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LR  作者: 闇戸
六章
82/112

地祇の王と連理の剣聖(後Ⅱ)

「まだ終わらないか」

 利則は僅かに肩の震わせを残し、肉塊を見つめたまま漏らす。

 コアを切り離したに過ぎず、肉の鎧は健在。おそらくは先の藤堂孫六と同じことが起こりそうだな、と構える。

 その隣に事代主が降り立ち、ソレに気付いて利則は横を見て――ふむ、と。

「遠目から緑だと思えば葉っぱさんか」

 ソレに対して、ヨッと手を挙げる葉っぱ。

「……」【……】

 無言というより意思疎通が出来ない模様。

 唐突に、葉っぱに対してヌッと手を出すのは利則。

「チャットをくれ」

 その言に、ポンと両手を合わせた葉っぱは腰元から一枚の葉を差し出し、受け取った利則はソレを額に当ててから懐に仕舞った。


利【かつてと同様の所作をしてしまったが、どうして葉っぱなんだ】

事【身体が葉だからな。部位としてはし……】

利【捨てたくなる部位だろう? 聞きたくはないのだが】

御因勇【なんか割り込んできたっ?!】

事【む? 烈士隊に卸していたタイプでは通信枠が孤立するからな。こちらに割り込ませた】

利【嘉藤利則だ。よろしく頼む】

御因勇【あ、はい】

勇【いや普通に挨拶してるが、あんたどんな立場なんだ?】

事【duxだな】

御【なにっ?! 面をしていないではないか】

利【割られた。アレだな。榊の師とやらは尋常ではないな】

御【なんだはぐれか。ん、榊?】

利【武本の夫。以前、国連が聖堂に仕掛けた諏訪での戦闘に乱入した男と言えば、諏訪の大神なら分かるのではないか】

御【――おう、業正の末子か。しかし、アレの師というと、なんだあの剣聖は転生でもしたのか?】

利【転生……? いやあれは、一体どういった術式なのだろうな】

御【連中の仕業か。ま、連中の技術はわけの分からんもんばかりだしな】

勇【俺にはサッパリなんだが。なんでそんなにフレンドリーなんだ、お前?】

御【弟の息子だろ? だったらわしにとっちゃ身内も同然。他人っぽくしてもしゃあなかろうよ】

勇【まあ、そうなんだろうが】

事【duxというのは、たびたび世界に混乱をもたらし、その影で実験と称したナニカをする連中だ。この国では稀人とも呼ばれる。いつから存在し、何を目指して実験をしているかは謎だが、LR以前の時点で数多の国や組織が連中と繋がっていた。

 仮面が外れた連中に関しては、敵対した者が少ないことや黒マントすら羽織っていなければ外見は常人と変わらんことから一応は"はぐれ"と呼んで区別していたが、ソレを制定した組織も大罪者として前戦争で滅んだがな。

