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LR  作者: 闇戸
六章
98/112

市ヶ谷戦(Ⅱ後)

 茜は剣を振りかぶったまま上段からの斬りで火柱を叩き斬ろうと飛んだが、白煙の中、横から飛んできた巨大な壁に叩き落とされた。

「くっ」

 地面に叩きつけられる前、数回転で体勢を立て直し。着地。すぐに上を見る。

 壁が起こした風により、逆巻いた白煙の中、自分を叩き落としたのが壁ではなく、黒い腕であることが分かる。

「巨人、か?」

 巨人の対処法について考える。

 巨人とは戦ったことがない。しかし、姉や進がああいう大きさの魔構鎧を作っていた際、どう対処されたらまずいかを話していた気がする。

「足を落とす」

 落とせば機動力を失い的となる、と話していた。

 白煙で正確な場所は不明だが、腕の見えた位置から考えて、思いきり踏み込んで斬り払ってみる。

 ガコン

 金属音と確かな手応え――否、手応えにあるのは中身のない金属の筒を叩きつけているような感触。先程までそこら中で斬りまくっていた鎧と似ている。

(巨人のような鎧がいるということか)

 感触からすると、中は空洞でも相当堅いと思われる。

【茜、退くのだ。ここでは我が力を発揮出来ない】

「どういうことだ? 相手が見えないからか?」

【違う。この場に溢れる禍々しい神気。これと我の相性が悪い】

「ふむ?」

 周囲を覆い尽くす霧のことだろうか。

「帰ったら煙やら霧を斬る修練をしよう」

【いやそういうことではなく。

 単純にだな、身体を持たない私や真武を使えない茜では、ああいう概念存在と渡り合えないのだ。相性は大事だぞ? 我らは対物理だ】

「しんぶ? 確か前にもそんなことを」

【あー、ソレについては長くなるからな。ここでは割愛する。いずれ出会う可能性のある、かもしれない武神やら軍神の、そのまた一握りの口で説明可能な奴にでも聞くがいい】

 言ってから。

【あいつら無意識でやるから説明できる存在はあまりおらんのだよな……】

 愚痴と取れなくもない言葉である。

【ともあれ、効果手段を考えず、それでもアレとの対決を望むならば力押しだ。単騎ではなく、庵と薙原と組んだ方が良い。物理的に退散させるならば、あれらが持ち込んだ巨兵の力を用いるのが適解であろう】

「組むと言ってもな」

【聞こえんか? 来るぞ】

 聞こえると言われれば耳を頼ろうとして、それが間違いだとはすぐに気付く。

 最初に感じたのは下からの震動。次に来たのが、何かが大気を突き抜ける音。そして、周囲の煙が流れた。

 逆巻いた煙を突き破って黒金の拳と、拳の下に見覚えのある車体が出現。茜も確認した鉄塊を拳が殴りつけた。


 ガオン


 そんな音が茜の身体を突き抜けた。身が震える。

 鉄塊が大きくその場から移動したのを感じた。

「っつぅ、消音魔法使ってまでの強襲なのに倒せないとか。どんな質量だっつうのよ!?」

【やっぱ、気付かれ覚悟で推進に回しとけってことだろ、"庵"!】

「あーはいはい! "進"の直感通りってことで次からそっちを全開でやるわよ!」

 学校でたまに聞く、呼び捨てでの言い合いだ。

 大和屋庵と薙原進、姉と"はとこ"がよくやる吶喊作業の掛け合いだ。

「茜?! こんなとこにいたの!」

 庵が茜を見下ろす位置に顔を出した。車体の上だ。四つん這いで、手を車体に入れているということは、直接制御をしているのだと判断する。

「ああ。ここにいる奴を排除する。でかいぞ」

「んなもん、今の震動で大体分かってる!」

 庵は、使用した推進力と打点位置とインパクトの瞬間に生じた衝撃で相手の質量を予想。中身は詰まっていないが、十分に重いと判断する。

 茜は煙の中で、巨人が身体を動かし庵達の方へと向き直るのを感じた。自分の剣撃では何も感じたように思えなかったのにだ。やはり衝撃の大きさに反応したと見るべきか。

(向こうは視認で判断してはいない、か)

 煙が原因か、または他にあるのか。

(だが、それならそれでやることはある)

 あれが巨人のようなもので、腕があって向き直るという動作をするなら、身体には正面と背後というものがあり、認識を行うための器官も存在しているはずだと判断する。

 なにせ自分は先程、"払い落とされた"のだ。本能か認識かは分からないが、"我"が存在するとも取れる。そこを潰せれば、勝ちの目は出てくる。

「メインはそちらに任せる」

「茜がサブ? なにすんのよ。まあ、質量とか見たらそれもそうねってなるか」

 じゃよろしく、と何かするらしい妹に片眼をつぶって返し、大八車のエンジンをグイグイ回しだす。

「ったく、中身が空洞に近いとしてもあんだけ大きいの動かすってんなら、やっぱ幻獣みたいなもんなのかな。デカイ幻獣を倒す術って進は分かってる?!」

【知るかよ。ただ、ニュースサイトでの情報じゃ、あのドイツで発生した超級幻獣はとにかく殴って魔力を削り取ったってあったし、やっぱ魔力削りが効果手段不明の幻獣相手じゃ一般なんじゃねえの?】

「どうやって削るの?! あっち金属っぽいんだけど!」

【そんなもん】

 一拍。


【ベコベコに殴って穴ぁ開けるしかねえだろ!】


 ガクンと庵の身体が前に引っ張られた。後ろに向かって急発進したからである。

 接続部分の腕がもげそうなくらい痛いがそこは我慢。悲鳴など挙げた日には、やはりそこをやるのは間違っていたと怒られる気がしたからだ。

【推進がまだ足りねえ! もっと上げろ!! ヤマハチの最大はこんなもんじゃねえだろっ!!】

「っつぅ、わぁってるだよ! クロックアップするからちゃんと乗りこなしなさいよね!」


【じゃじゃ馬乗りこなせずして】

「じゃじゃ馬使いこなせずして」


【「なにが」】


【薙原だ!】「大和屋よ!」


 進も庵も今は設計だの開発だのそちらの分野で成長中だが、その先々代は揃ってエンジンの改造だの車体の改造だのとモータースポーツ業界では伝説となってしまうほどの連中である。

