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LR  作者: 闇戸
五章
65/112

Behemoth_6_b

 龍也は肩で息をする。

(このおっさん。さすがにつええな)

 斬撃を受け流しながら、水弾、雷、風といった放出型の神威で狙ってみたのだが、すべてを斬り払われてしまっていた。放出型がそれほど得意とはいわないが、龍種形無しである。

「うまく躱すものだ」

「ガキの頃からあんたみたいな奴をからかってきたからな。それなりって奴さ」

 薄霧は既にない。龍也自身が起こした竜巻によって空へと返した。

 ガチンと爪と刀による何度目かの競り合い。体術に繋げる返しは既に種切れ。あとは岐神による繋げくらいかと悩みそうになった龍也の耳にピリリッという電子音が三回届く。

 あらかじめ決めておいた三方で所定の位置に着いた時の連絡方法だった。

「はっ。時間は稼げたみたいだな」

 押し返すでも蹴り離すでもなく、いなし崩して半円を描いて道雪の間合いから逃れ、チャッと左中指と人差し指を額に充てて道雪へ向かって指す。

「じゃあな、おっさん」

「待っ」

 呼び止めついでに斬り払えば、龍人は霞と消えた。

 道雪は龍人の気配をしばらく探っていたが、やがて納刀し、未だ轟音響く南方の空に顔を向ける。

(聞いていた通りの人外。されど、真に奴らは転覆者なのか?)

 戦って抱いた感想は、否。

(本性は過ぎるほどに……)

 人外であることを除けば、聞いていたのとは真逆かと。

「これは、あの仮面の者にやられたかもしれん。統虎の判断が正しかったか」

 婿養子・戸次統虎こと立花宗茂は榊朱禅が敵になる状況がそもそもおかしいと、周囲の反対を押し切って一人陣営を離れている。

 そもそもにおかしいといえば、現状のすべてがおかしいのだが。

「それに……カンナギとあの蛇」

 龍也の姓には聞き覚えがある。そして、彼の左腕に巻き付き時には大砲の如く口から灼熱を吐いた蛇。

(アレが八岐大蛇が宿るという神宝であれば、かの一族の……あの男の子孫か?)

 と、道雪は自身の精神を圧迫していたある重圧が消えていることに気づく。

「仕組みは知らんが、今なら奴の注意が逸れているということか」

 それならやることは一つ、と自分以外に精神が支配されていない武士を捜しにその場を後にした。



 途中で拾ったリチャードと共に停車している大八車の近くに着地。龍体を解いて、準備に入っているヤム達に近づく。

 ネコは長時間の魔構の使用によって疲れているらしく地面にグッタリと座り込み、その傍らで腕を組んで立っていた悠が龍也達に顔を向けた。

「中々、派手に戦っていたな」

「対軍はなー。正直なところ、昔の武人の方が今の連中より強いと思うぜ」

 悠に応じて大仰に肩をすくめる龍也と、その感想にリチャードも頷いている。

 悠は呆れた感じに吐息。

「負けたか」

 その一言に龍也とリチャードは揃って手を振った。

「負けたらここにゃおらんわ」

「では勝ったのか?」

「試合だったら判定で負けてた。でもなあ」

 つまり引き分けだ、と。決着がつかなかったのだから、勝ちも負けもない。ただ結果としては、ヤム達への攻撃をおこなわせなかったから、ある意味では勝ちである。

「相性悪すぎだろ。

 雷を斬った逸話があるってことは、事象系の神威なんざ斬られてなんぼ。つうか、昔は雷は龍の化身とかも言われてたわけで、ぶっちゃけ龍殺しじゃないか? 相性も何も俺すげえやばかったんじゃ」

