表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LR  作者: 闇戸
三章
37/112

神薙さんの家庭事情

 ミスロジカル魔導学院には、所々に林檎の木が生えている。

 林檎は一年中実り、学院生の魔力回復に役立つ。

 星の魔力を根吸いして実らすとも言われるが、年中実る詳しいことは不明。

 ただ一点、確実に分かっていることは、人が手間暇かけて実らす林檎よりも格段にも美味いということだ。

 シャリッと林檎にかじりつく龍也は、ベンチでまったりしながら、目の前で仁王立ちして日陰を作る従妹の説教を聞き流していた。

 九曜・神薙は、先々代九曜頂・神薙煉龍の次女の本家・神薙、長女が嫁いだ分家・神和で構成される。読みはどちらも"カンナギ"である。

 神和家には、辰哉、凛、弓弦の三兄妹がおり、辰哉と凛が双子で龍也と同年の従弟達ということになる。

「龍也が外から指示を出したりするから、辰哉が国内で自分の勢力を」

「へいへい」

 龍也は九曜頂ではあるが、神州には滅多に帰らない。

 本家、分家への指示も外で報告を聞いて外から出す、といったものであり、神州での指揮は実質、神和辰哉が執っている。

 どうやら辰哉は、すべての指揮を自分がしていることにし、評価を自分が受け、それにより自分の派閥を国内に持つようになっているようである。

 凛は兄がおかしくなっていると考えているようで、龍也に帰国して兄をどうにかしてほしいらしい。

 ただ、神州国内での辰哉の動きは龍也の方で把握し、さして問題がない程度の存在と認識しているため、従妹の説教を完全に聞き流しているのである。

 実際、末広の事件の時でもそうであったが、九曜頂・神薙としての指示は関係各庁に正常に通る。従弟の権力に問題などは感じるはずもない。問題は違う部分にあるのだから。

(悠、まだかね)

 悠は現在、霧崎の家族会議実施中で龍也の傍らにはいない。

 ここはのんびり昼寝か、留学生の塩梅を見に行くのもいい。と思うのだが、怖い従妹が進路を塞いでいる。

(さて、どうすっかね……おお)

 名案を思いつく。

 真顔で、凛の顔を見上げる。唐突の真顔っぷりに凛も「やっと真面目に」と話を聞く姿勢を取った。

「凛」

「なんでしょう」


「ズボンのチャックが開いてるぞ」


「…………は? え、ええっ?!」

 一瞬の沈黙後、ババッと慌てて下を向いて、チャックがちゃんと閉じていることを確認して安堵。

「いきなり何言い出す……?」

 発言の張本人が忽然とベンチから消えていた。

 唖然。

 震えだし、拳を握る。

「あんの、クソ従兄ぉぉぉぉぉ!!!!」

 寮周辺に凛の怒鳴り声が響き渡った。



 鼻歌交じりで地下闘技場へと足を運び、戦技の授業の現場を見学に来た。

 手すりにもたれかかって授業風景を眺める龍也。

 現在、勝利がセレスを相手に木刀で斬りかかっていた。セレスはそれを木の棒で受け流している。

 腕輪からチョロチョロと小さな蛇が顔を出した。蛇の目は鬼灯色。腕輪の宝玉と同じ。

「なんだよ、オロチ。寝るんじゃなかったのか?」

「シャ」

「あぁ、東に惹かれたか」

 蛇が舌をチロッと出した。

「惹かれるというか、気になるといえば、気になる奴がいるな」

 それは今、セレスに木刀を叩き落とされた少年である。

(わざと負けてるな。さすがにウォルターも気づいてるみたいだが)

 実力を隠す理由が分からない。

「留学生どもも、それなりに思惑があったりすんのかねえ」

 視線を下へとズラし、順番待ちの留学生とは離れた位置にいる少年を見る。

 誰もが濃いと思われがちな留学生の中で、一人だけ存在を薄め影に溶け込み周囲を観察してメモを取る少年がいた。

 色白のその少年は、至って普通の容姿と背格好だった。目を反らしたら見失いそうな感じがする。

(鏑木のじじいのとこにいたな)

 龍也の記憶にある顔であった。

 彼もまた、九曜の関係者である。

(アレが監察か。確か、津村蔵人といったか。

 立場だけなら緋桜院と思われがちだが、あの嬢ちゃんは梧桐に甘いから監察には向かんからな)

