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LR  作者: 闇戸
三章
32/112

制御

 短期留学生全員が代用品ではない魔力制御を可能となったのは、授業開始から三日目の出来事であった。

 ミスロジカルにおける魔法学基礎と魔構学基礎に加え、一日の最後に魔力制御に二時間。

 学院側の予想では五日かかると思われていただけに、三日はかなり早いと言える。

 一日目で一抜けしていた凛は、三日目の担当をジト目した。

「君、神州での授業では算術がとか言っていたが、どう考えても、これが効率上昇の方法だろう?」

「なんのことやら」

 ハハハと空々しく笑うセイジである。

 凛の目から見て、二日目と三日目の差は異常であった。

 三日目担当として来たのはセイジとレンメル。

 一日目から使用していたマテリアルをレンメルが配布しようとしたのを止め、まず神州の学生が使うビー玉マテリアルを配布した。

 二日間かかっても完全にマテリアルを崩せなかった者も、サイズが小さく使い慣れたビー玉でなら、全員が崩すことに成功。そこで終わらせず、璃央や澄にさせたように、まずはマテリアル崩しの速度を一定以上にさせた。

 次に純度の高いマテリアルに触れさせ、密度の高いマテリアルへと移行。

 最後に当初配布予定だったマテリアルへと移行し、全員が一分以内での崩しを成功させた時点で、魔力制御の授業を修了とした。

「君さ、なんで教育ライセンス取らないんだよ」

「源理を使えない俺に何度同じこと聞くのかね。一体何年の付き合いなんだ」

「そんなこと言ってもさ。魔力制御法のこの効率はちょっと異常だよ?」

 レンメルに対してセイジは吐息で応じる。

「クリエイト・マテリアルで生計立ててる俺が、効率の低い方法を知っているわけないじゃないか」

「それこそ確かにそうだけど……まあいいや」

 レンメルは盛大な溜息で話を終わらせる。

「それじゃ、時間も余ったんで、今後の授業に必要として魔鉱の選別をしますね」

 魔鉱剣が現代の魔法使いの杖であり、魔法剣士にとっての剣でもあることを説明しながら、大分別される研磨されていない状態のコランダム、アクアマリン、エメラルド、トパーズを一人一種類ずつ配布する。

「その四つに対して各一分の魔力制御を行い、不純物を取り除いてみてください」

 不純物除去が出来る鉱石こそが、自分に合った魔鉱になる、と補足する。

「あくまでも基礎の魔鉱なので、今後、更に自分に合ったものも出てくるでしょう」

 そして、全員が何かしらの鉱石の不純物除去が完了して三日目の授業が終了した。

 後片付けをしていたレンメルはセイジの様子にふと聞いてみる。

「なんでそんなにうれしそうなんだい?」

「そりゃ、お前、魔力制御法の基礎修了で学術分野が魔法学と魔構学の応用に移る。ってことは、俺は暇になるというわけで」

「何言ってるの? 魔鉱学の方に回されるに決まってるじゃないか」

「なん……だと……?」

 レンメルは吐息後、腰に手を当てた。

「いいかい?

