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LR  作者: 闇戸
二章
24/112

消火ルート

「燃えてるな」

「うん、見事に」

 ウォーターフォールドに到着し、北の空を見上げてのヒザキ兄妹の言葉である。

 セレスがその場に座り地図を取り出し広げる。

 三人は地図を囲む。

 地図には、学院を出発する時点での火災場所が赤ペンで囲んであった。

「判明しているのは、妖精宮殿のあるアスローンに、非常に強い火の魔力があること。キルケニーから西が燃え広がっていること。だな」

 セイジの言葉にセツナとセレスが頷く。

「ともかく、火を消す前に水路を構築しよう。

 セレス、どういう水路ならこの一帯を沈められる?」

 セイジはセレスが指差す箇所に、赤ペンで線を追加していく。

「ふむふむ。キルケニーからリムリック一帯はダーグから繋ぐのね。これだと、カシェルまで行く必要があるか」

 セツナはそう言って北西に顔を向ける。黒煙に吐息。

「道空けて」

 腕を組んで溜息混じりのその言葉にセイジは「そのつもりだ」と答えて立ち上がる。

「先にダーグ湖へ行く」

「準備が出来たらキオーンを寄越す」

「待とう」

 セレスは一人、先に行く。

「俺達も行くぞ」

「こっちの準備はOKよ」

 ヒザキ兄妹もまた、進路を北西に向けて移動を開始した。



 アスローン以南は街道だろうが町村だろうが、そのすべてが森に覆われている。森に浸食されていた。

 言葉を理解し伝える生きた木……霊樹達が、繁殖を続ける土地である。

 それが、燃えていた。

 所々から木々の悲鳴が聞こえてくる。

 セイジは燃え残る枝から枝へと移動しながら、火という火をマテリアルへと構成し続ける。両の手は常に赤光を湛え続けている。

「この炎、魔法だね」

「ああ。霊樹を対象にひたすら燃え広がる奴だな」

「狙いは呪いの排除、か」

 霊樹こそが、森に人を閉じ込める呪いを広げている原因である。これを排除すれば、人の手による制圧が可能になる。

 途中、逃げ惑う妖精達を見る。

 妖精の上に倒れる大木を赤光で処理していく。

「南に抜けろ! そっちまでは燃え広がってはいない!」

 大声を張り上げて逃げ場所を指示しながら進む。

「北には逃げないで! ほらそこ! お年寄りを担いで行きなさい!」

 ヒザキ兄妹は妖精達の間ではそこそこ顔が知られている。

 呼びかけに答え、妖精達が南へと向かっていく。

 カシェルへと到達する。そこは木々に覆われた町。

 セツナは一際高い家の屋上へと登り、家を覆う蔦を掴んで集中。

「よし、ここなら森に繋がってる。

 セイジ! すぐにでも始めるよ!」

「分かった。そっちの魔法終了後、水路予定以外の鎮火を行う」

 一度、両手の赤光を一体化させ、取り出した石に内包させる。赤い宝石と化したそれをしまい、グリフォン型幻獣、キオーンを呼んで空へと駆け上がる。

 近くに兄がいなくなったのを確認。

 蔦からここ一帯の大地にアクセスする。

 両拳の黄石と掌の種が強く輝き出す。やがて足場にする家の周囲の土と木々が盛り上がり、セツナを覆った。

(把握、解析完了。やりますか!)

「最初にカオスが生まれた」

 セツナの詠唱が開始される。拳の緑石、青石、赤石が次々に灯る。

「カオスから最初にガイア、エロス、タルタロスが生まれた」

 セイジは上空でセツナを中心とし、五種の魔力が周囲に伝搬するのを視る。その流れはまるで枝。キルケニーからリムリックを通る円状の巨大な方陣を形成している。

(霊樹を媒介して広げる、か。あれなら少ない魔力で広域をカバー出来る)