 薙原の方は改造こそはあまり行わないが、魔構系テスターとして日々じゃじゃ馬扱いされるテスト機を使いまわす。大和屋の方は、企業としては先々代のピーキーさを不名誉と感じている節があり、過去のモータースポーツ業界での業績はなりをひそめ、現在は中流魔構企業として名を馳せる。が、庵は親に黙って先々代の技術を学んだせいか、たまにじゃじゃ馬を作り出し使う風潮がある。

【ま、庵もじゃじゃ馬と言えなくもないが】

「なにおう?!」

 茶々を入れながら魔構鎧を不規則軌道で動かしつつ、巨人を殴っては離れ時には押してみて反応を探り。

 反論しながらヤマハチのシステムを弄りすべてのリミットの解除と魔構鎧の神経への接続を、魔構鎧の駆動を一切阻害せずにこなし。

 グオンと振り抜かれた巨人の腕を庵はヤマハチの車輪を外に動かし車体を少し沈め、進は空いていた方の左腕で下から掬い上げて直撃をそらす。ツーカーも何もなく、しかしタイミングは完全に一致。ブレはない。

 巨人の腕は魔構鎧の胴回りくらいあった。

「なーんでこんないい子が行政許可取らないと車道でぶいぶいいわせられないのか」

【ナンバーがないからだろ】

「なんでソレが取れないのよ!」

【大八車で特許取ってるからだろ。いいかげんそっちの方も勉強しろよ、次期社長!】

「理不尽な!」

【大丈夫なのかよ、大和屋……】

「何発か殴ったおかげでアイツの外観が鎧っぽいもんだってことは分かった」

【どんな話の流れだよ。けど、ぽいっつうか、そこら中に散らばってる奴のでっかい版なんだろうなあとは思ってた】

「え? そんなのあったっけ?」

【なんで俺より周りの見えそうなお前が見てないの】

「まあまあそこはソレ。デザインが和鎧だったらどうしようかなって思うけど、西洋鎧の全身甲冑だったら分解出来そうじゃない? パーツとか」

【じゃとりあえずソレで】

 横に急加速。ギュインッと振り抜かれた腕の方角から巨人の背後と思しき側へと回り込み、霧の中で黒く直立しているように見える巨人の脛を魔構鎧の両掌で挟み込む。庵が身を低くして車体にしがみつく。

 そして、一気に超加速。


ギャリギャリギャリギャリギャリッッッ!!!!


 車輪が地面を削る音が響いたかと思うと、すぐに魔構鎧がグルグルとその場を回転。数十回転してから脛を持ったまま巨人から後退。

 直後。

 脛があった断面からブシュウウウウと灰色の炎が噴出した。

 その瞬間。

 庵はぶるっと身震いをした。悪寒が走り抜けたのである。

 魔構鎧の中でも進が「うっ」と口元を抑えた。

 進は計器類に視線をやる。鎧の内外で毒素は検出されていない。

 庵の方をモニターから確認。軽く頭を振っているのが見てとれる。

「あの火ってなんであんな色なの?」

【色とか聞かれてもな。そういう幻獣なんじゃないか? 鬼火とかそういう】

 ポイッと奪い取った脛を捨てる。中からは白い霧以外何も出てこない。

「鬼火って……人の怨念がどおとか父さんが言っていたような?」

【ああ。その講義の時俺もいたわ。物理よりも魔法。魔法よりも神威とか】

 そう答えて。

【あれ? アレが鬼火だったら、もろ物理の俺らは不利じゃないか?】

「鬼火だと思わなければいいのよ!」

【また、ポジティブなんだか現実を見てないんだか分からない理論だな】

「その魔構鎧にエンチャント・アーマーを使ったら拳打撃が効くようになるとか」

【おやおや。ついぞ最近、万羽に対して、ナックルガードを攻撃に使うには防御魔法で固めるより打撃力付与じゃないと効果向上に繋がらないとレクチャーしていた令嬢様がいたと記憶してますが~?】

「奇遇ね、言っててソレを思い出したところよ。てか、よく覚えてるものね? 教室の隅から隅の距離だったのに」

【万羽の声がデカいんだよ】

 それは同感だけど、と庵は灰色の炎を見つめる。

 炎は周囲の霧よりもハッキリと認識出来る。というより、霧が炎に近づけないようにも見えるし、かといって、炎が霧を生み出しているとも見える。否、本当にそうだろうか?

(あの霧って、炎から生まれてるっていうか、なんかこお物理的にはありえない位置から生まれ……いやいや、どっちかというと生まれているじゃなくて、出てきてる?)

 そこまで考えると共に、あの炎を直視していると、どうしようもない不安を覚える。不安に駆り立てられる。この不安はかつて感じ、心の奥にしまいこんだもの。それが顔を覗かそうとしている。

 小さい頃に出会ったよく気の合う男の子相手に、小さいながらもほんのりとした想いを抱き始めた頃、その相手が血縁者なのだからそういう想いは抱くな、と周囲の大人に躾けられた。こっそりと祖父に言えば。

――あいつの孫だからなぁ、そういう想いを持っちまうのもしゃあねえけどなぁ。

 そう言って困り顔で笑っていた。

 つまるところ、その男の子にそういう感情を抱くと家人が困るということが分かった。家人を困らせたくないから、そういう感情は仕舞い込むことにしたのである。その瞬間から、男の子は彼女の理解者であり友人であり、そして同業を目指すライバルになった。

 だからといって、その男の子が"外"へ行って、他の女子と良い関係になったとか聞いて平静を保てるという確約には繋がらず、仕舞い込んだ感情が出てきたら自分達の関係は終わりだろう。そんな不安を夏頃から一生懸命飲み込んでいる。

(集中しなきゃ、集中。なんで今こんな……)

 自分の想像以上に、この不安が指先を鈍らせようとしてくる。自分達の関係など、今この瞬間には関係がない。理解しているのに、である。

 関係ない――――本当に?

