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LR  作者: 闇戸
三章
35/112

パーティー

 セツナはケルト海を南から西回りで大ブリテン西端を回り込み、北東に進路を取る。

「個人的にはバリーからかっ飛ばしたいのよね」

「カーディフベイから普通に入れよ」

「暑い。換気おかしくない?」

「お前のテンションの問題だ」

 言いながらも車内の熱をマテリアル化して熱操作をするセイジ。マテリアルは作成次第ダッシュボードの中へと放り込む。

 その様はSLを走らせながら炭をくべているかのようでもある。

 現在速度は既に200キロは出ている。運が良いのは、進路に船が出ていないことだろうか。

「ところで、服装は制服のままで良かったのですか?」

 真咲の質問。それは勇も気になっていたところである。

「レンタルするから心配しなくていい」

 解答はすぐにセイジの口からもたらされる。

「場所はカーディフの城でとのことだ」

「ロードウェルって城持ちじゃないでしょ?」

「嫡男が雇われ兵だったとしても国都を護ったんだ。

 その活躍に敬意を持ってウェールズの連中が、一族内のささやかな立食会を、国賓さえ招く大仰のパーティーに大変更したのさ」

 コーンウォール公の末妹を妻に迎えているロードウェル家に、国を、女王を護れるだけの活躍をする嫡男がいることを、ウェールズの貴族が世に知らしめたい。そういう思惑もあるのだろうとセイジは言う。

「でもそれ、リチャードさんは嫌がりそうね」

 セツナは苦笑混じりに言う。

「なんでですか?」

 勇の質問も当然か。

 貴族の嫡男にいる者が実家の名誉となることを嫌がるのもおかしい。

「嫡男リチャード・ロードウェルにとって、主君はイギリス女王ではないということだ。

 彼はミスロジカルを卒業後、当時まだアルカナムとして建国していないメルカード財団に入っている。

 建国後、財団を出ることなくアルカナムにいる以上、彼の主君はメルカードの魔女ということになる。

 現在のロードウェル家は親子で主君とする相手が違う」

「周囲に押し切られる形の今回のパーティーは、状況として、城を用いることで敬意の対象をイギリス女王へと無理矢理持ってきているわけですか。

 名誉欲しさに王の立場を地に落としているようにも見えます。貴族とはどこの国でもいかんともしがたい存在ですね」

 セイジによるロードウェルの主君違いから今回のパーティーを評価した真咲。それを勇は「万感こもってんな」と感想を漏らす。

「状況が日下の貴族パーティー勝利への道を茨化しているように見えるんだが」

 その感想に真咲は「むっ」と唸る。

「そこはほら、キリサキがエスコートすれば解決でしょ」

「エスコート!?」

 セツナのからかいに勇が目を見開いた。

「エスコートってどうすりゃいいんだ?」

「私がエスコートをしますので、問題ありません」

 璃央や紫でやりなれた真咲が言って勇が少し安堵する様がバックミラーを通して見られた。


(問題大ありだろ)


 日崎兄妹が揃って同じことを内心で呟いた。

「セイジはちゃんと私のエスコートするのよ」

「言われんでも分かってる」

「ほっ」

 唐突に、セツナが一瞬ハンドルを切った。

「うわっ?!」

「くっ!」

 速度故か、前を見ていなかった後部座席がシェイクされた。

 セイジが窓から頭を出して背後で小さくなっていく影を振り返る。

「メロウ?」

「珍しいわね。ちょっと東に来すぎじゃない?」

 セツナが避けたのは人魚であった。

「ホリンに教えた方が良さそうだな」

「そうね。よろしく」

 セイジは携帯を操作してメールをマルキス学院長経由でホリンへと送る。ホリンは携帯を持っていないため、個人への連絡は学院長を通すのが手っ取り早い。

 カーナビで現在地を確認する。

(スウォンジーの南か)

 スウォンジーには魔構企業がいくつか支社を置いている。中にはクロケットの支社もあったはずである。

「いたた」

 シェイクされた後部座席で勇が頭を振りつつ身を起こし、なんか柔らかいものを握った。

(なんだ?)