 セイジは方陣から外れる火災現場へと飛ぶ。水路外の火は細々と撤去しなくてはならない。

「カオスからはエレボスとニュクスが生まれ」

 方陣の内側に燃える森が集められていく。

「両神交わりニュクスはヘメラとアイテルを生んだ」

 燃える森が沈下した。所々から根を引っ張り、木々を落とし、沈下地帯から伸びる道を作る。

「ここに大地の原初を仮想し、崩壊と再生を生みださん」

 拳のマテリアルが消えていく。

「アウターフィールド」

 それがこの魔法の名。領域限定の天地創造の模倣。

 名を告げて、両拳のマテリアルがすべて砕けるのを感じ、ぐったりと色気の欠片もなく、五体投地で寝そべった。

 使い切った。カラッケツである。

「あとはまかせたー。夕暮れまで休憩っ」

 聞こえたわけではないだろうが、言いたいことは言ったと盛大に溜息をついた。

 聞こえたわけではないが、セツナがいるであろう方角を向き「休んでよし」と兄は答えた。



 ダーグ湖の畔で微睡んでいたセレスの下に純白の鷲が舞い降りる。

 足に手紙をくくりつけている。

――隔離場所の消火はしたが、再燃の可能性が高い。頼んだ。

 セレスは手紙に対して頷くと、湖へと入り腰まで浸かる。鷲が飛び立った。

 ゆったりと、両手を開いて湖水をすくい上げる。

 目を閉じて、大きく静かに深呼吸。

 水が身体を登っていく。やがて水は覆い、重力に従い流れ落ちる。

 水の下から、流水の如き長い青髪を持つ青年が姿を現す。開かれた瞳は、金色。

 すくわれた水を弄ぶ。

 水が宙に浮かび、右手にまとわりつく。払わずそのまま右手を東に向かって伸ばす。

 まとわりつく水は蒼光に変わり、周囲の湖水を取り込み輝きを増していく。

 直視出来ないまでの輝きになる。

「デ……リュージ」

 呟き。

 蒼光が右手から勢いよく放たれた。蒼光は濁流となって森を浸食しだす。

 右手を右に左に動かし、濁流の進む先を操作する。

 濁流は、沈下した一帯に流れ込み、火をくずぶらせる木々を飲み込んでいく。

 木々を沈下先から出さず、水だけが根の作った水路を流れていく。

 青年は手を下ろし、吐息。あとは勢いに任せても問題ないということか。

 そのまま後ろに倒れ、湖面に浮かび目を閉じた。

 セイジがセツナを乗せてキオーンでやってくるまで、彼は湖水に浸かり続けていた。



 セイジ達はダーク湖の北に位置する、ポータムナ跡からアスローンを目指す。

 移動しながら、セツナと青年状態のセレスは、錠剤型の魔力補充食を口にする。

「これ、味とかつけられないの?」

「失敗した」

 セツナの問いに、セイジは即答。

「せめて柑橘系とか」

「失敗した」

 即答。

「補給剤に関してはそれ専門の研究機関があってもいいと思う」

「セレスにしてはいいこと言うじゃないの」

「補給剤に関しては、大中連の仙丹や神州の兵糧丸が優れている。出来るとすればそちらだろう」

 どちらもミスロジカルにいては無縁の代物である。

(ヒョウロウガン……そんなものまであるのか)

