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LR  作者: 闇戸
三章
30/112

前日

「今更ですが、煉龍さん考案のストライカーチームは失敗だったと思うんですよ」

 ドッグズランに繋がれた人工島施設の一室で、司はそんなことを口にした。

 フィッシュ&チップスをつまみながら耳を傾けるのは、十代前に見える金髪碧眼の白人の、幼女である。腰ほどに長い髪を三つ編みにし、フリルの着いたベージュのドレスを着ている。

「聞いてますか、メルメルさん」

「聞いとるよ」

 幼女……メルメルさんは頷いてまた、白身魚のフライに手を伸ばした。

「本当に今更だな」

「そう付けたじゃないですか」

「何が失敗かと挙げれば、ロードウェルの息女にグラスキャリバー以外の武器を携帯させなかったこと。あれは対人用ではないからの。

 あとは、その割に聖剣開放を許可しなかったことだなあ。

 おい、フィッシュなくなったぞ。補充せい」

 受け皿をメイドに渡す。

「日崎星司様からご提供の品は終了致しました」

 流れるような赤い髪で頭に金刺繍のカチューシャを載せたメイドはそう言って頭を下げた。

「ぶっちゃけ食い過ぎでございます」

 頭を上げてそう口走った。

「しゃあないの。チップスだけで我慢するか」

 食い過ぎは敢えてスルー。

「僕、一切れしか食べてなかったんですけど」

「いやあ、日崎の倅の作るものは美味い。夏休み中はずっとそばに置いておきたいぞ。

 司は良いではないか。家に帰れば食べられるのだからな」

 言われてみればそうである。

 家というか、子供達が入っている第三学生寮に行けば、大概はセイジが用意している何かしらの作り置きがある。

 チップスを小さい口ではむはむ食べて飲み込む。

「今日からだったか。例のは」

「天宮と御門の両学園から数名見繕って送り出された先遣隊ですね。

 今回ので成功が見込めれば、本格的に短期留学の話はまとまるそうですよ」

「ふむ。数週間でよくまとまったものだな」

「元々そういう構想はあったんですが、九曜頂で半数以上の反対があり構想で終わっていました。ところが、反対側だった天宮が代替わりで賛成に回ったばかりか、日崎まで賛成に参加してようやく、と」

