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LR  作者: 闇戸
三章
31/112

顔合わせ

 宴会料理の運ばれ済の地下闘技場には、里帰りをしなかった生徒達と神州からの短期留学生がおとなしく席についていた。

 その宴会場に向かって、梧桐秋は足早に歩いていた。

 自室で考え事をしていたら、気づけば学生寮から人の気配がなくなっており、時計を見て慌ててきた。というのが真相である。

(結局、十五期生は大半が里帰りか。短期留学の話自体が降って湧いたもんだし、しょうがねえか)

 十五期生と数名のクエストでいない生徒を除き、留学生を含めて百人ほどが学院にいることになる。

 アリシアを含め貴族出身のハイエンドも何人かは帰省中である。

(オリヴィエ達もいねえし、暇になったな)

 今のところ、クエストの予定もない。

 セイジに組み手でも頼もうかとも思うが、先日の一件以来、どうもそういうのを頼みづらい。超鬼ごっこで自分を捕まえた女生徒といるのもそれに拍車をかける。

 吐息。

(うまくいかねえな)

 頭を掻いて、地下闘技場への入口のある中庭で、足を止めた。

 ちょうど自分が入ろうとしていた入口に入るところの少女がいた。少女はふと足を止めて秋の方を見て、目を大きく開けた。

 白髪の浴衣姿の少女は「秋?」と口にする。

「紫? なんで、お前……」

 今は京都にいるはずの、秋がよく知る少女・緋桜院紫は、秋を見てうれしそうにはにかんだ。

「ごきげんよう、秋様」

「あ、ああ」

(なんで紫がいるんだ? 留学生って天宮と御門からだけじゃねえのか?)