 神州の食文化恐るべし、とセイジは妙な誤解を受けるのであった。

 アスローンを見渡せる丘の上に出る。

 三人ともまずは無言。

「セレス、アレ、何だと思う?」

「見た目通り炎の巨人でいいのではないか?」

 セイジは目頭を押さえて揉む。

 神州で見た鋼鉄の巨人の強化版にしか見えない。

 関節や口から炎が吹き出している巨人が、かつてアスローンと呼ばれていた町に鎮座する大樹の前で仁王立ちしている。

 あの大樹こそが妖精宮殿。この地の幻獣を治める妖精王と妖精女王がいるはずの場所である。

 大樹の周りには霊樹をはじめとする木々の姿はなく、クレーターと炭化した木々の残骸が転がるのみである。

 仁王立ちの巨人は巨大な槍を携えている。

「熱そうな巨人が更に槍とか、いつでも必殺気分なのね」

「というか、量産されてるのか。またあのとんでもない砲撃してくるんじゃないだろうな」

「どゆこと?」

 セイジは二人に神州で戦った巨人のことを話す。神魂砲という兵器は要注意だとも。

「この距離では分かりにくいが、あの巨人に神魂が入っていることを確認次第、砲塔の破壊をするのがいいか。なんの手段を用いたんだ?」

「ガーランドのオーバーリミットで動きを止め、カカセオでトドメだな」

「今日も神剣は使えそうか?」

「それ自体は問題ないが、どうもあいつ引っかかるんだ。なんとかして宮殿に入れればいいんだが……」

「最良は、宮殿にホリンがいるかどうかだ」

 第一に消火、第二にホリンとの合流。

 ホリンは、アメリカ軍の襲撃時、妖精宮殿でのクエストを遂行中だったはずである。運の話になってしまうが、運が良ければ宮殿で合流出来るはずである。

「セツナ、魔力は回復したか?」

「やってやれなくもない、かな」

 そう言って、拳のマテリアルを復活させる。

 兄妹は揃って西の空を見上げる。

「最悪、亜神化で無理矢理回復させるしかないか。セツナは時間以外で亜神化出来るのか?」

「そうねえ。私はいつでも美しいから美神の娘としては常に亜神化状態よ?」

「そうな。それだったら俺も亜神化しとるわ。外見の話じゃない」

「冗談よ。感情面における亜神化なら……」

 セツナはセイジを見つめて……吐息。

「今は無理」

「今はの意味が分からんが、亜神化を使っての戦闘は長引けないというわけだな」

 急ぐか、と三人は丘を駆け下りた。



 クレーターに足を踏み入れた途端、巨人は動き出した。

 槍を、構える。

「何?」

「え、あれって」

「セイジの嫌な予感とはこれか」

 巨人の構えを、三人は知っている。

 セイジはコートからミネラルウォーターのボトルを出してセレスに投げる。セレスは左で受け取り蓋を開けて右手にかける。

 次の瞬間、水は龍紋の棍へと変貌した。

 散開。

 セツナはセイジの背後、三歩下がった位置で追従する。

 巨人と距離を取りながら、三人共巨人の魔力を視る。胸の辺りに虹色の魔力、神魂の輝きがあり、その魔力は紛れもなく。

「ホリンの、神魂だと?!」

 ここでセツナは妖精宮殿の入口に存在を見つける。

「セイジ! あれ!」

 示した場所には、ホリンが宮殿の入口に槍でかんぬきをかけ、自分の身体で封じるかのように仁王立ちのまま項垂れていた。足下に神州で見た神魂を巨人に流し込む箱が転がっていた。

 宮殿の奥に、複数の幻獣の反応がある。

「自分を壁にしたのか」

【だがまだ死んではいない】

 インカムからセレスの声が聞こえる。

 そう、ホリンからはまだ魔力……生命力が放出されている。

【ホリンはライナー。リンカーとは神魂を抽出された際の結果が異なっているんだろう】

「だが、それも長くは持たない。あれはおそらく、気力で生きてるに過ぎない」

【我々がやるべき行動は決まっている】

 セレスが巨人の槍を受け流している。攻撃に躊躇が見られる。

「ここで、瀕死の仲間を見捨てるという選択肢は存在しない」

「どうするの?」

「巨人を黙らせ、尚且つ、ホリンの神魂を取り戻す。まずは宮殿の安全を確保する。セツナ、セレスのサポートにまわれ」

「オッケ」

 セイジはセツナと別れ、宮殿に向かって走り出す。右に琥珀の長剣を構成し、走りながら地面に剣線を刻んでいく。

 セツナは巨人の行動を把握する。

(関節の炎がブーストの役割を持ち、巨人の行動を加速させている?)

「セレス! 合わせて!」

【了解】

 セレスと巨人を挟んで対角線上に立ち、パンッと両手を合わせる。

「四大の一、ウンディーネ」

 離した掌の間に蒼光が宿り、拳の青石が砕ける。

「その身を雪に換え我が敵の動きを凍らせよ――フリージング」

 蒼光は冷気となって巨人を背後から襲う。

 セレスは巨人の槍に棍を絡め、関節を曲げさせて、炎をより大きくさせる。火が噴いた。と同時に冷気と触れる。

 セツナはその場にうずくまった。


 ドンッ!


