混入
「で、なにがどういうことなのか――聞かせてもらえると助かるんだけど?」
「どうしよう、レン。セツナの目が笑っていない」
目以外が笑顔なセツナから顔を反らしたセイジはレンメルに助けを求めるが、当のレンメルはこっちに振るなと手を振った。友人の態度に眉尻を下げたセイジは少し天を仰いでから、前でニコニコ顔の、同い年ぐらいの少女を見て首を傾げ、視て――二度視した。
「ナツキ達と同じ波長だと?」
そんな驚きを思わず口にし、その言葉を聞いた少女、御崎律はムフフと胸を反らした。
「思えば挨拶は初めまして! 九曜・日崎分家の御崎家三女、御崎律でっす!」
「え、ああ、まあ、よろし……あれ?」
元気の良い挨拶に返事をしようとしたものの首を傾げる。
「三女? ミサキは男が2人じゃなかったか?」
分家を招集した時もそのように紹介された気がする。
「確か、タカザネとタカツグだったと」
「ああ、ダメダメ。そりゃうちのパパンのイエスマンっすわ」
手首をブンブンと振ってダメダメと。
「あの2人はねえ、絶対に親父の不利になること言わないからね。それで九曜頂の招集にもその2人しか出さなかったんだと思う。
はあ~、高姉に聞いた時はマジで? って思ったもんだけど――マジだったかぁ」
まったくあの連中は、と大げさに肩をすくめる律。
「三女……一応聞いておくが、何人いるんだ?」
「6人だね~」
「6人?!」
おうふ、とセイジは額に手を当てた。
「ま……まあ、うん。け、結果が変わるわけでもないし……な」
あの招集は夏紀と雛を見出せたのだから、あれはあれでよかったのだ、ということだ。
「しかし、自分を使えというのは……?」
挨拶としての言葉への問い。
「それにはじめて見た?」
「九曜頂継承の儀で神州に来た時だよ。
ええっと、ほら、天宮の子が誘拐されて、なんやかんやで神化後に悶絶した……」
「なんやかんやの件は忘れてもらえないだろうか。
なるほどそうか、あの時に顔合わせをしなかった親族も俺を眺めて一目惚れをしたということか」
一目惚れのところで「こいつは……」とレンメルとアリシアは首を振るが、律はウンウンと頷いた。
「そだね」
口にしてから、もう一度ウンと頷き、それまでの軽そうなイメージとは違う妙に真剣な表情をした。
「確かに、一目惚れかも、ね。
で? で?」
真剣だったのは一瞬で、すぐに何かを催促してきた。
「? ……あぁ、使う云々か。
俺は別に構わないが、九曜頂として神州に戻るわけでもないから」
「うん、知ってる」
「君の希望に……え、知ってる?!」
「本家一家は伯父さん以外、全員アルカナム行きでしょ。それ知ってて部下として立候補ってこと。じゃあなんで九曜頂って呼ぶかといえば、便宜上?」
だから問題なし、と。
誰に聞いた情報かという疑問もあるが、卒業後の行き先などミスロジカル内では割と知られていることなのでそこは突っ込まないことにする。情報漏洩など詮索したところで面倒事しか思い至らない。
「九曜頂ではなく俺にということなら、別に名前でも構わない。神州での立場を気にしなければ、イトコでしかないとも取れるしな」
レンメルは律を訝しんでいたセツナの頭上に"!"を見た気がした。
セツナはセイジの裾を引っ張り「ねえ、ねえ」と呼ぶ。
「イトコって……もろに近い身内の、あのイトコのこと?!」
「もろに近いって、もう少し言い方が」
「ど、どういう関係?!」
「うん? 父さんの弟の子供……」
セイジの説明も途中で、セツナは律の顔に手を伸ばし、頬をペタペタと触りだし、不意にギュッと抱きしめた。
「わひゃっ、な、なにごと!?」
突然の出来事に動揺する律は視線でセイジに何事かと問うてくるが、セイジはといえば、セツナの行動を「まあ、そうなるよな」とクロケット兄妹やアリシアと一緒になって頷く。
