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「はい、ちょっとひやっとしますよー」


そう言われて診察台で足を開いている私の下腹部に、看護士がゼリーのようなものを塗る。

言うほど冷たくはなかった、が、気持ちの良いものでもないな。


私は今近所の産婦人科クリニックに来ている。

昨夜あれから色々考えた末、朝になっても吐き気が治まらなかったらクリニックに行ってみようという決断に至ったのだ。


いつのまにか横に立った女性医師が、エコーの機械をゼリーを塗ったところに押し当ててきた。


「尿検査ではまだしっかり反応は出ませんでしたが、妊娠されてますね」


エコーを見ながら、先生が言った。


私はどこか他人事みたいな、全く実感なく聞いていた。


「ほら、わかる?ここに丸いのがあるでしょう?」


促され画面を見ると、先生が示したところに確かに柔らかそうな丸いものが映っていた。

だけどそのただの細胞みたいなものが、赤ちゃん…?


「最初から赤ちゃんの形なんてしていないのよ。精子と卵子が受精して、受精卵ができて、それがどんどんと成長していってはじめて胎児の形になるの」


へー、そうなんだ。

こんなちっこいのが赤ちゃんになるのか。


なんか、不思議だ。


そうこうしているうちに、タオルで先生に下腹部のゼリーを拭い取られた。


「はい、もういいですよ。では降りていただいたあと、あちらの椅子にお掛けください」


そう言われるのとほぼ同時に、診察台がウイーンという音をたてて動きだした。

完全に止まってから、私は診察台を降りる。下着とスカートを履いて、隣の面接室へと移動した。




「さて、どうされますか?産まれますか?」


私が椅子に座るなり、先生は聞いた。


私の気持ちは決まっている。


「いえ、産みません。おろします。」


「そうですか…」


きっぱりとした私の回答に、先生は残念そうに目を伏せた。


「赤ちゃんが出来るということは奇跡なんですよ。最近は産まない方が多いですけど、私は産んで欲しいですね…」


奇跡…。

そうか、奇跡なのか。


じゃあ今私の中に起こったこの奇跡は、形が定まる前に取り除かれてしまうんだ。


「どうせ、産まれてきても、この子は幸せになんてなれないんで。」


このお腹の中に誕生した小さな命は、良い父親と母親に恵まれていない。

産まれてきても幸せになんてなれないから。

この子は、「失敗」で出来てしまった子。


だから、私の気持ちは決まっていた。


「…そうですか。では手術の日を選んでください。一番早くて来週の土曜日の朝一ですね。」


「じゃあそれで。出来るだけ早い方がいいんで。」

「わかりました。手術当日は、この紙にあなたと相手の男性の方のサインと印をして持ってきて下さいね。」


先生は言いながらデスクの引き出しの中から一枚の紙を取り出して私に渡した。


その後手術のときの注意事などを説明された。


「今日はもういいですよ。では来週の土曜日に」


私は面接室を出て会計を済ませて、クリニックを出た。




朝の診察だったからもうすぐ昼時だったけれど、吐き気があるだけで食欲はわいてこなかった。


私はとりあえずアパートに向かって歩き出しながら、携帯を取り出した。


プルルルルル、プルルルル


「もしもし」


『もしもし、祥子どしたん?』


「………」


相変わらず脳天気そうな声。

電話に出たということは、まだ新しいバイトは見つかってなさそうだ。


『おーい、祥子ー。電波悪いかあ?』


「ううん、大丈夫」


『なに?なんか用事?祥子が電話してくるなんて珍しいじゃん』


勇太のバカっぽい話し方に、自分の気持ちがすーっと落ち着く。


「勇太、あたし妊娠したわ」


『…え?!じょうだん、』


「大丈夫。来週の土曜日おろすから。」


『……』


「なんかあんたのサインと印鑑もいるみたいだから、金曜日に家に一回来て。あとお金!そのとき五万も持ってきて。逃げたら許さない。」


『…わかった。』


「じゃ、よろしく。」


私は用件を話すと、一方的に電話を切った。



はぁー。


もやもやする。

むかむかする。


何でこんなに気分悪いんだよ。

妊娠て、なんなんだよ。



――赤ちゃんが出来るということは奇跡なんですよ――



なんで。

なんでその“奇跡”が、私なんかに起こるんだよ。

ただのセフレの私たちなんかに。


答えは決まってる。

産むことなんて無理だし、産みたいとも思わない。


この若さで母親になるなんて超ダセーじゃん。


なのに。


「…くっそ…」


なんで泣けてくるんだ。

悲しくなんてないじゃん。

おろしちゃえばいいだけの話なんだから。


なのに後から後から目から涙が零れて、何故泣いているのか理由もわからないまま、私は目を何度も擦った。


いい加減この涙を止めたくて、鞄からタバコを取り出す。だけど何故か吸う気になれなくて、私はクシャリと丸めて道端に捨てた。


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