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LR  作者: 闇戸
五章
66/112

Behemoth_7

「は? 重奏源理を教えてほしい?」

 シベリア最大の都市ノヴォシビリスクにあるアオギリ系列ホテルのカフェで、龍也はピロシキ片手にそんな声を挙げた。

 討伐隊はいくつかの班に分割され、東に移動を開始したベヘモットを、予想針路上で待ち伏せして最大火力を叩き込むという戦法へと移行した。

 ベヘモットの移動時に発生する地震は針路上各地に配置された地系魔法使い達によって相殺することで被害を最小限に食い止めている。そのためか、大都市でも避難しない人々もいて最低限の生活基盤施設が確保されていた。

 ベヘモットの現在位置はカザフスタン・ペトロパブル。あと二週間ほどでノヴォシビリスク南方バルナウルに到達すると見られている。

 今の季節は冬。11月の半ば。到達予想は12月初旬か。

「はい。知ってのとおり、我々ヘクセンにも帰還命令が下り、おそらくバルナウルでの戦闘には参戦出来ないでしょう」

 クリステルは悔しそうに手を握りしめている。

 ヘクセンも数班に分割し、ペトロパブルの戦闘にはミーネ率いる班が参戦している。帰還命令が下りたため、おそらくは、現在の戦闘が最後になるであろう。だから帰還前に、少しでも多くの技術を取得しなければということで、クリステルは龍也に頭を下げたのだが。

「あんたら、マゾなのか?」

 カフェの空気が凍った。

 龍也の視線の先で、柚樹とロシアンティーを飲んでいた悠がゆっくりと笑顔で振り返った。悠は声を出さず口パク。

――オマエチョットコイ

 口パクを読み取って「ひい」と恐れを抱く龍也。

「ああっと……、"あの時"俺ら同じ班だったろ? だったら、重奏使った後に俺とリチャードの惨状は知ってるわけだろ?」

 龍也は左腕、リチャードは右腕の骨が肘まで粉砕。胸骨から肋骨にかけて一直線、綺麗にヒビが入っていた。

 そのせいもあって、班分割でもこうして後方に回されたのである。この班にいるのは、一時的な戦力外通知を受けた連中で、他にはルード・ジーニアスもいる。

「一回使えば戦力外になる程度で済んだのは、俺は龍種で割と頑丈だからだしリチャードに至っては転生者として治癒が早いからだ。

 唯人が使えばこの程度じゃ済まないんだぜ?」

 だから、マゾなのかと。

 悠がロシアンティーに向き直ったのを確認して、冷や汗を拭った。

「事例その一。俺らの完成型を見たイギリスの将校が部下に実験させた結果、やった部下は二人とも肉片残さず消失。実験場はその将校もろとも吹っ飛んだ。

 事例その二。グレナディアの連中に儀式という形でやらせれば、マテリアルの爆散は一時的に防いだものの昇華まで持っていくことが出来なくなり、結局は安定化の集中切れて……」

 ボンッと手でジェスチャーを見せる。

「マテリアルの物質化が出来れば……」

「試していないと思うか?

 クリエイト・マテリアルは五理の事象を物質化する手段だが、重奏のマテリアルは五理の事象を複合させた結果、五理の枠外の事象と化し、クリエイト・マテリアルの適用外となった。

 一応、マテリアルボムさえもマテリアル化させちまう後輩に試させてみたが、結果は振るわずでな」

 とはいえ、と龍也はクリステルの視線を正面から捉える。

「それでもどうしてもと請うのなら、式を教えることくらいはかまわない。

 ま、ミスロジカルとノイエは姉妹校なんだから、重奏の公式自体は伝わってるんじゃないかと思うんだが」

 禁呪に到達することを防ぐという意味合いで、だ。

「どうする?」

「是非に」

 即答。

「――――ん、そうか。じゃあ……? 悪い、呼び出しだ。

 夕飯後にでも俺らの部屋まで来てくれ。そんくらいならリチャードも帰ってきてるだろうからな」

 あとでな、と言って席を立ち、携帯電話を耳に当てテラスの方へと歩き出す。

「定期連絡はちゃんとやってんだろ?」

【たわけ。定期ではないわ】

 電話の相手はアルカナムの王である。

 外の天候は雪。テラスは寒いが、中で話すことでもないだろうとテラスへと出る。

「定期じゃない。で、俺にというと……あぁ、そうか。もうその日時か」

【うむ】

【「ダ・ハーカ」】

 ハモる。

「まだベヘモット討伐終わってないから、俺もリチャードも動けないしなぁ」

【相馬もライコフも点検作業でな。極東まで出す余裕はない】

「んー。つうか、光志の場合は神州にやっちゃダメだろ。指名手配されてんだから」

【――忘れていた】

「ウォルターは?」

【あやつにはやってもらいたいことがあってな。今はまだ晒したくない】

「んじゃ、ホーキンスのおっさんは?」

【弟子取って、今はメシーカだ】

「ん~? となると、現状、使える将いないじゃないか?」

 困ったな、と吐息。

(正義には頼めないしなぁ。凛や穂月は問題外)

