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LR  作者: 闇戸
三章
39/112

私闘

 十三期生との戯れで浮き彫りとなった反省点や目標がはっきりし、そこの部分を押さえた授業が終了したことで短期留学の全行程が終了。

 翌日は夕方まで勉強も何もない休日ということになり、ゴラン・ヘイヴンでの海水浴が決定している。

 翌日の準備も終え、夕暮れ時にその日の鍛錬をしていたセイジは背後に気配を感じる。

(来たか)

 背後には、ある力を感じる。それは神魂。以前、真咲と共に現れた気配と同じ。つまり。

「九曜頂・日崎殿」

「リマとの遊びに降神器を使わなかったからか」

 バラを砕いて振り返り、呼び声の主へと身体を向ける。

「やるか?」

「はい」

 交わす言葉はそれだけで、互いにやることは決まっている。

「さて、場所は移すぞ? ここでやるのも問題だ」

「お任せします」

 琥珀の長剣を構成し、空間を斬りつけてキオーンを出現させる。現れたグリフォンに、真咲が目を丸くした。

 セイジはキオーンの黄金の背を右手で撫でる。

「キュ」

 幻獣はうれしそうに短く鳴いた。

 左手を真咲に差し出した。

「行くぞ?」

「あ、はい」

 手を取って、幻獣の上へと案内される。

 跨がると、すぐに背に背負う長物越しに熱を感じて顔を赤らめる。

「エクスムーアに行くぞ」

「そこは?」

「学院には超越者関係で面倒事がありそうな時に、使用を国から強制される地域がある。

 授業であれば結界でなんとかなるものだが、それだって限界もある。神魂のぶつかり合いは極力さけろとも言われてるんだ。

 だから、広くて、破壊が起こってもある程度目を瞑れる場所をあらかじめ用意するから、そこでやれってな」

 大概は学院内で始めてどうしようもなくなる、と苦笑した。



 グリフォンが飛び去るのを、朱翠は談話室から眺めていた。

 朱翠はこれから鍛錬である。

 手拭い一つ持って、寮を出る。

 ラフィルは今頃、長湯で(風呂場で魔力制御をやっていて)のぼせた紫と雛を介抱している。

 どこの寮も、二週間のイベントのラストに向けて浮かれている。

 悪いことではない、と思う。

 普段と変わらない歩幅に速度、浮かれも沈みもなく、鍛錬場にしているグラウンド隅までやってきて、早速手斧を掴み薪を手にしようとし、手斧を一閃。飛んできた薪を両断した。

「さ・す・が」

 壁際の暗がりから勝利が顔を出す。やはり今回も甚平だ。ただし、その手には……。


 ドクン。


 朱翠は思わず口を手で覆った。

(なんだ、あれは)

 内なる魔剣が、全力で、拒絶している。

「なんだよ? お前、こいつが分からないのか?」

 勝利は右手に持った刀を前にかざす。

 分からないはずがない。刀の外見を持つ存在だ。

 だが、魔剣の拒絶は続く。より強く。

 この二週間あまり、勝利を前にしても魔剣がこんな反応を示したことなどはない。

(なんなんだ、これは)

 朱翠の疑問など知ったことではないと、勝利は鞘を左手に持ち、右手を柄に添え、腰を落として右足を一歩前へと出す。

「さあ、武本、俺と戦いな。ここで俺を黙らせなけりゃ、お前の存在を直毘に言うぜ」

 戦う理由などないと断ろうとした最中の単語。

「何故、直毘を知る」

「俺の親父も直毘衆に消された口だからな。連中の手口はよく知っている。

 梢が直毘衆の標的になるわけがない。だとしたら、標的はお前しかいない。武本翠廉は凡庸故にはじめから選択肢になど入らん」

 つまり、と勝利は眼光を鋭くする。

「梢はお前が殺したようなものだろう?」

「それは」

 否定出来ない。自覚しているから。

「構えろよ。武器がなけりゃ手斧でやってもこっちは構わないんだぜ?

