EastEndQuest_R2
神州成田空港は長く使われておらず寂れていた。
弾丸ジェットから降りたアイザック護衛班が出動して数分後、間を置いて学院の魔法使いマントで軍服を隠したセイジとアルマが下りてきて、アークセイバーを出してくる。アルマは「んしょ」とバックシートに跨がった。それを「どうしてお前が先に乗る」とセイジが睨む。
「こっちの人と合流しろってことだけどさ。どこにいんだろ?」
滑走路を見渡してみても誰もいない。指示されている場所は滑走路で間違いはないはずなのだが。
「ロビーで待ってたり?」
「あの魔女がそんな間抜けと作戦提携をするとは思えないがな」
「言えてる」
セイジは次に視渡して――――無言でマントの裾を左で掴み、魔鉱剣・ガーランドの柄を右で握った。
「ど、どう」
「囲まれている。あれは――カゲロウ? と言ったか。そんな名の神州の魔法だな」
神州特有の魔法を使う一団に包囲されている、と。
「困ったな。俺達の手札じゃ、殺さずディスペルするものはないぞ?」
包囲には隙がないが、このままバイクで走り去るのも手といえば手である。左手でバイクのハンドルを掴んだところで、包囲する側に動きが生じる。一人分の足音が二人の方へと向かってきた。
「失礼した、九曜頂・日崎殿」
自分に用事か、とセイジが声の主に顔を向ければ、その相手には見覚えがあった。
「倉庫街で……? 烈士隊の隊長だったか」
(なんでここにいるんだ。誰を目的にしているか知らんが、包囲網が絶妙すぎる。それに)
白く長いマフラーの裾で左手と腰の左側が見えない。ただそれを偶然で発生しているものと思うことが出来ないのは……思わず相手の足下に目が行っていて、視線を上げれば相手と目が合った。互いにあるのは緊張。おそらく、剣身を構築させる余裕はない。
「九曜頂・不破正義だ。以後見知りおけっ」
ガッ……キィィィィィィィィンンン、と金属同士の激突音。
正義がいつ右をマフラーの下に添えて抜いたのかは分からない。ただ本能的に柄で受けたのみ。セイジがこれまでの生涯において、刀による抜刀での一閃を見たことがなければ、本能が防御行動を行おうとはしなかっただろう。
一閃を止められた正義に驚きはなく、既に次の行動へと流れている。刃を引かず、先に押し込み柄を両手で掴んでいる。セイジが受けた武器ごと斬り落としにきている。
(九曜・日崎は危険だ。ここで頂の片腕だけでももらい受ける!)
如何なる鋼でも切断せしめる勢いと自信を感じ、セイジはこの相手とのこれ以上の競り合いを拒絶する。魔鉱剣の柄で相手の刃を押し返さず、引いて左手を相手の右肩に押し当てる。ただ、押し当てる直前、大気を漂う冷気はさらっておく。生じるのは、蒼光の炸裂と互いを引き離す冷気を含む暴風。しかし、普通の相手なら攻防はここで終わっていたはずだが、この不破正義という剣士には次があった。
「っ!? こいつっ」
アルマの目にはセイジが慌てた様子で爆風の更に後ろへと跳躍するのが見えた。
正義は冷気の爆風に更に踏み込んでいた。左で柄の端を掴み、右に食らったマテリアルの生の衝撃による加速を利用した横薙ぎ。暴風と衝撃による、二段加速である。
(手応えは鋼。よくも避けるものだ)
正義が薙ぎの体勢から立ち上がると、鈍色の甲冑は蒼光の衝撃によりガラガラと音を立てて地に落ちた。濃紺の制服が下から現れる。
セイジは咄嗟に出現させたガントレットで正義の横薙ぎを防いでいた。目の前で剣士が自らの右肩に左手を当て、ゴツッと音を立てて骨をはめ込んだ。
セイジはマントを脱ぎ捨てる。ガーランドに琥珀の剣身が構築されていく。その長さは普段双剣で使用しているものよりも長い。
12月になって結構寒くなってきたというのに、なにやらアニメキャラの絵がプリントされたTシャツとジーパンといった格好の髪の長い金髪の女が、成田ロビーを抜けて滑走路へと向かって歩いている。周囲に、ガリガリとなにやら重いナニカを引き摺る音が反響している。
歩きながら、匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせる。
「空気が変わった――――走るか」
呟きとともに、女は走り出す。反響する音は、黒板を爪で引っ掻いたような音になり、まだ続いている。
(やばい。ヒザキ兄になんか変なスイッチ入った!?)