【ゴツッ】

 心臓を不安に掴まれようとした瞬間、なんか盛大な音が後ろから聞こえた。

【庵! あの炎は見ないようにしろ! アレはなんかやばい!】

 音の後、進の声が身体に響いた。

「あ。そうか、アレを見た後だから……」

 不安を覚えたのは灰色の炎を見てからだと気づき、下だけを見ることに切り替える。視認はすべて進に任せる。

【関節は外せる。打撃の穴を開けるよりも効率も良い】

「でバランスは崩れてたりする?」

【崩れては……ないな】

 片足がなくなっても、噴出する炎が推進力を保っているのか、体積を失った方向へと倒れるモノはない。

(相手は手当たり次第の俺らと違って霧の中でも正確にこっちを攻撃してきてる。霧の中でも互いにハンデとなるわけじゃないけど、少なくとも、アレを直視する時間は減る)

 進は蛇行走法で霧の中へと移動し、横移動を繰り返して巨人と間合いを取る。

 霧の向こうで黒い影がユラリユラリと揺れている。あれで方向転換をしているのだろう。

 時折、カンッとかキンッとか聞こえる。これは茜が攻撃をしかけているのか。

 計器を見る。

(やっぱ庵はすごいな。

 全神経フル直結で出力三割増しとか、こんな短時間とあのポジショニングでよくやる)

(ここまでしてもらっちゃあな)

 首にぶら下げたボルトを握りしめ、一度大きく深呼吸。

 このボルトは祖父にもらった御守りだ。対になっているというナットのチェーンネックレスを庵も祖父にもらったという話は昔に聞いたことがある。向こうは学生鞄に仕舞っているとのことだが。

 ボルトに誓うのは、テスターとしてでもここ一番、半歩後ろに奈落のある時。テスターもA以上なら命の危険があるのは珍しくもなくなる。Sともなれば頻度も上がる。

(俺もあいつも夢は互いのジジイ越え。こんなとこで突っ込んだ首もがすわけにゃいかねえってな)

 左右の操縦桿を折りたたんで外し、ペダルも外す。開いた穴に両手両足を突っ込んだ。

 魔構鎧との神経の直結。ヤマハチ相手に庵が行っていることと似ているが、違うのは、操作系のみではなく。

 ブオンと、庵は頭上でそんな音を聞く。

 吐息。

「ったく、やると思った」

 完全直結。今そこら辺を叩いたら、多分マイクからは【いてっ】とか聞こえるに違いない。視覚、聴力、触覚、痛覚、温度覚、平衡感覚を魔構鎧と共有させたのだろう。そこらに設置されているヤマハチのセンサー類が準備運動でもするかのようにピピピッと細かく動き出した。庵と操作系に異常はないから、おそらく器用にその部分は除外したらしい。

【限界駆動時間は五分! 全力でかっ飛ばす!】

 庵は身体が浮いたような感覚に、思わず横を見る。さっきまでの急激なGではない。景色がふわっと流れたように見えた。

 庵は肩越しに背後を見やる。

「ちょっと……変な無茶しないでよね? まあ、言っても無理なんだろうけどさ」

 頭を戻して下を見て、吐息。

「しょうがないな。こういう流れるようなのだと、あの人の戦技に似てるから――ああ、うん、そっち系に調節してみるかな」

 妹がアイドルをやる上で預けている大人達の一人、神祇官を兼ねている男がこういう動きをする時もあるというのを見たことがある。

 本人は師のコピーと言っていたが、元がどうあれ流水と言えばいいのか、見たことのある程度の知識ながら、モーション制御に関しては進と議論したことはある。やってやれないこともない。

 それぞれに戦うやり方がある。



 ガチンッと何度目かになる斬撃の無効化を受けて弾かれた茜が宙返りしつつ巨人から離れる。

 着地前に降神器から【ほお】と感嘆を聞く。

【薙原め、ナニカやっているな。動きが変わったぞ】

 言われても、生憎、霧で魔構鎧の動きは見えない。

 ただ、的中する自信のある答は持っている。

「また無茶をしているのか。庵がよく許したものだ」

 吐く言葉は溜息交じり。

【ふむ? 薙原がああいうことをする時は大抵、庵も似たようなことをしている。あれらはどちらかがブレーキを踏むことをしない。

 崖からフライハイしても、慌てて戻ったり岩肌にしがみつくよりも、着地して走り続けることを模索する馬鹿共だ】

「早く終わらせるべき」

【まったくだ。そこはよく分かっているな?

 親心としては、茜も庵も、ついでに薙原も、無理矢理ここから連れ出すべきなのだが、如何せん我が身は剣故に】

「最後だけを聞かなければ格好良い」

【うるさい。早めに急所を見つけるのだ】

「周りが見えなくてな」

【見魔を早く覚えろと何度言えば……】

「音無の方がうまい」

【チームプレイもいいがな。茜はアノ諏訪原よりも個人突出が多いのだから、個人でもある程度の対魔戦闘を身につけねば……】

「あーあー、聞こえーん」

【…………(怒】



 茜が降神器を怒らせる頃、魔構鎧が巨人の脛の失われた足の空洞を左手で掴み、とっかかりにして背中と思しき側を登攀。上へと登り詰め両肩に両掌をかけて頭を越すように前転。ヤマハチの後輪で巨人の胸と思しき箇所を蹴りつける。頭部周辺の位置情報から、もいだのが巨人の左脚だったことを確認した。

 巨人がグラリとはじめて体勢を崩した。胸元からボワッと白霧が吐き出される。これを背後にし、蹴りつけた勢いで、巨人の胸から腹をガリガリと音を立てて走り、腰の留め金らしき塊で脱輪したことと巨人が払い除けてきた左腕を背中に食らったことで跳ね飛ばされた。

【っ痛ぅ】

 進は背中に焼けるような痛みを感じて顔を歪ませる。

 宙で体勢を立て直して着地。

 背中が凍ったことにも気がつかず、魔構鎧は横滑りで巨人へと近づく。

「おかしい」

 庵は眉間に皺を寄せる。

 登攀した時間感覚と走り降りた時間感覚が合わない。巨人の大きさがこちら側の思考とぶれる。

 殴れもするし殴られもする。ひどく物理的な戦闘だが、巨人から霧を吐き出させる度に、対象の大きさに対する感覚がずれていく。

 おそらくは穴の数も増えただろうが、霧の濃さも酷いだろう。

 果たしてこの巨人は、既知の物理法則で考えて通じる相手なのだろうか

 庵が疑問を抱くことには気付かず、進は巨人を視認し次の一手の準備をする。

 巨人は胸から腹にかけての一直線に開いた穴から灰色の炎を出現させ、胴回りからは霧が消えている。周囲の状況、霧の濃さに思い至らず、ただ眼前へと意識を向ける。周囲に気付かないというより、そちらに意識を向ける余裕がない。駆動時間は半分を切っているのだ。

【右をどうにかすれば墜とせる!】

 腰下がなにやら寒い。

 コックピット内に霧は入ってきていない。ヤマハチ部分に攻撃でも受けたのだろうか。庵を見下ろせば、彼女は下を向いたまま作業中。

 気のせいだろう。

 しかしあの炎はなんだろうか。鎧の内側に炎を発生させている火種でもあるのか。火勢は衰えず、霧を発生させ続けている。

(霧を生み出す炎? するとあの炎は熱いではなく冷たいのかも? なんにしても)

