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LR  作者: 闇戸
六章
108/112

諸々

「さっきの爆撃みたいなのはなんなんだ?」

 かつて秋葉原UDXと呼ばれた場所はアキバ自警団の基地――といっても集合場所というかたまり場というか――となっている。そして今は、突然発生した正体不明集団によるテロ行為に対する最終防衛地点ともなっていた。ビル内には襲撃で傷ついた多くの一般人が収容されている。

 その一角で団長である高村王空の放った疑問は、つい先程天より降り注いだ輝きと爆音に対して、皆が思った疑問そのものである。

 現在、街中に設置された警備カメラとのリンクは回復していない。街中に展開している仲間達からの連絡も途絶えたままだ。無線機器がすべて使えなくなっているのである。


「非常回線との接続完了しました!」


 非常回線網との優先接続といっても、物理的施錠とか団長職のみが知るパスワードもあり、接続までが面倒である。故の非常用ともいえる。

 王空は接続に用いた10インチタブレットの覗き込む。隣には香坂弾吾の姿もある。

 照会時間を謎の爆撃に合わせ、各場所の映像を順に表示していく。そして、万世橋のとこまできて。

「んん? こいつは……」

 王空が橋に経つ白装束を拡大。

「九曜頂・日崎?」

「え、日崎君?」

 弾吾もマジマジとその人物を注視する。

 音声は拾えないが、映像は出る。

「ああ、本当だ。あれ? 次に出てきたのって、これ、璃摩ちゃんじゃ」

「誰ちゃん?」

「うちでバイトしてた子で、去年から留学してるんだよ」

「ブレザーなのか」

「うん。髪の色は違うけど、間違いない。いつかやったエロゲキャラのコスプレでも銀はやってるし、まんまの外見だから見間違えようがないね」

「へー、エロゲー? 何年前のことだ?」

「二年くらいかな」

「低く見積もっても高一くらいにか」

「当時現役の女子中学生だったね」

「お前ナニやらせてんの?!」

「やー、『月の"女神"様です?! これはボク以外にやっていい存在いないでしょ! 女神とか超憧れるんですけど!』てハイテンションで役柄奪っていったんだよねー、ノリノリで」

 女神の部分にこだわりでもあったのかね、とそんな理解を示す弾吾である。当人としては"月の女神"がツボだったのだが。

 映像で天墜からカカセオを撃つまでいって、月読の背後攻撃までを見終わる。

「とんでもねえな、あの兄ちゃん。いきなり現れてマップ兵器ぶっ放して、あの鎧人形どもを殲滅しちまうとか」

 感心している王空と違い、弾吾は甕星が途中で鎧を串刺しにした一本を路地に飛ばしたことに気づき、路地の先の映像を検索する。

「あった。これだ」

 路地の先では、壁に貼り付けにされた鎧とその下に放置される人間がいる。その人間には見覚えがある。自警団員の一人だ。

「この服装、遠藤さんか?」

「なに?」

 感心を放り投げ、映像鑑賞に戻ってきた王空は、弾吾が遠藤小春かと当たりを付けた相手を確認。

「あぁ、色々汚れてっけど、遠藤の着てた奴だな。こいつは今の映像か?」

「九曜頂・日崎がアレをやってしばらく後の映像だね」

 そう言って早送りしていくと、路地の一つから顔を出した他の自警団員が小春に気づき、慌てた様子で背中に背負う様子に行き着く。

「多村か?」

「うん。これが二十分くらい前の奴」

「街の状況は?」

「鎧の姿はないね。なりを潜めたか殲滅されたか」

「じゃあ、こいつで生き残りの位置を特定しながら、回収にいくとするか。まずは多村達だ」

 動ける団員を集めて再編しなければ、現状を乗り切れない。それが高村王空の選択だ。

 王空がこの場の防衛戦力を残し、仲間捜索隊を結成しているのを背中で聞きつつ、弾吾は甕星達の行方を確認する。

 月読が甕星を引きずって自分の店へと退避し、しばらくしてから、中のメンツと共にいずこかへ去るところまでを、だ。

 秋葉原の防衛に彼らの力を借りることは出来なさそうだ。

 他に戦力として当てがあるといえば相馬頼華くらいだが、彼女は朝から見ていない。昨日やった先輩の結婚式の二次会で泥酔していたから、間違いなく二日酔いで寝込んでいるのだろうな、とは推測出来る。あまり酒にも強くないのに結構飲んでいたから長引きそうだなと思う。

「チャンプがいればな」

 王空の呟きに、弾吾は首を横に振る。

「あの人は相馬さんとセットだし、それにまあ、相馬さんと一緒で近い内にアキバを出て行くから、そう頼ってもいられないよ」

「そりゃまあそうなんだけどよ」

 なんでも遠いところに内定が決まったとかで、もう少ししたらこの街から出て行くと聞いている。喫茶店の経営もお願いされている。

「まあいい。弾吾! ここの指揮は任せるぞ!」

 王空からの声に「早めに頼むよ」と応じ、自警団員の位置把握と共に、敵性戦力の把握もまた平行して開始した。



 市谷の地下にて、秋葉原での一件をモニターで確認していた九曜・鏑木の面々は一様に絶句である。

 こういう攻撃を可能とする神州の存在は公的にはいないからだ。

「どこの超越者でしょうか」

 職員が漏らした言葉に、弦遊は押し黙った。

(あれは九曜頂・日崎の若造か。日崎は確かアレの転生だったな。しかし、あの規模の力を行使するには制限がかけられているはず。となると、詞魂堂で利則の連れに破壊されたのは、やはり……)