「せっちゃん、身内とかそういうものに餓えてるみたいなところあるしね」
「ん~、餓えるというか、愛の女神の眷属としての本能というか。
家族愛の対象が、星司やおじさん達以外だと桐生君達くらいだと思っていたら、もっと濃いのがいましたよっていう」
「唾付けに見えなくも」
「ミィル、その発想はちょっとお兄ちゃんとしてはいただけないなぁ」
「企業一個買収して好みの」
「アレはそういうんじゃないって何度言えばっ」
なにやら話を脱線させたらしいクロケット兄妹に、セイジとアリシアは肩をすくめる。
「セツナのアレ、止めないのか?」
アリシアの言葉にセイジは頭を振った。
「いいんじゃないか? ヒザキに合流するなら慣れておくのも手だと思うぞ。よくあることだからな」
ラフィルが被害にあっているだろ、と義妹を引き合いに出してみれば「確かにそうだな」とアリシアの頷きを得た。
セツナはしばらくして満足したらしい。
その後は打ち解けたのか律と会話中で、たまに楽しそうな笑いがあがる。
「まだ調整が必要なのか」
「僕の目から見ても無茶な使い方してたしねぇ。最後のアレ、魔鉱を指代わりに使用してたでしょ。あんなことするの君だけかと思ってたよ」
ミィルはプリズマテリアルの最終調整をすると言ってレンメルから継承した工房に引っ込んだ。
「あんなウネウネ俺でもやらん。空間に直接刻むのとも違うし、魔鉱の可能性は幅が広いな」
「まったくだねぇ」
君の天幻がヒントになっているんだよ、とは飲み込んで、ただゆるめに首肯したのみ。
律がやってきた廊下を通って会場へ戻れば、そこは後列最後尾。
「やあルーシー! なんとかなったよ~」
到着してすぐに律が誰かに声を掛けた。
「おや、君の従姉妹さんは1人ではないら……し……」
「レン?」
レンメルが律が声を掛けた相手を見て固まった。怪訝に思ったセイジとアリシアはレンメルの視線を追い、うわあ、という顔をした。それはセツナも同様で、ぶっふ、と噴く。
やがて13期の4人はヒュオッと息を吸い込み、
「「チョコ先輩! ちいっす!!」」
敬礼付での挨拶を少しばかり大きめで口走った。
「ふへ? ちょこ」
「やめてええええええっ!!!!」
律の間の抜けた疑問は、リュシエンヌ・シーザーの悲鳴でかき消された。
「だ、誰がそんな挨拶を仕込んだのっ?! 先生っ? 先生ね!?」
やたらと動揺気味のリュシエンヌと状況が分からず頭が「?」で一杯の律。
リュシエンヌ・シーザー、ミスロジカル魔導学院第8期の卒業生として、臨時講師に呼ばれて何度か13期生を受け持ったこともある。
あるバレンタインデーの日、リュシエンヌの好物を知ったという12期の女子達から送られたホット・チョコレートがいたくお気に召したらしく、一週間くらい、固形のチョコレートとホット・チョコレートをご飯代わりにしていたのが、あるきっかけで全校生徒にバレたばかりか、リュシエンヌに懸想中であった甘い物嫌いの爵位持ちエリートの耳に入り、
「色々あってミスト・フラウベルのお節介で勧められていた見合い話が流れたのよ」
「あはははははははははははははははは」
セツナの説明に大爆笑の律。
「しばらくチョコ見たくないとか言ってる癖に隠れて食べてたのって、そ、それかっ」
さすがのレンメルも笑いすぎだろうとツッコミを入れたくなる爆笑に、なんだなんだと15期生の視線も集まり、リュシエンヌの顔は真っ赤である。
しばらくして。
「と、とにかくっ、あなた達にそういう質の悪い挨拶を仕込んだ人はヒザキ先生だと仮定し、後でひっぱたくことにして」
(仮定でひっぱたくなよ)
もっともなツッコミを思ったのはセイジかアリシアか。