 それとも、梢を殺した罪を背負って自決でもするか?」

 その言葉に、朱翠は口をきつく一文字に結ぶ。

 それは出来ない。出来るはずがない。この身は既に、日崎の頂に忠を誓ったのだ。勝手に死ぬなど問題外だ。

 手斧を地に放り、右手を横に伸ばす。開かれた掌の前に黒金の鞘が蜃気楼のように出現。無言でそれを掴む。剣帯に差し、右足を一歩前に出し、左で鞘を、右で長い柄の根を掴んで腰溜め構えた。

 黄金の柄が夕日に輝き、朱翠の髪と眼が血の色を濃くした。

(面白いもんをもってやがる。解封した俺のとどっちが上かねえ)

 リーチは朱翠が上。だが、勝利の方が短い分、速いはずである。


「嘉藤利則が一子、嘉藤勝利だ」


「榊朱禅が一子、榊朱翠」


「「参るっ」」


 踏み込みは同時。

 勝利の右、抜刀が放たれる。朱翠は左で鞘を引き、右で抜刀。

 抜刀の速度は勝利がやや上。

 しかし。

 勝利の左から右へと抜ける斬撃の根元に、朱翠の左下から右上に抜ける斬撃が衝突。

 キィィィィ――――ン。

 甲高い金属音を立てて、鈍色の輝きが空を舞った。

 朱翠の遙か後方に、鍔の先から斬り落とされた刀身がグラウンドに突き刺さる。

 観戦者がいれば、ここで終わりだと誰もが言いそうな場面。だが、朱翠は抜刀後すぐに柄を左手で掴み、上段を経て更に踏み込み、斬り下ろす。

 一見トドメとも言えそうな行為の正体は直後に判明する。

 刃を失った虚空で魔剣の斬り下ろしを受けたのである。

「魔剣」

「違うね」

 鍔迫り合い。

 勝利が朱翠の大太刀を絡み上げて、踏み込んで右肘を鳩尾に突き入れ、グッと押し出す。崩れる体勢。だが、朱翠も右足を引いて半身となって肘打ちの力を流す。そのまま無理矢理太刀の絡みを解いて距離を取る。

 上段に構えて、間合いを取りジリジリと円を移動する。

 視線の先で、勝利の刀が、柄が折れた刀身をペッと吐き出した。そして、新しい刀身が生えてくる。

 勝利が刀を振れば、刀身にヌラリとまとわりついていたと思われる胃液のような液体が払われる。生えた刀身の側面に、一眼の目が開いた。遠くに刺さった折れた刀身が枯れ崩れて消えた。

 もしここで、真性の視界を持つ者が彼のかざす刀を見たなら、同じ感想を持つかもしれない。

――幻獣

 と。

「元は妖刀。だが、長く人の血を吸いすぎて幻獣になったのさ」

 刃を上に下段に構える勝利。

「付喪神」

「はっ。神州じゃ古くからそう呼ぶらしいが、俺はこいつを神だなんて認めねえ。こいつは幻獣で十分だ」

 吐き捨てる。

「お前のと俺の幻字村正どっちが折れるか。勝負と行こうじゃねえか!」

「ティルヴィング」

「それがそいつの名かよ」

 互いに間合いを計る。

 朱翠は左に力を込め、右は添えるだけ。基本中の基本。やることは一つ。ただ、斬り落とすだけ。

 勝利は下段を変形させる。

 身をかがめ、刃を上に左斜め下に構える。狙いは逆袈裟。

 妖刀に自身の魔力を食わせる。刀身が冴えてくる。一眼は充血し、もっと寄越せと獰猛さを増した。

「あまり剣戟響かせても人を呼んじまう」

「これで」

「ラストだ」

 天に昇った月の光が互いの刀身で白く光った。



 日は落ちて、月が顔を出す。

 天の話だけでなく、学生寮の屋根上に、神州の月の神様が顔を出した。

 ん……、とノビをする。

 寝ていた。それはもうグッスリと――――セイジのベッドで勝手に。

(んー、先輩どこー?)

 寝ぼけ眼で周囲をぐるっと見渡して……「んん?」と一点を二度見した。

 射手の目は、グラウンド隅で物騒な物を構え、今まさに斬り下ろしと斬り上げを行わんとする二人組を確かに見た。

「ちょ……ちょっと待てええええええええええええ」

 思わず叫び、ラフィルを呼びに寮内に引っ込むのであった。



 剣光閃き、上と下から斬撃が解き放たれる。

 互いに防御など考えていない。ただ、斬り伏せることのみ。

 朱翠は、ティルヴィングが勝利の左肩に吸い込まれ、刀身が左胸に到達する前に自身の左腕が飛ぶのを見た。

 勝利は、村正が朱翠の左腕が宙を舞い、左肩にかかった重さと熱で視界が斜め左にずれるのを見た。

 奥歯をギリリと噛みしめ悲鳴を飲み込む。


 終わっていない。


 朱翠は添えるだけの右に力を込めて押し込もうとし、勝利は刀を返して首を落としに行こうとし、互いに刀を引いて飛び退る。間を銀の一閃が貫いていった。

 勝利がボタボタと足下を赤で染めて膝をつく。村正を杖にし、大太刀の剣先を下げて肩で息をする朱翠を睨む。

「くそ」

 それは、邪魔が入ったことにか。それとも致命傷を左に受けたことにか。

 やがて多数の足音が向かってくるのを聞いたのを最後に、勝利は出血と共に意識が抜けた。

 倒れることなく意識を失った勝利から目を背けず、魔剣から血を払って鞘に戻す。

 魔剣は嫌悪を訴えない。どうも勝利が気を失ったことで、嫌悪の元が眠りについたようだった。

(魔剣の長さはまだ調整が必要)

