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LR  作者: 闇戸
四章
43/112

HydraSlayer_2

 エレフシナでデメーテル神殿跡を眺められるオープンカフェの一角で、セイジと琴葉は軽く食事をし今は食後のお茶を楽しんでいる最中であった。

「コトハもハーブティーやってみればいいじゃないか。魔薬茶ではなく」

「変な名前を付けないでちょうだい。飲んで疲れが飛びやすくしてあるのだから」

「たまに意識飛ぶけどな」

 一ミリリットルでも多く飲んだらアウトな魔薬の実験台にされたセイジは、出来るだけ危険の及ばない方向に話を流したいわけで。

「それはそれとして、ヒュドラ、実はかなり危険なんじゃないかしら」

「俺もそう思う。やばい予感しかしない」

 ヒュドラの倒し方。

 ヒュドラは九つある首の一つが不死で他の首は切り落とすと二つに分裂して生えてくる。首の増殖を止めるには切り口を燃やすしかない。首が一つになった時点で身動きが取れないようにする。結局は殺害には至らず、一時封印することで排除するのだ。

 また、ヒュドラは常に毒の霧を吐き出しているため、倒す側は口を何かで覆うなどして毒霧に備えなくてはならない。

「倒し方は変わらないんだろうが、いる場所というのが例の泉の源泉だろう?

 ここにそれがあるということは、エレウシスの秘儀が無関係とはまず思えない。泉は秘儀の影響を強く受けているのだろう」

「効果を考えると不死性……というより、飲む者に頑健さを与える泉かしらね。

 そんな泉に陣取っているとなると、増殖やら酷いことになりそうね。ただでさえ、蛇、ですものね」

 "蛇"を強調する琴葉。

 蛇系の幻獣は不死性が強い。簡単に言えば、並大抵の攻撃では死なない。元々頑丈な存在である。それが常に傷の治る場所に居続けるとすれば、ちょっと洒落になっていない。最悪、不死ではない首まで不死の可能性さえ出てくる。

「考えてみれば、俺らで火の源理を使う奴はいないんだよな。かの英雄のように松明でがんばるか?」

「純度マテリアルは?」

「毒霧の中でマテリアルに集中出来る自信がない。毒の範囲外から出来ればいいんだが」

 赤光で刻んだ壁のことを言う。

 あれなら切断と炎上が同時に発生する。問題は、壁が到達するまでにそこに切断ポイントがあるかどうか。距離と対象の早さによって、この手段は使えなくなる。

 相談中の二人の席に白鷲が舞い降りる。セイジは鷲がくわえていた紙片を受け取った。

 アテネにあるギリシア全域のクエスト統括ギルドに、今回の件についての情報開示を求めていた。その結果だろう。

 鷲は猫に変わって琴葉の膝に乗った。

「あー……」

 溜息混じりに、もう、なんと言っていいものか、とセイジは声を漏らす。

 クエスト登録されたのは昨日のことだが、登録者がオリュンポスの代理人で報酬がかなりの額だったようで、もう何組かの賞金稼ぎが請け負っている。が、相当な死者を出していて、詳細も入ってこない。

 情報を得るためには近づかなくてはならない。必要な距離が毒霧の範囲内でどうしようもない。

 ということが書いてあった。

 最後に代理人の名前を読んで眉根を顰める。

「なにやってんだ? 暇……いや、人手不足か?」

「にゃにゃ」

 琴葉の膝の上から卓上をペシペシ叩く猫。

「会った……のか?」

「にゃ」

 頷く猫。

「誰に?」

 琴葉の問いに猫はビシッとセイジの背後に前足を突きつけた。釣られてそっちに視線を向ければ、ちょうど一人の青年が両腕をバッと広げてセイジに抱きついたところであった。

「会いたかったよ、アステール!」

 青年に頬をスリスリされ、背筋にゾワゾワッと何かこみ上げてきたセイジ。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 昼下がりのオープンカフェに、セイジの悲鳴が響き渡った。



