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LR  作者: 闇戸
二章
25/112

街道ルート(2)

 翌朝、雨はやみ、太陽が顔を出していた。

 陣では観測班が小ブリテン島の地図を展開。地図上に光点が表示されている。

 アリシアとオリヴィエとアルマが頭を付き合わしていた。

「連中がゴールウェイを上陸拠点とし、アスローン、カスルバー、レターフラックを経由して部隊を展開していた? 何故過去形なんだ?」

 そう言って、アリシアはオーターアード地方を見る。ゴールウェイからレターフラックへと至る道一帯には、NBどころか人の反応さえない。

「コリブ湖の西、か。コリブと言えば、マナナン・マクリルの名を与えられた湖でしたね」

 オリヴィエがそんなことを言う。

 ここで神など関係ないだろうと指摘しようとしたところ。

「夜半の時点では、オーターアード地方にはNBの反応があった。

 しかし、空が明るくなる頃、コリブ湖で、ある反応があってから、ゴールウェイからモイカレンバイまで展開していた光点が消失した」

「ある……反応?」

「君の兄やホリン・マルキスが持つのと同種類の反応だ」

 アリシアは兄とホリンの共通点にすぐに思い至る。

「それはつまり、ケルト神族の」

 アルマが頷く。

「リンカーかライナーか、どの存在かも判別は出来ない。しかし、神族は間違いない」

「可能性からすれば、アスローンが開放され、妖精達が何かしたのかもしれない」

 オリヴィエのそれは予想。

 アスローンに向かった消火班からの連絡がない以上、確定も出来ない。

「それで、コリブ湖西の部隊が消失した結果がこれかい?」

 オリヴィエはカスルバーの西、ウェストポートへと移動している光点を指差した。

「カスルバーとの合流?」

 オリヴィエの予想をアリシアは光点を差して否定する。

「部隊が伸びている、これは敗走だ」

「敗走するなら南か東に行くのでは?」

「どっちに行ってもコリブ湖周辺を通る。かといって森に逃げ込むことも出来ない。進む以外に逃げ道が残されていない。

 カスルバーとの合流を狙っていることは間違いではない。しかし戦力の増強ではなく、未だ安全の可能性を求めての行動でしかない」

 パニックになっていると指摘する。

「第一班はカスルバーへ向かう。十四期生は我々が通った後のカスルバーの制圧を、第二班はカスルバーを素通りし、ウェストポートを経由してくる彼らを迎え撃て」

「え? 第二班だけでですか?」

「安堵間近の方角から敵が来れば、思考停止を誘える。念のため十五期の三名を連れていけ」

「敗走じゃなかったら恨みますよ?」

 オリヴィエを準備のためにテントを出る。その背中を見送って、アルマが隣に近寄る。

「レターフロックからの軍が敗走じゃなかったら、ファーロスやばいんじゃない?」

「問題ない。十五期三名の保険があるからな」

 三名とは朱翠達のことである。

「サカキとタカミヤは協調性がなくても、実力だけなら第二班の合計を凌駕し、ラフィル・エルという彼らの良識が暴走を抑制しよう」

「今日が結成一日目のチームが、果たして上手く動くかと」

「少なくとも、オリヴィエ独裁の第二班よりは役に立つ」

 アルマを残してテントを出ようとする背中に「どんだけファーロス嫌いなんだ」とアルマの呟きを聞いて、振り返る。

「私は、謀略を尽くす男は嫌いだ」

 吐き捨てて、アリシアは出て行った。

(謀略……あの噂のことかな?)