 上げた顔を下に戻し、自分のすぐ下に怒ったような顔で見上げてくる少女の顔があることに気づく。やや頬を赤く染め、パクパクと口を動かして震えている。

 無言で自分が握るものに目を向ける。

 紫と真咲が通う私立天原学園の校章が縫い付けられた胸ポケットがある位置を、ガッシリと鷲掴んでいる。動かしてみれば、なんとも柔らかく、癖になりそうな感触である。

(ふむ。なんというかこお、大きすぎず小さすぎずそれでいて、俺の掌にしっくりと来るような……じゃねえ!?)

 背筋をフルに使って勢いよく飛び退いて、車の天井に頭をブチ当てて落下し、自分の膝に顔面を落として悶絶。

「フゴッ?!」

(痛い! 超痛い! 顔の前後が痛過ぎる!)

「ふ、ふふ、ふふふ」

 チャキッと音がして、なにやら酷く冷たくて硬い物が頬に押しつけられた。

「いい度胸してますね?」

 真咲がニッコリと目以外が全力で笑っている。

「ご、ごご、ごめ、ごめんなさい」

 対する勇は目に涙を浮かべてカタカタ震えた。

 セツナはバックミラーを除いて首をかしげる。

「なにやら後部座席に少女が二人いるわ」

「面白いことにはなっているが、マーダー一人にドーター一人だな」

 真咲が勇を銃身で殴りつける場面がバックミラーに映し出される。車体が大きく揺れた。

「冷静じゃない?」

「冷静でなくなった時が、この車の沈む時だと思っている。

 おい、何キラキラした目でフロントのボタンに目をやって……いや、本当にやめろ。そこはまずい」

「ここは?」

「お前の身体がくの字に曲がった事件の」

「あ・れ・か。

 じゃあこれは?」

「速度減少用の前噴射。おい、手を伸ばすな。引火して前面吹き飛んだの忘れたのか!?」

「つまんない」

「つまんなくていい。安全に全速で行け」

「はーい」

 本当につまらなさそうに返事をして、更に速度を上昇させた。



 カーディフベイに入ってから速度を落とし北上する。

「どこでレンタルするの?」

「キャピトルだ。今ナビに出す」

 カーナビに進路が示される。

「そこからまたこれで移動?」

「メアリとシェリーが移動手段を用意して待ってくれているはずだ」

 聞かない名前だ。

「ええっと、誰?」

「アリシアの従者だ。

 まあ、学院には来ていないから、知らなくても問題はない。

 それとキリサキ?」

 後部座席を振り返れば、もう、いい感じでボロボロになった勇が「ういっす」と応じた。

「……」

 さすがに言葉をなくすセイジ。

「あー……、組めるか?」

 まず真咲に聞いてみる。

「問題ありません」

 無表情で返される。ちょっと怖い。

 勇に顔を向けてみる。こっちは無言で頷いた。

「まあ、向こうで暴れるなよ?

 で、だ。

 これから会う奴からエスコートについてレクチャーしてもらえ。

 一応、ここの文化としては男がするものではあるからな」

「が、がんばります」

 緊張気味で勇は返事した。

 キャピトルに到着したのは夕刻。そろそろ町が街灯で照らされる頃だ。

 車をレンメルが指定していた場所に停車し、率先するセイジの後について三人が辿り着いたのはあるブティック。店内では二人の人物が待っていた。

(メイドと執事!)