 右頬を腫らせた青年はセイジと琴葉の間に座って、ハーブティーを注文する。

 金髪碧眼の青年の仕草一つで道を歩く女達が吐息を漏らす。

(ああ、似てるわね)

 セイジに似ている。でもどちらかと言えば、セツナの方が似ているだろうか。

 琴葉にジッと見られていることに気づいた青年は、琴葉に向かってウィンクを投げかけて、セイジに左耳を掴まれた。

「いたたたたた。僕の美しい耳が!? 頬だけじゃなく、耳まで奪おうというのかい?!」

「頬も耳もいらねえよ! 後ろから抱きつくのはやめろと何度言えば」

「じゃあ前から」

「前も横も駄目だ!」

 右耳まで掴んでギャーギャー騒ぐイケメン二人。

 琴葉はおずおずと手を挙げる。

「そちらは誰なのかしら?」

 聞かれて、青年はセイジの拷問から逃れると胸に手を当てた。なんか青年の周囲に金色の光が立ち上る。

「シオンです」

「エロスだ」

 名乗った直後にセイジが青年の真名をバラし、青年は「早いよ?!」と額に手を当てた。しかし回復は早い。

「この子の兄です」

 "エロス"という名と"兄"に、琴葉は思い至る。

「そうね。親がライナーだと、そういう特典がついてくるものなのよね」

「理解が早くて助かる」

 アフロディーテとアーレスの子、エロス。

 アフロディーテであり、ヴィーナスであり、ウェヌスであるかの女神は、セイジとセツナの母親でもあるアウレア・フェリクスの本来の姿であり名前だ。

 アフロディーテの子であるということは、セイジ達の兄ということになる。

 シオンとはパスシオンというエロスの別名から名乗っているのだろう。

「そのお兄様が何故こちらに?」

 琴葉の疑問にはセイジが応じる。

「ギルドへの依頼をしたオリュンポス代理人だから、退治の様子を見物しにきたんだろ」

「僕の行動を正しく理解するとは、これはもう……愛だね!?」

「ちっがーう!」

 セイジの右手をガシッと掴むシオン。掴んで「ん?」と右手に視線を落とすが、すぐに弟に振り払われて「あぁ」と残念そうな声を出した。

「スキンシップはこれにくらいにして」

「そう言うならまず俺の足を蹴ってくるのをやめろ。足もぐぞ、この野郎」

「照・れ・屋・さ・ん☆」

「鉛の矢は、今まさにあんたのためにあると思うんだ。滅多刺しにして二度と愛を語れなくしてやろうか」

 ああん? と睨むセイジをシオンは笑って流す。

「君達はイギリスからわざわざクエストを受けに来たのかい? 勤勉だねえ」

「違う。メディアの姐さんからの依頼だ」

「おや、コルキスの魔女さんか。というと、目的は毒かな?」

「こいつの入り用なんだよ」

 そう言って琴葉を指す。

「ギルドからの受諾じゃないから、報酬はいらん。いらんよなあ?」

「ええ、必要ないわね」

 琴葉はセイジの案に頷く。

 というより、ギルドのクエストなど学生が受けられるものではない。報酬に目をくらませば碌なことにはならない。

 かつて、どこかの学生がギルドのクエストに手を出して、クリアしたのはいいものの、同じクエストに参加していた賞金稼ぎの逆恨みを買って学校ごと攻撃の対象になった、という事件があった。