 切れ味は万全でも長さから最速が出ない。現状では、調整するには実戦が足りていない。

 そんなことを考えながら、視界に靄がかかるのを感じる。

 左手に感覚がない。そこから意識が流れているような気がする。

 ぼおっと立ったまま、背後から誰かに支えられ、緊張と共に意識が抜けた。



 朱翠と勝利が互いの肉を斬りつけ合った頃、エクスムーア国立公園にセイジと真咲が降り立った。

 セイジは西の空を見る。そこに金星の姿があるにはあるが、あまり長くありそうにもない。戦闘中に切れるのは目も当てられない。

(亜神化は無理かね)

 降神器使い相手に生身は自殺行為。亜神化が無理ならシフトしかない。

「さあ、やるか」

 そう言ったセイジに対し、真咲は手をかざして制す。

「その前に聞きたい」

 ですます口調ではない。素の口調である。

「あなたは璃央様や璃摩様とどういう関係なのだ?」

「リオは元護衛対象。リマは後輩兼研究の相方……になるのか?」

 気絶中の璃央に告白したことや"前"の話はしない。

 告白は璃央の与り知らぬことだし、"前"のことは神州に住む転生者にとってはタブーだろうと判断したからだ。分家だからといって、璃央がヒルメの記憶を取り戻したことを知っているとも限らないし、例え知っていてもそれを良いことと考えているかも分からない。

「璃摩様と……その、キ、キスをしていた……との噂があるのだが」

 言われて無言。

 天使と戦った後のが見られたのだろうか。

 屋根の上が誰にも見られない密室なわけがなく、見られたとしても、別にコソコソしていたわけでもないから問題はない……はずである。

「あれは、報酬として約束させられたものだ。リマに対して恋愛感情というものがあるわけではない!」

 素直に断言。


「うちの本家の次女に身体だけの付き合いとか、なにしてくれてるんだ、殺すぞ!」


 そうしたら怒り心頭の顔で殺害宣言をされて「あれ?」と首をかしげた。

 真咲が背中から一メートルほどの筒を取り出す。

(ライフル?)

 セイジは知らないが、それは種子島銃と呼ばれる神州の古い長銃である。博物館などにあるような代物ではなく、大型の回転式弾倉が取り付けられた改造種子島である。

 銃口をセイジへと向ける。

(ちょっとは良い奴だと思ったのは間違いか)

 兄からかばったりされて道を踏み外しそうになったらしい。

 弾倉を回す。

「出番だ、起きろ!」

 神魂が活性化し、種子島の中に魔力が満ち、放電を開始する。

「さあ、そちらも亜神化するがいい」

「それなんだが、亜神化だと長くもちそうにない」

 だから、と付け加える。

「別の手段をとらせてもらう」

 言って、左肩に右手を添える。

「神州の言葉で言うところの――転神だ」

「てん……しん……」

 呟いてから「転神だと!?」と驚愕する。そんな情報は聞いていない。

 驚愕などお構いなく、手が引かれる。

 紫が暗く輝き、髪はより明るく。吹き荒れる威圧感。

「転生者……だっただと? 九曜頂・日崎が?」

「ほう? 誰かと思えば……」

 転神した転生者を見たことがないだけに、表情の厳しさも、威圧感も、口調も、すべてが未知の存在に見える。

「賭を、するのであったな?」

「私が勝ったら死んでもらう!」

「分かった」

 真咲の条件に即答で頷く。それに真咲は「な……に……?」と反応。否定されて当然の条件のはずだからだ。

「では、我が勝てば」

 甕星は真咲を上から下まで眺めてから、フッと小さく笑う。

「女。貴様をいただくとしよう。その身、その命に至るまで」

 同条件だ、と両の手を広げた。

 同条件に聞こえるが、何か違う気がしないでもない。

(命を賭ける分には構わないのか?)

