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LR  作者: 闇戸
五章
68/112

Behemoth_Epilogue

 龍也は正義への電話を切って、手を下ろす。大の字であった。

 近衛を選出し揃いの軍服を用意して送り出したのは不破正義だ、と聞いて悠が真っ先に電話すれば何故か切られ、龍也から電話すれば、何故か琴葉と代わられて平謝りをする羽目に。

 謝るだけでドッと疲れた気がする。

 と、影が差す。

「タツ」

 影を作ったのはリチャードだった。

 自分同様で全力を出して魔力切れを起こしたはずだが、疲れも感じさせない顔で見下ろしている。

 勢いよく上半身を起こそうとして。

「うぐっ」

 骨が……。

 悶絶していると、溜息を吐いたリチャードが肩を貸してくれた。

「しばらく重奏は封印だな。しばらく骨は折りたくない」

「うむ、まったくだ」

 おどけたような龍也の言葉に律儀に頷くリチャード。

「しかし、イブキといったか。あれははじめてだな」

「俺の代で生まれた武装でもないからな。疲れるし、あんま使いたくねえ。

 つうか、ConflagBlasterだって元は焔熱砲っつう何代か前の継承者が編み出した武装を基礎にしてるからな」

 武器の形状は変わりこそすれ、考えることは変わらないもんだ、と肩をすくめる。

 見回せば、朱翠がラフィルをなぐさめ、柚樹が支給された茶を飲み、司が……。

「あれ? 日崎のおっさん、どこいった?」

 司の姿がないのだ。

「なあ、神父。おっさんは?」

 支給品を漁っていたルードに声をかける。ルードは手を止めて顔を上げた。

「彼なら帰りましたよ」

「――――は?」

 予想外の答に思考停止。

「え、いや、帰ったって……どこに?」

「そりゃミスロジカルじゃないですかねぇ。

 あ、朱翠君とラフィル・エルはアルカナム経由で帰らせるとか言っていたので、置き去りではないですねぇ」

「ですねぇって」

「大目に見てあげてください。彼は彼で限界でしたから」

「年か」

「そういうことにしておいてください」

 ニコニコ顔のルード。この神父の顔から内心を探ることが極めて難しいことくらい、龍也もよく知っている。

 予想としては"年"などではなく、あの罠が原因だろうな、と。

 神威の召喚。本来なら儀式魔法である。それを単独でおこなったのだから、限界を通り越すくらいが普通だろう。むしろ、よく生きていられるな、というのが感想としては正しい。

(おっさんはおっさんでやることがあるってことか)

 不真面目そうで真面目。そういう人物であることは教え子である龍也とリチャードがよく知っている。

「ま。俺らも帰るか」

「神州にか?」

「ちっげえよ。俺達の大将の元に以外ねえだろ」

 相方との会話を止めて、龍也はわざわざ国を捨てて自分の元に来た馬鹿共を見回して、盛大に溜息を吐いた。

「あいつらの受け入れも申請しないとな。

 住む場所は将有地になりそうだが」

 将待遇の人材には将有地と呼ばれるいわゆる領地が存在する。

 メルメルさん曰く、領地内経営とかは好きにやれ、だそうだが、多くの同僚は直属の部下を持たないため、研究施設だとか趣味の空間だとか思い思いに使って空間を無駄にしている。例え部下百人に住居を提供してもおつりがくる空間をである。

「将有地の有効利用一番乗りだぜ」

「私としては、紅茶畑を作る夢がだな」

「ああ、はいはい。夢が変わらないっていいですねー」

 相方が学生時代から言っている夢を適当にスルーし、近衛の隊長格と会話中の悠に向かって歩き出す。間違いなく最後まで一緒にいようとするであろう彼女を神州へ帰らせるには、どう説得したものかな、と悩みながら。