アルマは「どうしようどうしよう」と口では慌てふためきながら、アークセイバーの電算機能を立ち上げて、周囲の情報を洗い出していた。
(あの侍以外で包囲しているのはこっちに仕掛ける様子はない。なにかやってんのかな?
ええっと、神州国防軍烈士隊九曜・不破直轄特務連隊……長っ、特隊でいいや。
なになに? って、ヒザキ兄が今日ここにくる情報がどっかから……ソースが消されてる。この子じゃ駄目か。クロ公は電算特化にしたとか言ってたんだけど……、まあ、調べられないのは後々。
特隊の主要目的は、と。え、逆神の抹殺? 神殺し専門のチームってこと? なんでそんなのがヒザキ兄を強襲するんだよ?! もう、命令出してんのどこのどいつだよ)
短時間で情報をかき集めるアルマ。ものによってはハッキングして情報を書き換えていく。そんな作業など気づくことはなく、セイジと正義が斬り結ぶ。
琥珀の剣先を刃が斬り落とす。既に剣身は最初の半分にまで減っている。斬り結ぶではない。合を経て斬り落とされていた。だが。
正義は自分が斬り倒そうとする相手の口元を見て困惑。
(笑っている……だと?)
その困惑が僅かな隙となる。
琥珀の輝きが強まり、未だ斬り落とされていない剣身と斬り落とされた剣身を、宙を漂う砂上の琥珀が繋いで一体となる。所謂、蛇腹剣と化した琥珀が、正義の刀身をかいくぐりその腹を斬り裂く。琥珀は容易く制服を斬り裂き、正義の動きを止めるには十分な痛みを与える。直後、ダンッと強い踏み込み音を聞いたかと思うと、正義はセイジの肩当てを食らって弾き飛ばされていた。背中からモロに落ちる。
セイジは荒い息を吐いて身を起こし、正義に向かって身を向けようとして背後、バイクを置いてある方へと向ける。あるのは驚き。驚きの原因は、そこにいた。
「うわああああああああああああ……がっ」
姿を消して包囲を展開していた隊員が、巨大なもので打ち飛ばされる。打球のように。武器にしているモノを見て、セイジはあらかじめ聞いてあった情報を思い出して、吐息。正義を一瞥してからバイクへと向かう。
「ぐっ……ま、待て」
腹を押さえて上半身を起こした正義の目の前に、闖入者が投げつけた巨大なものが突き刺さる。そのモノの子細を自分の目で確認して、思わず自分の目を疑う。頭の中が真っ白になる。気づけば、包囲対象にしていた二人もバイクも闖入者さえもいなくなり、彼らが足にしていたジェット機までもが姿を消している。
取り逃がすという失態に思考が向く以前に、正義は自分の思考を刈り取ったソレを凝視。
人を殴ってベコベコにへこんだバス停がコンクリートの地面に突き刺さっていた。
「すまない、遅れた」
バイクに並走して謝りの言葉を述べる奇妙な女に対し、セイジは「いや、助かった」と応じる。セイジの声はハンドル付近のミニスピーカーから発せられている。レンメルにしては実用的な改造だ、とセイジの後ろでアルマはちょっと感心した。
女の案内で秋葉原の端、万世橋までやってきて、万世橋警察署旧舎跡の脇から地下へと下りてバベルを作動してからバイクを駐輪した。そして到着したのが『箱船』という名の喫茶店である。
店内を照らすのは、洋灯(洋式ランプ)。薄暗いというよりは、ほのかな灯りでやっているアンティークカフェだろうか。カウンターに、水が入った綺麗に磨かれたガラスのコップが二つ並べられた。水を置いたマスターは丸いサングラスをしていて、男だったら中背、女だったら長身。男女のどちらなのか、一見では判別がつかない。
カウンター席に座ろうとしたアルマの肩を叩き、セイジは「後で集めた情報を」と小声で話し、アルマの方も小さく頷く。頷いて、カウンターに座って、前を見たアルマは目をキラキラさせて涎を垂らした。目の前に苺のショートケーキが置かれたからだ。
「お前、まさか、あれだけホットドッグを平らげて、まだ食べるのか?」
「アルマは育ち盛りだからあれくらいじゃお腹いっぱいにはならないもん。あ、コーヒーはブラックで」