 今更ながら震えが来る。

「よく生きていたものだ」

「そういうリチャードは誰とやってたんだ?」

「――カニサイゾー?」

 悠が「ほお?」と興味を示す。

「槍の名手じゃないか。で、龍也は愚痴から察するに」

「戸次道雪――立花道雪だな」

 ああやっぱりと頷きを一つ。で。

「本当に、よく生きてたものだ」

 リチャードの真似をした悠に、龍也は「ひでえ」と頭を垂れた。

 龍也と悠の普段通りのやりとりからネコへと視線を移したリチャードは、彼女の様子から装着する魔構が合っていないな、と感想を抱く。

 予備でしかないのだからその通りなのだが、もっと根本的な部分で合っていないと視て取った。そして、首を傾げた。

 リチャードが龍也と共にミスロジカルへと臨時戦技教官として出向いた時、ドイツ製魔構を装着したネコを担当したことがあった。その際、思わず本気で殴り倒し保健室行きにしたのだが、ようは、本気でやるくらい魔構を一心一体に使いこなしていた。もしあの時のネコのままなら、例え予備とはいえ、ここまで合っていないと思わせることはなかっただろう。

 ドイツ製の魔構はほとんど機械である。使用者の精神状況などお構いなしで能力を発揮することが有用な兵装だ。

 ネコが御崎令のことでアンバランスになっているのは聞いているし、視ればバランスを欠いているなど一目瞭然だ。しかし、それでもだ。ここまで崩れることなど、本来ありえない。

 ネコと令による戦闘は映像で確認済。だから、もしや、とある事態に至る。

(炉心化するほどの還元の使い手と直結して魔構の系統が変化したか。

 最悪、クルツ・フリーデン製は使えなくなるな)

 ネコがあそこまで自身よりも巨大と思える魔構を使いこなすまでに費やした努力を思い、意識せず憐憫の眼差しで見下ろす。

 努力が完全に無駄になることはないだろうが、少なくとも、スタイルの変更をしなければやっていけないだろう。

(さて、本人に直接言うべきか、それとも彼女の教官である至源殿に伝えるべきか)

 ふうむ、と腕を組んで悩み、まずは司に伝えるべきかと結論付けて悩みを終了させる。教官だけに自分よりアドバイスは的確なのだ。

「おーい、リッチ。始まるぞー」

 愛称で呼ばれて、"始まる"の要因と思われるヤムへと顔を向ければ、ちょうど彼女が神化したところであった。その姿に、悠が噴いた。

 青銅色の肌を持つネグリジェのような薄布を纏った女。うっすらと、だが確実に見える豊満で肉感的な身体は男であれば間違いなく目を奪われるだろう、そんな女だった。

「影に潜む蛇蝎の姿さえなければ完璧だ」

 リチャードの指摘は、ヤムの足下や身体の影に隠れ潜む蛇や百足、蠍といったおぞましい存在を指している。

 龍也はそれを視界に収めようとして、グリッと強制的に視界をズラされた。首が痛い。

「悠さん、見えません」

「見なくていいんだっ」

 仲良いな、こいつら、とヤムとネコが苦笑。

「じゃあ、結果だけ教えてくれ。

 ほら、でかくなる予定なんだから、ここじゃ踏まれるっつうの」

 オーライオーライと目隠しされたまま悠をつれて後退する龍也。

「いいの? あれ」

「普段通りだ、問題ない」

 腕を組んだ仁王立ちで裸と変わらない女と会話するリチャードもリチャードだな、とネコはこのどうしようもなく異常な光景に呆れた。

「始まったぞ」

 南では紅金の輝きが、西では黄金の輝きが発生。

「はいはい。じゃあ、やりますか」

 うんしょ、とヤムは気合いを入れると、みるみるその身体を大きくしていった。

 巨獣を三方から囲む形で、北に青銅の女、南に紅金の炎を纏った天使、西に十二の翼を広げた見目麗しい天使が出現。ほぼ同時に巨獣の腹の下と後ろ足付け根に手を回してガップリと組んだ。