 朱翠はセイジのどなたさま発言で盛大に凹んだラフィルをなぐさめながら、魔剣の感情を受け入れた時のことを考えていた。

 普段ならしない攻撃方法だった。しかしあれは魔剣が自分を動かしたのではない、と断言出来る。

 今冷静に考えてみると、魔剣がやったのは感情を植えつけるのではなく、自身が持つ殺意や破壊衝動の増幅なのだろう。内から沸き上がる衝動だったという自覚もある。

 あの殺意の海は増幅された自分の感情だ。

 前だったら、そんなことも冷静に自己分析することも出来なかった。今は冷静だからこそ、あの海が、あの自分の殺意が気持ち悪い。

(殺戮を求めたのは確かに魔剣。でもそれは、俺自身にもそういう欲求があるということか。

 ティルヴィングが俺を選んだのはつまり……)

 今はまだ、その感情と向き合えるほど、自分は賢くも大人でもない。そういう術をも学ばなくてはならない、と心に決める朱翠であった。



 カザフスタン最西アティラウ上空。

「ふい~、終わったのぅ」

 椅子の上で姿勢を崩したメルメルさんは、ゴモリーの煎れたココアを一口すする。

【このまま東進して彼らを拾う方向で?】

 『13』の伝声管からの問いに「うむ」と応じる。

「シックザールのハッキングは続いておるな?」

【ベヘモットの落とし子の位置は割り出してある。ただ、自我持ちの反応は追えないようだ】

 『12』の伝声管からの答に「自我持ちか」と呟く。

「自我を確立した者どもは、限定的な転生者として見るべきであろうな」

 ふむ、と腕を組む。

「転生者というより、確立者か。ともあれ、暴走の心配がない。または可能性が低い故、発見次第監視程度で」

 魔力さえ確定出来れば、シックザールの機能で位置情報と状態を把握することは出来るのだが、このままハッキングを続けるのも後で問題になる。

 今は、ドイツ内情報提供者の協力でハッキングも出来てはいるが、おそらく、マティアスにはばれているだろう。

(マティアス坊やもあなどれんからのぅ)

【そういえば、神州からはどんな要件だったんだ?】

【竜吼患者の回復法を、ね】

 『12』に応じる『13』。

 少し前に、神州に向かわせた学生組がダハーカの討伐に成功したと連絡があったのだが、その際、ヴィクトル宛になにやら質問があったらしい。

【というか、だね。なんでセイジ君はネクタルなんて持っているのかな? 僕がほしいよ、実験用で!】

【成分さえ判明すれば作れると言って、貴重な仙桃三個を無駄にした人に渡してもな】

【じゃ、じゃあ、君だったらネクタルあったらどうするというんだい?】

【……貯水池に流す】

【――その発想はなかった】

 『12』と『13』がうるさいが、大体いつも通り。

 ジリリリ、と昔懐かしの黒電話音。音源は『15』の伝声管。メルメルさんが伝声管を掴む。

「おう、ご苦労だったな、キメラ。情報は現在暗号解析中だ。それで、物は?」

【ギアの秘密研究所からGSに略奪された後、GSの戦艦はduxによって撃破された。戦艦の残骸から発見することは出来なかった。おそらく】

「duxの手に渡ったか」

 伝声管の声は遠く、声も変声期を使っているのか不明瞭だ。しかし、そんなことは無視してメルメルさんは会話を続ける。

「duxの向かう先は分かるか?」

【アレに対応するモノは極東だ。故に】

「――――神州」

 メルメルさんは目前にモニターを開き、神州で行動可能な人材をピックアップする。

(ギアの守りが外れた今だからこそ、破壊することが可能だが……)