「一体、何をしにきたんだ……」
まったく、と吐息したセイジは、自身も紅茶とバタークッキーを注文してアルマの隣に座った。店内を見回せば、自分達を迎えにきた女が奥で雑誌を読み始めるところだった。
バス停で人体を打ち飛ばす女。
メルカードの魔女からの情報では『長物であればなんでも武器にする』とのことだったが、さすがのセイジも「バス停はどうなんだ」とちょっと引いた。
「言いたいことはなんとなく分かるよ」
そんな、微かな笑いを含んだ中性的な声はカウンターの向こう側からだった。
マスターはアルマの前にコーヒーを置いて、あの女に顔を向ける。
「今日は一体、何を武器にしたんだい? ヒルダ」
ヒルダと呼ばれた女は小さくボソボソと、恥ずかしそうに「バス停」と答える。
「そんなに恥ずかしがるなら、高村君が持ってきてくれる武器を素直に使えばいいのに」
プクク、とマスターは笑いを堪えつつ、セイジの分の紅茶を蒸らしだす。
「べ、別に私は、アングラ改造の武器が欲しくてチャンプを続けているわけではありませんので」
「律儀な人だよ、まったく」
本当に愉快らしく、マスターはしばらく笑っていた。
分かったことは、マスターが長身の女性でヒルダなる女がマスター相手には恥じらうということか。
セイジの前に紅茶とバタークッキーが置かれる。
「さて、自己紹介がまだだったね」
そう言って、マスターはサングラスを外す。下から、右目が翠で左目が蒼い黒髪の女性が現れる。
「ボクは相馬頼華。そちらの国風だと、ライカ・ソウマか。
それはともかくとして、そちらの魔女さんからは"ゴースト"と聞かされたと思う」
頼華の言葉の通り、セイジもアルマもメルメルさんからは確かに"ゴースト"と聞いている。
「ゴーストにあんなお化けみたいなものの解析を頼む辺り、魔女も洒落が好きなのかな?」
「へみゅっ……ゴクッ。NBの解析終わったの?!」
頼華にアルマが食いついた。
ガーデン襲撃事件以降、NBを回収したメルカード財団は国外のある組織に送って解析を依頼していた。その相手が彼女達ということになる。
「ってゆうかさ! ソーマって名乗った?!」
アルマがセイジに顔を向ける。セイジもそう聞いたから、頷きで応じる。ソーマ……ソウマ、探せば神州でもいる姓ではあるのだが、二人はそんなファミリーネームを持つ相手を一人だけしか知らず、関係者かと思っただけだった。
「あぁ、そっか。そう言えば、ミツシも……」
「それだー!」
頼華の呟きを聞き逃さず、アルマは答を知ったとちょっと落ち着いた。
二人が知るソウマは、相馬光志といい、メルカード財団……正確にはアルカナムで参謀のような役割を持つ青年である。
「で? で? お二人のかんぐぇ」
なにやら目をキラキラさせたアルマの首をセイジがキュッと締めた。それはもう、良い音がした。
「馬鹿は気にしなくていい」
「あ、あぁ、まあ、隠すことでもないんだけど……この子大丈夫?」
「普段からやられてるから平気だろ」
カウンターに突っ伏したアルマを見下ろして、頼華は「えー?」とちょっと不安そうだ。
コホン、と頼華は咳払いを一つ。
「え、ええっと、とりあえずあの鎧なんだけど、解析は最終段階と思ってくれていい」
「最終段階?」
「うん。これ以上進むには、解析に使用している物と相性の良い人材がやるしかない。
いかんせん、ボク達の中では相性の良い人というのが父母の代で終わっててね。
あ、全滅というわけではないよ? 母はまだ生きてるし」
力を失っただけだ、という。
「なるほど。適性、ね」
解析とか適性とくれば、非戦闘要員であるアルマが呼ばれた理由に納得出来る。とくれば、セイジは護衛か。九曜頂という立場も有効と判断されたか。
アルマがムクリと起き上がる。
「まあ、アルマにドーンと任せといてよ!」
話は全部聞いていた、とふんぞり返った。
「頼もしいね。場所はここの更に地下なんだけど、今、ちょっと、人手が外に出ていてね。昼過ぎには戻ってくるから、君達はそれまでこの町の見物でもしてきたらいいんじゃないかな」
