表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LR  作者: 闇戸
三章
36/112

逃走劇

 リチャードが襲撃されたことで今回のパーティーは中断となり、学院からの四人の姿は今、ロードウェル家が用意したホテルに在った。

 ただし、このホテルには龍也達も滞在しており、日崎兄妹は龍也達の部屋に呼び出されていた。

 部屋には日崎兄妹と龍也、機嫌の悪そうな悠である。

 セイジが最後に勇を見た時、勇は真咲に絆創膏とか貼られていた。どうも姉に殴られたらしい。

 強烈に殴られた後「後日、家族会議だ」と怒鳴られたことを、報告された。霧崎の姉弟に関しては、もうセイジ達が口を出す問題はなくなったと言える。

 後顧の憂いはない、と今回の襲撃についての会話がなされる。

「まさか、こういう手を使ってくるとはな。ったく、めんどくせえな」

 プシュッと龍也はビール缶のプルタブを立てた。

 龍也は燕尾服ではなく、黒字に赤で縁取られたどこぞの軍服を着ており、袖を腕まくりしている。ここ数年、セイジやセツナにとっては見慣れた彼の服装である。

 悠の方もドレスを脱ぎ、龍也と似た服装をしている。下はズボンで動きやすそうである。

「リチャードを護らなくてもいいの?」

 セツナの素朴な疑問。襲われたのがリチャードなのだから、とした質問だ。

「問題ない」

 妹の疑問に兄が即答した。

「今回本当に狙われたのは、ヴァチカンからのゲストだった老人であって、リチャードではないからな」

 断言である。

「襲撃者に関しては一応調べはついたとリッチから連絡はあった」

「教会関係者だ」

「……星司は本当、話早くて助かるな、おい」

「ヴァチカンだろ?」

「ん? 調べじゃイギリス国教会だったんだが、なんでそう思うんだ?」

「重心の移動が、かつてロウを襲った暗殺集団と同じだったからな」

 残る三人は思わず無言。

「確かか?」

 悠の問いセイジは頷く。

「俺とアリシアが連中のせいで何度死にかけたことか。

 あれだけ襲われれば、さすがに覚える。

 アリシアも気づいていると思うぞ」

 兄の言葉でセツナは襲撃前のアリシアの警戒を思い出し、そのことを話す。

「襲撃犯がイギリス国教会であれば、大戦末期に行われた教会間闘争に基づく報復とか、一神の奇跡を独占することへの復讐とか色々と理由はついてくる。

 そしてその理由を餌に使って、今回ロンドンを襲ったヴァチカンへの報復に使ったのだろうなどと、事件を好き勝手にねじ曲げられたかもしれなかったわけだな」

 龍也は「本当にめんどくせえ」とビールに口をつけた。

「だが襲撃の被害者と加害者が同じであれば、話は変わる」

 悠は龍也からビール缶を取り上げる。後にしろということだろう。

「アリシアが結城を警戒したとすると、奴は襲撃を知っていたか。となると、背後で動いているのはカノンか」

「ユウキ?」

 聞かない名にセツナは口を挟む。

「結城聖。かつて御門学園に席を置いていた男で、しばらく前にカノンに引き取られて受肉した神聖十二使徒所属の天使様だ」

「天使って、ラフィルと同じってこと?」

 悠の説明に更なる疑問を持って聞けば龍也から解答が来る。

「ラフィル・エルや榊柚樹はお袋さんの胎内にいる時点で受肉している。この場合、リッチや悠、星司のようなリンカー同様、記憶を持ったまま成長していくことになる。

 だが、人間として成長後に受肉した天使は、その人間の記憶と人格を持ったまま、天使の肉体と知識を植え付けられた存在だ」

「天使に記憶と人格を植え付けたって言った方が良さ気ね」

「多少は違うが、それでもいいと思うぜ。大して変わりゃしねえ」

 セツナの納得が得られたところで話は続く。

「ヴァチカンからのゲストは用意された生け贄、か」

 セイジの言葉に龍也が頷く。

「襲撃犯が国教会であろうとなかろうと、襲撃位置としてはそうなるか。

 まあ、襲撃対象がリッチだったと言われても頷ける位置ではあった。

 目的が何であれ、一つ確かなことは、襲撃の画策者にとって、鼻を挫いて計画を頓挫させたのがロウ・エクシードの関係者で、それはもうばれている。ということだな」

 日下遊馬がセイジのことを知っていること。

 壁の色こそ異なるが、ロウもまた空間に壁を出す能力を行使していたことを、カノンに知らされていないことはないということ。

 セイジと龍也は、町中での襲撃はないと判断する。

 この町にいるかぎり、教会の者達は被害者として対応される。目的がある以上、その立場を放棄することはない。

「日下の野郎は、対応こそ酷いが身内にはそれなりに甘い」

(あれでか)

