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LR  作者: 闇戸
六章
72/112

対するは

 烈士隊陸軍市ヶ谷駐屯地の演習場において、魔鉱科研究実践部隊による練兵という名のお披露目がおこなわれていた。

 演習場には、これから魔鉱という分野を取り入れようとする魔構企業のエージェントの他、報道関係者や軍事畑の関係者が情報を一つとして逃すまいと目を光らせている。そして、九曜の縁者という一部の見物人達の多くが目を輝かせていた。

「わあ、かっこいー」

 白いブラウスに紺のスカートで頭に紺のリボン。手にはポンポン付の手袋でお洒落をした少女、不破香奈もまた目を輝かせた縁者の一人である。

 香奈は革っぽい黒い服を着た赤毛の人形を両手で抱え、演習場を見下ろすように設えた観覧席でベンチの上に立って新部隊の新装備に感嘆していた。身長の問題で、ベンチの上に乗らなければ手すりの下を見下ろせない。そんな、小さな女の子であった。少女、むしろ幼女か。

「不破君のお嬢さんは初等部に上がる前にして軍事物に感嘆とか。そういうところはお父さんに似なくていいのに」

 立つ香奈の隣にいたスーツ姿の女性は苦笑を浮かべながらも、香奈の様子を微笑ましく思う。

 中等部時代の後輩、不破正義に頼まれた愛娘の相手はこれで何度目だろうか。

 正義の妻は身体が弱くイベント事の後にはよく体調を崩す。そういう時は大抵、正義の昔馴染み――これも彼女の後輩だが――が香奈を預かり、そのツテが使えなければ彼女に頼みに来る。今回は、昨日おこなわれた後輩の一人の披露宴が原因らしい。

 彼女の実家は製薬会社であり、彼女自身、会社の重役を担う。本来であれば子守りの時間もないのだが、表向きは投薬実験ということになっている。実験内容はといえば、九曜本家の血統に対する投薬及び効能と経過観察だ。もちろん、実際に投薬や実験などというものはしていない。あくまでも時間を作るためのでっち上げである。

 彼女――赤月奏は、左目にかかった一房だけの真紅を掻き上げて、香奈がカッコイイと感動する魔鉱の部隊を視渡した。一瞬、左目に翠の魔力光が宿った。

「残念。あの手の装備は不破君の得意分野じゃなさそうね」

 得意分野という単語に香奈は首を傾げる。

「ええっと、刀を振り回すのが大好きなお父さんがあれを着けたら弱くなるかなって」

 香奈は悲しそうに眉尻を下げた。

 奏は両掌をわたわた振る。

「あ、でも、お母さんの方だったら強くなってお父さんを助けてくれるかも」

 少女の顔が明るくなったのを見て、奏は頷いた。

(不破君もちゃんとお父さんやっているのね)

 割と子守の回数は多いが、家にいるときは子供の信頼に応える親というものらしい。

 鬼の烈士隊長としての認知度が高いため、このことを知れば世間の見方は変わるかもしれない。とはいえ、意外に子煩悩だなどと広まれば軍事を司る立場がどう揺らぐか、そういうことを考えれば仲間内で黙っていようということになっている。

(まあ、神薙君達との掛け合いの方がいろいろ言われてそうなんだけど)

 ある一画に目を向ける。そこでは九曜頂・神薙龍也が他の九曜関係者達に魔鉱について説明しているはずだ。

 彼のそばに昨日結婚式を挙げたばかりの妻の姿はない。九曜という特殊な立場故の行事とやらで、頂の位を実弟に譲り渡してすぐに神薙が古来より本拠を置く地へと向かったらしい。

 香奈を見る。

 香奈の母親も緋桜院の一族出身ということで不破に入った際には同様の行事を経ている。

 もっとも、彼女の場合は九曜・不破の行事云々以外にも色々あり、九曜関係者ではない奏でも当時のことは胸くそ悪くても忘れられるものでもない。神州においてかなり大きな事件があったことが原因である。

「かなでちゃん、あれ!」

 香奈が大きな声を挙げた。声に釣られ、香奈が見ている方に顔を向けた。そして、大声の理由を知り思わず腰を浮かせた。



「なあテスターさんよ。門外漢の俺が視た結果の感想に腹を立てないでほしいんだが、これ……本当に動くのか?」

 九曜関係者への魔鉱の説明を一通り終わらせた九曜頂・神薙龍也は、魔構企業ブースの一画でそんな言葉を口にした。

 このブースでは、魔鉱に関して出遅れた企業が企画段階の魔構器を展示している。で、龍也の前には鉄塊が鎮座していた。

 鉄塊はなんというか、膝を着いた巨大な人形に思える。胴体部分は人一人が入れる程度の寸法か。

 説明には陸海進軍用魔構鎧とある。旧世紀での呼び方を当てはめれば、パワードスーツ――否、既にこの大きさはロボだ。

 現在大陸には通称"仙道結界"と呼ばれるものが敷かれており、神州はアジア圏への侵攻が出来ない。するにはロシア側へとの迂回を必要とし、莫大な資金と犠牲を要する。過去の犠牲者には三剣聖の一人も含まれており、この犠牲が神州の魔構企業に仙道結界を越えるための開発を促進している。

 そんな背景を龍也も承知しているのだが。

「これ、動力繋がってなくねえ? 未完成品だよなあ」

 学生時代、魔構の成績がズタボロだった龍也でも、魔構は物理的に各所が接続していなければ魔力伝達が出来ないことくらい知っている。接続がなされていれば、起動していなくても魔力の残滓が残っているものである。

 しかし、このロボ(?)は視た感じ胴体にのみ魔力の残滓があり、四肢にはそれがない。外見では五体満足だから中身――魔構の血管ともいえる動力線の問題か。

 龍也は手元の資料に目を落とす。

「ええっと――ああ、なんだ横浜の商工会か。で、テスターはランクS……エス!? なんで商工会がSなんか。あフリーか。え~、テスタープロフィールは……薙原進17歳で青葉の二年? て琴葉とタメかよ」

 神州の学生にもいるもんだな~、と暢気に資料から顔を上げ「青葉の薙原?!」と資料を二度見した。

 確か、夏にミスロジカルへ留学した神州の学生で、かのセレス・ウォルターを負かしたらしいということを聞いている。それが天宮学園青葉分校二年の薙原進だ。

(薙原モーターズだったか。住所的には仲間内っつうことになるのか)

 なるほどなー、と資料をめくりめくりしている龍也の耳に入ってくるのは。


「進ちゃん、あれか? 薙原エンジン載せれば動くのかい?」

「それさっき見せてもらったじいちゃんの奴ですよね? あれガソリン式じゃないっすか!」

「やあ、そこはほら、魔法でモリモリってガソリン出してさあ」

「いやいやいや。魔法ってそういうもんじゃねえし!」

「え~、魔法よくわからんしな~」

「商店街の魔構屋さんが何言っちゃってんの?!」

 スタッフと薙原進との会話だ。

 聞かなかったことにしようかな、と少し躊躇してから、龍也は進達へと近づいていった。


 で門外漢云々へと繋がる。

「なんだ兄ちゃん、うちの進ちゃんが動くって保証するもんにケチつけ……うわあああ、く、九曜頂・神薙ぃぃぃぃぃ!!!!????」

 進曰くの町の魔構屋さんが応対しようと身構えて、すぐに龍也を目にして悲鳴を上げ逃げていった。不敬罪怖さの逃亡だろうが、いきなりの悲鳴と逃亡に龍也の目も点である。

「あれ? 佐々さんどこに~、って……?」

 油に汚れたツナギ姿の少年が魔構鎧の胴体下からにょきっと生えた。

 そして龍也を見上げてしばし無言。なんか見たことあるな~と首をひねり。

「あ~、ああ、はいはい。

 えと、さっきここにいたおっさんがなんか失礼なこと言ったかもしれませんけど、なんというか、うちんとこの商工会にいる人達って若い時分は走り屋で、まあ、その口が悪いだけなんで悪気はないっていうか」

 そこまで言ってから、もぞもぞと立ち上がり、唐突に頭を下げた。

「ごめんなさいぃぃぃ!?」

 見事な直角であった。

 龍也は吐息一つと手振りで頭下げをやめさせる。

 九曜頂に対する一般の反応なんてこんなもんだよな、と今更ながらに思い出す。あまりこういうことを気にしない仲間内だとか九曜関係者とばかり付き合っていると、一般の反応など忘れてしまいがちだ。

(そういやガキの頃、草薙のじじいが俺の喧嘩相手を血相変えて怒鳴ってたっけ。あれはあれでやりすぎだとは思ったが)