 勇は口にこそ出さなかったがかなり驚いた。

 セイジよりも年上らしい女性と青年で、勇の感想通り、メイドと執事である。

「お待ちしておりました、アステール様」

「久しいな、シェリー。

 こっちが妹のセツナ=ヴィオ。後ろがユウ・キリサキとマサキ・クサカだ」

 頭を垂れた執事ことシェリー・ヴェインに、セイジは連れを手短に紹介する。

「メアリ、ヴィオとクサカを頼む」

 メイドことメアリ・ヴェインにセツナと真咲を託し、勇を連れてシェリーの案内に任せ二階へと向かった。

 小一時間後。

「なんか疲れた」

 燕尾服を着てホールに戻ってきた勇がグッタリしていた。

 着慣れない服装でシェリーから最低限のエスコートを学び、妙に疲れていた。ある意味、初日にホリンとやった遊びよりも疲労感はあるかもしれない。

「まだ本番前だぞ? 大丈夫なのか?」

「本番は大丈夫……だと思……」

 一階奥から戻ってきた真咲を見て言葉を忘れる。

 イブニングドレスなど見慣れる以前に見たことがない。というより、真咲の美人度が上がっている。

 勇は赤くなって唖然。

 唖然の表情に、真咲は自分を見下ろして「やはり似合わないか」と憮然とする。

「そんなことないわよ? マサキは女性として自信がなさ過ぎると思うわ」

 遅れてやってきたセツナに「ですが」と真咲は反論。勇は心臓を止めかかった。

 勇だけでなく、ブティックにいた男性客がすべて、と言った方がいいだろうか。


 そこには美神(びじん)がいた。


 服装は真咲と同じく黒いイブニングドレス。装飾も華美ではなく至ってシンプル。しかし、内側から溢れ出る輝きを隠せるものではない。

「馬鹿野郎、何テンション上げてるんだ。少し抑えろ」

 勇同様、燕尾服を着たセイジがホワイトタイを締めながら下りてきた。

 今度は女性客が言葉を失った。

 真咲もまた唖然と本家家長の思い人を見つめる。

(この男、危険過ぎる!)

 真咲は『男は外見ではない』を信条とする。しかし、今、確実にその信条が揺らぐのを感じた。

 頑固であろうとなかろうとこの少年の外見に惹かれない異性はいない。確かにそう思った。

 それほどまでに、正装し髪型も整えたセイジは魅力的に見えた。

「見て見て、セイジ! 初ドレスよ!」

「はしゃぐなよ。似合ってる。似合ってるから、とりあえず亜神化を解け」

「え? あら、いけない」

 セツナは輝きを抑える。

「なんで無意識で亜神化が起こるんだよ。ガキじゃあるまいし」

「いいじゃない。減るもんじゃないし」

「意味不明過ぎる。少なくとも」

 ブティックにいたカップルの何組かが喧嘩を始めるのを指差す。

「人口は減りそうだ」

 セツナが亜神化を解き、ようやく勇は動けるようになる。

(危なかった。なんか知らんが危なかった!)

 無意識に額をぬぐった。

(この兄妹に正装させるのは危険ということが分かった)

 真咲も嫌な汗を掻きながら、店外へと向かう。

 店外ではリムジンと戸を開けて待つシェリーがいた。

 セツナとシェリーを先に乗せ、勇が乗った後にセイジが乗ろうとするとシェリーに止められる。

「アステール様、こちらを。お嬢様からです」

 差し出されたのは宝石箱だろうか?

 開けてみれば、琥珀のイヤリングが一個とカードが入っていた。

「俺、別に戦いとか起こしに行くわけではないんだが」

 カードに目を通し、吐息。

(あいつも、しょうもない)

「分かった。受け取ろう」

 セイジが受け取ってリムジンに乗るとシェリーは一礼して、助手席へと向かった。運転するのはメアリの方である。

 車内でイヤリングを左耳に着ける。

 前を向けば、対面に座る勇と真咲が落ち着かない様子でキョロキョロしている。

「アリシアの奴がそれなりに賓客待遇で用意してくれたんだ。あいつにだけは恥をかかすなよ」

「どうすれば恥とか、かかないもんですかね?」

「あんまり緊張するなってことだ」

 緊張も過ぎれば失敗を誘発する、とセイジは言う。

「そうだな……、これから向かう先は試合場だと思え。貴族って名前の相手と勝負をしにいくとな」

「勝負……」

「俺も最初は君達くらいの緊張はあったが、師匠の言葉でなんとかなりはした。

 あとは、ほどよい緊張感に慣れれば、勝負は勝てる」

 勇だけでなく、真咲も真剣に聞いていた。

 どうやら二人とも、勝負という言葉には反応するようだ。

(九曜というのもよく分からんな)

 九曜・霧崎が剣の道に関して厳しく育てられることは、姉の悠に聞いていたから、自分が師に教わった方法が通じると思って『勝負』の単語を出したのだが、璃央や紫と付き合いのある真咲までそこに反応するとは思っていなかった。