「学校に迷惑をかけるわけにもいかないしな」

「星司にしては殊勝だけれど、それには同意ね」

「お前は一言多い……あ」

 ガタッと立ち上がるセイジ。視線の先には、見慣れた制服姿が対岸の歩道をちょうど横切っている場面であった。

「悪い。ちょっと外す」

 そう言って席を離れる。

 シオンと二人にされて会話に困る琴葉。そんな彼女に「ねえ、君?」と話しかけるシオン。

「あの子はひょっとして、クアジィとシフトを併用したのかい? それも最近」

「え?」

 予想だにしていない質問だった。

「右手だけとか、ずいぶん器用なことをやったようだけど」

 そう言ってから肩をすくめて吐息。

「まいったなあ」

「あの、こちらでは半神化と神化の併用について詳細が?」

 これは聞いておいても損のないことだ。

 困るということは、弊害が何かしら判明でもしているに違いない。

「うん? う~ん。他の事例は知らないけど、アステールは小さい時に一度やってそれなりに酷い目にあってるはずなんだよねえ」

 セイジ専門の詳細だったようだ。

「まあ、その酷い目の記憶が飛んじゃってるから、これくらい酷いんだよくらいのことを思い知らされたから、自分じゃまずやらないはずだし……」

「先日のアレは無意識だったはずよ?

 ええ、そりゃもう、無意識に亜神化してしまうくらいの激情だったわ」

 妹弟子が傷ついたことを怒っただけなら、愛神の息子が亜神化を無意識でも発動させるようなことにはならない。

「まあ、愛には色々あるから、疑似家族愛とでも言えばいいのかしらね」

(絶対にあれは、家族愛とかそんな清々しいものではないと思うのよねえ)

「なにかしら?」

 シオンが自分を温かい眼差しで見つめていることに気づく。

「君みたいな美しい人に愛されて、あの子も幸せ者だねえ」

「愛してないわよ!」

 ダンッ! と机を叩き、顔を真っ赤にして立ち上がる琴葉。周囲のテーブルで他の客がビクッと震えた。

 周囲の空気に気まずくなって、いそいそと座り直す。

 ムスッと膨れてシオンから顔を背けて頬杖をつく。

「幼なじみってだけでそっちに結ぼうとする輩が多すぎて、本当に困ったものだわ」

 プンプンと怒る様子をシオンは微笑ましいと思ってしまう。

 そこにようやく秋を連れたセイジが戻ってきた。

「やはりシュウだった……コトハ?

 あんた、コトハに何をやったんだ」

「ちょ、どんだけ僕は信用ないんだい?」

「口説こうとして失敗したんだろ?」

 弟の反応に兄はやれやれと肩をすくめる。

「さすがの僕も可愛い弟の恋人を会ったその場で口説くわけないじゃないか」


「「幼なじみだ!」」


 セイジと琴葉から突っ込まれる。同時に、ハモりで。

「突っ込むなら"会ったその場で"だと思うんだけどな」

 よく話の分かっていない秋が冷静に指摘した。



 テーブルを四人が囲む。一匹は変わらず琴葉の膝で丸くなっている。

「はあん、あんたがエロスの降臨か。エロスって言ったら、もっとこお」

 秋は弓矢を持った天使のような子供のイメージを口にする。それが世間一般でのイメージである。恋の天使キューピット=エロス。

「いやいや、それは恋愛を甘酸っぱいものに考えた人々の勝手な妄想だよ。

 大体さ、小天使の姿だったら女の子と×××でき痛っ?!」

 左に座っていたセイジの拳がシオンの左頬に突き刺さった。

「人間の姿して下界してきてんなら自重しろよ、性愛の神様」

「て、手厳しい。アステールは愛神の息子として、もっと愛を振りまいてもいいんじゃないかなと」

「あんたと一緒にするな」

 セイジの言葉にはまったく遠慮がない。ただ、弟に無碍にあしらわれているのをこの兄は楽しんでいるようにも見える。

「しかし、ほぼ無敵状態のヒュドラ退治とかさ、そんなクエスト登録して、ここに集まってきてる賞金稼ぎってのはそんなにレベル高いもんなのか? 良くて、うちの十四期生レベルって感じしかなかったんだけどな」