 真咲は頷く。

「いいだろう」

「掛け金は揃った。では、始めよう」

 ガチンッと上がった撃鉄が始まりの鐘となる。



「大雷!」

 五メートルと離れていない位置へ向けて引き金を引く。装填されていた神魂から雷撃砲が撃ち出される。

 甕星は微動だにせず。ただ一言「明星」とのみ。

 直撃の寸前、天から打ち込まれた一撃が雷撃砲を大地に縫い止める。

 大地に、電撃を帯びる蛇を縫い止める銀の長剣。

(あれが神剣か)

 甕星が剣を抜き手首を返して構えるのを視界に収めながら、再度撃鉄を上げる。

 甕星が左に柄を出し琥珀の小剣を構成。その場を斬って横に飛び退る。

「逃がすか! 火雷!」

 二発目の雷撃砲が地を焼き尽くしながら迫る。逃げても追って地を焼く蛇。振り返りざまに長剣で斬り伏せる。

 カッと周囲を照らす閃光。

 舌打ち。

 真咲の姿が消えている。

 視渡しても周囲に満ちた神魂の魔力が濃すぎて、真咲の魔力を捕捉出来ない。

 雲が流れ月が一瞬隠れて闇になる。

「黒雷」

 そんな囁きを聞いた気がし、背後にふくれあがった魔力に反応して振り返って斬りつける。確かに何か強い力を斬った。月を覆う雲はない。だが、周囲の光が消えて闇が濃くなり視界が遮られる。

(上手く使う)

 留まるを良しとせず、闇の中を移動。

(この闇も時で晴れようが……)

 音を聞く。軽い者が草を踏みしめる音だ。

 音源と逆方向に跳躍し、音源に向けて神剣から太刀風を撃ち出す。地の削れる音に紛れて足音が消えていく。

(さすがに当たらん)

 そこら中に琥珀の剣線を刻みながら移動し、真咲を捜す。

 気配だけで上から飛来した蛇を斬り捨てた。落雷の轟音。聴力が消えた。これで視力と聴力があてにならなくなる。

 源理の火が使えれば熱源を探せるが、その術は持っていない。

「ならば」

 空に向かって跳躍。黒の闇を抜け、エクスムーアを広く視界に収め――こちらを仰ぎ見る真咲を見つける。

 明星を逆手に持ち、地の真咲に向けて投げつける。銀の燐光を放って一閃が空気を穿つ。

「折雷!」

 地よりの雷が銀を砕いた。

 地の闇を避けて着地。確認してあった真咲の位置から離れた茂みに踏み入って――何か踏んだ。

 見下ろせば、今まさに放電を開始した蛇が自分を見上げてニヤリと笑った。

 爆音。茂みの外に吹き飛ばされた。

 「夕星」と掲げた右に、二振り目の銀が至る。

「二本目だと?」

 神剣は砕いたと思っただけに真咲には予想外。だが、今更敵に武器が増えようがやることは変わらない。

 手首を返して神剣を構えようとした矢先、着地をしたその地点で足場が消失。崩れるとか割れるとかではなく消えたのだ。消えたのは一瞬。だが体勢を崩すには充分。

 雷撃砲が甕星の眼前に迫る。雷を纏う蛇が口を大きく開けて飛来する。そこに二振り目を投げて相殺。爆風を利用して体勢を立て直そうとする。

(今ので終……なんだと!?)

 真咲の降神器に宿るのは黄泉の八雷神。すべての効果と雷撃を合わせて今ので八つ目のはずだ。

 だが。

 回転弾倉が高速で回って放電し、甕星に向けられる銃口の先で空間が歪むほどの魔力が収束しているのを見る。

 手を振って、砕けた剣の残滓を集めて槍に再構成。向こうと違って溜めなど不要。

「穿つのみ!」

 体勢を立て直しながらの投擲。真咲はそれよりも速い。

「フル……バースト!!」


 バリバリバリバリッッ!!!!!


 最初の雷撃砲のように一直線に、これまでのすべてを足して尚高い威力の雷撃砲が手から離れる前のカカセオと衝突。

「ぐぅぅぅぅっっ」

 奥歯を噛みしめ、眉間に力を込め、注げるだけの神気を自分最高威力の神の威に注ぎこみながら、徐々に押し返していくが宙で拮抗。しかし完全に明星と夕星を合わせたわけではないカカセオは、やがて押し負けだす。

 最終手段。腕力でぶつかり合う神の威を直線ではなく横へと反らしていく。

 そして「ふんっ」と横へと押し切り、斜め後ろの地表が粉砕された。跡形もなく、茂みも木もなく雑草一つない爆心地が完成する。

「ばかな」

 自分の最大の一撃がねじ伏せられた。

 甕星は髪と眼の輝きを失いつつある状態で前へ向かって踏み込む。それは踏み込みというよりも、跳躍。

 真咲は左手を腰に回し、魔銃の銃口を甕星に向ける。だが、左手が動きを止めた。自分は止めていない。動かない。原因は一つ。横合いから出現した琥珀の蔦が魔銃を握る手を拘束していた。

 甕星から視線を反らして左手の状態を確認したのは一瞬。だが、視線を戻した時に見たのは広げられた掌で、次には顔面を鷲掴まれて頭から地面に叩き付けられた。そこで、真咲は気絶した。



 ガバッと身を起こす。

(気絶……していた?)