 爆発音。

 セレスは目を反らさず、爆発の直後に棍を捻り、巨人の腕をもぎ取り捨てた。

「さすが!」

 捨てる動作の流れで巨人の足を払うが、巨人は爆発と腕がもがれた反動に身を任せ、槍をなぎ払う。

 セレスは思わずバックステップで避け、距離を取った。

【間違いなくホリンの動きだ】

【神魂の記憶をトレースしてるとでも言うの?】

【速い】

【腕がなくなったら肩からの噴射で速度上昇とか】

 セレスはガトリングのような突きをさばく。さばききる。今はまださばききれている。

 巨人の関節という関節、肩口から炎がジェット噴射のように断続的に吐き出されている。

【やりすぎで関節炎になって関節溶けるんじゃ】

【……ち】

【笑え! 笑いなさいよ!】

【準備は?】

【もう少し!】

 剣線を結び、戦場を振り返ったセイジは、セツナが水と風と火の魔力を練り合わせて魔法を構築しているのを見る。複数のマテリアルを公式で発動させ、魔法を形作る前段階で作り替えている。

(火を小さく、水を大きく、風でそれらに振動を? あの火は風の強化か?)

【出来た! ほらジャンプ!】

【分かっている!】

 セレスは突き出された槍を足場にして上に退避。

 セツナは作り上げた魔力の塊を巨人の足下に投げつけた。

【アブソリュート・ゼロ!】

 着弾。閃光が辺りを包み込む。

 突風と刺すような冷気が閃光と共に襲いかかってくる。

【四大の一、シルフ。我が意に沿え】

 突風が外ではなく内に向かって収束。冷気を拡散させず、風の結界の中に閉じ込めたまま巨人を覆った。

 突風が消え無風となった場に、氷の彫像が出現する。

 降ってきたセレスが彫像の残った腕と両足を砕き、距離を取る。

 彫像の中に魔力は健在。腕と足を失った付け根から湯気が噴出する。

 セイジは大樹に向き直る。

 剣線の手前に両手を置く。

「ワールドプレーン解析開始」

 大樹を中心にアスローン全体の情報が脳に直接送られてくる。

「詳細把握――ねじれ矯正……終了――断界開始」

 剣線から琥珀の光が出現。大樹を囲み地から空に向かって光が強くなっていく。

【もう溶けた?!】

【ホリン同様生き汚いということだ】

【こいつ、神魂あるかぎり止まらないってこと?】

 背後、巨人から魔力の増大を感じる。

「処置終了」

 イメージするのは断層のズレ。

「プレーン・シフト!」

 琥珀の剣線に魔力を流し込み、叫ぶ。

 剣線の内側の世界が歪み、蜃気楼のように朧になる。

(時間がかかりすぎる。更なる短縮を編み出さなければ)

 立ち上がり西の空を見れば、ようやく姿を現した星があった。



 セツナの傍らに来れば、巨人の異常に気づく。

「炎で手足を生み出している、だと?」

 巨人を視る。中には炎と神魂の反応しかない。否、違う。

「この炎、神魂だ」

【神魂が二つ存在している?】

「いや、炎そのものが超越者だ!」

 爆発。

 鋼鉄の胴と頭を自ら脱いだ炎の巨人が立ち上がる。

 爆風で炎が撒き散らされ、クレーターの外の森が燃え出す。

「――――! ――――――!! ――――――――――――!」

 聞き取れない叫び。雄叫びだ。

「二段構えってわけね」

 鋼鉄の巨人であればホリンの神魂を使い、鋼鉄の鎧が意味をなさなくなれば、炎の巨人が目を覚ます。

 しかしセイジは、炎の巨人とその神魂を視て、違和感を感じる。

(こいつ、誰かに似ている? 甕星時代の……なんだ?)

「ともあれ、亜神化しよ」

「そうだな」

「「mode QuasiDeity」」

 兄妹が共に黄金の燐光に包まれた。

 セイジは左に白金のガントレットを出現させる。

 セツナに溢れた魔力に呼応するように、消費されたマテリアルが拳に復活する。

【倒す算段はあるのか?】

「奴が超越者ならば、どのような姿でも精神が存在する。俺達の中で精神への攻撃手段があるのはセレスだけだが」

【短時間であれば、可能だ】

 攻撃手段の確約は取れた。

「問題はホリンね」

 妹の言葉に頷く。

「神魂もある意味、魔力の塊。奴と分離出来さえすれば」

 ロート・ラヴィーネによる転生狩り。方法は知らないが、器が確実に死ぬ方法など神魂が無事とは思えない。これは考えと選択肢に入れるだけ無駄だ。

「神魂のマテリアル化?」

「降神器作成の方法か!」

 セツナの呟きを拾い、方法を一つ見つける。

 超越者を器に入れるには、前段階として神魂を宿らせる核を作らなければならない。

(マテリアル化した神魂を、あの箱を使ってホリンに挿入させる)