 パタパタと草履の音を立てて、小走りにきて、秋の胸元にポフとダイブした。フワリと藤の香がした。

「やっぱり、紫だ」

「どなただと思ったんですの?」

 少し怒ったように見上げてくる少女を、思わず強く抱きしめる。

 少女は少し苦しかったが、がんばって手を伸ばし、秋の頭を優しく撫でた。

「辛いことがあったんですのね」

 しばらく、その状態でいたが、秋は紫を放す。

 紫が留学生なら、宴会場に行かなければ宴会は始まらない。

「悪い」

「いいえ」

 ばつの悪そうな秋に対して、紫はただ微笑むばかりである。

 やや足早に紫を案内し、宴会場に入れば、老教官に「おせえ」と叱られた。



「つまり、そちらがシュウの婚約者の方なのね?」

 セツナが秋に確認を取って、紫に顔を向ける。

「お初にお目にかかります。九曜頂・緋桜院紫と申します。今年で十と七になります」

 挨拶された。

「こちらこそ、はじめまして。セツナ=ヴィオ・ヒザキよ。九曜頂・ヒザキの双子の妹、と言えばいいの? 少し前に十八になったわ」

「日崎刹那様ですか。至源様のお力を継承するすばらしい方だと聞き及んでおります」

 やんわり尊敬の念を向けられて「いやあ」と嬉しくなってるセツナ。こういうタイプははじめてであった。

「つうかよ。アオギリの文通相手ってのは実在したんだな。婚約者とか脳内の話かと思ってたぜ」

「秋も育ちが悪いだけで、家柄が悪いというわけじゃないということよ」

 ホリンと琴葉がそんな感想を言っている。

 そんな琴葉の前には凛と萎縮したおかっぱ頭の少年が座る。

 少年は天宮学園中等部の制服を着ており、凛や煉龍によく似ていた。

「凛は秋に突っかからないのね」

「ふん。今でなくともやる機会はいくらでもある」

「やる気満々なのね。引率を買って出たのも、秋が目的にしか思えないわ」

 凛と会話してから少年へと顔を向ける琴葉。

「はじめましてかしら? 神薙琴葉、九曜・神薙本家の小娘よ」

「は、はじ、はじめ、まして、神和弓弦……です。よ、よろしく、おね、がいします」

「ええ、よろしくね。分家の小倅君」

 琴葉の挨拶にホリンが噴いた。

「なんで偉そうなんだ」

「あら、私は誰にだって偉いのよ」

「学院がお前を王室絡みの式典関係に出したくない理由って奴だな」

「まったく、失礼な話よね。

 とはいえ、本家の小娘と言っても、神州には寄りつかないせいか神薙本家は龍也一人という誤解まであるのよね。ねえ? 勇」

 弓弦の隣で黙々とチキンのシュニッツェルを食べていた少年に話を振る琴葉。

 傍らに刀を置いて正座する、少年は琴葉から顔を反らす。

「まだそのネタ引っ張んのかよ」

 少年こと九曜頂・霧崎悠の弟である霧崎勇は、一切れ飲み込んで愚痴を漏らす。

「きっと勇が九曜頂になっても引っ張るわね」

「宣言するなよ」

 事情の飲み込めていないホリンに少年を紹介する。

「こちら、龍也と入籍寸前の女性の弟で霧崎勇。姉が九曜頂・霧崎をしているけれど、神薙に入籍すると席空くから弟が跡を継ぐのよ。

 龍也に紹介された時に、神薙が二人兄妹であることをはじめて知ったらしい。

 ちなみに誕生日が私より一日早いせいで義兄と呼ぶ屈辱が待ってるわ」

「屈辱とか俺が泣きたい。つうか、年同じなのになんで学年違うんだよ?!」

 琴葉も勇も今年で十七歳。セイジ達より一つ年下である。

「それは私が飛び級をしたから」

「マジか」

「嘘よ。こっちの学院は入学資格が十五からもらえるだけの話よ」

「なんで嘘をついたんだと」

「……反応が面白いから?」

「神和先生、あんたの従妹ひでえよ!?」

 凛は無表情で「諦めろ」と呟いた。

「タツヤの嫁さん、確かリンカーじゃなかったか?」

「ええ。この駄兄もリンカーね」

「姉弟でか」

「しかも敵対神族」

「お前……楽しくなってノリで口走ったよな?」

 ホリンのツッコミに琴葉は思わず無言。数秒後、コクリと頷いた。

「神族が異なるのは正しいのだけれど。神州の神族とかよく分からないからなんとも言えないわね」

「ふうん」

 そこで会話が終わり、勇はキョトンとする。

「誰がなんの転生かとかこっちじゃ話題にならんの?」

 神州でも話題に上がらないが、興味くらいは持たれるものだ。

「だって神州のリンカーって記憶ないから、過去がどんな超越者でもあまり意味ないでしょう?」

 琴葉の言葉に勇は黙る。言い返せないからだ。

「姉さ……コホン。悠のように記憶の封印に失敗したでもなければ、リンカーらしいリンカーがいない国ですもの。なんと言っていいか遠慮してしまうわ」

(まあ、天宮璃摩のような異質なのもいるようだけれど)

 琴葉は入口付近にいる璃摩に視線を向ける。

 神州の公式では、天宮璃摩は記憶を封じられた転生者である。しかし、学院での、特にセイジと接触してからの璃摩は通常の転生者以上に力を使いこなしている。

 琴葉は、璃摩が転生者ではないとまで考えている。

(かといって、ライナーでもないのよね)