 九家の内五家が賛成で可決。完全にギリギリである。もっとも、残り四家の内反対は二家で他は中立を貫いているのだが。

「そういえば、今回の人数は十一ですが、二人は天宮でも御門でもない監査役が入ってますね。あ、監査役は一人です」

「VIPだな」

「ええ、VIPです」

「して、司は教壇には立たんのか?」

 授業明日からなのに教官がこんなところで何をやっているのか、と。

「実演込みで十三期生がやることになってますね。

 源理に関しては主にうちの娘が。戦技に関してはホリン君とセレス君が。

 あと、魔鉱に関してもやるそうですね。果たして短期でそこまでいけるかはちょっと疑問ですが」

「梧桐の倅はどうした」

「へこんで使い物になりませんねえ」

 へこんで穴空いてます、と肩をすくめた。

 セイジと琴葉からの対応に悩み続けているらしい。

「あの二人が口も手も出さない理由は分かりますが、問題は秋君がその理由に気づいていないことなんですよね。彼は言わないと分からないタイプですから」

「日崎の倅も龍也の妹もそれを知っていて放っておいているのだろう?」

「でしょうね。

 言わないと分からないからといって、安易に自分達から教えるわけにもいかないってところですかね。

 そこは気づけ、みたいな。

 もっとも、あの二人は秋君からちゃんと疑問として聞かれれば答えてしまうのでしょうが」

「それか、理由をちゃんと理解出来る自分達以外の相手から教わるのもアリだな。

 誤解なく伝えられる相手を見つける運も必要だ」

「ですねえ。と、そろそろ僕は行きますかね」

 司は時計を見て立ち上がる。

「足はどうしようかな」

「箒に跨がっていくがよい」

「お尻痛くなるから嫌ですよ? ロンドンからベルリンとか裂けちゃいますよ」

 メイドが無言で掃除機を差し出した。司が受け取ると、メイドは親指を立てて片眼をつぶった。無表情で。

「掃除機に乗れと」

「大変間抜けで新聞に載ること必至でございます」

「ゴモリーさん」

「キメ顔でなんでございましょう」


「おっぱい揉ませてくれたら掃除機に乗りましょう!(キリッ」


 メイドのゴモリーさん、無言でメルメルさんを見て「こっちを見るな」と目を反らされる。

 数秒悩んだ後、司に顔を向けた。

「アウレア様にご報告致しますが、よろしいでしょうか」

「うちの奥さん、結構こういうことには寛大なんですよ」

「『美神のおぱーいより悪魔のおぱーいの方が好みだ、と旦那様は熱弁振るいながら揉みしだいていた』と」

「ごめんなさい。二度と言いません。調子こきました。浮気もしたことございません。

 いやいや、そこで第一ボタン外してカモーンとかやられても本当困るんで」

 司は平謝り後に「ありがたくいただく」と掃除機を握って逃げ去った。

「ヘタレだな」

「まったくでございます」

 肩をすくめたメルメルさんは司の足音が聞こえなくなってから、真顔になる。

「して、ゴモリーよ。神州からの客人が乗る船は何者が護っておるのだ?」

「神薙殿の眷属の……ミズチでございます」

「龍也め。素知らぬふりしてちゃっかり護りをつけていたか」

「九曜頂として賛成票を投じてもおられますし、当然と言えば当然かと。

 もっとも、霧崎殿の弟君がリストに入っているためとも言えますが」

 メルメルさんは腕を組む。

「ミズチといえど往復は辛かろう。帰りの船にはヴェパルを護りに当たらせよ」

「かしこまりました」

 ゴモリーを下がらせ、冷めたチップスを手に取る。

(短期留学は二週間余りだったか。

 日崎の倅の思惑は呼び寄せた分家に九曜頂・天宮を護る力を与えるため。

 龍也の思惑は神州の魔法知識レベル向上のため。

 果たして二週間足らずで目的を遂行出来るものなのか)

 極東の魔法知識レベル向上は悪いことではない。向上することで、アジアのバランスが保てる可能性が上がる。

(神州に誰か派遣するか? 教員では目立ちすぎる。生徒として送って内側からでもいいか)

 リンゴ色のほっぺを膨らませ、ムムッと悩む幼女がいた。



 老教官・神薙煉龍は呼び出した生徒を正面から見る。

 オリヴィエ以下数名(取り巻き達)である。

「おめえらにはこれからノイエに行ってもらう。司の野郎も行った。まあ、やつのサポートだと思え」

「了解です。僕の友人達も選別していただきありがとうございます」

 礼儀正しく頭を下げて言う。

「サポートをうまくサポート出来る人員を選んだだけだ。礼を言われることでもねえ」

「ノイエ・シュタールは魔構に偏った姉妹学校と噂でしか知らなかったので、見聞を広める機会をいただけたのは大変うれしく思います」

「おうよ。うまいこと見聞してこい」



「今晩から臨海学校っすね!」

「そうだな」

「到着は今日の夕刻でしたっけ?」

「すみません、そっちの胸肉を」

「誰が来るとか着くまで秘密って、どんな拷問かと」

「サービスですか? ありがとうございます!」

「爽やかな先輩とかちょっと引きますよ」

「失礼だな、おい!」

 マーケットのど真ん中で、璃摩に声を張り上げるセイジ。手にはここまで買ってきた食材の袋が大量に握られている。

 今日の夕刻には学院に到着する神州からの短期留学生のため、学院からクエストという形で夕食の食材を買い付けに来ていた。璃摩は神州の人ということでおまけである。

「荷物が多くなることを考えれば、シュスイでも良かったか」

「そんな、榊君とデートしたかったと?!」

 ガーンと頭を抱えた璃摩に蹴りを入れる。

「男好きでもデートでもねえよ!? ク・エ・ス・ト!

