表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LR  作者: 闇戸
四章
46/112

HydraSlayer_Epilogue

 エレフシナの泉を堪能した秋は大きく伸びをする。

 確かに体調は万全になっていた。

 水筒に湧き水を入れる。セレスから一応汲んで帰ってくれと言われての水筒だ。キュッキュッと蓋を閉めて完了である。

 湧き水を飲んで疲れを癒した琴葉がやってくる。

「それじゃ、俺は学院に戻るぜ」

「ええ、お疲れ様。ドイツ方面への寄り道はしないようになさい」

「分かってるよ。俺が寄り道するのは北じゃなくて西だ」

「西?」

 琴葉は首をかしげる。

「スペインの闘牛見て帰ろうかな、と。

 ちょうど系列のホテルもあるし、ブラッとな」

 世界規模のホテルグループは伊達ではないらしい。

「日崎先生やオリヴィエ達が帰ってきたら無事を祝して宴会とかやるとして、マタドール衣装とか結構ウケると思うんだが」

「秋の場合、マントに突っ込む方ではなくて?」

「言うと思っていたが、予想はしていてもショックだな、おい」

 ちょっとへこみ気味に苦笑する秋である。

「琴葉も星司とのんびりしてくりゃいいんじゃね?」

「そうも言っていられないわ」

 ニコリともしない琴葉に「あー、そういやそうか」と自分の失言にバツが悪そうに頭を掻いた。

「まあ、あれだ。毒が出来るまで、な。

 依頼側の話じゃ早くても三日かかるんだろ?」

「そうね。毒が揃うまではすることもないし……ああ、コルキスの魔女と交流を持つのもいいかもしれないわね」

「そっちかよ」

「他に何かあるというの?」

「いや、ほら、星司とデートしたりさ」

「? で……」

 一瞬、単語の意味に思い至らず、ボケッとしてから、耳まで顔を真っ赤にしながら目が大きく見開いていく。

「お、おさ、幼なじみでそんなことするわけないでしょう?!」

(こんな琴葉見たら学内の女生徒人気ランキングに確変起きるぞ)