 幼少の龍也の守役をしていた近衛のおかげで、穂月や正義など特殊な人材しか残らなかったという、それなりに切ない過去だと思っている。

「あー、まあ、気にしなくていい。口の悪い知人もいるからな。

 んで、これは動くのか? 払い下げ品のようだが」

「はあ、ホントすみません。

 払い下げ品は……まあ、間違ってはいないですね」

 進によれば、客足の遠くなった商店街の町おこしの一環として、商店街近郊にある魔構企業から魔鉱への移行が間に合いそうもない魔構器を格安で引き受けて、今回のイベント(?)で商店街の技術力とやらで魔鉱を組み込んだロボを動かせるようにした、という既成事実を作って名を売ろうということなのだとか。

「おま、既成事実て」

「言いたいことは分かりますけどね。うちんとこ、結構冷え込んでるんですよね、コレ」

 進は人差し指と親指でワッカを作って見せた。

「一応、九曜・祠上系列の企業から流れてきた正規品を搭載することが出来たんで、まあ、5分程度なら動かせるくらいには仕上げましたよ」

「動くのか。だってこれ、線繋がってなくね?」

 龍也の言葉に、進は鎧を振り返ってから「あぁ」と頷いた。

「動かす時だけ魔鉱を糸状化して繋げるんですよ」

「――は?」

 そんな仕様は聞いていない。

 思わず尻ポケットに突っ込んだ掌大の手帳を取り出してパラパラとめくる。カンペならカンノである。

(魔鉱の形態変化か? いや、でも、糸状で接続? 魔構と魔鉱をってことか?)

 ミスロジカルへの留学時に進がクロケット兄妹や外神田卓郎と作り上げたパイルバンカーのことを知らない龍也にはちょっと分からない情報である。

 首を傾げるも「ん、うん。とりあえず動く、ね」と体裁を取り繕うとするも進に苦笑された。

「なんか、魔鉱に関しては君に説明してもらう方が部隊のためにはいい気がしてきたぞ」

「は、はあ、そこまで言ってもらえるのは嬉しいですけど――ね?」

 照れ隠しに龍也から顔を反らした進はある一点を見て「あれ?」と反応をする。

「九曜頂? あそこってなんかイベントでもやるんですか?」

 進はその一点を指差した。

「あん? イベント?」

 釣られて進が示す方に顔を向けた。そこには電飾装備の燦然と輝くデコトラが鎮座しその周りを足丸が警備している。夜だったらもっと派手だっただろう。

「なんだありゃ?」

 あのような存在のことは聞いていない。手元の資料で確認するが、やはり載っていない。

(久我の関係者ってのでもねえよなぁ。なんも聞いてねえし)

 九曜・久我は、神州烈士隊の戦力増強の面で神薙や不破とは別ルートで動いていたらしく、龍也達が帰国後、どこで聞いたか魔鉱の実験部隊の話に噛ませろと話が来たのである。

 この介入があったからこそ、この短い期間で実験部隊設立が出来たのであり、もし久我が今回のお披露目で何かやると言い出せば、あまり酷い物でなければ止めはしないと正義と話はしてある。

 だからか、久我の関係者かとも過ぎったのだが、そもそも九曜・久我では足丸を使用していないため、この警備は久我ではない。そして、久我がそんなコッソリ何かするとか考えられない。そんな偏見。

 とりあえず、何だアレはとデコトラを視れば。

「どっかの企業ですかねぇ」

 そんなことを口にしながら龍也を見た進はギョッとした。龍也が眉間に皺を寄せたまま、両眼が竜眼へと変化したのである。表情もこれまで話していた時のややゆるめではなく、緊の一字。

「ど、ど、どうしたんすか?!」

 驚く進の横をツカツカと通り抜け、デコトラとの間にいた烈士隊員に来賓の避難を一言命じ、足丸の警備を踏み越えて、デコトラのコンテナを右手でガシリと掴んだ。

 龍也の行動に周囲がざわつくが当の本人は気にしない。

「――んっで……てめえらが」

 明らかに4tトラックにしか見えない存在が身を震わす。

 右手の甲に黒鱗が見え、猛禽の如き爪が伸び、爪はコンテナに食い込んでいる。コンテナがバキリとへこみ亀裂が生まれる。

「この国に……」

 タイヤが地を離れる。


「いやがるんだああああああああああ!!!!」


 それは怒声。

 デコトラをブンと振り、会場の外へとぶん投げる。振られた暴風に周囲の人もテントもなぎ倒された。

 九曜頂・神薙、乱心か。

 それが来賓が一様に抱いた感想。

 来賓を避難させようとしていた烈士隊員は龍也の行動に唖然とするも、デコトラのコンテナが突然空中分解し、中から這い出てきた複数の奇妙な影がコンテナから離脱するのを上に見て、避難誘導を再開する者と自らの武器に手を伸ばす者に分かれた。



「神薙さん?! 何やってるんですか、あの人!」

 ちょうど企業ブースに入ろうとしていた九曜頂・天宮璃央は龍也がデコトラを投げるシーンを目撃し顔を引き攣らせた。

「トラックというものは、あのように投げられるものだったのですね」

 まあ、と口元を扇子で隠し目を丸くさせるのは、昨日の九曜両家の披露宴に出席した流れでこのお披露目に来ていた九曜頂・緋桜院紫である。

 璃央は天宮学園の、紫は桜院天原の制服をそれぞれ着用していた。

「驚くのはそこですかっ」

「驚くことが多すぎまして――つい」

「ああう……」

 紫の反応に思わず額を押さえる璃央。

「ともあれ」

 紫はスッと目を細める。視線は空。投げられたデコトラが、幻術が解けるように分解し内側からいくつもの影が出現するのを捉えている。

「ここは避難誘導に従うのも手ではありますが、あの神薙様が頭を瞬間沸騰させるような事態というものも気になります」

 紫は周囲に目を向ける。

 避難誘導により龍也がいる方向とは別方向へと人々の流れがある。その流れの中からある人物の気配を探ろうとし――表情を曇らせた。

(感知魔法で奇妙なノイズ、ですか。確か、刹那様の授業で……)

 ミスロジカルでのセツナ=ヴィオ・ヒザキのある授業内容を思い出そうとするが――なんとなく秋とのことを思いだしてしまい頬を桜色に染めた。

「九曜頂・天宮様!」

 企業ブースを見学していたらしい魔鉱科研究実践部隊の隊員が数名、璃央の姿を確認して集まってきた。

 現場に九曜頂がいればその指示を仰ごうとするのは烈士隊であれば至極普通のことである。例えそれが、軍事に関与していない家の頂であっても関係はない。

(えと、こういう場合はどうすれば)

 ここ最近、鏑木や不破と関係を強化しているとはいえ、あまりこういった事態と遭遇しない璃央には彼らのような指示の経験はない。

 企業ブースに入る辺りで別れた鏑木弦遊の姿は当然無く、傍には自分同様、軍事と関わらない緋桜院の頂がいるのみである。

「では皆さんは――」

「ここは任せて退きなさい」

「え?」

 魔鉱科研究実践部隊の隊員への指示に悩んだ璃央は隣からの言葉に耳を疑い、隊員は敬礼をすると他の隊員と共に来賓警護を優先するとして走り去った。

「と秋様からお借りした本には、こういう場面で言うべき言葉というものが」

「えちょ紫さん?!」

「……あら?」

 紫は首を傾げてから……周囲を見回してから璃央を見て「弱りました」と眉尻を下げた。

「こっちが困りましたよ!?