「と、いうことなので、うちの万年ルーキーをお願いしますね、がミストからの伝言よ」
(色々省略したな、この人)
落ち着いたリュシエンヌがヒザキ兄妹に言ったのがこの言葉で、兄妹が揃って抱いた感想もまたコレである。
「しかし、そうか。還元……精霊魔法の使い手か」
「絶対アレだよね。ルーシーの証言がなかったら信じられてなかったよね」
「それはまあ、至源の徒以外だと実物ははじめてだからな」
なるほどなあ、とセイジは律の魔力をマジマジと視る。
「経路そのものは人間と変わらないんだな。俺はてっきり、ホリンのようなライナーみたいな存在かと思っていたよ」
「あ、あは、あはは、ま、まだ人間だよ? うん」
まだの部分が少し消え入りそうだったためか、セツナは「うん?」と律を見るがそれほど挙動が不審なわけでもない。
「ミスティの弟子というとやっぱり風なの?」
「そだよ。
ど~もちっさい頃から源理が苦手でね~。使えないワケじゃないんだけど、どうしたもんかなって伯父さんに相談したら、師匠を紹介されたんだ~。
これがどういうわけか、還元はうまく使えてね」
で、今に至る、と。
「源理が使えていなかったらセイジと一緒な希有な可哀想な人なのかなって思ったんだけど」
「なあ、レン。今、実妹からしれっと酷いことを言われた気がするんだが」
「なんで毎回レンに愚痴るの?!」
うん? と律は首を傾げる。
「星司君、源理使えないの?」
(くん!?)
言われたセイジが驚いた。
単に、九曜頂じゃない呼び方をセツナと話した結果、年も一緒だし"君"を付けようということになっただけなのだが、セイジとしては妙な新鮮さがあって驚いた、と。
「あ、ああ、まあな。構想は使えるが、源理はサッパリだ。使えない原因もサッパリだが、天幻がある分、あまり不便には感じていないな」
アリシアはそんなセイジを眺める。かつての苦労を知るだけに感慨深い。
「星司君って、日崎の祖の転生でしょ? 天津甕星の」
「ん、そうだな」
「焚書文献には天の英雄神とまで描かれてる甕星が精霊系というか世界の理にアクセス出来ないとか、ちょっと考えられないんですケド」
「英雄って」
思わず苦笑。
「キリサキも似たようなを言っていたが、人というか神違いも甚だしいだろ。西の英雄スサノオじゃあるまいし。
というか、焚書文献?」
「桜院天原で保管されてる緋桜院管理の文献群のことだよ。
正月の里帰りした時に、忍び込んでコッソリ読んで、後で大目玉食らったけどね~」
テヘリと舌を出した。
「な、中々アグレッシブだな」
「いやあ、それほどでも。
マクドバの千里眼みたいな新魔法のヒントになりそうなネタ探してたら、祖神のネタ拾っちゃった~みたいな」
「ネタ、ね。俺が知らない方向で妙に誇張されてるような気もしないではないが、神代で英雄といえばスサノオくらいしか知らないし、多分、アマテラスにさ……づっ」
律相手に気軽に話していたセイジは唐突に頭痛に襲われ、額を押さえて無言となる。
「わ、わ、試合の疲れですか?」
「いや……なんでもない」
心配する律になんでもないと応じるセイジは「何の話だったか」と首を捻りつつ、まったく関係ない方向の雑談を再開した。
セツナはといえば、レンメルとアリシアと共にリュシエンヌ相手に雑談中であった。
「リツの引率が目的でもないんでしょ? 目的は……まさかセイジ製のチョコ!?」
「あるの?! 出店をまわってもキャラメルアップルしかなかった気もしますが。アメリカ人侮り難しなおやつですね」
「食べたのね」
「当然でしょう」
キリリッと真顔で言われ、話を振ったセツナもどうしたらいいんだと頭を抱えそうになる。セイジの作るデザートは好きだが、おやつ関係がそれほど大好きというわけでもないせいか、この手の話題は意外に苦手である。