 幻想系の存在は理解の範疇外にある。それは如何なる状況でも変わらないのだな、と。

 魔構鎧は地を滑るように走り、右足へと至り、膝の隙間にヤマハチのアンカーを引っかけ、グルリと回りを数回転してから離脱。体勢を崩して転がれば上々、右足が外れれば尚良し。しかし、思惑は思惑に過ぎず、上から降ってきた手に胴を掴まれた。

 ミシミシと身体が悲鳴を上げる。

 魔構鎧の胴体が握り潰されようとしている。進の胴体も同様の痛みが走る。意識が飛びそうだ。

 浮遊感と直前の制動に、庵は思わず上を見た。

 前方には霧だけ。ならばと背後を肩越しに振り返り、目を疑った。魔構鎧が霧に覆われている。霧の中で魔構鎧の形が潰されるように変形しつつある。

「この霧、攻撃するの?!」

 センサーが庵の声を拾ってきた。

(霧?)

 進は朦朧とするまま、魔構鎧のカメラを通して自分を掴む存在を見る。それは黒い指だ。色は巨人、相手をする巨大な鎧の色そのもの。白い霧ではない。庵は別のモノを見ているのだろうか。

 にしてもこのままではまずい、と指を引き剥がしにかかり――瞬間、周囲の景色がザアッという音と共にいきなり変化。浮遊感に襲われ、落下した。

 庵は上から降り注いだ多量の液体を身体に浴びた。

「んぎゃっ!? つめっ――わあっ?!」

 液体に下へと流されるような感じで浮遊感など感じる間もなく、着地の衝撃が全身に来た。

(なにこれ――、え、水?)

 降り注ぐのは透明な水。身に降る感覚としては雨だろうか? 雨だとすれば豪雨だろう。

 見回せば、霧がない。あんなにこの場を埋め尽くしていた霧がきれいさっぱり存在を消している。

 今日の天気では雨の予報はなかった。ではなにか。

「て、そうじゃない!」

 雨など気にしている場合ではない。

 魔構鎧は、霧の中で形を変形させるくらいの攻撃を受けていたのだ。直結させている進のダメージはどれほどのものか。

 ヤマハチへと接続を解除。脇目も振らず、振り返り、鎧胴体を操作してハッチを開く。

「進!」

 進は手足を鎧と繋げたまま、前傾でグッタリしている。落下の衝撃で意識が飛んだらしい。

 喉元掴んで上体を起こし、ついでに脈拍を見る。

 生きていることに安堵しつつ、背後を振り返り、ここでようやく巨人の方を見る。物凄く嫌そうに見る。見て、思わず乗り出すくらい驚いて、再度見る。

「サイズが違う?」

 今まで巨人と認識していた相手のサイズは、どう見ても魔構鎧と同じくらいだ。

 相変わらず炎のすぐ近くから霧が出ようとしているが、降り注ぐ雨によって出ては流されるを繰り返す。やがて雨が止んだ。

 正直なところ、状況が分からなかった。



「霧が晴れた」

【んむ、そのようだな】

「小さいな?」

【十分大きいとは思うが――あぁ、斬りつけていた感覚を考えれば、ずいぶんと小さいか】

「そうか」

【なんだ?】

「水に触れると萎むくらい水に弱いのだな」

【違うだろう? いきなり、諏訪原並に阿呆なことを口走るんじゃない。

 なんだ、お前。剣士モードになると知能も下が……待て待て、どうして今この場所で大上段に振りかぶるのだ。やめなさい】



 というコントっぽいものを離れたところで視界に入れたパラスは、霧の向こうはカオスだったんだな、と大袈裟に頷いた。

「タンクロボですね」

「あぁ、なんかそういうの、ガキの頃に見たな。遠距離を支援しそうな奴」

「タンクって脇役じゃないですか? どちらかっていうと、あっちの燃えてる方が……って、アレ、敵が使ってる奴じゃ……なんかデカイけど」

「炎の色的にさっきの爺がなんかやってたのだろ。炎と鎧を媒介にして呼び出したのか、作ったのかは分からないが」

 どちらにしろ、と。

「爺関与なら、燃えてる方が敵だな。

 つうか、あのタンクの上半身には見覚えが……」

 確か、薙原進がアレの紹介だかをしていなかったか。しかし、下半身の方はずいぶん違う気もする。

 視線をパラスが眺めたコント――少女剣士へと移して。

「大和屋の次女?」

「へいへい。いきなり女子の身元を特定する辺り、タツさんの女性遍歴も相当の」

「来賓の一人だ、馬鹿。

 本来ならVIPとして避難しているはずなんだが、"あの剣"を握っている以上、戦いの方を選んだんだとは想像出来る」

「おや、有名なのかい?」

「本当は政府非公認なんだが、本人が暴れ回った結果で知れちゃったタイプの超越というか、なんで鏑木のじいさんが関与したのかサッパリだったが、孫と組んでアイドル始めちゃった辺り知ってやがったな爺と正義と一緒に突っ込んだものだが……」

「つまり?」

「降神器使いだ。器に関して、政府も神祇院もまったく関与していない、かなり特殊なタイプだそうだ」

「中華とインド以外だと割と普通でしょ、そんなの」

 龍也とパラスの会話に対して、令は腕を組み「うーん」と唸る。

「降神器はドイツじゃあんまり見ないのでなんとも。

 魔構企業が科学側に寄りすぎたせいか、過去のなんとかっていうちょび髭のおっさんが集めて戦後失いまくった聖遺物を発見したとしても、降神なり降霊なりに活かせないので。

 あでも、火力はすごいですよ? 科学者先生も、アメ公と純粋な物理火力で殴り合えるのはうちだけだって言ってますし」

「レーヴェより?」

「姐さんは別格なので比較対象にしちゃいけません。耳から煙出しちゃいます」

 ともあれ、と。

「あの立っている方の巨人を傷つけているのは見た感じだと斬撃によるものじゃない。しかし大和屋茜が戦闘に参加している。とすると、敵は単純物理ではそれなりの火力がないと傷つけられないのかと」

「降神器だったら、対魔戦可能でしょ?」

「振るう方にその実力がなければ無理だ」

「おや、割と辛辣」

「そうか? 対魔対神戦において、魔法技術が未開レベルのこの国じゃ降神器は切り札のようなモノだ。降神器のコアに存在する神気を扱えるようにするのは、使い手としては最優先させるものであって、戦技の方は二の次だ。