 もっとも、稀と付くくらいレアでその中でも更なるレアであったはぐれの存在を、国連側は把握すらしていなかったようだが】

勇因【へえ】

因【じゃ今は味方なんですか?】

利【あの神祇官。いや既に鬼か。アレはここで潰していく。よってこの戦闘においては敵ではないと思ってくれて構わない】

 勇は安堵の吐息を漏らす。さすがに神化前のギリギリ生存状態などという間違いのない敗戦をまたやりたくはない。

利【しかしアノ肉。今の内に中身を破壊してしまえれば苦労もなくていいのだが】

勇【面倒臭そうな硬い肉が内側を護っている、か】

事【圧縮鍋があれば中身だけを溶かせそうだが】

勇因【どんな鍋なんだ】

利【言いたいことは分かる】


【分かるの?!】


 驚愕が場を走った。

利【そういう魔法があれば確かに便利だが。ちなみに、圧縮ではなく圧力だ】

 つまり、事代主は圧力鍋を再現出来れば内側だけを攻撃出来るのではと言いたいらしい。

利【どうして親父はかつてと同じ間違いを口にするのか。圧縮鍋とか、真啼の悪夢を再現でもしてほしいのか】

事【しょうがないではないか。あの悪夢の角煮が脳裏から離れんのだ】

利【息子として言わせてもらうが――――恥ずかしいからやめろ】

事【(# ゜Д゜)娘達と同じ事を言うんじゃない! 兄妹かっ!】

 言ってから数秒。

事【(´・ω・`)兄妹か】

利【親の口からいきなり家族の増加が判明したが、それはさておき、親子会話特には親父の妄言で場を乱して申し訳ない。ともあれ、九曜頂・霧崎殿は視術系は得意だろうか?】

勇【え?】

 唐突に話を振られ。

利【なんという魔法だったか。俺はそういう方向の魔法は不得手故、パッと名前が出てこないのだが】

事【鷹由任せだったからな】

利【そう、おんぶに抱っ……やかましい。

 エーテルではなく……、むう、なんだったか。内容は確か、実体の有する魔力を性質と運動に分けて視る、だったか】

勇【ああ、そりゃ、サイト・マジックだな】

因【またマイナーな】

勇【うさぎが実年齢何歳か知らんが、来年度からの教科書には載せる時間がないにも、必須魔法として基礎学に入るからな? 今の内に予習しとけよ】


【良い事聞いたー】


 どうも学生が多いらしい。

勇【で、使えるけど何見るの】

利【アレの魔力の切れ目を。予想では、大福のような状態のはずだ】

 ふむふむ、と嫌な例えきたなーと思いながらも肉塊を視れば。

勇【んー、魔力は二種。形状で言ったら確かに、餡を包む求肥の如く】

利【求肥に切れ目は? あれば剥がして餡を取り出せるはずだが】

勇【うん、真下だな。完全に覆っているわけではないのか。じゃ、肉大福破壊作戦だな】

因【おやつの楽しみがなくなるような名前はやめてください】

御【そうじゃなぁ。例えるなら具入りの肉団子じゃろ】

因【あ、お肉メインならなんとか】

利【親父がアレの真下にタケノコ生やしてひっくり返し、出現した切れ目にこの拾った刀ブッ刺して力一杯引っぺがす。という単純な作業だが】

勇【なんかザックリきたな】

事【そんな食糧難から脱せるような呪法もっとらんわ】

勇【生やすよか、地面崩してひっくり返した方がよくないか?】

御【地震の権能を使うんじゃな】

勇【ひっくり返ったもんが転がってまた標的を隠さないように、色々と集中せにゃならんけど】

利【ではそれで行こう。親父は適当のサポートを】

事【良い加減の支援はいつも通りだ】



 肉塊は沈黙したまま動かず、だが時々震えているようにも見える。

「なゐふりて裂く」

 勇の言葉が響き渡り、地震と共に大地が少し裂けて肉塊のある場所が傾斜になる。堪らず肉塊は転――がらない。塊の表面から小さな触手が生え、周囲の地表に突き立っている。

「ならば」

 膝を付き手を地に添える。


「ふれよ 大きにふれよ ふれにふれ なゐうねりて 裂き乱れ」


 肉塊直下、一点集中の大地震。

 地は揺れて、まるでうねるように地表が踊り、肉塊の周囲で地裂が四方に生まれ、触手が掴む地表ごと砕けて上へと跳ね飛んだ。

 葉っぱ――もとい事代主が右手で五芒を切る。

「威力を上げる。呼神連動――一言主」

 勇の言葉の直後、事代主の全身が一瞬紅葉色に変わった。