 九曜・天宮の中の武人といったところなのだろうか。

「で、だな」

 セイジは隣に顔を向ける。

「お前は少し緊張しろ」

 まったりとオレンジジュースを飲んでいる妹に、そんな注意を促す兄であった。



 カーディフ城の会場にセイジはセツナを、勇は真咲をエスコートして入場する。

 勇の様はなんとかなっていた。

 多少ぎこちないところもあるが、問題ないと思える程度にはなっている。

 妹を腕に絡ませたセイジはまずは目的の一人を奥の方に見つける。

 勇と真咲に動かないよう言い含めてから、その場所へと向かう。

 二人が移動する場所のすべてで二人に対する感嘆の溜息が漏れる。

「やっぱり、私達が揃うとすごいのね」

「外見はな。亜神化せずともこんなものだ」

「でもおかしなものよね。

 亜神化しなければ性別関係なくこんな感じなのに、亜神化したら異性しか惹きつけられないだなんて」

「のみということもないだろうが、やはり母さんがアテナやヘラの姐さん達と反りが合わないことにも起因するんだろう」

 面倒臭いことだ、と苦笑する。

「間違ってもあの人達の前で亜神化だけはするなよ?」

「分かってるわよ。第二次パリスの審判なんて笑えないわ」

「っと、アリス発見。失礼」

 群がる男の人垣をかき分けて、目的の人物の前へと到着する。

 いたのは、清楚なイブニングドレスを着た少女。学院での男装剣士と同一人物とは思えないほど可憐で保護欲をかき立てられそうなお姫様。アリシア・ロードウェルその人である。

(え、誰?)

 同じハイエンドで二年以上共に学びパートナーとしてチームを組んでもいる対象のはずなのだが、セツナは一瞬、相手が誰なのか分からなかった。右手に光る蒼珠の指輪がなければ、学院のアリシアとは結びつかなかったかもしれない。

「ごきげんよう、アスト。それにセツナもよく来てくださいました」

「こちらこそ、唐突の無茶ブリを受けてくれたことに感謝を。

 セツナ?」

 兄に促されて「ええっと」と自らの唖然の痕跡を消そうとアタフタしてから姿勢を正す。

「一週間ぶりに再会出来たことをうれしく思うわ。元気そうで何より」

「ええ。ヴィオもお変わりなく」

 口元を隠して楚々と笑むアリシアに違和感。

「受け取っていただけましたか」

 アリシアはセイジの左耳にキラリと輝く琥珀を見つめる。

「少し、警戒のし過ぎとも思えるがな」

「今回のゲストを考えれば、し過ぎるくらいがちょうどよろしいかと」

「護衛に何を連れてきてるか、分かったものではない。そんなところか?

 彼らだって馬鹿じゃない。俺達のような突発以外の参加者くらい把握済だろう。手を出す愚くらい理解していよう……あ」

 アリシアの警戒心に忠告を言っていて、はたと思い出す。

「突発以外の参加者。リチャードの友人関係枠はどこだ?」

「アルカナムの方々ですか」

 近くの給仕にリチャードの所在を聞くアリシア。答はすぐに判明する。

「そろそろいらっしゃる頃と」

「では、まあ、アリスの警戒には付き合うが、こちらもその前にやることはやっておく」

 また後で、とアリシアに背を向けて数歩進み、再度振り返る。

 セツナがアリシアと歓談を……。

「おい」

 ちょっと低いセイジの呼びかけにセツナとアリシアが顔を向けてくる。

「キリサキの用事に私は不要でしょ?」

 その返事にセイジは肩をすくめる。

「うちの妹、頼める?」

「よろこんで」

 嫌がる素振りのないアリシアに「悪いな」と返し入口付近へと戻った。

 入口ではちょうど人垣が出来ていた。

 人垣が割れて、どこぞの貴公子然とした青年が歩いてくる。その面影はアリシアによく似ていた。

 青年が戻ってきたセイジの顔を見て、右手を軽く挙げた。

「やあ、アステール。人工島以来かな? 元気そうでなによりだ」

「あんたもな」

 握手を交わす。

「モナコはどうだったんだ?」

「楽しかったよ。ああいう仕事ならいつでもOKだね」

 人が死ぬことがない、と付け加えられた。

 パーティーの主役と別れ、別れ際に示された方へと向かえば、ちょうど勇と真咲が、目的のカップルと向かい合っている場面に遭遇した。

 セイジも長身ではあるが、それよりも多少高い琴葉に似た感じのする青年。左腕に鬼灯色の宝玉を埋め込んだ濃緑の腕輪をしている。

 イブニングドレスを着ているものの本人が持ちうる凛々しさ一切損なっていない長身の女性。その容姿は勇と似ている。セイジの記憶では髪をポニーテールにしていることが多いが、今回は下ろしてストレートにしている。