 ま、まあ、どう指示をしたものかと悩んでいた私も悪いのですが」

 困り顔の九曜頂が二人、龍也の方に顔を向ける。騒ぎの渦中で龍也は、空から降ってきた奇妙な影は、ネイビーカラーの西洋甲冑らしき存在で、それらをパイプ椅子でなぎ倒している。一体、何を相手にしているというのか。

 西洋甲冑は所々、足丸の部品でツギハギとなっており、璃央にはソレが数の水増しに見えた。

「あれは一体なんなのでしょう?」

「足丸の亜種とも思えませんが……鏑木さんなら何か知っているのでは?」

「その鏑木様はどちらに? 感知魔法で追えない以上、どうすれば」

「電話すれば良いんじゃないですか? 携帯電話で」

 何言ってるんですかね、この人は? と璃央は携帯電話を取りだして紫に見せた。

「あ。忘れていました」

 そう言ってスカートのポケットに手を伸ばした紫は、しばらくして肩を落とした。

「忘れてしまいました」

 と、普段から文明の利器を不携帯な緋桜院の姫はもの悲しそうに璃央に顔を向けた。璃央は彼女が年上だということをたまに忘れる。大体はこういう反応をするからである。

「えっと、鏑木さんですね?」

 しょうがないなあ、と璃央は自分の携帯を取りだして、九曜頂・鏑木弦遊にかけた――が「あれ?」と耳から離し画面を確認。圏外であることを確認した。

 果たして、携帯電話を持つようになって、圏外という表示を見たことはあっただろうか。否、故に「壊れた?」と困り顔になった。



 真海MA第一部隊所属のクロウは"おじさん"たる銀狼の身を枕にして、真海が保有する200メートル級渡航船『アーシア』の甲板にて、ボンヤリと雲を眺めていた。

 欠伸を一つ。ぶっちゃけ暇である。

「チョーリもレヴィンも仕事があっていいよなー」

 グッとノビをして、ゴロゴロと。

「チョーリは崑崙、レヴィンは東京……、つうか、今年の神州は多いらしいし、レヴィンが何か粗相をしないか、隊長さんとしては心配で心配でお土産を期待しているんだが」

「心躍らせすぎだろう」

 頭後ろからのツッコミに「うお」となりながらも「ワクワクは重要だろ」と応じる。

「ところで、呼び出しがかかっているのではないか?」

「へ?」

 狼の指摘に、胸ポケットからPDAを取り出せば、確かに何回か呼び出しを受信した形跡がある。

「おおおう。ええっと……、出動要請? えなんで、俺? 全員揃ってる第三も第四もいるのに」

 呼び出し内容に首を傾げつつ身を起こす。

「要件はなんだ」

 いよっ、と立ち上がるクロウは、見上げて問う狼を自然見下ろすことになる。

「秘書室からだな。

 ふんふん。なるほど、こりゃ、俺達向けだ」

 そう言って、クロウは東の海へと顔を向けた。釣られた狼は鼻をヒクヒクさせてからグルルと喉を鳴らした。

「んまあ、暴れるのは構わないけど、あそこは神州領海内だ。やってる最中に烈士の海軍が出張ってきたら――正直めんどくさい」

「海軍とて膝元に迫る脅威に気づくのではないか?」

「神州に電網以外のネットワークかアルカナムのサードアイ並の予知者がいればなー」

 言って、クロウは肩をすくめる。

「人材不足で且つ魔法後進国にそりゃないか。

 まいいや。そいじゃ、ちょっくら暴れてこようか。久しぶりの、送迎以外のお仕事ってやつでさ」

「喉が鳴るな」

 お仕事お仕事、と軽い感じで伸びをしてから、クロウは狼と共に格納庫へと歩いていった。



 ミスロジカル魔導学院は卒業式を迎えた後、卒業生の人数にもよるが、その日の内または翌日に卒業試合なるものをおこなう。

 例年通りであれば、学年順位に準拠したトーナメント式なのだが、今回は優秀な生徒が多くトーナメントはトーナメントでも順位ではなく、組合せはランダムでいこうということになった。試合前の心構えなどする暇はなく、前の試合後に組合せが発表されるというもの。

 このような方式となった理由はハイエンドから六人もいなくなったからだろうか。

 理由はどうであれ、この方式はそれなりに面白い組合せもくる。

 一回戦はレンメル・クロケットvs神薙琴葉で、両者とも初戦敗退が予想されていただけに片方が残るのは十分に番狂わせである。

 番狂わせが起きなかったことといえば、開始直後に「無理っす」と梧桐秋を前にガクガク震えながら降参したアルマ・ラインハルト。セツナ=ヴィオ・ヒザキとアリシア・ロードウェル以外のハイエンドが全滅したことくらいだろうか。

 降参一転。試合する必要のなくなったアルマが、フィッシュ&チップスが入った紙袋を小脇に抱えたセイジの元までやってきて胸元を見せびらかす。真紅の軍服の胸元に、水晶のペンダントがキラリと光る。

「どおよどおよ」

「相も変わらず薄いがどうした」

「そこじゃないよ!? これ! これだよ!」

 ペンダントをつまんで突きつけるアルマにセイジは一瞬首を傾げるも「ああ」と察する。このペンダントの同型を神州で見たことがあった。

「ヒルダが下げてた奴か」

「おうよ! クルト・エアヴァクセナーの新作電話だよ!」

「ついに盗んだか」

「違うよ?! お姉ちゃんからの卒業祝いだもん!」

 アルマの姉か、と少し考えてから。

「エルザ・ラインハルトがそんなこじゃれたものを贈り物にするわけないだろう?」

「やあ、そこは否定しない」

(妹としてはしてやれよ)

 自分で言っておいても一応つっこんではおく。

 ラインハルトの兄弟姉妹達が末っ子のアルマに対して贈り物をする時、長姉エルザであれば大きくなあれと食べ物中心。次女エイダであれば女子の嗜みとアクセサリー中心といった具合である。つまり、今回の贈り物は次女からのものということになる。

「贈り物をしてくれる身内がいるのはうらやましいことだな。うちは基本ねだられるだけだから」

「長男……乙!」

「殴るぞ、おい」

 拳を固めたセイジに「うほう」と一歩引いたアルマは「おや?」とセイジの後ろの方に目をやる。

「大体、さっきの降参はなんなんだ。専用コート着てれば一撃くらいは耐えられただろ? 主に服が」

「アルマがひしゃげるよ! 中身飛んじゃうって!」

 セイジに応じながら、アルマの視界の中をさっき気になった対象がゆっくりと近づいてきたかと思うと、ソレはセイジの背後に立つと両腕を大きく広げた。


「ひさしぶりだね、アステール!」


 金髪碧眼の青年がセイジを背後から抱きしめて頬ずりをした。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 廊下にセイジの悲鳴が響き渡り、フィッシュ&チップスの袋がアルマの頭上を弧を描いて飛んでいった。幸い、袋は閉じていて中身がぶちまけられることはなかった。

 廊下にいた15期生達がザワリとこの美形男子二人の抱きつきに引いたり興奮したりと騒ぎ出す。

(なんかキタアアアアアアアアアアアア)