「出現予測位置は秋葉原だったか。対処出来ない場合の予知は確か」

【東京壊滅じゃな】

(東京だけで済めばいいけどな)

 正直なところ、それで済むとは思えない。

「来期組から出すしかないのでは?」

【ほう。具体的には?】

 問われ、数分、眉間に皺を寄せていてが、あることを思い出す。

「聖堂残党に例の鎧の解析を依頼していたな。

 あの残党が有するアーティファクトを利用すれば、まずはサポートが確立出来る。サポート特化といえば、アルマ・ラインハルトをおいて他にはいない」

【ふむふむ】

「ダ・ハーカは神級幻獣。神級との交戦経験があり、尚且つ、総帥が用意していると思われる手段を予想してみれば、対象は自ずと出てくる」

【ほう。私が用意する手段とはなんだ】

「――結界だ。

 ダ・ハーカの一件は極力損害を出さずに収めなければ後の枝に影響が生じる。ならば、結界を用いるのは必須。それも並大抵の結界では駄目だ。とすれば、星司の奴しかいない」

【正解だ】

 満足しきった声だった。

「だが、純粋に戦力を考えれば、まだ足りない」

【現在構築中の式が整えばダ・ハーカの力を分断することが可能だ】

「そんなことまで出来るのか。それでも分断した分を担当する奴は必要だろ」

【至源の倅と同じ経歴を持っていて実力も同等だとすると……誰がいるのだ?】

「星司と同じ班にいるだろ。うちの来期組じゃないなら、何か適当にクエストで絡ませればいいだけだ」

【お前の妹か!】

「あの運動音痴に戦わさせたら即死するわ! やめたげて!」

【つまらんのぅ】

 そういう問題じゃねえ、とつっこむ。

「俺は梧桐秋を推薦する。

 あいつは神化がなくても実力自体は星司とさして変わらんし、うまく運べば、星司の戦略構築もスムーズだろう」

 伊達に同じ班でもないしな、と。

【良いだろう。適当にダミークエストでも作って神州行きのチケットを発行するとしよう】

「あいつらならうまくやるだろう」

 これで用件は終了か、と電話を切ろうとして思いとどまる。

(星司の奴が神州に行くなら……)

「なあ総帥」

【懐かしい呼び名だな。そしてそういう時は大体ろくでもないこと考えているな?】

「別にろくでもないわけじゃねえよ。ただ、許可がほしくてな」

【なんの許可だ? 内容にも寄るのは当然だが……】

「ああ、うん」

 少し間を開けて切り出す。


「星司を襲撃する許可をほしいんだ」


 数秒後、電話口で「ぶふっ」と何かを噴き出す音と電話相手以外の悲鳴が聞こえた。

【ケホッケホッ……おま……おま……】

「まあ落ち着けよ」

 しばらく咳き込みが続いた後、スウッと息を吸い込む音が聞こえた。


【ろくでもなさすぎるわあああああ!!!!】


 予想していたので耳から離していたが、それでも声はちゃんと届いた。それだけ大きかったともいえる。

【あれか? 妹ときゃっきゃうふふな相手を今の内に謀殺しとこうとかそういう魂胆だな? このシスコン野郎!】

「別に琴葉は関係ない。むしろ、あいつだったら構わないっつうか、そういう話じゃない」

 いいか? と。

「星司は有数の魔鉱剣使いだ。あいつ以上に魔鉱剣を使える奴は今のところはいない」

【ん、む。そうだな】

「神州の知人に魔鉱剣使いとの交戦経験を与えてやりたいんだ」

【交戦経験――ふむ。そういうことか】

「夏の短期留学で神州はいくつかの魔法技術と魔鉱の存在を知りはしたものの、それらが生きた技術として浸透するには時間がかかる。学生の視点からの事実だけでは、上の方が動かないからな。だから、"上の方"に働きかけられる奴に学生が得た知識に直結する経験を積ませるのが必要なんだ」

【その知人とやらは、経験を自他に生かせる人物か?】

「ああ。おそらく、神州烈士隊がどこまで成長出来るかは、あいつにかかっているといえる」

【何者だ?】

「不破正義」

 電話相手はしばらくその名前を反芻して「おお」と名前に思い至った。

【神州の武神か。なるほどの】

「経験云々に関しては当人同士に知らせることでもないが、聖堂残党にでも出迎えさせておけば、惨事となることもないだろう。まあ、時間をややズラすくらいの工作は推奨するが」

【日崎の倅にとってもよい経験になりそうじゃの。よし、交戦を許可しよう】

 龍也の提案はあっさり許可が下りた。

 あとはアルカナム側から何かしら理由を付けてミスロジカル勢を神州に引っ張り出すことと龍也から不破正義に情報をリークすることか。

(正義の"前"を考えれば、星司に対して何かしら引っかかるものを覚えるはず。ソレは今回の件には利用できる)

「じゃあ……ん?」

 用件も終わりだな、と言おうとして、視界の隅を飛んでいった鳥が何故か気になってその先に目を向ける。鳥の色は白く、形状は――カラスだろうか?