 青年は神薙龍也。琴葉の実兄であり、神州においては九曜頂・神薙と呼ばれる人物である。

 女性は霧崎悠。勇の実姉であり、神州においては九曜頂・霧崎と呼ばれる人物である。

 二人とも勇達と遭遇して若干驚いた様子ではあったが、近寄ってきたセイジを見て二人がセイジの連れであることを知って表情を柔らかくした。

「よう、勇。彼女連れで社会科見学か?」

「か、かの……や、彼女じゃない。本当だぞ?」

 龍也に聞かれて、勇は真咲を見てから、違うことを訴えた。

「天宮の系列だったか」

 悠は真咲の情報を脳内から引っ張り出し、天宮の分家筋にあたる、日下の次女であることを思い出す。

「今回の臨海学校は九曜の関係者が多いと聞いているが、天宮は日下を出してきたか」

「お初にお目にかかります、九曜頂・霧崎様。日下の次女、真咲でございます」

「うむ。まさか遠く神州から離れた地で初見になろうとはな。霧崎の頂、悠だ」

 悠も真咲も互いに小さく会釈を返した。

「日崎の長兄も久しいな」

「長兄と言われても弟はいないんだがな。ま、久しいことに変わりはないか」

「はっ、変わらんな」

「変わる要素がない。そっちもまったく変わらないというのはどうなんだ」

 セイジと悠はどちらかともなく口元を歪めて笑う。

 真咲の目から見て、あまり仲がよさそうにも見えないが、かといって敵対視しているようにも見えない。妙な空気である。

「して、うちの弟をこの場に連れてきたのは、どういう了見か」

「弟から姉への報告、とでも言えばいいのか?」

 悠からの質問に、勇を見て頷きを得てから、そう答える。

「勇が?」

「姉貴に報告というか、相談というか……とにかく、話がある」

「ふむ……龍也?」

 勇の頭を撫でていた龍也はバルコニーの方をアゴでしゃくった。

「対処はこっちでやる。姉弟仲良く相談事でもしてこい」

 対して悠は「ん」と頷くと、弟の襟首を掴み、バルコニーへと引きずっていく。

「え? ちょ、姉貴? 俺、歩ける。ぐえ、喉が……」

 消えゆく勇に軽く敬礼をしたのは龍也の冗談だとして、真咲は龍也にも挨拶をする。

 九曜の分家筋といっても、学校が同じとかそういう接点でもないかぎり、九曜頂と出会うことなど珍事以外のなにものでもない。

(異国で九曜頂が三人とは……)

 それだけで十分珍事ではある。

「星司は引率か?」

「そんなところだ。

 発端はコトハだが、相談を受けた手前もあるからな」

(あいつが祖父さんではなく、こいつに相談を持ちかけたとなると、それなりに重大な案件か。

 勇のことでとなると)

 龍也は腕輪に視線を落とし「あの件か」と呟いた。

(姉弟の問題ではあるが、結果、更なる大問題になるだろうな。神州としては)