 しばらくして、ズズズズ…………と激しい地響きが周囲を満たし、地揺れに襲われる。

 下から眺める側としては、動いているかどうかがサッパリ分からない。


~10分後~


 ノアからのメールを受信。

「うん、予想通り」

 首を捻られたままメールを確認。内容は言葉の通り、予想通りの決行の催促。

 首の向く側に身体を向けて、水を取り出して飲み出す龍也。その量は半龍状態の時よりも多い。

「ネコ・バーグシュタイン。覚悟はいいか」

 リチャードの問いに、ネコは立ち上がってから頷いてみせる。

「私も……攻撃に」

「その意志はありがたいが、君は君のやるべきことに全霊を尽くせ」

 それに、と龍也に顔を向ける。それを受けて頷きで返す。

「中に炉心がある以上、あの巨獣に通常の源理は効果はない。純粋打撃などは問題外だな。

 あ。これ、俺らの経験談ね」

「通常の……源理? それって」

「んじゃ、とっとと上まで行くとしようかね」

 ネコが疑問に思うことなどお構いなしに話を先に進めてしまう龍也。

「リッチ。そっちよろしく」

「心得た」

「とりあえずな、バーグシュタイン。君、同期にウォルターいるから見るのははじめてじゃないにしても、今からのことははじめてだろうから――まあ、暴れないでくれると助かる」

 同期のということはセレス・ウォルターのことだろうか。なんにしても「は?」と反応するよりも早く、行動されていた。


「龍体顕現」


 目の前で、神薙龍也という人間が光に包まれたかと思うと巨大な黒鱗の龍へと変化した。

 唐突に襟首を引っ張られて浮遊感。気がつけば、鋼鉄の如く堅い鱗で覆われた床――龍の背に座らされていた。リチャードが後ろにいることから、彼がネコをひっつかんで龍の背に飛び乗ったのだろう。前方、龍の頭(?)で悠が右角を掴んで立っているのが見えた。

 ゴオゥッと風が来る。

 踏ん張るために屈んで目前にあった鱗の隙間を掴んで耐える。

 風は数分続いた。

 寒さではなく涼しさと心地のよい風を感じて顔を上げれば、目に入るのは太陽。見回せば、そこは雲海。そして、濃紫の大地と大地を三方から囲む天使二人と青銅の女の顔が見えた。

「失礼」

 飛び乗った時と同様。再び、襟首を引っ張られた。喉が締まって悲鳴が出なくて「おぶっ」となんかネコ自身が予想していたのとは異なった声が漏れた。

 濃紫の大地に着地したリチャードはネコを下ろし、龍を見上げる。龍の頭上では、悠が角から手を離し、瞳を閉じて短い集中に入っていた。

 ゆっくりと瞳が開く。


「転――」


 その言葉で胸の前に銀光に輝く柄が顕れた。長さは

 ゆっくりと右手で柄を掴む。


「――神ッ!!」


 柄が引き抜かれる。悠の胸から銀光の直剣が顕現した。と同時に、悠の長い髪が銀に変わり毛の先から身体全体が淡い銀光に包まれる。幻想的だが、彼女の凛々しさは一切損なわれていない。