 本来であれば、彼女ほど動けるなら、当然、ある程度は対魔を可能としていると考えるのが自然だ。だが彼女はそうじゃない。よほど周りが甘いのか、あの降神器自体が対魔対神よりも対人に特化しているのか。

 政府が非公認としているのも、おそらくはそこら辺に起因しているんじゃないかと」

「この国も色々あるのねー」

「そりゃな。ま、ダチの手伝いとかしてりゃ、そこら辺の事情も分かってくる」

 ダチ――不破正義の手伝いというのも半分くらいは本当の話なのだが。

 龍也は九曜頂だけあって、幼少時には政府公認として降神器を扱えるようにさせられていたりもする。悠が転生者として神剣の扱いを最優先させられたことも見ている。神祇院からは、ほとんどモルモットのようにも見られていたことも知っている。

 そのせいか、同じ国出身者でも神に関与していながら割と自由にさせてもらっているというのは、あまり良くも見られない。

 そもそも対魔戦を可能とする人材がもっと多ければ、正義の苦労ももう少しは減るのにと思わなくもない。

「さて、アレはどうやって対処するかねぇ」

「タツが殴る」

「いや無理だろ」

 龍也は両手をパラスへと差し出す。なんというか、ぱっと見でボロボロである。

「私のアレから時間経っているわけなんだし、単独重奏への対処法くらいちゃんと用意しなさいよ」

「無茶言うな。重奏自体が禁呪扱いになってんだから、関連装具の開発はストップしとるわ。木製ナックルでさえ、うちの変態担当技術者がこっそりやってんのに」

 禁呪扱いと聞いて、パラスはムムムと眉間を揉んだ。

 それもそうだろう。

 重奏を扱えるのは、開発から実践までに関与した神薙龍也とリチャード・ロードウェルの二人だけで、開発のメインだったパラスがいなくなれば頓挫するというもの。安全策を見つけるのは至難の業である。あの日崎司でさえ分からなかった。

 超危険魔法として禁術扱いのお蔵入りも当然と言える。

 パラスは龍也の両手を視る。

「あー……うん。粉砕? 治るの、これ?」

「をい」

「冗談だってば。龍特性の自然治癒で完治にどれくらい?」

「自宅療養で半日だな」

「てことは――蹴りだね!?」

 手がなければ足で。

「まあ、そうなるよなぁ」

「足から魔法かぁ。どうやんの?」

「出・せ・る・かっ」

 龍也は携帯を取りだし、痛みを我慢しながら操作。会場の警備用監視カメラへとアクセスしようとして指を止める。カメラが軒並み止まっている。

 まさか龍也達の知らないところで放たれたものが、日比谷を中心に電気系をダウンさせたとは知る由もない。

「御崎姉からの依頼もあるし短期でやる。よく分からんが監視カメラも止まっているし、どうにかなるだろ。龍化はなくてもそこそこ気張る。対魔手段なんざ魔法以外でもどうにかなる」

 ダンッと右足で地面を蹴りつける。バチリと右足が雷を帯びた。

(エルザ姐さんが拳に火を纏うのと同じタイプの奴だよな)

 エンチャント・エレメントという源理魔法がある。おそらくはそれだろう。

 近接戦を得意とする者しか使わないから、令には無縁な代物である。

「火に対して雷使うの? 相性悪くない?」

「手札の少ない中で相性なんぞ気にしてて解決なんて出来るかよ」

 懐から札らしきものを出して下に置く。そしてもう一度、右足を鳴らす。今度は置いた物を踏むように。雷が散り、札らしきものが蒸発。代わりに、踏んだ辺りから白いモヤが立ちのぼり、ソレは龍也の全身を包んだ。

「なにそれ」

「おふくろに習った奴。

 源理じゃねえし、大抵は相手に対処法とか取らせようがないから対人にゃ便利なんだが、俺もちょっと使える程度の代物だ。毛色の違うエンチャントみたいなものだな。

 ま、京都の連中とか中華の一部がやるやつらしいが」

「最初のエンチャントは?」

「札の起動は燃やしたりするんだが、今は手段がない。だから手っ取り早くやったってだけの話だ。んなことより、魔法談義は後だ、後」

 手をヒラヒラさせる龍也にパラスは「あぁ」と頭を掻いた。悪い癖である。

「お前どうする?」

 龍也は令を見た。

「そう……だなぁ。もちろん、サポートなんですけどね?」

 令は鎧の巨人を見つめる。巨人から漏れる炎が霧を再度生み出そうとしているのが見てとれる。

(例の霧を発生させる炎ねぇ。あれってどうなってんだ?)

「やり方は任せる」

 首を傾げる令を尻目に、龍也は一歩踏み込みそのまま自分を撃ち出した。



「進! ちょっと、起きなさいよ!」

「う……うーん」

「起きろっつうのよ」

 庵は進の顎を掴んで口を開ける。ポケットから取り出した小瓶の蓋を開け、中身をそこに流し込んだ。

「――うぶ?!」

 時待たずして、クワッと目を見開く進。ゲホゲホと咳き込んでから、眼前にいた庵を見上げた。

「今、何を入れた?」

「気付けよ、気付け。外神田特製の奴」

 進はうへえと顔を歪める。

「イモリとか萌え汁とか変な物突っ込んでる……あの?」

「そうそう。私だったら絶対に飲まない」

 何してくれてんのこの人、と睨まずにはいられない。

「それよりどうなったんだ? "大和屋さん"がここにいるってことは終わった?」

 呼び方が戻っている。庵は思わずムッと頬を膨らませるが、状況はそれどころではないだろう。

「し……"薙原"が気絶してたのはものの数分。突然の雨で霧が消えて、そしたら巨人も動きが止まったんだけど、また霧を出そうとしてるっぽい」

「雨?」

 進は庵の肩越しに前方を確認。雨は既に止み、巨人の姿をハッキリと確認出来る。気になるのは、巨人の姿というかサイズだろうか。

「――――小さくない?」

 そう口に出る程、先程まで対峙していたサイズとは思えない。よくて魔構鎧と同程度だ。

「同サイズを相手にするなら直結なしでもいけるんじゃない?」

「いやすぐに終わらせたいからこのままやる」

 進の答に庵は小さく舌打ち。頑固者め、と。

「大和屋さんが駆動時間を延ばしてくれてるわけだし、もう少しやれる」

 自分の頑張りが仇になったらしい。庵は頭を抱えたくなった。


 ドゴンッ!!!!