 自覚がないのかも知れないけど、君って、魔鉱剣の扱いは学院トップクラスなんだよ? そんな君を遊ばせておくわけがない」

「そうなの?」

「そうなの! そんなキョトンとした顔しない……と、質問かい?」

 夏紀と雛が連れ立ってセイジのそばに来ていた。

 セイジもレンメルを真似して「質問か?」と聞く。

「質問というか、ですね」

 雛が納得してないという顔をしていた。

「なんかね、なっちゃんと同じ鉱石が反応したんですよ」

 二人揃ってコランダムの不純物除去が成功したらしい。

「アタシ、幻術系の他に水の源理が得意なんですけど、アクアマリンじゃないんですねと」

「見せてみろ」

 差し出されたセイジの手に、夏紀からは赤い石が、雛からは青い石が提出された。

 レンメルも覗き込んで「へえ」と声を上げた。

「ルビーとサファイアかあ」

「え? 色違いってだけで同じじゃないんですか?」

「ルビーとサファイアは色が違う同じ鉱石を基礎にしているね。

 もっとも、魔力を帯びて色に変化が起きているから、変化後の物としては別物と判断していいんだよ」

 別におかしなことはない、という。

「水の源理を得意にする人はサファイアかアクアマリンかに分かれるんだ」

「じゃあ別に変じゃないってことですね」

 疑問が晴れた雛は「やったー」とジャンプした。

「色の濃さは何か関係があるのでしょうか?」

 夏紀はセイジにそう質問する。

 夏紀の赤い石はダークレッドのルビーで、雛の青い石はファインライトブルーのサファイア。

「色が鮮やかであればあるほど魔力がよく通っている証拠と言える。

 キリュウは色も暗いが、光りにかざせば奥に淡い輝きがある。荒削りなだけで、磨けばチェリー……いやビーフブラッドまで行けるだろう。まだこれからだ。

 ミズシロはキリュウよりも段階的に上ではあるが、初挑戦でこれならロイヤルブルーも目指せるだろう。もっとも、その上を目指すのもアリだ」

 つまり、二人ともまだまだ上を目指せるのだと。

「魔鉱は使い込んでいけばいくほど、自らの魔力に馴染んでいく。輝きを深めるには相応の時間を必要とする。今輝きが得られないからといって、次にそうではないとは言えないんだ」

「はい。精進します」

「ああ、そうしてくれ」

 夏紀の素直な返事にセイジは頷いてみせる。

「九曜頂は何色なの?」

「雛、もうちょっと言葉遣いはどうにかならないのか」

「いいじゃんいいじゃん。ねー」

 雛の「ねー」にセイジは頷く。

「公的な場でもないからな」

 言いながら、剣帯から柄を外し、二人の眼前に持ってくる。セイジの周囲で琥珀の燐光が西日で光を帯びた。

「俺は源理が使えないと最初に言ったと思うが、故に魔鉱は特殊。だが、通常の魔鉱でもここまでは出来るようになる」

 柄に琥珀の刃が形成されていく。

「色で行けば琥珀い……うわっ?!」

 ガタタッと仰け反る。教室に残っていた留学生達が周囲に集まり、キラキラした目でセイジと剣を交互に見ていたからだ。

「まあ、あれだよね。そのレベルまで来ると、リアルレーザーサーベルだよね」

「レーザーでもサーベルでもねえよ?!」

 剣態を解いて柄をしまう。

「武器の隠匿性は高いが、この形態だと水中戦では使用不可になるから、まあ、気をつけるように」

 思い出すのはアゼル戦。剣を構成する間もなかった。

 解散解散、と手を叩いて留学生達を散らす。

「魔鉱って、携帯性が高いんだね」

「九曜頂の形態で問題があるとすれば、目指すべき形態はどうすべきか。それを考えるのも課題ではあるな」

「そだね」

 夏紀と雛の会話に、レンメルがウンウンと頷く。

(僕達も最初の頃はこんな会話してたなあ)

 一年目の頃を思い出して懐かしがっている間に、教室に取り残されたレンメルであった。



「九曜頂・日崎殿」

 教材片手に第三学生寮へと歩くセイジは凛に呼び止められる。

「カンナギ教官か。なんですか?」

「魔力制御に関してもっと聞きたいことがあるのですが、構いませんか?」

「別にいいですよ」

 並んで歩き出す。

「魔法学基礎では魔力=生命力であると習いましたが、魔力制御は突き詰めれば生命力……いや、体力制御にも繋がるのですか?」

 生命力制御、体力を制御することでの持続性はどうなんだという話だ。

「ご明察。さすがは教師」

 セイジは凛を素直に褒める。

「宴会の途中でホリンに連れて行かれた連中は、最終的に体力の限界で負けたわけだが、魔力の制御法を知らない者がライナーであるホリンと対等に体力勝負など結果は目に見えていると言える」