 dux――前大戦に関与した者は黒ローブの怪人をそう呼ぶ。大戦を通して判明していることは、彼らが実験と称して人も神魔も幻獣も犠牲にすることを厭わないということ。

「ギアの関与は?」

 襲撃されたのはロイド・ギアが保有する秘密研究所であり、ギアの大元にとっては未知の研究所とされる。GSにリークしたのがギアそのものではないかとする考えもある。

【……あぁ、なるほど。その可能性は失念していた。

 こちらは引き続き潜るぞ】

「うむ」

 チンと音を立てて伝声管が沈黙。

「相馬」

【日崎君の提案は確かに有用だけど――なんでしょうか】

 『12』が『13』との会話を途中にしてメルメルさんの呼びかけに応じた。

「現状、相馬家は政界にはどれだけ影響力を持つのだ?」

 問いに沈黙が続き。

【本家が政界に進出することはもうないでしょうが、膝元との結びつきは未だに強く。確か御厨の末席に地方議員がいたはず。

 それとて、中央への発言力はおしてしかるべし、ですが】

 神祇院→九曜→内閣→国会議員→地方議員の順が発言力カーストで、その一番下にいるのだから分かれ、という答である。

「お前から働きかけることは出来るか?」

【ご冗談を】

 即答。

【僕の無実を愚直に信じる本家ならまだしも。政界への結びつきを言うなら、素直に神薙や霧崎経由で話を進めるのが最良かと】

 そうしたいのは山々だが、近く九曜同士での婚姻ということで注目される連中では派手に動けないのだ。

【まあ、相馬鞘華へのコンタクトを持つことは、不可能ではありませんが】

「んん? 元聖堂関係者の方がまずくないか」

【ああ、いえ、確かその問題の議員は彼女に言い寄っていたことがあるな、ということを思い出しまして】

 未亡人ですしねー、と。

【個人的には、あんな恐ろしい人に言い寄るとか阿呆にしか見えませんが】

「剣鬼じゃからな、あの女は」

 敵対していた頃のことを思いだし、思わず震えがくる。

(相馬鞘華とジルベルト・シーザーか。

 よくよく考えてみれば、あの鬼女みたいな連中を相手にして、よく五体満足で生還したもんじゃなぁ)

 前大戦のトラウマにカタカタカタとココアカップが小刻みに震える。

【とりあえず、相馬鞘華に連絡を取ってみます。

 交渉は僕がしますか? それともエージェントを向かわせますか?

 彼女の琴線が分かっている僕がした方が都合はいいと思いますが】

「う、うむ。やってもらうリストは後で渡す」

 『12』に任せ、腰を落ち着かせ、思いだした恐怖を拭い去ろうとする。

「はっ、ではそのように」

 ゴモリーが傍らに来る。

「神薙様より、第四将有地の開拓案がきております」

「う、む?」

 自室の他に新婚住居でも作るのか? とゴモリーに顔を向けてみれば、リストアップされた開拓案を突きつけられる。目を通して「ほう」と漏らす。

「国民GETだぜ?」

「その発言はアウトでございます」

 だめー、と両手をクロスするゴモリーに「うるさいわ」と返し、承認ボタンを押す。

「この調子でもっと増えれば良いのだがな」

 メルカード財団の人間だけでは少なすぎる。とはいえ、あまり多すぎても"重さで落ちる"とは誰の言葉だったか。

 窓の外へと目を向ければ、どこまでも広がる青い空と雲海。ここは雲の上、誰にも阻まれることなく道行ける、新興国家アルカナムの唯一の領土。

(地は出来た。人も揃う。あとは……)

 先を思うことなく、ただ雲海を眺め続けた。



 数日後、司はベルリンのバーグシュタイン砦の一室にいた。

 目の前には六着のミスロジカルの制服が並べられている。どれも第十三期生を示すタイピンがある。

 瓦礫処理をしていた懲罰部隊が発見し回収していたとのことだ。

 ベヘモット出現の際、全員の魔力反応が消えたことから全滅したことは理解していたが、こうして"残骸"を前にすると指揮不足を悔やむ。

 学院に持ち帰るため、遺品として箱詰めを頼み部屋を出れば、廊下で朱禅と鉢合わせる。朱禅の隣には宗茂もいる。

「あ、お疲れ様です」

 司は愛想笑いで表情を隠して挨拶をした。

「ああ」

「ご無沙汰を」

 頷く朱禅と挨拶を返す宗茂。

「宗茂さんはこの後?」

「ヴァチカンで預かる予定だったんだがな」

 当初、朱禅の監視の下ヴァチカンへ行く予定だったのだが、暴走の危険性がないということで、じゃあ今の時代をもっと見てみようと傭兵をすることになったとのことだ。

 思惑としては、死に近い場所にいればこの奇妙な生を終焉させることが出来るかもしれないのだと。

「まさか切腹が出来ないとは」

 そんな諦め口調。

 ベヘモット本体が討伐されて、すぐに宗茂は腹を切ろうとしたのだが、突き立てる寸前で腕が止まったのだ。

「自殺防止の呪いですか」

 宗茂達の前に召喚された侍が切腹でもしたのだろう。自害しようとすると寸前で止まる呪いを仕掛けられているようなのだ。

「呪いの存在はピュセルにも確認させた。残念ながら、我々ではその呪いを消すことは出来ない」

 自害できないことを残念という思考に、時代の差ですね、と司は納得する。

「傭兵をするといっても、どこに行くんですか?」

「しんせい飯烏賊、とやらに行ってみようと思っている」

(発音……)