 なにやら凄まじい音がした。

 進と庵が揃って身を震わせた。

「え? な、何の音?!」

 外に背を向けていた庵には意味不明の音。

 外に顔を向けたことになった進は音の正体を目撃していた。

 横からかっ飛んできた砲弾が巨人の肩口に直撃した音だ。否、アレは砲弾ではないとすぐにも脳内で訂正をする。

 砲弾のように飛んできた人が巨人の肩口に跳び蹴りをかました音だ。

 巨人の体勢がグラリと崩れかかり、足からの炎が崩れるのを抑制しだす。

 その人は巨人からは離れず、そのまま首元へと着地し周囲を見回している。

 慌ててサブモニターを確認し、カメラをズームすれば、進の見た人物である。

「九曜頂・神薙!?」

「えっ、九曜頂?!」

 庵が思わず身体を外へと向けた。

 見られているとも思わず、龍也は巨人の肩上から二階席を確認。香奈と奏の不在を確認して、少しだけ安堵。少なくともこういう異常な戦場にいないのはいいことだと判断する。

 次いで、巨人の頭――巨大になったNBの頭だが、どことなく形状が違う――を睨みつけ、ガンと蹴りつける。

「あのじじいは神性っつったけどよ。

 どこのどなた様か知らんが、神様気分なんぞ味わえるなどと思うなよ?」

 周囲の水気へと意識を繋げる。


「水域顕在」


 豪雨のせいでこの領域には湿度が十分で、雨雲を呼ぶまでもなく、周囲の水気を支配下に置くのも用意だった。そこで気付く。

(パラスの魔力はやはり神気の類か)

 重奏とはいえ人造神剣を起動させたのはパラスである。その結果が領域の水気なので、当然水気にはパラスの魔力が残滓として残る。水域を支配することでパラスの魔力をも知ることに繋がり、それが魔力というよりも神気と呼んだ方が良い類のものだと知れる。

 龍也がミスロジカルで現役の当時、現在よりも出自を隠していた者は多い。仲間内であってもそうだ。

 パラスがどこぞの神の一柱だと知れていれば、当時も対応が違っていただろう。

 その後のリチャードもずいぶん違っていただろうし、卒業後も……。

(思ってもしょうがないことだ。どのみち、なにも変わらない)

 パラスを守ろうとして自分の無力を知った当時のリチャードの心が変わることはないのだ。

 巨人の肩を踏みつける。踏むというより蹴る。

 一度蹴って水滴をそこに踏み付ける。二度蹴って水滴に呪を植える。三度蹴って発芽。

 龍也の足下から水流が生まれ、周囲の水気を食って宙を流れる川となり、巨人を囲むように流れ出す。

 巨人が川を殴るも川は流れを変えず。

 川はやがて龍と化し、巨人の身体を締め付ける。龍は巨人の頭に噛みつこうとするが、巨人はこれを右腕を上げて防いだ。


 ギシッギシッギシッ


 巨人が魔構鎧相手に握り潰そうとした時と同じような音が響き渡る。巨人が、藻掻く。

 龍也は巨人の肩から飛び退き、宙に滞空する水滴へと飛び乗り両腕を巨人へと向ける。

 手首を打ち合わせ。


「雷気招来」


 打ち合わせた箇所から両腕の間に雷が出現。


「竜吼――豪雷」


 両腕を砲身として、雷のレーザーが放たれた。

 雷は巨人の左腕を撃ち抜き弾き飛ばす。更に、左腕から帯電が発生し、水竜を伝って巨人の全身がバチバチバチと強烈に帯電を起こす。

 帯電は数十秒で収まり、巨人の頭、バイザーからブホッと黒い煙が吐き出される。身体はビリビリと震えたまま。そこに水滴から跳躍した龍也が上から右肩へ足を鉈の如く振り下ろす。