 自分の言葉の結果に秋もちょっとびっくりする。

 学内でも変な人ベスト3に入るような、あの琴葉が動揺し真っ赤になってどもった。それだけで秋的には確変である。

 ちなみにトップはレンメル・クロケット、2位が神薙琴葉、3位がアルマ・ラインハルト(腐的な意味で)である。

 アテネへの市バスの駅まで琴葉を送り、秋は海路を使うべく港行きの市バスの駅へと行こうとして、パートナーを振り返って親指を立てる。

「色々、チャンスだと思うぜ。ここには琴葉しかいないんだからな!」

「ほら、もう、さっさと行きなさい」

「へいへい」

 秋はスペインへ、琴葉はアテネのホテルへ、それぞれ向かうのであった。



 魔薬の調剤に役立ちそうなものをアテネのマーケットで揃えてからホテルに帰ってきた琴葉は、部屋に着いてようやく安堵の吐息。

 部屋にはまだセイジの姿はなく、秋は既にギリシアを離れただろうし、ここには琴葉一人しかいない。

 暇潰しに、買ってきた調剤道具を一纏めにする。すべてをまとめ終わった頃になって、ようやくセイジが戻ってきた。

「遅かったわね」

「老人の理解が遅くてな」

「老人?」

「ああ。で、飯は食べたか?」

 言われて時計を見れば、なるほど確かに夕飯時である。

 秋の実家が経営するホテルだけに和食料理屋が入っていた。わざわざ地中海まで来て和食に目が引かれた幼なじみに、琴葉はただ溜息を吐いた。


 WASHOKUフルコース。


 セイジはこれ一択であった。

 琴葉も別に嫌なわけではない。神州にはほとんど行かないから、和食などはほとんど食べたことがない。興味がないわけではないのだ。ただ……。

「どことなく食器のレベルで違う気がするわ」

 ここに秋がいれば、おそらく彼も突っ込むだろう。この、料理の外見と合っていない派手な食器にである。

「これが寿司か」

「神州へ行った時には見なかったのかしら?」

「俺があの時出会った美味は生菓子だ」

「また、そういう……」

「ん? ライスの上は生のサカナだけじゃないのか」

 セイジは炙られたサーモンを指差す。

「ああ、それ、義兄予定が食べていたわね」

 琴葉が神州へ行く数少ない機会。龍也と悠の婚姻に関係している、両家の行事のようなもので勇が炙りサーモンを大量に買ってきたことがあった、と話す。

「種類を揃えなかったことで姉の鉄拳制裁を受けていたわ」

「意外にアホだな」

「ええ、まったく」

 笑い話に手を伸ばせば「でも確かに美味い」と舌鼓を打つ。

「で、こっちが炙っていない方か……なんだどっちも美味いじゃないか」

 神州の料理人め、やってくれると不敵に笑う。

「お? こいつは知ってるぞ」

「お祖父様がたまに焼いてるものね」

 サザエの壺焼きである。時々、煉龍がグラウンドの隅で焼いているのを見かける。半分くらいはホリンや秋に奪われるのだが。

 壺焼きの食べ方はミスロジカルに来た頃に煉龍に教わっている。今回も特に失敗はなく容易く中身を引っ張り出すセイジ。

 と、琴葉を見れば蓋が閉まったらしい。やや苦戦していた。

 無言で手を伸ばせば、助かった、とセイジに渡し、中身を出してもらう琴葉。互いの手に渡るのを待って共に食べる。

 こういうのをそばで二年以上見てきたからこそ、秋はセイジに言うのだ。


――付き合ってしまえ。


 おそらく"前のこと"というものが一切なければ、ただ、親が特殊だっただけなら、何にも気兼ねすることはなく、幼なじみの先に手を伸ばしていたかもしれない。

 この距離で満足しようなどと、そもそも思わなかったかもしれない。

「あぁ、そういやさ。愚痴聞く約束だったな」

「そういえばしていたわね、そんな約束」

「って、忘れてたんかい」

 セイジの突っ込みに琴葉は相好を崩す。

(今こうしていられるだけで、愚痴なんて必要ない。そう伝えたなら、この人はどんな反応をするのかしら)

 試してみたい。しかしそれは、自分のキャラではない、と心は内に秘める。

「じゃあ、愚痴りましょうか」

 だから、求めに応じて愚痴ることにする。

「最近の星司は後輩とばかり一緒でつまらない」

「うん」

「神州にも一人で行くし」

「うん? 神州行きたかったのか、そりゃすまなかった」

「どこか行くたびに怪我してくるし」

「う、うん」

「料理以外からっきしだし」

「うっ……う、うん」

「どこに行っても別の女侍らすし」

「うん?」

 反応からして無自覚。それが一番腹立たしい。

 ・

 ・

 ・

「私の何が悪いっていうのよう」

「おま、いつの間に酒を……」

 愚痴っている内に、セイジが目を離した隙に脇に反らしておいた日本酒に手を伸ばしていたらしい。

「あーあー、しょうがねえなあ」

 食後のデザートはもう終わっている。

 酔っ払いと化した幼なじみに肩を貸して部屋へと帰る。

 ベッドに寝かし、制服の上着と靴と靴下を脱がして掛け布団を掛ける。

(半分龍が入ってるコトハがこれだけで酔うとなると、本当にこいつ、精神的に疲れてるんだな)

 愚痴の九割はセイジに対するものだった。その大半は"心配"。

 ここまで心神を傾けさせてしまっているのを見ると、さすがに申し訳なく思ってしまう。

 額にかかった前髪を払う。酔いで火照った寝顔に、一瞬、ドキリとさせられる。

 今日、豊穣結界の前で久しぶりに見た琴葉のシフト状態を思い出す。

 琴葉の前の名は、フレイヤ。北欧の魔法神、美と愛と豊穣、そして戦いの神。

 一部、司るものが母親とかぶるが、母より琴葉の方が優秀と思えるのは幼少からの成長具合を見ている故か。そう、見続けている。

 亜神化したセツナは母に匹敵する美しさだ、と父は褒める。しかし、シフトした琴葉の方が上だ、とセイジは思う。

 幼少の頃、何度か、シフトした琴葉に押し倒されたことがあるが、あまりの美しさに目を奪われて文句の一つも言えなかった。シフトの反動で悶絶する琴葉には、文句だらけではあったが。