(矯正したんだがな)

 司と朱禅が宗茂の発音にどう答えたものかと一瞬躊躇する。

 朱禅の紹介でヴァチカンの遠征船団への乗船が許可され、ブラジル経由で北上するルートを取るらしい。アメリカ側から神聖メシーカに入国することが出来ないためである。

 現在、神聖メシーカでは大々的に傭兵を募集している。

 野に下った神聖メシーカ軍が近々大攻勢に出るための兵力を集めているという噂がある。傭兵募集時期と噂が重なるため、噂の信憑性が高いと海を渡る傭兵も出ているのである。

「異国の地で傭兵をこなし、いつかは日の本――柳河に帰るとしよう」

「鰻を食べに」

「そう、鰻を――いや、違う。今の味を知りたいが、断じて違う」

 司の入れた茶々に真面目に本音を入れつつ否定する宗茂に、朱禅は眉尻を下げた。素直に言えよと内心思っている。

「そういえば、宗茂さん以外の自我確立の人達はどこ行ったんですかね? HLNにそれらしい書き込みはありましたが」

 南ロシアに出現した怪物を倒すSAMURAI、と書き込みが何件かあったことを言う。

 剛剣の使い手と槍の使い手が確認されていることから、龍也とリチャードが相手にした二人だろうということは容易に推測出来る。

 他の確立者はシックザールの監視下にあるが、立花道雪と可児吉長はどういう手段か行方をくらませたとのことだ。

「シックザール相手に行方をくらますとか」

「ラジエル書庫ならまだしも、シックザール相手なら手段はある。知っててやっているというより、単にレベルがおかしいだけだろう。色々とな」

 らじえるしょこ? とキョトンとしている宗茂。

「なんにしても、世界は広いようでいて案外狭い。たとえ気配を断ったところで、人の視認から逃れるような魔法を使うわけではないのだ。あれほどの強者、人の口に上るのもとめられはすまい。人の口と言ってもネット掲示板では拡散ももっと早いだろう」

「まあそうですね。噂の大半に検閲もかかりませんし、いずれ見つかりますか。

 その噂のSAMURAIも人を襲っているというわけでもないようですし、気長に待っても問題はなさそうですね。

 まあ、目撃場所から考えて、ちょうど怪物退治にきてる人達が確保してる可能性大なんですけどね」

「怪物退治……ああ、イーリスの連中か。

 道雪殿も吉長殿も実力はレベルおかしいが、外見ばかりは人間だからな。アルコンテス内では実力不足と名高いイーリスにとっては抱き込みたい戦力といったところだろう。

 イーリスは人間であることを加入条件にしたギルドだからな。喉から手が出るほどほしかろう」

 他の三ギルドが超越者中心であるため、人間中心でバランスを取っているのだとか。

 人間中心と謳ってはいても、親が分からず力の出せない半神や半魔も所属している。他組織からすれば、人間寄りといったところだ。

「戦いさえあればどこにいても生きていけそうな方達だ。さして心配はしていない。心配するとすれば」

「俊太郎かあ?」

 宗茂がこの親馬鹿めとつっつかれる。それに対し朱禅は首を振る。

「アレは今のところ問題はなかろう。知るべきものを知ったのだからな。

 むしろ心配なのは弥七郎だ」

「……何故?!」

 朱禅と宗茂が雑談に入ったので司は別れを言ってその場を後にした。



 神州・私立天宮学園生徒会室にて。

 梧桐澄は一人、生徒会宛の郵便物を整理していた。

「んー、さすがに九曜が生徒会長だと食いつきいいなー」

 クリスマスイベント用で注文した各種品物に関するものが九割。あとは生徒会長・霧崎勇への個人宛のものである。

「自分宛のものくらい自分の家の住所に送ってもらえばいいのに……」

 吐息。

 呆れない方がおかしい。

 最近、勇は実家に帰っていないらしい。だから郵便物は生徒会宛にしているのだとか。

 何をしているかは知らないが、おかげで生徒会の仕事が増している気がする。

「てか、先輩いつ来るの~?」

 時計を見る。

 今日は魔学の学期末試験最終日。どの学年だって終わるのは一緒だし、よほどどこかで油を売ってないかぎり、終わって二時間も音沙汰がないというのはおかしい。ぶっちゃけ、お腹が空いていた。