「へえ」

【どうしたのじゃ?】

「ああ、いや、白いカラスなんて珍しいなと」

【白いカラス……?】

「アルビノカラス自体は過去にも観測されてるし、多分それだろうな。ってことで、連絡は終わりでいいんかな?」

【まあ、良いだろう。神州の武神への繋ぎはお主がやるんだぞ】

 へいへい、と応じて電話を切り、電話帳から『正義』を選択して通話ボタンを押した。



 朱翠とラフィルは商業地区で買い出し中である。

 朱翠は"翼のない"ラフィルの手を引いて歩いていた。

 事の発端は柚樹による挑発だった。

――天使は翼をしまえてこそ一人前。

 常に飛んで移動するラフィル相手に柚樹はそんなことを言ったのである。

 きっかけは至極単純で、ラフィルの翼で顔面を殴打されて怒って口走ってしまっただけなのだが、実際、その時に柚樹は翼をしまって勝ち誇っている。

 朱翠としてはよく分からない姉妹の機微というものなのだろうか。

 とにもかくにも、姉妹への対抗意識で翼をしまってはみたものの、数歩歩いてフウフウ言う始末。それでも予定していた日用雑貨の買い出しに出たのだが、割と肌寒いこの国で、顔を真っ赤にして汗を掻き掻き歩くラフィルを見かねて、朱翠は彼女の手を取った。

 そして今に至る。

「ごめんね?」

 右斜め後ろからの謝罪に朱翠は小さく首を振った。

「別にいい。それに……」

 立ち止まり、ラフィルに振り返って改めて全身像を目に映す。

(新鮮だ)

 言葉にはせず、感想を抱く。

 翼のないラフィルは、ただ年頃の少女にしか見えない。まったく似ているわけではないが、朱翠はラフィルに、遠い神州にいる幼なじみの少女を見た気がして目を細める。

「朱翠?」

「なんでもない。ところで、足、湿布でも買う?」

 絶対明日は筋肉痛だ、と思う朱翠だが、ラフィルは筋肉痛とは無縁の生活を送ってきたからか、キョトンと首を傾げた。

「休めば疲れは取れると思いますよ?」

「ん、疲労とは違うんだ」

 なんと伝えたものか、と悩む少年を見上げて、ラフィルは一度頷く。

「では、湿布もお買い物リストに追加ですね」

 なにやらニコニコしている。今度は朱翠が首を傾げ――少女と同じように頷いた。

 しばらく歩いて、買い物をして、最後に薬局へと入ろうとして、そこで朱翠は足を止めた。薬局から出てきた人物に道を譲ろうとして、足を止めた。

 その人物は女性だった。

 冬用コートに身を包み、口には細長いタバコを咥え、茶色いトロリーバッグを転がした黒い長髪で長身の女性だ。鼻に引っかけた丸眼鏡の奥で、目が驚きで見開かれていた。対する朱翠もポカンと口を開けている。ラフィルだけがキョトンと朱翠と女性を見比べていた。

「武本俊太郎?」

 その名を口にした女性は、タバコを噛みニィッと口の端を引き上げた。

「ほうほう、やはり生きていたか。ま、ここで会ったのは偶然だが」

 ラフィルを置いて逃走するわけにもいかず、朱翠はガックリと肩を落としてから、観念したように女性からの視線を正面から見返した。

「ご無沙汰を、御崎先生」

 ペコリと頭を下げ、戻した直後、ガシッと頭を掴まれた。ラフィルは女性の頭に怒りマークを見た気がして「ひぃ」と小さく悲鳴を上げた。

「ご無沙汰だあ? 大惨事の行方不明者があの世からハローってか。ああ?」

「これにはワケが」

「ほ~お? どんなワケがあるってんだ? ん?」

 ラフィルが涙目で「あの、あの」とアワアワしてるのが視界に入り、次いで周囲に人だかりが出始めたのに気づいて、女性は朱翠から手を離してコホンと咳払いを一つ。

「そのワケとやら、当然話してもらえるんだろうなあ?」

 何が当然かは分からないが、朱翠はコクコクと何度も頷いた。

 よしっ、と頷いた女性――御崎高音は朱翠が共にいる少女の手を握っているのをチラッと見て、ふむ、と。

(まさか、あの事件で行方不明になった少年が遠い異国の地で、将来有望な娘と買い物デートをしていようとはな)

 世の中分からん、と肩をすくめた。



「まさか同じホテルとは」

 買い物終えて、ゆっくり話す場所として高音の宿泊先まで荷物運びをさせられた朱翠は、到着した宿泊先の前で天を仰いだ。仰いだ視線の先で、電話中の龍也が手を振ろうとして、朱翠達と並んでいた女性を二度見して携帯電話を取り落としそうになった。

「はあ? 九曜頂・神薙だあ? なんでアレがこんなとこに……」

 予想外の人物を見つけて唖然。予想外というならば、向こうにとっても予想外である。

 一体どうなってるんだと首を捻りつつ、高音は朱翠達の後ろをついていった。



 ホテルロビーの一角で司は旧式のタブレットPCを操作してあるサイトを見ていた。隣からルードが覗き込んでいる。

「色々載っているものですねぇ。しかしこのページはなんなんですか?」

「HLN――HeroLover'sNetwork。世界中の英雄愛好家が集まって情報交換をするサイトです。

 英雄といいますか、世界中で活躍している、英雄候補の現役の魔法使い達のことなんですけどね。中には本当の転生者や降臨者の情報もありますが、載せている人達はそんなこと知りませんから」