 龍也の言葉にセイジは頬を引き攣らせる。

「野郎が妹に被害の出る作戦に参加することはない。

 つうか、アポクリファ側が今回の件に首を突っ込むことはない」

 向こうのリーダーには既に確約済だと言う。

 問題は天使様の方だ、と。

「カノンは確実に来る」

「これは、ユウの弟達とは別に帰った方が良さそうだな。レンにバイクでも送ってもらうか」

 肩をすくめて携帯電話を取り出すセイジ。

 ここでセツナが腕を組んで不敵に笑った。

「シューティングスターの実力発揮の場面だと思うのよ」

「思わなくていい」

「ええっ?!」

 妹の不敵を兄は速攻否定。拒絶である。

 龍也は襲撃犯の情報を電話でリチャードへと伝えている。その横で悠が勇の持っているのと色違いの竹刀袋を引っ張り出していた。

「勇と日下真咲は私の方で送る」

「手間じゃない?」

 セツナの問いに悠は「いや」と首を振る。

「私がミスロジカルに用がある。ついでだ」

「星司、アリシアからだ」

 龍也が投げて寄越した携帯を手にして耳に当てる。

【アスト】

「声が震えているぞ? アリス」

 数秒、電話越しでゴソゴソ音を立ててから、アリシアが【申し訳ありません】と言った。

【では、状況をお教えします】

「頼んだ」

【カノンの天使と思しき方は既にカーディフをお出になりましたが、メアリの報告によればそのお方は海上へ出たとのこと】

「他は?」

【笑鬼殿は教会使節団の護衛としてお残りに。

 私と兄様は、アスト達が学院に帰り着くまで彼らを町から出しません】

 彼らの攻撃対象をセイジに担ってもらうことに対する、それが自分達の援護だ、とアリシアは言う。

【本来であれば、ゲスト参加に過ぎない貴方達を危険な目に遭わせるわけにもいかないのですが】

「こっちは君の警戒に乗っただけ。君が気に病むことでもない」

 その警戒こそが、ガーデンでの一件から記憶新しいこの地を、余計な戦いから守る一手となったのだとも思える」

 アリシアからのイヤリングの贈り物がなければ、襲撃は成功していたかもしれない。

「可能性を一つ潰したのだから、胸を張れ。

 こっちはこっちで、勝手に来て勝手に目的を果たしたに過ぎない」

 電話を切って龍也に返す。

「俺達がカーディフに来た手段を奴らは既に知っているだろうから」

「海から車で来た奴ら、な」

 セイジの言葉の途中で、悠がフフッと笑った。

 事実だが、なんとなくむかつく。

「そうだが……。

 とにかく、シューティングスターしかないわけか」

「実力発揮を御所望かしらん?」

 ふふん、とどこか勝ち誇った感じのする妹に、兄は口をへの字にして「所望所望」とのたまった。



 龍也達の部屋で割と真剣な会議が行われている頃、勇は自室の窓から外を眺めていた。

 カーディフの町が魔構で照らされて、綺麗だとさえ思える。

 しかし、勇が考えているのは、パーティー会場でのこと。

 家族会議の予定は、姉が転生者としての勇を否定しなかったことのように思える。殴られたけど。

 しかし、後日というのは神州に帰った後だろうか。

 姉の様子を見るかぎり、すぐにでも神州に帰るようには見えなかった。

(てか、龍兄と何やってんだ?)