「痛っ」

 後頭部が異様に痛い。ついでに首も。

「ふむ。黄泉を出たのは最近ではないのか。いや、我は長らく彼の地には……」

 声に真咲がそちらを向けば、甕星が胡座をかいて種子島に言葉をかけていた。その言葉に反応するように弾倉でパリパリと放電が発生する。

「大神の元には今……」

「おい」

 呼びかけられて顔を真咲に向ける甕星。

「なんだ、もう目を覚ましたか。ヤクサの主をやるだけあって頑丈だな」

 ほらよ、と種子島を真咲へと渡す。

「我の勝ちで、構わんのだよな?」

「まだ」

 気絶する前の記憶が混濁している。

 だから、負けていないと、錯覚。その錯覚も。

「なら、もう一度やるか? 次は気絶ではなく」

 真咲に右手を伸ばし顔を掴むかのように広げられた掌と。


「問答無用で、殺すぞ?」


 一拍開けて言われたその言葉に。

 頭の痛みと共に蘇るフラッシュバックする大地に叩き付けられた記憶。

 降神器は既に力を放出し終わり、再装填には時間がかかる。目の前の存在と戦う術を探せば魔銃が目に入る。だがそれは、目の前の存在によって分解されていた。

 息を飲む。

「だが、どうせ殺されるなら」

「命をとは言ったが、殺すとは言っていなかった」

「え?」

 自分と引き替えにでも殺すという思考も止められる。


――女。貴様をいただくとしよう。その身、その命に至るまで。


 そう。確かにそう言っていた。

「はっ」

 貴様をいただく――――いただく!?