事【天の龍跳ね降りて大地を砕かん】


 暗雲なき空から空間裂いて極太の雷撃が肉塊のしがみつく地表を砕いていった。後から轟音が響き渡る。

 地表を失った肉塊の壁には皺がある。他方の壁にはないつむじのような皺があった。


「一意穿石」


 そんな呟きが勇の耳に届いた。この言葉は知っている。あの嘉藤勝利が梧桐秋戦で使用した技の名だ。

 利則が、勇の後ろからまるで弾丸のように発射されかっ飛んでいった。

 ズブリと刃が皺の中央に突き刺さる。刺した勢いのままやや滞空してから地に落ちた。

 肉塊に覆い被さるようにして突き刺していく――ではなく、真っ直ぐというより斜めに刺し入れて。

 勇は見た。事代主が【とうっ】と飛び上がり、空中で一回転をしてから落下するのを。

事【葉っぱさん、降臨】

 事代主が降ってきて柄の上に乗っかった。メリッと嫌な音を出して肉に開いた穴が広がるのを利則は見た。


勇【その葉っぱさんってなんなんだ!】

事【息子の嫁が考えた葛城山のマスコット――葉っぱさんだが?】

因【あ、うん。キーホルダータイプ見たことあるかも】

勇【マジかよ。舅のデフォルメ人形ってことだろ? 熱愛過ぎだろ】

利【葛城山はあいつの実家なんだが……】

勇【嘉藤家が謎過ぎる。それよりなにより、アクティブ過ぎやしませんかねえっ?!】

利【…………飲んだな】

 ボソリ、そんな感じの言葉。

御【うむ、間違いない】

因【なんというか、こお、表現のおかしくなった辺りからが怪しい】

勇【まさかさっきの飲み込み音は……】

利【なにかめでたいことでもあったのか】

勇御因【――――あぁ】

 思い当たる節が一つしかない。その節が、はて? と首を傾げている様は、いとをかし。


 葉っぱと利則のかけた力が功を奏したのか、それとも肉塊の外側が観念したか。実になめらかにスパンと小気味よい音をあげて、太刀の刃が内側から肉塊を切り裂いて、利則の手からすっぽ抜けた。太刀がブンブン回転しながら勇の傍らを飛んでいった。

 勇はその剣風に背中から嫌な汗が流れるのを感じる。あと数歩横にいたら自分が斬れていたからである。

 利則は飛んだ太刀へと思い馳せることなく、葉っぱの首を掴んで飛び退る。斬り割られた塊の中から腕が生えるのを見た。


事【肉から生まれた肉太郎】

利【太郎童話にまた新たな伝説が】

御【親子じゃな】

因【親子ですね】

勇【感性一緒過ぎだろ】

利【やはり変な剣持っていないと心地よいな】


 現在、利則の装備は掴んだ葉っぱさんのみである。吐き気もなく、気分爽やかといったところか。


勇【よく分からんけど、武器なきゃアレどうすんの】


 利則はトボトボと吹っ飛んだ太刀の傍らに行って拾って構えを取った。その顔は再度気分悪げである。

 視線の先で肉塊が崩れ、半裸のヒトが立ち上がる。

 見た目は筋肉質。首から上は冬瓜のような頭。耳まで裂けた下弦のような真っ赤な口にギザギザの牙が並び、目と口はなく、額と思しき位置に大きな角が二本。全身が赤銅色である。

 まごうことなく、鬼である。


利【やはり鬼か。しかし藤堂孫六よりも、より鬼といったところだな】

勇【向こうの情報には詳しいのか?】

利【奴は江郷影虎。元は大陸侵攻軍天狼旗下第四部隊所属の烈士隊員だったが、捕虜や負傷した同僚に対する隊規違反を犯して処断された、というのが公式記録。四肢の切断までいっていたはずだが】

因【えっ?! 大陸侵攻軍って隊規違反でそこまでやるんですか?】

利【指揮官をやらされていた四郎がキレてそうなった。実例は藤堂と江郷だな】

事【あの佐伯がキレたか。珍しい】

利【アレは酷い事件だった。珍しいことも起こる程のな。

  まあ、神祇院にはああいう公式に死んでいる奴らや犯罪者連中が多く見られる。大方、人体実験でもやっているのだろう。今の時代、どこの国も似たようなことはやっているから珍しくもないだろうが】

 勇もそういう話を聞いたことはあるが、都市伝説の類だろうと思っていた。

 九曜には一癖も二癖もある家もあるが、人体実験とかそういうのに手を出している家はおそらくないだろう。姉の婚儀でも自分の登頂でも日崎以外の九曜と顔を合わせたが、金に汚いのはいても道に汚いのはいなかったと思える。