「とは言われたものの」
この町こと秋葉原の路上にて、セイジは後頭部を掻いて「どうしたものか」と辺りを見渡した。
時は平日の昼時。セイジやアルマの年頃の人々ではなく、もうちょっと年が上と思われる人々が完全武装なのか武装しているつもりなのか分からない格好で闊歩し、場所によってはどぎついピンク色なビルが並んでいたり、露出が高いと思われる騎士娘とかがチラシを配ったりしている。
二人とも魔法使いマントは箱船に置いてきたためか、この町では多少真面目臭くて浮いている。といっても普通に時代関係なくスーツの人もいるので、あくまでも多少である。
「アキバかー。クロ公いたら狂喜乱舞しそうだよねー」
「ここにはレンの会社のアンテナもあるそうだが、個人的には割とどうでもいい」
「えー? じゃあじゃあ、クルツとかどおよ!」
テンション挙げてみたアルマとは対照的に、セイジはただ吐息。
「何が楽しくて企業のアンテナ巡りとかしなけりゃならんのか。
俺は普通に食事をしたい。ファーストフードを堪能したい。ちょっと軽く五、六件ほどハシゴしたい気分だ。
着いて早々激しい歓迎をされたからな。まあ、あれはあれで楽しい時間ではあったが」
大体、とアルマに顔を向ける。
「お前は魔構屋なんか巡ってどうするんだ? ここにミィルが調整している観測用機材よりも精度の高い魔構があるとも思えないぞ?」
「そりゃそうだけど、ネコに売りつけたらぼったくれそうなものがありそうで」
「……ひどい幼なじみだな」
適当にケバブを買って見て回ることにする。
すれ違う人々の十人に十人がセイジを振り返る。特に手配されているわけでもないので、単純に容姿の問題か。
(顔以外で俺に注意を向けてくるのはいない。さっきの包囲関係は既にない、か?)
「むむむ」
(この時間、ナツキやヒナはまだ学校か)
「アルマの知らないファンタがある……だと……?!」
(アレを渡す時間はあるんだろうか)
「め、めろん……、あ、メロンソーダ味?」
(しかし、解析がまだというと時間は)
「R……18?! エロいのっ」
「うるせえよ」「あいだっ!?」
スパンッとアルマの後頭部を叩くセイジ。アルマはファンタ専門らしい自販機に顔面をぶつけ、前と後ろの両方から襲ってきた痛みに悶絶。鼻を押さえながら涙目にセイジを見上げた。
「何故殴ったしっ!?」
「学寮冷蔵庫に第二次ファンタショックを起こしたら……どうなるか分かってるよな?」
「ひっ?! ちょ、いや、アルマはただファンタの種類に感動してただけで!」
無表情で見下ろされ、足をガクガク震えさせたアルマは両腕をブンブン上下に振る。
「あー、もう、ここでいい」
嘆息一つ漏らし、小さいのの襟首掴んで、ファンタ専門自販機を店頭に置いているその店へと入る。
喫茶『ふぁんたじすた』。そんな名前のメイド喫茶だった。
入店してすぐに要望した通り、最奥で隣が離れた席に案内され、紅茶とイチゴファンタとオムライスとカレーとナポリタンとカルボナーラとハンバーグとステーキ丼とカツ丼を注文した。注文の量に、入店してずっと顔を赤くしていたメイドの頬が引き攣った。
「さてアルマ? 先程の襲撃について聞こうか」
紅茶とファンタが着てから、セイジはそう口にする。
「ああ、うん。
神州国防軍烈士隊九曜・不破直轄特務連隊。専門は神殺し」
「神殺し? だからあの結界か」
「結界?」
「包囲していた連中は、対象がシフトするのを妨害する場を形成していた、というわけだ」
だから戦闘への介入をしてこなかったのだと。
「でも逆神の抹殺とか意味分かんないよ」
「俺を逆神とするのは別にいい」
「いいの?」
「今更だけどな。今更過ぎて大義名分にすらならないと思うが」
「ふうん。
んで、まあ、こっちが問題だと思うんだけど――うお?」
カレーとナポリタンとカルボナーラとオムライスがテーブルに並ぶ。アルマはオムライスに『レーヴェ』と注文する。