「シーザー先輩がいる理由で思いつくのは、来期ミスロジカルに来ると噂されているシーザーの次女と三女の一件くらいかなぁ」
「ふむ? さすがに企業関係者は知っているか」
「知っているかも何も、フランスの大企業から娘二人分の安全を確保するにはどの魔構がいいかって、そんなの自分のとこので見繕えよってツッコミ入れたくなるような注文があれば、理由を探りたくもなりますよ」
肩をすくめるレンメルに追随するようにアリシアも頷く。
「私の実家には苦情があったそうだ。今度は放っておいてくれ、とな」
リュシエンヌは頭を抱えてしまう。卒業してイギリスに留まった原因が、学生時代に短期間でもチームを組んだリチャード・ロードウェルのせいだとも思われているらしい。当時は色々と、フランスメディアを賑わす話題もあったから、ソレも原因なのだろう。
ついでにいえば、クロケットへの注文は過保護でしかない。
「な、なんか色々と、実家が……申し訳ありませんでした」
リュシエンヌもさすがに恐縮気味。
「シーザーはどうして誰も地元の騎士学校の方へ行かないのか。不思議でしょうがないのですが」
「ああ、それは、校訓の『一人は皆の為に、皆は一人の為に』を素直にやろうとする弟妹がいなくて……」
「基礎部分でアウトでしたか」
「学びたいことがあってミスロジカルに来る分には応援したくもなるのですが」
正直しんどい、と深い溜息。
「ああ、そうそう。うちの三女はアークセイバーを超える超攻撃的二輪駆動機を作りたいのだそうですよ」
「超攻撃的って……あぁ、竜騎兵専用車両でも作りたいのかな」
フランス騎士団の主力を務めるのは重火器と車両の人馬一体型戦闘兵で、火器も車両もシーザー製の魔構が大半を占める。
リュシエンヌによれば、三女はクロケット兄妹ほど濃くはないが魔法寄り魔構の技術畑が希望なのだとか。
「まあ、アレをそのまんま竜騎兵用に使うとね。もし最高速度で火器を構えに上半身を起こしたら、上半身もげちゃうけどねぇ」
「恐ろしいものを……」
「や、だから、ブーストチャリオットを作ってみたりもしたんだよね~。
むしろ、竜騎兵みたく操縦者が身を起こして銃を構えられるっていう状況を作り出せるにはどうしたらいいか。シーザーのノウハウを知りたいくらいなんですけどね」
「なるほど、クロケットとしては今回の一件は良い機会になるかもしれないんですね」
「そうなると……いいんですけどね」
レンメルの反応はどこか歯切れが悪い。リュシエンヌは不思議に思い「どう」と言葉を紡ごうとしたが、当のレンメルは話題に上がったアークセイバーの搭乗者に顔を向けた直後、口を開け( ゜д゜)←な顔をした。
セイジが床に、一生懸命で、落書きをしていた。
「ん~と、こっちの丸に千里つっこめばいいの?」
「そう。で、そっちの陣で先程言っていた風域感知を」
「あ。なんか見たことある光景かも」
「奇遇だな。だが、コレはどうなんだ」
デジャヴを感じるセツナとやや呆れ気味のアリシア。セツナはセツナで「まあまあ」と軽い感じにセイジではなく律の方へと足を運び「何やってるの?」と話しかけにいった。
「へ? ええっと、マクドバの千里眼の再現魔法があるよって言ったら、じゃあ実験してみるかって」
「マクドバ……え、マクドバ?! フィアナのっ?!!」
「うん。ホークアイは視界が開けてないと使えないけど、千里眼ならその場にいなくても千里を見通せる。でもほとんど奇蹟みたいなものだから、魔法で使うにはちょっと無理があるんだよね」
「そうそう。いやあ、リツがそういうの分かる子でよかったあ」
「師匠の教育の賜物だネ。スパルタ詰め込みバンザイ!」
