表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LR  作者: 闇戸
一章
7/112

 天宮家の風呂は広い。大体十四畳くらいだろうか。

 セイジから一応の及第点もらい、まだがんばる澄を残して汗を流しに来たのであった。

 湯船でグッと伸びをして、脱力。

「はあ。記憶、か」

 正直なところ、転生者などと言われてもピンとは来ない。それはやはり、前世の記憶がないからだろう。記憶なんて、物心ついた辺りからのものしかない。

(記憶の封印、か。どうやったら解けるんだろう? って、駄目だ。禁忌なんだった)

 イカンイカンとかぶりを振って、湯で顔を洗う。

 ふと、食堂で自分が大声で言ってしまったことを思い出す。

――心に決めた方がいます。

 それは、変えようもない事実。

 七年前の恩人で、最後に見た時、彼は何か、すごい痛みに耐えていた。

(あれは、私さえ誘拐されなければ、あんな痛そうな顔を見なくても済んだこと)

 あれから会っていない。

 あの日の内に、日崎先生に連れられて神州を出てしまい、行方は分からない。名前も分からない。人に聞いても誰も教えてくれない。

 否、名前は聞いたはずだ。知っているはずなのに、どうかんばっても思い出せないのだ。

 日崎先生の息子は異人だから九曜にはふさわしくない。皆がそう言って、璃央が関わろうとするのを止めさせようとした。部屋の写真が、最後に残った関わりの証。

「会いたいよ。写真だけじゃ忘れちゃうよ」

 のぼせたのか、なんだか眠い。ウトウトと、体育座りで膝にアゴを乗せて少し意識が飛んで、璃央は変な夢を見た。



 どこまでも広がる草原で、どこまでも広がる青い空を眺めていると後ろから声が来る。


「よう、ヒルメ」


 ああ、この声は、振り返らなくても分かる。絶対に間違えない。


「もう子供じゃないんだから、ヒルメは止めてよ」


 嫌がって見せても、本当は嫌じゃない。この人にならいつまで呼ばれたっていい。


「そうは言ってもなあ」


 振り返れば困った顔をしているに違いない。


「子供として呼ばれたくなけりゃ、それ相応の言葉遣いをだな」


「公私分けてるだけだもん」


「だもんって、お前」


 皆は彼も臣下として扱えと言う。臣下の前だったら公用の言葉遣いで対応するけど、今は自分とこの人しかいない。


「それより、明日には遠征なんでしょ?」


「応。まあ、お前らは後からのんびりやってくればいいさ。俺がお前の先を行って露払いをする。これが俺のお仕事だからな」


「うん。相変わらず、頼もしいね」


 本当はそばにいてほしい。でも言えない。だって。


「お前の道は俺が切り開いてやる。お前は俺は護る。それが俺の、生き甲斐だからな」


 いつもこの人はそう言って笑う。

 その笑い顔が好きだから、本当に、ずっと見ていたくなるくらい好きだから、何も言えなくなってしまうんだ。



 なにやら涼しい風が顔に当たり、気持ちよさにこのまま寝ていたくなる。

「まったく、お風呂で寝るとか。自殺願望でもあるのかっつうの」

 澄の文句に、ハッと目を覚ます。

「起きたな? このお馬鹿さん」

「澄が私を?」

「他に誰がいるのかと、小一時間問い詰めてもいいのかな?」

 自分を見れば、浴衣を着せられている。澄を見れば、団扇片手に憤慨中。セイジの姿は見当たらない。

「あの人は?」

「師匠なら電話中」

 澄は閉められた障子を指差す。その向こうは庭がある。障子が閉まっているのは冷房のためだろう。

「私がやっと及第点もらってお風呂場来たら、体育座りで寝てるんだもん。そりゃ驚くわ。しかも、幸せそうにエヘエヘ笑い寝してさ」

(うわあ)

 赤面ものである。

「どんだけ良い夢見てたのかと」

 良い夢、なんだろうか? 誰かと話していたような気はするが、よく覚えていない。

 ただ、とても幸せだったことだけは確かだ。あんな気持ちははじめてのことだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