 セイジは言う、超越者とは基本、息をするように魔力を制御する存在であり、常なる循環を可能としていると。

「生命力を魔力として使用し、使用排出した魔力を取り込んで生命力へと還元する。

 この循環こそが魔力制御の応用と言える。

 ただ、すべてを完全に循環させるわけではないため、徐々に疲れもする」

 これでいいか? と凛を見る。

「またはぐらかされたらどうしようかとも思ったが……」

「神州では、九曜頂・タカミヤの護衛以外は適当にしておこうと思っていたからな。

 だから、リオとスミに教えたのは気まぐれのようなもの」

 スミのことも最初は気まぐれ、シュウに頼まれなければあそこまでの関わりもなかっただろう。

「だが今は、正式にそちらに知識の分与を認められているし、そうするようにも言われている。ここではぐらかしたりはしない」

 凛は一言「ありがとう」と伝え、セイジと別れて短期留学生用の宿舎へと歩いて行った。

「で? 君は何の用かな?」

 柱の陰へと声をかける。

 柱から吐息が聞こえ、真咲が姿をあらわした。

 真咲は背中に一メートルほどの長物を背負っている。

 時は夕暮れ、そろそろ学院内に魔灯(まとう)が点灯する頃か。

「九曜頂・日崎殿と戦いたく参上した」

「俺が君と? それは何故?」

「力試し、という答では納得出来ませんか」

 真咲が口の端を歪める。

 実力を計るため、真咲を視る。視て、片眉を上げた。

(背に神魂。長物に宿っているのか。とすると)

「降神器使いか」

 言い当てられ、真咲は笑みを引っ込める。

(見分ける能力でもあるというのか)

「あなたは半神と聞いています」

「そうなるな」

「神州では半神を明確に見分けることも出来ません。腕試しがしたくてもです。あなたはいい機会なのです、と言えば応じてくださいますか?」

 腕試しの機会だという。

「君に勝てば、俺は何か得するのかな?」

「賭けますか?」

「戦技の授業以外での腕を求めるのなら、それくらいあってもいいと思うな」

「戦技の授業に、あなたは参加しないと聞いていますが」

 担当はホリンとセレスである。

「あの二人との授業で満足出来ないのであれば、受けてもいい」

 だが、戦技の授業はまだ始まってはいない。

 魔力制御法が短縮されたため、開始日も早まりはしているが、満足云々の話ではない。

「あのお二方は、第十三期生の方々の中でもトップクラスと聞いていますが、あなたは彼らを超えるのですか?」

「戦い方が異なるだけだ。超える超えないの話ではない」

 ただ、と補足。

「彼らに瞬殺されるようでは、俺も相手は出来ないな」

 つまり、おとといきやがれ、ということである。

「では後日」

「ああ。後日、君の満足を満たすために」

 言い交わし、二人は別れた。



 翌朝、学院の港に大型フェリーが到着した。

 クロケット社の移動店舗である。

 中には社の製品が旧式から新式、試作品までズラリと並ぶ。

 魔法学基礎の授業中、聞こえてきた汽笛に「来たわね!」とセツナが声を張り上げた。

「今の魔力循環で基礎は終了! 次の魔構にも必要だから、レンの移動戦艦に行きましょう」

 そうして留学生達が連れてこられたのが、その店であった。

「自分に合った物を確実に選び出しなさい。それが次の魔構学よ」

 腕を組んで生徒達を眺めるセツナの横に凛が来る。

「代金とか大丈夫なのか?」

「代金はセイジとコトハがやっていたマテリアル生成の内職から払い済みだから、気にしなくてもいいわ」

「すまない。ちょっと不安になった」

 内職の単語に不安になったらしい凛の耳元でセツナはゴニョゴニョと大体の金額を呟く。

「なんだって?!」

 思わず声を上げてセツナを見てしまい、生徒達の注目を浴び「あ、すまない」と謝った。

「マテリアル生成の内職というのは……そんなに?」

「あの二人はレベル高いから」

 苦笑するセツナ。

「昔、二人でマテリアルの工芸品作ったら、それがまたすごい値が付いてね。

 超高純度のフレイム・マテリアルで構成された竜の置物なんだけど『ドラゴン・ハート』って名前をつけられて、今、ウェールズの宝物殿に安置されてるわ」

 凛は唸る。ネットオークションで見たことがある代物であった。

「最近はそんな高純度のもの作ってないようだけど、前例があるせいか良品として結構売れるみたいなのよね。

 魔構のエネルギー源としてもそうだし、魔法用のマテリアルもね。

 まあ、セイジといいコトハといい、研究費用のこともあるから、マテリアルは大事な収入源といったところね」

(クリエイト・マテリアルか)