「ところで、天宮の日下となると、日下遊馬の妹、でいいのか?」

 龍也はどこか真剣な顔で真咲を見下ろした。

 真咲は、今ここで、唐突に兄の名前が出たことに驚き、弾かれたように龍也を見上げた。

 知り合いなのかというよりも、どうしてそんな真剣な顔で聞かれるのか。そこが分からなかった。

「九曜頂……?!」

 『九曜頂』の単語を真咲が口にするのに合わせて、その唇の前に人差し指を立てる龍也。

「ここは神州じゃない。もっと砕けてしまっていい」

「え? な、なんとお呼びすれば?」

「神薙でいい。琴葉もいねえし、イコール俺だろ? あと悠の方も……弟と分けるためには、そうだな。なんかあるか?」

 龍也に話を振られて、セイジは首をかしげてから答える。

「フツヌシのフッちゃん?」

「それはやめろ。お前だって、そっち連呼されたかないだろ」

「んー、まあ、そうだな。

 ユウでいいじゃないか。クサカだって、弟の方をキリサキで呼ぶんだから、区別くらいつくだろ」

 呼び方は「じゃ、それで」で決まってしまった。

「で、ですが」

「大丈夫だ。ここなら名で呼んでも不敬罪になんかなりゃしねえ。なにより、俺達自身がそうしてほしいんだからな」

 むしろ、これ以上『九曜頂』と呼ぶことが不敬だとまで言われて、真咲も無理矢理自分を納得させる。

「で、では、神薙さん」

「うん。で、なんだ?」

「どちらで兄と?」

 九曜頂・神薙が九曜頂・霧崎と共に長く神州に帰っていないことは、周知の事実である。

 近江にいるはずの兄と接点があるようには思えない。

 いるはず、というのは、あくまでも実家にそういう連絡が入っているということであり、真咲自身はもう数年兄とは会っていない。

「直に分かる」

 直接な答ではなかったが、直にとはどういうことだろうか。

「星司、お前、ロウ・エクシードと旅をしていた頃、ヴァチカンの白鬼さんとは会ったか?」

 何故か話を振られる。

「白鬼? アポクリファの笑鬼のことか?」

 確か、そのようにも呼ばれていたなと思い出して頷いた。

 正直、酷い目にあった記憶しかない。

「これから、誰と会っても騒ぐんじゃねえぞ。日下のお嬢さんもだ」

「話の流れで行くと、あの鬼がここに来るとしか聞こえないんだが」

「ああ、聴力は間違いじゃない」

「そうか。護衛はあの鬼さんか。あまり相性がいいとも思えないな」

 白鬼とか笑鬼とか聞かされても、真咲としては兄の話題からどうしてそんな単語が出てくるのかが分からない。

 ヴァチカンとか無縁過ぎる。

 真咲の兄は、神州は近江の魔構研究所に勤務しているはずなのだ。

「神薙さん、あの」

 その時、来場者のチェックをしている方からざわめきが伝播してきた。

 やがてざわめきの中心が入口のホールへとやってくる。

 まずカソックを羽織った老人が入ってきた。老人は首元に十字架を下げていた。

 続いて、茶髪翠眼の赤いベストを着た少年が顔を出す。少年は白い羽型の耳飾りをしている。

 次に、今度は一応とばかりに燕尾服を着た青年が続く。白髪で、常にニコニコと笑いを浮かべ、うっすら見える目は血のように赤い。

 白髪の青年を見た瞬間、真咲がその場に立ち尽くした。

 髪も眼も色が違う。しかし間違えるはずがない。

「にい……さま?」

 思わず、言葉が漏れる。

「ふうん。カノンとアポクリファを一人ずつ連れてきたか。連携が取れるとは思えん」

「実際、奴らが連携を取ることなどはないだろうな。

 ヴァチカン内でも神聖十二使徒と裏使徒の仲の悪さは半端ないからな」

 下手に連携を取らないからこそ、たちが悪いと龍也は言う。

 デタラメだ、と。

 白髪の青年が龍也に気づいたらしく、こちら側に顔を向け、自分を呆然と見つめている真咲の存在を視界に収める。一瞬、口の笑い型の角度が変わったが、すぐに元に戻る。

 老人になにやら耳打ちした後、頷きを得て、こちら側へと進路を変えてやってきた。

「やあ、アルカナムの神薙君。一週間ぶりですね」

 大仰に挨拶してきた。

「裏使徒の日下遊馬さんよ。

 なんだ? ロンドン血の海にしちゃってごめんなさいとでもしに来たのか?」

「したのはアメリカ軍であって、僕ではないなあ。

 ちょっと攻め時のタイミングが合っちゃっただけだって、謝ったじゃないですか。その後、ちゃんとお手伝いしたでしょ? 主にうちのリーダーが」

「共同張ったらさっさと姿消しやがって。てめえが壊した騎士達はまだベッドの上だぞ?」

「はっ、壊される脆弱さこそが罪なんじゃないですか?」

 ああん? と白と黒の青年が額をぶつけてガンつけ合う。白い方は笑顔ではあるが。

(ロンドン防衛線、急襲したのはアメリカ軍だけじゃなかったのか)

