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LR  作者: 闇戸
六章
89/112

雛ルート(Ⅲ)

 所々が陥没した地面を歩いてそこに到達する。

 利則を前にして、光貴の視線はやや剣呑。

「お前っ」

 利則は、食ってかかろうとした光貴の前に人差し指を突きつける。光貴は鼻白んで言葉を止めた。

「今来た。三行で状況を教えろ――光貴」

 それは昔の、もう長いこと聞いていなかった気がする声色での要請。

「それが数刻前に殺し合いをした元仲間に対して言う言葉なのかよっ!?」

 思わず怒鳴り、イカンイカンと、眉間を三度ほど揉んで落ち着きを得る。

 吐息。どうも助けられたのは事実。敵にまわすのは得策ではないし、こういう状況には覚えがある。

「姪から助けを求められる。

 甲六四・魂幻治療実験部隊の一部と交戦、指揮官以外は倒した。

 指揮官が自爆技でここら辺陥没」

「指揮官は誰だ?」

「神島善助」

「あぁ、神島忠史の不肖の甥。快楽殺人者だな。俺と銀嬢をここに引き入れた張本人だ」

「銀嬢?」

「お前がさっき、面を割った奴だ」

 あぁ、アレか。と数時間前のことを思い起こす。

 光貴は既に、日比谷公園内で惨劇が起こる前段階で利則と共に侵入してきた槍の黒マントと交戦し、結果、槍の面を破壊している。

 光貴本人が二度とゴメンだと言ってしまうくらい、直近の死にかかった出来事である。

 神祇院内で神州に仇となる行動を起こそうとする派閥があって、その調査として、紫綬烈士隊員の失踪事件をとりあえず確認しにきた日比谷公園で、色々と因縁のある黒マントの怪人と遭遇し戦闘となったのだが、まさかその内の一人が何年も前に死んだはずの仲間だとは思わなかったわけで。

 もっとも、面の割れた黒マントが正気を取り戻す件は、光貴がまだ学生の頃に遭遇したある事件により知ってはいた。だから、戦っている内かまたはこの先か、いずれこちら側に戻ってくるとは考えていたのだが、それでも殺し合ったこともあり文句を言いたくなる気持ちもある。

「その銀嬢とやらはどこにいるのさ?」

「園内の術式を解除して廻っていたはずだが……その後は知らんな」

「……微妙に不穏だね」

「欠片は張り付いているが、言動は素だ。duxとしては終わっている」

(確か、自分じゃ仮面は欠片でも外せないんだったな)

 相当強い、というより、相当硬いというイメージを持った相手だ。もし、敵として正気であれば、今の神州でアレを突破しその身に届く攻撃を出来る者はどれだけいるだろうか。

「お前、あまり俺に対して違和感とか持たないんだな」

 不思議そうな利則に対して「あぁ」と応じる。

「さっき使ってたの、事代主様の御札でしょ? あれはあの方の信認がないと使えないものなのだから、それが使えているだけで答にもなる。むかつくけど」

「――――? あ……、お、おう」

「今忘れてたよね!?」

「そ、そんなことはない」

「はあ。

 あと、学園島で利則も遭遇した彼女。ほらあの、初見じゃ先生くらいしか相手出来なかった」

「――あぁ、初見でいきなり四郎に乳揉まれたあいつか」

「その覚え方ってどうなの。あとアレは、転んだ先にあっただけだってことは隣で見ていた僕だけが知る真実だけどね」

「その真実とやらを今はじめて知ったわけだが。どれだけラッキーなんだあいつは。俺の記憶じゃ真啼並には大きかったぞ? ユキに少しは分けろ」

 話が逸れたので咳払いを一つ。

「虹夜後の一件は、当時本土にいた利則達御門学園勢は知らないだろうけど。事件解決の一環として彼女を倒した過程で彼女の面を破壊してね」

「誰が割ったんだ?」

「四郎が頭突きで」

「頭突きで割れるものなのか? 今一つ割るための条件が分からん」

「今だって分からないよ。

 で、その後色々あって、今じゃひっそり北海道で暮らしてるよ」

「北海道? 佐伯か?」

「うん。吸った揉んだと色々やらかした息子だの弟だのの責任だって、佐伯道場で引き取ったんだよ。今じゃ一児の母として、それなりに佐伯家のたくましさに染まっているはず」