 最大火力で巨獣の背を破壊して令を解放するとは聞いていたが、コレがその火力か、とネコは銀光に目を奪われる。

 アレは神剣だ。

 同期のセイジ=アステール・ヒザキがシフトした際に使用する剣と酷似しているから、そう思った。

 剣身は一メートルほどで、柄は十センチちょい。ロングソードみたいなものだろうか。

 そんなことを思っていると悠は龍から飛び降り、龍も姿を消し、リチャードの近くに龍也が着地した。

「嬢ちゃん。手はずは覚えてるな?」

「ユウ・キリサキが巨獣の背を斬り開いたらリョウを見つけて名前を呼べ」

「そうだ。呼び続けろよ? そうしたらあとは俺らがなんとかしてやっから」

 意識で探せとも言われている。つまり、目で見るのではなく視ろ、と。

「嬢ちゃんの中には御崎弟の痕跡がある。それと同じものを探せば絶対に見つかる」

 ネコにそう言い聞かせると「やれ、悠!」と声を上へと向ける。

 悠は着地せず、空に立っていた。

 龍也の声を受けると、神剣の剣身を左手でなぞり、半回転して剣身を下に向ける。


「顕現」


 神剣が解かれて光になっていく。すべてが解かれると、光は急速に収束。形を再構築する。

 剣身二メートル半、柄が五十センチはある大剣が顕現。

 悠は柄頭を掴み、下に向かって槍投げのように撃ち出した。

 大剣は音もなく濃紫の大地に突き刺さり、しばらくして、遙か下の方、本当の大地の方でズッダンッと凄まじい斬音が響く。

 巨獣を囲む三方の者は巨獣の腹を銀光が貫通した後、直下が噴煙に消えたのを目撃した。


「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」


 海鳴りのような大きく深く腹の内を抉るような轟音が聞こえ、濃紫の大地がビクンと震動した。

 悠は大地から生えた柄の傍らに着地し、腰を落とし柄をしっかりと両手で掴むと、全速力で東に向かって走り出した。

 大地が――巨獣が痛みで身悶えするが、三方を囲む天使達がその身体をガッチリと押さえ込んでいて、下が大地震となるのを防いでいる。

 大剣の通った道がベロリと拓かれていく。中は表面よりも更に濃い紫色が陽光に照らされてヌラヌラとしている。

 ネコはそこを一心不乱で視回す。

(リョウ――リョウッ!? どこにいるのさ?)




 濃紫の世界で大きな黒狐と黒ローブの怪人が戦っている。

 黒狐の背中で、御崎令は寝ていた。ずっと寝続けているわけではない。目を覚ませば黒狐に寝かしつかされているのだ。黒狐はただ、契約者たる人の子を護っていた。

 黒ローブが彼らを襲うのは、黒狐の護る存在が大地の命脈から魔力を受け続けており、そこから漏れ出る魔力だけで巨獣が山のような大きさになった。黒狐によって漏出が止まったために巨獣の成長も止まってしまった。あの存在を手にすれば効率よく巨獣を成長させられると踏んでの行動である。

 令は何度目かの覚醒をする。

 視界の濃紫を視回して「ああ」とぼやく。

 彼にとっての世界は、背に伝わる相棒の暖かさとこの濃紫の――時として五理の生命の輝きを内包する場所のみ。それが変わっていないことに嘆くことはない。ただ、またか、と。

 世界を認識するのはなんだろうか。

 五体の感覚はない。視線を下に移してもあるべき肉がそもそも見えない。首を動かしているわけでもないのに、周囲を視界にいれている時点で、自身の身体が存在していないと確信出来た。

 黒狐が背に乗せているのは、黒狐が忘れない御崎令のイメージそのもの。実際に乗っているのは、大地の命脈から魔力を吸い上げ続ける魔力体だけになった御崎令だった成れの果て。既に物質ですらない。

