俺には姉がいた 叶side
ルビが多くなりました……。
今回は叶パートです。(※前の話と少しだけ重なります)
一条家次男。
一条叶。
それが今の俺の名前。
産まれた時からは前世の記憶はあったみたいで、今世との記憶と混じり合いながら俺に浸透してきた。
だからかわからないけれども、よく前世で見た高熱にうなされるとか寝込むとかはなかった。死因は老衰だし、長く生きたほうだったから何があってもあまり驚きはしないと自分では思ってる。
ここが前世で嫁がやっていた乙女ゲームの世界と酷似していても。
自分の兄が攻略対象者でも。
自分がその乙女ゲームの中では悪役であったとしても。
特に驚きはしなかった。面倒だとは思った。
本来の一条 叶はゲーム内では数個のルートで悪役として登場する。主な理由は主人公と兄が憎く感じるから。
逆ハーエンドじゃ悪役令嬢になる三沢王華と手を組んでやっていたと覚えている。
なんでこんなに覚えているのかなんて謎は明白。俺は一条叶を意外と好んでいた。
主人公たちに負けて舞台から降りる(一条家から縁を切られる)時、主人公たちを振り返り、見る。
目には憎悪を浮かべ、口は嘲笑って。
ルートによって言う各台詞は少し違っていて、その中で逆ハーエンドの台詞が一番好きになった。なんて言ったって、その台詞は三沢王華と一緒に言ってる。
悪役ながらの格好良さがそこにはあった。
俺は残念ながらそんな彼になったけれど家から縁を切られるのは現実的に厳しいものがある。
この世界のゲームの世界と酷似してるだけで普通と変わらない日常の世界なんだ。昨日があれば今日があって、今日が終わったら明日が来る。
ゲームみたいにやり直しもリセットもできない。
なので、一条叶になりながらちゃんと俺で生活していた。ゲームと似た環境だけど、特に苦痛はない。
それに、俺は前世で突然の別れをした人と再会できたから。
「お弁当ありがとう。おいしかったよ」
笑っているからか、鋭い目付きが気にならない。
前世で俺の姉だった三沢王華は、大分違う容姿でも笑顔だけは似たままなんだって思った。
俺的には憧れの一人だった三沢王華がまさか姉なんてって少しだけ残念に思ったけれど、すぐにそれは消えた。前世で姉は自分より先に死んだんだ。目の前で、突然に。
それはどうやら少なからず俺のトラウマとして残っていたみたいで、だから今は姉じゃないとしても俺は三沢王華と一緒にいる。
シスコンと言われたくはないけれど、もう二度と目の前で失いたくはないから。
お弁当の礼を言って、後で値段を教えてくれと部屋を出て行った姉さんは律儀すぎると思う。
どんなにふざけていても、馬鹿でも、姉さんは前世と変わらず真面目だ。その真面目が危ないってのもあるのを本人は知らないだろう。
俺もさっさと食べて、ごみを包んで自分の教室に向かう。
孤立を計っているわけでもないけれど、俺の一条家としての立場や容姿、噂からしたら関わってくる奴は珍しいほうだ。
だから単独行動が出来てありがたいけれど、今日は嫌な奴に出くわしてしまった。
「どこに行っていたんだ、叶」
「…………すみません、兄さん」
俺と兄の関係は原作の通りに険悪。これは演技でも嘘でもなんでもなく、事実だ。
兄は俺を出来損ないだと見下しており、同じ容姿ということも嫌悪している部分に入る。
俺と言えば、ただ単にこの人と性格が合わないから。どうせ原作と同じく行動しようと思ったんだから都合よく嫌いになった。
不機嫌そうに俺を見てくる兄は、何か言いかけて口を閉じる。
それもそうだ。ここは昼休みということもあり生徒が数える程度でもいる。それに俺と兄という珍しい組み合わせ。
視線の的になるのは当然だ。
「場所を変える。ついてこい」
「……はい」
まだ。まだだ。
俺は従順に兄に付いて行くように見せる。