 神祇院は認識外の領域故、敢えて考えたことはない。気にしてもしょうがない場所だが、ここで聞く話では気にしなくてはいけない場所だったらしい。

勇【神祇院ねぇ。ともあれ、だ。アレは大嶽丸だそうだ】

利【おおたけまる……】

 利則は困った顔で葉っぱを見た。

事【お前……まさか……】

利【大丈夫だ。よく分からなくても大体は斬れば倒せる】


【…………】


 場が静まった。

勇【うわ。武本先生と同じ事言う人久しぶりに見た】

因【大丈夫大丈夫。親世代とかみんな似たようなこと言うし!】

御【……】

因【そういえば御名方さんとコッシーさんの娘さん達も雑誌の記事で】

御【倒せればいい!】

事【そこは間違っていないが】

利【斬れば倒せる。任せてもいいだろうか】

勇因【えなんで】

利【きもちが わるい。誰かエチケット袋を持ってないか】


【どうした剣聖っ!?】


事【解説しよう。

  利則には通称、魔剣アレルギーというものがあってな。嘉藤家に伝わるといってもあまり長くはないが、家宝と言える太刀も魔剣の類だったが、このアレルギーのせいで触れることも出来ないばかりか視界に入れても気分が悪くなるという】

勇【――――あぁ、神器酔いみたいなものか】

 世の中には、降神器がそばにあるだけで発せられる魔力や神気に堪えきれず体調を崩す者がいる。降神器は降神者などの超越者とは違い、神器そのものが内側の超越存在の肉体ではないため、そのもの自らが抑制することが出来ない。つまりは、魔力漏れが発生し、その気に当てられて体調を崩すというものがあり、それを神器酔いと呼ぶのである。相性次第では死に至る者さえいる。

勇【魔剣全部?】

事【うむ。一応は酔い止めで軽くは出来るが】

因【魔剣って落ちてるものなんですか?】

利【藤堂が持っていたものだな。刃が欠けているわけでもなさそうだからもらっといた。これが存外よく斬れてな。気持ち悪くならなければ最高なんだが】

勇【話を聞いてて分かるのは、気持ち悪くならなければよく斬れない代物ではないのか】

利事【…………確かに】

利【とりあえず】


 利則は勇に向かって太刀を投げて寄越し、自分は事代主の身体から葉っぱを数枚抜き取り気を通して刃とする。


利【それを使うかぎり、俺は戦力にはならん】


 そんなに気持ち悪いのか? と勇は転がる太刀を手にしてみる。すると。

――――・・・。

 頭に何か文字が浮かんだ。

 勇は「へ?」と手元を二度見した。そしてよく視てから首を傾げる。

(今のがこいつの銘ならもっと強い魔力が宿ってそうなもんだが、これはひょっとしてレプリカみたいなもんか? いや、多分、降神器みたいな)

 考えかけて、首を振る。

(んなことより、こいつが本当に銘通りなら、倒せるかもしれないな。生太刀よりも効果高そうだ)

 考える方向を変え、鬼に向かって構えて、眉間に皺を寄せた。

「おい。何どっか行こうとしてんだ?」

 鬼が勇と利則に背を向けて歩き出そうとしていた。

 声をかけられ、鬼は面倒臭そうに向き直る。

「はらへった。オマエラの相手は後でしてやんよ」

 声は江郷のものだが、よりふてぶてしく軽い。

「オマエラだって疲れただろ? ここは見逃してやるから、まあ、休んでていいぜ?」


御【わし、こいつむかつくんじゃが】

事【殺ってしまうから今だけだ。我慢しろ】

因【空腹の今がチャンスですよ】

勇【そうなんだけどさ】


 地祇達の会話など聞こえる由もなし。鬼は崩れた肉塊から肉をちぎり取って口に放り込む。クッチャクッチャと咀嚼して。

「鬼は美味くねえんだよ。やっぱあ、人間だな。

 遠い異国じゃ処女の血と肉がうんたらかんたら言うらしいが、俺ぁんなにグルメじゃあねえ。確かにガキの肉はやわらかくていいが、大人には大人の良さがある。爺婆だって煮込めばいい出汁が出る。人ガラスープの人肉料理。く~、いいねぇ。どこいきゃ食えるかねぇ。大江山でもいきゃぁ、食わせてくれるかねぇ」

