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LR  作者: 闇戸
六章
110/112

I'm not

「これで終わっ」


 ゴツッ


 盛大な打撃音が響いた。

 勢いよく跳ね起きたセイジと覗き込んで治療していた高音の額がぶつかった音である。


「「~~~~~」」


 揃って涙目。

 額を抑えながら、セイジは傍らに横たわる夏紀を見下ろした。

 数秒。そこで夏紀の状態を察する。

 そして、店内を見回して、一点で止まる。

「ルメイ」

 一言。そいつをそう呼んだ。

 流嶺は驚いた顔で両目を瞬かせてから、顔がパアッ明るくなり、尻尾が生えていたら全力で振っているような表情でテテテとセイジの前までやってきて跪いた。

 顔を上げ「おかえりなざっ」と言いかけたところで。


バッッッッチィィィィィィィィィィィィィンンンンンッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!


 盛大な破裂音が店内に響き渡った。

 流嶺の顔面。両頬を挟むようにセイジが両掌でぶっ叩いた音だった。それはもう全力で。

 高音の視界には流嶺の顔が)・3・(と潰れるのが入り込み、思わず背筋が凍る。いろんな意味で嫌な光景である。

 雛も澄も光貴さえもが、うわ、と首をすくめ、シラナミは一羽、羽繕いをした。

 両掌の中で流嶺がフルフルと震えるのを感じ、グイッと顔を近づけて両目を強く合わせる。

「何が言いたいか分かるな?」

「お、お館様を罠に……」


「ちーがーう↑ーだ↓ーろ↑ー」


 グニグニと流嶺の顔をこねるだけこねながらの否定。周りが「うわあ」とドン引きしてもおかまいなしである。

「一歩違えれば身内が死んでいた。そういう策はやめろと"前に"言ったよなあ?」

 そう言って手を離すと、流嶺はその場に項垂れたが、"前"という単語に思わず頬がひくついた。

 次に高音を見る。

「ありがとう、ドクター…………何故涙ぐむ」

 セイジの顔を近くで見た高音は今更ながらにウッと涙ぐんでいた。ずっと会いたかった相手だった。

「――――九曜頂に……やっと……、やっと会えた」

 セイジは一瞬ポカンと口を開けてから。

「なんと親戚か」

 コクコクと首肯が返ってきた。

「従姉の……御崎高音です」

 項垂れてなければ流嶺爆笑もののしおらしさを見せる高音。

「いとこ? あぁ、律の……、タカザネとタカツグ以外の四人の内の一人だな。

 なるほど、たかねえ、というのは君のことか」

「え律?」

「ん。イギリスで会ったぞ? 今後は俺とセツナについてくるそうだが」

「なん……だと……?」

 わなわなと。そして、セイジの手をガシッと掴んだ。

「自分も是非」

「いや、俺は別に構わないが」

 神州的に大丈夫か? と。

「俺の所属は神州ではないが……」

「そこは問題ない。私も別に神州という国に仕えているわけではないからな」

「そういうものか?」

「そういうものだ」

 セイジは項垂れている流嶺をピッと指差す。

「コレと仲良く出来るか?」

 高音は一瞬「くっ」と漏らすが。

「普段は別に仲が悪いわけでは…………あ、いや、その、努力する」

 悩むくらいには思うところはあるらしい。

 さて、とセイジは再度、夏紀を見下ろすと、その左肩に手を置いた。

「ふうん? 何かしらの原因で損傷した身体を魔鉱で塞いだ、か。うん――――良い判断だ」

 そう言ってから、自身の神気と夏紀の魔力を繋げる。

 脳裏に言葉ではなく、ある認識が浮かぶ。その認識に対して「そうなるな」と口にする。

「桐生夏紀は俺の眷属だ」

 ソレを言葉にした途端、高音は夏紀の魔力が正常に還るのを視た。たったそれだけで、夏紀が正常化したのである。それは驚く。

 くいっくいっと袖を引っ張られる。雛である。

「九曜頂……だよね?」

 どことなく不安そう。それもそうだ。なんというか、雰囲気が違うのである。

 澄はといえば「あれ? 前になんかチラッとキレ気味になった時と似てる?」と首を傾げている。

「いや?」


「「えっ?!」」


 雛と澄の驚きに、セイジは「あぁ」と付ける。

「この際言うが、この先、俺は神州の所属にはならんから、九曜頂を名乗る気はないぞ」

「な、なんでですか?」

「いやだって、九曜というのは、なんと言ったか、そう、神祇院だ。神祇院が上にくる組織だろう? あれは間違いなく中枢には天照の奴がいるからな。願い下げなんだよ、ホント。