 バッキンガム宮殿周辺がほとんど無傷だっただけに、どれくらいの戦闘があったのかが分からない。そこら辺の情報が一般に提示されていない。

(しかし、クサカ、ね)

 セイジは真咲の横顔を斜め上から見下ろす形で確認する。

 龍也からあらかじめ騒ぐなと言われたから黙っているというより、なんと話していいか、話しかけてもいいのか、そこら辺の葛藤で話しかけられなくなっている。が正解だろうか。

 勇のエスコート対象としてかなり適当に選んだ結果、選んだ対象が予想の斜め上からの来襲でかなり危険になった気がしないでもない。

(先程の茶髪野郎も気になるが、ここも無視出来ないんだよな……)

 遊馬の視線が龍也から真咲に移った。

「兄への挨拶はないのかい? 真咲」

 見るからに真咲がビクッとしたのが見えた。

「あ、あの……遊馬兄様?」

「うん。なんだい?」

「その色は」

「綺麗だろう? 使徒になった時からずっとこの色なんだ。

 ああ、そうか。真咲が知る僕は研究所に置いている端末人形だけだから、戸惑ってるのか」

 驚かせてごめんよ、と笑ったまま謝り、妹の肩に手を置く。

 妹の震えが手から伝わってきても、ただ、その顔は笑い続ける。

(嘘だ。こんなモノが兄様であるはずがない)

 遊馬は真咲の頭を撫でながら、耳元に顔を近づけて「真咲」と囁くように名を呼ぶ。

「綺麗だろう?」

「は……は、はい」

 ガチガチと奥歯を鳴らしながら、兄の問いに、兄の望む答を口にする。

 泣くことも許されず、ただどうしようもない怯えだけがある。と、唐突に腰の後ろを引っ張られて、頭から遊馬の手が外され、背に熱を感じた。

「申し訳ない。兄妹の会話を邪魔することになってしまうが、こちらにも予定というものがあってな」

 聞こえてきたのは、観察対象または暗殺対象の声。

 遊馬の肩の向こうで、龍也がさっさとここを離れろとのジェスチャーをしている。

「おやパラディン・ロウの直弟子君じゃないですか」

「その直弟子君が引率している娘があんたの妹だったことに驚きを隠せないが、ここは失礼させてもらいたい。

 ほら、お別れをさっさと言うんだ」

 色々驚きすぎて、真っ赤になったり真っ青になったりと忙しい真咲の口が開いたり締まったりしているのを見て「よし」と勝手に頷く。

「では、失礼」

「失礼、では……」

 ない、とセイジを引き留めようとした遊馬は龍也に行く手を阻まれる。

「もう少し面貸せよ」

 その言葉を背に聞いて、真咲の腰に手を添えつつ、そそくさとその場を退散した。



 パーティー会場へと入る辺りで、ようやく真咲から離れ、給仕からオレンジジュースをもらって顔色の悪い彼女に手渡す。

「偶然とはいえ、不快を誘発する場に連れてきてすまなかったな」

 セイジの詫びに、真咲は首を横に振った。

「偶然なのだから、謝ってもらっても困りますが」

 一口、ジュースを飲んで吐息。セイジを見上げる。

「兄と知り合いだったのですか?」

「知り合いというほどじゃない。少し、襲われたことがあるだけだ」

「襲われ?!

 ……その、なんと言っていいか。すみません」

「君が謝ることでもない。

 それに、狙いは俺ではなく師匠の方だったから、あまり関係はない」

 死にかけはしたのだが。

 セイジとアリシアの師にあたるロウ・エクシードという人物は、大戦時にヴァチカンを出奔した聖戦士の一人であり、教会上層部から背信者の名を与えられている。

 背信者ということで、教会から抹殺対象とされており、特にカノンと呼ばれる神聖十二使徒から狙われている。セイジとアリシアと共に世界を旅していた頃はよく襲われもしていた。