 今取れる方法はそれくらいしかない。模索の時間はない。

「ホリンの身体が消える前に決着を!」

「何をやるの?」

「ホリンの神魂に直接触れてマテリアル化を行う」

 ホリンの神魂は炎の巨人の胎内。炎の壁の向こうにある。

「また、あんたは、無茶苦茶な」

「無茶を無難に変えるのはタイミング次第だ」

 ガントレットをオーバーガード化させ、右手で蒼光を生み出し握りつぶす。拳が凍結した。

「俺が奴と殴り合う。セレス!」

【了解。気をしっかりもて】

「セツナ、アブソリュート・ゼロをもう一度使え!」

「しっかり耐えなさいよ!」

 指示終了。

 セイジは炎の巨人の眼前に立って身構えた。



 セレスは棍を水に戻して飲み込み、右手で自らの左肩を抱く。

「龍体顕現」

 言葉。宣言。

 その身が一瞬無数の水滴に変化したかと思うと、セレスの立っていた場所から青鱗の龍が出現し、空を駆け上がる。

 龍は雲を足場に天を駆け、雨雲を寄せ集める。かき集める。

 眼下では、炎の巨人とセイジが殴り合っている。

 巨人の槍は炎に耐えきれず融解し、巨人もまた拳を叩きつけてくる。神州の巨人と違って機敏。ホリンの神魂の影響を少なからず受けているようだ。

 後のことを考えて剣は使えない。ただ拳で、殴り合う。

 たとえコートに耐熱耐火の魔法がかけてあっても、ここまでの熱を完全には防げない。コートが白から焦げて黒くなりつつある。

 防御を無視した殴り合い。否、亜神化の魔力をすべて防御にまわし、拳を炎に叩きつける。

 セイジの拳は巨人を突き上げ、巨人の拳はセイジをひしゃげる。

 凍結させた右手は既に火傷で爛れ、だが霧散する水の魔力を微々に繋げて凍結を繰り返す。

【こっちはいつでもいけるよ!】

 妹の準備完了を聞く。

 雨がザッと降ってきた。

 セイジと巨人の周囲は一瞬で蒸発したが、外はその恩恵を受ける。

 土砂降りはやがてクレーターに雨水を溜める。

 雨水は沸騰し蒸発していき、セイジは周囲を水蒸気で覆われだす。

 水蒸気を媒介にして巨人に接触し巨人の炎をマテリアルとして奪いだす。足下に、赤く輝く宝石が落ちていく。

 雨が更に強くなる。

 やがて、セイジに雨が届いた。

 準備が整った。

「セレス!」

 天空で山鳴りとも地鳴りとも思えるような、すさまじい鳴き声が響き渡り、それはまっすぐに巨人へと叩きつけられた。

 巨人の動きが止まった。

「アブソリュート・ゼロ! ストームバースト!」

 巨人を中心に凍結の空間が広がり風に閉じ込められる。

 巨人の炎が凍りだすが、凍ったり溶けたりを繰り返す。

 セツナは更に二個、三個とアブソリュート・ゼロを風の結界の中に放り込む。冷気の爆発した領域の魔力を更に遠隔操作で練り上げる。


冷結(れいけつ)の絶対領域生成完了! 超凍結魔法、名前はまだない!!」


 クレーターの中の時間そのものが凍結。一人を除いて。

 下半身と左半身を凍結させたセイジは、指に琥珀の水晶を挟み、凍った巨人の左胸に水晶を叩きつけ指で水晶を弾いた。

 水晶は砕け円を生み出し、セイジは円に右腕を突き入れる。円の先に虹色に輝く光があった。

「クリエイト・マテリアル」

 琥珀を基点にして、全力で神魂をマテリアル化する。

【急げ!】

「分かってる」

 口では答えられても細心の注意で構成を続ける。

 五分、十分と感じるが実際には三分と経っていない。

 巨人の氷が溶け始める。ヒビが入る。

(あと少し)