 友人の護衛とか婚前旅行とも思えない。

「解せぬ」

 解せぬと言えば、真咲の態度もだ。

 会場に来た当初、セイジを待っている間は神州同様、真咲のあしらい方はガチガチだったのだが、これ以上怖いものなどないかのように、妙に堂々としたものだった。

(人間の成長ってのは早いんだなあ)

 妙な方向に納得していると、ノック。

 姉の訪問である。

 どこの軍服ですか!? な服装で、髪は普段通りのポニーテールで腰に刀を差していた。格好良くて惚れそうである。

「どうしたんだよ、姉貴?」

「荷物はないのだったな。すぐに出るぞ」

「へ?」

 驚いていると、早くしろと急かされる。

「リンカーなのだろう? 意識を内に向け落ち着きを得ろ。

 隠してきたのなら、若干の平和ボケがあるはずだが……、根性で振り払え」

 よく分からない根性論だ。

「自覚を持て。そういうことだ。

 五分やる。早急に精神を立て直せ」

「ご、五分?!」

「不服か」

「や、やるであります!」

 額に指を置かれた。

「黙想、開始」

 姉の言葉に従い、目を閉じて意識を内に向ける。

 見えるのは、自らの神魂。

 隠そうとしてずっとビクビクしていた思考が靄となって覆っている。

 あの靄を晴らすものをイメージし、精神のハタキを生み出す。靄を叩き払って、神魂の存在を明確にする。

 身体を流れる魔力に以上はなし。あるとすれば隠そうとする意志。

「隠れ生きる道を選ぶくらいなら、はじめから転生など手段として必要はない」

 姉の声が聞こえる。

「隠すな、自らの意志に従え。

 誰もお前の道を塞ぐことなど出来はしない」

 手助けされる形で意識がクリアになってくる。

 かかる霧を裂いて晴らしていく。

 再度自らの神魂へと目を向ける。

 かかる霧も靄もなく、魔力は正常に自分を満たしている。問題はない。

 吐息。

 うっすらと目を開け……。

「遅い!」

 右頬をグーで殴られて錐揉み状で宙を舞った。

「痛い!?」

 涙目で頬を抑え女々しく身を起こす。

「姉貴、酷すぎ」

 意識は晴れて、頬が腫れた。

 うーん、と鏡を確認。意識が晴れようと外見に影響が出るわけでもない。

 ただ、なんとかく、妙に落ち着いた。

「で、どこいくんだ?」

「お前達を学院へと送る。私が学院へ行くための土産になってもらう」

「……代官への貢ぎ物かよ。九曜頂・日崎は?」

「後から別途で来る」

「分かった。後で理由教えてくれよな」

 弟に対して「気が向いたらな」と返し、廊下へと出る。

 向かうのは地下駐車場。

「日下は?」

「既に先に行っている。待たせたかもしれん」

(だから五分ね)

 時間をかけるなという意味だったらしい。

「女を待たせる男は最低だ」

「別に日下とはそういう関係じゃねえ」

「じゃなくても、だ」

 進んだ先はエレベーターではなく非常階段。そのまま下りるのかと思えば、弟を外に向かって突き落とした。

「ちょっ……うわああああああああああああああああああああああああああ」

 部屋があったのは、ホテルの四十階辺りだっただろうか。

 風で身体が上に追いやられる。

(洒落になら……?)

 今、勇の視界が姉の姿を捉えた。

 姉は勇同様、非常階段の更に外に身を置いているが、風に持っていかれることなく、ホテルの壁を下に向かってすごい速度で走っていった。

「先に言えっつうの!」

 身を捻り、風の抵抗を操作し、ホテルの壁に足から魔力を放出して引っかけて接地。下に向かって走り出す。全力疾走である。

 先に言えと叫んではみたものの、言葉より身体で教える姉が言うはずもなく、否、見て覚えろくらいは言うのであろうか。

 エレベーターで下りるよりも圧倒的に早い短時間で地下駐車場へと辿り着けば、夕時に乗った例のリムジンが待っていた。

 ただ、待っていた運転手はメアリでもシェリーでもなく、悠と似た軍服の初老の男だ。

「急いでるということは目立ってもいけないんじゃないか?」

「より目立つのが表から出る。気にするな」

 弟の意見を否定したが、姉は「しかし」と付け加える。

「その思考は正しい」

 珍しく褒められて、勇は照れた。

 姉に促されて後部座席に乗れば、真咲が既に乗って待っていた。

 悠は助手席に乗った。

 リムジンが発車してしばらくしてから、真咲が助手席との会話用の受話器を手に取った。

「兄、ですか?」

【何かあったらしいな。だが、相手は君の兄ではない】

「兄の……仲間でしょうか?」

【さてな。詳しいことは分からないが、君の兄からの敵対行動は確認されてはいない】

 詳しいことを知ってはいても分からないと言う悠。

 言うことでもない。

【一つ言えることは、今回の騒動に日下家は関与していない。偶然現場にいただけだ。

 偶然を君がどうとらえるかは勝手だが、マイナスに考えた先にある答は間違いだと言っておく】

 通信は切られ、運転席と後部座席の間の仕切りが閉じた。

 会場で会った兄のことが頭から離れない。

(駄目だ。兄様のことを思い出すと身体が言うことを聞かなくなる。他のことを考えなければ)