 吐息が漏れる。

(こいつぁ、天照が荒れることは必至じゃなぁ)

 面倒なことになった、と思う反面、面白いことになったとも思ってしまう。

「神祇院にこの映像を提出なさいますか?」

「当然、握りつぶす。男の後ろにいるのは天宮の月姫じゃな」

「――――国外データベースと合致しました。また、男は九曜頂・日崎ですね」

「月姫様にも困ったものじゃな。外で転神を行えば外の情報に残ってしまう」

「出国の際に国内情報の削除を依頼されましたのに……」

 弦遊と職員が( ´゜д゜)(゜д゜` )ネーと顔を見合わせた。

「HLNの情報は学生であれば削除されると聞いているのですが」

「身元が分かればそうじゃろうが、不明であれば、正体不明の超越者の項目に記載されて終わりじゃぞ」

「あぁ、そういう。ならば、九曜頂・日崎殿も載らないのでは」

 職員の疑問の原因は、星司=アステール・日崎がちゃんと国外超越者としてデータが存在しているせいである。

「ありゃあ、親もさることながら、本人は幻想魔法の使い手として西では有名人じゃからな。使い手というか、研究者じゃな」

「にしても、ああいう技があるなどというデータはないのですが」

「手でも抜いているんじゃろ」

(真実など言っても誰も信じないじゃろうなぁ。知っている奴ぁ、あんまおらんしの)

 それを知る弦遊も何者なのか。

「次元変動値は九曜頂・日崎殿と月姫様が出現した穴が原因で作用したのでしょうか。

 以前来日した折にも幻想魔法を色々と使っていたようでしたが、その時は反応しませんでしたが」

「虹夜以降まったく動かなかったものが動いた。あの穴は前に使ったのとは違い、常の理ではないのじゃろうな。本人に伝えて、理解出来るのかどうかは分からんがの」

 幻想魔法は謎が多く、その理も人智の及ばないものと言われている。専門家でなければ、謎は謎でしかない。

(虹夜研究には役立つ反応かもしれんな。水瀬にでも教えてやるか)

 弦遊の直近で虹夜に関して情報を集めている男の顔を思い浮かべる。

「さて、現在の神州にあって今回の相手に対応出来る奴は極めて少ない。鎧人形、西側諸国の一部ではNBと呼称される奴らであれば烈士隊でも対処出来よう。じゃが……」

 弦遊が眉間に皺を寄せて見るモニターには、NBを指揮していると思われる二人組や黒マントの怪人、市ヶ谷で龍也達と戦闘を繰り広げたレスラーみたいな怪人の静止画が表示されている。

「どうしたもんかのぅ」

 純粋に国防だけを考えれば、手を組むべき相手は分かっている。だが、それをした時、バレたらマズイ相手がいる。表だってやるわけにはいかない。

 弦遊は十分ほど黙考。そして、おもむろに席を立った。




 ベチベチと顔面を叩かれる。犯人はどっちかだろう。

 頭が痛い。飲み過ぎと判断するのは誰でも出来ることだ。

「ぅぅぅ、ぎもぢわる……」

 あたまがずつうでいたい、とか阿呆な言葉を思い浮かべながら、うっすらと目を開ければ、魔女っ子衣装のヒルダが絶賛頬叩き中である。

 神薙夫婦結婚式から帰宅した時、そういえばヒルダ&アゼルサイズの鏡の前でなんかやってたな、と。ともかく、アゼルではないらしい。

 喫茶箱船はアキバ自警団に任せて自分は身を引いた。地下の施設は一部を封印して、母経由で九曜関係に譲渡した。アルマ・ラインハルトのようなスキルでもなければ、広域情報制御など使えるものでもない。

 相馬頼華はボンヤリと天井を見上げる。

(やっと就職かぁ。長かったな~)

 身内の口利きがあったとはいえ、秋葉原から外へ出ることは出来るのだ。

 "世界が見たい"

 これを抱いた原因はなんだったか。

(んー、学生と一緒に上に来いと言われてもなぁ)

 ゴソゴソと枕の下からカードを一枚取り出して見上げる。そこには車輪が描かれている。

 このカードがあれば認証システムを通れると言われている。

 来年度、来月以降に実施されるイベントで世界中の学生が頼華の就職先の厄介になるとのことで、移動手段の関係もあるから彼らと共に来い、と。

「しょうがないよね、場所が場所だし」

 そう呟いて、窓へと顔を向けた頼華が見たのは、今まさに、ヒルダがマジカルステッキを振りかぶっている場面であった。

「っちょっ?!」

 フンッと勢い付けて寝返りを打てば、今まで頭のあった場所にズドムッと凄い効果音付きで衝撃が刻まれる。

「なんだよ、もう!」

 身を起こす頼華に、ヒルダはブンブンと窓の外を指差す。さっさと見ろとボディーランゲージ付きである。

「ええ~~???」

 示されるまま、ブラインドを挙げようと紐に手を伸ばしたところで。

 ブラインド越しでも分かるほどの輝きが窓の外を覆い尽くすと共に、外からはザクザクとそこら中からそんなナニカを穿つような音が無数に響き渡る。振動は不思議と感じられない。