「ほほう。ん? こちらのページは?」

「ここが今このサイトを開く目的ですね」

 そう言ってタッチ。開かれたページにはツリー形式の掲示板が表示され、地域別にまとまっている。

 司はロシア南西の掲示板を選択し開く。

「このサイトは、現役の魔法使い達のことだけではなく、彼らを必要とするような事件についても投稿されるんです」

「ギルドのクエスト掲示板――に載る前の情報欄に近いようですねぇ」

「アレよりも正確さは格段に劣るので、掲示板の情報を鵜呑みにしたらアウトですけどね。

 あ、これだ」

 開かれたのは『寒村を襲撃する怪物』というタイトルのツリー。

 濃紫の毛皮に覆われた人型の怪物が村々を襲っては冬越しの蓄えを奪っている、というものだ。

「怪物は数カ所で目撃され、そのすべての形状が異なり、人的被害は追い込んだ村人と雇われの合わせて数十人ですか。

 怪物の正体は初戦での生き残りでしょうねぇ」

「西側は生き残り出ていないんですよね?」

「ええ。すべて彼らの言うハライソに送りました」

 初戦でルード達が戦った相手は島原の乱で散った切支丹達であったという。

 生き残りが出る隙もなく、すべてまとめて浄化、昇天させたらしい。

「普通に考えれば、北と南の討ち漏らしでしょうね。

 ただ、宗茂さんを見るかぎり、自我が確立している存在は怪物化しないようです。

 怪物化に必要な手順がベルリンでの録画画像の"彼"の手によるものだとすれば、その"彼"が討伐されたことで自我を確立した者は怪物化する術を無くし、代わりに、自我を確立出来なかった者は暴走して怪物化した。そう考えるのが妥当のように思えます」

「ここの情報によると、エリスタでイーリスの人を見かけた、とありますね。

 中東圏を活動拠点にしているアルコンテス内の大ギルドが動いているとなると、情報共有としてアータル所属の彼らにも何か伝わっているかもしれませんねぇ」

 アルコンテスは、ゾロアスター系ギルドのアータル、インド系ギルドのカーバラ、中国はぐれ仙道系ギルドの焔羅、地中海からインド圏までの小ギルドを束ねる仲介ギルドのイーリスの四大ギルドによって構成される。

 ノア達アルコンテス出向組はアータルに所属しており、ルードの言葉はそこから何か情報はないかな、とするものである。もっとも、彼らは現在ペトロパブルで戦闘の真っ最中であり、話を聞く状況にはない。

「ふうん。この怪物相手に新しい英雄は誕生するのか? なんて、ずいぶん不謹慎な話もするんですねぇ」

「ネットはいつだって不謹慎の塊です。それは今も昔も変わりません」

 不謹慎であろうがなかろうが、情報が手に入るならこれ以上のものはない。

「ヴァチカンはオリュンポスからの干渉を断つ防御結界の影響から、君達が敷いた魔力のレールが届きませんから、そのせいか、若者は皆、インターネットの恩恵を知らないんですよねぇ」

 残念なことですと身を起こして肩をすくめるルードは、ちょうどロビーに入ってきた一行に気づいて右手を挙げた。

「あ。父様、ジーニアス神父」

 ラフィルの呼び声に、司はそちらを見て高音の存在に気づき、高音はラフィルが向く先を見て、如何にもなカソック姿の方が神父ならもう一人が"父様"だよなと理解をしてから、司と高音は揃って口を開けた。


「「え?」」


 場の空気が凍りついた。



「んじゃあ、こっちの子は日崎刹那ではないんだね?」

「うん。せっちゃんは今頃真面目にイギリスで後輩指導してるはず……してたらいいなぁ」

「なんで希望系なんだ、ったく」

 司の反応に高音は吐息と共に煙を吐き出す。

「で? 司の伯父様は一体どうしてこのような場所で、末広の惨事で行方不明になった私の元患者の息子や、存在を分家にまったく伝えられていない本家の養女や、我が国の不良九曜頂の一人らと、一緒にいるのか」

「それはー、色々と偶然がだね。

 ラフィルについては海よりも深い事情があって、朱翠君については行方不明には直接関与してなくて、神薙君についてはまったく関与してないっていう」

 結局何も話すものはないね、と頭を掻いて姪に睨まれた。

 高音は次いで朱翠に顔を向ける。

「そっちのワケとやらは?」

 問われ、あの末広町の事件で瀕死になった自分がセイジ=アステール・ヒザキに救われたこと、政治的要因から"神州"から命を狙われていること、父親からの依頼もあって日崎家にやっかいになっていることを伝えた。

(まさか、うちの九曜頂が関与してるとはね。

 俊太郎の言動を見るに、うちの九曜頂に対して十全な信頼がある。

 はっ、あの男。桐生と水城だけでなく、"武本"さえも手札に加えてたか。意図してかどうかは別として、神州での基盤が揃いつつあるってことだな。これは、早いとここっちも、九曜頂と接触した方が身のためだねぇ)