 むむむ、と眉間に皺を寄せて「違うこと違うこと」と違うことを一生懸命探す。

 兄へのショックと同じくらい違うことを考えて、浮かんだのは……。

「どうした、日下? 顔赤いぞ」

 勇に突っ込まれた。

「な、なんでも、ない」

「ふうん?」

 深く突っ込まず、勇は足を伸ばしてノンビリすることにした。

 真咲の方は窓側に顔を向ける。確かに指摘通り、顔が赤い気がする。

(こっちも駄目だ。日崎は危険過ぎる)

 兄からかばったセイジのことを思い出してしまっていた。

 怯えるだけの自分を兄から離し、支えるように立っていた彼の熱を、だ。

 思い出し、全身がカッと熱くなる。

 駄目だ、アレは刺激が強すぎる。

 腰の魔銃に手を添えて、一生懸命落ち着こうとするが、ふと気がつく。兄への恐怖心が不思議と消えていたことに。



 地下駐車場からリムジンが出て行ったのを確認。

「よし、行きますか!」

 セツナはシューティングスターを魔力全開で発車させた。

「「いだっ」」

 シートベルトを着けていたセイジが車体の跳ね上がりで頭を助手席の天井に打ち付け、屋根を開こうとしていた龍也が顔面を天井にぶつけた。

「「おい!」」

「ごっめ~ん☆」

 タイヤを叫ばせながら、規制のかかった道路を南下し、カーディフベイへと進路を取る。

「いいか? 天使の野郎はフラットホルム付近で気配を立ちやがった。

 あそこをかすめていけ」

「あいよ~」

 龍也の指示にセツナが間の抜けた返事をする。

 そこに注意することなく、セイジはダッシュボードに入れるためのマテリアルの予備を作成していく。

 龍也はセイジから青いマテリアルを受け取ってから屋根を開けて上半身を出した。

 左腕から鬼灯色の輝きが生じる。

「いいぜ。派手にぶっ放そうぜ、岐神!」

 岐神。

 龍也がその名を呼んだ瞬間、腕輪が数十倍にも膨張し、蛇体のバズーカへと変化した。

 変化の間に、マテリアルを口に放り込み、バリバリと咀嚼。龍也の瞳が金に輝く。

 バズーカが喉を鳴らした。

「ねえ、ギシンって、蛇よね?」

「それがなんだ」

「お酒飲んだらパワーアップするとか」

「うわばみと蛇違いじゃないか?」

 大して違わないんだろうが、と付け足す。

「ところで、さっき誰に電話してたの?」

「さっき? ああ、あれか」

 発車前にセイジは携帯でどこかに連絡を取っていた。

 それを聞かれて「今は内緒」と答える。

 答えたセイジの視界に港の姿が入ってきた。

「ベイに入ったぞ!」

 セイジの呼びかけに龍也は腰を落とし、蛇体のバズーカを構えた。

 照準は夜を視通す金色の肉眼。

 蛇体は龍也の魔力を吸収していき、開かれた蛇の口が赤光を放つ。

「いやがった」

 龍也は、南方の夜空に白く輝く翼を持つ存在を捕捉し呟く。

 向こうがこちらに気づき、身体の向きを変えるのを確認。

「よっし、食いついた!」

 捕捉した存在の周囲に、ポツポツと翼を生やす白い影が出現しだす。それはやがて、カーディフの南の空を白く染め上げていく。

 魔構車が海上に出る。

「あれが天使。なんか絶望的な数ね」

「少女のようでいていいんだぞ?」

 兄の笑いを込めた言葉に妹は「はっ、冗談!」と笑い飛ばした。