 勇は太刀を正眼に構え、悦に浸って妄想かき鳴らす鬼との間合いを計りながら徐々に詰める。


勇【大江山ってあの酒呑童子か? 人襲ってるのか?】

事【久我の傘下にいる。人と敵対などしてはいない】

勇【人と敵対している鬼とか聞かないな】

事【大半が現代を生きるため久我に従うか、黎明期で既に剣聖達に狩られたか、はたまた未だに転生していないか、だ】

利【達をつけるな達を。ほとんど武本の奴が旦那とやったことだ。俺達を鬼の恨み節に巻き込むんじゃない】

 役割分担が違ったらしい。


「少なくとも貴様に食わせる肉はないそうだ」

 悪態に悪態で返し、鬼の水月に向けて突きを放つ。刃は届かず鬼の右手に掴まれた。鬼の動作が見えなかった。

「いって」

 自分で掴んでおきながら、鬼は顔を歪めた。予想外といった感じである。

「他人様の飯中に襲ってくるたぁどういう了見だ、おい。しかもいやらしいもんぶら下げやがってよ」

「食事中だって襲われることはあるだろう」


利【襲う……いやらしい……。昔、大国主が主人公のエロゲがあってな】

事【存在がエロゲの主人公みたいな方だが今はやめろ】

勇【お前ら後で覚えてろよ?!】


 鬼の手を斬り裂きながら太刀を手前に引き抜いて、そのまま退かずに再度の突きへと以降する。が、ソレに対して、斬られた掌を盾のように使って刃の突進を再度止める鬼。刃は鬼の手を貫通し半ばまでの侵攻を果たす。鬼の手からは血のようで、しかし血とも思えない緑色の液体が流れ出る。

(奴の手が見えない。これはあれだな。戦闘力のレベルだと俺より向こうの方が上だな。肉体のレベルが違う)

 勇は鬼との実力の差を冷静に計算する。肉体が精神の描く軌道を正確に再現出来ていないことが原因だ。

(これが、転生者が前世に身体を近づけるように訓練することの答か)

 鍛錬がまだ足りていない、と。

 ダメだな、と思う勇の顔面に鬼の左手が振り下ろされ斬り裂かれる――否、鬼の爪は横合いからの一葉に弾かれ、勇は襟首を掴まれ後ろへと移動させられる。

「おいおい、葉っぱで俺の爪止めるとか、神薙みたいなことしやがるじゃねえか」

「奇遇だな。俺の師は神薙の分家筋だ。みたいなことではなくその通りの結果なんだろうよ」

 葉を左の人差し指と中指に挟み、勇の背後に半身で起つのは利則。

「全力でやってもらって構わん。太刀を押しつけた手前、こっちも全力でサポートをする」


利【サポートは苦手だが】

因【リアル発言が台無しだよっ!?】

事【サポートされる側だったからな。

  立ち位置的には何をやるのか想像はつくが、出来るのか? お前に。あの、阿呆の極致ともいえる援舞が】

利【アイツほどではないがな。一応、九曜頂・霧崎の攻撃パターンは頭に入っている】

因【キャーッ! ホクロの位置まで知ってる的なっ】

御【おい、女子、黙れ】


「何をするつもりか知らないが頼んだ」

 自分よりも確実に実力が上と思える相手がサポートするというなら、とりあえずは任せきってしまおう。

 とはいえ、この剣聖がこの太刀を問題なく使えるなら面倒がなくていいのだが、というのが素直な感想である。



(このおっさん、マジかっ!?)

 鬼と斬り結びつつ、勇は驚愕していた。

 まず、一太刀目は届かなかった。がら空きになった腹目掛けて繰り出された手刀は、勇の脇から出てきた葉によって爪の先端を弾かれ勇に届きすらしなかった。その弾きで鬼に隙が生まれ、斬撃を落とす。鬼は半身でそれを避けるが切っ先がその肩口を裂く。鬼が避けた瞬間、腰の後ろを軽く押された感じがした。それのせいで前身が前にぶれ切っ先が届いたような気がする。

 振り下ろした太刀を返して逆袈裟で斬り上げれば、迎え撃つのは鬼の爪。爪と太刀の斬り結びかと思えば、鬼の腕が大きく上に弾け上がり、太刀が鬼の胴を横薙いだ。

「このガキがっ」

 鬼は胴に太刀を食い込ませたまま前に進み、弾き上げられた腕を振り下ろす。

 クンッと後ろと横に引っ張られる感覚。ザッと立ち位置が移動し、目の前に現れるは腕を振り下ろしきった鬼の脇腹と右腕。太刀は鬼の胴更に横に斬り裂き抜けている。腹からはボタボタと緑が垂れる。

