表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LR  作者: 闇戸
三章
34/112

逢瀬

 日崎兄妹が勇と真咲を連れて学院を出た頃、ちょうどシューティングスターが海上を走っていくのを眺めていた者がいる。

「……釣れん」

 暇つぶしに釣り糸を垂らしてみたらしいセレスである。

 釣り糸で魚を確保するよりも、潜って直接の方が現実的ではあるが、それでは暇つぶしではなくただの食糧確保である。

 が。

「教科書?」

 釣れた本を摘み上げる。

「ウォルターさん、こんなところに」

「セタアヤメ?」

 バチャッ、と教科書に重なっていた内側の存在が地に落ちた。

 四つの目が下に注がれる。訪れるのは無言。

 綾女の顔が一気に赤くなり、セレスは無言でソレを海に還した。

 一応教科書の方の氏名欄を確認しておく。そこには『梧桐秋』とあった。

 ああ、そう言えば、と以前、何かの授業中に教科書を外に捨てていたな、と思い出す。

(浴衣フェチか)

 それ以前に、授業中に何を読んでいるのか。という話。

 教科書も海へと還す。

「探していたのか?」

 何事もなかったかのように、セレスは綾女のを見上げる。

「え、ええ、えと」

 綾女はアワアワして後退る。その様子にセレスは眉をひそめた。

 再び無言。

「違うぞ」

「いえ、その、別にウォルターさんが何を読んでいても」

「違うと言っているのだが」

 様子の変わらない綾女に背を向けて、セレスは再び釣りの姿勢に戻る。

(す、すねた? すると手違いということ?)

 目の前で釣り上がる。かかったのは空き缶。空き缶を無言で脇に置き、再度糸を垂らす。

 なんと声をかけていいか分からず、しばらく暇人の釣りを眺める。

 空き缶の他、長靴や雑誌、壊れた目覚まし時計などなど、ゴミが多いような気がする。

 吐息。

 セレスはユラリと立ち上がると、海に向けて右手を差し出して深呼吸。

「ふっ」

 グッと押し出す動作。と同時に、桟橋から五メートルほど海が押し出され、水の失われた領域である海底が顔を出した。

 結構な数のゴミが落ちている。

 左で人差し指を立てて下を差す。

「アヤメ、燃やせ」

 綾女も吐息。やれやれという感じだ。

「了解です」

 答えて、懐から赤いマテリアルを取り出した。



 セレスと綾女は、今回の留学騒動が初面識ではない。

 セレスが学院のクエスト及び雇い主の要望により、キプロス艦隊を沈めに行った時、現地に旅行しに来ていた神州人を助けた。その助けた相手が瀬田綾女である。

 その後どういう経緯か、セレスと同じ相手に雇われたということが、初日の宴会後に判明していた。

 つまるところ、同僚である。

 二人は連れだって、コーンウォールの更に南西、シリー諸島にあるセントメアリーズ空港に来ていた。背後には乗ってきたイカダが放置されている。

「受け取りと輸送なら一人でも良かった」

 物陰に隠れ、空港の警備を確認しながらそうぼやく。それでも立ち位置は、常に綾女を護る位置に置いている。

「私もそう伝えたのですが、どうしても二人でと総帥が」

「魔女め」

 舌打ちを一つ。

 空港の警備は厳重。警備をしているのは、イギリス国防騎士団ではない。違うということが既におかしい。

 いかに国土として辺境だろうが、騎士団のいずれかの隊が配備されているはずである。

 誇りある騎士団が、迷彩服に小銃を構えて歩哨しているなど、どう考えてもおかしい。

(まだ西の駒がいたか)

 動きがゴールウェイで排除した部隊と同じである。

「詳細を」

 問われ、綾女は仕事の詳細を話す。

「セントメアリーズ大学において研究されていた、バベルシステムの遠隔受信機(新型)を空港第三格納庫で受け取り、スウォンジーのクロケット支社に配送すること。

 尚、バベルシステムを他勢力に奪われる場合はそれらを撃退すること」

「場合によっては奪い返せ、か」

「早速確保して脱出しますか?」

 セレスは首を振り、近くの水道管に手を当て、目を閉じる。

(歩哨と同じ動きは近くの二人、ここより西に二人、更に北に一人。

 空港の職員は……)

「まずは占拠している連中を排除する。数は多くはない」

 青年の言葉に綾女は「はい」と少しうれしそうに応じた。

(アヤメの実力は至源の徒、エルザ・ラインハルトに匹敵する。ならば、可能と判断する)