「私は美少女なのよ? こんな面白いイベントにただの少女で参加するわけないっしょ!」

「世に言う美少女とやらはそういう台詞は言わないと思うぞ」

「うっさい。

 タツヤ、やっちゃって!」

 屋根の下から響いたGOサイン。

「とりあえず、後で言っておくか」

 溜息を一つ。

「さん、をつけろ! 馬鹿ガキめ!」

 照準。

「対象はあの白い空の端から端だ!」

 溜まりきった赤光で既にお腹いっぱいの蛇はクワッと鬼灯色の瞳を見開き、龍也の腕に蛇の尾が巻きつき締め上げる。


「ConflagBlaster!」


 蛇の口からカッと赤光のレーザーが放たれた。

 レーザーは白い空を赤で染め上げていく。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 レーザーを放つまま、砲塔を右から左へと動かし、白いキャンバスに赤い線を引いていく。線は上下に赤を浸食していき、白を消していく。

 反動を腕と身体全体で吸収し車体への伝達を防ぎつつ、腕を左に振り抜きレーザーを吐き出しきって、荒い息を吐く。

「はあ……はあ……はあ……。どおよ」

 空が赤く染まっている。

 白は増えるどころか減っている。それでも数は千を超えていそうだし、赤いベストの天使は健在。

 それでも、道は空いた!

 龍也は車内に引っ込んでドサリと後部座席に座った。

「しっかりつっかまってなさいよ!?」

 ギヤをトップに入れて、ヘイストの魔法を車体に流し込む。

「それじゃ、予定通りエクスムーアまでかっ飛ばすよ!」

 海上を魔構車が矢のように疾駆。

 まずは南に、白い空の真下まで来て、天から降り注ぐ魔法なんだかよく分からない光線の雨の中をドリフトで潮吹雪を巻き上げる。すぐに再加速。セツナはフロントのボタンを一つ押した。

 禁断の加速装置。少し改良版。

 ギヤ周辺が後部先に引っ込み、運転席と助手席がくっつき、車幅が縮んだ。

 幅なく並んだ兄妹が目の前にいる。

「お前ら仲良いな」

 そんな、龍也の言葉。

「不可抗力だ」

「なにをぅ?」

 兄の不可抗力発言に妹が片眉を上げた。

 空気抵抗の減った車は更に加速。

 計器は既に300キロ超を示している。アークセイバーのように速度メーターが変化することはないらしい。

 運転しながら、セツナはサイドミラーを確認。

「この速度でも普通に追ってきますか」

 赤いベスト天使が単独で追ってきている。他の天使はやや遅れている感じだ。

「そろそろマインヘッドだ。速度を落とせ」

 後ろに来たナビを見ていた龍也が指示をする。

 加速形態が解除され、速度が一気に落ちた衝撃でシートベルトが身体に食い込んだ。

 200キロ超の状態でエクスムーア国立公園に飛び込む。

 土煙を上げ、車体を滑らせていって木にぶつけて止め、急いで魔構車から飛び降りて、近場のあまり大きくはない林に逃げ込んだ。



「Fang……よし」

 腕輪をバズーカから格闘用の爪型ナックルへと変化させる龍也。爪は両手に装着。

「ギシンって便利よね」

「酒代かかってしょうがねえけどな」

 セツナの便利発言にぼやく。

(やっぱりお酒いるんだ)