 知り合いだからといって、ここで接触するのははばかられる。

 もし学院に寄ることがあっても、監察官には接触するな、と九曜頂・鏑木に釘を刺されていた。

(あのじじい、怒らせるとおっかねえしなあ)

 下手に刺激すれば、痛くない腹を探られかねない。

「怖い怖い」

 眺める対象を求めている間に、蛇が腕輪に戻った。おやすみらしい。

「お? あれは」

 地下闘技場の入口から入ってきた人物がいる。和装の老教官、龍也の祖父である。

 煉龍も龍也に気づき、歩き寄ってきた。

「よう、じじい」

「よう、坊主」

 互いに挨拶。

「凛の奴が怒り狂って探しとったぞ」

「こええな、おい。

 冗談通じなさ過ぎだぜ」

「奴ぁ、真面目が取り柄だからな」

 煉龍は呵々と笑った。

「あいつ、梧桐に手ぇ出してねえだろうな?

 凛が引率でこっち来るって話は穂月から聞いちゃいたが、もっぱら弟の安否の問い合わせでよ」

「きつく言ってあるから、でえじょうぶだろうよ。

 梧桐も凛には近づかないようにしているしな」

「きつくねえ。

 近づいたらどんな罰を与えると言ったんだよ?」

「嫁に出す」

 祖父の言葉に、龍也は天井を見上げて遠い目。

 思い出すのは、三年前、悠に手を引かれて駆けつけた道場で見た光景。


 血塗れの男を掻き抱いて泣く凛と、こちらに背を向けて立ち尽くす梧桐秋。その拳は血に濡れて……。


「罰なのか? それ」

 視線の先を祖父に戻してそう言った。

「むしろ望むところじゃねえ?

 このまま辰哉の相方させられるより、よっぽど懸賞だろ」

「弓弦を辰哉の元に残していく。は十分な罰だと思うがのぅ」

 祖父の言葉で考えが即変わる。

「鬼か、あんた」

「だから罰だと言っておろうが。凛もそれは理解しとるから、素直に従っている」

(ふん。一時の罰か永遠の罰か。どのみち、孫に与える罰でもないだろうが)

 恨みの相手への復讐を耐え、耐えられなければ他の罰が待っている。

 龍也はこの、引退して尚本家と分家に力が及ぶ祖父への怒りを飲み込む。

 ここで暴れてもしょうがない。

 ここで排除してもしょうがない。この祖父を排除しても、何も変わらない。

 出来れば早くなんとかしたい問題でも、その時ではないことが分かっている。だから手を出さない。

 その時が来る頃には、すべてが悪い方向に進みきっていることが分かっている。だけど手は出せない。

 祖父への怒りも従妹への憐憫も、一時の感情でしかないことくらい、自分がよく分かっている。

(俺もじじいと変わらねえな)