 高音がセイジと直接会ったのは、セイジが日崎の頂となった日のみで、セイジが天宮璃央護衛で神州に来た時は家人からそういう話を又聞きしたに過ぎない。

 父親は日崎本家に従う気はなく、兄の御崎高実も同様。だから、高音もそうなのだろう、と配慮されて九曜頂が御崎に顔を出した時にリアルタイムで連絡が来なかったのである。

 高音はこの配慮をした奉公人を他の分家に飛ばすことでクビにしている。

「先生は何故こちらに?」

「ああ。旭川にいるはずの弟を迎えにベルリンにな――おい、そこ、逃げるんじゃない」

 いいタイミングで入った叱責に、席を離れようとしていた司はストンと腰を落ち着かせた。

「弟が夏に首を落とす事件を起こしてね。

 親父殿はいたずらだと言い切ったが、私はこれに伯父が関与しているとみてね、伯父がいそうな場所の医者仲間達に弟の特徴を伝え、世に言う至源と弟の両方を探したのだよ。

 そうしたら、ベルリンの従軍医師らが、至源は知らないが"ミサキ"と呼ばれる弟の特徴を備えたガキがいるって言うじゃないか。

 で、使い魔飛ばしたり、個人的コネで情報集めたりチケット取ったりで、ようやくここまで来られたのさ。真海の輸送艇が来る明日まで、友人のコネで宿泊出来るここでノンビリしようかってところで、俊太郎達に会ったというわけだ」

「そういえば、世界医師学会はネット上で何か色々やってましたね。ある意味、本当に国境がない」

 魂幻が確立されていないため、魔法に依存しない医学はまだまだ需要があり、世界中の医者は、気安く異国に行けない現代ではネット上で情報交換や学会発表などをしている。

 御崎高音は神州医学会ではまだ若輩ながら、九曜関係者として多くの神州超越者の診断や治療をして発言力を溜めている有望者である。超越者の治療に関しては世界でもまだ研究段階なことが多く、彼女の功績は世界医師学会でも様々な超越医学に影響を与えている。

 そんな彼女の呼びかけだからか、情報提供は速やかにおこなわれ、ベルリンへの交通手段確保も問題なく進み、弟捕獲旅行はここノヴォシビリスクまでトラブルなく来られたというわけである。

 ちなみに、このホテルへのコネは梧桐秋の姉の一人、梧桐家次女の雨月によるもので、高音と雨月は高等部時代からの友人である。更に言えば、ここに対ベヘモットの一団がいるのは、穂月のコネであったりする。

 穂月と雨月で互いにこのノヴォシビリスク支店に友人と友人関係者を宿泊させている事実を知らないのだから、偶然とは恐ろしいものである。

「一応弁解してみると、旭川の冗談みたいな事件は知っていますが、アレは僕がやったわけではないですよ。

 例のサンド・ゴーレムは令君が構築した力作でして、大地に接していれば半永久的に動く代物なんですよ」

「はあ? うちの令がゴーレムなんて高等な魔法、使えるわけがないじゃないか。低級魔法と構想しか使えないあいつが」

「悲しくなるような信頼のされ方ですね」

 可哀想になってきたと肩を落とす伯父。

 これまでに培った不名誉はそうそう覆らないものだ。不名誉もまた、一つの信用、信頼である。

(まあ、炉心化した以上、これからは並以上に使えてしまうから、この不名誉も覆るんでしょうが)

 それはそれで色々と不安の残る問題ではある。

「あの、先生……」

 朱翠がおずおずと高音に話しかける。

「俺のことは出来れば誰にも伝えないでいてもらえると……」

「狙われている奴のことを吹聴したりはせんよ。ただ」

 一拍。

「雨月の妹にも話すな、か?」

 梧桐雨月の妹、つまりは梧桐澄のことだ。姉溺愛の妹として紹介もされているし、半神だから診断対象でもある。そして、彼女が、高音が担当していた患者である武本翠の息子と幼なじみだということも知っている。

「お願いします」

 頭を下げられて、高音は「しょうがないな」と漏らして、灰皿にタバコを押しつけ、新しいタバコに火をつける。

「話してあの子まで狙われるのは避けないとな。

 しかし、その代わりと言ってはなんだが、いずれお願いというものをすることになる。その時はよろしく頼むぞ」

「自分に出来ることでしたら」

 口約束ではあるが、高音が知る武本俊太郎という少年が律儀にそういうものを守ることを知っているため、この問題はここで終わりにすると割り切る。

(実際問題として、雨月の妹に俊太郎が生存していることを話すのはリスクが大きい。

 あの事件以降、妙に強くなったからな。下手をすれば、色々ほっぽり出して少年を探しにいきかねん)

 そんな事態は絶対に面倒臭い、と想像出来る。

(面倒臭いといえば)