 今になって、本気で学んでみようと考える凛であった。



「クロケット様、よろしいでしょうか?」

「はいはい?」

 紫がレンメルに質問する。

「昨日の魔力制御法の最後に、魔鉱に関してありましたが、やはりここで選ぶ魔構品は魔鉱剣の制御に直結する物を選ぶのがよろしいのでしょうか」

「うん。そういうことを考えて選ぶのがいいね。

 完全な魔法使いタイプであると自覚があれば、武器の形状よりも……これか」

 レンメルは指輪を取り上げる。

「セツナ、これ起動してくれる?」

 そう言って、レンメルは指輪を放り投げる。

「ほいほい」

 キャッチして左手中指にはめて、指輪を起動させるセツナ。

 指輪を中心に直径十センチほどの黄玉の盾が出現した。

「防御に特化してしまうのも手だね」

「まあ。こういうものもあるのですね」

 口元を扇子で隠して驚嘆する紫。自校の制服である青いブレザーを来ているが、扇子は持ち歩いているらしい。

 魔構剣……テックブレードは魔力を糧にして常に一定の効率が出せる物。

 魔鉱剣……スペルブレードは魔力で制御して効率に振り幅を与える物。

 魔力制御を不得手とする者にとっては魔構剣こそが最大効率となるが、魔力制御を正しく行える者にとっては魔鉱は魔構を超える。

 ただ、魔力制御そのものの知識が正しく伝わっていない国では、魔構剣の開発競争が激しく見向きもされない技術ではある。

 クロケット社もそういう国に商品を売っているため開発競争に加わってはいるものの、近年では魔鉱制御の魔構の開発に力を入れてきているため、この移動店舗には魔鉱剣が充実していた。

(これは……魔銃か?)

 真咲が手に取ったのは、魔構のハンドガン。マテリアルを組込、使い手が魔力を制御して威力の強弱をつけるものらしい。

「面白い物に目をつけるわね、あの子」

「ガンタイプは魔鉱よりもマテリアル制御の方が威力高いからねえ」

「でもあれは魔鉱ではないから、今回は没ね」

「ところがドッコイ、あれも歴とした魔鉱なんだよ。

 炸薬を魔鉱で代用していて、マテリアルバレットの威力を倍加する代物なのさ」

「なのさ、じゃねえ」

 思わずレンメルを殴るセツナ。

「倍加とか、バレットの強弱関係ないじゃない」

「なんというか、弱強と強強? 倍率制御だと思えば……」

「あんた、やっぱり、間違いなくマの付くタイプの研究者よ」

「魔砲使いの誕生だね!」

 セツナは「駄目だこいつ」と頭を抱えた。

 とはいえ、真咲は迷うことなく、そのハンドガンに決定するのであった。



 並ぶ品には、神州で見られる形状の物も多くある。

 そのせいか、生徒達は特に迷うことなく自分に合った品を選ぶことが出来た。

「とりあえず、今のところはまだ実戦では使えないだろうから、臨海学校の最終の戦技授業までは各々で制御出来るようにしておいてください。

 あ、魔鉱学の授業ではこの刹那のお兄さんが制御方法教えてくれるから、心配しないように」

 魔力制御法で既に実績があるためか、セイジの名前が出ると数人の生徒達から安堵の溜息が漏れる。

 それを見たレンメルは本当に残念そうに口を尖らせる。

「刹那からも星司に言ってよ。教授資格の教員部分使ってってさ」

「そこは私も思うところだけど、本人嫌がってんだから、いい加減納得しなさいよ」

「まったく、もったいなさ過ぎる」

 明らかに納得の出来ていない友人を置いて桟橋へと降りる。

 ゾロゾロと学科棟へと移動するほとんど自分と歳の変わらない生徒達を眺めながら、レンメルの言葉について考える。

(確かにもったいなさ過ぎるのよね。

 あいつ、人にものを教えてる時の自分がどんだけ楽しそうにしてるのか、自覚ないからなあ)