 綾女に手を差し出す。

「水域からリンクし、その一帯の熱を奪う。分かるか?」

「はい」

 手を取り、集中を開始。セレスは空いた手を水道管に突き入れて内側の水に触れる。

 空港内部のすべての水が通る場所、水の存在を感知。場所を指定し、その一帯に綾女の力を流し込む。

 綾女の能力は火熱の操作。

 魔法ではあるが、魔法の形を取らない現象操作。

 必要とするのは、ただ、圧倒的な人智を越えた集中力。

 比較的近い歩哨が慌てた感じで無線機に応答を繰り返す。

「排除完了。残りを無力化する」

「了解です」

 水道管を氷で塞いでから散開。

 物陰を伝って歩哨の背後にそっと近づき、その喉元に巻き付けるように掌を当て、気脈の流れを乱す。

 歩哨は唐突に力を失い、膝からストンと落ちて、こんにゃくか何かのようにその場に倒れ込んだ。

「排除完了しました」

 綾女が傍らに戻る。

 すぐに綾女が眠らせた歩哨共々、縄で縛って転がした。



 第三格納庫へ行けば、空港職員が集められており、彼らを解放し雇い主の組織である雇い主経由でイギリス国防騎士団へと連絡。シリー諸島周辺の警備を固めるように伝えた。

 そして二人の目の前に、二人乗りのジェットスキーが鎮座している。

「二人で……こういう意味か」

 クロケットの支社に配送するということは、開発に絡んでいる。そういうことであろう。

(アークセイバーといい、乗り物にシステムを載せるのが好きなのか)

 レンメルの趣味である。

「運転出来ますか?」

「問題ない。国防騎士団が到着次第に出る」

「了解」

 セレスは角材の上に座り、空港職員から受け取ったミネラルウォーターの蓋を開ける。

 喉に染み渡る清涼に安堵。

 フワリと風と熱。隣に綾女が腰を下ろした。

 しばらくは、二人ともミネラルウォーターで渇きを潤す。

「何故、アルカナムなのだ?」

 会話を求めて出たのは、綾女が学院に来て何度目かになる同じ問い。

「足手まといですか?」

「違う」

 そして何度目かになるやりとり。

 だから、この後に続くセレスの言葉も予想出来る。


――割に合わないだろう?


