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LR  作者: 闇戸
四章
44/112

HydraSlayer_3

 エレフシナでヒュドラを確認してから三日経った。

 あれからアテネを拠点にして準備を進めてきたが、未だ、ヒュドラが退治されたという情報はなく、あるのは賞金稼ぎの被害が日々大きくなっていることか。

 セイジは建設機材を撤去したデメーテル神殿跡の土台に立ち、大理石の床に大きな陣を描き殴っていた。

 最後に数式を刻むと陣の外へと出て、チョーク代わりにしていた琥珀の長剣を大理石に叩き付けて砕く。刻まれた陣が琥珀色に輝き出す。

「アペレス!」

 セイジが大声で叫ぶと神殿跡の後ろ、泉との間に五階建てのビルほどの人影が立ち上がる。牧歌的な服装の巨人だった。

 セイジが学院に行くまでの間の友人アペレス。久しぶりに会って頼み事をしたのである。

 アペレスはむんずとヒュドラの尻尾を掴み顔を真っ赤にして「ふんっ」と力一杯引っ張る。エンチャント・ストレングスを付与されての全力に巨体が泉上から引きずり出されてくる。

 ず……ずず……ず……。

 地響きが一緒にやってくる。

 急いで用意しておいたタオルで口を塞ぎ、陣から遠ざかる。陣には黒々とした影が迫ってくるところであった。

 巨大な爬虫類が降ってきた。

 セイジは地に両手をつけ、陣と周囲に漂わせた長剣の欠片、琥珀に魔力を通す。


「ここに魔を通す道を開けよう」


「彼方より此方へ」


「点と点は繋がり線を成す」


 陣にそって琥珀の縁を持つ穴が口を開け、影の原因、巨大なヒュドラが毒を撒き散らしながら穴に吸い込まれていく。明らかに穴よりヒュドラの方が大きいが、まるで吸引されるように吸い込まれる。

 ちゅるんっ、とそばでも吸い終わったかのような嫌な音を立ててヒュドラは穴に食われた。と同時に穴が閉じる。蔓延する毒。だが毒は神殿から浄化されて消える。

 柄をかざし長剣を構成し直して琥珀を回収した。

 吐息。

 巨人を見上げて親指を立てれば、巨人もセイジを見下ろして親指を立ててニッとヒゲ面を歪めた。釣られてセイジも笑う。

 南西の空を眺め、笑みを消す。

「さあて、後は任せたぞ? シュウ、コトハ」

 真剣な表情でそう呟いた後、南西を指差しながら巨人を振り仰ぎ真顔のまま一言。

「それじゃ、頼んだ」

 巨人もまた真顔で心得たとばかりにセイジに手を伸ばした。



 サラミス島。

 エレフシナの南に位置するこの島は、本来、無人島ではない。

 四年前、サラミス島南東部において、地中海を本拠にする組織アルコンテスとヴァチカンの使徒が衝突した。結果、サラミス島の島民が全滅するに至った。島も中央で真っ二つに割れている。