 リトコロンからエレフシナまでの路線で、今回のヒュドラ退治に向かおうという賞金稼ぎを結構の数見てきたらしい秋は、賞金稼ぎの腕に疑問を持つ。

「大方、報酬に群がる人間の愚かさを肴にしようという考えもあるんだろ」

 セイジの言葉にシオンは左手を目の前にかざし、人差し指と親指でちょぴっと隙間を空けてみせる。

「「あるのかよ!」」

 セイジと秋が仲良く突っ込んだ。

「現代の人間の実力からすれば、単騎でなくとも倒せれば天に上げても良いという声も挙がるような相手ではあるね」

「ちょっと待て。

 単騎で倒したヘラクレスと同じ扱いを集団の賞金稼ぎ相手にやるってのは、それだけやばい相手なのか?」

「アステールは鋭いねえ。ハグしていい?」

「キオーンでも抱いてろ……?」

 受け流そうとしたところで、地が揺れる。

 揺れは震度2くらいだろうか。

「地震か」

「いや、ちょっと待てよ?」

 地震と片付けようとしたセイジに待ったをかける秋。

「これ……地響きじゃねえ?」

「分かるのか?」

「身に覚えがあるというか、似てるというか、二度と感じたくはない揺れではある」

「また、曖昧な」

「ヒュドラって、大きさどんなもん?」

「犬くらいが普通だが……? まさか、ヒュドラが起こした地響きとか言うんじゃないだろうな」

 大群で移動でもしないかぎり、地響きなど発生しないだろう。

「その身に覚えというのは、いつの話かしら?」

「"前"だ」

 琴葉の問いに即答。

「名前を無くす前?」

「前だな」

 シオンがキョトンとして「名前を無くす?」と思わず聞く。

「俺も転生者だけど、訳あって公式上は存在していない存在なんだわ」

 名前がない。故に"無銘"だと。

「常々思うんだが」

 セイジは苦笑混じりで口にする。

「別に名乗っても問題ないと思うけどな。名乗るのは自由だ」

「そうは言うけどな」

「お前が名乗らないことで神剣も名を呼ばれず出力を落としている」

 名は力だ。

 すべての存在は、名があってこそ現界し力を周囲に見せつける。

 その理は人間よりも、超越者こそが最も自覚するものである。

「全力を出せなければ、いつか、お前が一番護りたい者を殺すぞ。シュウの場合は、彼女か」

「分かっちゃいるんだけどな。こればかりはなあ」

 これまで名を必要とするほどの相手に出会ったことがないだけに、あまり深く考えてこなかった問題である。

 秋は配膳されたシロップ漬けのカスタードパイを食べる手を止め……。


 グラグラグラッ………………


 さっきのよりも大きな地震だ。

 セイジが座ったまま、頭上に手を伸ばし一線刻んで壁を引っ張り出してオープンカフェ全体の上を覆う。

 壁の上に他の建物のガラスの破片やコンクリートの破片などが降り注ぐ。

 壁の存在にシオンは目をパチクリとさせてから、久しぶりに出会った弟に目を向けた。

 今の地震の原因がどこで起こったものなのか、これにはさすがにセイジと琴葉も気がつく。デメーテル神殿跡の裏。山に面する方向で土煙が上がっていたからだ。

「なるほど、地響きね」

「あんなに高い土煙が上がるというと、どれだけデカイものが……」

 ヒュドラの情報を引き出そうと兄に顔向ければ、ちょうどセイジを見つめていたシオンと目が合う。