 理解しているのは、自分が大きな海と命脈という川で繋がった湖のようなものになっているらしいということか。

 もし還元の魔法使いとして修行していなければ、状況に発狂していたかもしれない。状況的に考えれば、発狂していた方が楽だったかもしれないが。

 修行していたから、自身の状態が炉心化なのだと思い至れた。

 炉心化すれば死ぬ。人ではなくなる。そのように教わってきて、今がまさに、人として死んだ状態らしい。

 現実時間ではほんの数日でも、この世界ではもうどれほど経ったかが分からない。少なくとも数年は経っている気がする。

 最初はネコの無事を考えていたが、今は、自分は誰のことを心配していたのかが分からなくなっている。

 心に残るのは、いつか見た憧れ。

 あの人のために強くなろうと思った。いつか、あの人の剣となり、盾となるための力を欲した。魔法使いとしての才能がない自分だが、必ず得られる力はあるはずだと。

 求めた結果、変質しはしたけれど、この力は絶対にあの人の力になる。嗚呼、自分が誰なのか、今一つよく思い出せないが、あの輝きだけは心に残っている。あの輝きは――。


 ズバリとそれは唐突に世界を割った。


 濃紫の世界を銀光が貫通していった。

 世界が震える。

 還元の魔法使いは世界を貫通した輝きに、心に残る輝きに近いものを視た。

「ったく、何をやってんだ、俺は」

 ただ内を視て思考に沈んでいた自分を引っ張り上げて嘆く。

 一方、世界の異常に黒狐と怪人の戦闘が中断していた。

「GodBless?」

 怪人は銀光の正体に気づき、黒狐から炉心を奪うことを止めてこの場から姿を消す。向かうはこの異常を引き起こした相手の元へ。

「コン助」

 黒狐は背へと首を巡らす。

「護ってくれててありがとな」

 背からの礼に「キュ」と鳴く。

「さて、どうするかな」

 寝る以外の道を考えようとしたその時、誰かに呼ばれた気がした。その声は――。

「――ネコ?」




 ネコは濃紫の奥に探し続けた魔力の痕跡を視た。

「いたっ!」

 ネコの声に、龍也とリチャードはネコの向いている先に顔を向け、彼女の示す先を視た。

「確認した。やるぞ、タツ」

 リチャードはそう言って、右手に黄色と白のマテリアルが拳骨に埋め込まれた木製のナックルガードを装着した。

「こっちも確認……あぁ、シトゥンペカムイの子供はここにいたか」

 なるほどね、と龍也は左手に赤と青のマテリアルが拳骨に埋め込まれた木製のナックルガードを装着した。

「ちっ。もう再生を始めやがった。ついでになんか来たぞ」

 斬り開かれた濃紫の壁が狭くなってきた。その中を怪人が黒ローブをはためかせながら浮上してくるのを確認する。怪人の周囲に五色の魔力球が浮かび徐々に大きくなってきている。

「やるぜ、禁じ手」

 龍也がネコの右前へと進み出て、左腕を振りかぶる。オロチが左腕から首へと退避した。

「学生現役は真似をしないように」

 リチャードがネコの左前へと進み出て、右腕を振りかぶる。

 タイミングを合わせすべてのマテリアルを思いきり衝突させる。


 パンッ――――キュゴッ


 龍也とリチャードの掌の間で四色のマテリアルとナックルガードが消失し、次いで暴虐のエネルギーと化した。

 目の前で展開した事態に、さすがにネコもたじろぎ後退る。

 目前の二人は、互いの掌を押し戻さんとするボム化したマテリアルを盤石の力で固定。


「「Re:materialise」」


 圧縮、組換、昇華を経て、五色が混ざり合いただ白色の閃光へと変化する。

 龍也が右をリチャードが左の足を出す。それは閃光を番えたスリングショットの如く。

 怪人が魔法球を二人めがけて撃ち上げる。


「「ArtificialGodBless――PhotonicRay!!」」


 魔法名と共に、閃光のスリングショットが下に向かって撃ち出される。閃光は光の矢となって、怪人の魔法球と衝突。競り合うことなく、閃光は五色を分解しながら消し飛ばし怪人を貫通。怪人の身体ごと濃紫の壁を崩壊させていく。

 怪人は枯木の如き腕を空へと伸ばし、宙を掻き、腕だけ残して先にマスクとローブが消滅して。

「リョオオオオウウウウ」

 ネコは光の先に手を伸ばす。この破壊の閃光の先へ届くように、濃紫の中で見つけた自分がよく知るアイツの光を掴むように――――意識の先端が届……。

 舞い上がってきたローブの切れ端から枯木が伸びネコを貫かんとして、銀の横一閃に割断された。

「その動きは一度見ている」

 巨獣の斬り開きから戻ってきた悠によって、今度こそ枯木の腕の怪人は消滅し、ネコは光を捉えた。直後、閃光は弾けて消失し、濃紫の大地がバタンと開かれていた口を閉じ、ネコは大地が閉じた衝撃で尻餅をついた。