 アルマが頬を染めて手に汗握る。

 結果としていえば、青年ことエロスはセイジに殴られた右頬をさすりつつ「やあ」と挨拶をするのであった。

「なんで来てるんだ?!」

「そりゃあ、小さき弟と妹の晴れ舞台に、このオリュンポスの暇人ことエロスさんが見物に来ないはずがないじゃないかっ」

「そういう名乗りをする奴に来られること自体が迷惑なんだが……、おい、なんで胸元を開けている」

「え?」

 セイジとの会話途中で第三ボタンまで外していた手を止めて、さも心外だと言わんばかりに聞き返すエロス。

「もちろん弟との会話で興奮しちゃって……てへ」

「エロスといいヴィオといい、そのもちろんの意味が分からない」

 ああそうか、とアルマは気づく。このセイジがエロスと呼びセイジを弟と呼ぶ青年は、セツナに顔も態度も似ているのだと。違うのは性別くらいか。

「てか弟? ヒザキ兄、長男じゃなかったの?」

 少女の疑問を聞きつけて、エロスはするりとセイジの視界をくぐり抜けアルマの眼前に跪いた。

「ああ、未だ恋を知らぬ可憐なお嬢さん。僕の名前はシオン」

「エロスだ」

「……神代と今代で生まれる時は違えど同じ母から生まれた兄弟。それが僕達なのです」

 自己紹介をすぐに否定されながらも、やや舞台がかった台詞で疑問には答える。回答を聞きながら、無意識にエロスで検索して納得するアルマである。

「あー、ライナーねー」

 なるほどー、と頷いているアルマは不意に天井を見上げた。


【次試合の組合せを発表します】


 学院全域に放送が流れる。


【次試合は、14期生の総意により】


「は?」「うえ?」

 セイジとアルマがポカンと口を開けた。

 ランダムじゃないの? という顔である。


【ヒザキ兄妹は、結局、どっちが上なのか。ということで、

 セイジ=アステール・ヒザキvsセツナ=ヴィオ・ヒザキ

 でお送りします】


 会場の方でワッと歓声が巻き起こる。

 どこかで、


「うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!????」


 そんなセツナの悲鳴が上がった。



 セイジは後ろをのんびりついてくるエロスを追い払うことなく、テクテクと控え室まで歩いていく。

 途中すれ違う15期生達は14期生の謎など世迷い事に過ぎないといった感じで、セツナが勝って当然という雰囲気を醸し出す。所謂アウェー状態。

 エロスは首を傾げつつも、すれ違う少女達に愛想笑いを振りまいている。

「ねえ、お嬢さん? どうしてアステールへの風当たりがこんなにも強いんだい?」

 セイジに押しつけられたフィッシュ&チップスを抱えたアルマに尋ねる。

「一部を除いて一番下の後輩の教育ほっとんどやらなかったからねぇ」

 一部とは三人だけのロウエンド。すなわち天宮璃摩、榊朱翠、ラフィル・エル・ヒザキのことである。

 "強さ"とういものを後輩に示さなかったともいえる。

 戦乱の現代にあって、武力であれ魔法であれ、強さのない先輩を尊敬する後輩などいようはずもない。

 なさけない試合を見せたアルマでさえ、観測系で右に出る者はなく、武においてはアルマだからしかたないとの納得もある。

 そもそも幻想魔法だなんだといったところで、各属性の結界魔法と何が違うのか。

 それが"知らない"者が抱く感想といえる。

「アステールは面倒くさがりだからねぇ」

「あー、料理と研究以外だと大体めんどくさがるんだよねー」

 駄目な人だなあ、とアルマとエロスは共通の納得を得る。

 アルマとエロスを置いて控え室に入れば、試合を終えたアリシアがソファーに座り息を整えている。傍らにはレンメル・クロケットの姿もある。

 レンメルは入ってきたセイジに笑顔を向けて「やあ」と挨拶をする。

 セイジはレンメルに挨拶を返してからアリシアを見下ろす。

「おつかれさん」

 アリシアはセイジの労いを受け、顔を上げる。そこに疲れをみせることはない。

「結果は聞かないのか? どうせ見ていないのだろう?」

「見なくても結果は分かる。

 ホリンは強いし、いつか決着をつけたい相手であるが、神化が禁止されたルール上ではアリスが勝たないわけがない」

 絶対の信頼にアリシアは頬を赤く染めて顔をプイと背ける。

「レンはこっち。なら、向こうはミィルだよな」

「ま、当然だよね」

「うん。それで調整は?」

「ごめんね。もうちょっとだけガーランドだけでお願い。いけるでしょ?」

 愛剣一振りだけでのセツナ戦を頭で組み立てて「まあな」と頷く。頷いて、一度試合場の方を横目で見てから、妹弟子へと顔を向ける。

 魔法の分野でセツナに追随する者はなく、それはアリシアも同じ。魔法の成績で大きく溝を開けられて成績で一位を取れなかった。それは、この試合においてもセツナと当たれば同じ結果になるだろうとセイジは断言する。魔力のポテンシャルが違いすぎるのだ。

「アリシア・ロードウェル」

 親しみを込めての呼びかけに、アリシアはセイジに再度顔を向ける。対するは真顔。

「俺達の師匠は最強だ。その最強から、君は剣を俺は天幻を授かった。その俺達が、並大抵の相手に負けることなどありはしない。

 セツナは魔法使いの業界では並大抵ではない。それでも、俺からすればすべての魔法使いが並なのだ。それがどういう意味なのか、君なら分かるだろう?」

 負けるわけがない。そういうことだ、と。

「その言葉通り、セツナに勝てば後輩からの見方も変わろう。私達と同じになるかどうかは疑問だが」

 アリシアの感想にセイジは肩をすくめ、レンメルは苦笑を浮かべる。

「逆にヘイト集めちゃうんじゃないかなあ」

「まったくだ」

 レンメルの言葉にセイジも頷く。

 セツナは魔法使いの理想だから、それを倒す者など普通はありえない。らしい。

「じゃ、行ってくる」

 軽い感じで、セイジはそう言って試合場へと歩き出す。

「あ。セツナの魔鉱剣完成したみたいだから気をつけて!」

 はいはい、と後ろ手に振って行く背中に、レンメルは「大丈夫かなあ」と不安げである。

 ともあれ、とレンメルは一度吐息。

「15期生はね。セイジがロウエンドのトップだって意味を、ちゃんと理解した方がいいよね。

 ロウエンドのロウは底辺の"low"じゃないってことをさ」

 ニヤリと笑うレンメルを見上げ、アリシアは呆れ顔で小さく頭を振った。



 セイジが試合場に辿り着く。ここは地下闘技場。生徒達の血と汗を吸ってきたミスロジカル伝統の訓練場である。

 待ち受けるのは、14期生の歓声とそれを超える万雷のブーイング。ブーイングはすべて15期生のものだ。

「あらあ~? 私の時は万雷の拍手喝采だったのにね」

 よく知る容姿の少女が腕を組んで待っている。

 白いチャイナドレスの上に、セイジと同じ形状の、こちらは紅の軍服を羽織っている。両手にはマテリアルハンド。そして、剣帯には一振りの小剣。セツナ=ヴィオ・ヒザキが万全に待っていた。

「ふむ。震えているな、ヴィオ? 少し深呼吸でもしたらどうだ?」

「ふっ、ふ、ふふ震えて……なんかないわよ!? 本当だからね!」

 セイジの不遜ともとれる言葉に応じながら、ちゃっかりスッハアスッハアと深呼吸をしていたりする。

 ミスロジカル魔導学院に入学してこのかた、この兄妹は真剣に試合というか戦ったことがない。

 一応、模擬戦が組まれることがなかったわけではないが、セツナの攻撃を軽く流してからセイジが投了したことしかない。

 おそらく、今回は流すとか投了とか、そういう普段とは違うのだろうと感じてか、セツナは身体の震えを抑えられなかったのである。

 一見で自らの震えを見透かされ、そんなに目に見えて震えていたのかと思うが、周囲観客席の様子から、本当に細かい機微程度だったらしい。逆に怖いのは、その程度の機微を冷静に見抜く兄の洞察か。

 セイジは腕を組み、怠そうに首をコキコキと動かしている。やる気がなさそうにも見えなくもない。15期生の観客席から野次が飛ぶ。

「ちょっとは気にしたらどうなの? アレ」

「今更だろう。それに男からの野次など大半は容姿に対する嫉妬だ。相手にするのも馬鹿馬鹿しい」

 大袈裟に肩をすくめてみせる兄に、妹は「まあ、それは分かるけどね」と同意。

 セツナに対しても当初はそういう嫉妬はあったものだ。それでもセツナの実力を知ってか、そういう嫉妬の声を聞かなくなったのだが、この兄は実力を見せることを一切しなかったから野次が収まることもない。

 開始の笛が鳴らされる。それでも野次は収まらない。

「始めるぞ」

「言われなくても分かってるっつうの」

 身を翻せば、左のマテリアルハンドから赤石が砕けて消えて、セツナの頭上に人頭大の火球が浮かび上がる。その数、計五十。

「ブレイムレイン!」

 試合場に火の雨が降り注ぐ。雨粒は破壊撒き散らす熱エネルギーの塊。土肌の地面に無数のクレーターを生み出していく。

 すべての火球が降り注ぎ終わり、もうもうと土煙が巻き上がり、周囲に焦げた灰の匂いが充満する。

 開幕大破壊に観客席が静まりかえる。

 土煙が晴れ、無数のクレーターが観衆の前に露わになれば、白服の少年がヤレヤレといった感じで大破壊前と同じ場所に立っているのが見えた。

 セイジは未だガントレットを出現させていない左手でコートの右肩をパッパッと払う。

「いつも通り過ぎてつまらん」

 憮然と、さもつまらなさげに口をへの字にして、火の雨をいつも通りに受け流したらしい兄に、セツナは頭に血を上らせた。瞬間沸騰である。



 髪を一房銀に染めた黒髪の少女、御崎律は試合場の外周へと辿り着き、その広さに目を輝かせた。

「ほえ~、グレナディアガーズの練兵所並に広いじゃん」

 感嘆を漏らす。

「大一番には間に合ったようですね」

 それは律の後ろからだ。

 それは、銀地の竜と槍の紋章を刻んだ竜騎士大隊のハーフコートを羽織る金髪碧眼の冷ややかな美女が発した言葉だった。

 イギリス国防軍竜騎士大隊第一軍の将ミスト・フラウベルの右腕と目されている女性で、ミスロジカル魔導学院第8期生リュシエンヌ・シーザー、という。

「駄目だなあ、ルーシー。これどう見ても間に合ってないよ?」

「開始してすぐなのだから、さして変わりはないでしょう」

 そうかなあ、と腕を組んだ律に示すようにリュシエンヌは試合場の二人を指差す。

「あそこに貴女の望みがある。

 この試合を見た後、未だ真に精霊使いとなりえぬ貴女でも彼らの力となれると思うなら、その時は望みを果たしにいきなさい」

 言葉を受けながら、律は最後列の一席に腰を下ろし、食い入るように試合を観戦し始める。その様子に、リュシエンヌは苦笑。壁に背を預け腕と足を組んだ。

(今回望みが叶わなければ、後はいつになるか。

 彼らが力だけを求めるなら炉心化は絶対条件ですが、ミストの言葉通りなら――)