 転生でも降臨でもない。故に、異質と呼ぶ。

「ところで、あの一画にいるのは御門学園の方々でしょう?」

 琴葉が言う一画には、学ランとセーラー服の少年二人に少女一人。

「一人、あの九曜頂・緋桜院の和装並に浮いてるのがいるわね」

 セイジの斜め前、璃摩の正面に、天宮でも御門でもないガラのセーラー服を着た、セミロングヘアの少女がいた。

「九曜・天宮の分家である九曜・日下の次女だな。

 九曜頂・緋桜院の学友で、一応、九曜頂の護衛みたいな感じで参加してるらしい」

 勇が言うには、今回の参加者は大半が九曜関係者であり、そこから成果を出さなければいけないらしい。

「九曜じゃなかったら、御門の……あのデカイ茶髪とか天宮分校から来てるあいつらとかあっちにいる子とか、四人しかいない。

 つっても、あのデカイ茶髪は親が烈士隊だったから、ひょとしたらどっかの九曜に雇われてる可能性もいなめないけどな」

「烈士隊、ね。雇われてというと、どこの九曜旗下でもない部隊ということでしょう?」

「どこの旗下でもない、そういうとこに所属してるのほど意外にすごかったりすんだぜ。

 黎明期にいた武本翠みたいにな」

「たまに聞くわね、神州黎明期の剣聖の話は。確か……」

 琴葉は三人の名前を思い出す。

「佐伯四郎、嘉藤利則、武本翠だったかしら?」

「あっちのデカイ茶髪は嘉藤利則の一人息子でさ。剣の腕も結構立つんだぜ」



 琴葉が勇と剣聖の話にのめり込んでいる頃、セイジは御門の制服を着た少年少女を前にフィッシュ&チップスに手を伸ばしていた。

 一人は肩まである髪を輪ゴムでまとめた精悍な少年。名を桐生夏紀という。

 一人はラフィル並に背の低い小生意気そうな少女。名を水城雛という。

「二人ともよく来てくれた」

 セイジの言葉に夏紀は「いえ」と応じる。

「自分達は日崎の分家の中でも末も末。本当に自分達で良かったのでしょうか」

 桐生も水城も九曜日崎の分家筋であり、立場は名前だけとまで言われるほどに低い。

 セイジは神州を出る少し前に、日崎本家に寄り全分家を招集し今回の件を認めさせるという行動を取っていた。

 短期留学の賛成として分家から参加者を選別したのだが、数多い分家の子供達からこの二人を選んだ。その時に言った理由が「分家家長から離れすぎているから」である。

 分家達の意向から離れた位置にいるから、と。

 分家を招集した段階で、ほぼすべての分家が本家の日崎ではなく分家の御崎に従っていることに気づいたため、御崎には従わず、中立的な立場を通していた桐生と水城に目を付けたのである。

 中立的だった理由は、両家共に先代を亡くし代替わりして間もない。この夏紀と雛こそが両家それぞれの家長である。

 若すぎて力もないため、御崎も傘下に加えていなかった。

「九曜頂がアタシ達をほしいって言ったんだから、それでいいじゃんよ」

 雛が口を尖らせる。

「しかしだな」

「なっちゃんは慎重すぎて恋愛のチャンスも逃がす超奥手野郎なんで、あんま気にしなくていいっすよ」

 このチキン野郎め、と雛が夏紀の皿からチキンティッカを奪い取った。夏紀はしばし呆然と自分の皿を見つめる。とっておいたらしい。

「いや、まだあるからそこまでガッカリせんでも……

 シュスイ、そっちの取り皿を」

 御門のデカイ茶髪少年の前にいた朱翠に鳥料理三昧の皿を取ってもらい、夏紀に取り分ける。

「少しくらい疑問に思ってもらえるくらいがちょうどいい。こっちに来たら言うとも言っておいたからな。

 必要とされることを喜ぶのも重要だけどな」

 ちょっとシュンとした雛に対しても言葉を付け加える。

「君らにはこっちで鍛えた後、ミカドからタカミヤに転入してもらう」

 転入と聞いて夏紀は眉根を寄せる。

「天宮の先代が気に入らないというだけで、天宮学園に入れなかった生徒が御門には多い。それは日崎の分家も、と言えるでしょう」

「その点は大丈夫だ。タカミヤの頭の了承は得ているから心配しなくていい」

 九曜頂・天宮は天宮璃央であると、セイジが神州を出た辺りに正式に発表があった。そのため、天宮の頭とはそのまま璃央を指す。

「うちの九曜頂がりまっちの姉の護衛をしたって話は聞いたけど、生徒の転入をOKさせるくらい懇意にしてるとは知らなかったなあ」

「懇意云々ではなく、君らを彼女の護衛役に回すことを了承してもらっただけだ」

「まあ、アタシは九曜頂に従うよ。分家冥利って奴っしょ」

「そう言ってもらえると助かる」

 エヘヘと笑顔で雛はマンガ肉に食らいついた。

「見出していただいた恩に報いましょう」

 夏紀も雛同様に了承する。

 実際のところ、セイジはこの二人の魔力を視て決めたと言える。分家の末と言われる割に、資質が本家(本家で老後生活をしていた祖父)に近いと判断したらからだ。

(潜在的には、初代のヒザキに近いか)