 ネコは重さを感じて身を起こす。

 重さの正体は、小さな黒狐とあの日巨獣に飲まれた時の服装をボロボロにした少年で、少年は黒狐を間に挟んだ状態で覆い被さっていた。

 身を起こした先に、少年の顔があった。

「よ、よう、にゃんこ。悪い、なんか身体動かなく……てっ?!!!」

 弁解する御崎令は突然のことに弁解もそぞろに硬直した。ネコに強く抱きしめられたからである。

「生きてた……生きてたよ……」

 令の胸に顔を埋めて、結果になってほしいと懇願し続けた言葉と安心を口にする。嗚咽すら聞こえてくる。

 令は、身体がコン助とネコのイメージから再構築されたものであることを知っている。正確には生きていたわけではないことも知っている。ネコのは勘違い。それでも。

「ただいま」

 その一言だけを口にした。

 令の下で、ミスロジカルに行く前の、口調をエルザに真似る前の声で「おかえり」と応じたが、小さく、くぐもっていたから周りには聞こえなかった。それでも、令にはちゃんと聞こえていた。



 背上の再会劇とは関わらず、濃紫の大地は震え続ける。

 左手をプラプラして走る痛みを散らしながら、龍也は天使達の顔が近くなったことを知る。濃紫の大地の果てが近づいていた。つまり、背中の面積が小さくなったことを意味する。

「炉心を失いなるべき本来の大きさに縮んだようだな」

「本来つってもやや膨張気味だけどな」

 で、とリチャードに応じた龍也は足下を見下ろす。

「そりゃ、悠の神剣と俺らの人造神剣食らえば、目ぇ覚ますわな」

 ヤレヤレといった感じに、まだ痛みが残る左手を下へと構える。西の天使がやや目を輝かせたが、そっちは敢えてスルーだ。

 リチャードが令を、未だ転身中の悠がネコを抱え、北に向かって走り出したのを確認。


「顕現せよ――八岐大蛇!」


 岐神の宝玉がカッ灼赤の輝きを発し、巨大な八つ首の蛇が巨獣の背に降臨した。

 七つの首が背中から巨獣を覆うようにしてその四肢を拘束していく。一つの首が濃紫の大地から空へと跳躍したリチャードと悠を拾い、大地へと下ろしてからその軌道のまま腹への拘束に向かう。

 濃緑灼眼の大蛇によって濃紫の巨獣はボンレスハムの如く拘束される。暴れようとしてギチギチと音を立てる。

 大蛇の背に乗る龍也は浮遊感と風を感じる。三方からの持ち上げと移動が開始したらしい。



「ベヘモットからの炉心排除に成功したそうです」

 リチャードからのメールにノアは司と朱禅にそう伝える。

「シックザールからもベヘモットの魔力が急激に低下し一定量で停止したと報告が」

「つまり、あの大きさとその一定量が本来の犠牲者量に応じたものというわけですね」

 報告に、司はなるほどと頷いてみせる。

「攻撃手段は神剣か」

 朱禅の呟きに「そうですねぇ」と司は応じる。

「九曜頂・霧崎による布都御魂と龍也君とリチャード君による重奏源理ですかね」

 霧崎悠が経津主神の転生者であることは朱禅も知る既知の事実だが、重奏源理という単語は知らず顔を司に向けた。その反応に司は「ああ」と口にする。

「あの二人……正確にはもう一人いたのですが。ともかくあの二人が学生時代に編み出した源理魔法なんですけどね。

 超越者が発生させる神剣を人造で生み出すにはどうするべきか。そういう論題で、まあ、やってしまったわけですよ。アレ」

 神剣とは何か。そこから始まり、神剣を形成する神の威を人造する公式を組立、公式を埋め込むべきマテリアルの生成は事故で成功。発動までもっていって、大惨事に発展させた。