 軍団の中でも比較的付き合いの長い少女の頭を見つめる。

(リツとはしばらくお別れかしらね)

 その視線はどことなく寂しさを宿したものであった。



「どうして無傷なんだ」

 榊朱翠は15期生用の席で疑問を口にする。

 場所は最後列。右隣にはラフィル・エル・ヒザキ、左隣には天宮璃摩がいる。

 ラフィルの翼で後ろの生徒が見えなくなることを配慮して最後列に座ることになったのだが、如何せん、少し遠くて詳細がよく分からなかった。

「天幻の壁を出したようでもありませんし、新調したコートが頑丈なのでしょうか」

 ラフィルの思いつきに、璃摩は首を振った。

「アレは、自分の頭上分だけ散らしただけじゃないかな。クリマテ使ったようには見えなかったけど」

 ほら、とセイジの足下を指差せば、そこだけ綺麗にクレーターがない。

 ラフィルは「ほ、ほう」と感心している。

「さすが璃摩ちゃん!」

「むふう、先輩の行動分析で抜かりはないっすよ!?」

 なにやらドヤ顔である。

(行動原理が不純すぎなければ立派なんだけどな)

 ラフィルとは違い朱翠はやや呆れ気味。

 朱翠は遠いながらもこの戦いに集中する。

 剣に生きることがメインで魔法はサブでしかない朱翠としては、純粋な魔法使いとの戦闘はこの先の日常だ。セイジの戦い方は良い手本になるのである。



「ここまでは普段通りだな」

 15期生に囲まれて観客化していた秋の隣に座ったホリンの言葉に秋は頷く。頷いて、ホリンに顔を向ける。その表情は残念そうで。

「なんで負けるんだよ」

「うるせえな。こっちは同じ土俵でやった上で負けて納得してんだからいいんだよ」

 同じ土俵とは、アリシアが聖剣を抜かなかったことを言っている。

 アリシアとホリンの勝負は単純な剣と槍の勝負。その上での結果だから納得しているのだ。

「あ~あ。ホリンとの決着はつかずじまいか」

「俺に勝ったアイツを負かせて決着てことにするんだな」

 トーナメントはそういうことだろ? と。

 ちぇ~、と口を尖らせる秋はセイジとセツナを交互に見る。

「ここからはセツナもはじめての領域だな」

 ホリンは後輩に預けていたフィッシュ&チップスの袋を受け取って封を開ける。揚げ物の香りが漂い出す。

「マルキス先輩」

 15期生の一人がおずおずとといった感じで話しかけてくる。

「はじめてと言ったら相手もそうなのでは?」

 セツナほどの魔法の使い手などそうそういるものではない。身近にいたセツナとがはじめてなら、そもそもそういう存在と戦うこと自体がはじめてなのではと。

 秋が盛大な溜息を吐く。

「お前ら、どんだけあいつに無関心なんだよ」

 わざわざ"ら"をつけたのは、その後輩の疑問が他の15期生皆が抱いているものであることを感じたからだ。

「魔法使いが至上のこの時代で、クエスト達成率トップの奴がこの程度の戦闘がはじめてなわけがないだろ?

 仮にも、ファフニールを単騎で撤退に追い込むような奴が、この場にいる誰に劣るっていうだ」

 単騎という言葉に、その場にいた15期生達皆が「え?」と秋に顔を向けた。

(戦う力が戻ったからなんだってんだ。そもそもあいつは)

 この三年間で、ただの一度も本気の殺意を見たことがない。否、一度だけ殺意の残滓を見たことがある。それがファフニールを撤退させた後、秋が気絶から目を覚ました時。その残滓を見たからこそ、本気で戦ってみたい相手なのだ。

「とはいえ、果たして兄は妹に勝てるのか、だ」

 ホリンはそんな疑問を口にしてポテトを咥えた。

「試合は、守るだけじゃ勝てやしない。あいつが妹相手に剣を振り上げることが想像出来なくてな」

「や、でもこれ試合だぜ?」

「試合でも、だ。

 あいつ、今までの授業や模擬でも、それだけは絶対にしてこなかったからな」

 言われてみれば、と秋はこれまでのヒザキ兄妹についてを思いだし、ホリンの指摘通りだったことに納得して首肯する。

「でもだったら、どうやって勝つんだ?」

「俺が知るわけないだろう」

 ごもっともである。



(また受け流された)

 セツナはギチリと奥歯を鳴らす。

 セツナはセイジを愛している。しかし、どれだけアタックしようとも決して受け止めることなく兄は妹を受け流す。それは魔法も同じ。ストレスだけが溜まっていく。

 セイジがセツナを受け止めてくれたのは、向き合ってくれていたのはいつまでのことだっただろうか。

 片割れなのに、この手が届くことがない。

「なんて顔をしてるんだ」

 耳が兄の呆れを捉える。

「夕食を前にしてそこにはない好物料理をねだる時と同じ顔だぞ? この我が儘シスター」

「ないもの? そね。アステールは私のアプローチはすべて受け流すもんね。ちょっとは受け止めてくれてもいいんじゃない?」

(アプローチねえ)

 セイジはクレーターだらけの試合場を見回す。

(こんなアプローチ、受け流さなかったら火傷してしまう)

 ※普通の人だったら死んでしまいます。

(だが……)

「受け流されたくなければ全力で来いよ。受け止めてやる」

「えっ?!」

「受け止めた上で全力で応じてやるよ、ヴィオ――どうした?」

 セイジは、セイジの言葉を受けたセツナの様子に片眉を上げる。なにやらプルプルと震えている。

(言葉で頭でも打ったか?)

 妹の異常にやや心配になるも、耳がなにやら言葉を拾う。

「――――」

「なんだって?」

「――――ぃぃぃぃいよっしゃあああああ!!!!」

 突如飛び跳ねて天を殴りつけたかと思うと、黄金の燐光を纏い輝いた。



「――――あぁ」

「あの馬鹿」

「なにをやっているのかしらね」

「突き抜けたか」

 ホリン・マルキスとネコ・バーグシュタインと神薙琴葉とセレス・ウォルターがそれぞれで同時期に似た感想を口にする。


「なにやってんだ、あいつ」


 無意識とはいえ神化した時点でルール上はセツナの敗北である。

 しかし。



 セツナが燐光を纏った直後、セイジは飛び退って距離を取る。それまで立っていた場所に土の槍が生えた。

「最初にカオスが生まれた」

 セツナが詠唱を開始する。

 セイジは更に二、三歩移動。すべての立ち位置に槍が生えていく。槍はやがて無数に地面を埋め尽くす。上から見る者がいれば、槍が方陣を形成していることが分かるだろう。

 セツナが燐光を纏った時、セイジが視たのは試合場の地面全土をセツナの魔力が支配した光景であった。故に回避したのである。

「カオスから最初にガイア、エロス、タルタロスが生まれた」

 左手に白金のガントレットを出現させ、右手にガーランドを持ち琥珀色の剣身が生み出されていく。

「カオスからはエレボスとニュクスが生まれ」

 セツナを軸にして時計回りに走りながら徐々に距離を取っていく。

「ここに大地の原初を仮想し、崩壊と再生を生みださん――アウターフィールド!」

 詠唱の完成と魔法の名が叫ばれると、試合場がカッと輝き、地面、壁、天井、接地するあらゆる場所から樹や蔦が伸び、生い茂り、川が流れ、風が生まれ、熱に満ちた。ここに屋内庭園が完成した。

「さあて、受け止めてもらいましょうか」

 セツナは剣帯から小剣を抜き放つ。剣身は見る角度によって色を変える虹の如し。

 マテリアルハンドの五石はすべて砕け、再装填されてもまたすぐに砕け続ける。拳のマテリアルはすべて、このフィールドにエネルギーを供給し続けていた。その流れを視てとって、セイジは口元を引き締める。

(ガーデンでのアレと決めつけるのは危険か)

 ガーランドだけではなくガントレットの指先に琥珀の爪を生成し、フィールド内の空間を傷つけていく。傷つけていって、ハタと足を止め、傷つけた空間を視て、すぐさま生い茂る木々の向こう、セツナに顔を向けた。

 セイジの行動にはセツナもすぐに気づき、頬を緩ませる。

(もう気づいた? さすがに早い)

 空間は千変万化で彩りを変える。それは天幻の空間制御に狂いを与える数少ない方法。通常なら一度使えばしばらくは行動不能になるアウターフィールドを、ひたすら弄り続けることで可能とした兄攻略戦術魔法。

(ガーランドの葬送は天幻の公式そのものを空間に埋め込んで発動させるものだから、埋め込み先をこっちの懐にしてしまえば、公式破壊も出来るってもんでしょ!

