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LR  作者: 闇戸
六章
75/112

日比谷公園にて(2)

 勇と綾女を追わず、大噴水までやってきた剣鬼と騎士は共に足を止めた。

「何だコレは」

 剣鬼はあからさまに嫌な顔をして大噴水に創造された肉の稲穂を睨む。

 騎士は噴水の影にしゃがみ地面に触れる。そこは勇を襲撃した傀儡人形の出現地点。騎士が施したカウンタートラップの跡である。そしてしゃがんだまま大噴水に顔を向けた。

「なるほど。先程の学生君はここの有様と嘉藤さん似のカウンターゴーレムを結びつけて、あんなに怒っていたわけですか」

 合点がいった、と頷くが、それに剣鬼は余計顔を歪ませる。

「ちっ、なんだこのとばっちりは。冗談ではない」

 警護の烈士隊を数名斬り伏せはしたが、このような光景を造った覚えはない。

「おい。コレはどういうことだ?」

 剣鬼は苛立ち紛れに、大噴水を挟んだ反対側にある外灯を見上げて言葉を投げた。そこには剣鬼と騎士と同じだがよりボロボロの黒マントに身を包んだ怪人が立っていた。

 怪人は二人の前ヘと飛び降りる。そして剣鬼へと手を伸ばした。

「まずは」

 しわがれた男とも女ともつかない声が促せば、剣鬼は祠魂堂より奪取してきた虹色の円柱を無言で手渡した。

 怪人は円柱をしばらく眺めた後に「確かに」と応じる。そして大噴水の惨状に目を向けた。

「貴様等と炉心の後、大己貴の前。アワサリの被検体が」

 二人と綾女が通った後と勇の間に事は起こったらしい。

 だが、アワサリの被検体という単語には聞き覚えがない。

「遍く支配の――試し」

 ああ、と合点を得る。

「やつらの狗か。とんだ協力もあったものだ」

 そこでしばし間が開く。そして。

「サイカ……ギン……御苦労。こののちは……自由」

 労いであったらしく、サイカとギンと呼ばれた剣鬼と騎士は無言で頷く。

 そこで、怪人は騎士の割れた面を見る。その所作に気づいた剣鬼は割れた時のことを思い出す。それは公園に入る直前にあった戦闘でのことである。

「意外にもこの面は脆いのだな」

 そんな剣鬼の感想に、怪人は首を振った。

「砕くは無力。すべては、意志」

「そのような概念的な砕かれ方ではなかったが……」

 実際、剣鬼の面は意志などという概念ではなく、上泉という剣聖の技巧によって斬り割られている。

「時逆の話し方はよく分からない」

 騎士は聞き疲れたらしく素直な文句を口にする。

 よく分からないと言われた方は首を傾げる。自身としては普段通りの話し方だし、剣鬼の方は問題なく内容を解している。とはいえ、この騎士とはあまり話したことがない。きっと慣れてはいないだけだと考える。

「仕事だ」

 自分はもう行くぞ、と怪人は祠魂堂に身を向ける。

「言われたとおり神魂をいくつか漏らしはした」

 仕事のついでの一手間を伝える。理由は聞かされていない。なんらかの実験だろうか。

「新人の頼み――実験?」

 やらせた本人も頼まれ事だったらしい。

 新人と言われ、剣鬼も騎士も一人しか思い浮かばない。

「「ああ、あいつか」」

 揃って口にする。感想も大体同じ。

 いけ好かない奴だ、と嫌そうな声である。正直関わりたくない。

 二人とも肩をすくめて怪人と別れた。



「ねえねえ、なっちゃん」

「大体言いたいことは分かる」

「絶対コレ迷子だよね!?」

「分かってるから言うなよ! 泣きたくなるじゃないか!」

 夏紀と雛は日比谷公園内にようやく入ることは出来たものの、祠魂堂がある南とはかけ離れた公園北端に位置するビヤガーデン近郊にいた。勇とはぐれて突入位置を間違え迷子になった結果である。