 吐息。

「で? じじいは留学生の相手しなくてもいいんか? 東の一人じゃきついんじゃね?」

「じゃあ、てめえが行きゃいいじゃねえか」

「俺は今回の教官とか関係ねえからな。ここでまったり見物だ」

 答えて欠伸。やる気なしをアピール。

 眠そうに順番待ちを眺める。次はまた、あの嘉藤勝利である。

「なあ、あいつって、何者だよ」

 孫の指差す方を見て「嘉藤の倅か」と漏らす。

「嘉藤利則の忘れ形見だ」

 聞いたことのある名だ。

「確か、鳴沢暴動の追悼式典で聞いたか」

 六年前、神州鳴沢村で起こった暴動事件。

 天宮学園の富士分校消失事件の直後に発生した暴動で、多くの烈士隊員が駆り出されて命を落としたとされる。

 当時、一隊を率いて参戦し死亡。追悼式典で名を読まれた隊員の名の中に、嘉藤利則の名があったはずだ。

「神州三剣聖の一角……とか、そんな単語もあったな」

「それで合っている」

「剣聖の息子、ね」

 剣聖の血を引くから強いと納得するわけではない。

 セレスの一撃に合わせて、有効打が入る位置に身を置く動きをしているから、出来ると思うだけの話だ。

「奴ぁ、強くはなるかもしれんが、どうもなあ」

「真剣でやりあった時、どういう反応をするか見てみたい気もする」

「殺す気か」

「なわけねえだろうが。物騒なじじいだぜ。っと」

 携帯が震える。メールで呼び出しだ。

「次はドイツか。またずいぶん引っ張り回しやがるな」

 肩をすくめる。

 モナコからイギリス、次はドイツ。のんびり休みたい気もするが、今はその暇はない。

「んじゃ、俺はもう行くわ。結局、半日程度しか休めなかったぜ」

「おう。魔女によろしく言っといてくんな」

 祖父と別れて学生寮へと向かう。悠と合流するためである。

 第三学生寮と留学生用寄宿舎の分かれ道に差し掛かったところで足を止める。

 不審者だ。

 不審者が寄宿舎の様子を窺いながら、うろうろしている。

「おい」

 声をかければ、そいつはビクリと動きを止めて、ゆっくりとこちらを振り返る。

 秋だ。

「なんだ龍也さんか。そういや、学院に来てたとか」

 頭を掻きながらそんなことを言う。

「ちっとは強くなったかよ?」

「ぼちぼち」

「ぼちぼち、ね」

 居心地の悪そうな秋の肩越しに、寄宿舎方面に凛の姿を見る。

 どうやら、寄宿舎に行きたいけど、凛がいるからいなくなるのを待っていたところらしい。

「三学の屋根から行きゃいいじゃねえか」

「繋がってるとこが凛ちゃんの部屋なんすよ」

「そりゃ残念なこった。

 まあ、ちょっとばかし待ってな。隙くらい出来るだろ」

 ヒラヒラと手を振って、寄宿舎へと向かう。

「りーん」

 凛を呼べば、柳眉を逆立てた本人が走り寄ってくる。

「何処行ってたんだ!」

「見物」

「この……」

「まあまあ、落ち着けよ。

 この程度で腹立ててたら、これから待っているであろうお見合いの惨敗記録更新に耐えられねえぜ?」

 凛が額を押さえた。

「惨敗するような相手を寄越すのか」

 声に力なく目が><になっている。

「九曜の不破から長男でも」

「妻子いるじゃないか! 申し込み時点でアウトじゃないか!」

 両手を握りこんでブンブン縦に振る凛。

 ちょっと面白い。万年、男物のスーツで拳系の凛がするにはギャップを感じる態度である。

 この隙に、秋が寄宿舎の裏口に回り込む気配を感じた。

「ん? あぁ、そういや学生婚だったな。高三でよくやるわ」

 龍也と不破正義とは天宮の中等部時代に同級生というものをやっていた。その同級生には凛と穂月、それに正義の妻も含まれる。

 真面目な風紀委員が、今や六歳の娘がいる。二十四歳でだ。

「ナニがあったか知らねえが、ほんと、よくやるわ」

「どことなく不潔な響きがある」

(いい歳して不潔も何もねえだろうが)

 思っても口には出せない。だから違うことを言う。

「あいつもそろそろ九曜頂になるだろうし、縁談としちゃいいとは思ったんだがな。

 じゃあ、穂月辺りと」

「同性だよ! 従妹と友人をどんな目で見てるんだ!」

「ん~、百合?」

「ただの親友で同僚だ!」

 いい感じで泣けてきたっぽい。

 従妹で遊ぶのはもうやめておこうと思う龍也。

「それはそうと、霧崎家の家族会議は終わったかな?」

「……霧崎弟なら弓弦と弓の訓練に行った」

 相当へこんだらしく、口はへの字で憮然と報告してくる。

「だが、どうしたことだ? 霧崎が弓を使えるなど知らなかったぞ?」

「教師失格だな」

「う」

(ああ、しまった)

 声を詰まらせた従妹に、毛ほどの罪悪感を感じ、沸き上がった嗜虐心をがんばって散らす。

「じゃあ、悠は手が空いたな」

 携帯を出して悠へと送るメールを打ちだす。

「霧崎姉はいつになったら学校に出てくるんだ?」

「二学期には神州に帰す」

「九曜頂も戻るのか?」

「俺は……」

 打つ指が止まる。

「……用事が終わったら帰るかもしれん」

 再び指が動き出す。

 それは、終わらなかったら帰らない、という意味。

 そして龍也には、帰る気がそもそもにおいて、ない。

 凛が龍也の気など知ることもなく、ただ「そうか」と残念そうに頷いただけであった。

 送信完了。用意が出来次第、悠も出てくることだろう。

「とりあえず、俺はまた出なきゃならなくてな」

「え? あ、はい。分かった」

「なんか質問とかあるか? 一応、答えるくらいはしてやるぞ」

「質問?」

 聞かれて、凛は「う~ん」と腕を組み悩んでから質問を捻りだした。

「クリエイト・マテリアルはどれくらい儲けが」

「そんなに教師の給料薄いのかよ」

 質問の途中で即ツッコミが入る。

「いや、だって」

「答えると言ったしな……」

 ふむ、と脳内で計算を終える。

「天宮の売店で売ってるビー玉程度を目指すなら、純度ではなく密度に気を配れ。それなら秋葉原のマテ屋で単価五百円程度で売れる。ビー玉で高純度を目指すのは危険だから、絶対にやるな」