 そう考えるとアレだな。ナイス俺。本能的に拒否ってくれたということだな。やりたいことに関しては追々詰めるが」

 天照マジ勘弁、と肩をすくめるセイジに、雛と澄は顔を見合わせる。そこに所属している光貴としても「分かる」となんとなく頷いてしまう。

「ええっと、師匠? 天照マジ勘弁って、それって、璃央も?」

「ん? 璃摩の姉か?」

 ふむ、と。

(あれは……、天照じゃない、よなあ? それとも"あの後"にああなったのか? あの後の記憶は俺にはないから判断のしようがないんだよな)

 甕星――――否、カガトの記憶にある天照はもっと傲慢だった。冷たくて容赦がない。カグヤと双子の姉とは思えないほど、中身が正反対。それとも、太陽と月だから正反対なのか。

 なんにしても、である。

「璃摩の奴だったら、"前の嫁さん"だから相手出来るけど、姉の方はアレだろ? どうなってるのか分からんが、ちょっとなぁ。近づきすぎたら、また頭の方弄くられそうだ」

 雛と澄は、これまでセイジと璃央のイチャイチャ(?)ぶりを見てきていただけにこれにはちょっと引いてしまう。どうしたのこの人? という感じ。

 と、いうか。

「前の……嫁?」

 その言葉に澄は引っかかりを覚える。

「天宮璃摩が、ですか?」

「うん」

 問いにコクンと首肯。

「正確には月読だな。その前はカグヤとも言った。別れた時は今の璃央みたいな外見だったが、今の姿も良しだ――――あ」

 セイジは唐突にハッと顔を上げる。頭を過ぎるのは、セイジが璃摩に合体云々と迫れた記憶である。

(いくら中身甕星だったからって、よく耐えられたな、俺。カガトだったら間違いなく手出してたぞ? まあ、これが甕星化の呪いだったんだろう。

 近かった連中に対する認識齟齬と天照以外への恋愛観の停止。いや阻止か? あとは神格そのものが違うから、カガトの記憶はなく記憶と神魂の両方に紐付けされた眷属との接続不良)

 そこまで考えて、あれ? と。

 この時代で、超越者が持つ超常は神魂のみで記憶もすべてそこにあると考えられている。しかし実際には違う。神魂とは力の源であり、そこに意識などを含めた神格が付随し、これらをまとめて神または英雄と位置づけることが出来る。故に、神州では荒魂和魂などという名前違いの同一神が存在している。神によっては神威変生という神格チェンジが出来るのもいるが、そんなのは一握りに過ぎない。霧崎勇、レアものである。

 で、何が疑問かと言えば。

(なんでセイジの18年間の記憶が俺にあるんだ?)

 甕星の神格にいっているはずだろ? と。

(これは……、誰かがナニカやったな。助かるが、誰だ?)