 肩の鎧が粉砕される。

 龍也は先程纏った光が消えるのを視て「相変わらず早いな」と呟き、進達が乗る魔構鎧のヤマハチ部分へと飛び降りた。

「サポートいりますかね? あと龍化ってのしてますよね?」

 ヤマハチの傍らまで来ていた令が龍也に聞いてみる。

「札の効果が切れた。あと、龍化は少しだけだ」

「え早くないですか? そして、龍化出来るならもっと色々早かった気もしますね」

「即席なんてこんなもんだ。本業はもっと長いそうだがな。そして、周囲の目がなきゃやってたっつうの」


 ガシャン


 大音響で巨人の肩口から右腕が落ちた。肩を砕かれてから落下するまでに時間があった。

 龍也と令が訝しげに巨人を見れば、肩口から霧が出ていた。

「あの霧……鎧を固定しようと?」

「霧に意思があるようにも思えないけどな」

 霧が出終わるが、足から噴出するような炎が出てこない。

「お前、地の専門だろ? ゴーレムとか出せないのか?」

「あれと戦える奴ですか? 俺が呼ぶよりこっちを動かした方がいい気がしますよ? 俺のは色々と問題が山積みなんで」

「むしろ問題を確認してみたいとすら思えるがな」

 ヤマハチの上を歩いて、未だ開かれたままのハッチの前ヘと至り、中を覗いて一瞬止まる。

「ええっと、お楽しみ中申し訳ないが……」

 龍也の言葉に、進と庵が揃って噴いた。

「そんなわけないじゃないですかっ?!」

「そんなわけないけど否定強すぎでしょ!?」

 進の否定直後に庵が振り向きざまの肘鉄を進の顔面に決めた。進が「おぶ」とシートに沈んだ。

 令がヨイショとヤマハチに登って龍也に並ぶ。ハッチの中を見てから、龍也に顔を向ける。

「魔構鎧との直結って、神州でも研究されてたんですか?」

「ん? そうなのか?」

 龍也は改めて中を確認してみる。確かに、進の手足が鎧の隙間に差し込んである。

 魔構鎧の使い方など知る由はないが、遠隔操作で動かすというのは聞いたことはある。

「てか、神州でも? ドイツでやってんのか?」

「話は聞いたことあるんですけどね。まあ、成功例を聞いたことはないんですが」

 失敗例は数知れず、と。

「だから――」

 令は進の顔を見る。そして全身を視る。視て、渋面を作った。

「続けるにしても短期決戦じゃないとまずいんじゃないかと」

 庵が「え?」と令を見てから、勢いよく進を振り返った。

 進の顔を両手で挟んで注意深くその顔を見つめる。

「近い――いや近いって」

「少し黙っ……ったく、なんでこういう」

 庵は進の目に、人では本来ないノイズが走るのを見て、口元を引き締めた。

「大体、何を見たか分かるけどさ。長く繋げなきゃ問題ないんだ」

「確認済ってこと?」

「まあな。学会の事例とか見ても、何分くらいで持ってかれるか、大体の目安はある」

 進の言い分に、庵は進の胸元、普段は服の下に入れているボルトが出ているのを見てから溜息を吐く。それはつまるところ、と意味が分かるからだ。

「薙原。アレのどこを攻撃すればいいか分かるか?」

 龍也の問いを背に聞き、進が思案する顔を見て、庵はシートの横に顔を向ける。そこには人一人分が入れる作業スペースがある。

「身体を破壊すると霧を吐き出してから炎が出てくるので、本体は炎なのかなと。だから炎が留まる器としての身体が攻撃対象かと」

 解答に、まだ続けるんだなと判断し、庵は作業スペースへと移動。計器のチェックを開始。落下の衝撃で歪んだ部分を算出し、動く箇所のリストを作り上げていく。

「それだと時間がかかる。内側の炎をぶち抜く方針にしろ」

「でもこっちは物理火力だけなので」

「物理か。なら、御崎? こっちの鎧の組成を変えられるか?」

「は? 組成?」

 進は驚いて、龍也が声をかけた相手を見る。

「まあ、なんつうか、そういう無茶振りをする辺り、神薙さんの周りの人達って大変なんだろうなってつくづく思うわけなんですよ」

「うちの大将よりもマシだと思うんだがな」

「自覚は有り、と。結論だけ言うと、時間はない、ですね。

 単純に物理以外の打撃を付与するなら、これだけの大きさだとエンチャント使うより確かに組成自体を組み変えるのも手なんでしょうけど、それをやるより、中を繋げている糸……でいいのかな? 視た感じだと糸なんだけど。それを拳に巻いて殴った方が早いと思いますね」

 この魔構鎧は鉱構一体の試作機に当たる。その神経として使っているのは魔鉱の糸である。魔鉱を武器以外に使用することを突き詰めてきて、武器として使う方法を忘れていたわけだ。

 盲点過ぎて、進は少し口を開けた。

「でも拳に巻くだけのスペアは……」

「君、右利き?」

「え? はい、そうですけど」

 進の言葉に、令は魔構鎧の右腕を見た。

「じゃあ、右の拳部分だけをちょっと弄る。その時間くらいはあるでしょ」

 右の拳と言われたから、進は鎧の右腕を動かし令の前ヘと拳を持ってくる。

 令は拳に両手を添える。

「サモンエレメント――――」

 進は右拳が熱くそして重くなるのを感じた。

 計器を見ていた庵が「あれ?」と声を挙げた。魔構鎧右側の重量が増えている。何事かと全体のバランスを調整し直す。

「お前、今、なにやった?」

 龍也に聞かれ、令は「あぁ」と身を向ける。

「エンチャントみたいなもんです。これであの炎、殴り放題ですよ」

「絶対エンチャじゃねえ」

 フフリと笑う令にドン引きつつ、龍也はヤマハチから飛び降りた。

「お前らはあの炎を貫くなり握り潰すなりでトドメを刺せ。俺は器の方を破壊する。

 俺が陽動、その鎧がトドメ、だ。これが一番早そうだ」

 龍也の方がメインをやった方がと言おうとして、短期の提案だと知って、頷きで応じる。

「速度の問題もあるしねー」

 庵の言葉を聞き、そこではじめて庵が作業スペースにいることを知り、そちらを向いて存在を確認する。

 庵が顔を上げ、進を見た。

「あの炎は、頭と胴体のどっちが本体だと思う?」

 問われ。

「頭だ」

 即答。

「さっき、水龍に頭を狙われて防いでた。防ぐなんて行動はアレがはじめてだ」

 二人の会話を背中で聞き、令は巨人の炎を直視した。その瞬間、思考を何か黒いものが過ぎろうとするのを感じる、が。

(なるほど、霧は副次的で炎の方が相手なんだな。あの時の闇と今回の炎はご同類てわけか。

 にしても、俺はもうこの手のものが効果薄いな。成長か変質か。変質だったら……なんか嫌だなぁ)

 しかし、と炎の次に霧の欠片を見る。炎は霧をうまく生み出せていないように見える。

(霧を生むのは専門外ってことか? じゃ別物か。そうなると、最初の霧はどこから出てきたものなんだ?)

 あの黒い森を侵食した闇もどこからきてどこへ行ったのかも謎。同じような侵入経路があるのだろうか。あとで師に連絡でも入れてみよう、と。



 龍也は水滴を足場に蹴って移動。跳雷という移動方法で水滴間を瞬時に移動していく。移動の最中、視界の端に茜の存在が映り込む。

(狙いはどこだ?)