 危険度と報償が割に合っていない。

 アルカナムとは、メルカード財団を元にして建国宣言がなされた国土無き国家。

 国土は目下建造中、とのことだが、先行き不安度度外視過ぎて、財団への就職希望率が激減した原因。

「理由なんて、この時期にアルカナムへ内定をもらいにいっている、超越者と大して変わりません」

「リンカーでもライナーでもない君がか」

「リンカーでもライナーでもないウォルターさんも、でしょう?」

 綾女からジェットスキーへと顔を向け、最後に一滴まで飲み干してペットボトルをゴミ箱に入れる。

「どちらでなくとも大して変わらん」

 答えて、外へと歩き出す。

 近海警備の隊が到着したらしく、外が慌ただしくなってきた。

「あ、待ってください。折衝は私が」

 慌ててセレスの背中を追いかけた。



 スウォンジーのクロケット支社にジェットスキーを渡し学院へと戻ってきたのは夜半。もしも門限があるなら、怒られるべき時間帯である。

 足場にしていた丸太から桟橋に降り立ち、抱きかかえていた綾女を下へと下ろす。

 グッと伸びをして、綾女は月を見上げる。

「朧ですね」

 丸太を沈めたセレスも空を見上げ「そうだな」と応じる。

「アヤメはまだ神州の学生として卒業までは向こうか」

「ノイエを卒業していますから、実はもう学生でいる必要なないのですが」

 学生でいた方が都合がいい、と返ってくる。

 イギリスのミスロジカル魔導学院の入学資格は十五歳前後だが、ドイツのノイエ・シュタールは十歳には入学出来る。

 魔法使いの能力開発よりも魔構使いの技術開発をメインとし、魔構は長く使えば使うほど心身に馴染むから、使い始めを早くしているといったところだ。

「総帥のお話を聞く限りでは、もうしばらく神州にいる必要がありそうです」

「そうか」

 ふむ、と腕を組んで吐息。

「それよりウォルターさん?」

「なにか」

 顔を上げて綾女を見る。

「何度目かになりますが、発声練習です」

「……またか」

「なんと言いますか、やはり片言っぽいよりも……その、分かりません?」

 そんなことを言う綾女は若干頬を赤く染める。

「ちゃんと呼ばねば名で呼ばんと」

「そ、そうです」

 本当に何度目かになる夜の発声練習。

 セレスは「ん、んん」と喉を整える。

「ん……あーやメ」

「違いますよ?」

「拳を握るのはよせ」

 ミスロジカルにいるとバベルシステムに頼ってしまうため、外国語の発音に影響が出てくる。外国語を習熟する必要がなくなるためだ。

「ウォルターさんには神州の血が四分の一入っているとのことですが、言葉を習ったことはないのですか?」

「まだ人の子であった頃の話だ。覚えてなどいない」

 ニッコリと笑い「思い出してください」と言う。目が笑っていない。

「真剣さが足りませんよ?」

「魔女の遊びに真剣に付き合うのもな」

 綾女は肩を落とす。

「ウォルターさんは神州のお仕事には来てくれないみたいです」

「そういうわけでは」

 むう、と悩む。

 神州の名前持ちの同期生ですら、まともに呼べていない。一番呼びやすそうな秋でさえ、ちゃんと呼べていない気がする。

 国の名前などは呼べるのに人名になると一気に分からなくなる。

「でははじめからもう一度」

「瀬田」

「!」

「アやめ」

「はあ」

 こんな感じで、二人の夜は更けていく。




 時をセレスと綾女がシリー諸島へと向かっていた頃に戻す。

 秋はその頃、戦技補習の教員代わりを終えて中庭のベンチで休憩中であった。

 学院に残った十四期生と留学生数人を相手にした後である。

 留学生は紫と夏紀が参加していた。

(星司のとこの分家だったか。あいつ、結構強いな)

 正直なところ、十四期生で夏紀に追いつけていた生徒はいない。十四期生の大半が戦技よりも魔法戦闘を専門にしている。戦技の極みのような夏紀に追いつけるはずもないか、とも思える。

 十四期生と戦技の面で同レベルなのは、紫か。

 秋の記憶上では、紫は戦技とはほど遠い運動神経の持ち主である。

 神州における魔法使いの典型。術者輩出の家系。それも九曜に数えられるほど高位の家である。かっては陰陽師の一画でもあり交流を持っていた家。

 起源は、神降ろし……人型降神器の名家。

 緋桜院の人間に運動神経など必要はない。

 神の器でしかなく、魔法使いとしても人の盾を浪費することで大成するのだから。

 そんな家の現当主様は、許嫁としばらく文通のみで会話している間に、がんばって本当に基礎程度の体術を身につけ、今、許嫁のいる学院へと留学してきている。

 自校の制服に着替えた紫が小走りにやってきて、秋の隣にちょこんと座った。

「お疲れ様ですわ、秋様」

「ん。紫もな」

 庭に流れくるそよ風を気持ちよさそうにする紫を、しばらく眺めていると、視線に気づき、首をかしげて秋に顔を向けてくる。

「いかがなさいましたか?」

「あ、いや、この一週間、着物以外の紫に慣れなくてさ」

「似合いませんか?」

 シュンと俯かれ、慌てて「似合ってる! 超似合ってる!」とフォローする秋。

「これはこれでいい」

「よかった」

 真顔で言う秋に対しやや恥じらいながらもにこやかな笑みを向ける。

 そっと手を伸ばし、紫の髪に触れる。銀に見えなくもないその白に、触れる。

 秋に触れられて、嫌がりもせず、気持ちよさそうに湖水のような瞳を細めた。

 幼い頃、初めて会った時は髪も眼も黒かった。

 それが、神降ろしをした時に、もっていかれた。

 降ろされた存在は自分の色を紫に残し、紫の色をもっていったのだ。

 神降ろしをさせたのは神祇院ではあったが、その背後の存在はもっと別の者。

 降ろさせた存在も神州に席を置く超越者ではなかった。

 それは、紫が神降ろしをした時、近くにいた秋が知っている。

 秋の……前の秋の記憶には存在しないモノだから、そう断言する。少なくとも、神州の神族にまつわる存在ではない。

「今でも、神降ろしはやってんのか?」

「それが、緋桜院の勤めですから」

「辛かったら言えよ? 速攻で神州帰って家からかっさらうからよ」

「お待ちしていますわ」

 秋の様子に紫はコロコロ笑う。釣られて秋もヘラッと笑いを作る。


 クウ。


 そんな音。

(何の音だ?)