 ふと、光貴は善助が沈んだ場所に顔を向けた。

 静かだから自爆技がきれいに決まってもういい加減終わっているかな、と思いたかったのだが、まだだよなぁとガッカリした顔である。

「おじさん、おじさん」

 呼ばれ、雛を振り返る。

「もう話せるの?」

 ずいぶん回復が早い。むしろ、早すぎない? と小首を傾げる光貴。

 光貴の疑問などには気付かず、雛は利則を一度見てから伯父を見る。

「この人が薄赤の腰帯の神祇官に助けを求めろって教えてくれだんだよ。私の場合は偶然だったんだけど」

 状況的に、助けを求めたのは偶然だったことをさすがに雛も理解している。

「おじさんの知り合いなの?」

「うん、まあ、知り合い」

 頷く光貴に、利則がちょっと嫌そうな顔をした。

 光貴は利則を指差した。

「この人、歴史の教科書にも載ってる連理の剣聖って呼ばれてる人ね」

「連理って……え?」

 雛の記憶上、その人物は死んでいる。

「連理の剣聖といえば、あの――」

 雛がポロッと口にしたのはある名前。ソレに光貴と利則が顔を見合わせた。

「まさか、俺の二代目は俳優なのか」

「いや、それ、映画のキャストだから」

 二人でも知っている映画俳優の名前であった。

「映画だと?」

「レッドブレイクって映画でね。ほら、アレ、大陸侵攻戦で結局は失敗に終わった……、あ、哪吒相手に人間ぶつける作戦考えるなよって」

「――中華連合の国防宝具【赤壁】突破作戦のことか。あの頭の悪い作戦、、映画化されているのか? 敗戦を映画化するとか何考えてるんだ」

 二人にとっては嫌な思い出だが、かなり誇張されたプロパガンダ映画がある。所謂、嘉藤利則英雄伝の一部に記録されている代物である。ドラマもやるしアニメもやった。誇張されすぎているため、隣国からは歴史修正が~などとの批判もあったりする。

 光貴は神祇官であるためか素性を隠しているので、謎の烈士隊員扱いで配役が色々と工夫されているというか、一部では光貴のトラウマともなっていたりする。

 作品が生まれるたびに「僕あんな美形じゃない」とか「なんで男装女子で利則と最後くっつくの気持ち悪い」とか「アニメだとそもそも女の子になってる?!」とか涙なしでは語らない。

「雛ちゃん、歴史苦手だろ」

「げ、現代史が苦手なだけだよ?!」

 伯父のツッコミに慌てるが事実である。そもそも、歴史の授業はまだ現代にまで到達していない。

「ところで」

 利則は善助が落下した辺りを見て漏らす。

「アレはまだ生きているようだが、神島善助の危険度はどれほどだと認識されている?」

 問いに、光貴は「ん」と頷いてから応じる。

「甲六四では神魂を人間の魂と結合させることで、超越者が持ちうる回復力を持たせようとしていたわけなんだけど」

「ずいぶん前に、非人道的を理由にぽしゃった人造降神器の研究を、内容を変えて発表しました、に聞こえなくもない研究だな」

「まあ、その通りなんだけどね。院に預ければ人道なにそれな研究がやれるってね。出来るというかこっそりやってるというか、なんでもかんでも神様バックにいるからお前ら見ないフリしろというか」

「相変わらずクソな組織だな。昔だったら週刊誌にたれ込めばそこそこ小遣いになってたと思うぞ」

「前だったら一部だけがクソだよって言えたけど、今は僕もよく分からないからね。一部はまともというか前のまんまで謎だよとしか。

 ていうか、小遣いになるかわりに取材する記者さん謀殺されちゃうからやめたげて」

 コホンと誤魔化すような咳払いを一つ。

「とまあ、ずいぶんな研究だけど研究成果は色々とあって、人造降神器には成功例がいくつかいて、一番危険視されていたのが悪路王・江郷影虎。強い弱いとかじゃなくて、感情制御がうまくいかないから暴走の可能性が異様に高い」

「倒した」

「え?」

「それは倒した」

「あ、うん、そうなんだ?