「五理のマテリアルを同タイミングで破壊しマテリアルボムという事象へと変質させ、物質という枠を失った事象を配合し、そこに式を組み込む。式の量は膨大でボムが破壊を撒き散らすまでの間に組み込むことは不可能。だから式を分割し、同タイミングで開始し同時間で終了させることで一個の式として完成させる。

 一つのミスが術者のみならず周囲を破壊してしまうという最悪の難易度を誇るため、ミスロジカルではこれを禁じ手……有り体に言えば"禁呪"と定めたんです」

 死と隣り合わせの魔法なんて使えたものではないからだと。

「二人で奏でる魔法だから重奏というわけです。元となっているのは、絶技。

 完成形が使えるのは完成させたあの二人くらいでしょうか。完成といっても、やればやったで反動が凄まじく、術者もただでは済まない。まさに禁じ手。

 五つの源理を食らって昇華した事象マテリアルを使用しているせいか、下手な源理、属性などはあの魔法の前には意味がない。そのため、対源理魔法になった"かもしれない"代物です」

「デタラメな連中だ」

「まったくですよ……って、ジンさんがそれを言いますか」

「俺は別にデタラメではないんだがな」

 割と本気で五百年近く生きる侍はそう口にした。



 ベヘモットはロシア・モスクワ南方、ヴォロネジに不法投棄された。

 とはいえ、ヴォロネジ市街は前大戦時に謎の破壊を受けて人っ子一人いない廃墟となっているため、人的被害は確認されていない。

 ベヘモットは拘束が解かれた後、再び沈黙。更に身体をもう一回り縮小させることで自然治癒を高め、より強固になっているのではと予想されている。

 令とネコは、西側で何があったのかあまり深くは語ろうとせず、年配者は「おお、神よ」とまで祈っているドイツ実験部隊に連れられてベルリンへと帰還させられ、ネコを勝手に連れてきたということで、龍也とリチャードは司に半日正座をさせられることになった。

「枯木の手の黒ローブが消滅した?」

 それが龍也達の報告内容の一つだ。

 宗茂からの話では、彼らを召喚したのは枯木のような手をした怪人だったとのこと。枯木の手の怪人が召喚をし、各方面にいた他の怪人が騙りで従わせ、従わなかった者を召喚者が面妖な術で自我を奪っていた、ということらしい。

「北の戦場から姿をくらませた武将達とは今後会いそうな気はしますが、それはそれとして、召喚者が消えて尚、宗茂さんは普通に活動している。

 召喚者の生死で魔力体に戻るのではないとすると、ベヘモットを討伐することでか、または他に条件があるのか」

 宗茂の意向は一つ。このまま妙な生を全うするのではなく、さっさと冥土に戻る、である。

 天然自然の理に外れた生など興味はない、ということらしい。

「弥七郎達を構成する魔力がベヘモットのものと同質である以上、ベヘモットが関係していることは間違いない」

「そうですね。それに、もし現段階で死んだとしても、再びベヘモットの中に戻らないという保障はないわけですしね」

「難しいところだ」

「気になるといえば、もう一つ」

 少し間を開ける。

「宗茂さんの話では召喚された人の中に僕達とあまり変わらない格好をした女性がいたそうですが、そういった人は南北西で目撃情報はありません。どこにいるんでしょうかねぇ」

「さあな。

 大体だな。弥七郎からすれば伴天連の格好はすべて俺達と変わらない格好になるのだ。その女を何者かと特定することは困難であり、することに必要性があるかも怪しい。

 なにかしらの切り札として喚ばれたのだとしても、こちらにそれを知る術はない」

 気にしても無駄だ、と朱禅は言う。

「それもそうなんですけどね。気になるじゃないですか」

 好奇心いっぱいの司に、朱禅はフンと鼻を鳴らした。




 軍用トラックの中でネコは最後尾に座って後ろの光景をボンヤリと眺めていた。左隣には令が座らされている。

 視界の遙か先、雲間から濃紫の山が見える。ロシアはここからは遠い。それでもあの山が見える。小さくなったとはいえ、それでも桁外れなのだ。あんなものの背中に登ったかと思うと今更ながらに恐ろしいと思える。

