視えなくなる話
全てが目で視える世界。友達の自分への好感度、スポーツの熟練度。はたまた感情まで見えてしまう。そんな世界で僕は生まれた。ある人はプライバシーが無いと嘆きまたある人は相手の感情が分かるといい喜ぶ。ちなみに僕はどっちでもいいと思っている。なぜなら、僕には視えないのだ。いや、正確に言えば視えなくなったというべきだろう。これはそんな僕が感情を分かろうとする話だ。まずは、感情が理解できなくなった時の話をしよう。それを話さなくてはこの物語は進まないのだから。
「俺達、財布落としちゃってさ」
「そうそう、だから募金よろしく」
目の前の2人はそんなことを言っている。心を視る。金を渡すと思ってるのか完全に見下してる。
「うるさい、そんなにお金が欲しいんなら奪いとってみろよ」
僕は言った。相手の心が怒りで満ちていくのがわかった。
「あ?調子に乗るなよっ!」
殴りかかってくる。僕はよけることもできずに殴られる。喧嘩は得意ではないのだ。諦めて目をつぶりおとなしく我慢を選択する。ん?殴りかかってこない?恐る恐る目をあけるとそこには2人の姿はなく1人の背中が見えた。
「大丈夫か?」
聞きなれた声、安心する。
リク
それが目の前の男の名前。唯一無二の親友にして全てをあずけてもいいと思える友達だ。
「大丈夫。ありがとう」
「喧嘩弱いのに喧嘩売るなんてバカなの?ねえソラなの?」
もう1人の声がする。後ろから黒髪のセミロングくらいの女の子が歩いてくる。彼女の名前は
「うるさいなー、別にいいだろウミ
それに僕の名前をバカの代名詞み
たいに使わないでくれ」
「あれ?バカじゃないの?」
いつも通りの会話だ。僕ら3人はいわゆる幼なじみという奴で小さい頃から今に至るまでいつも一緒にいる。
「まあ、別にいいじゃねぇーか。それよりもう帰ろうぜ。腹が減ったよ」
リクが言った。僕とウミはそれに賛同し各々の家に帰った。各々の家と言っても3人が近所に住んでいて特に別々な方向に行くわけではないので自然と一緒に帰る。2人と別れて部屋に入るとひと眠りすることにした。
だれに起こされるもなく何かの音で起きるのでもなく自然に起きた。時刻は日付が変わるか変わらないかの時間だ。コンビニに行こう。何故かそう思ったのだ。考えればこれで全てが変わってしまったのだろう。例えばこの時にコンビニに行かなかったらこんな事にはならなかったはずなんだから。
コンビニまでそう遠くはない。歩いて簡単に行ける距離だ。路地裏を歩いていると目の前にフードをかぶった如何にも不審者がいた。心を視る。黒いよく分からないもので覆われている。嫉妬、妬み、恨み、そんな負の感情を全部混ぜたみたいな感じだ。死ぬんだ
間違いなくここで死ぬ。相手はポケットから手をだす。その手にはナイフが握られている。不審者はフードをとった。リクだ。唯一無二の親友、信頼できる2人の内の1人。頭は混乱していたが何とか声を発することができた。
「な、なんで?いつも一緒にいたじゃ
ないか!」
「なんでだと。決まってるじゃないか
嫌いだからだよ!お前は知らないだ
ろうけどいつもいつも俺の欲しいも
のを奪っていく。今まで我慢してき
たさ。だけど今日、ウミに相談され
たんだ。お前が好きだって。俺が好
きだったのに。許さない。許さない
許さない許さない許さない!」
言ってる事は無茶苦茶だ。一方的な怒りを押し付けられてる。親友だったのに何で?答えはすぐに視れば分かった。最初からリクは僕を親友と思っていなかったのだ。これが裏切りと呼ばず何とか言うか。今まで親友の振りをしてきていたのだ。心を弄ばれてるような感じだ。目の中で何かが弾ける音がした。その瞬間、リクの顔が見えなくなり心も視えなくなった。
「もういいだろ、ソラ」
何も聞こえない。
「俺の為に死んでくれよ」
キコエナイ、ミエナイ
腹にナイフが刺さる感覚がある。
何故か痛くない。これならやり返すことができそうだ。でも、やり返さない。もう死んでもいいと思ってしまっているのだ。血が足りない、膝から地面に崩れ落ちる。ほっぺたに血の感覚がある気がするのだがそれがコンクリートなのかどうかも分からない。
なんとか上向きになる。
空には赤い満月が不気味なほど綺麗に僕らを視ていた。