 璃央に対するものが恋慕だとすれば、琴葉に対するものはなんだろうか。

 親友だと思わなければ、強く思い込まなければ、耐えられない。

 今、目の前にあるのは、色が違うだけで、何度も目を奪われたあの状態にまで成長した存在だ。

 知らず、その火照った頬に手を伸ばし、その熱を手に感じて、手を引っ込めて離れる。

「俺は、どうしようもないな」

 苦笑。

 一つ確実に分かるのは、この幼なじみ相手になら、ただ望むだけで亜神としての加護を与えられるだろう、ということだ。

「本当にどうしようもない」

 琴葉に触れた手をきつく握りしめて、ベッドから離れ、自分用の隣室へと引っ込み、セイジもまたベッドに潜り込んだ。



 琴葉は差し込む強い日差しに目を覚ます。

「あ……さ……? え、朝!?」

 ガバッと起き上がり時計を確認。AM8:12と表示されている。

 愚痴を言っていた後の記憶がない。

「確か、なにか、やたらとフルーティなものを飲んだような気がするわ」

 首をかしげ、いる場所を見回す。…………宿泊している部屋だ。

 部屋の椅子に制服の上着が掛かっていて、椅子に靴下が載せられ、ベッドの下に靴が揃えられている。

 どうやらセイジに世話をかけたようだと気がつく。

 シャワーを浴び、私服(黒チャイナ)に着替えてから、隣室へと続くドアをノックしてから開ける。隣は静かだ。

 セイジがベッドに転がっている。

「まだ寝ているのかしら?」

 予想通りグッスリである。その様は警戒心ゼロ。

「可愛い寝顔ねえ」

 ウリウリと頬をつつく。

 寝顔だけならセツナと本当によく似ているが、これを見るのも久しぶりだ。

 セイジの頬を堪能してから、上着を探しだして手に取る。

 中を出して机に並べてから椅子に腰掛けて裁縫セットを広げた。



 カフェで朝食を採りながら、上着の裾を見る。

「耐熱処理に損傷も与えずに繕うとか、さすがだな。ありがとな」

「どういたしまして」

 朝、携帯の着信音でセイジが目を覚ました時、セイジの上着は完璧に繕われていた。

「電話のお相手は? 何度か鳴っていたようだったけれど」

「メディア姐さんだ。俺達の分の毒は用意出来たとよ」

「もう? ずいぶん早いわね」

 予定の三倍の早さだろうか。

「それと……」

 セイジが不意に神妙な顔をして黙りこくる。

 琴葉はパンをちぎる手を止めて、セイジを黙って見つめる。

「ヒュドラでも復活したのかしら?」

「あ? あ、いや、そういうんじゃなくてな」

 周囲に他に人がいないことを確認してからセイジは口を開く。

 どうやら、ヒュドラ退治の報償を諦めきれない賞金稼ぎ達が、退治したのが三人組の少年少女であることまで調べあげ、その行方を探しているという。

 こういうことが起こらないよう、ギルドへの根回しをやり、オリュンポスからの金銭面の報償を犠牲者への分配にもまわしたりしたのだが……。

「一生を遊べるような金額だったものね。

 つまり、毒を受け取って早めにギリシアを出ろということかしら?」

「そうなる。あと、毒はここに送ったと言っていたから、届き次第、さっさとここを出よう」

 移動のすべてをキオーンで行えば、どうにかなるだろう、とセイジは言う。

「でも分からないものよね」

「なにが?」

「自分達で退治出来なかったモノを退治した相手をどうにか出来ると考える浅はかさが、よ」

「あぁ」

 確かにそうである。

 今回のことにかぎったことではないが、相手が外見的に弱そうであれば、その者が為した結果など見えなくなるものだ。

「言ってもしょうがないことではある。国が変わってもこればっかりはな」

 どこにでもいるし、どこでもあるのだ。

 そんなどうしようもない話をしていると朝食も終わり、部屋へと戻ろうとしたところにメディアからの使いが到着し、先にメディアの屋敷で見た壺よりも大きい壺を渡される。大きさとしては一抱えあるか。