 今まで学院のクエストでもこのような相手と戦ったことはない。

 自分のとこの第二班が神話級の魔竜を撃退させたという話は聞いているが、火力をもってすれば可能程度と聞き流していた。実はそういうレベルの話ではないのかもしれない。

(アオギリは気絶してたっていうし、カンナギは何も話さないし、ヒザキ兄ははぐらかす。あいつらは一体何をやったっていうんだ)

 ベヘモットなんていう存在を見た後だからか、その時何があったのかが非常に気になりだした。学院に戻ったら聞いてみるのもアリだ。

 令は何か分かるのか、と隣を見れば隣人は壁により掛かって動いていない。まさかと思って手を取ればちゃんと熱はある。冷たくはない。よくよく聞き耳を立てれば寝息も聞こえた。

 ホッと胸を撫で下ろす。

 ここ数日というほど時は経っていないが、自分は弱くなったらしい。

 トラックへと乗る前に、ネコは司から自身の適性が変化したらしいという話を聞いている。リチャードからのアドバイスはそこそこ恥ずかしいものだった。

(リョウと直結した時の呼吸法を身につければ今まで以上に魔力が使える……と言われても)

 その時を思い出そうとすると頭がのぼせて動悸が速くなる。とてもじゃないが呼吸法がどうとか制御出来るものじゃない。

(ああ、でも)

 令に手伝わせれば比較的早くこの問題も解決出来そうだ、と令の寝顔を眺めながらそう思った。




 リューベック・ラインハルト家別荘。

 エルザは自室の窓から庭を見下ろす。そこにはベルリンから氷漬けで送られてきた後ここの風呂で解凍され、事態に茫然自失となったアルフレッドが傷心のまま椅子に座らされている。傍らでは次女エイダ・ラインハルトがメイド達と共に彼に茶を振る舞っている。

【団長、聞いていますか?】

 電話口からクリステル・ハーニッシュの怪訝そうな声が聞こえてきた。

「ああ、ちゃんと聞いてるよ」

 吐息。

「まさか、アルの部隊がやりそうなことをアルカナムの連中までやるとはね。

 さすがの私も呆れるわ」

 成功したからいいようなものの、と肩をすくめる。

「しかし、ミーネどころか、クリスまでバーグシュタイン嬢の同道を許可するなんてね」

【止めてもアルカナムの方で勝手に引っ張ってきそうでしたので。

 それに、ヘクセンの中にはネコ・バーグシュタイン同様、入団前に、個人的にヘクセンの助力を得たことがある者もおり、これも一つの慣例ではとも考えておりますので】

 そうだね、とエルザは頷く。

 今話しているクリステルもその例の一つなのだ。

「じゃあ、引き続きヘクセンは巨獣討伐に従軍しな。

 いずれはロシアからドイツへの抗議の結果で撤退しなくちゃならなくなるだろうが、それまではな。

 ついでに、他勢力の技術も盗めたら盗む方向で」

【ついでが目的なのはいつものことですね】

「そう。いつものことだ。いつものことをやってきな」

 定期連絡を終えて伸びをする。

「さてと、アルにはどのタイミングで教えたものかな」

 弟子がまさかの炉心化など、ある程度落ち着いてからでなければ立ち直れないだろう。

 エルザは傍らの写真立てに目を移す。そこには今よりもう少し若いエルザと東洋人の少女が並んで写っていた。エルザの目が優しくなった後、不意に曇る。

「これで三人目、か」

 しばらく物憂げに窓の外を眺めてから、部屋から出ていった。

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