 現在もほとんど廃墟に等しく、被害を気にせず戦闘が行えるというわけである。

 琥珀色の陣が口を開け、黒々としたヌラリとテラつく巨体が飛び出してきた。

「本当に、でっけえな」

 頭上を飛び越した先で地響き立てて落下した巨体に、秋は口笛を吹く。

「けどまあ、倒せないほどのもんでもないよなあ」

 周囲に、自分とヒュドラを隔絶させる大地の壁が盛り上がるのを見る。それはやがて巨大な土のドームを形成する。

 琴葉に注文した『外界に情報が絶対に漏れることのない壁を作れ』が完成したのである。

 ヒュドラが暴れ、ドーム内に設置された篝火が倒れていき、地に流された油に点火していく。ドーム内は火の海に変わる。

「舞台は整ったな。じゃあ、やるかね。なあに、奴よりはちいせえ」

 ニヤリと口の端を歪ませ「転神」と呟く。

 足下から蒼い風が立ち上り、髪と眼が蒼く強く輝き、無銘神が顔を上げる。

 ギロリと睨みつけ、強烈な威圧感を叩き付ける。ヒュドラがビクリと後退。九つの口から紫の舌をちろつかせた。

 マーケットで買った安物の鉄ナイフを取り出して握り潰す。鉄が分解し、ロンパイアとも見間違いそうな長大な鉄製の剣が出現する。違うのは束の長さ、そして、剣身の長さだ。

 無銘神は一メートル弱の束を掴み、二メートル半ほどある剣身を振り回して具合を確かめる。

 久しぶりの転神となる。少なくとも半年はしていない。だから、愛用のこの剣ともご無沙汰である。

 無銘神は剣で傍らの油壺を叩き割り、剣身に火を纏う。


「毒蛇よ。俺を一度でも地に伏せてみせよ。さすれば、褒めの一つでも与えてやろう」


 実に楽しげに語り、ヒュドラに向かって踏み出すのであった。



 ドームの外は巨大な魔方陣。

 琥珀の数式で形成された陣をルーン文字の陣が囲み、陣の前でミスロジカルの制服を着た黄金の髪を持つ美女が両手をドームに向けている。

 よほど内側で派手に暴れているのか、ドームには時々ヒビが刻まれるが刻まれた先から修復されていく。

 ドームはやがて草に覆われ、ルーンの陣からは木々が生えドームを囲みだす。

「ing……ing、ing。さっさと満たされなさい」

 くわっと澄んだ湖水のような瞳を見開いて口走る。

 髪と眼で感じは違うが、美女は間違いなく琴葉であった。

 秋とヒュドラの戦場を、セイジと琴葉による二重の結界で生み出していた。戦場として、封印の舞台としてである。

 役割分担は、セイジがヒュドラをサラミス島へと転移させ、秋がヒュドラをねじ伏せ、琴葉が舞台を整え、最後にセイジが封印を施す。

 琴葉が舞台を整える←今ココ。

 秋の現在の体調ではシフトを続けられるのが一時間程度。密閉した空間に毒が蔓延するのには更にかかるが、火も焚いているための酸欠も加わって、作戦時間は三十分が限度。すべての時間を短縮するため、琴葉もまたシフトしていた。

 北東の空から何か飛んできてドーム上を通過していった。

 どこか遠くで「ノーコーン」と聞こえ、また地響きが生じる。

 やがて、南の方から海水に濡れたセイジが「ゼエ、ゼエ……」と走ってきた。

 金髪美女状態の琴葉の隣でドームに両手を当てる。

「じ、時間だ」

「平気?」

 チラリとも見ずに短く聞く。

「大丈夫。誰にものを言っている」

「そうね。こっちは豊穣結界は完了済みよ」

 了解、と応じて正面のドームを視る。


「ワールドプレーン解析……再開」


 ドーム型の結界の内側、既にセイジの陣は敷き終わっている。後は対象を確定して封じ込めるのみだ。


「詳細把握――個体認識……終了。ねじれ矯正……終了――断界開始」


 脳内でタイマーが減っていく。


「完了。プレーンシフト――プレーン・オブ・ゴルゴーン!」


 やがて、最後にやや大きめの地響きがあって――――静まりかえる。

「プレーン・オブ・ゴルゴーンの崩壊を確認。状況終了だ」

 隣で吐息を聞く。

 琴葉がシフトを解いて、目の前の壁を砕いて道を開く。

 秋が出てくるのを待ちながら、セイジはドームを見上げる。

「うーん、やっぱ、豊穣の結界があると内側での魔法行使はやりやすいな」

 シフトした琴葉が作ったこの巨大な結界の中では、戦う者は常に能力が強化され、魔法も威力が増す。至れり尽くせりではあるが、それなりに準備期間を必要とするし、なにより、行使出来る存在は限られている。

「おーい! もっと道を開けてくれ!」

 中から秋の声が聞こえてきた。

 更に道を大きくすれば、軽く二階建てくらいの大きさはあるヒュドラの頭を一つ引き摺って秋が顔を出した。

「とりあえず、これ、ギルドに渡すんだろ?」

「ああ。そういう条件で人払いをしてもらったからな。で、何首落とした?」

「八だ。最後は慌てて二同時だったから切り口は汚いか」

「いや、切り口はどうでもいい。そうか、不死の奴以外全部か」

 東からヘリが飛んでくる。あれはメディアに手配を依頼した毒抜き班だ。ヒュドラからの毒抜きにはそれなりに専門家の手が必要だからである。とはいえ、大きさが大きさだけに時間もかかるはずだ。