 でもこのフィールドの真骨頂はこっから)

 小剣の剣身に左手を添えて前にかざす。

 セツナ専用の魔鉱剣、名をプリズマテリアルという。これ一本で複数のマテリアルを必要としない反則武装。ただ、すべての魔鉱を起動出来なければただの脆い剣である。


「五理をもって展開する!」


 力ある起動の言葉を口にする。

 プリズマテリアルは五筋の輝きを発し生成されたフィールドに突き刺さる。


「樹理は九つ首の竜となりて我が的を縛さん――チェーン・オブ・オーラドラゴン」


 森の木々が九本、蛇体の竜と化し鎌首をもたげたかと思うと、走るセイジに襲いかかる。一本は横薙ぎ。セイジが跳躍で飛び越える。そこを八方向から放物線を描いて、空中で囲い絡め取らんと投網のように飛んできた。

 竜を模した魔法はミスロジカルが定める各源理の最強クラスで消費も半端じゃない。すべての竜がセイジを巻き込んで地に刺さり盛大な土煙を巻き起こした。

 15期生がさすが先輩と試合の終了を早とちって立ち上がろうとしたのも当然か。

 その時、土煙を突破した白い影がある――セイジだ。セイジが一本の竜首の上を走って一直線に首の根元、セツナの直近への道を疾駆する。

 地に刺さったセイジが乗っていない他の七本が更に襲い来る。そのすべてを斬り払いつつ足を止めない。斬られた竜首から樹液とも取れる水気が噴出する。


「川のせせらぎ命の流れ その身を凍として我が敵の動きを止めよ――フリージングレイン」


 水気は氷気の雨と化してセイジの頭上から足下の竜首にかけてを凍結させていく。

 凍結する樹竜上を滑り降りるセイジ。

(このフィールドにあの魔鉱剣を直結することで、場所問わずの連続コンボを可能にしているのか。やるものだな。

 だが、連続発動した後にまで意識を向けられるかな?)

 鼻で笑い、左で氷気の魔力を削る。


「氷雨は氷刃となりて大地を穿つ――アイシクルッ」


 大気に満ちた氷気が氷柱となり豪雨の様に。これには琥珀の壁を頭上に展開して対処。展開しながら左腕を複雑に振り回す。


「礫は寄りて石礫の銃火と――っ?!」


「天の定め 幻想の理」


 セツナは立て続けの詠唱を、その聞こえてきたモノに驚いて止めて、迫り来る兄を視界にしっかりと収める。その前方、自分と兄を隔てる位置に蒼光の方陣が出現していた。

(なにあれ)

 見たことのない――否、自分が知る源理の方陣に酷似しているものの、源理が使えないはずの兄がそんな方陣を描くなど、"ありえない"。


「世界は無限 認識は個」


「個を寄る辺とし 無限を集めて力となさん」


 セツナは兄の口角が上がるのを確かに見た。そして――ガチャリ、と試合場にいるすべて者がそんな音を聞く。更にもう一つの異に気づいたのは、セツナとあと何人くらいだろうか。

 方陣とセイジの間にビー玉大の琥珀が浮かぶ。

「式改竄、魔力質量操作共に完了――ほら、返すぞ」

 琥珀が弾け、琥珀に封じられていたソレが方陣に吸い込まれたかと思うと。


「源理改竄、強化終了――フリージング・ミストドラゴン」


 方陣から、先のセツナが使用したオーラドラゴンの一つ首に酷似した氷結の竜が撃ち出されセツナに襲いかかる。

 セイジが天幻以外の魔法を使用するという事態に、セツナは一拍行動が遅れる。横っ飛びで回避。氷気の粉塵を撒き散らしながら氷霧の竜が傍らを通り過ぎ、轟音と共に、今立っていた場所を中心にして広範囲を氷結の路面へと変える。後ろの観客席から生徒達が悲鳴を上げて逃げ出した。

「っつぅ」

 凍りついた地面の上に着地したセツナはそのまま滑って放り出される。痛みは着地失敗のものではなく遅れた回避の代償。かすっただけで左足がつま先から腿まで一瞬で凍結していた。凍傷とかそんな生やさしいものではない。

(なにこれ。凍結の浸食が止まらない!?)

 周囲の氷気を糧にして、凍結速度は速くはないが、徐々に徐々にと腿より腰にかけてを凍らせていっている。


「源理改竄、強化終了」


 更なる追い打ちの言葉。

「やばっ?!」

 凍結した地面に右肩を押しつけ、左掌に風を生んで自身を発射。


「――エクス・イン……プロージョンッ!」


 直前までいた空間に直径20㎝程度の球体が出現。

 火球系の魔法は衝撃を外へと爆ぜるのに対し、セイジが使用したものは、ただただ内側への破壊を目的とし、空間をねじ切るような爆縮。あんなものを食らえば、半神の身であってもどうなるか分かったものではない。セツナは身が凍るほどの恐怖に――快感を覚えた。

(すごい! 本気でやり合ってくれてる! しかもよく分からない魔法で!

 じゃあ、こっちももっとすごいのでやり返すしか)

 頭が茹だったセツナはフィールドの魔力を一点に集めて、そして――。


「The garden of Requiem」


 周囲360度、ありとあらゆる空間から極細の琥珀の針が出現した。

「なっ?! え、ちょっ」

 針は無数で、しかし、セツナの身を一切傷つけることなく、指先一つ動かす隙間無く、強制拘束する。それはまさに、琥珀の棺桶。

 琥珀はアウターフィールドを粉砕しながら試合場を埋め尽くしていき、琥珀色の草原を展開する。

 この光景に、観客は総じて口をあけ、一言さえも音を漏らすのを止めた。

 セツナの視界の先でセイジが半身で振り返る。左をこちらにしてのその姿勢。左手には琥珀で形成されたシンプルな半弓を携え、ゆっくりと、処刑のカウントでもあるかのように、弦にガーランドを番える。

 咄嗟だった。

 セツナは動かせない手指の代わりに、プリズマテリアルの魔鉱を一時分離して五色の魔鉱の指を作り上げ早急に魔法を練り上げる。


「災厄を払う盾よ 我が前に展開し盤石の護りを!」


 琥珀の棺桶の前に雲のような壁が展開するのと、弦が震え、ガーランドの剣身が鋭い矢となって放たれたのは同時。

 セツナが琥珀の矢を防いだ後のために次の魔法を練り上げる。

(まだ終わらせないっ!)

 この状態からの勝ちは難しい。それは理解出来るが、一矢は報いたい。その一心で最大威力の魔法を編み上げていく。壁の向こうにぶっ放すために。



 秋とホリンが揃って腰を浮かせる。他の13期と14期も同様。その原因は――。

 セツナが壁を生み出し、矢が壁に当たって砕けて消えたまではいい。

 セイジは壁が出現した時点で次の行動に入っていた。

 試合場の琥珀色が砂状となって崩れて流れ、一点に集約されていく。集約先はガーランド。残る琥珀はセツナを覆う棺桶のみ。残りはすべてセイジの右手に。

 通常のガーランドは掴むべき場所は一柄。それが琥珀によって五柄に補強される。通常の剣身は1から1.5メートルで固定だが、その長さは既に3メートルを超えている。

(神州神族の神剣? いや……あの形状は)

 秋は試合場を見回してその人物を見つける。アリシアだ。ガーランドの形状がアリシアの使用する騎士剣に似ているのである。

 観衆の視界の中で、セイジは壁との距離5メートルほどの位置まで来てから、琥珀の騎士剣を軽く払いガントレットに覆われた左手を下に掴み、脇を締め眼前で垂直に、剣身は自身に水平に構えた。その様は古い騎士そのもの。