 面倒臭い片割れだな、とセツナは肩をすくめるのであった。



 一日の最後の授業となる戦技初日が終了し、留学生用宿舎の談話室にて、まだ動けて思考力のあるメンツが集まっていた。

 夏紀と勝利と進と真咲と勇の五人である。

 五人に囲まれた丸テーブルには、第三学生寮からのお裾分けであるスコーンが載り、真咲の入れた紅茶が五人分用意されていた。

「神和先生の話では魔力制御は体力制御にも使えるとのことですが」

 真咲の言葉に勇が頷く。

「戦技教官との根本的な違いはそこだよなあ」

「けどよ。霧崎先輩も結構体力続くし、実はそこらの制御出来てんじゃね?」

 ぼんやりと発言した勇に進が突っ込む。

 戦技の授業で、結局、勇は体力的に潰れなかった。宴会時のお遊びの時が嘘のようである。

「俺はほら、九曜頂・神薙と九曜頂・霧崎の両方から、ちっさい頃から遊ばれてきたから。

 そう、あれはある猛暑日、剣道の防具をフル装備で着けさせられて、タイヤ付のフルマラソンをだな……」

 光彩を失った瞳でフフフと笑いを漏らしながら語る勇はちょっと怖かった。

「こっちは魔法行使のハンデもありましたが、誰も一本取れませんでしたね」

 真咲はそう言って肩を落とす。その横で、夏紀が腕を組んだ。

「魔法行使のハンデといえど、実際には源理を実戦で使えきれず、構想による強化がメインになっていた。

 マルキス殿は、源理の行使を練り込んだ戦術を可能とすることが、今回の戦技教練の目的と言っていた」

 神州における戦術の基本は、魔法行使と戦技は別々であるとするものである。

 二人一組で、一人は魔法に集中し、一人は戦技に集中する。バラバラになれば、互いに援護を失って瓦解するが、ならなければそこそこ戦える型でもある。

「実際のところ、魔力制御を考えながらやれてる奴いんの?」

 進の問いに、手を挙げる者はいない。

「魔力制御がメインになる魔鉱剣を使っての実技とか、俺には無理な気がしてなんねえ」

 進はその場に大の字で寝転がった。

「魔力制御の鍛錬法でもあればな」

 勝利がボソリと呟く。

「魔鉱使った奴になんのかねえ」

「それかマテリアルか」

「ビー玉持ってきてねえ。

 あ、桐生、九曜頂・日崎の兄ちゃんが授業で持ってきたアレ、もらってこれねえ?」

「さすがにそれは」

 進の提案に夏紀は逡巡。そこまで世話にもなれないだろうと思う。

 ふと、進は勇と真咲がある一点を凝視しているのを見て、釣られて見る。

 その方向は大きなガラス窓の向こう。留学生用宿舎と第三学生寮の間にある小さい庭。確か、池があったはずである。

 目を凝らせば、御門学園中等部のジャージを着た璃摩が池の縁に座り込んでなんかやってる。たまに手元に蒼光が輝く。

「あれって……なんかの魔法?」

 真咲と勇がすっくと立ち上がり、足早に玄関へ。

 残された三人はガラス越しに展開を見守った。



 上はTシャツ下はジャージなどという格好をした璃摩は池の水から魔力を抽出し、両手でそおっと蒼光を操っていた。

 ようやくセイジがやっているような輝きが生まれ「おおお?」と、楽しくなっていたところに「月姫様、よろしいですか?」と声をかけられた。

「えう?」

 集中を途切れさせて振り返ると、蒼光が暴発。パシュッと音を立てて水が弾けた。

 残ったのは、ずぶ濡れになった璃摩と声をかけたまま固まった真咲。濡れて透けたTシャツの下のブラを直視してやはり固まった勇の三人だった。



「魔法とか集中している時に話しかけるのは反則だとボクは思うんだ」

 丸卓に加わって、シャツを着替えて髪にタオルを巻いた璃摩が、頬を膨らませ口を尖らせて真咲を非難していた。

「霧崎先輩にはブラ見られるし、もう、やっとれんですわ」

 プリプリしてる。

「平にご容赦を」

「俺は不可抗力だろ」

 真咲と勇が土下座をし、勇は真咲に頭を押さえられて下げていた。

「庭が吹っ飛ぶような事態にならなくてよかったな」

「ちょ、嘉藤! ボクの乙女的に大惨事だよ?!」

「知らん」

 顔を背ける勝利に食ってかかろうとする璃摩。それをまあまあ、と抑える夏紀。

 場の全員が幾分か気を落ち着かせた頃になって、勇が璃摩に聞く。

 庭で何をやっていたのか、と。

「何って、鍛錬だけど?」

「水遊びが?」

「あれは結果的にそうなっただけだっつうの」

 勝利に対してムスッとしながらも璃摩は言う。

「先輩に言われてる課題というかなんというか」

「先輩、ですか?」

「せい……九曜頂の方の日崎先輩。

 魔力制御の練り込みが甘いから、基礎から応用までのすべてに共通する鍛錬を毎晩やれ!