 ええっと、と園内地図を見上げる二人。

「うわ。反対側だよ」

「あー。真っ直ぐ行っても何分かかるんだろうか」

「分で着く?! 本当に分で着く?!」

「時間はかからないだろ。強化さえ使えば」

「やあ、でもさ。ほらここ」

 雛が地図の端っこを指差せば、そこには『紫綬烈士隊員以外の園内での魔法使用は固く禁じます』と注意書きがある。

「「ああああああ」」

 頭を抱える。

 こういう注意書きのある場所は、大抵、使用したら身元がバレる。そして分家長に苦情が行って大目玉である。

 せめて九曜頂である勇がそばにいれば話も違ったかもしれないが、夏紀と雛だけではどうしようもない。

 速度の強化を使用せず全速力で走ればいいのだが、何か、すべて終わっていそうな気がしてならない。

 どうするか、と顔を見合わせた二人の耳に「君! そこの君!」との呼び声が届く。見回してみれば、ビヤホールの入口から手招きしている紫金の烈士隊員の姿が見えた。

「日比谷警備の隊員は昼間からお酒を飲めるのか!?」

 クワッと驚愕する雛に「違うだろ」とツッコミを入れる夏紀。

 揃って隊員の元へ行けば、建物内は薄暗いが十数名の民間人が身を寄せ合い窓より身を低くしている姿を確認出来た。

「君達外から来たのかい?」

 若い隊員の問いに頷きで応じる。

「有楽門? から入りました。地図に書いてあったのはその名前ですね」

「おお。で、門からここまで不審人物はいなかったかな?」

 道は安全か、と。

「俺達が通ってまだ数分なのですが、完全な安全とは言いがたいものの、少なくとも不審人物の類はいませんでした」

 夏紀の発言にビヤホール内に安堵の吐息が満ちる。

「良かった。よし、ではまず……」


「おい。さっさと逃げんと屠殺者に追いつかれるぞ」


 烈士隊員が逃走の計画を練ろうと民間人へと振り返ろうとした時、夏紀達の背後、ビヤホールの外からそんな言葉を投げかけられた。

 振り向けば、黒衣の侍が苦虫を噛み潰したような顔で立っていた。その背後には黒衣に身を包んだ砕けた仮面で顔を隠した者が南側に顔を向けている。

 見た感じ、間違いなく不審人物である。だが、夏紀達が身構えるよりも、屠殺者という単語に烈士隊員も民間人も揃って安堵の息を飲み込んだ。室内で子供が泣き出した。

「あ、あんた達は……」

「我々のことはいい。

 警護役最高の紫金をその身に抱くなら、先代不破分家筆頭・神島忠史曰くの危急には神より民を護るべし、を実行に移すことを最善としろ」

「は、ははっ!」

 侍の静かだが重い圧を伴った言葉に若い隊員は思わず敬礼し、民間人全員に移動を促し始める。どうやら、侍が語った「神島忠史云々」は紫綬烈士隊の隊員にとっては相当重い言葉であったようだ。

「それとお前」

 次いで夏紀に顔を向けてきた。

「完全な安全を保障出来ないなら、せめて保障が効くまで面倒くらいはみたらどうだ。

 見たところ、あの隊員、長くはないぞ」

「――えっ?!」

 思わず民間人を一纏めにしている烈士隊員を見、そして彼が今まで立っていた場所を確認すれば。

「そんな……」「あぁ。コレ……ぇぇぇ?」

 夏紀と雛は揃って痛みを堪えたかの様な声を押し出す。

 あったのは血溜まりと隊員を繋ぐ転々とした赤黒さ。どうして気がつかなかったのか。

「いいか? 神祇官を見つけたら全力で逃げろ。そして逃げながら薄赤の腰帯を着けた中年の神祇官を探して助けを求めろ。奴ならまだ近場にいるはずだ」

「じ、神祇官? なんで……」

「質問の時間はない。さっさと行け。いいな? 薄赤の奴以外からは絶対に逃げろ」

 侍と室内を交互に見ながら夏紀は質問したい気持ちを抑えるのに必死。やがて「ああもう!」と民間人脱出の手助けをするために室内へと走っていった。

 残った雛は「ううん」と首を捻りながら侍をマジマジと見上げる。

(なんか見たことあるんだよね、この人。確か、パパとママが……)

「雛っ!!」

 そんな悩みも強く呼ばれて中断し、おかしいなと首を捻ることだけは残し、夏紀の元へと向かっていった。

 侍――嘉藤利則はフンと鼻を鳴らし南に向けて足を出す。

「あぁ、やっぱりやり返すんだね」

 槍の黒衣の言葉に「当然だろう」と返す。

「罪をかぶせられたままなど、我慢ならん」

「ふうん? そういうところは元英雄様って感じ? あ、三剣聖だっけ。

 というか、連中少なくとも味方なはずなんだけど……いいの?」

「昔の立場も"ただの協力者"も知ったことか。

 第一に、我々の目的と奴らの目的は違うし、目的達成で"俺"はもう暇なんだよ」

「うん、まあ、アレもあいつに渡し済みだしね。暇なのは異論なしだよ」

「第二に、奴らのやり方は気に入らん」

「うんうん」

「第三に」

 利則はビヤホールに一度振り返り、少し思案気に俯いた後、南行きを再開する。

(あいつらのガキ共を連中に殺らせるのは寝覚めが悪い)

 無言の相方に槍は「おーい、第三はどうしたー」と茶化す。

「やかましい。とっとと行くぞ? どうせ今頃、連中も炉心に食いついている」

「あ~、神州の方でも霊脈研究とかしたいだろうしね~。

 場所なら任せてよ。もう感知済だ」

 そりゃ結構、と黒衣の二人は跳躍していった。




「あー、もしもし、鏑木さん? なんか、神祇院が出張ってきちゃってますけど、本当に介入するんですか?」

【派閥が違うのだ。介入くらいは問題なかろう】

「いや、まあ、そうなんですけどね? 俺が介入すると鏑木さんの立場的にどうなのかなと」

【何が来ているのだ?】

「おっと、まだそっちでは把握していない、と。そっちのはまだ起動してないっぽい?」

【こちらはこちらで問題が発生したのでな。もうしばらくの猶予が必要だ】

「そうですかー。あ、何が来ているかでしたね? 甲六四・魂幻治療実験部隊が」

【なん……だと……?!】

「そういう反応しますよねー。僕も同じ反応しましたよ?」

【日比谷は地獄か】

「生存者は少ないですね。紫綬もずいぶんやられたようです」

【…………】

「で、どうしますか?」

【神薙がduxに反応したまではよかったが、院め、事態を面倒臭くしおって……。

 貴様のことだ。どうせいつでも動けるようにはしているのだろう? ならば、少ない者をより減らさんくらいの介入を許可する。方法は任せる】

「回りくどい言い方ですが、まかされましょ」

 通話を終えたのは、白シャツにジーンズで腰にタオルを提げるかのように薄赤の腰帯を垂らした中年の男である。

 男は木の枝に結びつけていた糸電話の糸を取り外すと、紙コップ部分を潰してポケットにねじ込み、何事もなかったように、多量の血で染まった遊歩道を歩き出した。

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