 バリッと音がしたかと思うと、左半身を凍ったままの巨人の腕に掴まれた。凍結で感覚がないのが救いである。

 マテリアル化完了。

 掴んで巨人の胸から腕を出すのと、巨人の全身の氷が割れ、再び燃え出すのは、ほぼ同時。

 炎はまだ完全には蘇っていないが、セイジの凍結を解凍することは出来ている。

 セイジには既に黄金の燐光がない。それは魔力による防御がないということ。

 防げない。それはつまり、痛みの復活。

「ぐああああああああああああああああああああああ」

 ミシミシと骨が悲鳴を上げている。既に左の手足は骨が砕け、巨人に立たされているにすぎない。

 ここで意識を失うわけにはいかない。まだ終わってなどいないのだ。

【これで、ラスト!】

 セツナの本日最後の魔力で生み出された凍結魔法。炎はまだ復活していない。それが救いとなった。

 巨人の身体が再度氷に包まれる。だが、セイジを掴む腕の力は健在。

 さすがに意識を失いそうになった時、眼前で巨人が細かい氷の欠片となって四散。否、粉砕された。

 巨大な青鱗の尾が巨人を叩き潰していた。

 衝撃で飛ばされ、倒れそうになるが、巨人を叩き潰した龍は人の姿に変わり、セイジの身体を支えた。

「いいタイミングだった」

「帰ったら飯だ」

「おやすいご用だ」

 セイジはセレスに肩を貸され、クレーターから脱出するのであった。



 プレーン・シフトを解除し、ホリンに箱のコードを繋げ(口に入れて)マテリアルを筒に入れ挿入した結果、ホリンは目を覚ました。

 代わりに、セイジが意識を失った。セツナは最後の凍結魔法を使った時点で気絶。

 周囲の森の火はセレスの呼び起こした豪雨によって広がる前に鎮火されていた。

 大樹から多数の妖精達が出てきた。

 彼らはセイジとセツナを担架に乗せて大樹へと連れて行く。ホリンとセレスが彼らについて大樹に消える。

 この光景を、大樹から離れた木の先端に立つ怪人が眺めていた。

「神魂……再移動……可能」

 銀刺繍の黒いローブを身につけ、顔をベネチアンマスクで覆った怪人はそれだけ呟いて、姿を消した。



 セイジが目を覚ますと、そこには端整な顔立ちで肌の白い少年と見間違えそうな小柄な男が豪華な服を着て立っていた。

「オベロン?」

「気づいたか。いやまだ起きるべきではない」

 身を起こそうとして生じた痛みに顔を顰めた。

「霊薬で骨は復活させたが、まだしばらく痛みは続く」

 再び身を寝かす。

「王様、無事だったか」

「今この宮殿で、そなたより重症な者はいない」

 答を聞いて吐息。

「よかった」

 本心である。

「宮殿の主である我と我が妻、我が臣下、そして我らが騎士クー・フーリン殿を救っていただき、感謝するぞ」

「ここを助けるのは仕事だし、ホリンは友人だ。他の何を見捨てても友人は助ける。助けたことで礼を言われることでもない。こちらこそ、治療を感謝する」

 まあ、と付け足す。

「この妖精王国の皆も、俺にとっては友人に違いはない」

「そうであるな」

 オベロン王は満足そうに笑んだ。

 オベロン王が言うには、突然空から降ってきた鎧達に多くの妖精が、妖精を餌にホリンが捕まり、ホリンの最後の指示で皆が宮殿に逃げ込んだのだという。

 復活したホリンの報告によれば、捕まった妖精は空挺によって西に運ばれたようだ。

「俺、どんくらい寝てた?」

「さて。日付は変わっておらんが」

 ふむ、と寝たまま頷く。

「この地の神々を動かすことは出来ないかな?」

「多くはこの地におらんぞ」

「妹が、セツナがかつて、マナナン・マクリルに会ったことがあるらしい」

「マナナン・マクリル……ティル・ナ・ノーグの王、か」

 十年ぐらい前の話。

 司について小ブリテンを訪れた際、セツナはコリブ湖に落ち、マナナン・マクリルと名乗る男に助けられたのだという。

「ティル・ナ・ノーグはこの地に点在する湖から行ける鏡面の世界。