 訝しむ秋の目の前で紫の笑顔が固まり、徐々に赤くなってきた。

「あ、ああ、あのいま、今のは」

 ハッと音の正体に思い至る。

「ああなんだ、腹……」

 言いかけてやめる。

 かつて似たような場面で同じことを言って妹に殴られたことがあった。その後姉二人の耳に入り、酷い目にあったトラウマの一種。

(デリカシーっつわれてもな)

 ふむ、とこの次の行動について考える。

 食堂は今開いてはいない。

 マラザイアンに渡っても時間がやたらとかかる。

 第三学生寮にセイジの作り置きがあればとも考えるが、確か、先程出かけたとかで、作り置きほしさの連中が学生寮に走っていったのを見ている。

「なあ、今からちょっと、デートしようぜ」

「デ、デートでございますか?」

「マラザイアンにいい店あんだよ。

 ただ、その、男一人では入りにくくてな。

 だめ……かな?」

 照れて頭を掻きながら誘ってみる。

「あ……はい。はい! 是非、ご一緒致したく」

 気を遣わせたことくらいはすぐに分かる。

 それでも、そのように誘ってもらえることがうれしくて、紫も顔を綻ばせて頷いた。



 マラザイアンの、ミスロジカル魔導学院に面したそのカフェで、軽食のセット後に来たケーキを前にして、紫は目を輝かせた。

 秋が一人で入れないと言ったのは本当のこと。

 ケーキがおいしいと評判の店で、男の姿があるとすれば、それは恋人の付き添いとか周囲の視線にまったく動じない者くらいだ。

 一度、琴葉がここのケーキを買ってきて以来、食べにきたかったのだが、客層を人から聞いて諦めていたのである。

 余談だが、セイジはたまに来ているらしい。セツナに引きずられて。

 紫はケーキを一口食べると頬を押さえてウットリした。

「とても、おいしゅうございます♪」

 幸せ一杯である。

「そっか」

 秋の方もついつい頬を緩ませて紅茶を口に運ぶ。

 夏場ではあるがホットである。それは紫も同じ。

 一口飲んで、揃ってほっと吐息。

「この苦みもいい」

「ケーキにとても合いますね」

 この店はその日出すケーキに合わせて店主の気まぐれで紅茶を決めている。ケーキの味を最大限にするブレンドである。合って当然とも言える。

 現在、店内にはこの神州カップルのみ。時間帯もあるのだろうが、普段来る客が帰省していることも関係しているのだろう。

 店の奥で、店主である白ヒゲを蓄えた老紳士がティーカップを並べながら、この幸せそうにケーキを口にする二人を眺めていた。

 ふっ、と秋の瞳が寂しげに伏せられる。

「あと一週間したら、帰っちまうんだよな」

 弱気になっている。理由は簡単。本来のパートナー達を避けている自分に嫌になっている。

 避けられているわけではない。常に門戸を開いてくれている。それが分かっているのに避けているのは自分。

 ティーカップを持つ手に紅茶とは違う温度を感じる。

 秋の手に紫の手が添えられていた。

「一緒に、帰りますか?」

「そうするか」

 それも一つの答。

 だが……。

「それも手だけどな」

 秋は目の前に吐息を得る。

「秋様のお手紙には、ずっとうれしさをいただいておりました。

 それが半年ほど前から、どこか悲しさを感じております。それとも寂しさでしょうか」

 手紙から感じた悲しみこそが、紫が今回の留学に参加した理由だという。

「あなた様の悲しみは、この紫には癒せないものなのでしょうか。

 紫は、秋様がお沈みになっている。それだけで心苦しゅうございます」

(やっちまった)

 それが秋が最初に思った言葉。

 今にも泣きそうな紫の表情と紫の言葉。そこへの感想である。

「それまで、九曜頂・日崎様や九曜・神薙様のことを、あれほどに親愛溢れるお言葉に満ちておりましたのに、もう半年もそれがございません。

 この一週間、かのお二方ともお話し致しましたが、秋様のことを本当によく思ってくれていらっしゃいます。

 一体、何があったのでございましょうか」

 静かに、しかし確かに強い紫の言葉に、秋は紫を見られなくなる。

 他の友人からの言葉で、元からの友人を疑った。疑って、競争意識を持って、それからずっと、すれ違っている。

 自分でも分かってはいる。ガーデンでの一件も、結局はそれなのだ。

 半年前のことは自分でなんとかしたい。だが、ガーデンのことだけでも相談すべきなのだろうか。

(相談してもいいのか?)