 とまあ、お叱りをば」

 真咲の問いに答えて、ションボリと肩を落とす璃摩。

 璃摩を除く五人は顔を合わせる。

「あの、月姫様?」

「うに?」

 呼ばれ、顔を上げる。

「その鍛錬とは、私達にも出来るものなのですか?」

「そりゃ、基礎から応用まで、だからねえ」

 真咲はガシッと璃摩の手を握った。

「教えてください!」

「え? うん、まあ、いいけど……」

 真咲は四人を振り返り「言質取りました」と親指を突き出した。



 璃摩は五人を連れて、留学生用宿舎の大浴場に入った。

 今は男子の時間だが、真咲を除いた三人以外は体力の限界を迎えて寝てしまっているため入浴者はいない。

 璃摩はタライに水を張り前に置いた。

「まずは水がどういった魔力を有しているか。それを知るところから始める」

「どうやって?」

 勝利の疑問に、璃摩は首をかしげ……「おお!?」と気づいた。

「サイト・マジック使える人って、いるっすか?」

「俺、使えるぞ」

(また、マイナーな)

 使えると言った勇を除き、四人が同じことを思う。

「じゃあ、嘉藤と薙原の分お願いっす」

「へいへい」

 璃摩は、以前、セイジが璃央と澄に対してそうしたように、夏紀と真咲の額に指を当てサイト・マジックを使用する。

 使用された方は目を開けて、風呂場の様子に驚愕する。勇にそうされた二人も同様である。

「で!」

 璃摩は少し大きな声で注目を引いて、タライを示す。

 タライの水に両手を入れて、水をすくう。両手には、熱と液体と下に流れ落ちようとする力。この三つの存在を視て取れる。

「熱と液体と重力。これらが発する光こそが水が有する魔力。

 これらに対して、魔鉱の基礎で鉱石に対してやった"抽出"で三種類のバランスを崩さないように取り出す。

 気をつけるべきなのが、熱を抽出し過ぎると、つまり水から熱を奪い過ぎると水の形態が変化して氷へと変わってしまう。

 この鍛錬においては、水という存在を変えることなく"少し借りること"を心がけること」

 一つ一つ丁寧に言葉にしながら、少量の魔力を抽出し蒼光の輝きへと変化させ、両手で包み込むようにゆっくりとタライから手を離し、空中に輝きを浮かせる形になる。

「ここまで来たら、自分の魔力を同調させて形態を変化させろって言われてる。

 あ、この段階だとサイト・マジックがなくても目に見えるかんね」

 そこまで言って集中を解き、蒼光をただの水へと戻してタライの中へと落とした。

「形態を変化させるというのはどういうことなのでしょうか?」

「自分の魔力を水の三種の魔力のいずれかに変化を加えて、気体または固体へと操作するんだよ。

 正確にはそれぞれに同調してズラしていくというかなんというか」

 夏紀の問いに璃摩は答えて「あぁ、肩凝った」と言ってだらけた。

「最初の内はサイト・マジック使わないと、熱湯になるわ氷になるわで、もう……」

 失敗を思い出し、璃摩は自分の身体を抱いて涙ぐんだ。

「この鍛錬は研究所などで発見された方法なのですか?」

 こんなレベルの高いものを編み出すような研究所がこの国にはあるのか、と。

「んーと、確か、神薙先輩が言うには、日崎先輩が六歳だかそこら辺の時に編み出して、ずっと続けてる鍛錬だとか。

 先輩があまりに魔力制御のレベルがずば抜けてるから、個人鍛錬を真似して成績を伸ばす生徒もいるらしい」

 真咲に対して言葉も改めず素な感じで答える。

 源理が使えないからこそ編み出された一芸の根幹とも言える鍛錬である。

「とりあえず、慣れてきたらサイト・マジックはいらなくなるかな……って、どしたの?」

「いやさ、これって本当に基礎で出来んのかなと思うわけで」

 進の感想に璃摩は「ん~」と一考。

「皆の魔力制御法三日目の授業内容を聞いたかぎりじゃ、段階を追ってこの鍛錬の基礎は叩き込まれてるから、問題ないんじゃない?」

 璃摩はそう言って伸びをし、腕時計を見て「やば」と口にする。

「もう夕食の時間だ。早く行かないと先輩産のご飯がなくなっちゃう。

 じゃ、ボクはこれで!」

 なにやら真剣な顔でタライの水を見つめる五人を残し、大慌てで大浴場を飛び出す璃摩。

「レトルトはいやあああああ」

 そんな悲鳴が遠ざかっていった。

「効力はもう切れてるはずだから聞くけど」

 勇はとりあえず前置く。

「サイト・マジック、やる?」

 聞けば、他の四人は口を揃えて「やる」と言って頷いた。

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