 最悪暴発する、と付け加える。

「九曜頂・日崎殿が持ってきたようなものならいけるかとも思ったんだが」

「アホか。あいつのレベルを基準や目標に考えたら逆に破産するぞ?

 せめて目標は琴葉辺りにしとけ。あいつもレベルは高いが、あくまでも副業だから星司ほどには鍛えちゃいねえ」

「そうか……うん、がんばる」

「マテリアルの売買にはレートやランクが存在するが、そこら辺は自分で勉強しろ」

「うん」

「よし、もういいな?」

 玄関に悠の姿が見えたため、話を終わらせる。

 元々、荷物など持ってきてはいない。身軽なものだ。

「では、神和先生。次は神州で」

 悠は凛に挨拶をして、先に寄宿舎の敷地から出る。

「じゃあな、凛。見合いの相手が決まったら、拳を握るのだけはやめとけよ?」

「ぐっ……、気をつける」

 それを最後の会話にして、龍也は悠を追いかけて隣に並んだ。

 学院を出て、マラザイアンへと渡り、魔構列車の駅へと向かう。

 その道すがら「何を笑っているんだ?」と悠に聞かれた。

 どうやら、笑みを作っていたらしい。

「いや、なんでも……なくはないか」

「どっちだ」

 呆れられた。

 笑みの理由は簡単。凛は穂月を差して親友と言ったからだ。

(親友が、穂月という親友がいれば、あいつもまだまだ平気だろう)

 龍也は梧桐穂月を信頼している。龍也にとっても穂月は親友だからだ。それ以外の関係でもあるのだが……、だからこそ信頼も出来る。

「次はベルリンか」

 駅で電車を待ちながら、悠が呟く。

 思考から神和家のことを隅に追いやり、切り替える。本来、この思考に浸かる暇を持っている頃ではない、と。

「日崎のおっさんでは抑えきれなかったらしい」

「サポートの質が悪かったか」

「祖父さんの人選なんだがなあ」

「良き人材は学院に残ってしまっていた。ふるい分けを間違えたな」

「最近の祖父さんは、どうも不調らしい。元気なのは身体だけか」

 元々、こういう間違いを起こす人物でもないからこそ、不調と感じてしまう。

「まあ、良いお歳でもあるからな」

「それには同感だ」

 悠の言葉にウンウンと頷いた。



 ロンドンのドックランズ、メルカード財団の人工島でリチャードと合流を果たした龍也は、財団が用意したジェット機で今回の協力者と顔を合わせて唖然とした。

 和な黒装束上にカソック。首から十字架をぶら下げたそいつは、目を疑うような友好さで右手を軽く挙げた。

「やあ、どうも」

 いつでも変化なく、にこやかなに空々しく挨拶をする日下遊馬に、龍也は「えー」と脱力した。

 脱力している間に、黒鱗の龍紋が入った黒コートを悠に着させてもらう。

「なんでてめえがここにいんだよ?」

「共闘するからに決まってるじゃないですか。

 ああ、結城君を半泣きにさせて撃退した件は気にしないでいいですよ?」

「気にしてねえよ。むしろ、てめえが気にしてやれよ、山仲間。

 共闘つっても、てめえが一番近くにいたからとか、そんな理由なんだろうが」

「あっはっはっは、よく分かっていらっしゃる」

 カラカラと笑う遊馬に龍也は背を向けて自分の席に座る。

(くそ~、なんでよりによって日下なんだ)

 今回のドイツ行きに、嫌な予感しか覚えない龍也であった。



 LR25年夏。

 ベルリンの東、ポーランドとの国境線において、大戦後二体目とされる超大型幻獣ベヘモットが出現し、ベルリン東からワルシャワにかけてが壊滅した大惨事の三日前の出来事である。

 それはまた、別の話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