「コトハも疲れただろ? ギルドに首を譲渡し次第、例の泉という奴を堪能してみよう」

「ええ、そうしましょう……あら?」

 琴葉はセイジのブレザーの裾に手を伸ばして、吐息。

「最近、制服での活躍が多すぎるのではなくて?」

「ん?」

 制服のほつれ。

「あぁ。でもしょうがないだろ? 俺の服、まだ修復終わってないんだからさ」

「言い訳しないの」

「い、言い訳なのか?」

 琴葉はこれみよがしに肩をすくめてみせる。

「後で繕ってあげるわ」

「いつも済まないな」

「済まないなんて思ってないでしょう?」

「そんなことは……ないぞ?」

「今の間はなにかしら」

 なんでもない、と首を振ったセイジは、何とも言えない微妙な表情で自分達を眺める秋に気づく。

「あ。その首、生で持ち歩くのいかんな」

 悪い悪い、と琴葉との会話を終わらせて首を壁で覆う。

「絶つものは重さ……と、これで完成。じゃあ、行くか」

 縄を二つ括りつけて、セイジと秋の二人で引っ張る。重さを軽くしても海に浮く程度のもので引っ張るのが容易になるわけではない。

「カカセオに括りつけて海渡らせたらどおよ?」

「どこの町を粉砕させるつもりだ。俺に母方の親戚一同を敵にまわせと言うのか」

「冗談に決まってるだろ」

「シュウなら分からん」

 そんな言い合いをしながら運び、海にまで出てくる。

 琴葉は先にキオーンでエレフシナへと送った。自分達はまずアテネのギルドへと向かうことにする。

 紅一点を見送り、用意しておいたボートで牽引しながらアテネへと向かった。



 アテネの港でギルドの人間に首を引き渡し、認め印を受け取ってギルドへと向かう。

 その道すがら、秋はとりあえず、思ったことを口にする。

「お前ら、もう、付き合っちまえよ」

 最初、秋が何を言っているのか分からず、キョトンとしてから「はあ?」と怪訝そうに聞き返した。

「俺達は幼なじみで親友だぞ? 付き合うとか何言ってるんだ」

 秋は盛大な溜息を吐く。

「だってよ、お前らの会話って夫婦のもんにしか聞こえぜ?」

「夫婦って、またそれか。なんでここではそんな誤解ばかり受けるのか」

 うんざりだと肩をすくめるセイジ。

「親友だと思っているのはお前だけで、向こうは絶対に違うと思うんだけどな」

「節穴アイのシュウが何を言っているのやら」

「セイジの神懸かった鈍感に比べれば、俺の節穴はマシな方だ」

「大体俺は」

 セイジが反論を口にする前にギルドへと到着し、話はうやむやになる。

 必要な手続きを終え、ギルドを出たところでシオンと鉢合わせた。

「やあやあ、小アステール! あがっ」

 セイジに抱きつこうとして、避けられて壁に衝突した。

「いたた」

「なんでいちいち抱きつくんだ」

「深愛の証だよ?」

「うっ……、なんか嫌な響きを感じたぞ」

「気のせいだよ、気のせい」

 顔だけが異様に良いこの兄弟を眺めていた秋は「兄弟仲が良いのはいいことだ」とうんうん頷く。

「分かってるねえ、君!」

「用がないなら行くぞ?」

「つれないねえ。折角、エレフシナの泉が復活したことを教えようと思ったのに……

 おっと、口に出てしまったね」

 セイジと秋は顔を見合わせる。

「シュウ、先にコトハを連れていってやってくれ」

「それは構わないけどよ。お前は?」

 セイジはちょっと嫌そうにシオンへと顔を向ける。

「俺達に用事はないけど、俺には用事があるんだろ?」

「ふふ、よく分かってるね――愛だね」

「ちげえよ」

 即否定。

「まあ、そういうわけだから、後頼んだ」

 秋は連れだって歩いていくセイジとシオンを見送り、自分は拠点にしているホテルへと向かうのであった。

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