 オリヴィエが秋の力を欲し、ロウエンド第二班をバラバラにしようと画策しているというものだ。

 噂が流れた頃から、セイジと琴葉は研究に没頭し、秋を除いたメンバーでクエストをしている。そして、秋はオリヴィエ達第二班と行動を共にすることが多くなり、卒業後の進路もオリヴィエと同じGSを選択している。

(そういえば、あの辺りからか。アオギリがヒザキ兄との勝負を急ぎだしたのって)

「こっちとしては、あのお姫様が私情で作戦立てたんじゃないことを祈るか」

 ここで戦力を減らされても困るからだ。

 アリシアはテントを出た足で第一班を招集し、アークセイバーに跨がる。

 ネコはすぐに来たが、秋が来ない。

「シュウはどうした?」

「さっき向こうでオリヴィエといるの見たよ」

「ファーロスと?」

 ネコはアリシアの眉間に皺が寄ったのを見る。明らかに不機嫌だ。

 ようやく秋がやってくる。

「なあ、俺、オリヴィエの方行っていいか?」

 やってきての第一声がそれであった。

 思わずアリシアもネコも「何言ってんだこいつ?」な顔で見てしまう。

「一応、理由を聞こうか」

「理由も何も、アリシアの予想で仲間危険にさらすなよ」

 秋まで「何言ってんだこいつ?」な顔である。

(うわ、こいつ)

 ネコは頬を引き攣らせてアリシアの横顔を見て、思わず一歩下がった。

 物凄い冷たい目をしているだけで、目以外は完全に無表情。

「分かった」

「お? OK?」

「ああ。アオギリ、お前はファーロスの指揮下に入れ」

「話せるなぁ。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ」

 シュタッと手を挙げて背を向けた秋を「待て」と呼び止める。

「サカキの班をこちらに回すようファーロスに伝えろ」

「あいよ」

 秋がホテルへと入っていく。

「構わないのかい?」

「待ってくれ。今、再構築する」

 皺を濃くして考え込むアリシアの下にオリヴィエが寄越したであろう下級生がやってくる。

 ラフィル・エルは衛生兵として第二班で使用する。榊・天宮両名は彼女の護衛で、と。

 アリシアの表情が完全に固まった。

(これでは……これでは犠牲者が出る。出て、しまう)

 震える手で蒼珠の指輪に触れる。

(落ち着け。私が取り乱しては駄目だ。今すぐにでも出なければ)