 後で考える問題が増えた。

 そして、セイジは鴉を見た。鴉もセイジを見る。しばらく無言で見つめ合う。

「あとどれくらいだ?」

「数日ですかな」

「そうか」

 そう交わし、数秒してから「――そうか」自分の言葉を噛みしめるようにもう一度口にし、深く吐息。

「それまでは」

 そう言って深く頭を垂れる鴉に「あぁ、頼む」とセイジは羽を撫でた。

 なんだろう? 妙にしんみりした一人と一羽に雛は首を傾げつつ「なんて呼べばいいですか?」と。

「呼び方? 名前でもいいし、コマ風に大将でもいいし、いやコマ言っても分からんな」

「私は師匠でいいんだよね?」

「澄はそのままでいいぞ」

「私もしばらくは九曜頂って呼ぶ」

 雛の宣言にセイジは「それでもいいや」と応じる。

「だって……、名前呼びとかちょっと恥ずかしいじゃないですか」

 ゴニョゴニョと雛の独り言には気づかず。

「では私も」

「高音は俺より年上だろ? じゃあ、セイジでいいぜ」

「ぇぇぇ?」

「律は俺を星司君と呼んでいたし」

「尻叩きだ」

「やめてやれよ」

 むう、と押し黙る高音。

「じゃ、じゃあ、私も星司君と呼ぼう」

「別にいいんだけどね?」

 呼び方の取り合いとかなんなの? と思いつつ。

「でさあ、ルメイ?」

 流嶺が顔を上げた。

「俺から弾いた甕星はどこ行った?」

「はい?」

 数回目を瞬かせ。

「消えたではなく、弾いた?」

 その答えに、一瞬、セイジは頭の中が真っ白となり、次いで「あー、ああ~、あー……あぁ」とセイジはその場にガクッと力尽きる。

(あいつ、肝心なこと教えてねえええええええ)

 戻る前、自分の神格に接触してきた古巣の仲間。それが介入したのは分かっている。

 手段は違うが目的は同じ。間違いなく式は同じ。ならば、弾いた神格を封印する器が必要になってくる。

 記憶にはセイジがかつて宿魂石というものを天宮璃央に渡したことがある。器に出来るとすれば……。

(甕星が天照の手に渡ったかもしれない)

 最悪である。

「ルメイ君。その……、変なとことちるとことか成長しようぜ?」

「なにかやっちゃってるっぽい!?」

「いや、いいよ、うん。引っぱたきたい奴いるけど、ちょっと遠いからさ?」

 主の様子に、シラナミは「くぁっ……」と何かを察し。

「あ、あの方もかなりおっちょこちょいなので」

「うん、知ってる。神様やる前から知ってる」

 流嶺は「何の話?」と一人と一羽を見る。正直、介入者と主の細かい関係は知らないのである。知っているのはシラナミやコマといった古参くらいらしい。

「あれだ。ラスボスは遅れてやってくる。そんな感じ」

 余計話が分からなくなった。



「さて、夏紀はどうするかな」

「なっちゃん、意識戻らないね」

「もう少し待ってやれ。悪戯するなら今がチャンスだが」

「しないよっ?! やったらやられるんだよ……」

「ふうん? 兄妹みたいだな。セツナはやってくる。アレは鬼だ。油性を使うからな」

 セイジの感想もあながち間違ってはいない。高音達、御崎家にしても桐生と水城はそういう関係として見ている。

「高音、雛と共に夏紀を任せてもいいか?」

「問題ない。以降の予定はキャンセルしてある」

「助かる。あとは……」

 光貴を見る。光貴は光貴で雛を載せた神紋の上に腰掛け、お手拭きを手ぬぐい代わりに休んでいる。それを澄が「おっさんだ」と眺めている。

「あ、僕はもうしばらくここで休むから気にしないで」

 手をヒラヒラと振って今後の予定を示してくる。

 この男は疲れていても、この場にいる自分以外の誰よりも強そうだな、と感想を抱きつつ頷きで応じる。

 シラナミは高音と残るらしい。契約者として離れるわけにはいかないと。

 澄は自分と共に御門行きだろう。

 で。

「ルメイ。お前の立場は何だ? 神州ではないな?」

「自分ですか」

 流嶺は食べた食器を片付けてきて、手を拭きながら近づいてきた。

「お館様と同じですよ?」

「なに?」「お、おやかたさまだとっ?!」

 流嶺の呼び方に、高音は流嶺を二度見したが、セイジと流嶺の会話は遮られることなく続く。

「財団。今はアルカナムですか」

「アルカナム……。そういうことなのか?」

 アルカナムが保有する異能者にサードアイという者がいる。国の意思決定に大きく関与し、ここと接触を得た者は己の行く道を知るという。

 かくいうセイジも就職面接の時に会っている。とはいえ、会ったのは巨大な棺桶のような機械であり、その奥にいたというだけで、顔を見たわけではないのだが。

「そういうことですかね」

 流嶺の答えに「なるほど」と。

「あ、でも、策自体は私と節制殿のところの助力で作っていて、サードアイの力はお館様がこの場所に立つタイミングだけです」

 サードアイが口を出したということは。

(俺が甕星ではなくなること自体が、魔女の掌ということだな)

 呆れたように「参ったね、どうも」と乾いた笑いを漏らした。

 頭を掻く。

(俺を知った上でのナンバーとか。あの魔女はどんだけ)