 紫を正面から見つめれば、強い意志を込めた瞳で見つめられていた。そうしたら、いつの間にか、ガーデンでの一件を話していた。

 結果として、セイジと琴葉とアリシア以外からは殴られ罵倒されたが、問題の三人からは何もなかったことを話し終える。

「秋様、一つお詫びを」

 話し終えたら謝られた。謝られたから気づく。疑問に思った瞬間、その内容を話す意志なしに話していたことを。

「話を引き出す魅了を使ったんだろ?」

「……申し訳ありません。

 言い訳になってしまいますが、少しでも話して楽になってほしかったのでございます」

「いや、いい。俺にもそういうきっかけは必要だったと思うし」

 紫がそういう魔法を行使する相手であることぐらい、とっくに知っている。

「ロードウェル様に関しては、私も分かりません。

 九曜頂・日崎様と九曜・神薙様に関してであれば、プラスとマイナスがゼロなのでございましょう」

「プラマイがゼロ?」

 紫はコクリと頷く。

「あくまでも秋様のお手紙と私がお話しした上での判断でございますが、お二方の、特に日崎様のお考えはおそらく、と」

 仲間を護ろうとして命令違反を犯した秋の姿勢を、評価したのではないか。

 結果として被害がアリシアのみだったからといって、他に被害を出す可能性を生じさせたことは決して評価してはならない。

「仲間を護るのはアリだけど、手段を間違えたことを怒った?」

「予想、推測でしかありませんが。

 九曜頂・日崎様のことを、秋様はお手紙では『隊の頭で理性過ぎる』だけど『ダチ思い』だと褒めてございました。

 であるならば、このような評価をしていても、おかしくはないのではないでしょうか」

 セイジは優先順位を付けて護るタイプである。

 セイジ自身がすべてを護る選択をすることは、まずないと言ってもいい。場合によっては、任務優先で一般人さえも見捨てる選択をする。

――任務の役に立たない一般人などより仲間や友人の命が優先だ。

 そう発言して、かつては秋とぶつかることもよくあったが、仲間が無事なら無事な奴が『自分が見捨てた命を絶対に助ける』という確信を持っている。

 それは、付き合って分かったことでもある。

(俺は……仲間への被害を考えなかった。

 オリヴィエの作戦を支持するとしても、支持する仕方はもっとあった。

 少なくとも、カスルバー攻略には参加するべきだった)

「何で俺は、あの時……」

 強く手を握られる。

「気づけたのなら、素直に"ごめんなさい"をしてください。

 半年のわだかまりがどのようなものであろうと、ガーデンでの一件に関してを氷解させることが何かのきっかけになるのではないでしょうか」

 紫の表情は真剣そのもの。その顔を見ているとやれる気はしてくる。

 とはいえ、秋は俯く。

 かなり格好の悪いところを見せた。ただの愚痴野郎である。

「とりあえず、悪かった」

 一度顔を上げてから紫を見つめ、すぐに頭を下げた。

「頭をお上げになってください。

 紫は秋様が笑ってくださっていられれば、それで良いのでございます」

 気にすることはない。そう言って、下げられた秋の頭を撫でるのであった。



 夜、紫は自室にて水を湛えた鏡を覗く。

(魅了をかけた時、秋様の意識化に何か杭のようなものが見えましたが……)

「あれは一体」

 水鏡を用いて正体を探ろうとしていた。

 あの杭は、秋にとって悪いモノとしか思えなかったからである。


「千里を視通す水鏡」


 水面に小さな波紋が生じる。


「心さえ視通す 詮理(せんり)の鏡」


 波紋が徐々に数を増やす。


「かのお方の心を乱すモノをここに」


 鏡が光を放ち、一瞬、何かが過ぎ去った。

 ピキッと音を立てて鏡にヒビが入る。水鏡の魔法が何者かに破られた。

 しかし、紫は一瞬だけ鏡面に過ぎ去ったモノをしっかりと見ていた。

(今のは……魚? 尾の長い、鮭でしょうか)

 どのみち、はっきり分かったことはある。

 秋は何者かに精神を乱されている。かなり強い呪いをかけられているとも言える。

 呪いの種類を特定は出来ず解呪することも出来そうにないが、弱めることは出来そうではある。

(材料はここで手に入るのでしょうか)

 確か、琴葉がそういう方面で強かったはずである。

 琴葉は今出かけている。戻り次第、相談してみようと思う紫であった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