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LR  作者: 闇戸
六章
102/112

雛ルート(EP)

 タッタッタッタッタッタッタッ――――ガタンッ。


「あいたっ」


 段差で生じる下からの突き上げに雛は悲鳴を上げる。

「あ、ごめん。避けたと思ったんだけどなぁ」

 台車を押す光貴は避けたと言うものの、台車の駆動範囲はそれほど大きいものでもない。避けたように見えて、中途半端に段差に乗っていたりする。

「ていうか、おじさん。ちょっと前まで担架で寝てたのに、もうこんなに走れる――いや走って大丈夫なの?」

 なんというか、台車を身一つで押しているとは思えない、かなりの速度である。数値的に言えば、時速20kmは超えている。

「神紋の直近だからね。体力だけならもう平気。でも、戦えとか言われたらすごい困る。で、これくらいの速度で走っていれば、人から助けを求められて誓約発動ということもないだろうしね」

「おじさん……、微妙に正義の味方じゃないね」

「僕は別に正義の味方じゃないよ」

「え、そうなの?!」

「色々あるけど、簡単に言えば、仕事――かな」


「今 夢が 消えました」


「そう言われても……」

 光貴は困ったなぁと眉を下げた。

「うちの神様が昔、僕達の仲間に膝詰め寄られて蕩々と正義を語られてしまった挙げ句、彼女ご推薦の特撮に嵌まってしまい、彼女の仲間だったんだから出来るだろう、と僕の誓約があんな……あんな……」

 一拍。

「正直勘弁してください」

 泣きが入った。

 そう口にした割に光貴は苦笑しているし、光貴の言葉を背に聞く雛としても、叔父の言葉に悲壮さがないからこの人のネタなんだなと理解した。

「神様に正義を語るとか凄いね。その人は今も正義を語ってるのかな?」

「どうだろう? 虹夜以来会ってないからねぇ」

「え、それって……」

「"行方不明"だよ」

 それ以外の答えは"認めない"と言っているような強い口調だった。

「きっと先生だって一緒にいてくれてる。あの人は生徒を見捨てない人だから」

 光貴と利則の会話でも出てきた"先生"という単語だ。

「伯父さん達の先生って凄い人なの?」

「うん。僕達が生徒だった頃は背景事情とかは何も知らなかったけど、とにかくお世話になった。

 背景事情、つまり、九曜とか神祇院とか、今では裏とか背景とかそういう分野ではなくなった世界を知った現状で見ても、先生は強い部類に入ることを大人になってから知ったよ」

 世界を知らなければ知らない強さもあるんだね、と。

「雛ちゃんと夏紀君は分家の中でも九曜頂に拾われた、という情報があるんだけど」

 九曜・日崎の実情というか、九曜の中でも数家は神祇院から監視対象とされている。故に、日崎家に動きがあることは光貴の耳にも入ってきている。

 一応、雛と夏紀が御門学園在学の間は、御門系列の学閥と言われる鏑木家を通して水城・桐生両家の状況を耳には入れていたのだが、九曜頂・日崎の介入後はさっぱり分からなくなってしまった。

 それで神祇院側から情報のアクセスをしてみれば、九曜頂・日崎が分家の中から水城雛と桐生夏紀を側近として抱えた、という情報を知ったのである。

 九曜頂・日崎――セイジ=アステール・ヒザキについての情報は神祇院にはあまりない。

 九曜頂の立場にありながら、継承式で神州へ来た以外だと昨年に在学校のクエストで訪れたくらいで、神州での生活ないし活動履歴も少ない。神州内でのデータベースに彼の詳細はないと言ってもいい。

(正確には違う。鏑木さんの推測では、神祇院のデータベースに介入できる誰かがその詳細を隠しているとのことだけど、アクセス権を考えたら超越者しかいないんだよね……)

 どの神様なんだろうな、と。

「伯父さんだから言うけど、私となっちゃんは九曜頂のとこに行きたいんだよ。国が神州だとか他のとことかはどうでもよくてさ」

「ああ、うん。まあ、そんなとこだろうとは思ってる」

「あれ? 止めるとかしないの?」

「しないよ。大体、今の神州に留まることを推奨自体したくないしね」

「――え?」

「色々あるんだよ、この国も。

 で、外に出る可能性の高い姪っ子に教えとくことにも繋がるんだけど」

「先生、のこと?」

「うん。先生をなんで凄いと思うかと言えば、本気を出したヴァチカンのアポクリファを退けたという実績があるから、かな。満身創痍でその後一週間学校を休んでたけど」

「ヴァチカンの聖者――だっけ? 表とか裏とかあるって聞いたことある」

「裏の方だね。教会と直結する表と違って、裏は世界各地――それこそ教会と関係していない地域でも活動している連中だよ。外で活動して、敵として相対したら逃げた方がいいかな」

「どれくらい強いの?」

「ヴァチカン勢力における神殺しのエキスパートだからねぇ。一騎当千……ではなく一騎倒神だから怖いんだよ、あの人ら。雛ちゃんも敵として会ったら、見敵必逃の心構えをしないと死ぬよ」

 強い怯えの感情を背に感じ、本気で言ってることをなんとなく察した。

「伯父さんが狙われたの?」

「いや、僕じゃない。狙われたのは先生だよ」

「え。先生って神様だったの?!」

「そういうんじゃなくて。あの当時、神州内にあったある組織、まあ聖堂と言ったら分かるのか。あそこを排除するために国連が動いていて……」

「歴史の教科書に載ってる聖堂戦争のこと?」

「うん、それ。

 で、聖堂を排除するための戦力を投入しようとする国連に対して、この国の政府は当然NOを主張していたんだよね。他国で行われた聖堂排除の戦闘で多量の死者が出たそうだから、それもそうだよね。そして、国連のやり方に反対していた勢力のトップをしていたのが、今の九曜頂・鏑木弦遊その人だったんだけど。