 で、で、その次が神島善助。危険だからというより厄介だから、と」

「ほう」

「どういう手段かは不明だけど、DNA情報を取り込むことで情報元の姿に変身することが出来る」

「姿だけか?」

「いや、完全ではないけど、ある程度の能力をコピー出来るそうな」

 利則は嫌そうな顔をした。それもあからさまに。

「鼻を押したら変身するロボットのような」

「君結構古いよね、ネタが。間違いなく親父さんの影響だよね」

 ガラリッ、と注意して見ている穴が内側へと少し崩れた。

「君さ、去年の春から夏にかけて神州にいた? 末広で目撃情報あるんだけど?」

「あぁ。その時期は……」

 怪人時代の詳細が言えないらしいのは相変わらずではあるが。

「神州にはいたな、理由は話せないが。

 火災発生中の末広町で俺を見かけたから後を追ってみれば、武本家惨殺現場に遭遇した頃だな。死体の確認は出来なかったが、あれでは翠凰の息子も生きてはいまい……と思っていたのだが、巨獣の下で遭遇して心臓止まりかけたわ」

「あ、その惨殺犯、ロート・ラヴィーネとかいう外人部隊と直毘衆の他に君だと思われてるから」

「なに? つまり、俺が見かけた俺の犯行か」

「九曜側の調査じゃ君も実行犯ってことになってて、こっちの調査じゃ、目撃された嘉藤利則は神島善助の化けた姿となってる」

「ああ、なるほど。あいつがあの惨殺を引き起こしたわけか。手を下したかどうかは別としても……。で? お前はそれを知っていて、奴の生存を許していたわけか」

 ふうん? とやや軽蔑を含んだ視線を光貴へと向ける。

「ヘタレの方の武本や影打ちの方の娘が死んだことは別に言及しないが、さすがにあの殺し方はどうかと思うぞ。鏑木のじじいが黙殺しろとでも言ったか? あの人の性格上、そちらの方が現実味のない話だが」

「鏑木さんではないかな」

「あぁ、なら奴か。今じゃお前の方が立場上だろ。未だに従う意味が分からん」

「色々あるんだよ。でも、偶然とはいえ対決の場が出来たのは僥倖かな」

 対決の場。その単語に「そういうことか」と勝手に納得してくれる利則。光貴は、手間がかからないから便利だな、と内心思う。雛だけが話についていけなくて「ん? ん?」となっている。

 そこで一人、より大きくガラガラと音を立てて穴から這い出してくる。服装はボロボロで見る影もない。土まみれで汚れてはいるが、その風貌は神島善助で間違いはない。

 善助は光貴達を視界に収めると舌打ちを漏らした。

「普通、ああいう自爆技みたら死んだと思って立ち去らないもんかね」

 死んだふりで事なきを得ようとしていたらしい。

 利則はフフンと鼻を鳴らす。

「昔、バケモノじみた侍が言っていてな。首級をあげるまでが討伐だそうだぞ」

「あぁ、榊さんね。あの人、たまに、しれっと怖いこと言う時あったよね。しかも、当時的には首級対象は僕達っていう」

 ウンウンと頷く光貴。

「戦場で会ったら、怖いから真っ先に逃げることにしてるよ」

「正しい判断だな。アレは常人が相手にしていい奴じゃない」

 光貴と会話をする侍に、善助が目を剥き口を開けた。

「れ、連理……だと……? なんでお前がそちら側なんだ?! さっきの助言は見間違いだと思ったのに!」

 夏紀と雛への助言についてのことを言っているらしい。

 光貴は利則の姿を見る。これ、何と見間違えるというのか、と思ってしまうほどには特徴的だ。黒マントなど、何と見間違えたのか。

「俺がお前達側でない理由など、因果応報だとでも思うんだな」

 不機嫌そうな利則。


【言ったではないか。稀人の姿などやめておけと】


 光貴は、そうだよね、と利則の言葉に頷こうとして「え?」と善助を見た。妙にしわがれた善助らしき声が善助の左後ろから聞こえたからである。

 善助は左側へと首を巡らせる。

「うるせえな。てめえだって、カガミかカトウだったらカトウの方を使うだろうが」


【ふん。一理ある。が、とりあえずは摂取せよ。貴様ではあれらには勝てまい】


 何と会話をしているのか。

 何と会話しているかよりも、光貴も利則も「カガミ?」と同じ言葉に反応する。二人に共通する知人の名字だ。

「ムラクモのことか?」

 利則は是非を聞くためか光貴に顔を向ける。カガミ・ムラクモというのが共通する知人の名前である。

 その名前の人物と利則とで二択ということは、と光貴は思い至る。善助はどうも武本道場襲撃の一件を言っているらしい。カガミ・ムラクモとは、武本翠廉と離婚した武本梢の母でもある女性の名前だからだ。