 カガトを名乗っていた頃の自分に仕えていた一族に思いを馳せる。

「てかね。なんでりまっちは、うちの九曜頂の隣に普通に座ってんの?」

「えう?」

 ちょうどスコッチエッグにかぶりついていた璃摩が顔を上げる。

「もふもふ」

「「飲み込んでから」」

 璃摩は隣と正面から注意される。セイジと、セミロングの髪を食事の邪魔にならないよう後ろで留めた凛々しい少女、日下真咲である。

 璃摩が、喉を詰まらせる。

「んぐ……み、みず……」

 真咲が無言で差し出した水で飲み込み、安堵の息を漏らす。

「助かったよ、真咲」

「……」

「……感謝します、真咲」

「月姫様も天に召されずによかったですね」

 一度目のお礼は無言でスルーされ、言い直してようやく返事が来る。セイジは璃摩の額に冷や汗が浮かぶのを見た。

 璃摩の服装を見てから、真咲はずっとこの調子である。

「パートナーだから?」

「そんな事実はない」

「すんません。"研究の"を付け忘れました」

 二度目でセイジの頷きを得てホッとした表情を見せる璃摩に、真咲の視線が突き刺さる。

(真咲が来るなんて聞いてないよ。もうなんていうか、針のムシロ状態?

 なっちゃんと雛が来たのはうれしいんだけど……)

 天宮と御門と聞いていたため、完全に油断していた。

「どうしてこいつは唐突に話し方が変わったんだ?」

 セイジは雛と夏紀に寄って聞く。

「学園内では奔放だったけど、家とかの公式では姉とほとんど変わらない、というか見分けが付かないような仕草だったらしいですよ」

 雛が話してくれる。

 よく、家では舌がつるとか話していたらしい。

「礼節の部分で家の恥、と天宮に通うことを許されなかったそうです」

「はて、あの学園、シュウの姉などを見るかぎり、そこまで厳しいとも思えないのだが」

「理事長の孫娘としての立場上ではないでしょうか」

「なるほど、そういうことか」

(公式の場に出た時のアリスのようなものか)

 アリシアは学院の代表で行動する時など、完全に姫と化す。

 男物の剣士衣装での大立ち回りなど別人としか思えない。

(兄のような騎士を目指す本人としては複雑なんだがな)

 思わず苦笑してしまい、夏紀と雛に妙な顔をされて咳払いする。

(では、分家のお嬢さんを前にして家にいる時と同じ状態になろうかどうかで現在悩み中といったところか。難儀な奴め)