 視線を、如何にもな神父と共にタブレットPCを見ている日崎の養女へと向ける。

 ラフィルと朱翠はかなり親密そうに見えた。万が一にでもアレを澄に伝えるのは絶対にやめようと思う高音であった。



 夕食時、どうせだからと悠の好意で席を同じくした高音はロシア料理フルコースに舌鼓を打ちながら、龍也と悠の二人と話をしていた。

「そっちは先程から空席だが、空席を一つ作っておくとかそういう風習でもあるのか?」

「ねえよ。ちょっとばかし用事をやってるだけ……ああ、戻ってきた。

 よお、お疲れさん」

 レストランに入ってきたリチャードの方に手を挙げる。

 相方の席へと歩いてきたその肩には、町中で調達したのか地味なデイパックをかけている。服装の派手さとのギャップがありすぎて、ひどく目立つ。

 リチャードは空席に座り、デイパックを足下に置いた。そして「おや?」と高音に顔を向けた。

「タツ、こちらは?」

「日崎のおっさんの姪で、女医だ」

「…………あぁ、あの、色々凄いことをする医者か」

 司の姪には龍也や龍也の友人に診察を名目に色々やる女医がいる、と聞いていたリチャードはそんな反応をする。反応された方は一瞬キョトンとしてから、龍也をギロリと睨みつけ腰を引かせた。

「アルカナムのリチャード・ロードウェルです。以後お見知りおきを」

「御崎高音。神州の超越者専門の医者をやってるよ。ま、よろしく」

(タカネ・ミサキ?)

 龍也から名前までは聞いていなかったが、聞き覚えのある響きだ。

(超越者専門のミサキ……タカネ・ミサキ……)

 フォークを手に取ったところで「あぁ」と思い至る。

「霊式縫合理論のタカネ・ミサキ女史?」

「――は?」

 リチャードの言葉に、まさかこんなところで思ってもみなかった自分の学論を出されて、高音はポカンと口を開けた。

 高音が学生時代に発表した多神教派の超越者と幻獣にのみ有効な外科手術法で、神州では魔法学の遅れから理論以上のことが出来ずに頓挫したが、北欧圏やインドではこの理論を基にした研究がなされている。ただし、高音としてはかなりマイナーな理論だと思っているだけに、このような反応になったのである。

「霊式……あ、正義のとこで新人隊員が最初に習わされる基礎応急処置の奴か。お前、よく知ってんなぁ」

「アイルの幻獣達に使用出来る数少ない医療技術だからな。

 この理論がなければ、現代医術を幻獣に適用することが出来ない。逆に、神医術を人間に転化することも出来ないのだ。

 コトハもこの理論を用いて強化魔薬の生成をしていたはずだが?」

「マジか!?

 へえ、高音すげえんだな」

 龍也の関心に「まあな」と返しながら、リチャードへの興味を抱く。

「あなたは医者か?」

 高音の問いに、リチャードは「いや」と首を振る。

「"前"の知識によるものが大きい」

 つまりは、前世のものだと。

「ただ、神代の医術を知る関係上、ミスロジカルでは現代医学と魔法の融合という研究に協力をしていたくらいですよ。もっとも、魂幻には至りませんでしたが」

 龍也がコクコク頷いて「やってたな」と。

「なんにせよ、あのようなすばらしい理論を構築されたドクターと会えて光栄です」

 心からの賛辞に、高音は照れ笑いで応じた。

 しばらくは談笑しながら食事をしていたが、羊のシャシリクが出てきた辺りで、龍也が高音に「大変だな」と話しかける。

「弟のお迎えだってんだろ? 行っても、連れて帰れるとは思えねえけどな」

 高音の手が止まる。

「どういうことだ?」

「ん? 弟の立場についてもちゃんと調べてきたんだろ?」

「立場……だと……?」

 俺、変なこと言ったか? と龍也はリチャードに顔を向ける。

「立場とも違うだろう。

 最新の情報では、彼の身柄は現在、ラインハルト家の預かり。正確には、彼の師共々だが」

「アレ以降、バーグシュタインの嬢ちゃんが学院に戻るまではがんばって起きていたようだが、その後は昏睡。

 ベヘモットからの救出例として実験部隊が昏睡中の令に手を出そうとして、ちょうどドイツに帰ってきていたっつうラインハルトの長男が保護に成功、だったか。

 俺としては、なんでイギリス国防軍竜騎士部隊第三部隊長の右腕が、ちょうどいいタイミングで帰省していたのかが謎なんだけどな」

「アヤメの例もある。昏睡からの覚醒はそろそろのはずだ」

「どうかねぇ。綾女の場合とじゃ、昏睡するまでに誤差がある。多少ずれるんじゃね?」

「……それもそうか」

 龍也とリチャードが何を話しているのかは分からないが、何故か弟のことなのに、ラインハルトとかバーグシュタインといったドイツ名家の名前が飛び出し、更にはイギリス国防軍なる単語まで出てきた。一体なんだというのか。

「あの愚弟。そこかしこに迷惑をかけているんじゃないだろうな」

 心配はそこだ。

「迷惑っつうか、そこかしこから愛されてると言った方がいいんじゃねえかなぁ。特に魔法大隊の連中からはな」

 敵討ちが提案されるくらいには。

 家族が知らなすぎる弟の姿が話から見えてきて、高音はやや真剣に考え込む。

(あいつはどれだけの顔を私達に隠していたというのだ)