 言葉を思い出して呆然。

 気がつけば、目の前で、金髪紫眼の青年が膝を突き、真咲の頬に手を当てていた。

 一気に顔が、火が付いたように燃え上がる。

 青年は真咲の耳元に顔を寄せ

「さあ、女。日下真咲よ。契約の話をしようか」

 低い囁きに、意識が蕩け、日下真咲は頷いた。

 後押しなんてものがあったとすれば、それは既に、兄からかばわれたあの時にされていたのだと、後になって真咲は知ったのだ。



 学院に戻ったセイジと真咲は、妙な慌ただしさに顔を見合わせる。

 バタバタと目の前を走り抜けようとした十四期生を呼び止めて事情を聞けば、朱翠と勝利が斬り合いをやり、勝利の方は致命傷を負ったとのこと。

 ただそれも、発見と処置が早かったため、今はラフィルが全力で治癒をしていると。

「嘉藤……?」

 真咲が思案気にアゴに親指を当てた。

「御門の剣聖Jrが負けた、ということか」

「致命傷を負ったことがイコール敗北でもないだろ」

「それは……まあ、そうですが……」

 セイジに反論されて語尾がゴニョゴニョする真咲。

「発見が早かったということは、決着がついていない可能性もある。

 ついていれば、この程度の騒ぎではないだろうがな」

 さて、と真咲に寄宿舎への帰りを促す。

「風呂に入って、早々に休め」

「ですが」

 まだ何か言いたげな真咲に、第三学生寮の屋根の上を指差す。

「なにやら怖い顔してご立腹だ。巻き込まれたいか?」

 言われるままにその方向を見て「あ」と漏らす。

 璃摩が屋根の上で胡座をかいて二人を見下ろしていた。

 真咲は頬を引き攣らせ、セイジは肩をすくめた。

「あれは、あいつの耳に入ったかな。天宮も早いな」

「そ、それでは、私は」

「ああ」

 真咲と別れて第三学生寮へと入り、まっすぐと屋根を目指す。そして、着いて早々に「どういうことなんです?」と璃摩のちょっと苛ついた声が投げかけられる。

「日下のおうちから、真咲が神州に帰らないって連絡があったって。しかもその後に先輩と二人でどっかから帰ってくるし」

「ちょっと命を賭けた勝負をして俺が勝った。その結果で彼女を預かることにした」

 素直に、結果だけを即答して返す。返された方は「は?」と目を点にした。

「ちょ……と待ってください? 命を賭けてとかどゆこと?」

「彼女が勝ったら俺が死ぬ。俺が勝ったら彼女の身も命も俺のもの」

 OK? と。

「あれだな。今頃、分家から本家に連絡がいって、リオが、マサキが自分の庇護を離れたことを知ってキレている頃だな。

 ヒルメは独占欲強いからなあ」

 ハハハ、と笑ってみせるセイジ。

「庇護って」

 璃摩は言葉の意味を考えてから、顔を上げてセイジをガン見した。

「天照の庇護下にある相手を甕星の庇護下にぶん盗ったってことですか?!」

「本人の了承は得ている。後は上の問題だな」

「いや、もう、笑い事じゃ――あ、電話……うげ」

 鳴り始めた璃摩の携帯電話。表示されている相手は『姉』。璃摩の顔が明らかに嫌そうに歪んだ。思わず、そんな感じで切る。

「き……切っちゃった!?」

 ><な目で頭を抱える璃摩。

「あ~あ」

「ボク? ボクが悪いの?」

「いや、どう考えてもそうだろ」

 再度電話が鳴る。相手は同じ。

 ガクガクしながら電話に出る。

「も、もしもし?」

【ふふふ? どうして切ったの?】

 マイクを押さえ、璃摩はセイジに顔を向ける。

「わ、笑ってますよ?」

「あれだ。人は怒りが一定を通り越すと笑いがこみ上げてくるという」

「なにそれ怖い」

 恐る恐る再開する。

「ドウシタノ? ナニカアッタ?」

 棒読みである。

【ねえ、璃摩? あなたの学校に九曜頂・日崎さんがいるでしょう? ちょっと探して変わってもらえる?】

「ヤダナア。ソンナニスグサガセルホド、ヒトスクナクナイヨ」

【…………】

 しばし無言。

【璃摩】

「ひゃい!」

【妾に同じことを二度言わせるつもりか】

 ぶふっ、と噴いた。

(で、電話の向こうで転神していらっしゃる!)

 なんかもう助けを求めてセイジを見つめちゃう璃摩。涙に濡れて、ちょっと可愛いかなと思ってしまうセイジである。だから、無言で携帯に手を伸ばした。

【疾く行動に移しなさい】

「選手交代だ」

【…………ん、んん】

 璃央に無言が生まれた。スピーカーの向こうで慌てて喉の調子を整える声がした。

【ご無沙汰ですね、星司さん】

「ああ。声の様子では元気そうだな。それはもう受話器を溶かさんばかりだな」

【ええ。怒っていますからね】

「ほお? 是非、今の君を見てみたいな。さぞ、美しかろう」

【妾を怒らすたびにそのように言う。過去も今も汝は変わらぬ】

 最初は璃央として挨拶してきたものの、セイジの挑発で口調がガラリと変わる。

「我は俺だ。変わらなくて当然だ」

 それで? と。

「用件は何かな?」

【言わなくても分かっていよう?】

「さあな。君の口から甘い囁きと共に我が耳に届けてほしいものだな? ん?」

 セイジは璃摩が目の前でやっていたジェスチャーに従ってマイクを押さえて「なんだ?」と問う。

「喧嘩売ってどうすんすか!」

「安心しろ。それは既に売約済みだ」

「ちょ」

 電話再開。

【汝が妾の末を強制的に引っ張ったのは既に判明している】

「だから?」

【だからじゃと?!】

「信仰の鞍替えなど珍しくもない。

 ただ、鞍替えのきっかけが個人の契約だっただけの話だ」

【契約?】

「内訳は話せないな」

【そのようなことで妾が納得すると思うてか】

「納得する必要などあると思っているのか?