「な、なんだよ?」

「アステール、魔法使えるようになったのかい? それとも構想魔法の一種とか」

 言っている内容が上に出した壁のことであることにはすぐ気づく。

「いや天幻。それでヒュドラのことだけどな」

「天幻……天定の幻想魔法だって?!」

 解答を得た側は驚きのあまり硬直。

「ギルドからの情報じゃ大きさまでは……おい、聞いてるか? しょうがないな」

「天幻のことを知れば大抵の人は同じ反応をすると思うのだけれど」

「と言ってもな」

 まいったな、と眉尻を下げるセイジ。

「てか、代理人がギルドに伝えた以上の情報をくれるわけないだろ」

 珍しく冷静な秋の指摘に、セイジは頷く。

「それもそうだな。見にいって対策を立てることにするか」

 セイジの言葉を受けて、秋はパイの残りを平らげる。

 支払いを済ませ、シオンを放置して、三人と一匹はいましがた土煙の上がった方へと歩いていった。



 かつての観光地であるデメーテル神殿跡は、デメーテルの意向による再建築の最中であったのだが、見事に倒壊していた。

 原因の方には人だかりと運び出されてくる多くの負傷者達。先の地響きは賞金稼ぎ達が挑んだ結果のものだったようだ。

 神殿跡一帯にいる人々はすこぶる元気である。

 ヒュドラの毒はここには到達していないか、毒が神殿跡に入れないか。どちらにしても、ここでなら毒を気にせず情報も集められそうだ。

「あれじゃないかしら?」

 琴葉が一点を指差した。

 ずっと山かと思っていたものだった。

「ははは、伝承と全然違うな。大きすぎだろ」

 セイジは乾いた笑いを出した。

「情報と全然違うじゃねえか」

 秋は口を開けて黒い小山を見上げ、学院からロンパイアを取り寄せることを真剣に考え始める。それまでは、アテネに戻って鉄剣でも買った来ればいいかと考えていた秋であった。

 運び出されている賞金稼ぎの数は二十人程度。その数では足りないということか。

 セイジはとりあえずヒュドラの首の太さを確認するため人混みの間を縫って、前へと進み、今まさに長い首を引っ込めようと動いたヒュドラの姿を目撃する。

 首の数は九本。多くの犠牲を出して尚増えていない。誰も、一本たりとも落としていないということだ。肝心の太さは目算で直径五メートルほどだろうか。

 ヒュドラの周囲に如何にも毒々しい霧がかかっている。あれが毒だろうか。

「うーん。太いな……」

 さすがのセイジも唸る。

 正直なところ、人の手に余ると素直に思ってしまう。

 地には賞金稼ぎ達が使用していたらしい武器の数々が落ちている。魔構然り、鉄剣然り。どれもあの首を落とせそうな物はない。

 周囲では賞金稼ぎの生き残りがもっと数を揃えろとか叫んでいるが、数を揃えようが装備をどうにかしろと言いたい。

 琴葉と秋の下に戻って確認した詳細を伝える。

「毒は秋が風で散らす。この方法で対処出来るのではなくて?」

「そりゃ可能だが、周囲への被害は甚大だろ」

 琴葉の案への秋の解答。周囲への被害は確かに甚大だろう。毒のみならず、あんな巨大な物を本格的に狩ろうとするなら、暴れ回った時のことを考えるべきではある。少なくとも、オープンカフェで感じたような揺れでは済まないはずである。