「おいおいおい」

 自分がぐっすりと熟睡している間に何か異常事態が発生したらしい。

 アキバ自警団の香坂弾吾に聞いてみるかとスマホを取り出すも「?」と首を傾げる。見慣れない表示を確認したからである。

「圏外?」

 ヒルダを見れば、既にハンドヘルドPCを引っ張り出し起動しているところであった。

 モニターにはやはり圏外の表示がある。ヒルダはグッグッと頭の両脇を押し眉間に皺を作るジェスチャー。そして、ベシッとモニターを叩いた。

 ブウンとモニターが何かを映し出す。それはしばらく前に頼華も関わることになったものと同型のNBが民間人を射殺する場面。次いで、東京23区一帯の地図が表示され、まずは市ヶ谷で、そこから少しして一斉に無数の光点が出現するというもの。

 もう一度ベシッと一発。


『東京がヤバい!』


 ヒルダの警告がデカデカと表示された。

「これ……いつの情報? 起こしてよ」

『起きなかったんじゃないか!!!!』

 ベシッ! ベシッ! モニターが叩かれるたびに大きく揺れる。

 何度も起こそうとしたらしい。しかし起きなかった、と。つまり、お酒って怖い。

 思わず顔を覆う。

「マジかー。母さんに殺される」

 状況に寝坊したことを知られれば何をされるか。

「で、アゼルは?」

『散歩? 多分平気』

「そりゃまあ、妙なことにはならないだろうけど」

 まさか妙なことになっているとは思いもせず。

 一度大きく息を吐いてから、ヨシッと両頬を叩いて立ち上がる。まずは着替え、そしてお出かけだっ、とクローゼットへ向かおうとして、その足がベシベシと叩かれる。

 なんやねんと見下ろせば、ヒルダが一点を指差している。その先に顔を向ければ、あるのは風呂場。無言でヒルダを見る。なにやら顔をしかめていて。ついでモニターを見れば一言表示されていた。

『ひとっ風呂が先だろ!』

 思わず「あ……はい」と答えていた。




 御門学園保健室にて、お茶菓子を挟んで茶を啜っていた鞘華と泪。

 ふと、鞘華が天井を見上げ腰を浮かせた。

「どしたん?」

「――――来る」

「空から恐怖の大王でも降ってく……おわっち?!」


 ズムッ!!


 校庭から何かもの凄い音と衝撃が発生。校舎がぐらついた。泪が湯飲みから茶をこぼしその熱さで湯飲みを手放した。

 鞘華はスッと腰を下ろし、湯飲みを机に置いた。

 しばらくして、校庭からザワザワと喧噪が聞こえてきた。

「何があったって言うのよ」

「――――神格者がいる」

「へ? あ、校庭行…………あれ?」

 すっくと立ち上がった鞘華に続こうとするも、保健室の隅っこに置いてある緊急用端末が呼び出し音を発し、そちらに注意を払っている間に鞘華は出て行ってしまう。

「も~、どちら様……、あ」

 モニターに表示された顔に、思わず口を開ける。

【ちといいかね? 内緒のお願いなんじゃが】

 泪としてはよほどのことがないかぎり、顔を合わせない人物が映し出されていた。



 鞘華が校庭で目にしたのは、琥珀色の巨大な卵状のものを片手で支える銀髪の女子である。紺のブレザーに見覚えはない。否、何かこお資料で見たことがあったようななかったような。ただ、この銀髪は色を変えればよく知った顔だなとは気づく。