「お前、家が嫌いな割に家紋は好きだよな」
「獅子が好きなだけだもん。キオーンがほしいくらいだよ」
「就寝時に抱かせてやってるくらいで我慢しとけ。
ただし、ファンタを飲ませるのはやめろ」
「炭酸抜いてるもーん」
「キオーンが幻獣じゃなかったら洒落にならんぞ」
更にハンバーグとステーキ丼とカツ丼が並んでから会話を再開する。
「彼らへの命令は九曜・神薙から出てたんだよ」
「分家ではなく?」
「うん、そう……って、どしたの?」
「肉が硬い。卵が多い。米は……まあまあいい」
カツ丼を五口で平らげて、ステーキ丼へと手を伸ばすセイジ。
「無駄に肉が厚い。この厚さでは汁が……、何見てんだ、続けろ」
「色々言いたい。まあいいや。
シベリアからドッグズランのANを経由して出てるから、まあ、先輩だろうねぇ。しかもログも消してないし……。
命令書ではあったけど、書いてあったのは雑談っぽいものだったんだよねー。神薙から不破への」
「なんて?」
「今回の凛の見合い予定日に前回の相手が文句を言うかもな。だってさ」
なんのことだろう? と首を傾げ、オムライスを掘るアルマ。
「見合いが今日で前回の相手がナリタ、ということか。
同じ予定を知り合う者となると、タツヤと先程のフワは九曜頂であるということ以外に、付き合いを持っているんだろう」
「つ、突き合う!?」
「よく分からんが、絶対違う」
「なんだとー……あ、ファンタのこのラムネってのお願いねー」
「まだ飲むのか。俺はこのイチゴパフェだ」
「まだ食うのか!」
情報話は終わり、と空腹を埋める作業へと移行する二人であった。
【で?】
「腹部裂傷と打ち身」
【なんだ、結構軽いな】
「残念そうすぎて腹が立つ」
【まあまあ。目的は達成出来たんだろ?】
「魔鉱の利便性は確かだとは思う。だが」
【習熟の問題か。
だがそれは、時間をかけるしかないだろ。魔鉱とは本来そういうもんだ】
「……時間と金をかけた隊を作るには、今の状況では鏑木老人の賛同は得られない」
【なら】
「うむ、当初の予定通りになる。この件に関しては、不破と神薙が根幹か」
【緋桜院の言質は取ったぜ。あと霧崎は悠の弟が乗り気になってるから、うるさい分家は黙らせられるだろ】
「あと一柱か」
残りは説得次第だ、と話題を終わらせる。
「今はどこだ」
【詳細は言えないな。まあ、クソ寒いとこだ】
「詳細は期待していない。問題は霧崎悠がまだ戻らない点だ」
【一緒だからなぁ。本当はもっと早いとこ戻す予定だったんだけど、こっちも色々と面倒臭くてな】
「延長の予定か?」
【そこまではかからねえよ。そろそろドイツが黙るからな。その隙にズドンだ】
「まあ、信じてやろう」
受話器の向こうで笑いが生まれた。
電話を切り、机上に書類を並べ、正義はタバコを咥えた。
メイド喫茶を出て箱船へと戻る途中、アルマは忙しなく秋葉原を見回していた。
「あ、また? この町さ、幻獣多いね」
アルマによれば、町のどこかで幻獣が出現しては倒される、というのが頻繁過ぎて感覚がおかしくなりそうだという。セイジからすれば、常に観測魔法を使い続けているアルマみたいなの限定の感覚で、そっちの方がよく分からないのだが。
「幻獣に対する防衛方法が確立しているんだろう」
「そうなんだろうけど、ちょっと多すぎ」
「実は幻獣ではなく地祇の類だったりしてな」
「チギ?」
「この国での神の一種――幻獣との境界はきわめて曖昧だが、そうだな、畏怖と信仰を得たガーデンの住人のようなものと説明した方が早いか」
区別がつくとも思えないが、と正直な感想を漏らすセイジ。
箱船へと戻ると、頼華の案内で更に地下へと導かれる。地下への入口はカウンターの奥にあった。通路は螺旋階段。かつては階段の中央の空間に鉄の棒があったらしいが、今は腐食して使用出来ないのだ、とそんな雑談をしながら下りていった。