 俺には不要だがリマには単位1点入るんだから、真面目にやれ」

 尻を押さえ涙目の璃摩は「へーい」と返事をした。

「とはいえ、留学先で神州の料理もへったくれもないと思うんすけど」

「安心しろ。俺も同じ考えだ」

 故郷の料理など食べ飽きている。そんな相手に故郷の料理を出してどうなる、と。

「神州料理はまず間違いなく、レンタツのじいさんと父さんの要求と思われる。

 俺は作らない。というか、作れないからなしだ」

「普段から食堂に日本酒隠してシェフに怒られてますもんね、教官達」

「娯楽用くらいは良いと思うんだがな。

 お。これは買わねば……」

 白身魚とビールを買う。

「何故、魚とビールを」

「貴族連中はローストビーフをやる気満々だからな。

 伝統と言えば伝統だが、イギリスがただ焼くだけの料理だけと思われるのは癪だ。それ以外もあるということを味わわせてやる」

「あるんです?」

 セイジが固まった。

「君、何ヶ月こっちにいんの?」

「いやあ、イギリスのご飯はまずいから絶対食べるなと、母さんから忠告を。

 なので、学食と食堂ではイギリス料理は完全無視でした」

 ざわ。

 マーケットの空気が変わった。凍りついたと言ってもいい。

 セイジは爽やかな笑顔でリマの肩に手を置いた。買い物袋の食材の重みがズッシリと肩に掛かり「ぬお!」と呻いた。

「リマ・タカミヤ、君には俺の手料理を存分に食べてもらおう」

「告白です?!」

「そう、君に罪の告白をさせる」

「ボクが?!」

「ククク、ファーストフードにおいても、アメ公とは格が違うと教えてやろう」

 セイジは時々料理関係でこうなる。

 璃摩が女王謁見後の数日でセイジを見て気づいたのは、取得単位修了ということで、

 一、研究棟に籠もって天定の幻想魔法の研究。実験には璃摩も付き合う。

 一、どこかの国の料理本を読んでいる。挑戦して一日中厨房に籠もる。

 一、レンメル・クロケットの試作魔構品のテスト。

 で時間を潰していることか。

「先輩は他の先輩達みたいに下級生の実習に付き合わないんです?」

「君のに今付き合っているわけだが」

「今は逆ですよ-、逆逆」

「ん? ああ、そういやそうだな」

 つい、うっかりという風に頭を掻いた。

「あの実習同行は、下級生側から事務経由で上級生を指定してやっている。俺を指定する下級生がいないから、こうしてまったり出来るわけだ」

「春先、先輩を指定するんだって子、結構いましたけど?」

「俺が源理使えないことが十五期生間に知れ渡る前のことだな。

 事務の方もあらかじめそう言っておいてくれればなあ」

 遠い目をしてハハハと笑う。

 素朴な疑問で古傷を抉ったらしい。璃摩も口元を歪めて苦笑いである。

 セイジの胸元から着信音。

「……クロケットから宅配? シュスイに? シュスイなら……いや何処かな。ラフィルに連絡取れば捉まるんじゃないか?」

 電話を切る。

「榊君って、携帯持ちませんよね」

「インカム着けてるから、学院内でなら連絡取れるんだがな。それ以外だとラフィル頼みだ」

「学院内でも連絡取れないことが多々あるんですが……」

「チームがそれでいいのか?」

 ガーデンの作戦以降、朱翠とラフィルと璃摩の三人がチームとして学院にパートナー登録された。遊撃隊としての活躍を評価されたためである。

「チームとか言い出したら、先輩のところが一番問題じゃないですか? 今のところ。

 後輩間での噂第一位は、『十三期生ロウエンド第二班崩壊の危機』ですよ」

 『班の前衛が起こした不始末に、パートナー達総スカン』

 学内新聞でデカデカと飾られた文言である。

「どこから漏れたのやら、だ。

 まあ、探すまでもなくあいつらなんだろうが」

 オリヴィエの取り巻きしか思いつかない。

「シュウへの対応はアレでいい」

 新聞で取り上げられる前に聞いた時と同じ答。

 吐息。

「まあ、今回ばかりはあいつもかなりへこんでいるようだが、今日からのイベントでは多少はまぎれるか」

「臨海学校です?」

「ああ」

「ひょっとして、誰が来るかとか知ってるんじゃ?」

「知ってるが、問題か?」

「ずるい! ボク知らないのに!」

 参加者のリストは当日現在をもって未だに非公開。知るのは一部のみである。

「元々、俺が君の祖父に首を縦に振らせたことから始まってることだしな。船舶も九曜・ヒザキが用意したものだ。把握してない方が問題だぞ」

「言われてみれば!? でもずるいのに変わりなし!」

 やれやれと、肩をすくめ、セイジはセントマイケルズマウントへの橋に足をかけ、

「やあ、ヒザキ君。これから食事の準備かい?」

 爽やかに声をかけられた。

 オリヴィエと取り巻き数名が旅支度で橋を渡ってきたところだった。

「そんなところだ。オリヴィエ達は……里帰りではなさそうだな」

「ちょっと学院のおつかいでノイエ・シュタールに行くことになってね」

「ほお、ベルリンか」

「おすすめはあるかい?」

「とりあえず、ノイエの学食で出すシュニッツェルを食べるといい」

「シュニッツェル、ね。うん、覚えた」

 ありがとう、と礼を言って、オリヴィエはマラザイアン駅へと歩いて行った。

「シュニッツェルってなんです?」

「カツレツだ」

 璃摩の問いに即答。

「カツレツって……なんでそんな庶民的なものを薦めるですか。嫌がらせとか」

「馬鹿野郎。

 ノイエ・シュタールの学食はな。仔牛のヒレ肉を使用した高価な物を出すんだ。退官した軍属シェフが腕を振るってな」

 ドイツは軍国主義で、軍部の食糧事情はやたらといい。庶民では手が出せないほどである。

「学食に使ってる金が違う。

 ちなみに、今晩はチキンのシュニッツェルを作る予定だ」

「仔牛ではないんすね」

「そんな予算は出ていない」

 世の中、金である。



 夕日の落ちる頃、セントマイケルズマウント前に一台のバスが停まり、乗員は橋を渡ってミスロジカル魔導学院へと到着した。

「よう、でかくなったじゃねえかよ、凛。一部は控えめだが」

「お祖父様は変わらないですね。セクハラでぶん殴りますよ?」

 神州側からの短期留学生の引率である神和凛は、ミスロジカルの老教官であり祖父の神薙煉龍と再会する。

「引率教員神和凛以下、短期留学生十一名、到着しました。本日よりよろしくお願いします」

「おう。よく来たな、餓鬼ども」

 挨拶を受け、老教官は呵々と笑った。

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