 当然、自身が物理主体だと理解はしているわけだが、茜が目指すのは巨人の肩上である。進同様、巨人が頭を庇ったのは見ていたからだ。

 茜の狙いがどこであれ、龍也が目指し攻撃するべき場所は少ない。既に両腕がなく、左足もない。胸には大穴。とくれば右の足くらいか。

 両手両足の付け根から炎を噴射して飛びでもしたら昔の怪獣映画かとも思うが、巨人は足からの炎で体勢を崩さないようにしているだけだ。

 ひょっとしたら、それしか出来ないのかもしれない。

 背後からは魔構鎧が全速で車輪を回してくる。あとどれくらいが駆動可能かは分からない。理想は向こうの手が届く位置に巨人を倒すか墜とすかさせることだ。

 龍也は先の雷撃で炭化している場所を探す。砕くのはそこが最も適しているからだ。

 跳雷しながら巨人の右足を蹴りで打診していく。

 その間に茜が肩に到着。

【確かにここま小さければ、この身を以て切れ目は入れられるだろうが】

「庵達の攻撃が届く穴があればいいのだろう?」

【九曜頂・神薙が足に回ったということはそういうことなのだろう】

「であれば」

 茜は頭の側面、バイザーの端に剣を引っかけ、力一杯横へと斬り開く。

【娘が力自慢になってこおも悲しいとは……】

「やかましい――なっ?!」

 いきなり横から灰色の輝きが噴射して跳ね飛ばされた。巨人がバイザーの隙間から炎を吐き出したのだ。

 茜の半身が"凍った"。

【冷気だと?!】

 落ちながら、茜はバイザーから覗く炎に眼球のようなものを見る。

「――――当たりだ」

【我が加護がなければ凍死していたぞ】

「このまま墜落しても危ないが」

【落ちながら冷静なのはさすがにどうかと思う】

 茜が落ちたのを進も庵も目撃する。あれは間に合わない。

 と、巨人がつんのめった。龍也が右足を砕いたのだ。

「ヤマハチにニトロとか積んでるか?!」

「あるわけないでしょ! 仮に使用しても車体が吹っ飛ぶっての! てか直結してるんだからヤマハチの装備状況とか分かるでしょうがっ」

 コックピットに進と庵の声が響く。

 茜が地面に落ち――否、地面から伸びた掌に掴まれた。令が近くで地に手を着けていた。

 二人分の安堵の吐息がコックピットに響く。

 炎を直接浴びた茜の精神状態も気にはなるが、とにもかくにもこちらもするべきはしなければと、魔構鎧が右腕を振りかぶる。それと巨人が僅かに上昇したのはほぼ同時。失った右足の付け根からも炎が噴出し、見るからに上へと逃げだそうとしている。

 逃がすか、と巨人の頭部へと狙いを定め、右拳を放つ。

「届かないか?」

 龍也は次の手を考えだす。

【届かせる!】

 進の叫び。

 右肘でガシャコンと異音が鳴る。

 右腕の肘から先が発射――否、物凄い勢いで伸びる。拳が巨人の頭に直撃した。拳は頭部をもいで更に伸び、ガクンと停止。巨人の胴体がガラガラと落下した。

「普通さ、腕にバンカーとか仕込むかなぁ」

「趣味なんだからいいじゃないか」

「うん、知ってるー」

 庵の呆れを聞きながら、進は魔構鎧から両腕を引っこ抜いた。



「うーん。見事に貫いて粉砕しちゃってますねぇ」

 拳の一撃でただの鉄塊と化した巨人の頭部を検分していた令が大袈裟に肩をすくめる。

「駄目だな。胴体の方も火種もないどころか、霧もありゃしねえ」

 龍也の方も胴体から顔を出して、やれやれ、と。

「ファラ、お前が見てもなんか分かるか?」

 まだ胴体内部で魔力の痕跡を走査していたパラスに声をかける。

「んー、見覚えのない魔力だからなー。なんだろうね?」

 芳しくない反応だ。

 結局、炎と霧の関係性もまったく不明のままである。

「あの炎が灯台役で霧を呼び寄せていた、だったら、霧を生めなくてもなんとなく分かるんですけどね」

「灯台、ねえ。言われてみればなるほどなんだが、あのじじいが何を考えていたのかさっぱり分からんから、なんとも言えんな。

 で、お前、俺のとこに来る前に見たっていう少女と女の魔力って追える?」

「へ? あ、神薙さんの知り合いでしたっけ」

 言われ、令は「ええっと」と瞳を閉じ、ほどなくして「あー」と漏らす。

「姉ちゃんに覚えさせられた魔力反応に一致するから烈士隊だと思うんですけど」

 前置き。

「なんか今、烈士隊といるみたいですよ」

「烈士隊? 位置は?」

「ここから東に1キロくらいのとこですかね」

「東……? 確か駅があったが……、その辺は確か――あぁ、そっちに逃げたのか。先輩も賢明というかなんというか」

「賢明なんですか?」

「あの近辺は九曜・不破直轄の部隊が展開している。隊長はちょっと特殊だが、頼るのは間違いじゃない相手だ」

 それに、と。

「駅なら、運次第だが、正義と出会える可能性もあるしな」

 時間的にはそろそろ戻ってくるはずだ、と。

「ところで、姉というのはメモの?」

「そです。有事の際には烈士隊の位置を把握することは大事なのだと」

「有事――ねえ」

 それは味方としてか、それとも。

「まあいい。では、指示のあるお台場に行くとするか。移動がてら、こっちの使える手勢にも連絡せんと」

「ここに残っている人達じゃ駄目なんすか?」

「いや駄目だろ。指示内容は明らかにアルカナム関係だ。そこに正規の烈士隊なんぞ連れて行けねえよ。

 あとお前、瀬田綾女と連絡取れるのか? それっぽいことがあるんだが」

「え……、瀬田ですか? そりゃ、まあ。連絡つうか位置は分かると思いますけど」

「連絡は出来ないか」

「そうですねぇ。位置を特定して、簡単なメッセージを送るくらいなら出来ますけど?」

(俺らが生まれる頃に絶滅したとかいうポケベルみたいだな)

 親からそんな存在を聞いたことがある。似たような構想魔法もあった気がする。

「N4Aがお台場に来るように言っている、と伝えてくれ」

「えぬふぉーえー? 神薙さんが~ではなく?」

「ああ。あいつはそれで通じる」

 あいつなにやってんだ? と旧知の現状に疑問を抱きつつ、令は地面に手を置いて集中を開始した。

 それを見てから、龍也はまずパラスを見やる。

「で、お前、どうすんの?」

「ほえ?」

 巨人の胴体をグニグニと押したりしていたパラスが顔を上げる。

「オリュンポス出身だったなら、そっち帰るんだろうけど」

「え゛。タツとりっくんとこ行っちゃ駄目なの?!」

「いや別に駄目じゃないが。

 俺は普通にお前が黒マントだったことを上に報告するから、向こう行ったら間違いなく監視及び検査対象だぞ? duxといったか、呼称は」

「うるうる。タツがかつての仲間を売るような野郎に成り下がっていようとわ」

 と、わざとらしく泣き表現で崩れ落ちるジェスチャーをしてからすっくと立ち上がり。

「別にいいよー」

「いいんかい!」

 思わずビシッと突っ込む龍也。

「いやほら、タダで知りたいことを診察なり検査なりしてくれることを考えたら、ちょっとの監視ぐらい、ねえ?

 お金。服で全部使っちゃったし」

 えっへん、と腰に手を当てた。

「りっくんとも会いたいしね」

「あいつ、発狂すんじゃねえの? お前の最期知ってるし」

「やだなぁ。それを見て弄るの楽しいじゃん?」

「変わらなすぎる……」

 かつての級友がそこにいて、龍也は額に手を当てた。

「大体さ、そういうのって、アウレアだったらこの一言で済ます話でしょ」

 パラスは星司と刹那の母でもあるオリュンポス12神の人名を出してこんなことを言う。


「愛さえあれば大丈夫――ってね」


(言いそうだなあ、あの人)

 龍也はとりあえず明後日の方角を見た。

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