辿り着いたのは喫茶店の地下とは思えない程広大な空間。円形に立ち並ぶ無数の本棚とその中央に座す巨大なコンピューター。コンピューターの中央には球体の器が設置され、中には一冊の書が入りほのかに光っている。しかし、夏にガーデンへと駆り出された二人には、光る本などよりもコンピューターに繋げられたネイビーカラーの甲冑が興味の対象となった。
「まごうことなくNBだね」
「NoBodyとはよく言ったものだよねー。
調査の初期段階で拘束を解いた途端に動き出してさ。ヒルダが殴り倒したら中身入ってないんだもん。みんな、腰抜かしちゃってさー」
カラカラと笑った頼華の後ろの方で作業していた人がボソッと呟く。
「お嬢は泣いて逃げましたけどね」
「ちょっ?!」
内緒って言ったでしょ、と口元に人差し指を立てる頼華。
「ま、まあ、その、初見はそりゃビビるわけで……ねえ?」
迎合を求められたセイジは首を傾げる。
「俺はやつらと直接やりあっていたわけじゃないしな。アルマにしても観測車両に籠もりっきりだったんだろう?」
「そだね。実際こいつらと生身でやりあってたのは……って、ヒザキ兄は超デカイNBとやりあったってヒザキ妹が言ってたような?」
「アレはまた違うモノだと思うが……」
とにかく、と話を戻す。
「ラインハルトはそこの機械を使えばいいとして、俺はどうしたものか」
魔女からは必要になると言われはしたものの、とNBを視て、眉間に皺を寄せた。
(中はいないが……なんだ? 何かおかしい)
唐突に無言になったセイジを置いて、アルマ主役の観測が始まった。
コードで繋がれたヘッドギアをかぶったアルマは、ネットとも観測機材とも違う奇妙な海を漂っていた。
(えと、この綱がNBから伸びた命綱なのは何となく分かる。少なくとも、アルマのためのじゃない。ってことは……本当にそういうことなのかぁ。グロいなぁ)
NBは幻獣が動かしているわけでも、遠距離から操作するロボットでもなく、人間の魂を詰め込んで動かすための器である。それは予想していた答でもあった。とすれば、NBから伸びている命綱は。
(この綱の先は動かしていた人間の本体ってことだよね? でも普通に考えたら、あれから日数は結構経ってるわけだから、生きているとは到底思えないわけで)
そうは考えるものの、確認だけはするかと綱の先を観測する。
無言でコンピューターをカタカタやっているアルマではなく、セイジはNBを睨みつける。
「人間の魂というものは、どれだけの間、腐らないと思う?」
唐突のそんな質問に、頼華は自分より少し高い位置にあるセイジの横顔に顔を向けた。
「人体であれば保存状況次第だけど、魂とかになると分からないな」
「拘束を解いたのはいつ頃だ?」
「八月の終わり頃だったかな」
「一ヶ月ちょい? 結界はプレーンそのものを切り離す仕様にしたから、アレの中身の本体は確実に死んでいる。では、その魂はどうなったんだ……? あの結界は時を止めることは出来ないが、解放時に動いたとなると魂だけとなって生きていたということか。
問題は、その魂がどうなったか。ここがはっきりすれば、魔女の知りたいことも……」
ふむ、と頷き、セイジはアルマの真後ろへと歩み寄る。周囲を視回して「ここか」とその一点に手を伸ばす。それは書を収めた球体だった。
「聞こえるか、ラインハルト」
【聞こえるー。って、声近くない?】
「そんなことはどうでもいい。今からサポートする。現状を寄越せ」
【あいよー】
セイジの顔直近に半透明のプレートが出現。ちょっと嫌そうな顔で内容を確認する。
(NBから伸びた綱の先に無限と思えなくもない道がずっと続いている? つまり遠いのか。そして今尚辿り着けない、ね)
「ワールドプレーン解析開始――」
アルマの意識が現在ある空間の解析。触れてすぐに判明したことは、セイジでも食材通販などで使用するインターネット――電脳の海とやら――ではなく、魔力のみで構成されているということか。そしてセイジはこの空間のことを知っている。
(ワールドプレーンに直接アクセスする装置だとでも言うのか?)