「ほら、もう、そばに白鬼さんはいないんだ。下を向かずに前を向きたまえ。

 こんなことで萎縮してしまっては、俺に勝負を挑むなど出来ないぞ?」

「そんなことは……」

 ないとは言い切れない。

 俯く真咲の向こうに、真咲を捜しにきたらしい勇の姿を見つけ、セイジはフッと笑う。

「君のパートナーも戻ってきた。事情の知らない彼に暗い顔など見られたくもないだろ?」

 勇が戻ったと聞いて、顔を強張らせる。

 確かに、彼に弱いところを見せるのは癪ではある。まだ若干暗くはあるが、顔を上げた。

「その調子だ」

 そう言って、真咲の身体の向きを180度変えて、こちらに気づいてやってくる勇に向かって押し出した。

「俺はまた今回のVIPのところに行かせてもらう。君は今回参加した本来の目的に従事するんだ。いいな?」

 勇に「クサカは渡したぞ」と伝えて、セイジは、アリシアとセツナの二人と別れた場所に向かって、足早に立ち去った。



 アリシアとセツナのそばでは、赤いベストの少年を連れた老人がリチャードになにやら長ったらしい祝福の言葉を捧げている。

 セツナは欠伸をしてアリシアに肘鉄を入れられた。

「くっ、こういうところだけいつものアリシアだなんて」

「ヴィオは少し場所をわきまえてくださいな」

 小声での会話。

「あのじいさん、話長すぎ」

「聖職者なんてそんなものでしょう」

「一神の祝福と奇跡がヴァチカンにのみもたらされた時に、この国での聖職者は権威を失ったわけで。今更、本山から坊さん呼んだところで、もうこの国じゃ一神教なんてやってけないでしょ」

 この時代、加護も奇跡も与えず助けない神など信仰の対象にさえならない。

 敬虔に信仰を守り続けるのは、大戦前からそうであった者くらいか。

 彼らは神と呼ばれる存在が人を助けないことに疑問など抱かない。大戦前の世界では加護も奇跡も、魔法さえもないことが普通だったのだから。

 セツナの言う"一神教"の下りは、この時代に生まれて生きる者故のの言葉と言えた。

「アリシアのとこに残るの失敗だったかな。ご飯おいしかったけど」

「目的が果たされた時点で離脱すべきでしたね」

「そうなんだけど。というか、いい加減、言葉くらい普段に戻さない?」

「こちらがここでの普段ですので」

(やりにくいなあ、もう)

 セツナは面倒臭そうに、暇潰しで老人達を視てみる。

(あのじいさんは普通か。多分、あの魔力じゃ魔法は使えないわね)

 次に赤いベストの少年へと視線を移して「ん?」と眉を震わせた。

(ラフィルっぽいと言えばぽいけど、シュスイのようと言われても……色はラフィルなんだけどな)

 首をかしげてしまう。

 一言、言えることがあるとすれば、

(純然の人間じゃない)

 である。

(使徒とか今までに会ったことないし、よく分からないわあ)

 彼が使徒という者であることは、あの老人がリチャードに挨拶した時に紹介したから知ってはいた。

(というか、あれって神州の人?)

 容姿の造形が父親の系統と言えなくもない。

 ふと、何の気はなしにアリシアを横目で見て「へ?」とビビる。

 とても厳しい目で、少年を見つめていた。

「アリシア?」

「気をつけてください。何かあります」

 何かと言われて、再度少年を視るが、特に魔力が変化しているわけでもない。魔構の類が起動状態になった、というわけでもない。

 もう一度、アリシアの名を呼ぼうとしたその時、ガシャンッと会場となっているホールの上から窓の割れる音が複数回響いた。

「なんなの?!」

 襲撃者だ。

 襲撃者はまっすぐに真下へと降ってきた。

 しかし、リチャードに動きはなく、リチャードはまっすぐにホールの入口を見つめ、小さく頷いた。

 直後、襲撃者達がヴァチカンからのゲストの真上へとナイフを構えて落ちてきて、老人の数メートル直上で止まった。足下に、琥珀色で半透明の床が煌めいた。

 襲撃者達の間に漂ったのは戸惑い。

 しかし時間は待たず、襲撃者を六面で囲む琥珀色の檻。

 何が起こったのか。

 それを分かるのは、ロードウェル兄妹とセツナ、そして、ホール入口に立つ左耳から琥珀の耳飾りを失ったセイジくらいであった。

 アリシアは見た、少年が柳眉を逆立てて、老人直上の襲撃者を見上げたのを。そして、襲撃者の視線を追って背後を振り返り、セイジの姿を見て小さく舌打ちしたのをである。

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