 こうしてセツナに、蛇は大酒飲みというよく分からない知識が追加された。

 バズーカやら爪やらに姿を変える龍也の腕輪。

 降神器『岐神』。九曜頂・神薙が継承し続けてきた神喰いの蛇を封じ込めた腕輪である。

 セイジは龍也に再度青いマテリアルを渡し、残りをすべてセツナに渡す。

 龍也はマテリアルを咀嚼する。

 ゴクリと音を立てて飲み込むと、大きく深呼吸。

 周囲に漂う水気に自身の魔力を同調させていく。

 木々の間に天使の姿が見え隠れするが、そこに一喜一憂するのはセツナのみ。

 龍也は同調に集中し、セイジはインカムを装備してから琥珀の双剣を構成する。

 天に雨雲が寄せ集まっていき、やがてポツポツと降り出す。

「水域顕在――完了」

 同調の集中が解かれる。

「じゃ、好き勝手に暴れるとするか」

「怪我とかするなよ? あんたが怪我すると俺達がユウにぶった斬られる」

「ばあか。俺が天使なんぞに負けるわけねえだろが。

 じゃ、俺はこっち、お前はあっち、セツナはそっちな」

「了解」

「OK~♪」

 担当区域を決定し、三人は散開した。



 強くなる雨の中、セイジは高く飛べない天使を斬りつけると共に空間に剣線を刻み、天使と剣線を足場にして空中戦を展開する。

 一カ所には留まらず、常に移動し続ける。

 眼下ではセツナの源理が展開し、遠くでは龍也が天使を殴殺蹴殺している。

 天使はそれほど頑丈ではなく、光線を撃つことに特化しているらしく、斬りつければ羽を残して消えていく。羽もまた時間が経てば消える。

 すべて彫像のように同じ顔をし、体格も同じ。視て確認すれば、魔力は存在せず、虚ろ。魔力が確認出来るのは、遙か上で指揮する赤いベスト天使、結城聖のみ。

(ともかく、あいつが来るまでにそこら中に道を作る)

 右で斬り、足場として遠い天使を形状変化させた左で引き寄せ移動する。その足下では。ガーデンで溶けたままのバックルを付けたエンジニアブーツが光を放つ。

 夜の空ではとても目立つ。琥珀をばらまく誘蛾灯に、羽虫の如く天使が群がっていく。

 その様子を遠くで眺めて戦っている龍也とセツナは「獲物が!」と悪態を吐く。

 四方を天使に囲まれれば、セツナからの援護が飛び、少し硬そうななのがいれば、龍也の方に蹴り飛ばす。

 そうやって飛び回った頃、インカムに反応アリ。

【綺麗ですねえ】

 どうやら誘蛾灯状態のセイジに対する感想らしい。

「今どこだ?」

【雲の上っす】

「ど・こ・の・だ?」

【ああっと、えっくすフォード?】

「ホークアイ」

 視覚を強化し天使を踏み台に少し高く跳躍。南西の空に銀の輝きを視る。

「確認した。全力で撃て!」

【ラジャったっす!】

 璃摩の楽しげな返事。南西に輝くより鮮明な魔力の輝き。続く言葉。


【月天弓!】


 放たれて飛来する銀の一閃。

 それはまっすぐにセイジへと飛び、セイジは一閃に右の琥珀を叩きつけた。

 刻まれる剣線と銀矢が交差。

 ちょうど龍也が地に下りたタイミングだった。

 ここに至るまでに、刻み続けてきたすべての剣線を一閃が通り抜け、味方の存在しない射線に、存在する天使が全貫通された。

「な……に……?」

 結城聖が思わず呻く。呻きながら、落下軌道に入り、誘蛾灯だった少年が右手を左肩に添えるのを見た。

 このタイミングでのシフト。天から飛来する二筋の銀光が結城聖を護るように飛んでいた天使を撃破し、シフトし黄金をまとう転生者の手に収まる。

 脳内で警鐘が打ち鳴らされる。

(全滅だと? くっそ、これじゃ)


「穿ち貫け! カカセオ!」


 敵の手から放たれた閃光。

 舌打ちを一つ。翼をたたみ、真っ逆さまに下へと落ちて一閃を回避。今まで飛んでいた空間が螺旋に穿たれ、それは上空の雲を貫通して天へと消える。

 舌打ちをするのは甕星も同じ。

 結城聖は地表に叩きつけられる寸前に翼を開き、海上に向けて撤退を開始する。

 それを追うように身をかがめた甕星を「追うな!」と龍也が止めた。



「先輩のお呼びに即参上でござるよ~ん」

 シフトを解いたセイジに璃摩が抱きついてきた。

「ござる……」

 セイジは苦笑しながらも、抱きつかれるままに任せて「よくやった」と璃摩の頭を撫でた。

「なんつうもんをぶっ放すか!」

 タイミングがずれていたら死んでいたと思われる龍也が、地面に座り込んで抗議の拳で天を突いた。

「ちゃんと九曜頂が落ちるタイミングで撃ったもん」

 璃摩は龍也に、んべ、とあかんべいをした。

「ああ、あの電話ってタカミヤだったのね」

 璃摩と璃摩に抱きつかれるままのセイジをジト目するセツナ。

「対空攻撃が可能な奴ですぐ呼べるのがリマだけだったんだ」

 対空攻撃が出来ることと、先程の合体攻撃らしいものが出来ること。この条件であれば、すぐも何も、璃摩しかいないだろう。

「ま、天使は撃退出来たし」

 パンッとセツナが手を叩く。

「さっさと学院に帰りましょうか」

 場を仕切る一言に、全員が「賛成」と言った。



 夜半過ぎ、クロケット支社のフェリーから学院の桟橋へと降り立ち、霧崎姉弟と真咲は龍也の出迎えを受ける。

 それを、第三学生寮の屋根の上から眺めるセイジと璃摩の姿があった。

「あの天使とかいうの、魔力ありませんでしたねえ」

「聖戦士や使徒にはあるのにな。

 やはりあれは、生命を元に作られた存在ではない、ということなのか?」

 一様に彫像のような容姿。まるで一つの行動に特化しているかのような強度。

(仕事に合わせた、使徒の駒、か)