「詳細把握――断界による通路の形成に入る」
【これで安心して進めるよ】
「地図は出せるか?」
【ええっと、これかな?】
セイジが触れていた球体が地球儀のように色を変えた。
地球儀上のアメリカの、ある位置で光点が点滅している。
「ガーデン襲撃がアメリカの手によるものだったのだから、その国内に繋がっているというのは、まあ、納得出来そうなものだが……」
(西海岸? この場所は確か……"あの一件"の?)
【うっし。ここらの情報は軒並み、ごそっと、べりべりっと、ゲットだぜ! いいよー】
「釣り上げる」
しばらく無言。三十秒程して。
「あ」【あ】
二人を見守っていた人々全員が不安になる一言を残し、アルマはヘッドギアを外し、セイジは球体から手を離した。そこで頼華が「はい、質問」と手を挙げ、セイジがそちらをチラリと見た。
「今の一言はなんだろう?」
「……あぁ、ラインハルトが収集したデータはこっちの紙片にプリントされていくのか。かさばりそうだな」
「えちょ、無視? しかも視線外された!?」
「やー、肩凝ったなー。アルマ、ファンタはレモンがいいなー」
「またマイナーな。コンビニじゃ売ってない……ってか、こっちも視線合わせない!?」
セイジとアルマは視線を交わし、頼華の、アルマは腰を叩きセイジは肩を叩く。
「「がんばれ」」
「え……ええと?」
さて、とセイジは螺旋階段の方へと踏み出す。
「魔女によれば、情報はそちらが加工してくれるから、空いた時間は自由にしろとのことだし、こっちは自由時間を満喫させてもらおう」
「そだねー……てかヒザキ兄?」
アルマはセイジの裾を強く引っ張った。
「性格悪くない?」
「そういうわけでもないんだがな」
同級生の言葉に、吐息。頼華を見て、次に階段に腰掛けていたらしいヒルダを見る。
「幻獣が来るぞ。自分達の町なんだ。がんばれよ、と」
「はい?」
頼華は一瞬目を丸くして、セイジの肩に手を載せる。
「君らが何かしくじって危険な幻獣が来るということか?」
「違うな。我々のとは別件だ。目を反らしたのはちょっとした茶目っ気だな」
しれっと妙なことを言って、アルマを振り返る。
「数と種類と大きさ」
「一体。あの感じだと蛇だろうね。大きさは成人男性五人分くらいかな」
「おそらく、あと五分程度で現界するぞ」
いたく落ち着いた様子で「お前達の仕事だろ?」と情報を頼華達に開示する。された方は、ヒルダは腰を上げて階段を上っていき、頼華もそこに続こうと階段に足をかけ、セイジ達を振り返った。
「礼を言うべきなのかは詳細次第だけどさ。ボク達が戻るまで待っててほしい」
「ああ。気長に待たせてもらう。上でな」
頼華にはそう答え、駆け上っていった頼華達を追う形で箱船へと戻ってくる。店内には誰もいないが、どうやら先にここを通過したどちらかが水を用意してくれたらしい。
しばらくして。
【ぴんぽんぱんぽーん――アキバUDX付近に幻獣の出現を確認しました】
【該当地域にいらっしゃる方ブッ…………】
【自信のねえ奴らは小動物のように怯えながら、俺達自警団の活躍を刮目しやがれ!!】
アナウンスが地上だけではなく、店内に完備してあるラジオからも聞こえてきた。