 自室で食事中の司が高音のこの疑問を聞いていたら即答するだろう。

 ほぼすべて、と。

 そんな疑問を持ったとしても、高音のベルリンへ行く行動は変わらないらしい。

「というか、ラインハルト家の預かりが本当だとして、目的地はベルリンで正しいのか?」

 行ってベルリンにいなかったら話にならない。

「ベルリンはどっちかっつうと、バーグシュタインの膝元だな。

 ラインハルトの拠点はブラウンシュヴァイクだが、エルザ・ラインハルトの謹慎が解かれたって話は聞かないから、リューベックだな」

「断言か」

「間違っていたら次の検診で――正義を好きにしていい」

「その言葉、忘れるなよ?」

 いや、自分を賭けろよ、というリチャードの視線をスルーして、肉を残そうとする悠に自分のサラダを押しつけて、肉は自分で処理しだす龍也。

 食後のロシアンティーが運ばれてくる頃になって、高音は真海に移動距離の追加を依頼すべく席を立ち、その背を見送って、リチャードが話しかけてくる。よかったのか、と。

「弟の状態を知れば、あまり正気でいられるとも思えないのだが」

「もう、正気を失うほど酷い状態でもないだろ。見た目は魔力体なんかじゃなくて、ちゃんとした人間なんだから。

 それよりも、だ。もっと気になることがある」

「ギルベルト・ラインハルトのことだな?」

「ギルベルト・ラインハルトと我らが後輩リュシエンヌ・シーザーの上司は"旋神"、風の至源の徒だ。あの女、かーなーりー、食えねえからなぁ。何か意図があると考える方が自然だろ」

「ミスト・フラウベル、か。

 確か、ロンドンが侵攻された折、新人育成のためにウクライナまで飛竜の子供を捕獲しにいっていた、とのことだった。あの侵攻は間違いなく、彼女の留守を狙ったものなのだろう」

「連中は"空母"で乗り付けていたからな。あの女が相手じゃ、叩き落とされるだけの棺桶で。

 なんだよ、悠? その不思議そうな顔は」

 相方との話を中断して、許嫁の顔を見てキョトンと。

「いや、龍也がそのような辟易とするのも珍しいとな」

 悠の言葉に龍也とリチャードは揃って苦笑で応じる。

「タツは叩き落とされているからな」

「空を落とされるとか……ありゃぁ、結構いってえんだぜ?

 龍種なら竜騎士に従えーって、学生時代に龍体顕現した俺を乗りこなそうとしやがってな。

 俺は飛竜じゃねえっつうの」

 学生時代の思い出という奴か。

「俺らよりも一個下なんだけど、至源の徒ということで若輩ながら国防軍に所属していてな。

 なんつったっけ? ウェールズの竜」

「赤き竜ウェルシュだな」

「そうそう。国防軍竜騎士大隊の戦力増強とかでそのウェルシュの助力を仰ぎに来て、学院に顔を出したんだよ」

「ウェルシュの所在が判明していなかったらしく、英国中の龍種の反応を手当たり次第に当たっていたそうだな」

「結局、ウェルシュは見つかったのかね?」

「その話は聞いていない。

 ウェルシュがいなければ、現状、英国最強の竜はミスト・フラウベルの乗騎であるオルクスということになるのだろうな」

「あいつか。早いわ、強いわ、硬いわで、確かに最強かもしれねえよな、ありゃ。

 パラスが俺を乗りこなしてなければ、多分あの時、相打ちまでもってけなかったんだろうな」

 しみじみと過去を思い起こし、ジャムの入っていないただの紅茶をすする。

(パラス? 龍也達のパートナーだった女性か)

 悠は"パラス"という女性の存在を知っている。幼い頃、龍也からミスロジカルでのパートナーの話を聞いて、嫉妬したことがあるからよく覚えている。

 あの時は子供だったな、と思わず苦笑が漏れる。

「ま、なんにせよ、俺らがあの女と会うことは今のところないだろうな。正直、会わないにこしたことはない」

「対外交渉でもミツシに丸投げするくらいだからな」

 楽しげに喉を鳴らして笑うリチャードに「ほっとけ」と膨れる龍也。

「ミツシ……相馬光志か」

 ふむ、と感慨深げにその名を呟く悠に、龍也とリチャードの視線が集まる。

 神州では、天宮学園富士分校消失事件という惨事を引き起こした凶悪犯として指名手配されている男の名である。と同時に、龍也とリチャードの同僚でもある。

「指名手配犯に対外交渉など任せてもいいのか?」

 悠の疑問はもっともである。

「神州にバレなきゃいいんじゃね?

