心の中だ」
続けて僕は言う。
「君に押し付けてごめん。感情は僕が持っていないくてはいけないものだった。それが例え辛くても僕は捨てちゃいけなかったんだ」
「だから、僕のところに返ってこい」
心はこっちを見ている。そいつの顔は紛れもない僕だった。そして笑いながら言った。
「ただいま」
そう言って消えていった。
「ありがと、頑張るよ」
感謝しかない。僕が捨てた感情をずっと持っててくれたのだ。この時のためだけに1人でずっとこの部屋で。全てを拒むこの部屋で。
「後は、アルバムか」
大体の検討はついてる。開いてみると何もなかった。
「やっぱり」
これに貼る写真はまだないのだから。
目を開けると葬式は終わっていた。
母さんの遺影に行ってきます、を言って走る。目的はもちろんウミの家だ。
「ウミ!」
僕は叫ぶ。
少したって玄関から出てきた。
「ごめん!」
今なら分かる、視なくても分かる。
「あの時は君の感情を考えなかった」
「いや、考えようとしなかったんだ」
ウミは黙って聞いてくれてる。
いつも、照れくさくて言えなかった事を今なら言える。
「ウミ、僕と付き合ってください」
驚いた顔が見える。でも、直ぐにいつもの顔に戻ってこう言った。
「ああ、私から言おうと思ったのに。そんなの当たり前でしょ。喜んで」
泣きながら笑顔でそういった。
ウミの顔が見える。さっきも見えていたが今はもっとキレイに見ることができる。もう感情がいらないなんて言わない。大切にする。
心の中のアルバムに僕たちの写真が貼られた。これからも、写真が増えていくことがろう。それが楽しい事だけでは無いことは分かるそれでも感情を捨てないと誓う。