 銀髪は、どこに下ろそうかなと校庭を見回している内に鞘華と目が合った。

「や。相馬先生、ご無沙汰!」

 その声に、鞘華は「ああ」と漏らす。

「天宮か」

 銀髪、月読はういっすと空の方の手を振った。そして、ヨイショと卵を地面に下ろした。

「退学でもされたのか?」

「いやいや。ボクみたいな優秀な生徒がそんな目に遭うわけないじゃないですかね。超鬼ごっこではめっちゃ優秀な成績残してますしね!」

「よく分からんが」

「いいけどさ!」

 ふうん、と鞘華は卵に顔を向ける。

「爆弾か?」

「こわっ。そんなわけないです!?」

 月読の答えに、つまらなさそうに顔をしかめる。

「かつて敵対した神格が謎な物体を手にしていれば、襲撃してきたと考えてもおかしくないと思うのだがな」

 敵対した神格と聞き、月読は「ああ、なんだ」と応じる。

「見た目が違っても気づく辺り、そこはやはり腐っても聖堂のナンバーズ。橘さんとは違うんだなー」

「さすがに去年までの生徒がそうだったとは思わなかったが。よく隠していたものだ」

「国内じゃ数えるくらいしか転神してなかったし、そこはしょうがないですねー」

 揃ってハハハと乾いた笑いを漏らした。

「で、神名はなんだ」

「まさかの知らなかった説?!」

「どうせ斬って捨てる相手の名前など、どうでもいいとは思わないか?」

「怖いよ!? そういう人あんまいないよ!」

 ※割といます。

「神州の月の神様です!」

「――――――?」

 首を傾げる鞘華に「マジか!」と反応する。

「もう! 月読だよ! つ・く・よ・み!」

「あー…………、あぁ、聞いたこと……あるな?」

「なんで疑問形なの!? 昔だったらまだしも現在の教職者がそれってマズくない?!」

「大丈夫だ。気にしない」

「生徒と親御さんが気にするよ!」


 パンッパンッ


 不意に、拍手で場の空気が変わる。身なりの良い初老の男性が音源のようだ。

「学長?」

「あ。相馬学長!」

 鞘華と月読が共に男性を呼んだ。

 御門学園学長、相馬璃空が現場に到着していた。

「月読殿にはどちらの立場で接すればよろしいか」

「現在の、でお願いしたいですね」

「ソレはよろしいが、神化を解いていただけると助かりますな。緊張もありますが、この地には、どうもその神気は強すぎる」

 指摘され、月読は困ったように後頭部を掻いた。

「やあ、コレはちょっと理由があって……、あー、その……」

 ごにょごにょと濁らす。

 学長も鞘華も首を傾げる。

「あのー、その…………ご、ごはん」

「なんですと?」


「ご、ご飯ください!!!!」


 学長と鞘華は揃って顔を見合わせてから「は?」と反応した。




 霧崎勇は巣鴨のラーメン屋に到着していた。

 店内は予想の斜め上であった。何がなにやらといった感じである。

 まず、御崎流嶺がいた。そして何故か、肩に白い八咫烏が留まる御崎高音がいた。高音の前に寝かされる桐生夏紀。綾女の姿はない。

「お前だったのか……」

 勇は夏紀を見下ろしてそう漏らした。

 先程感じた眷属の存在。間違いない、と判断する。

(しかし、これは……)

 勇でさえ顔をしかめるほどに無残。肉体の損壊が激しく、更には、視た感じ、眷属としての神気と自らの魔力が融合せず、互いに器を取り合おうとせめぎ合っている。

 勇をして、桐生夏紀は終わっている、と考えてしまう。それなのに、だ。

「白波。お前の力を私に合わせろ」

「うむ。神気に疲弊した中身を治療すれば、外の治りなどはすぐに済む」

「最初にソレを指導された時は、神代医療のデタラメに医学書を投げたくなったものだがな」

「正しくは星海の……、否、言っても分かるまい」

「お前の理解不能さは珍しくないがな。にしても、まさか朝にすれ違った奴が夏紀を連れてくるとは。日崎か御崎かに腐れ縁でもあるのか? あの娘は」

 まさか、その娘と弟に縁があるとは思いもせず、高音はぼやき、耳にした流嶺は高音に見えないよう薄い笑いを隠した。

(その縁が日崎司の孫弟子同士などとは普通は思わんよなぁ)

 その二人の師とは会ってるぞ、とは後で教えてやろうと思う流嶺である。

「御崎先生! 桐生は……」

 勇は高音に問いかけるが、ここでようやく勇の存在に気づいた高音は「あ?」と頭だけ動かして見上げるが、すぐにシッシッと離れろと示唆される。

 九曜として何度も診察を受けている医者である。ああ、これは食い下がると怒るなとはすぐに分かってしまう。だから「えええ」と困惑気味に後退ったところで、店の奥、裏口とおぼしき扉からソッと出て行った者の存在に気づく。

(あれは!?)

 勇はその後を追っていった。



 水瀬光貴は巣鴨地蔵通りに入ったところで雛に袖を引っ張られた足を止める。

「おじさん、なんか音しない?」

「音? あぁ、コレか」

 ポケットからヴヴヴと震動音。引っ張り出したのは携帯電話。

 着信相手を確認して、光貴は「あれ?」と漏らす。そして「ちょっとごめんね」と雛に断りを入れてから電話に出る。

「もしも」

 し、を言う前に。

【30回もコールさせるんじゃないよ!】

「えそんな鳴ってました?! ごめんなさい。バイブにしてまして」

 思わずその場で頭をペコペコしながら謝る。

 相手の声は女性だ。怒声は近くにいた雛にも聞こえた。

(あれ? なんか聞き覚えある? 誰だろ?)

【まったくもう、領域に繋げられなくなるまで疲労するとかなにやってんだか】

「はあ、面目ない。あ、ちょっとすみません」

 光貴は耳から携帯を離し、雛へと顔を向ける。

「ちょっとごめんね。怒らせると怖い人から電話来ちゃったから向こうで」

「だいじょぶ。ここに置いてもらえたら美味しいの食べて待ってられるからさ」

 気にすんなー、と応じる雛。

 その雛を置いて、光貴は地蔵尊の方へと歩きだし、再び携帯での会話を再開する。

【よしもっと怖くしよう】

「聞こえてたっ?!」

 相手のフフフという含み笑いに光貴の頬が引きつった。



 巣鴨駅周辺のNBは起動してはいたものの、即座に御門学園の生徒達によって制圧されてしまっていた。

 転がる残骸を目にしながら、甕星は隣を歩く澄に話しかける。

「天宮よりもここいらの生徒の方が練度高くないか?」

「えっ?!」

「神州では天宮の学生が最も練度が高いと聞いていたのだが」

「はあ、まあ、生徒会がいなければうちの練度もそんなには……。でもですね、御門のアレはさすがにないと思うんです」

「アレ?」

 甕星は首を傾げるが、やがて「あぁ」と合点する。

 先程、NBを素手で真っ二つにたたき割る光景を目にした際、澄が何やら遠い目をしていた。やったのが同い年くらいの女子だったからだろうか。

(女子……、うむ、アレは女子だな)