 左足で一歩。剣を大上段に振りかぶる。壁の前、先に矢が散った位置で琥珀色の方陣が展開したのを皆が見た。

 方陣とセイジの間にバチバチと魔力塊が出現する。セツナの構成中の魔法か。

 次いで右足で大股に――踏み込む。その姿は、アリシアのものと完全に一致した。



 セツナの魔力球を叩き斬る。

 それまでのセイジの剣は速度や技に重きを置いたものだが、この一撃は剛の剣。壁を、壁ごと壁の向こうを両断せんと振り抜く。

 剣の中央が魔力球を半ばまで斬り裂く。剣の切っ先が琥珀の方陣に到達。

「源理解析――」

 琥珀の剣身が黄金の輝きを放つ。

(脆弱箇所なし。なるほど、アイギスを源理で構築したか。相も変わらず器用な奴だ。

 こんなものを正面から粉砕出来るとすれば、それこそ神剣クラス。魔法なら重奏が必要になってくる)

 神化はルール違反で、そもそも源理の使えないセイジに重奏は無理。搦め手をやれば壁をスルー出来るが、受けとめると言った以上は全力だ。

「脆弱箇所がなければないでいい」

 セツナの最大魔法の改竄を開始する。

(方向性を彼方より此方へ。散開は他方より一点へ。威力はそのままに。分断箇所を修正及び補強――。

 おいおい、この式、じいさんの神雷じゃないか)

 ゼウスの雷を源理で再現出来ることに驚きを覚えながらも、改竄を完了させる。育てのじじいの攻撃と防御を式に反映しているのは、やはり、幼心に焼き付いた無意識かなにかか。

 先程からセイジが使用している魔法は、要はセツナが使用した魔法を確保し、式を改竄し投げ返している。ただそれだけである。

 構想魔法の中には、魔鉱の技術が成長する過程で生み出された魔法がいくつかある。

 魔力伝達力の高い鉱石に魔法を一時収納しておくマジックパック。収納した魔法は標本として式の研究に使用されることもある。

 改竄は魔法の外科手術とでもいえばいいのか。未だ研究段階で、一応は成功例も存在するものの、改竄された魔法は威力も半分以下の標本価値しかない代物とされている。実際、セイジの改竄でも結果は変わっていない。違うように見えるのは、あくまでも天幻による強化ありきである。

 とはいえ、これらの技術を戦闘中におこなうなどバカがやる危険行為である。

 飛んでくる魔法の中核に狙いを定めて魔鉱を当てはめて収納し、片手間で改竄し、強化陣に突っ込んで投げつける。それは、飛んでくる魔法を式と魔力に分解してマテリアル化させる行為が出来るセイジだからこそ可能といえた。

 可能だからといっても、レンメルでさえ「さすがすぎる」とドン引きする行為であることは確かなのだが。つまりは、大馬鹿である。

 改竄された、セツナが感性に任せて編み出した最大威力魔法が自ら生み出した最高の防御へ向けて放たれ――衝突。落雷の如き轟音に観客席の生徒達は耳を押さえて身をすくめた。

 ピキリ、と壁の端にヒビが入る。咄嗟に出した防御よりも全力で編んだ攻撃の方が勝っていたらしい。

 ヒビに剣身を当て一気に押し込む。琥珀で編まれ再現された無骨な剣身は、改竄した魔法を纏いながら、やがて、壁を爆砕した。

 セツナは絶対と信じて疑わなかった壁がいきなり粉砕され、目を白黒させ口を開けた。何が起こっているのかサッパリ分からない。

 もうもうと立ちこめる爆砕の粉塵を割って、更に踏み込んできたセイジの返し刃がセツナの喉元に寸止めされてしばらくしてから、ハッとした様子で琥珀の剣身とその先で自らを見下ろす兄の顔を交互に見て、一息。ややあって。

「降参」

 諦めを含んでの一言。数秒してから、試合場は歓声に包まれた。

 万雷の喝采の中で、ホリンはストンと腰を下ろして力無い感じで一言だけ呟く。それは隣の秋の耳にさえ届かないほど気の抜けた小さな声だった。

「――――ロウ・エクシード」

 秋がアリシアだと思ったセイジの構えを、ホリンはまったく別の人物に重ねてみていた。ただ、それだけのことである。



 エロスは、マルキス学長からつけられた案内妖精の後ろを歩きつつ、ミスロジカルの学棟を見て回っていた。

 彼の目的はアカデメイアの復活――ギリシャに魔導学院を設立するための見学である。

 卒業試合というものの存在を知ったのは、マラザイアンに到着して、なにやらお祭り騒ぎだったのが気になってという流れだ。

 本当のところ、セイジとセツナの試合を見たいのが本音ではあるが、見学をサボると絶対にゼウスに怒られる。雷落とされた上に人界への外出を制限されかねない。

 自由を束縛される恐怖に身を震わせつつも、学院の設備に感心の声を漏らす。

「向こうの建物はなにかな?」

 窓の外に見える、学棟の奥を指差す。

「あちらは研究棟です」

 研究員や学士免許持ちの学生が工房をもらって研究をするという説明になるほどと聞き入るエロス。

(メディア殿と交流を持ったアステールの彼女も、確か、学院での工房持ちだと言っていたかな)

 琴葉のことはメディアからも聞いている。

(ここのように勢力外神族に研究棟を開放すると言えば、うちでは間違いなく反対する声は出る。でも内だけに籠もった研究に意味はないし、ギルド側のあの提案を受け入れるように動けば、ここと近い環境を作ることも不可能じゃないかな)

 設立後数年は、ミスロジカルとノイエ・シュタールから教員の借り受けをする方向で話が進んでいる。あとは研究区画にどれほどの規模を用意出来るか。

 決めること、他と相談することが多すぎてサボりたくなる。

「なにやらサボりたそうですね」

 不意に声をかけられる。知った声だ。

「分かります?」

 参ったな、と愛想笑いを浮かべてそちらを見れば、日崎司が呆れ顔で立っていた。

「うちのせっちゃんに似てますから」

「もっともな感想だね」

 司は案内妖精からその仕事を奪うと、エロスを連れて歩き出す。

「なんでも、大神のことをうちの星司君が説教したそうで」

「あれは~、説教といいますか。現代に微妙に馴染んでいない老人の尻を蹴飛ばしたといいますか」

「あ~、あ……あははは、やりそう。彼は身内に厳しいですから」

 しばらく談笑してから、研究棟までやってくる。

 現在空いている工房なら見せられる、と研究棟に入ろうとした二人は、試合場の方でワッと盛り上がった歓声に驚いてそちらに身体ごと向いた。

「決着ついたのかな?」

「試合開始からの時間を考えると、今回はまともに相手をしたようですね」

「今回?」

 司は頷く。

「星司君はせっちゃん相手に攻撃をしない、と決めていたようですが、もう今日からは学生じゃありませんし、それに彼としては妹弟子にトップを取ってもらいたいでしょうしね。