「がんばって首一本落として毒を回収して逃げるか?」

「お前らはそれでいいかもしれないが、俺が」

「そういえばそうか」

 セイジと琴葉の目的は毒だが、秋の目的はヒュドラの排除である。

 相談のためにこの場を離れる。賞金稼ぎの目が邪魔だった。

 オープンカフェまで戻ればシオンの姿は既になく、とりあえず展開しておいた壁を撤去しておく。注目を浴びていたからだ。



 色々と入り用でもあるため、市バスでアテネに至る。

 どのみち、エレフシナは賞金稼ぎによって宿泊所も満員で休める場所もなかった。

 入ったホテルでセイジと琴葉は秋に対してとりあえず言うことがある。


「「実家かよ!」」


 正確には梧桐系列のホテルであった。

 顔パスでスイートに通されての一言である。

「ちゃんと俺の口座から引き落とされてる。無料じゃねえ」

 後で徴収な、と言う秋。

 金は取られるが、それでも格安ではある。

「リトコロンまで行くことなかったんじゃないか?」

「エレフシナの泉は混んでるって話だったんだ」

 あまり並びたくないらしい。

「さて、どうするか」

 とりあえず、話をヒュドラに戻そうと言ってはみたものの、セイジは次の言葉を発さずに唸る。

 無駄に時間が過ぎる。

「蛇繋がりで、琴葉が亜神化して話しかけてみるってのはどうよ?」

「ちょ、おま」

 考えを放棄して秋が琴葉にそう話しかけ、セイジが慌てて秋の口を塞ごうとするが、ちょっと遅かった。

 琴葉が胡乱げに顔を上げて秋を睨んでいた。

「私と龍也の父様は、蛇ではなくて、龍の王様なのだけれど……」

 声が低い。怒りを含んでいて恐い。

「んなこと言ってもよ。蛇の神格化みたいなもんだろ? 龍ってのはさ」

「人間がそう言ってるだけで、全然違うものだと何度目かになる説教タイムに入らせてもらってもいいかしら?」

 許可を求めてくる幼なじみをセイジは「待て待て」と止める。

「いい加減その話が地雷ということくらい分かれ」

 秋にはそう言い聞かせる。

「なんかキレるの早くないか? 愚痴とかあるなら後でちゃんと聞くから、今は抑えろ」

 この言い聞かせに対し琴葉はおもむろに無言になる。

 少し考えてから「ちゃんと聞くのね?」と聞き返し、聞き返された方は「あ? ああ、もちろん」と応じる。これで琴葉は腰を落ち着かせた。

 琴葉の様子に秋は首をかしげた。

「スネークスレイヤーとかあればなあ」

 秋は溜息混じりにそんなことを言う。ゲーム用語とか言われても琴葉はさっぱり分からず、また秋の妄言の一種だろうと深く考えないことにする。

 セイジは地図を広げて、噂の現場を何度か見返し一言「駄目だな」と呟く。

「どう戦っても周囲への被害は抑えられない。ここで戦うかぎりは、な」

 対象が動き回る存在なら、場所を移すことも可能かもしれないが、先程見たヒュドラは賞金稼ぎとの戦いが終わった後に定位置へと戻るように動いた。とすれば、泉から遠ざかるようなことはしないだろう。

(周囲への被害について考えないとシュウはちゃんと動かなさそうだし、それ以前に、下手なことして神殿跡とか壊したら、後が恐いしなあ)

 エレフシナ周囲を眺めていたセイジはある島に目を付ける。

(確かここは……、ふむ、ちょっと確かめてみるか)

 ヨイショと立ち上がるセイジを残る二人が見上げた。

「ちょっとギルド行ってくるわ」

「まさか、そっちでクエスト受けるのか?」

「なわけねえだろ。調べ物だ」

 ギルドにはクエスト以外にも近辺の情報が軒並み集まってくる。図書館に行くよりも良い場合があるのである。

「ひょっとしたら、あの近辺の被害を考えなくてもよくなるかもしれん」

「マジで?」

「あくまでも可能性の段階だけどな。シュウは戦う準備をしておいてくれ」

「おう……てか、ロンパイア輸送してもらわんと」

「シフトを基本にしないと危険だ」

「神剣使えってか」

 秋はしばらく額に手を当てて「う~ん」と悩んでいたが、状況が理解出来ていないわけでもなく「マーケット行ってくるわ」と立ち上がる。

 一人座る琴葉。

 秋が先に部屋を出て、セイジは戸の前に立って振り返る。

「先に行くぞ?」

「え?」

「いや、え? じゃなくてな」

 セイジは頭を掻いた。

「コトハの知恵を貸してくれないと困るんだが……」

 その言葉に一瞬キョトンとするが、した後にセイジから顔を背けて「しょ、しょうがないわね」と漏らして立ち上がる。

「ちょっと準備してくるから、待ってなさい」

「ロビーで待ってる」

 戸が閉まる音が響き、部屋に自分しかいなくなるのを確認してから、琴葉は吐息。慌てて鏡を見れば、顔が真っ赤になっていた。しかもなんかちょっとにやけていた。

「ま、まずいわね」

 急いで顔を洗って火照った顔を冷まし、にやけ顔を戻そうとする。

 セイジから頼られて、素直にうれしい琴葉であった。

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