 君はただ結果を受け入れて、手元を離れた末の先を涙ながらに見守っていればいい」

【なんと傲慢な。他の誰でもなく妾の末に手を出して、ただで済むと思っているわけではあるまいな?】

 フッと小さく笑う。そして言う。


「俺を誰だと思っている」


 絶大な自信と何者をも従える威圧感。傍らの璃摩が「うわあ」とその威圧感に身悶えした。

「記憶を戻したのなら、俺がお前達天津神に対してなんの遠慮も持たない存在であることをよく思い出せ」

 これ以上話すことなどないと電話を切って璃摩に返す。

 電話を受け取って、とりあえず璃摩は聞く。「で?」と。

「先輩は何から真咲を護るんです?」

 その質問に、セイジは、ムッと憮然。

「先輩のそばにいるボクなら、力を貸すなんて造作もないですよー。

 それに、真咲はボクの縁者なので、むしろボクが真咲を護らないとなのです」

「そういえば……そうだったな」

 ふむ、と頷くと、カーディフでの経緯を璃摩に話すのであった。



「ええっと、つまり、真咲を遊馬から離すための手段として、日下を経由して真咲を庇護する天照の力から切り離す手を使った、とそういうことです?」

「元々、彼女とは腕試しで賭をする約束があったから、代償としてここに留めようはしていたんだが、いや、まさかこっちの命を狙っていたとは思わなかったんでな」

「はあん。命を賭した契約で忠誠という名の信仰を変更させたわけですか。

 九曜分家の本家に対する忠誠は、そのまま始祖に対する信仰ですもんねえ。

 で、その変更はずっとです?」

「甕星の庇護を中継ぎにして魔女の庇護下に入れる。彼女の了承は得ているし向こうには話を通し済だ」

「魔女……ですかあ。確か、先輩達の就職先のトップでしたっけ――――あれ?」

「どうした」

「へ? あい、いや、なんでもないです」

 にゃははと愛想笑い。

(真咲はつまり、卒業後の先輩とキャッキャウフフをする可能性大ということか!)

 ピシャーンと背後に落雷のイメージ。

「とりあえず、マサキの件は終わりでいいか?」

 話を終わらせて階下へと行こうとするセイジ。

「榊君のとこにでも行くですか?」

「ああ。あいつは致命傷でもなんでもないんだろう?」

「左腕切断くらいですかね? 今はもう繋げて包帯だらけだけど」

「なんだ。ある意味致命傷じゃないか」

 大太刀という両手持ちの武器を使う者としては致命傷だ、とセイジは言う。

「先輩は榊君のあの刀について知ってるんすね」

「立ち会ったからな。詳細は秘密だが」

「えー」

 不服そうな璃摩を残し、セイジは朱翠の元へと向かった。



 神州の九曜・天宮家にて、璃央は溶けて面影のなくなった受話器を置いて、しばらくその場で立ち尽くす。

 呼吸を整えて、全力で気を落ち着かせる。

 ヒルメの記憶が戻ってから、逆上すると力がやや暴走気味になる。まだうまく神魂と身体が馴染みきっていないのだ。その逆上でさえ、自身のコントロールがうまくいっていないことであることは理解していた。

(私達に遠慮をしない。手元を離れた……先?)

 落ち着けば、手元を離れさせる理由があるはずだ、と考えていた。

 遠慮をしない件に関しては、確かにそうだったとは思う。

 遠慮をしなくなったのはいつの頃からだったか。遠慮をしないで何をしたか。

 そこを考えてから、璃央は家人を呼び寄せた。

「日下の現状を調査しなさい」

 そう指示を出してから西へ行くための用意をし始める璃央であった。



 ところ変わって場所は、紫の部屋。

 ベッドには秋が仰向けで寝てピクリともせず、傍らで紫が水鏡の術を使用。水鏡を見つめる琴葉の姿があった。

「尾の長い鮭、ね」

 鏡には、尾の長い鮭が網にかかっている絵が映し出されている。

「琴葉様からいただいた材料で煎じた薬のおかげで、呪いを封じることは出来たのですが、そこまでが限界でした。これではふとした拍子に活性化してしまいます」

「呪いをかけた相手をどうにかするか、この呪いを正当な手順で解呪するか。手はそれしかないわ」

 吐息。

「心を乱す……不協の呪い……いえ、心に隙を作る、かしら?」

(秋の現状を考えるのなら、仕掛け人はあいつくらいしか考えられない。でも、理由が分からないわね)

 秋の心を乱して、何がしたいのか。そこの部分がまったく分からない。

「呪いをかけた相手に心当たりがあるから、そちらは私で対処しておきましょう」

「お願い致しますわ。あぁ、やっぱり、神薙様にご相談して正しかったようです」

 紫の笑顔に琴葉は苦笑を見られないよう背を向ける。

 秋の様子がおかしい。それだけで呪いにまで辿り着いた紫には素直に感心する一方で、その疑いさえ持てなかった自分を恥じてもいた。

「まあ、この手の呪いは、かけられた側が自覚を持って自分を強く持てば解呪出来ることもあるから、そこに期待するのもアリかしらね」

「それでしたら、秋様なら大丈夫でございますね」

「まあ、あなたが安心して国に帰ることが出来るくらいには大丈夫じゃないかしらね」

 安心した紫を残し、第三学生寮の自室へと戻った琴葉は溜息を吐く。

(尾の長い鮭――ロキ、ね。

 転生そのものが確認されていないだけに、今回の件への関与が今ひとつはっきりしないのだけれど、あいつがロキの呪いを秋にかけたと考えるのがしっくりくるとはいえ、どうも、ね)