ついたところは談話室で、誰もいないのを確認してから兄が俺を見てきた。
俺と同じ青い目で睨んでくるのは最早習慣のような気がする今日この頃。
「ここ最近、随分と三沢家の令嬢と一緒にいるらしいな」
「三沢様は記憶喪失らしいので、心細いのでしょう。父からも何かのために恩を売っておけと言われていますので」
「ほう……」
探るようにジロジロ見られる。鬱陶しい。
俺が言っていることは半分嘘で半分本当だ。実際父親からは事の詳細を少しだけ隠しながら話せば御を売っておけと言われた。
合理主義で損得が好きなあの父親らしい回答だった。
「なるほどな。出来損ないでも役に立つものだ」
「……話は、以上でしょうか?」
早く立ち去りたかった。
これ以上一緒にいてボロを出してしまうなんて古典的なことはしたくない。
長年ずっと、一条叶に似せて来たけからそう簡単に崩れない自信はあるけれども。
ふと。何も言わないけれど俺を見てくる兄を前にして、さっき姉さんが言っていることを思い出した。
そういえば姉さんはつい頭に血がのぼって婚約者の三沢春にケンカを売ってしまったと言っていたっけ?多分姉さんのことだから口なんだろうけど、それで婚約破棄になればいいな。
俺が姉さんを援護するのにも理由はあって、トラウマもあるけどなんでそれで心配になるかっていうのはどんなエンドでも姉さんだけは同じエンドだからだ。
姉さんは、主人公に悪質な虐めをしたとして家ごと潰される。
姉さんに言ってない、本人が知らないエンドの一つ。こんなことになってしまうなら婚約破棄なってしまえと思うわけで。
それで、ちょうどいいと思った。
姉さんは自分の婚約者にケンカを売ってしまった。
ならここで、本当なら一条叶が宣戦布告するべきことを俺はしたほうがいいのかもしれない。
それが間違った選択なのかなんて、これを現実とみているのかゲームとして見ているのかあやふやな俺が決めていい事じゃないのかもしれない。
「『兄さん』」
「……なんだ」
俺は兄を見る。
こんなに真っ直ぐ兄を見るのは初めてかもしれない。
いくら精神年齢が上でも、俺にとって兄や親は家族と思えなかったから。きっと大抵の記憶持ちはこういう何かがあるんじゃないかなって思う。
俺と同じ青色の目。
けれど多分、俺の方は濁ってるように暗い青の目だ。
「『俺はきっと、あなたを嫌いなままなんでしょう』」
「奇遇だな。私もだ」
「『あなたが憎くて憎くて仕方がないんですよ。兄さん』」
本当はこのやり取りはゲームが始まる前、回想ということで出てくるからか会話としてはどこか不自然。
そうだとしても、やりきらなくてはいけない。最後がどちらに転ぶかなんて関係ない。俺は、三沢王華のほうにつくんだ。
顔を顰める兄に向い、俺は笑う。
きっと本当の一条叶みたいに笑えないだろうけど、悪役らしくなれただろうか。
「『だから俺は、あなたに背きます』」
これから俺は、一条叶とは違う方法で兄を追い抜いていこう。
きっと長い間のブランクで上手くいかないかもしれないけれど、こうまで宣戦布告したんだ。
三沢王華をバッドエンドにしないたためにも。
俺が少しでも一条叶に近づくためにも。
上手く立ち回って、違うエンドにしてみせる。
呆然とした兄の横を通り抜けて自分の教室へ向かう。時計を見ると、次の授業の鐘がなる少し前だった。
危ない危ない。遅れてしまったら自分を棚に上げた兄に何か言われるところだった。
確か午後の授業は臨時会議が入ったとかで自習になったんだっけ?ここの学校は好きなところで自習をしていいらしいからありがたいよね。
俺は図書室にでも言って勉強しよう。
図書室は図書室で攻略者対象がいるけれども……俺とは認識ないし、大丈夫かな。
これからも時々こんなのを書けたらなぁって気持ちです。