思惑
「お前、九曜頂に対して何をやっているんだ! 腹を切れ!」
「おっかないことを言うなよ、高音。私としてもこの人のためのことをやっているんだ」
「どこがだ?! 大体、魔法も使えないお前がどうやってこんなことを」
「源理だけが魔法じゃないことくらい、高音だって知ってるだろ? そっちが使う医術だって源理のどの魔法でもないじゃないか」
源理によって相手の魔力を探るとかはするが、実際に治療法で使用する技術は源理の枠ではない。魔力だろうが、神気だろうが、対象の呼称などに関係なく、すべてに触れて正常化させる技術。魔力に触れることを構想魔法だと理由づけることをしているが、この技術が構想魔法ではない、と本人だからこそ知っている。
「シラナミの力というより、サクの力に近いかな?」
流嶺は白波へと語りかけ、白波は「そうだな」と首肯で応じる。
「ま、誇っていいんじゃないかな? 生まれながらにして、この人に選ばれるべくしてって力なんだからさ」
もっとも、と。
「完全覚醒なんてしていたら、この人の知覚には引っかからなくなるだけどさ。今のままじゃ」
「本当に、何を言っているんだ? 変な本の読み過ぎでイカレ過ぎたか?」
「いいけどさ、それでも。まあ、高音がやることに変わりはない。さ、この人のこと治してくれよ」
高音と流嶺のやりとりに、そういえば、と澄は気づく。
(師匠、こっちの人のこと、見えてなかったような……。てか、なんか悲しそう?)
首を傾げる。
「この人が治らないと、夏紀だってこのままだし」
「どういうことだ?」
「簡単に言えば、この人の力が強すぎる。しかも無自覚になっているから、新しく空いた穴に力を垂れ流している、と言えばいいか」
「自覚化を促し、制御してもらう?」
「そんなところだ」
どうしてそんなことを自分の姉妹が知っているのか。高音の力のこともだ。
視界で、白波が「簡単にしすぎだろう」と流嶺につっこんでいるのが見える。
(白波にナニカ教わったのか?)
そんな疑問も浮かぶが、白波が流嶺と共にいるところなど見たことがない。
「まあいい。後でちゃんと詳細を吐けよ?」
「教えてくれではなく、吐けときたぞ? この医者」
「力尽くで吐かせる。異論は求めない」
流嶺は白波を振り返って助けを求めるも、白波は毛繕いで無視を決め込む。
「で、視たところ精神と保有魔力を繋げれば良いだけのように思える」
「ああ、うん。高音ならそれほど時間はいらないだろう?」
「もちろんだが」
高音は考える。
(状態は失神に近い。構想のマインド・デス? にしては、ずいぶん綺麗に分かれている)
高音の記憶では、相手を失神させる魔法は精神と魔力を繋ぐ経路を一時的に破壊する。そうなった状態では、破壊された経路が散り散りになっているものだ。それが、今、高音の視ている範囲では再現されていない。おかしいと考えるのが妥当だろう。
【気づいたかな?】
流嶺は白波に思念を送る。
【お前がやったことには気づかなくても状態がおかしいことには気づくだろう】
【だよねー。まあ、一時的とはいえ、"天津甕星の神格を弾いた"なんてことには気づかないだろうけど】
一拍。
【甕星の半分はあの女のとこにあるんだよね?】
【うむ。司がやらかし、若い頃のお館様がやってしまったおかげでな】
【ならやっぱり、バレた?】
【で、あろうな。二度目は妨害が入る。月姫様がおられれば、こちらの意図に合わせてはくれたであろうが】
【分かれて行動してたのは運が悪かったとしか。結果として、正に、一度きりのチャンス。
これさ、あらかじめ高音に相談してたら協力してたと思う?】
【無理だろう。九曜・日崎にとっては、"甕星こそが頂の祖とすり込まれてきた"のだからな。高音のことはお館様に口説いて貰う】
【口説くって(笑)】
そして、しばらくは無言。
【やっぱりさ、自分達の主君に気づいて貰えないのってきついよね。ほんの数分でも泣きたくなったもん】
【呪いとはいえ――――いや、そうだな。気持ちは分かる】
一人と一羽は共に夏紀を見下ろす。
【桐生の裔のことはお館様が治す。だが、お前は覚悟を決めておけ?