 マナナン・マクリルは彼の世界に籠もったまま出てこない。転生すらしないと聞く」

「湖からというと、北のリー湖からも?」

「うむ」

「統治する世界のある神が、自分の世界が侵略されるのを黙って見ているはずもない。神は自分の世界に関しては、どうしようもなく貪欲だからな」

「ティル・ナ・ノーグも侵略されるか」

「妖精を連れ去ったということは、奴らの目的は幻獣だ。いずれ、より幻獣の多い世界を求める可能性は極めて高い。

 こっちの妖精王国は向こうとは交流ないのかな?」

「向こう出身の者が大半だ。行き来も出来れば、交流もある。

 こちらとしても今回の件を向こうに教える必要もある。早急に使者を立てよう」

 忙しくなると肩をすくめたオベロン王は、控えていた家臣団を連れて病室を出て行った。

 一人残され、首を巡らせコートを探せば、壁に掛けてあった。

(届かないな)

 棒はないかと探してみるものの、都合良くは落ちていない。

 コートのポケットに痛み止めを常備してある。骨が繋がっているなら、それでなんとか動けるはずである。

 寝ているベッドは床に固定されているため、ベッドごと移動することは出来ない。

(そうだ! ナースを呼ぼう!)

 天啓。

 枕元に何かないかとゴソゴソやれば、手振りのベル。とりあえず振ってみた。

「ご用~?」

 入ってきたのは身の丈10センチくらいの妖精。看護婦さんの格好をしている。

 コートの中の薬を頼めば、快く持ってきてくれたのだが。

「違う」

「これ~?」

「左のポケット」

「これ~? おいしそ~」

「ああ、それ……って、コンペートー!」

 生菓子を作る課程で作っておいたコッソリ用。存在を知るのはラフィルと朱翠くらいだ。

「おいし~」

「そうな。確かにおいしいよ」

 薬探し再開。

 セイジが目的の薬を手にしたのは三十分後のことである。

 薬は即効性。すぐに左手足を動かして起き上がる。

「いい?」

 妖精が金平糖の入った5センチほどの瓶を抱えてきた。

「報酬な」

「うん~」

 満面な笑みを浮かべ、病室から飛んでいった。

 煤けた服に着替えて宮殿を歩けば、吹き抜けで壁に寄りかかったホリンと出くわした。

 互いに「よう」と挨拶。しばらく無言。

「助かった」

「次はホリンの番だな」

「急いだ方がいいか?」

「俺の予想通りなら、シュウが使い物にならなくなる」

「今回の件はある意味機会か。

 分かった。俺もティル・ナ・ノーグへ行くとしよう」

「ゴールウェイで合流な」

「了解だ。お前の予想通りだったら、とりあえずシュウは殴るとしよう」

「当然だ」

 互いに手を挙げて、吹き抜けを上と下に進んで別れた。

 ホリンは宮殿を出たところで、セレスに遭遇する。

「ガーデンにいる間はその姿なのか?」

 青年のままのセレスはホリンに気がついて顔を向ける。

 一度頷き、また前を向く。何を見ているのかと思えば、炎の巨人と戦ったクレーターだ。

「ヒザキ妹と組むのは二年ぶりだが、あれはすごいな」

 素直な感心。

「複数の系統を同時に使い分けるからな、あいつ。即興で魔法構築するし。

 ガキの頃にあいつを第二のツカサと評した奴の先見に感服するぜ」

「学院長か?」

「至源の徒だな。今はアルマの姉の同僚……アルマの姉も至源の徒だったな、そういや」

 至源の称号を持つ日崎司が各系統を専門的に教え込んだ直弟子四人を指して、至源の徒と呼ぶ。

「至源の徒を軍人として二人も持つドイツか。敵対国にはたまらないな」

 セレスの言葉にホリンは「まったくだ」と肩をすくめた。

「じゃあ、俺はそろそろ行かせてもらう。ゴールウェイで会おうぜ」

「うむ。何をしに行くかは知らないが、成功を祈る」

 ホリンは雨の中、北へ向かって走っていった。

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