 そうなると相性としては自分がせっちゃんを抑えないと可能性も潰れますから」

「妹よりも妹弟子なのかい?」

「正確には、師の名誉の為、でしょうか。

 星司君といい、アリシア君といい、師のことが好きですからね。

 ああ、なんだろう。なんか嫉妬したくなるっ」

「あの子の師?」

 司の冗談はスルー。

「ロウですよ、ロウ・エクシード。会ったことあるでしょう? 僕とはじめて会った時に」

 言われ、エロスは当時を振り返り「あぁ」と頷いた。

「君と共にクロノスを殺害した聖者くずれの彼ね。そうか、彼がアステールをね」

 つまり、と。

「大好きな師匠にこの勝利を~、というところかぁ。いいなあ、そういうの」

 青春だねぇ、と何度も頷いてみせる。

 司はPDAを取り出してパパッと何かしら操作をする。

「やっぱり、星司君の勝ち……、というか、せっちゃん神化で結局反則負けとか」

 なにやってんの、と天を仰ぐ父。

「しかし……卒業試合ですか。一部学生による競技祭典と言ったところですか」

「うちはあと、6月にも超鬼ごっこというものもやってますね」

「ほほう」

 学生間競技に関して意見交換などをしながら、二人は研究棟へと入っていった。



「聞いてないわよ?」

 妹の手を引き立ち上がらせたところで、当の妹は頬を膨らませていた。

「源理使えるじゃない」

「いや、使えないよ。あれは全部ヴィオの魔法だ」

「はあ?」

 琥珀がすべて砂状になってセイジのコートのポケットに消えていく。

「マジックパックと研究用改竄の併用。

 例によって、レンメルからはよい子は真似しないとか言われそうだが――なんだよ?」

「え? いやだって、それってつまり――合体魔法!?」

 合体ってどこが? とセイジが首を捻る中、観客席では14期生が立ち上がって拍手を送り、15期生がポカンと口を開けて兄妹を見つめる。

「協力出来ないとは言わないが、正直、命の削り合いの場面じゃ神経が持たない」

「え~? イケルって。この私が保障するから! 今度それでさあ」

 雑談しながら試合場を去り、控え室の外でアリシアとクロケット兄妹と会う。

 セイジはアリシアに顔を向け「勝ったぞ」と一言。

「あ~、そういうこと」

 兄と、兄の一言に相好を崩したアリシアに合点が行ったとセツナは首を振った。

「ちょ~っと、過保護すぎない?」

「適材適所と言え」

 予想していた妹の反応に即応する兄。その兄の反応こそ予想通りだ、と妹は腕を組んで、大いに頬を膨らませ、しばらくしてから盛大に溜息を吐いた。

「まいっか。

 セイジが、アリシアのために超がんばってくれたおかげで、私にとっては目的も果たせたってことでヨシとするわ。

 とはいえ、あとで好物いっぱい食べさせてもらうけど――セイジとか」

 セツナが言う目的という単語に、一人キョトンとした後、好物を自分という妹に震えを覚えるセイジとは別に、アリシアとレンメルは揃って得心のいった顔をした。

 ようするに、この試合では誰かと本気でやってみたいという願望を持つ生徒ばかりだということだ。つまり、秋だけの願望でもない。

「それはそうと」

 レンメルはセイジへと金属製の柄を差し出す。

「再調整は無事に終わったよ」

「ああ。拒否反応はなかったか?」

「そこは問題ないかな」

 セイジの受け取りながらの問いにレンメルはウンと頷いて応じる。

「ソレを最初に魔鉱剣へと作り替えた時は、魔鉱そのものに君の魔力は馴染んでなかったからああいう反応を示したってだけで、今はもう初期のようなことは起こらないんじゃないかな」

「そうか。なんにせよ、助かったよ」

「いやいや。僕の方こそ、最後の最後に面白いものに関わらせてもらえて楽しかったよ」

 二人は揃って眉尻を下げた。

 セツナは兄の手元を見て「おや?」と首を傾げる。

「これってジェスター? なんか形状変わってない?」

 柄、と単純にいうより、柄は柄だけど刃が生えており、その刃は数㎝の位置で折れているように見える。前は剣身自体がないただの柄だったはずだ。

「変わったといえば変わったな。最初の状態に近く直しただけではあるが、純粋な魔鉱剣としてよりも、こっちの方がある意味助かるんだよ」

「んん? よく分かんないけど、こっちの方が強いってこと?」

「ま、そんな感じでOKだ」

 ふうん、とセツナはよく分かってはいないが分かったフリで誤魔化した。

 キョロキョロとセイジは周りを見回す。

「ところでここに変態はいなかったか?」

「え? 変態なら隣にいるじゃないか」

 ほら、とレンメルはセツナを指差した。

「いや、おしいがこっちじゃないし、男だ」

「な、私以外にセイジの気を引く存在がっ!?」

(せっちゃん、そこ怒るところだよ)

 セツナの反応にミィルは額を押さえてアイターとやった。

「あぁ、ひょっとして、ラインハルトと一緒にいた星司と刹那を足して二で割ったような感じの」

「そう、それだ」

「彼なら確か、案内妖精に連れられて校内見学とかなんとか――って、やっぱり君の関係者なのかい?」

「母方の親類だ」

「アウレアさんの? てことはお山の?」

 うん、と頷いてレンメルに応じたセイジにセツナは「ほへ?」と兄を見た。

「誰か来てるの?」

「え? ああ、まあな。個人的には呼びたくはないが、我らの兄が来ている。

 しかし校内見学ということは、やはり俺達の試合が目的じゃなかったか。

 アカデメイアの件か?」

 校内見学が目的なら大体そんなところだろうと当たりをつけて納得しようとして、セツナにグイと腕を引かれた。

「兄って、夏にギリシアで会ったって」

 琴葉からそんな話を聞いていた。

 記憶はおぼろげだが、祖父母代わりの他にも母方の血縁がいたことは覚えている。

 ミスロジカルに移って以降はオリュンポスには帰っていないから、セツナが母方の身内と会ったことはない。というより、親兄妹以外の身内なんてものは、夏の短期留学や冬のクエストで会った夏紀と雛くらいのものか。

「うわ、会いたい! すっごく会いたい!」

 両手を握りしめてブンブン振る様は水城雛を連想させる。お前ら間違いなく血縁だよ、とは誰の感想か。

「まあ、どうせ後で会えるだろ。

 目的が予想通りなら、ミスロジカルの後輩指導制に関しての情報は外せないからな。その一件じゃ、今期で最も人気のあったセツナの話を聞くのが有益だ」

「目的ねぇ。

 ギリシア圏じゃ、冬になってから魔構企業の動きが活発になってきたけど、それも関係ありそうだね」

 ミスロジカルにおけるクロケットのような関係をギリシアで計画されている魔導学院と築くことは将来的にも有益と判断した企業が、次々とギリシア圏内に足がかりを求めてきているとのことだ。

「でも、あそこはシーザーが元締めみたいなものだし、最初の内は他の企業のうまみはちょっとねぇ」

「最初の内?」

「うん。シーザーが扱ってる魔構は、ギルドに所属するような"大人"には使い勝手のいい完成された良品であって、学生のノビシロに見合った"共に成長していく"代物じゃないんだよ。

 そこにいつ気づけるかであの一帯の魔構産業のパワーバランスは変わるだろうね。ま、シーザー自身が学生向けの魔構を開発するという可能性もあるけどね」

 それか、そういう企業を買収するかであろう。

「そういうこと、エロスに話せばいいんじゃない?」

 セツナはセイジとレンメルの魔構話に対する素直な感想を口にする。あらかじめそういうことを話しておけば、学生のためにはなるだろう、と。これに対し、セイジは「どうかな」と小さく首を振った。

「祖父さんといい、山の神々は、基本的には人を試そうとするからな。

 失敗し、壁に当たり、それを乗り越えることで成長する。それは企業にも当てはまることだろう。その可能性があるかぎり、オリュンポスの神という立場にある連中は正解という物を知っていても示すことはしない。

 人間が苦悩して成長する様は、連中にとっての楽しみでもあるからな」

「性格悪いなとも思うけど、ある意味では、理想の教導者だよね。アウレアさんもそういうとこあるし……あ」

 ウンウン、とセイジに同調しようとしたレンメルはそこで気づく。

(そのやり方って、夏に留学生相手で星司がやった……)

 魔力制御の授業内容を思いだした。

 教育者なんだよな、こいつ。そんな感想を抱きつつ、

「そのアウレアさんは? なんか姿見ないんだけど」

 話題の方向をひん曲げるレンメル。

「アウレアさんならアルカナム行ったよ」

 予想外、隣からの即答。ミィルがセツナから虹色の魔鉱剣を受け取りながらだ。

「あ~、なるほど。星司がいないとご飯食べられなくなるしね」

 妹の答に得心がいったと頷く友人に、セイジは「人の親をなんだと」と嫌な顔をし、セツナはセツナで「わかるわ~」と納得した。

「あれ? それじゃ、ラフィルが卒業したらパパ独りってこと?」

「セツナ、それ、父さんの前では言うなよ。自覚させたら間違いなく放浪癖が再発する」

 日崎司はミスロジカルに教員として腰を落ち着かせるまで、ロウ・エクシードやアウレアと共に世界中を西に東に飛び回っていたのだが、その理由を子供達は知らず、放浪癖でもあるのだろうと誤解されるという結果に落ち着いている。

 LRに入って最初の神殺しだとか、ちょっと近所に本を買いに行くとか言って異世界行ってきたとか、各地でのロマンス後にアウレアに殴られたとか、純然な子供だったセツナをワクワクさせるような冒険話に事欠かなかった日崎の大黒柱だが、セイジからすれば放浪癖にしか見えず。

「ま、まあ、ここだって別に、パパだけが先生でもないから」

「まあな。一応、講師として卒業生も呼ぶからな」

 父の放浪前提での会話。どうせ自分達にもお呼びがかかるんだろうな、と予感を持つ4人の13期生は、不意に観客席に通じる廊下から響く走りの足音に気づきそちらに顔を向けた。

 ダダダダダッと来たのは一房銀の東洋人の少女。

 少女はセイジの前でキキキッと急ブレーキ。そのまま直角で頭を下げ、右手を突き出して叫ぶ。


「はじめて見た時から決めてました! 私を使って下さい!!」


 その叫びに、セイジとレンメルが噴き、セツナとアリシアは無表情でセイジを見つめ、ミィルはヤレヤレと頭を振った。

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