 やることは一つ。

 手首で反して斬り上げ、鬼の右腕を切り落とした。

「んの野郎っ!」

 鬼は飛ばされた右腕を左で掴み、殴りつけてきた。

 勇の視界に利則の腕が映り込む。腕が消えた時には、鬼は左腕を大きく開いた状態で腹をこちらに晒していた。

「左の脇腹を突け」

 ボソリと聞こえた言葉に、素直に身体が動く。前傾で太刀を平に構えての突き。太刀は鬼の脇腹に吸い込まれ、掌に肉を貫く感触と何かピキッという砕けるような音を聞く。

「お……おま……え」

 見上げれば、鬼が苦悶を浮かべて見下ろしている。鬼は顔を更に勇の背後に向けた。

「正体を現す前といえど、そこにあった弱点には何かしらの意味がある。

 人だろうが鬼だろうが神だろうが、人格というものがあるならば、たとえ本能のままとなったところでも、長い習性を忘れるわけではない。それが貴様にとっては左の脇腹であった。それだけの話であろうよ」

 勇は鬼の腹から太刀を抜き放つ。鬼は脇腹から流れ出す緑と、そこに混じる虹色の砂を見下ろして顔を歪め、膝を折る。鬼の目には流れるものが銭に見えていた。

 ただ、自分にとっての大事な物をそこに隠す癖があった。それだけの話。



勇【一体、どんなサポートをしていたっていうんだ】

 勇は鬼の身が崩れていくのを見下ろす。

利【アイツは"二人羽織"などと言っていたがな】

勇【アイツ?】

利【阿呆な方の友人だ。数少ないオリジナルだった気もするが、なんにしても】

利事【阿呆な技だ】

因【???】

事【一人の攻撃しか効果がなく、多対で相対してもより強固になる相手がいるならば、相手にとっての一対一にもちこませ、こちらからは二対一となるようにする。

  存在を消すことなど出来はしない。なら自分はそいつの袖になる、と。

  相手の認識外から防御を崩し、攻撃を弾き、隙を誘発させるための技だな】

利【いつ考えても俺にはわけの分からない理屈だが、アイツなりの試行錯誤の果てなのだろうし、実際、手助けを受けたこともあるから有用性も分かる。だから評価はする。が、やりたいとは思わない】

事【確か利は、卑怯者の技術だなどとバッサリ言っていたが】

勇【相当デタラメだな】

 勇の感想に対して、利則はまったくだなどと返し肩をすくめた。


 鬼が完全に崩れ去るのを見届けてから、利則は周りを見回す。既に鬼の姿はない。

「あ」

 声の主は、勇。原因は勇の手にする太刀にある。刃がボロボロと崩れだしていた。

 太刀を視れば、魔剣としての魔力が所々砕けている。

「鬼関係はとりあえず終わりのようだな」

 さて、という風に利則は勇に背を向ける。綾女の存在には気付いているが、今更どうしようという気もない。


事【どうせ行く場所もなかろう?】

利【いやユキの元へ帰るが】

事【ユキなら葛城山に在る】

利【実家に帰ったか。ならば、葛城山に顔を出すことにしよう。勝利もどうせそこだろう】

 利則には勝利が不破と神薙により海を渡らされたことが分からない。

因【ていうか、故人じゃないですか? 鳴沢動乱での戦没者とかって】

利【…………あぁ】

 忘れていたらしい。

御【諏訪に来てもいいぞ? 事代主の息子なら歓迎してやる】

利【拳系は勘弁願いたい】

御【何故、分かった!】

因【だって……ねえ?】

 勇は、事代主が静かだな、と思った。

(しかもさっき、"いる"じゃなくて"ある"とか言っていなかったか?)