 留学時に夏紀と勝利が着ていた学ランというものを上に着ていて下もズボンみたいなものを履いていたが、多分アレは女子だなと判断している。

「カラテカとかいう奴ではないのか?」

「そういう問題じゃないですよ」

 修めているものが問題ではないらしい。

「私はてっきり、桐生君のレベルがおかしいのかと思っていたし、部活交流会でもあんなレベルの人いないのに、なにがなにやら」

「先程の娘はミスロジカルまで来た時点での夏紀や嘉藤と同等だと思うが?」

 Σ(゜Д゜) な顔をして足を止めた澄。

「天宮にあんなのいませんよっ!? 御門どうなってるんですか!」

「……。ミスロジカルのサムライボーイは離れた位置の木人を剣風で斬るぞ」

「うちにいた剣道少年も主将クラスもそんなこと出来ませんが」

「何が違うのだろうな?」

「教育者としか言えませんね。うちは卒業生や烈士隊の方が持ち回りですけど、御門はそもそも烈士隊に教導する方が教鞭を執ってたりしますから」

「ほお」

「てか、師匠? あの移動手段はどうなんですかね? その教育者の方達に何を言われるか考えるだけで怖いのですが」

「あの?」

 澄が言っているのは、現在、甕星と澄の二人になっている原因か。

 大和屋姉妹と足丸を琥珀の壁で覆い「これだと空気抵抗が~」とか言いながら、角を削っていき、結局、琥珀色の卵を完成させたかと思うと、ヨイショと持ち上げ。

「月読――――緊急キャッチだっ」

「え、ボクで決定なんです?! わっ、投げるの早すぎ!!」

 知り合いが入っているからか、投げられた卵を追いかけて月読が全速力で走って行くまでを、割と近くで見ていた澄である。

 しかも今度は澄の周りにも同じものを作ろうとし始めたので、一緒に行かせてくださいとお願いして、今に至る。

 この人結構ひどくない? とは思ってもいいかもしれない。

 ふと、甕星が露店の和菓子を熱い視線で見つめていることに気づいて「あっ……」と漏らす。

 そういえば食べるものがどうとか言っていた。

 この近辺は大事になる前に制圧されたことで、ほとんどの店が開いている。

「大福でも買います?」

「ダイフク? なんだったか――――餅というやつか」

 店頭に並ぶ白い塊を見て、知ってる知ってると。

「や、大福餅とか呼ばれるものもありますけど、餅じゃないですよ」

 そう言って、澄はいくつかの和菓子を買ってきて甕星に渡す。渡された方は首を傾げつつパクリと白い大福を一口。

「――――独特だな。うまいが」

「塩大福ですね」

「塩――――ソルト? こっちは、なんだ餡子の塊かと思えば、中に米か」

「おはぎですね。餡子次第なので、お店によって味が変わるのがいいですね、和菓子は」

「詳しいな。澄としても譲れない店があったりもするのか?」

「私よりも弟ですね。あの子は雷門の前にある店じゃなきゃ嫌、という主張が激しくて。そのせいか、姉も買ってくるのはそのお店のばかりになって」

「自分がハマってしまったわけだな」

「そんなところです。あ、私ちょっとあっちの店覗いてきますんで、師匠はここいらで待っていてください」

「ああ。適当に何かつまんでいる――――そろそろ神化を解いても良さそうなのだが、もう少し……」

(まだ食べるんだ)

 そう思うも、自分も亜神化した時おなかが空くので、似たようなものなのかなと思うことにした。

 さて、と澄は近くの乾物屋へと足を向けた。

 澄を見送った甕星は周りを見渡し、ふと、ある変なモノを視界に入れる。

 台車というものだろうか。しかも上にコンクリートを載せ、その上に娘を一人乗っけている。というか、だ。

(あれは……)

 何やっているんだ? と首を傾げつつ、台車へと近づいていった。



「へい、おばちゃん! 抹茶ソフトちょうだい!」

「はいよ――――あんた最近は見なかったねぇ」

 雛に抹茶ソフトを手渡しながら、販売員のおばちゃんが相好を崩して聞いてくる。雛が夏紀と御門に通っていた頃は、ほぼ毎日通っていたお店である。

「いやあ、本家のおつかいで天宮所属になっちゃってねー」

「槍の子はこないだ見たけど」

 尊像札を大人買いした時のことだろう。

「なっちゃんも友情にはマメなんだけどな~」

 おばちゃんがお客とのトークに花を咲かせようとして、ふと顔を上げて、固まった。

 雛の後ろに白コート、つまりは甕星が立った。

「ソレはうまいのか?」

 後頭部よりも上の方からの問いかけに、雛はフフンと胸を張って「おうともよ」と応じた。

「巣鴨といったらここの抹茶ソフトと相場は決まっておろう。塩大福? だめだめ。若けりゃソフトっ……しょ……」

 そんなことをぶちまけながら相手を振り返り見上げ、雛は口をあの字で開いて固まる。

「く……く……く……」

 雛が言葉を繋げられないくらい驚く姿に。

「その姿勢が苦しいのか」

 雛の前方に回るべきかと割と真剣に考える。

(いや台車を回せば良いのか)

 そういえば、何故雛は台車に乗っているのか。それ以前に、である。

(この神紋――、龍神か? とりあえず)

「浮気をされるとは……」

 ヤレヤレと甕星は首を振った。

「へっ?!」

 雛は自分の下を見て、自分が何の上に座っているのかに気づき。

「や、ちょ、ちがっ」

「俺のいない間に――――俺?」

 ふと、なんとなく先程までと違う感覚で自分を話そうとしているなと思い、おや? と自分の手を視てニギニギしてみて――。

「あぁ、戻ったな」

 甕星――セイジはヨシと人心地付け、ふと、そんな人心地に首を傾げる。何故今、自分は、神化が解けたことにほっとしたのだろう、と。それは今までに感じたことのない感覚だからだ。