 盛大に溜息を吐いて郵便物の山を移動させようとして「あっ」と声を漏らす。山がドサッと崩れてしまった。どうも下になっていた郵便物が他より厚みがあって、坂となったようだ。

 慌てて郵便物を拾おうと席を立って、原因の郵便物をなんとなく見れば、郵便物が横浜の青葉分校からのものであることが分かった。

(青葉?)

 手にとって差出人を見れば『薙原進』とある。

 薙原、という名には覚えがある。秋葉原で勇が言っていた名だ。ということは、この中身が勇がセツナ=ヴィオ・ヒザキに頼んでいた留学時の映像記録なのだろう。

「んーっと、天宮の生徒会宛ということは……私が見ても問題ないよね!?」

 そんな興味本位。

 いそいそと郵便を開ければ、入っていたのは緩衝剤に包まれた小型のプロジェクター。型は魔構品じゃないのに、魔構で動くように改造されている。

「うっわ、すごっ。青葉の人ってこんなこと出来るの?!」

 魔構企業への就職率が高い分校に通う生徒だけあってやることがすごい、と感動する。

 目を輝かせながらプロジェクターを壁に向けてセットし、回路に魔力を流して起動。白い壁に映像が流れ始めた。

「わ、兄さん? と……会長ともう一人は誰だろ?」

 梧桐秋と勇と嘉藤勝利による試合風景だった。

「ふおおおお、なにこの戦い! 燃える!」

 手に汗を握る戦いだ。コーラとポップコーンがほしくなる。

 秋に勇と勝利が吹っ飛ばされ勝負が決まったかに見えた直後、勝利が壁に足から着地し秋に向かって真っ直ぐに――!