 問いかける間もなく、善助がポケットから取り出したものを口にほおばった。バラバラと、複数の赤い何かが落ちた。離れてはいるが、カプセル状のものだとは判断出来る。

「鬼女のような顔だけ美人女と一応は英雄視されている俺かで選択するなら俺だ、という話か?」

「絶対違うと思う」

 はて、というような利則の疑問を即座に否定する。

「大体、あの人、鬼女というか、自分より弱い男に超絶厳しいだけで、自分より強かった翠ちゃんにはすごい優しかったでしょ」

「俺には厳しかったが」

「君、初見の腕相撲で負けたじゃん。軍人将棋で勝った僕とは違う」

 ぐぬぬ、と若かりし自分の失敗を持ち出されて唸る利則である。勝負ごとなど何も腕力だけがジャンルを支配するわけでもない。

 善助を見つめていた光貴は善助の変化に気付く。

 ゴキッゴキッと嫌な音が響く。

 善助を正面から見ている形になるが、妙だ。人影が二重に見えている気がする。

 雛は一度は途切れた魔鉱と意識を繋ぎ直し、ビアガーデン側から自分達を含めた場の全体像を把握しようとし――「うわあ」と声を漏らす。

 善助を背後から見てしまった。

「後に人が生えてる……」

 雛の感想の通りが発生していた。

 光貴が善助を二重に見えると思ったのは、単に、腕の後に一本ずつの腕があり、足の後に一本ずつの足が生えていたというだけの話である。

「わざわざ待っていてくれるなんて、お前らは優しいねぇ」

 善助がニヤニヤしながら言ってくる。

「確認することも必要なんでね。ここでやっておかないと後に引き摺る気もするし」

「最終的には斬って捨てることに変わりはないしな」

「それに、最高のコンディションの相手を倒してこそ、相手の根っこをへし折れるかなって」

「お前、最低だな」

「えー」

 まさかの批難に不満げである。

「どうよ? お前らに俺が倒せるってか? 今の内に土下座でもすれば上納金次第では手を打ってやらんこともない」

「はいはいフラグフラグ」

 不遜な善助の物言いに、光貴は手をヒラヒラさせて応じる。

「ちょうどいい。フラグの回収を手伝ってやろう」

 やる気満々で踏み出す利則とその半歩後を定位置として光貴も間合いを計りだす。

 もしこの二人組の戦闘を知っている者が見れば間違いなくこう言ったであろう。

――――うわ、大人げねえ。

 と。



 神島善助には死角がない。

 これが三合打ち合って得た利則と光貴の感想である。

 服装からして背後の方を背中とした場合、背中ではない方を神島善助と認識する。

 神島善助自身はそれほど強くはない。有り体に言えば、隙が多い。自ら作っているのではなく、技量としての隙だと利則は見る。レベルとしては、息子である嘉藤勝利程度だろうか。

 厄介なのは、その隙を狙えない点。

 隙を狙った一撃は、善助の背後から防御された。つまり、背中が前の隙を理解し防御に利用している。

 利則の突きは弾かれ胴ががら空きとなり、そこに善助の横薙ぎ一閃。腰を引っ張られ、光貴と立ち位置が入れ替わる。横薙ぎを空振った善助の右脇腹にスッと光貴の左掌が当てられる。

「モーショントレース草薙」

 直近での遠当てをもらって身体が半回転。正面に来るのは背中側。ここではじめて背中側を直視して、光貴も利則も顔を顰めた。

 老若男女のどれでもあってどれでもない。容易に判別のつく外見ではない。知った顔が混じっているようにも思えるが知らない顔もある。ぶっちゃけ気持ちが悪い。

 ただ、利則がコレを見て思い出すのはベヘモットの体表であり、気持ちの悪さよりも胸糞の悪さが先に来る。だからか、なんとなくこの現象の正体に気付く。なるほど、と。

 光貴と立ち位置を交代し背中と鍔迫り合う。

「要するに、貴様が遺伝子情報を読み取りその姿になる"ガワ"か」

 背中の顔が笑った気がした。

 背中の後にいった善助が背中の肩越しに両手を利則へと向ける。

「火蛇!」

 後からの引っ張りで顔面に炎が当たる寸前の回避となる。前髪がチリリと煙を上げた。

 一旦距離を置いて吐息。

「どっかで見た戦術だな」

「いつ鏡を見たのやら――精度を上げる。"混ぜる"から躱さない方向で」

「了解」

 気を取り直しての再戦へ。

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