 セイジは右を見て左を見て「ふむ」と漏らす。

「リマ」

「なんです?」

「ラフィルが酔っている。少し風に当たらせてこい」

「へ? 今……あ」

 セイジの意図に気づいた。

「ラジャったっす」

 うれしそうに立ち上がって、小走りにラフィルの元まで来る。確かになんか酔ってる。

「お酒飲んだ?」

 首をかしげる璃摩に、朱翠が紅茶を指差す。

「ブランデーで酔った」

「えどんくらい入れたの?」

「一滴」

「そんな馬鹿な」

 朱翠に寄りかかったラフィルを揺すってみる。

「うにゃあ、私もキオーンと話すですよー」

「駄目だ、この子。じゃあ、ちょっとこの子連れてくね」

 朱翠の頷きを見て璃摩も頷いた。

「ほら、ラフィル・エル? 行くよ?」

 ヨイショと担いでみる。ラフィルは異常に軽く、璃摩の力でも簡単に担げた。

 天使を担いだ少女の背中が中庭への通路に消える。

「ところで、そちら」

「おう、セイジ」

 夏紀が朱翠のことをセイジに聞こうとした矢先、ホリンが勇を引きずって現れる。

「こいつ、タツヤの嫁さんの弟だってよ」

「へえ? 確か、名の読みが同じ弟がいるとか言っていたな。というか、引きずるな」

「ちょっくら腕試しやってくるが、お前も来ないか?」

「酒が入ってるから、いい。遠慮する」

「お前、そんくらい気合いでだな」

「無茶苦茶言うな、おい」

「んじゃ、シュスイ借りてってもいいか?」

「そうだな……」

 そこでふと、セイジは、夏紀の得物を初対面時に聞いていたことを思い出す。

「キリュウ、ホリンと槍で遊んでみないか?」

「自分が、ですか?」

「ああ。ホリンは戦技の手本もやるからな。今の内に見ておくのもいい」

 降って湧いた学べる機会に、夏紀は口元をフッと緩めた。

「では、失礼して」

 立ち上がり、ずっと無言でいるデカイ茶髪の少年、嘉藤勝利に顔を向ける。

「嘉藤」

「あ?」

 名を呼ばれ、不機嫌そうに夏紀を見上げる。

「君の好きな腕試しだ。来るだろう?」

 勝利はチラと朱翠を見てから「やれやれ」と立ち上がる。

「じゃ、俺も」

「そうこなくっちゃな。

 で、セレスは……はあ? なんでお前そっちなんだ?」

 セレスの姿を探したセレスは当人を見つけてキョトンとする。セレスが青年状態で食事をしていたからだ。

「事情がある。そして俺はいかない」

「つれない奴だな。

 んじゃ、予習行くか」

 テンションの高いホリンが数人を連れて出て行くと、宴会場がやや静かになった。

 雛は夏紀についていったらしく、セイジの周辺はかなり静かだ。

「行かなくてよかったか」

「行ってもよかったが、キリュウの隣は妙にシュスイを気にしていたようだった」

「気づいていたか」

「そりゃな。知り合いか?」

 朱翠は首を横に振る。

「ただ、道場で」

 見かけたことがあるという。従姉の方の知り合いだ、と。

(少し警戒しておくか?)

「太刀筋で分かるものなのか?」

「父譲りのものは向こうで使ったことはない」

「そうか……」

 小声で会話する二人を横目で見つつ、サラダをよそってきた真咲は璃摩が座っていた空の席を見る。

(陽姫様といい月姫様といい、同じ相手をとは……)

 研究のパートナーとは本当かも知れないが、璃摩の本音、願望は一言目の方であることくらいは分かる。

(老人達め、天宮と日崎の業とはよく言ったものだ)

 九曜・天宮の家としては、たとえ今代の九曜頂が望んだとしても、日崎と組み合わせてはならない方向で一致している。

 九曜頂・日崎星司が璃央とくっつかないためには手段を選ぶな。

 それが九曜・天宮の分家第二位に当たる九曜・日下の次女である真咲が、今回の短期留学に参加する際に伝えられた九曜・天宮の意向である。

(月姫様がそうなのであれば、いっそそちらで構わないとも思うが、天宮本家以外であれば尚よし。暗殺でもいいがな)

 暗殺も手段の一つではある。ただ、璃央曰く「日崎司の子供は半神でとても強い」とあるため、よほど勝算がなければ返り討ちがいいところだろう。

(まあ、私と八雷の敵ではないか)

 そんな自信もある。

「君、チップスはいるか?」

 セイジにチップスの皿を差し出される。

「いただきます」

 空の皿に盛る。

「ところで、何故、こうも肉が多いのですか?」

 聞けば、セイジはある一点を指差した。

「アレが悪い」

 一点は日本酒を飲んで陽気になっている和装の老教官。

「肉でバリエーションを考えろとか、どうなんだという話。

 こっちの肉がローストビーフだけではないことを理解してはもらえたかもしれないがな」

(神薙煉龍、神薙の猿爺か)