 しかし、まあいい、とこの不思議を横に置く。今はこの感覚に悩むよりも、自分の発言の結果、めちゃくちゃ慌ててしまっている雛をどうにかしよう。

「何か理由でもあるんだろう」

「――あ、はい。その色々あって」

「俺も色々あった。そして何故俺は神州にいるのだろう?」

 相手を落ち着かせようとしつつ、そんなことを口走ってしまったセイジに、知らんがな、と雛は思わず内心でつっこんだ。



 雛は日比谷公園での出来事をセイジに話し、夏紀が大変なのだと言う。

 どう見ても雛自身も大変なのだが、安否不明だからこそ雛も自分より夏紀の"大変"を伝えようとしているのだろう。

(雛の伯父か)

 雛をここに連れてきてちょっとソコの店まで行っているらしい存在。雛の下に敷かれる神紋を形成した張本人のことを聞いて、気にしない方がおかしい。

 神紋を描く程度なら神職に関わらず、ただの人でも問題なく描ける。しかし、このように、明らかに神気を発しているものを描くなど……。

(いや、繋がってないか? 紛れもなく"道"だろ、コレ)

 こんなことが出来るのは神職どころか、眷属以外ではありえない。

(神州って眷属闊歩してるのか? そんな国、インドくらいかと思ってたんだが)

 あそこ眷属国家だもんなー、と遠い目をしてしまう。

「でなっちゃんはここら辺に……九曜頂?」

「ん? ああ、すまん。ええっと、夏紀はラーメン屋にいるでいいのか?」

「霧崎先輩的にはそうみたいです」

「弟の方か。確か、九曜頂になったんだったな」

 ふうむ? とサーチ・エーテルを使用してみれば、確かに、霧崎勇の魔力らしいものを雛曰くの地蔵尊とやらの場所の向こうに感じる。らしいというか、彼には魔力隠しのアイテムを渡したわけだから、はっきりとした位置を確定出来ないのは、それはそうだろうという感じである。

(あのアイテムを所持していて痕跡を辿れるということは、あいつ、雛の知らないところで神気解放をしているな。それも俺達がやるようなシフトではなく、なにやら違った濃い奴だ)

 自分のような構想魔法一辺倒でサーチなら任せろ! みたいな奴にサーチされたら一発でバレるぞ、とやや困り顔だ。

 しかし、である。

「妙な魔力はいくつかあるが、俺の記憶している夏紀の魔力はないな」

「ええっ?!」

「いやしかし、情報は情報だからな。御門へ行く前に寄って確かめるくらいは出来るか」

「いいんですか?」

「ああ。まずは澄と合流しよう」

 日比谷公園のことを報告していた時に、何故か梧桐澄と一緒にいるとか言っていた。セイジが言うところの色々なのだろう。

 そこでふと、セイジは首を傾げる。なにか変だな、と。自身では分かっていないが、人の名を呼ぶのに発音面で変化があるようだ。セイジに自覚症状はないし、雛はあまり気にしないおかげでそこのところ、ツッコミは不在である。

 ここにきて「参ったな~」と戻ってきた光貴はセイジと雛のセットを目にして固まる。


「うちの姪っ子がナンパされてるっ?! さすがだね!」

「なにがさすがなのっ!」


 光貴が挙げたよく分からない驚愕に、雛は即座に反応してみせた。



「あー、ああ? ええっと……、あぁ、うん。資料で見たことあるね」

 九曜頂・日崎だと自己紹介したセイジに光貴が漏らした言葉がコレである。

(日崎司の息子かぁ)

 実物を前にするとちょっと複雑。

「僕は雛ちゃんのお母さんの兄の水瀬光貴です。長らく姪っ子を放置していた悪い伯父さんです」

「ん。俺も長く分家を放置していた悪い本家だ。悪者同士だな、よろしく」

 セイジに求められた握手に「あ、はい」と応じる。

「九曜……ではないのか」

「うちはそういうのとは……」

「ふうん? その割には人の身ではないんだな」

「人に歴史ありとしか答えられないなぁ」

 あははは、と苦笑で応じる光貴。実際、そうとしか答えようがないのだからしょうがない。

「まあ、今の時代じゃ、そういうものだよな。それで、あなたは雛の運搬係で?」

「うん。まだ歩けないだろうしね――――あ」

 そういえば、と。

「九曜・日崎には姫がいるというのは本当かな?」

 先輩とそんな話題をしたな、と。

「姫? セツナのことか? 俺の立場からすれば、確かにあいつは姫か」

 雛がウンウンと頷いた。

「私達も姫様って呼んでるよ!」

「そうか。今度伝えておこう」

「どんな風に?」

「――――おい姫、腹出して寝るな、ネットに流すぞ」

「やめてあげてください」

 わあ、と両手を挙げてセイジにつかみかかろうとする雛。

 そんなのを見て、光貴は「へえ」と漏らす。

(日崎は身内で仲良いんだな。天宮とはえらい違いだ)

 光貴は九曜の中にも個人的な付き合いもある家もあれば、神祇官の立場上関与した家もある。中でも九曜・天宮といえば、九曜頂に近くなれば分家の態度は大きくなり、他家すら見下してくるイメージしかないくらい良い感情がない。