感心のセツナと胸を張る律。
「例外として、アイルの騎士には妖精の加護を仮定して妖精を精霊に昇華させて式を構築。星司君が経路を通した位置の精霊を捕まえていって特定位置の映像をそこの円陣に映そう、というのがこの実験主旨なんだって――ということで風域感知OK~」
シュウウウウン、と音がしてセイジが屈んでいた床の前に姿鏡大の白光が立ち上がり、ボンヤリと何かが浮かび上がってきた。そして映ったのは、真っ昼間の雑居ビル街に居を構える何かの店で入口にはなにやら暖簾がかかっている。
「――――なにっ!? いつ使ったんだ?」
さあやるかと思った矢先だけに、突然魔法が作用したことに驚くセイジと、「今回は被害がないだって?!」と驚くレンメル。そして互いに顔を見合わせた。
「別に毎回何かあるわけじゃあない」
「自覚があるのってある意味問題だと思うんだよね」
「くっ」
こいつら、とリュシエンヌとアリシアが呆れていると。
「麺屋たむら? どうしてたむらの光景が……」
そんな驚きを口にしたのは、後列席の一画にセイジ達を見かけたから労いにやってきた朱翠である。一緒なのは璃摩。璃摩に至っては「うわ、なっつ」とやや感動気味。ラフィルの姿はない。
「天宮もたむらを?」
「まね~。ここ、家の料理よりよっぽど好きなんだよね。穴場だし」
「む――分かる人には分かる話だな」
「てか、なんで、アキバのラーメン屋が……星司さん?」
共通の話題を展開させた朱翠と璃摩に対し、セイジは右手の平をヒョイと挙げていた。挙手である。
「らあめん?」
言ってから映像に顔を向ければ、朱翠が麺屋と言った建物から数人の青少年が腹をさすりながら出てくるのが見えた。
「食事処か?」
「ラーメン屋ですよ~、ラーメン。あれ? 先輩ってラーメン知らないんです? カレーに並ぶボク達の国民食ですよ~」
「ほう。それほどの……」
「神州ならどこでも食べられるっていうか、最近インスタント麺の袋を見た気がする?」
首を傾げる璃摩の視界で朱翠は頷く。
「注文して今月届いた」
「むむむ。犯人はおぬしか。なかなかやる」
「真海は便利だ。WEBアンケート特典は捨てがたい」
「なにそれ!」
半母子家庭に育った朱翠が必ずもらえる特典を無視するはずもなく、以前、ドイツまでの足に使った時のアンケートに回答した結果、特別海運チケットなるものを送られた。効果は物資輸送関係の順番待ちを優遇するというものである。
「いいなぁ。それ、余って――――お?」
璃摩は映像の方をなんとなく見て声を挙げる。映る先が変わっている。どうやら、一箇所だけを映し出すわけではないらしい。映像は転々としているが、そこには共通点がある。
「これ、アキバ? なんでアキバ?」
「ふぁんたじすた……」
「おやおや榊君。ちらっと見ただけであんなファンシーな店の名前まで当てるとは、もしかして入りびた」
「厨房でバイトしてた」
「そっち?!」
セイジは、そういえば、と騒がしい璃摩と朱翠を見る。
(シュスイを拾ったのもあの町の近くだったな。地元というやつか)
「映る場所にはなんの法則があるんです?」
そんな璃摩の質問に、
「ああ、それはナツキが」
「えっ!?」
雛のサポート付で選んだ場所だということを答える前に璃摩が驚愕の表情を見せた。
「うわあ、今この段階で、ボクのなっちゃんに対するイメージ変わったわ~」
「――桐生もそういう年頃なんだろう」
「同い年だよ! しかも多分、なっちゃんの女の子に対する興味は榊君以上だよ!?」
「「それは、まあ、思春期だから」」
セイジとセツナが同じ感想を口にした。
セイジの説明不足により夏紀に奇妙な評価が付与された瞬間である。
