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LR  作者: 闇戸
六章
87/112

雛ルート(Ⅰ)

 雛は北側の壁に手をつく。

(壁は普通の壁だなぁ。上は……確かに結界が視えるね)

 日比谷公園の結界については、昔からそう言われているから、特に視るなんてことはしなかったため、てっきり敷地の境界に沿って展開されているものだと思っていた。もし壁周りの状況を知っていれば、もっと南の壁を突破して勇と並走も出来たのだろうか。

 否、知らなくて良かったのだ、と納得する。知らなかったからこそ、逃げている人達を守るために力を行使出来るのだ。

 霧崎勇、アレは相当強い。学校では実力を隠しているが、自分達のとこの九曜頂と同種の強さを感じる。公園に来た目的も、勇に任せればなんとかなるのではないかとも思える。

 と、実際にはなんとかならなかったことなど露知らず、それでもそう思ってしまえる程度には、勇との力の格差を感じている。

 魔法一辺倒の学生全般に言えることだが、極めていなくとも両方できる相手に対して差を感じてしまう。儀式でやるか隠れてやるか、が選択できない状況では戦技によるサポートが不可欠なだけに、だ。一人では何も出来ないというのが、他から言われるまでもなく、自身が一番感じていることだったりするものである。

 逆に戦技一辺倒の方は強化以外の魔法をほとんど諦めていることが多いため、あまり深く考える学生はいないことが多い。

 イギリス留学以前なら夏紀も後者であったが、今の彼には魔鉱がある。魔鉱を手にして尚、純粋な魔法使いとしての道以外がない雛とは、今はまだ夏紀自身の自覚はないだろうが、やがて芽生える自信は方向が違うだろう。と、夏紀を昔から見てきた雛は思う。

 雛と夏紀は違う。魔鉱がソレを決定づけていることに、なにより、雛自身が強くそう思ってしまっている。こうして一人になると余計そう思う。

 考えすぎだ。頭をブンブン横に振って嫌な考えを吹き飛ばそう。

「ええっと。一概に破壊とはいっても、派手な方法はやめとこ」

 派手で音も大きくしたら囮の意味もなくなってしまう。

 静かにやるならどうするか。

 まず青のビーズを壁に押し当てた上で、両手をいっぱいに広げ押し当てる。

「水気は石に浸透し侵食す」

 マテリアルを物質からただの魔力へと変換し、壁へと浸透させていく。

 水は地を侵食し急速に泥へと性質を変えていく。水を含んだ泥は水系源理の領分へと至る。後はただ。

「単純な凍結では表面のみ。内側が凍らなければ意味はない。

 だから――――解体……再構築」

 泥を水と水を含んだ土と下へと流れようとする力の三種に解体。力の方向を外へと変更、土を破砕し水で間をつなぎ密度を薄くし――内側から徐々に凍結させていく。

「あとはこの範囲だと」

 何分くらいで凍結が完了するかな、と計算しようとして、ふと背後を振り返る。ガサガサと音がしたからだ。

「お姉ちゃん。中戻ろ?」

 避難していた子供だ。移動の準備でも終わったか。

「や、アタシはここにいとく。もう少しで準備は終わるから、みんなを呼んできて」

 やや困り顔に笑みを浮かべてそう言ってから、再び壁に向き直る。

 避難者の中に子供は少ない。何か不安なことがあって呼びに来たのだろう。しかし今はここを離れる場合でもない。

 凍結が完了したらそこらの石で割らないといけない。

「お姉ちゃんって、くよーなの?」

 後から話しかけられる。

「そだよー。でもマイナーどころの更にマイナーだから、あんま気にしないでねー」

「まいなあ? じゃあ」


 ズブリ


 そんな音を聞いた。なんか熱いなと下を見れば、赤い水を纏わり付かせた金属が腹から生えていた。

「?」

 なんだろう? 否、疑問とか考えるまでもない。

「――――ぁ……がっ……あ、あんで」

 うまく言葉が出ない。痛いとかそういうのが口から出るのではないらしい。でも痛い。熱くて痛い。


「マイナーどころじゃあ、悩んでしまうな。さあて、どこに飾ろうかなぁ」


 何か非常にこの場にそぐわない暢気な言葉が背後から聞こえる。きっと、痛みを作った原因だろう。しかし、聞いたことのない声だ――――本当にそうか? どこか今まで話していた子供と似ている気もするが、今聞こえている声は変声期などとっくに過ぎた大人の男の声だ。

「しかし、まさか凍結とは……。てっきり破壊魔法ぶっ放しているのかと思ったわ」

 ふうん、とそいつは雛の横を通り過ぎ、壁に触れる。横目の視界に入るのは確かに子供なのだが。

 逃げなければ。逃げてビアガーデンのみんなを逃がさなければ。

 自分がそうまで体力があるとも思っていなかったが、割と転ばず身を翻して足を前に出すことが出来た。腹が重い。刀一本分の重さとかではなく、そこだけ力が抜けている。周りがそこを抑えていられない。

 そうも言っていられない。

 雛の行動も相手にはバレバレだが、あえてすぐに取り押さえようとはしていないらしい。

 まずは茂みを抜ける。茂みの向こうが遠い。まだ抜けられない。足が重い。立っていたくない。じゃあ、どうして立っているのか。

(どうしてじゃない。いかなきゃ)

 ありったけの残る力を足に込めて茂みの先へと抜ける。

「お? がんばるねぇ。いいぞ、もっとがんばれ」

 後からふざけた声援がくる。くそ、ふざけんな。

 広場に出て、ビアガーデンの入口はすぐそこだ。木々を支えにしながら入口へ。早くしなきゃと頭を上げて見えたのは、あの紫綬の隊員がちょうど出てくるところで。


「ああ、やっと塞がった。傷口凍らされても治癒力ってのは落ちないもんだな。あの紫綬もひでえことするよなぁ。おとなしく殺されてろよ。何が神祇官でも許さない、だよ」

「はは、神祇官に反撃するなんてどんだけ不敬なんだよ」

「違いない。おっと、有楽門からエリアB1までのステイク掃射やるよう外に指示しといてくれ」

「うぃうぃ」


 避難者とそんな会話をしながらで。

 さすがに耳を疑って「え?」とその場で棒立ちになった。

「お、日崎のお嬢ちゃん。それは新手のファッションかい?」

 雛に気付いた紫綬の制服を着たそいつは、よぅと片手を挙げてそんなことを言ってきた。そして、右手で顔を覆い拭うようにずらせば、見たこともない人物の顔へと変化した。血の回らない頭でも、どう考えても普通じゃない。ものすごく怖い。

 知らず恐怖を顔に浮かべ、残った力を振り絞りその場から背後に向かって走り出す。実際には酷く緩慢な歩きではあった。

 ここから逃げる、ではなく、アレから離れたい。誰でもいい。助けてほしいと本気で願う。セイジやセツナを筆頭に雛自身が強いと思う人達を思い浮かべ、切に願いながら進む。たとえそれが、ビアガーデンに戻らなければ、という使命感に反するものであったとしても、その使命感よりも恐怖の方が上回っていた。そして、何か遠くの方でボシュッという複数の音を聞いた気がした。

 前から誰かが歩いてきたが、寒くて暗くて、誰なのか確認も出来ない。ただ、薄い赤色を見た気がした。

「たす……け……て」

 前に進もうにも足は動かず、力を込めての行動がもう出来ない。せめてと藁にもすがる思いで、口から助勢を音にして出すしか出来ず、そこで足をもつれさせた。

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