「――――面白いな、俺達の大将は」

 セイジの言葉に流嶺は「激しく同意」と応じた。

「お前どうすんの?」

「私はなんの戦力にもならない最弱眷属なんで、ここでおとなしくしますよ?」

「ここ? じゃあ、夏紀と雛にはちゃんと謝っておけ」

「そこはもうしっかりと。あ、いざとなったら」

 流嶺は自分の額をコツコツと叩く。

「ちゃんと開いてくださいね」

「わぁかってらぁ」

 よっこらせと背筋を伸ばす。軽く準備運動をこなし。

「じゃあ、行くか」

 澄を促す。

「いいんですか?」

「問題はなくなったからな。じゃ、行ってくる」

 セイジは澄を連れて、店を出て行った。




 しばらく歩いていると、澄がセイジを見ながら歩いていることに気づく。

「――――ん、なんだ?」

「あ、いや。なんか話し方とか違和感が~」

「話し方~? 本来の神格に多少は引っ張られているが、学院だと大体こんな感じだぞ? まあ、多少ぶっきらぼうにした方が下へは威厳が、とは秋の発案なんだが」

「兄のこと殴っていいですよ」

「いきなりなんだよ。梧桐ファミリー怖いな」

「いやあ、今の方が好みだなあと」

「えそうなのか? いやしかし、俺には琴葉という心に決めた……、何言わせるんだ」

「……本当に璃央じゃないんですね」

「違うな。

 甕星には厄介な呪いがあってな。呪いをかけた奴以外に心を寄せる機微を破壊してしまうらしい。俺が愛の女神を親に持っていなかったら、間違いなく、琴葉に対する感情なんてなかったぞ。

 結構辛かった。なんかよく分からん理由を付けて感情の否定とかしていたしな」

「や、でも、今の璃央の姿って、前の奥さんの姿なんですよね?」

 吐息。

「あのなあ、澄」

 と、前置いて。

「外見なんぞどうでもいい問題だぞ? 俺がカグヤを妻にしたのは、それなりに長い付き合いがあったのと、あいつが俺の理解者だったからだ。

 澄だって、ただの知り合いよりも、自分の理解者に対してこそ好感を抱くだろ?」

「理解者……」

 澄の頭に浮かぶのは一人の少年。今更感情を抱いたところでだが。

「…………そうですね。ソコは確かにそうです」

「璃央というか、あいつの前はそういうじゃないんだ。あいつは俺をどう理解したか知らんが、俺はあいつを理解しようとは思わんね。幻霊なんぞと組んだ奴をどう理解しろというんだ」

「幻霊?」

「あー……、こっちの方じゃ稀人? いや今だとduxだっけ? まあいいや。言ってしまえば、俺の敵と組んでいた。つまり、敵対勢力ってことだ。どういうものかと説明がしづらい相手だが」

「敵だったんですか?! あ、でも、悪神って言われてますもんね」

「悪神とか呼ぶくらいの敵対関係だからな。あるわけないだろ、恋愛感情」

 確かに、としか言えない。

「璃央は神魂の封印措置を受けているはずなので……」

「ソレを受けているはずの璃摩は神化しているが」

「あ、はい。そうでした」

「甕星としての記憶がない以上、俺は俺の判断として天照を警戒対象とする以外はない。腫れ物だぞ、完全に」

 なるほどなー、と澄は腕を組む。

 前の記憶が存在していれば、間違いなく、天照と甕星が好感を持って並ぶなどあり得ない。神魂の封印措置を受けた璃央であれば、セイジの外見等に惹かれたと言えなくもないが、セイジは神化も可能なつまりは封印措置など受けていない前有りである。自らを悪神認定した相手に好感など持つはずがない。

 つまり、この一年ほど見ていた璃央に対するセイジがおかしく、今が正常ということか。

「謎が深まる」

「確かに謎だがな」

(謎と言えば)

 ふ、と思い出す。

 かつて九曜頂の座を継承しに神州へと来た時、天宮璃央の誘拐事件に直面し、本人を助けたという記憶があるのだが。

(さすがに幼すぎなくなかったか?)

 今思えば、である。当時の璃央は8歳くらいだったか。

(天宮璃央、何かあるな)

 そんな疑問を抱いた。

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