律は、なんとなく分家の小倅に不名誉が付与されたことに気づきつつも「それは誤解じゃ」と言い出さず、面白そうだからいいかと口をつぐんだ。
「――あれ?」
不意に、璃摩は今気づいたとばかりに律を見る。朱翠も釣られて見て、首を傾げた。律の方はそれには気づいてはいない。
「星司君、秋葉原以外にはないの?」
「他で魔鉱剣を使用した場所か。あるにはあるが、時間が経ちすぎているせいかうまく捕捉できない――――ああ、あとはここか」
セイジはそう言って陣を操作し秋葉原以外の場所を映そうとしたが、画像が乱れ、その前の場所に戻ってしまった。その際、律は小さく眉をひそめた。
「おかしいな」
あれ? とセイジはしばらく首を傾げつつも陣を操作していたが、やがて首を大きく振ってから肩を落とした。
「干渉が多すぎるな」
「天幻に干渉してくるの?」
セツナの問いにセイジは「いや」と小さく答える。
「結界系の魔法が数種類張られているせいで混線している?
いやしかしな――――ふうむ。よく分からんな」
「セイジが行った時はどうだったのよ」
「あの時は、俺、狩られそうだったのでよく見てません」
「え」
間違ったことは言っていない。
「にしてもこの結界は……、なんだ、神州式ではないのか」
ブツブツと漏らされたセイジの言葉に璃摩が「ん?」と反応を示す。
「この式は、見たことがある。確か……あ」
不意にセイジはアリシアを見、アリシアはその視線を受けてキョトンとした。
「入学直前にいた場所で見たのか」
その言葉にアリシアはしばらく記憶を探ってから、かなり嫌そうな顔をし、セツナはギョッとした。アリシアのこんな表情をほとんど見たことがない。
「あそこか……」
「ああ。アリシアが俺とロウに黙って買い食いしに行った結果行かなきゃならなくなったあの場所だ」
「何が言いたいのかは分かっているからそこはまず忘れてくれ」
「大切な思い出を否定されたのだが」
「お前……。
と冗談はさておき、何故ここであの国が出てくるのだ?」
「割と冗談でもなかったんだが。
世界の歴史をひもとくまでもなく、単純に考えれば、LR以前の神州と同盟国だったからとなりそうだが、かの二国は同盟を解消して久しい。それに」
「今や太平洋を挟んでの敵国同士だったな」
「ああ。現在の二国の立場を考えれば、この結界が敷かれていることには攻撃意志の表れととることも出来る」
なにやら軽快な言い合いから真剣な話し合いへと移行したセイジとアリシアに、ちょっぴりイラッとしたセツナは二人から視線を外し未だ映され続ける秋葉原の町を眺めることにする。「――あれ? ねえ、リツ?」
不意に、セツナは一点を指差して律に顔を向けた。
「ほえ?」
「これって時差どうなってんの?」
「――あ。そういえば、なんで映ってるの昼間なんだろ?」
映っているのが本当に神州の町だとすれば、今は夜のはずである。
なんで? と疑問を抱いたままの表情で、セツナと律はセイジに顔を向けた。向けられた側はしばらくキョトンとしていたが、セツナが映像と時計とを指差したのを見て「あぁ」と納得した。
「中継を多数用いて経路を作ってはいるが、どうも経路間でラグが発生しているようだな。
魔法の行使地点がこの場で、経路をアンテナ代わりにして飛び飛びで行使範囲を広げているというのが今回の魔法のシステムだ。つまり魔法そのものが繋がっていない。
飛びの部分で多少の誤差が生じているのだが、経路が長すぎることで朔行現象が発生し、映像に反映されているのだろう」
「朔行って過去?」
「ああ。大体、時差に準拠したものだから1時間以上10時間以下の範囲の過去になるか」
問いの回答を得てセツナはハッとした顔をする。
「ひょっとして限定的な時幻がっ。この映像の先はちょっぴりタイムスリップとか!?