 榊班は観測班の十四期生から作戦の説明を受けていた。

 そこに第一班から第二班へ秋が人事異動になったことと榊班も変わらず第二班の補佐をしろという命令が届く。

 未だ事態が進行している地図を眺めて「なるほどね」と璃摩が漏らす。

「どうゆうこと?」

 ラフィルはキョトンと自分より背の高い同級生を見上げた。榊班は全員同級生、十三期生のロウエンドということになる。

「第二班の頭が第一班の頭の判断を信じなかったってことだよ。

 所謂一つの……下克上?」

 朱翠は地図を注視する。

「時間がない」

「そだね。時間も余裕もないね」

 朱翠の言葉に璃摩が同意する。

 そこに第一班が二人で出撃したと情報が入ってくる。

 地図上におけるカスルバーの現戦力。NBだけで三百を超えるが、それを直接統御しているのは軍隊。バリナとバリナへと至るまでの相手とは規模も質も違う。

「ラフィル」

「ラフィル・エル」

 朱翠と璃摩がほぼ同時にラフィルを呼び、呼ばれた方は右と左を交互に見て戸惑う。璃摩が一歩引いて朱翠を促す。

 朱翠は胸ポケットからカードを取り出し、二人に見せてこう言った。

「飛行系最速の魔法を頼む」



 バリナ-カスルバー間を駆け抜ける。

【これよりダブリンロードに入る】

【了解! シュトゥルム・ヴィント、砲撃モードでいくよ!】

【任せる】

 チャリオット上で、ネコのガントレットが変形。肘で風圧を発生させていた機関が拳にかぶる。

「ホークアイだ!」

 視力の強化を施す。

【エーテル・バレットモードOKだよ!】

【残量は?】

【アタシの魔力が尽きるまでさ! なあに、適度にレーションで補給はするさ!】

【……すまん】

【気にすんな。ゴールウェイに着いたら、ファーロスとアオギリぶん殴るよ!】

【そうだな】

 アリシアの言葉に、少しだけ楽を感じ、ネコも笑みを浮かべた。

【まもなく敵の最前防衛ラインと接触する】

【十三期生一の射撃の腕前って奴を見せてやんよ!】

 遠方にNBを確認。

 ガントレットが圧縮された魔力、魔弾を撃ち出し破壊する。立て続けに、アリシアの視界の敵が倒れていく。

 やがて魔弾の攻撃対象に、NB以外、生身の人間が含まれるようになる。

【敵さん、待ち構えてるよ!】

 報告通り、強化していないアリシアの視界でも、前方で陣形を敷いて待ち受けているのを確認する。視線の向こうで、砲撃が開始された。

 砲弾を避け、銃弾を避け、ひたすら進む。

【突っ込むぞ!】

【おうよ! ガトリングモードって奴を拝ませてやらあ!】

 スロットル全開。

 ネコが倒したNBを台にしてジャンプ。敵陣営の最前を飛び越して中間で着地。アクセルターンを繰り返し、魔弾を撒き散らす。

 ターンしながらも、カッスルバーの方角に展開する更なる陣営が見えている。敵に乱れなし。

 最前を殲滅。侵攻を再開する。

 ネコはレーションを取り出し、噛みもしないで飲み込んだ。

【こりゃあれだね。昨日のアオギリの撃破数超えちまうぜ】

 ネコの軽口が頼もしい。

【ブーストを使う】

【ぶっちぎっちまいな!】

 3カウント後、カスルバー市内までBCで突っ込み、鎮座していた鉄巨人に追突した。



 目の前が赤い。

 遠くで魔弾の射出音が聞こえている。

 最後に見たのは、鋼鉄の巨人。

 BCによって白金の牙と貸したバイクは、軽装型でも重装型でもない巨人の足を弾き飛ばした。宙に舞った鋼鉄の足を、バイクから放り出されながら見たことを、覚えている。

 でもそんなことはいい。全身が痛い。頭が重い。

【目を覚ましな! おい、アリシア!】

 地に落ちたインカムから、呼び声を聞く。

 閉じかけた目をうっすらと開ける。赤い視界の中で、ネコ・バーグシュタインが巨大な影を殴っていた。それには両足がある。自分が足をもいだのとは別物。

(あんなものが複数体いるのか)

 起きなければ。起きて加勢しなければとは思うのだが、指が動かない。足が動かない。

 徐々に視界が暗くなる。

 消えていく。身体を動かそうとする意識が消えていく。

(風?)