 受取証にサインをし部屋へと戻る。

「大きいわね」

「問題ない。量は十分か?」

「十分過ぎよ」

「それじゃ」

 琥珀の粉を取り出して円を作り、空間に穴を開けて壺を入れた。

「プレーンシフトの応用よね?」

「ん。遠くに送ることは出来ないが、俺が移動すれば異層に置いた壺も移動する。

 プレーン・ポケットと命名しはしたものの」

「やはりあなたしか使えない、と」

「う、うむ。ああ、でも、公式を複雑化すれば風と地の源理の合体で可能……と机上の空論でセツナは言っていたぞ」

「まず机上の空論を出してくる辺り、さすがセツナとしか言えないわね。

 問題はこの空論が思いつきで、思いつきなのにやろうとすれば出来てしまうことなのよね」

 そんなだから天才と言われるのだ。

 つまり、セツナに机上の空論を出させた時点で、いつか天幻以外でも源理へと形を変えて似たような魔法の公式が完成することが決定しているということだ。

「便利だから完成に力を注ぐ、とは言っていたな」

「卒業までには完成しそうね」

「やりそうだ。

 ああ、荷物は全部入れてしまえ。手ぶらの方がキオーンも早く飛べる」

 身軽になった二人は長居せずにチェックアウトして、ホテルの外へと出たところで引き返した。

 ホテルの向かいで二人を指差して「情報通りだ!」と叫ぶ男がいたからだ。

 二人とも秋とチェックインしていたため、すぐに屋上へと入らせてもらい、キオーンを召喚する。念のため、学院の上着もプレーン・ポケットに収納して身元を隠してアテネを飛び立った。



「寒くないか?」

 エンチャント・ヘイストを付与してでのキオーンはかなり早く風も強い。たとえ夏でも風が強ければそれなりに寒い。

 前に座らせた琴葉は袖のない服装である。目の前で「くちゅん」とされれば、さすがに気になって聞くぐらいはする。

 現在位置はジブラルタル上空。ヴァチカンの制空権を避けるなら、地中海は西に抜けてから北上すべきで、その結果である。

「平気よ」

(星司が暖かいから)

 正直な感想は口には出せない。

「そうか。ここまで来れば、もう飛ばさなくてもいいだろ」

「ここは?」

「ジブラルタルだな」

「国だけなら帰国済なのよね」

「まあな」

 しかし、少し北に行けばスペインである。

「そういえば、秋はどこで闘牛を見るのかしら? そこらへんで見つけられそうな気もしなくはないわね」

「闘牛? それなら多分、マドリッドだろ」

 以前、秋がマドリッドの闘牛場に行ってみたいと言っていたことを話すセイジ。

「首都だけあって、デカイのがあるからな」

「行ったことが?」

「ああ。アリシアが闘牛に轢かれそうになって、一時期牛が食べられなくなったことがある」

「星司が助けたのかしら?」

「いや。俺達とあまり年の変わらない貴族に助けられていた」

 名を聞いていなかったため、セイジはその貴族の容姿しか分からないという。

「カステラの国の人。確か、アリシアはそう言ってたな」

「それって、ポルトガルじゃ」

「聞き間違いに一票だな。俺も同じ突っ込みしたしな」

 古い笑い話だ。

 そんなたわいない会話をしながら、その日の夕刻にはミスロジカル魔導学院に到着するのであった。



 学院に戻って数日、アスガルドからの依頼品をすべて送る頃になって、ようやく秋が土産物を大量に持って帰ってくる。

 ドイツに行った面々からは未だになんの連絡もなく、ニュースにもネットにも情報が載らない日々が続く。

 そして、ある日、ベヘモットがポーランドを踏み潰して、ベラルーシを抜けてロシア入りしたという情報が世界中に流れた。

 夏休み最後の日の出来事である。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