キオーンにお金とお土産リストを持たせればこの町のおいしいものがっ」
「確かに経路が繋がっている以上は幻獣のキオーンなら映像の先に行けるだろうが、ラグでやはり時間が不安定になっている可能性があって、最悪夜中に到着して猫一匹ボッチで殺処分されて終わりになる。なんてむごい……。
あとタイムラグを時幻扱いしてたら時差とかどうなるんだ」
もっともらしい事言ってセツナの欲望を抑えようとするセイジだが、キオーンを絡めた例え話が相当酷い。
「君ら時々キオーンに対して酷いよね」
レンメルの冷静なツッコミに「いや、こいつが」と兄妹で互いを指差して、アリシアに眉間を揉ませた。
(この人達、ホント、仲良いなあ。なんかいいなあ)
そんな感想を律は抱く。彼らの周囲にいる風の精霊が楽しげで、彼らが悪い感情を抱いていないことが手に取る様に分かるからだ。
(なんか、うちの隊みたい)
イギリス国防軍竜騎士大隊の第一軍はトップのミスト・フラウベルというより、その両腕を務めるリュシエンヌ・シーザーとギルベルト・ラインハルトの二人がいい緩衝剤となり、家族的な雰囲気がある。その中で過ごしてきた律には、セイジ達の関係も似た様なものなのだろうと見えるらしい。
「キオ……?」
律はセイジにキオーンとは何かを聞こうとして、不意にその言葉を飲み込み、ポカンと口を開けた。
「なんだかんだでキオーンは買い物もこなす万能猫だか……ら?」
アリシアは眉間を揉んでいた手を離し顔を上げたところで驚きを顔に浮かべて止まった。
「いや猫は怒る……?」
驚いて止まるはレンメルも同じ。
璃摩はセイジを指差して「えちょ……え、ええ???」と何かを言いたくても何から言えば分からないみたいな様子で口をパクパクとさせていて、一寸前までその璃摩と麺屋の話をしていた
そしてセイジは、自分を見て不意に片眉を上げたセツナに首を傾げ、ポケットから手鏡を取り出して自分に向けた。
「…………」
無言で、一度鏡から目を反らし「疲れているのか? いや、にしても」と自問自答。再度、鏡を見る。
そこには、妙にワイルドな感じのする自分が映っていた。そして黄金を纏う魔力。
「我……か……? いや……、いや、しかし……これは」
その声は怪訝。
なんとなく神化しているらしいことは分かるが、いつ神化したのか、というより、何故神化しているのか。しかも亜神化すらしている。状況がまったく分からない。頭の中がゴチャゴチャしている。
だが、ただ一つ、分かったことがある。
今回、律の協力を得た結果、映し出すことに成功した遠い神州の地。そこから、唐突に流れ出て自らに流れ込んできた力らしきものがある。
現在の自分を鏡によって認識した途端、力と外見を覚えがないと即座に否定しようとする自分がいて、何故か沸き上がってくるえもしれぬ懐かしさと焦燥感がある。
自我のバランスが崩れた様な嫌な感覚。
意識してというものではなく、本当に、何故そんな行動を取るのか自分でもまったく分からないが、セイジは神州の映し出される空間に近づき何の躊躇もなく、歩み入ってしまった。
まさしくそれは入る以外のなにものでもない行動。
空間の映像が乱れ波紋を残し、パリッと琥珀の砕ける音がして映像部分にヒビが入る。
璃摩はハッと顔を上げたかと思うと髪を銀に変え、セイジの入った空間へと飛び込んだ。