 ネコの暴風だろうか。それにしては柔らかい。

 風の後、白い羽毛を見た気がして、アリシアは意識を手放した。



「焔華」

 アリシアを呼んだ直後、巨人の振り下ろしを防ごうと腕をクロスしたネコは、その声を聞いた。

 巨人が腕を空振る。否、打ち下ろした拳。肘から拳にかけてが宙を舞っていた。ネコの目前に焼き切ったような断面があった。

 そして、学院の制服、群青の背中が振ってきた。

 チンッと金属音。

「翠凰術式三の太刀……風華」

 背中の持ち主は抜刀。鞘と刃から生み出された風刃が鋼鉄の足を切断する。

 巨人が背中から倒れ、地響きが上がる。

「斉射」

【ラジャった!】

 空から、無数の光の矢が降り注ぐ。

 巨人から向こう、カスルバーの四方の一角で悲鳴と断末魔が沸き起こる。所々でハリネズミとなった兵達が動かなくなっていく。

 その手前で、藻掻いて起き上がろうとした巨人は腹部に刀を突き立てられて動かなくなる。

「有人」

【じゃ、おなか射貫くよ!】

 背中の持ち主、マスクで口元を隠した後輩、朱翠はネコを振り返る。

「弱点は腹にいる」

 返事もなく自分を見つめるネコに、朱翠は首をかしげる。

「……死体?」

「生きてる……ああ、生きてるよ!」

 コクリと頷かれた。

 再び、金属音を立てて納刀。

「残り三体」

 朱翠の向いた先で巨人が一体腹を極太の一閃で撃ち抜かれて膝から崩れ落ちた。

「二体だった」

「になった!」

 コクリと頷く。

 残った二体に向かい、朱翠とネコは分散して排除する。

 巨人の拳を避けて腹に刀を突き立てる。

 巨人の拳を受け流してガントレットを打ち込み、内側に魔弾を乱射する。

 その間も矢の雨は続き、更に、最大戦力だったらしい巨人を排除され恐慌状態になった軍の大半が投降してくる。

 武装解除して王立劇場に放り込んでおくが、そこら中の建物に投降していない兵がいる。まだ油断は出来ない。少なくとも、後衛の後輩達が辿り着くまで気は抜けない。

 王立劇場のロビーでは、寝かされたアリシアの前でラフィルが聖歌を歌い、朱翠とネコが入口を護る。

 璃摩はどこぞの高いところにいるらしいが、詳細までは分からない。

「よくファーロスが先行を許したね」

 遮蔽物の陰でネコは言うが、朱翠は首を振った。

 胸ポケットから翠凰の説明書を出しネコに渡す。

「裏の下」

 言葉通り裏返し下段を見る。


――途中、梧桐秋は必ず班を離れる。その際はアリシアを頼む。 by.S.A.H


「あの天幻学者、アオギリを理解しすぎだろ」

 ネコは呆れた。

「間に合わなかった」

【ブースト速すぎ】

 朱翠の後悔とインカムからの璃摩の文句がほぼ同時に聞こえた。



 三十分ほどして中衛以降がカスルバーに到着し、町の制圧を開始する。

「捕虜はこちらで回収します」

 十四期生に王立劇場の軍人達を引き渡し、到着した治癒班が聖歌中のラフィルのサポートに入る。

 そこに第二班でオリヴィエに従う十三期生ハイエンドの生徒がやってくる。

「おいサカキ班! お前ら、何勝手に行動してんだ! さっさと第二班に戻れ!」

 朱翠は首を振り、ネコは渡されたコップをひしゃげさせた。

「遊撃班」

「んな最初の命令なんかとっくに終わってんだよ!」

 朱翠はネコに顔を向けた。対してネコは肩をすくめる。

 再度第二班に顔を向け、やはり首を振った。

「命令系統が乱立するならば、俺の従うべきはただ一人。少なくとも、オリヴィエ・ファーロスではない」

「はあ? おいおい、後輩が何言っ」

【観測班聞こえてます?】

 全員のインカムに向けて璃摩の間の抜けた声が入る。

【準備出来た?】

 アルマの返事が流れる。

【ばっちしっす】

【んじゃ、やっちゃって】

【ラジャったっす】



 観測班のアルマ・ラインハルトに返事をした璃摩は、ホテルの最上階で銀の髪を風になびかせていた。

 左に握るのは、三日月を彷彿とさせる銀の弓。右で番えるのは淡い銀光放つ光の矢。

 青い目が見据える先には、峠の向こうに現れた巨人の姿。その腹に狙いを定める。

(第二班の仕事、いただくよ)

 璃摩は薄く笑い、銀を放った。

 視線の先で、巨人が崩れ落ち疲れ果てていたらしい兵隊達がパニックに陥るのを確認する。

 続けて現れた巨人を二体、三体と狙い撃っていく。

「いいですよ」

 観測班への合図。

 そして放たれるのは、軍回線へのカスルバー陥落と降伏勧告。

 視線の先で、多くの軍人達がその場で立ち尽くすのを見た。

 元々の駐屯場所でよほどの恐怖でも味わったのか、精も根も尽き果てた感じである。

 璃摩はインカムを外し、髪を戻して伸びをする。

「ん……と、先輩にどんなご褒美ねだろっかな」

 実に楽しげに笑うのであった。

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