 これは、なにかあるな、と。

利【葛城山には早い内に顔を出す。それでいいか?】

事【む? うむ。早めに来るといい】


「では、失礼する」

 用事は終わったとばかりに立ち去ろうとする利則の背中を見る。

「なあ、あんたらは祠魂堂で何をやっていたんだ?」

 利則は立ち止まり、しばらく記憶を辿る。

「探し物だな。ナニカは言えないが」

「言えない?」

「なんと言えばいいか。行動の記憶はあるが、それを情報として口に出せない。いや、口にではなく、情報を漏らせないと言った方がいいか」


御【他のはぐれと同じじゃな。実験に関与する内容を漏らせない】

事【自ら仮面を剥がすことも出来ない、というのもあるな】


「ストッパーがあるってことか」

 ふむ、と納得する勇に、利則はしょうがないなと返す。

「では一つの試しだ」

 前置きを一つ。

「祠魂堂には多くの神魂が封印されている。祠魂堂にまつわる過去の事件を考えれば答に近づくことも出来るだろう。

 なるほど、間接的であれば可能か」

「過去の事件?」

(祠魂堂の事件というと、思い浮かぶのは国津解放戦線による襲撃事件くらいだよな)

 神魂を封印するという国家事業が始まってしばらくした頃、反天津・反神祇院を掲げる過激派――勝手に名前を使われて地祇達には相当迷惑――が祠魂堂を襲撃するというものだ。

 祠魂堂警護に当たる紫綬烈士隊により鎮圧され民間への被害は最小に抑えられたものの、当時隊長を務めていた九曜・不破分家筆頭であった神島忠史が殉職している。入口で一人壁となり、戦線による攻撃を防いだ結果である。

(アレの目的は確か――やはりそういう目的なのか)

 思い至るのは解放戦線の目的。封印されている神魂の奪取である。

 今回のも目的は神魂。御崎流嶺の予想が的中していたことになる。

「だが、神魂の数が多すぎる。どれが目的かなんて分からないぞ?」

「こう考えてはどうか。何故今になってなのか。今ならば確実に在る神魂は何か。

 かつての管理体制とあまり変わりもなければ、霧崎家なら不破家同様で祠魂堂のデータベースを閲覧することも可能なはずだ」

「ま、確かに、そういう権限はあるな。姉貴でさえ使ったことのないものだけど」

 使ったことがないというより、使う必要のないもの。

「家に戻る必要あり、か。桐生達を拾って帰るしかないな」

 ううむ、と腕を組んだ勇を置いて利則はその場からスッと姿を消した。

「拾うにしてもどこまで来てるんだ?」

 そこでようやく利則の不在に気付く。


勇【おや?】

御【おらんな】

因【こっちからも消えてますねー】

事【大方、九曜頂クラスが証人になる、とかな。

  殺戮犯退治に自分も参加していたから祠魂堂襲撃以外は問題なくなると思ったのだろう】

因【そういうものなんですか?】

事【アレは罪を擦られるのが本当に嫌いでな。些細な物から大きな物まで、な。大体、真啼が悪いのだが】

勇【まなき? まなき……あれ、最近聞いたことがあるような】

事【九曜頂・久我の久我真啼だな】

勇【さっきは敢えてスルーしたが、なんでそこで久我の名前出てくるの】

事【む? だからな。あの女が、鈴鹿御前なのだが】

御【はあっ?! アレが鈴鹿だとぉ! あの、膝元の酒蔵空っぽにしやがったアレがかっ】

勇【九曜頂・久我……何やってんだ、本当】

因【主様会ったことあるんですか?】

勇【影武者としか会ったことないな。姉貴の婚儀にも結局本人来なかったし。放浪癖でもあるのか】

事【放浪癖はあるだろうが、あの女がやっている力比べの結果もあり、日の本の鬼は大半が人間の敵、いや、正確には神州人の敵ではなくなった。鬼は奴が統制しているといっても良い】

 どのみち、と。

事【大嶽丸の性では真啼とは合わん。敵対者であり天敵だ。大嶽丸には、この国で鬼としてやっていく場所などなかった、ということになるな。待つのは慮外として討伐されるのみだっただろう】

勇【なんというかだな。俺が意識も曖昧な間に色々あるんだな、てことは分かった】

御【倒す相手もいなくなったようじゃし、ひとまず解散か?】

勇【そうだな。俺も帰宅の合間に、色々と誤魔化す言い訳考えないとダメだしな】

事御【無理だろ。普通に考えて無理だろ】

因【主様、希望は投げ捨てるものですよ?】

勇【やめろ】


 とりあえず、と綾女のいる方に歩き出す。綾女を回収してから夏紀達と合流し、誤魔化しの内容に悩むことにする勇である。


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