 はっきりしないから気持ち悪い、と思う。

 いずれかの神族に属する超越者は転生すれば、した事実は遅かれ早かれその神族に把握される。神であれば司る存在に力が宿るといったことで存在を隠せない。

 ただ、転生していることが判明しても場所が特定されるわけではないため「あの神に会いたい」と願って会えるわけでもない。

 よほど全力で隠れようとすれば転生の痕跡を消すことも出来るだろうが、隠れたければそもそも転生しないだろう。

(そもそも、あいつはリンカーでもライナーでもない。ただの人間。半神ですらない。

 呪いに精通しているかもしれないけれど、本当のところは分からない)

 事態が見えてこないから気持ちが悪い、と。

「ともかく、秋の目を覚ましてから考えましょうか」

 その前に、と琴葉は携帯を取り出す。

 神族元に一応の確認はしておこうと電話をかける。

 繋がり、二言三言と話して「え?」と一瞬キョトンとする。

「……被害は?」

 気を持ち直して聞き、幾度か頷いてから「ええ、薬剤は揃えておくわ」と言って電話を切った。



 セイジは部屋で正座をしていた朱翠の前に立つ。

 その左腕は包帯で固定されているが、そこ以外に怪我は見当たらない。

「剣は握れるのか?」

 セイジの問いに、朱翠は下を向いたまま「長さを調整すれば」と応じる。

「なら、これからすぐにここを発ってほしい」

 ハッと顔を上げる。

「暇を?」

「暇? ええっと、ああ、いや、出て行けとかではなく、父さんの手伝いに行ってほしいだけなんだが」

 朱翠は安堵の吐息を一つ。

「ノイエ・シュタールが今、かなり危険らしくてな」

「ドイツ」

「そう、ドイツだ」

 真咲の件でアルカナム……メルカード財団に連絡を取った時に、ドイツの軍と謎の集団との間で戦端が開き、集団が呼び出した巨大生物によってベルリン東からワルシャワが崩壊したことを聞いた。

「ポーランドは国土の三分の二が地割れに飲み込まれたそうだ」

「巨大生物?」

「ベヘモット」

 朱翠が息を飲んだ。

「神の傑作」

 その声は震えている。

「そうとも呼ぶらしいな。

 LRになってからは、いつだったか、ヴァチカンが北アフリカを攻める時に使って制御不能をやらかしたんだったな」

 LR9年、リビアを襲撃した教会騎士団が使用。制御不能に陥り、リビアという国の存在を地に埋めたとされている。

「集団がヴァチカンか」

「いや、ドイツに招集された中に使徒がいるから、それはないんじゃないかと思う。

 巨獣は現在活動休止中らしくてな。軍はこの隙に、ノイエを経由して戦力をかき集めている。

 シュスイは父さんの推薦で呼ばれたんだそうだ」

 そこまで話してから聞いてみる。

「強制ではないが、シュスイ自身に行く気はあるか?」

「星司さんは」

「俺は……行きたくても、むしろ来るなと説教をだな」

 ブツブツと漏れたのは愚痴。

 ミスロジカル魔導学院の生徒は、クエストとして登録されていない以上、推薦でもないかぎりブリテン連合王国外に出ることは禁止される。

 今回の件はノイエ・シュタールにはクエスト登録されているが、こちらでは登録されてはいないのだという。

 クエスト登録を拒否したのが司なのだと教えるセイジ。その当人が朱翠を指名してきたのである。正確には、朱翠とラフィルを、だ。

「嫌ならちゃんと言え」

 しばし無言。

「星司さん達の代わりに」

 代わりに行ってくる、と。その覚悟で行くと言う。

(代わり、か。それが気負いにならなければいいが)

 一抹の不安。

「そう言ってもらえるのはうれしいがな。まあ、分かった。それでは、明日の夕刻にはここを発て」

「承知」

 答えて、朱翠は荷造りを開始した。

 朱翠の部屋を出たセイジはまっすぐに留学生寄宿舎へと向かう。ラフィルはまだそっちから戻ってきていなかった。

 学生寮を出て、庭経由で向かう。

(リビアと今回では崩壊の規模が違いすぎる。それはつまり、制御されているということか)

 謎の集団、というのが、妙に気になるセイジであった。

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