(分家を神祇官にねじ込んでくる家だからな、あそこは。日下が珍獣なんだよな……まあ、日下の場合、長男はまた別物だけど)

 長女は良い子なんだけどな~、としみじみ思ってしまう。

「あれ? なんか人増えてますか?」

 そこに澄が帰ってきた。

「ああ。雛家の人々だ」

「雛は私の名前であって苗字じゃないですよ?! ヒナヒナとかなんかヘナヘナした名前になっちゃうじゃないですか! むしろヘナヒナか!」

「それはそれで」

「ああん。九曜頂が弄る!」

 うわあ、と頭を抱える雛とクツクツと喉を鳴らすセイジを困った顔で眺める光貴。

 セイジと雛の会話を眺めて思う。

(あ、桐生君がいないとこうなるんだ)

 雛がぷくうっと頬を膨らませる。

「私、どっちかっていうとツッコミ系なんだけどな」

「そうだったのか? 雛は弄られの素質があるとセツナは言っていたが」

「ひーめーさーまー????」

 さすがの雛も「やばいキャラが壊れる」と危機感を抱き。

「もう! 早くなっちゃんを混ぜないと私がやばい!」

 ソダネと光貴がウンウンと頷いてあげた。

 そして、ガラガラと光貴が台車押しを再開し、セイジと澄が並んで歩く。

「水城さんの伯父さんなんですか?」

「水瀬だ。姓に水が付いてるのは偶然だったんだけど、妹は運命ネタとか言ってたなあ」

 光貴が言うそんなことを「へえ」と頷きながら、ふと、澄は光貴の腰にあるものに気づき、顔が引きつった。

「じ、神祇官?!」

「え? あぁ」

 光貴は自分の腰帯を見下ろし、普通の反応だなと。むしろ、なんの反応も示さないセイジがおかしい。

 セイジといえば、澄の反応に首を傾げて見せただけである。

 しょうがないな、と光貴は腰帯をしまった。

「水城家って実はすごいんじゃ……」

「妹達が出会った時、僕達はまだ普通の人だったから……。普通? いや、普通は僕達だけで水城はそもそも日崎系だからあっち系? いやでも僕らは僕らでアレだったから」

 あれ? あれ? と首を傾げる光貴の中で普通がゲシュタルト崩壊しかかるも、水城に比べたら普通だなと納得して踏みとどまる。

「ウン ボクタチ フツウ」

「伯父さん世代の普通の人ってビーム撃つんだね」

「アレは色々あったから……。ジョブチェンジというかなんというか。そこは鏑木が」

 ゴニョゴニョと濁す光貴。

「ま、まあ、昔の普通じゃないことが今の普通だったりするから――――ね?」

(身内に九曜頂がいたり神祇官がいたりするのって割と普通じゃないんですけどね)

 とか思いつつも、澄は「そーですねー」と応じてみせる。

 友達が実は九曜頂だったとか、自分が九曜頂の弟子入りしたとか、澄もまた慣れてしまったというのもある。そもそも自分からして半神である。

「神州は割と普通じゃない奴多いよな」

「九曜頂がそれ言っちゃ駄目だと思う」

 なんとはなしで口にしたセイジのその言葉を、雛が達観気味にそう返した。



 その店を前にして、セイジ達は三者三様の反応を見せた。

 『らのつく麺の専門店』と書かれた看板に、雛は「運動部の連中、いないよね?」とボンヤリ呟き、澄は「高カロリーの匂いがする……」とドンヨリとし、光貴は「ええ? なんかここ、変なインフラ起きてない?」とマジかよといった顔をし、セイジはといえば。

(血の臭い? 雛の言からすれば、夏紀か?)

 一人、真剣な表情で身を固くした。



「よし、見てくれはどうにかなったな」

 高音は短時間で夏紀の四肢を縫合し整え終え、添え木と包帯でグルグル巻きにしていた。

「おお、さすがに早い。プロは違うな」

 流嶺は感嘆を漏らしつつ、麺をススる。

 高音は嫌そうに顔をしかめた。

「お前、さっきからゴソゴソと何をやっていたんだ」

「おや、集中していたようで、意外に周囲も見ているのか。感心してしまうなぁ」

 高音が夏紀を治療している間、流嶺は店内をウロウロしながら何かをやっていた。しゃがんだり、ピョンピョン跳ねたり、挙動不審以外何物でもなかった。

 高音は眉間に皺を作った。この姉妹とはもうずいぶん長いが、未だによく分からない。

「私の気が散ったらどうするんだ。白波も注意くらいしてくれ」

 白波はキョトンとしてから毛繕い。

「お前に合わせている間は身動きが取れなくてな」

「そう言うと思ったよ」

 高音は諦めの吐息で肩をすくめた。そして、ううむ、と夏紀を見下ろす。

(夏紀を運んできたあいつも霧崎もいない、か。流嶺では魔力の整地を補助するなんて出来ないだろうしな。なにかこお、魔力の制御に役立つものはないだろうか)

 ここでは場所が悪い、と周囲を見回す。

 夏紀の状況は良くはない。魔力の器でもある肉体を補修出来ても、魔力が器を壊そうとしているとしか思えない。本来そんなことはありえないが、規格が合っていない、としか判断出来ない。

 夏紀の左肩を視る。ここは合っている。というか、コレ人体か? と首を傾げてしまう構成が視える。肉体というより、濃厚な魔力で構成された器。ただ、ここだけが魔力としっくりと合っている。合っているから、ここを楔として魔力が夏紀から出て行っていないのだと判断出来る。

(どういう理屈だ?)