 ピッと電子音が鳴ってプロジェクターが停止して映像が消えた。

「あああああああああああああああああああああああああああああああ」

「うっせえよっ!?」

「あうちっ」

 澄の悲鳴はプロジェクターを停止させた張本人である霧崎勇のツッコミで別の悲鳴に変わった。ツッコミは脳天へのチョップ。

「も~、なんで俺より先に見てくれてんの? しかも俺吹っ飛ばされたとこまで俺より先に鑑賞とか、ひどくねえ?」

 恥ずかしい! と勇は頭を抱え、澄は、うわあ、と自分とこの会長とプロジェクターを交互に見た。

「じゃ、じゃあ、巻き戻して、会長込みで再鑑賞の方向で」

「だ~め。梧桐先輩の魔鉱剣や榊の魔構刀のことをちゃんと研究したりしたいんだよ。一人でじっくりな。時々専門家呼ぶかもしれねえけど」

「え、魔構刀ですか? へえ、ミスロジカルに神州特産使う人いるんだ」

「神州人だしな、あいつ。

 実力でいったら、まあ、このデータにも入ってるはずだけど、桐生と互角の勝負が出来る奴でな。同年代で桐生と互角の勝負とか相当だぜ」

「ほっほお。なんて人ですか?」

「榊朱翠だ」

「さかきしゅすい……ん?」

 その名前、確か秋がセツナ相手に色々聞こうとしていた人物の名だったはずだ。

「兄さんがしつこく聞いてたくらいだし、何か訳ありの人なんですかね?」

 勇は学院での朱翠を思い出す。といっても、顔の下半分に頬当てをしている姿しか分からないのだが。

「きっと顔の半分は火傷があって常に隠してるとかそういう」

「いつの時代のアニメ設定ですか。うちの兄じゃあるまいし、そこにそういうネタ挟むの禁止です」

「ネタというか推測というか。顔半分隠してるのは本当だしな」

 まさか頬当てを訓練とかで使用後に外し忘れているわけでもないだろう。顔会わせの宴会時も頬当てつけていたな、と。不便なら外せばいいのに。

「暑ければ取るのでは?」

「留学期間中の季節夏だわ」

「むむむ。食事中はさすがに」

「最初と最後の飯以外じゃ飯食うとこ別だったしなぁ。しかも席もそんな近くなかったし」

 そうそう、と思いだしたように話を変える。

「あの秋葉原の一件でさ」

 そう言い出し、勇は制服の胸ポケットから一枚の写真を取り出す。

「自警団の人がコッソリ写真撮ってたんだと」

 ほれ、と澄に渡す。「ほうほう」とソレを見れば、澄は感嘆を漏らして魅入った。

「あの一件を外に漏らしたくないっつう一部の人に見つかったらヤバイんだけど、これはこれでいい絵でな。処分するのも勿体ないからと個人経由で学園に寄贈なんだと」

 その写真は、朱金を纏い槍を振り回す桐生夏紀を写したものだった。

(かっけええ)

 素直な感想である。

「ダハーカにトドメを刺した時のものだな。

 ダハーカそのものが写ってないから、処分の検討を先送りしていたらしい」

「これ引き延ばしてどこか飾っておきます?」

「桐生が恥ずかしさで悶死しそうだからやめとけよ」

 まあ、と。

「あいつの告白連敗記録は止まるかもしれないけどさ」

 勇のぼやきに澄は乾いた笑いを漏らす。

「でなんでそこで桐生君の話題なんです?」

「ああいや……。留学最後の試合でさ、榊と互角の勝負やってたからな、あいつ。

 槍と剣で互角というと剣の方がすごいものだが、武器のオーバーロードを引き起こすとなると色々と見方も変わってくる。

 とは魔匠御影の人に聞いたことだけどな」

「ほ、ほう。そこで企業側意見が出るあたり、先輩もなにやら学習中ということですね」

「研究中って言えよ」

 まったく、とプロジェクターを封筒に仕舞いだす。

「そんな残念そうな顔しなくたって、来学期の……そうだなあ。春休み前には一部で上映会でもやるか。まあ、卒業式のあたりでもいいんだけど」

「兄さんと会長達の戦いも割と手に汗握る展開でしたので、イベント用ということでお菓子とジュースの用意はしておきますね」

「割とて……別にいいけど。そこら辺の手配は任せる。

 んじゃ、お疲れさん」

「ほいほい……って、手伝ってくださいよ!」

 プロジェクター入りの封筒を掴んだまま、勇は時計を確認する。

「手伝って梧桐に恩を売って好感度アップしたいのは山々だけど」

「その発言で今ダウンしましたね」

「じゃあリセットで」

 割と普段通りの会話。

「実は、姉貴が帰ってきてるんだよね」

 だから忙しいのだと。

「今は職員室に行ってて、あともう少ししたら裏口で待ち合わせなのさ」

「なんで裏口なんですか」

 苦笑。

 とはいっても、なんとなく理由には心当たりがある。

 九曜頂かどうかは抜きにしても、姉の霧崎悠は女子に人気がある。大方、登校していることがばれて校門が混雑する結果に陥っているかなにかしているのだろう。

「ともかく、だ。また後日~」

 じゃあな、と勇は手を振って生徒会室を後にした。

 一人残された澄は上映会を楽しみにしつつ、仕事を片付ける。小一時間ほどですべてを終わらせ、さあ帰るかと席を立てば、目に入るのは夏紀の写真。

(これでプロマイドでも作れば小遣い集めくらいには……)

「いやいやいや。何考えてんの、私」

 ブンブンと頭を振って自分にツッコミ。

「というか」

 マジマジと写真を見つめる。

 紅蓮に輝く直剣状の穂先の槍。周囲の炎が桜のように舞い、紅蓮は朱金を纏い夏紀が焔を纏っているかのようにも見える。

「これは――額に入れるかしないともったいないっしょ」

 ふむ、としばらく考えた後、備品入れをゴソゴソやって写真立てを発掘。中に写真を入れて生徒会室の棚に飾っておくことにした。

 この澄の行為があるトラブルに発展するのは、もう少し後の話である。

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