「九曜頂・神薙殿の祖父との話ですが、かの御仁の元ではどれほど鍛えられるのですか?」

 唐突にそんな話を振られ「えらく飛んだな」と漏らす。

「あ、いえ、すみません。つい気になったものですから」

「構わないよ。

 どれほど、ねえ」

 アゴに手を添えて、ふむと一考するセイジ。

「二年間集中して師事すれば、猫が子獅子になるくらいには強くなるか」

「獅子ならまだしも、子獅子は想像出来ないのですが」

「あれ? そうか?」

 朱翠にも聞いてみるが「分からない」と返された。

 腕を組んで「うーん」と唸り、「おお」と手を叩いた。

「卵が焼き鳥になるくらいには」

「……あぁ、なんとなくニュアンスは」

 真咲の反応に朱翠が「え分かるの?」な顔をした。あまり表情も動いていないのだが。

「本質的には同じだが別次元と言えなくもないレベルに引き上げられる。

 そういうことですか」

「ご名答」

 朱翠のみならず、周りで耳だけ傾けていた十四期生達が「すげえ」と漏らした。



 セイジの周囲から人が減った頃、レンメルは天宮分校から来た二人と意気投合していた。

「魔構と魔鉱、テックとスペルでござるか」

「うんうん。

 魔構の中だけでも魔法寄りか科学寄りかで分かれるけど、魔鉱は完全に魔法寄りだねえ」

 語尾にござると付けるのは、レンメルを太らせた感じの少年で外神田卓郎という。会う人にはまずネタかとも思われるが本名である。

「魔鉱剣ってのはさ。スペルブレードとか形状に剣が多いのに、魔法使いの杖とか言われてるよな。ゲーム的魔法剣士の武器ってことか?」

 そんな質問をするのは、茶髪で左耳に赤いピアスをした少年で薙原進という。首にボルトを付けたチェーンをしている。

「そうだねえ。スタイルとしては、ゲームの、魔法を使いながら剣で戦う戦士が現実にも多いから、剣などの近接武器の形状にしているってところだね。

 スペルブレードはまだまだ発展途上の技術だから、これからもっと形状は増えると思うな。一応は武器以外の形状もあるわけだし」

 魔鉱の制御に魔構を使用しているのが現状だという。

「自分の魔力と融合させた鉱石で構成する武器ねえ。自分の意志で強度から形態まで自由自在とか、面白過ぎる。

 やっぱ鉱石は、自分が使える源理の系統との相性に準じるのか?」

「火はルビー、水はアクアマリンとかサファイアといった感じだねえ」

「結果的に高くならねえ?」

「いっぺんに構成しようとすると高くつくね」

 徐々に、少しずつ蓄えていって自分に合った形状へと成長させていく武器、ということだ。

「最終的には、自分の魔力を吸いに吸って超高密度のエネルギーウェポンになる。

 そういうことでござるな?」

「分かってるねえ」

 この三人、周囲から人がいなくなるくらいテンション高く会話していた。



 周囲に人がいないといえば、セレスの周囲も人がいない。

 青年状態で、ひたすらミネラルウォーターを飲み続けるセレスが怖くて、在校生が寄ってこないのだ。

 いるのは一人だけ。天宮分校から来ている少女が向かいにいるくらいか。

 モデルのように背の高いさっぱりしていそうなショートヘアの少女である。

「まさか、生きていたとはな」

 セレスの言葉に少女は「おかげさまで」と笑って返した。

「キプロス艦隊に捕まったと聞いたのだが」

「助けて下さったのは、あなただと父から聞きました」

「船を一つ砕いただけだ」

 セレスの言葉は事実ではあるが、どこか照れたように水をあおった仕草に、少女……瀬田綾女は「はい」とだけ答えて微笑んだ。



 中庭では篝火で四方を囲んだ略式闘技場が作られ、そこでは汗だくの勇と勝利と夏紀がグッタリと座り込んで、ヤカンから水を飲んでいた。

「強いじゃないか、お前ら」

 槍を肩に担いだホリンが、滅茶苦茶楽しそうに笑っていた。

「汗一つ掻いてないのは、さすがにどうなんだよ」

 勇は自分用に用意されたヤカンを地に置いた。

「そりゃ、ライナーの体力は舐めちゃいかんだろ」

「降臨者、反則過ぎる」

「いやいや、そう言ってもな。お前さんだって、リンカーだろう?」

「神州のリンカーは人と大して変わらないんだ」

「そういうもんなのかねえ」

 勝利がヤカンを水入れ係に渡して、再度自分用の木刀を手にする。

 闘志の死んでいないその目に、ホリンが「へへ」と笑う。

「よっし、十戦目と行こうじゃないか」

 正眼に構えた勝利に対し、ホリンもまた槍を構えるのであった。



 ホリン曰くの遊びの現場を篝火闘技場の外側から、璃摩はラフィルと共に観戦していた。

「あの木刀の二人、朱翠くらい強いね」

 ラフィルの言葉に璃摩は「そね」と答える。

「まさか嘉藤が来るとはねえ」

 璃摩の中での嘉藤勝利像といえば『群れない不良で学校行事はよくサボる』だろうか。

 内申点でもちらつかされたのだろうかとも思うが、内申点自体を気にしなさそうでもある。

「お? おお……あぁ、駄目か」

 勝利がホリンから一本取りそうだったのだが、"取りそう"で終わった。

「ねえ、ラフィル・エル? 榊君はマルキス先輩から一本取れるの?」

 聞かれ、ラフィルは「ん~」と一考。

「引き分けまで、かなあ」

「引き分けまでいくんだ」

「ただいまっと」

 朱翠すげえ、と璃摩が感心したところで、宴会場からスコーンを頂戴してきた雛が璃摩の隣に座った。

「あっはっはっは、なっちゃん負けてやんの」

 グッタリと休憩中の夏紀を指差して雛は腹を抱えた。

 中等部時代によく見た光景である。ほんの数ヶ月前の光景だが、璃摩は懐かしいと思う。

「御門から三人とか聞いてたからさ。三人目は結城先輩辺りだと思ってたよ」

「ああ、結城先輩?