後継を探すコマの意を汲んだとはいえ、一つ違えば、桐生も水城も落命していたのだからな】
【あー……、まあ、うん……、また転生かなぁ。お館様が復活するのにまた子供からは嫌だなあ】
頭の中でぼやく流嶺に、白波はヤレヤレといった感じに羽を繕った。
流嶺と白波が会話しているとは思いもしない高音が治療に取りかかりだす。
この場で流嶺と白波の様子に気づいたのは光貴のみ。
(彼らは間違いなく同じ主を持つ眷属のはず。アレは、僕と先輩達がやるやつだな~)
便利だよね、と。
日崎家のことは割とどうでもよく、光貴としては雛のことだけが心配の対象である。その雛は状況についていけずフリーズ。流嶺が何かをする場面を見ていないから、いきなりセイジが倒れ、高音と流嶺が口喧嘩を始めたようにしか見えず、けが人が増えた! くらいにしか思えていない。
巨大なスクリーンを前にして、セイジは「なんか大変だな」と他人事な感想を漏らす。
スクリーンはセイジの治療を開始した高音の姿を映し出している。それを前にして立っている、という状態である。
【それで、何か質問は?】
声がした。高く透き通る、女性の声だろうか。
セイジが声の方へと首を巡らせば、中空に輝きが浮かんでいた。
輝きの方を向き、腕を組んで仁王立ちしたまま、真顔でキリッとした表情でこう口にした。
「なんで俺まっぱなの?」
セイジは全裸であった。
天宮璃央はどこともしれない路地に立ち、普段誰に対しても見せないような険しい顔で胸元の勾玉を見下ろしていた。
普段は微かに感じる甕星の気配が全く感じない。
(何があった?)
触れても冷たい石の感触のみ。
「嫌な予感がする――――たれかある」
璃央の背後、暗がりに黒ずくめの忍び達が姿を現す。
「九曜・日崎の動向を監視しなさい。そして、桐生夏紀及び水城雛の両名を排除。あれらは九曜・日崎の最大戦力なので、お前達では適わない。故、燵刀を使いなさい。状況次第では神化も許可します。戦う力を削げばあのような家、どうということもない」
璃央が路地の外へ向かって足を向けると、暗がりに忍び達の姿はなくなっていた。
路地を出て空を見上げたところで。
「あれ?」
璃央は、うわ、と挙動不審気味にキョロキョロしだす。
「どこ?」
確か、紫と共に九曜・不破の部隊に保護されたはずだ。その後の記憶が飛んでいる。
大きく首を傾げる璃央の耳に「璃央さ~――あっ」と紫の自分を呼ぶ声とその後の小さい悲鳴に振り返れば、ちょうど紫が転がる姿が見えた。紫の向こうに烈士隊員の姿も見える。
どうやら自分ははぐれたようだ。
ぼおっとしてるな、と自分を心配したくなりつつ、紫達の元へと走り出した。
【自分の姿が分かるなら服を着なさい、服を!】
右を見て、左を見て。
「ないな。諦めろ」
【ここがどこか分かっているのでしょう?! 隠し方が分からないわけではないのだから、さっさと前を隠しなさい!】
「えええ? 昔はよく風呂にも一緒に入っただろ? 気にするなよ」
【いつの話ですか! いつの! いいから早くしろ!】
ガンッ
突然振ってきた金だらいを頭に受けて「うげ」と漏らすセイジ(?)。
そこから更に10個くらい落とされ、全部を避けずに食らい続け……。
「まったく、相変わらず冗談が通じない奴だな、お前は。これで最高神なのだから」
ブツブツと漏らしつつ、スクリーン内で治療され中の自分と同じ服装を出現させて身につけた。
【白、ですか】
「ああ。俺には白が似合うと、昔、カグヤが言っててな」
セイジ(?)はスクリーン内の自分を見上げて肩をすくめる。
「馬鹿女に改竄された以外の記憶はないくせに、本能的にそういうことを趣向として頭にしみこませているとか訳分からんわなぁ」
そう口にする当人はなんとも言えない表情で。しかし、"カグヤ"とその名を口にする時には嬉しそうではある。
【――――それで、どれほど理解をしていますか?】
「理解? そうなあ」
スクリーンに流嶺が映し出される。
「こいつは多分、うちの参謀殿だな。手段は知らないが、転生術のようなことをやって今いるのだろうが。ふうむ、うちの連中も減ったと言うべきか、よくぞ存在し続けてくれたというべきか。シラナミとルメイには口がきけるようになったら礼でも言うかね。
とはいえ、ルメイの奴はあれだな。時が経っているのだから、いい加減、人の使い方覚えろよ、と。喧嘩売ってるだろアレ」
さて、と間を置いて。
「ルメイがなにがしらかの手段で俺の意識、星覇神カガトとしての神格の封印を解き、神魂の宿る器――――セイジ=アステール・ヒザキの内在に天津甕星とカガト、二つの神格を一時的に同居させる状況を作り出し、天津甕星の神格を器の外にはじき出した、でいいんかね。で、現在、カガトの神格と神魂を接続中、と。
ルメイに手段を教えたのはお前だな? セレスティア」
【分かりますか】
「分からいでか。最初の魔王を倒す時に使った方法だろ、コレ。知ってるの、俺とお前と昔の仲間達だけじゃねえか。手段は違ってても、昔、敵に使った方法を自分が食らったってこと? 怖っ。世界が違うのに、再現出来ることが尚更怖いわ」
【こちらとしてもあなたを復活させなければならない事情があるのです。それこそ手段を問うている時間はあまりなく】
「ふうん? とりあえず、その抽象形態じゃなくて姿見せろ。あれからどれくらい大きくなったかちゃんと見てやる。幼なじみの義務としてな。それで俺を怖がらせたことはチャラだ」
両掌をワキワキさせるセイジ(?)に【却下で】ともう一つ金だらいが落ちた。
衝撃で意識が飛んだ。