 転生者の構成とも違うし、半神もまた然り。

(いや――――待て。似たようなのがいるな)

 以前、一度だけ診察したことのあるのに神祇官がいる。

(瀬織と、それに)

 ここでガラリッと入口を開けて集団が入ってきた。

「これ、台車から降りないと入れないんじゃない?」

「それは私も思った。おじさんバックバック。歩くのは出来るからっ」

 よく知る声がある。思わず顔を向ければ、天宮学園の女子――――二人とも高音の知る相手だ。

(梧桐の三女と雛?)

 梧桐澄は半神という出自上、年に二、三回程度で診察する。そして、分家の水城雛である。そして、雛の後ろから入ってきた男。

(そう、水瀬だ)

 人間ではなく、ある神の眷属として、もう一人のついでに診察したことがある神祇官、水瀬光貴。彼らの身体構成に桐生夏紀の左肩が似ているのである。

 知る顔が入ってきたとか知り合いかとか、そんなことはすっ飛ばし、思わず腰を浮かせて光貴の名を口にしようとして――固まった。名を口にしようとした男の後ろから、もう十年近く会いたいと思い、更に数ヶ月前にはニアミスして会えなかった存在が現れたのだから、それはもう、絶句くらいはする。あの男だなんだと悪態の対象にしたことはあっても、そこに嫌悪を載せたこともない。

 何故か。

 始めて見た時、心の奥底から湧き上がった感情、ソレはなんだったか。ソレは……。

「おや。九曜頂も来たか~。これはまた面白い展開だなぁ」

 不意の言葉。予想外を話しているようで、その抑揚には驚きがないように感じ、高音は流嶺を見た。

(なんだ? なんだ、その顔は?)

 まるで確信犯とでも言いたくなるような、驚きながらも口元はまったく驚いていない。長いこと姉妹をやっているが、こんな流嶺は見たことが……。

「あ! 高音さんと……ルミ姉?! と…………、ああっ、なっちゃん」

 高音と流嶺の存在に驚きつつも、高音の傍らに横たわった夏紀に雛が慌てて駆け寄る。

 澄は澄で、どういう展開なのかと疑問を抱いて雛の背を見、光貴は「やだな、ここ」と不安を隠さずに店内を見渡し、セイジは……。

「?」

 店内を見回し、店の奥にいるであろう店主の気配を探りつつ、高音を確認し、次いで雛の背中を見て――――首を傾げた。

「なあ、雛はどうしてあそこに?」

「え?」

 疑問を抱きつつ、澄へと問えば、問われた方は驚きと共に師を凝視してしまう。

 何を言っているんだ、この人? という顔だ。

「しかし、麺か。シュウがマーケットで買い漁っていたインスタントヌードルみたいなものだな? インスタントではないようだが」

 兄は一体、異国の地で何をやっているのか。否、それよりもだ。

 澄は雛の向こうに夏紀をちゃんと確認してから、師を正面から見る。

「師匠もあそこに行かなくていいんですか? 桐生君、なんかよく分からないけど大変みたいですけど」

「夏紀?」

 セイジはあらためて店内を見るが。

「夏紀なんていないじゃないか。何を言っているんだ?」

 セイジからは見えないのか、とセイジの腕を引っ張って雛の背後まで連れてくる。

「ほら、師匠」

 しかし、セイジは首を傾げるばかり。

「まったく。何を言って……ん?」

 雛のしゃがむ先を覗き込んで、その先にあるモノに興味を持つ。

「魔鉱? ずいぶん妙な形をしているな」

 見せてみろ、とそちらに行こうとするセイジの背後に、流嶺が歩いてくる。別段、おかしな様子はなく、普通に歩いてきた。位置としては入口に向かってと言えなくもないが、セイジの背後と言われれば確かにそうとも言える。そして。

「もうちょっとこっちかな」

 そう口にしてから「えいや」とセイジを斜め前、夏紀の隣とも見える方へと押した。

「は?」

 その行動に、澄と光貴はポカンと口を開けた。

 セイジとしては、"なんの衝撃もなく"いきなり進む方向が斜めにズレたように感じた。

 ふらっとよろけて右足を床につき。

「ここかな?」

 流嶺はそう言ってパチンと指を鳴らした。

 セイジはパチンという音だけを聞いた瞬間、ビクッと身体を震わし何が起こったかと身体の異常に注意を向ける間もなく意識が落ち、その場に崩れ落ちた。

「うわっ?! って、九曜頂?!」

 いきなり隣でドサリと倒れたセイジに雛が驚いて立ち上がる。高音は目を白黒させ、唐突に移動してきたように見えた流嶺が取った行動に唖然とした。

「おま…………、え? 待て、お前、今何を。いやそれより九曜ちょ」

「はいはいはいストップスト~ップ」

 自分を詰問しようと腰を浮かせる高音をステイステイとジェスチャーをまじえて抑える流嶺。

「え、敵なの?!」

 澄も驚いて身構えるが。

「ワタシ テキジャナイヨ ダイジョーブ ヒザキノヒト ダカラ」

「片言とか怪しさしかない!」

「まあまあまあ。今はとりあえず、高音はこの人のこと治療してネ?」


「「あんたがなにかやったんだろ!!」」


 高音と澄が揃ってつっこんだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 白波さんと星司が会うのか。 どうなるのかとても楽しみです。
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