 俺と正義はあいつが犯人じゃないことを知っているが、九曜頂・祠上と神祇院は、あいつを犯人にしたくてしょうがないみたいだ。

 九曜頂の半分があの事件の真相を知って、犯人がまったくの別物だってことを知れば、指名手配も解除されるんだろうけど。残念ながら、真相は闇ならぬ冥府の中。

 しかもあの事件がきっかけで鳴沢村暴動事件なんてものも起きてるから、流された血の量からして、犯人はまったくの別人でした、なんても言えないだろうしなぁ」

 今更過ぎて、と肩をすくめる。

 悠は龍也からの又聞きした断片しか知らないし、事件以降、龍也がそのことを話すこともない。調べようとすると、他の九曜から妨害があって調査も遅々と進まない。そもそも、事件以降、富士の樹海の大半は人も超越者も寄せつけない魔界状態である。現地調査なんて出来るはずもない。

 高音が戻ってきて、この件は終わりと、談笑に戻る。

「食あたりでも起こしたか?」

 高音は龍也とリチャードの顔を見てそんなことを口にする。

「え? いやいや、俺らがダメってみんな危険だろ」

「食あたりか。そういえば、なったことがないな」

 それぞれに応じる青年二人。

 悠は知っている。

 富士分校消失事件について語る時、龍也は、口調は普段通りだが酷く辛そうな目をすることを。医者の目から見て、リチャードも龍也と同じように見えたのなら、彼にも何か関係があるのだろうか?

 真相を知らない自分では彼らの心情を計ることが出来ないのだ、と悠はそのことが酷く辛いと感じた。



 翌日、高音が真海の輸送艇に乗り込むのを眺めていた司は「なぬっ?!」と目を見開いた。

 空から白い影が舞い降りたのだ。白い影は高音の肩に止まった。

 それは、白いカラス。足が三本ある、赤目のカラスだった。

「な……シラナミ?!」

 司が発した言葉に、高音とカラスが司の方に顔を向ける。高音はドヤ顔で、カラスはカアと一鳴き。

(しらなみ……白波だと?)

 司の驚きを聞いた龍也は、その単語が聞いたことのあるものだったことに驚く。

「悠、白波ってのはひょっとして」

「白い八咫烏、それで白波と言えば、九曜・日崎に従う神霊だな。

 確か、先代九曜頂・日崎司がかつて従えていたはずだが……」

 そう言って、悠は司を見てから遠めの高音に視線を移す。

「先代九曜頂よりも分家の長女に従うを良しとした。そういうことだろう」

(白波は神代ではカガトに仕えていた神使。以降はカガトの直系に従うことで主君の復活に奔走したと聞く。

 それが従う相手を鞍替えしたならば、つまり、至源殿よりも高音殿の方がカガト――天津甕星に忠実だと判断したか)

 なるほど、と悠は頷く。

「なにがなるほどなのかな?」

「いや。日崎も案外、面白いことになっているのやもとな」

 ニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべた悠に、龍也は「あぁ」と悟る。彼女がこういう笑みを浮かべる時は、大抵、天津甕星に関係しているからだ。

 龍也は冷や汗を流しつつ、しかし、と納得を一つ得る。食事時に高音が話していた使い魔というのは、あの八咫烏のことだったようだ。

「八咫烏の生態はよく知らんが、まあ、神霊なら神州から遠いドイツで情報集めることも出来るかもしれねえなぁ」

「大方、自身同様のアルビノ種の意識を通して諜報でもしていたのだろう」

「うわ、便利……いや、アルビノ種が珍しいことを考えると、そんな便利でもないのか」

 どっちだろうなあ、とぼやきつつ、動き出した輸送艇を見送った。



 12月初旬、リューベック・ラインハルト別邸門前。

 高音はまずベルリンからブラウンシュヴァイクへと行き、そこでエルザ達がリューベックの別邸にいることを確認し、アポイントを取ってからここリューベックへとやってきた。

 鉄格子の門から中を窺えば、中は庭園。屋敷まで距離は長く見える。敷地は東京ドームくらいか? と予想する。ブラウンシュヴァイクの屋敷はもっと大きかった。屋敷というよりは城だったのだが。

 呼び鈴を鳴らそうとすると、その前に門が開き、メイドが一人顔を出す。

「お待ちしておりました、タカネ・ミサキ様。こちらへ」

 メイドは一礼してそう言うと、先頭に立って高音を屋敷へと案内する。

(ここがドイツ帝国の双璧。ラインハルトの療養地ねぇ)

 無駄にデカイ。それが感想。

 と、高音の足が止まる。庭園の一角のある光景がその足を止めた。咥えていたタバコがポロリと落ちた。

 全長10メートルほどの銀竜と全長5メートルほどの金獅子が睨み合っていた。

(幻獣放し飼い!?)

 放し飼いにされているのは片方だけなのだが、そんなことを知らない高音は「貴族怖いわ」と合っているような合っていないような感想を抱く。

 本当にこんな所に弟はいるのだろうか?

 ベルリンにはいなかったし、白波でもベルリン以降の足取りを知ることは出来なかった。神霊をもってして隠せるというのなら、かなり厳重な結界に護られているのだろう。

 神薙龍也の助言通りラインハルトに接触してみたが、リューベックに入った途端、白波は調子を崩し使えなくなってしまったため、リューベック郊外に待機させなければならなくなった。

 これは当たりか。とは思うものの。

(幻獣といい、白波が入れないといい、ここは魔境か?)

 そんな感想を抱きつつ、高音は案内されるままラインハルト家別邸を進んでいった。

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