 確かに、りまっちがミスロジカル行ったとか聞いたら、このイベントに参加してたかもしれないけど」

「聞いたらって?」

「ああ、うん。結城先輩なら、アタシ達が進学する前に高等部止めてどっか行っちった」

「どっか」

「うん、どっか」

 結城聖、璃摩に何度か告白してきた不良少年で、璃摩や雛達の二個上の先輩だ。

 鬱陶しい相手ではあったが、行き先不明みたいに言われると心配にもなる。

「まあ、あれだ。あの先輩、りまっちにかなりご執心だし、どっかで会うかも知れないよ」

「ストーカーっぽく聞こえて無性に嫌な感じな予言してほしくないんすけど」

 辟易した感じの璃摩を雛はただ笑うのであった。



 宴会が終わり、後片付けも終わらせた在校生達はそれぞれの寮部屋へと引き上げる。

 紫を彼女のための部屋に送った帰り道、林檎酒の瓶を片手に月見酒をするセイジに秋は遭遇した。

「神妙な様子だったじゃないか」

 セイジは秋を見ずにグラスに林檎酒を注ぐ。

 秋はセイジを見ずに月を見上げた。

「紫は澄の泣き所だからな」

「……そういうことか」

 半神として開花させ、浸食の防衛術を教えたところで、悲しみ自体がなくなるわけではない。

 明るいようでいても、夜一人になると紫に電話して話を聞いてもらうらしい。

「澄は本当に、俊太郎のことが好きだったからな。あいつの悲しみは多分、ずっとなくならないと思う」

「悲しみを覚え続けることは悪いことじゃない。忘れることもな」

「まあな」

 視線をセイジに移し「ただ」と呟く。

「澄の話じゃ、武本俊太郎は公式的には死亡だが、死体が見つかってないとの話もあるらしい」

「あれだけの惨劇だったんだ。死体が見つからないこと自体は珍しくもないだろ。

 もっとも、行方不明ということに希望を持つのも自由だがな」

 澄は、幼なじみの武本俊太郎が自分をかばって斬られている場面を見ている。

「兄としては、あいつの希望通りであってほしいとも思う」

「同時に、過去に希望を持つなとも言えない。といったところか」

「なあ、お前さ」

 二人で話すのが久しぶりだっただけに、秋はセイジにある疑問について聞いてみようとしたが、ガーデンでの一件が引っかかって疑問を引っ込める。

「なんだよ?」

「なんでもない」

 セイジは秋を振り返る。その表情は困り顔。

「俺も、コトハもな。聞かれればちゃんと答える。今まで通り、な」

(知ってるよ、それくらい)

 言葉には出さず、ただ心で答える。

 聞けばきっと疑問は解消されるだろう。

 解消されなければ、セイジも琴葉も、一緒になって考えてくれるだろう。

 入学して、チームを組んで、ずっと、半年くらいまではずっとそうだった。

――彼らは君の実力を軽んじている。

  だからこそ、君をただ何も考えなくてもいい位置にいさせるんだ。

 パートナーという単語に疑問を持ってしまったきっかけになった言葉。

 澄から相談を受けた時は、迷わず妹の開花を託せたのに自分の疑問については訪ねられないでいる。

「シュウ?」

「なんでもねえよ。ガーデン戦の直前みたいに二日酔いとかになるんじゃねえぞ?」

「余計なお世話だ」

 笑って別れる。

 セイジに背を向けて、表情からは笑いが消える。

 疑問が言えない。

――朱翠とはどこで会ったんだ?

 その一言が言えないでいる。

 答を聞けば、良し悪しは分かれるが答の一つを妹に教えてやれるのに、と。

 秋の背中を見送って、セイジは吐息を一つ。

 グラスを握り潰し、林檎酒を瓶から直接飲み干した。



 余談だが、右手を血塗れにして戻ってきたセイジは琴葉に正座で説教を受けることになった。

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