 魔力を持たないということは魔法を使わないということ。

 今回は剣で倒せたからいいようなものの、相手の魔法を無効化するセイジにとっては相性の悪い相手であることに変わりはない。

 将来的に戦う羽目にもなるのだろうか、と溜息をついた。

「ところで先輩」

「あ?」

「今日は研究なしです?」

「あー、さすがに疲れた。鍛錬だけやって寝る」

「ラジャったっす。

 ……それで、ですね? お電話の時に言ったものは」

 揉み手の璃摩に、セイジは「あぁ」と電話の内容を思い出す。確か、約束させられたことがある。

「今回は、本当に助かったからな」

 そう言って、璃摩を抱き寄せる。

「や、やた!」

――今回の受けたら先輩からお願いします!

 月の下、少し長い口吻を交わす二人の姿があった。



「あいつらって、そういう……」

「どうした?」

 学生寮の方角を眺めていた龍也は「いや」と悠の問いには応じず、先に行った留学生二人の後について歩き出す。

 首をかしげ連れの眺めていた方を見た悠は一度目は流し、現場を二度見する形で目撃する。視界の先で二人が離れた。

 顔を真っ赤にして硬直。

 慌ててツカツカと龍也を早歩きで追って隣に並ぶ。

 横に並んだ相方の様子に龍也が吹き出した。

「キスシーンに弱すぎ」

「う、うう、うるさい!」

 反応にカラカラと笑う。ふと、笑いをやめる。

「あの嬢ちゃん。先程は神剣ぶっ放してたが」

「天宮の次女がか?」

 相方の頷きを見て「そうか」と視線を正面に戻す。

「弟の相談は記憶のことか?」

「知っていて……ああ、オロチか」

「神喰いの蛇が、神魂が正常に動いている超越者を見過ごすはずがない」

 味のふるい分け、といったところか。

「本人が姉にさえ必死に隠してたんだ。言えねえな」

「そこはいい。だが……」

 吐息。

「転生者は神州では暮らしづらい。分かるのには分かるのだな」

「そりゃな」

 ふむ、と相方の相槌に応じる。

(月読は神州には戻らないつもりか)

 でなければ、要請があったからと神剣を使ったりもしないだろう。

 記憶が封じられた転生者として海外留学をしても、使えばその内本国にはばれる。何らかの形で監視は受けているからだ。

(しかし、甕星と月読か。万が一にも二人の関係を知れば、姉はどう反応するだろうか)

 悠はずっと龍也の傍らにいる。

 だから、末広の事件があった頃にセイジが璃央に関わっていたことや璃央がヒルメの記憶を蘇らせたことも知っている。

 ここで悠が考える姉とは、天照のことだ。

 神州に帰りたくないと本気で思う悠である。

「このまま天宮を退学してもいいだろうか?」

「は? あと半年在学してちゃんと卒業する約束だろ?」

 唐突に何言い出すんだ? と隣を訝しげに見る龍也。

「龍也の隣にいたいから、では駄目か」

「それはそれ、これはこれ」

「むぅ。龍也は変なところで大人ぶるから嫌だ」

「嫌って、お前、大人だっつうの」

 相方の反応にガーンとショックを受ける。

 神薙龍也、当年二十四歳。アルカナム就職済。十分、大人である。

「悠さん、時々子供ぶるがそこは好きだぞ?」

 気を取り直して真顔で発言直後、ドスッと柄頭が龍也の脇腹に突き刺さる。

「ぐふっ?!」

 脇腹を押さえて崩れ落ちる龍也。

 顔を赤くしながら早足で歩き去る悠は、先で待つ弟に顔色を心配され「なんでもない!」と大声を上げるのであった。



 余談だが、今回の口吻でテンションの上がった璃摩は浴場でのぼせた結果、翌日風邪を引いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