 国連はさ、当時としては異常ともとれる手段――まあ、現在だと普通にあったりして時代も変わったなと思うんだけど――を行使しようとしたんだよ」

「それって?」

「暗殺だよ。国連としての考え方ではなく、国連内の対聖堂を掲げていた組織の中の、更にその一部が主犯らしいんだけどね。でもその暗殺はことごとく失敗。鏑木自身の近衛もあったんだけど、暗殺部隊の主力は鏑木に身を寄せていた先生が壊滅させてしまった」

 雛はそこまで聞いて「あぁ、だから」と漏らす。

「鏑木弦遊の守護者を壊しにいった?」

「正解。しかもどういう繋がりがあったか知らないけど、アポクリファを差し向けてきたんだよね。大型連休を終えて学校に戻ってきた先生を狙って」

 はあ、と吐息。

「学内で殺伐全開の殺し合いとか怖すぎた」

「ほええ。てか、その先生って何者なの? 九曜・鏑木の人じゃないよね。なんか伯父さんと嘉藤さんが使ってた戦技に"草薙流"とかついてた気がしたけど」

「あぁ、元は神薙の人だよ。九曜・神薙の近衛筆頭・草薙家の人。草薙は今は弟さんが継いでいるんだけど、筆頭ではなくなったし、なにより、神薙近衛自体が大量出奔しちゃったから、対応に追われた挙げ句、死んだ目をして深夜のおでんやさんでくだ巻いてる始末。一緒に行けばよかったのに、ホント自由さが足りないっていうかなんていうか。

 あ、先生ね。先生が学生の時分に先々代の逆鱗に触れて勘当された後、なんやかんやあって鏑木家の食客になった、とか聞いたな。美月さん――あ、先代の九曜頂・神薙ね――は息子が頂を継いだら近衛に戻すんだ! って息巻いていたけど、結局、虹夜で行方不明になっちゃってね」

「なるなる。ところで、アポクリファの人ってどんな人? 見かけたら逃げる為の情報をください」

「うん? あぁ、あの人の息子になら、雛ちゃん達は会っているはずだよ、ミスロジカルで」

「へ? そうなの?」

「榊朱翠というのに会ったでしょ。彼もいつミスロジカルというか英国に渡ったか知らないけど、ちょっと前まで神州にいたんだよ。少なくとも、お母さんの葬式にはいたはず」

「え、アポクリファの人、神州で結婚してたってこと? しかも榊君の親?」

「そうなるね。どうしてそういう繋がりになってるのか知らないけど、我らが神州が誇る三剣聖の一人でもある武本翠の旦那さんだ。

 夫婦喧嘩とかした日には間にいる人が百人くらいなます斬りになるんじゃないかと、伯父さん達、もう、ドキドキしたもんだよ」

「そう聞くと、割と伯父さん達に近いところにいたの? って思っちゃうんだけど」

「そりゃあね。武本さんの弟の奥さんが僕達の元仲間なわけだから。

 んで、榊朱禅というんだけどね、アポクリファの人。武本さんや子供との生活でずいぶん丸くなったみたいだけど、黒い和装で首から十字架ぶら下げたお侍さんに外で会ったら、立場が敵対していたら逃げよう。魂レベルでぶった切られちゃうからね、ホント怖い」

「うちの九曜頂とどっちが強いかな?」

「え? うーん? 九曜頂・日崎の実力が分からないからなんとも言えないっていうか」

 情報出ないしね、と独りごちる。

「うーん。あ、もう千石まで来ちゃった!」

「じゃもうすぐだね。とげぬきの裏側だっけ?」

「うん。裏っていうか、脇?」

「OK。さて、九曜頂・霧崎と僕ら、どっちが早く着いた……か……n」

「競争して……どうしたの?」

「え? あ、ああ、えっと――ええ?」

 いきなりの挙動不審に、雛は頭に"?"を浮かべながら叔父を振り返ってみる。

 光貴は黙々と走りながらも、雛曰くの店の方角を見ながら、汗だくである。走っているのだからそうなのだろうが、どうも汗の種類が違う気もする。

(うわあ、何アソコ。なんか結界張られて――いや、結界からなんか漏れ出てるような)

 光貴の様子が徐々にドンヨリしてきた。

(羽々連会議に出る時並の勢いで胃に穴が開きそうな気配を感じる。間違いない。あそこ、間違いなく二人以上の眷属が……。一体どこの?)

「伯父さん、なんか及び腰?」

「へ? あ、あぁ、いや、そういうわけじゃ……」

「ここら辺でやめとく?」

「大丈夫。平気平気。きっとどうにかなるなる」

 叔父の変化に首をかしげつつ「あ、そこを左に」と細かい案内へと移る。

 御門学園の膝元だけあって、雛には懐かしい御門の学ラン姿のいくつが視界の端を流れていった。

 視界の端を流れた人の中に見知った姿を二つ見た。よく夏紀が世話になった保健室の主である妙齢の女教師二人だ。

 一人は赤月泪という名で、よくしゃべる明るい人だ。男女問わず生徒からの人気が高く、生徒からは『るいさん』と呼ばれている。

 一人は『さーやさん』と呼ばれ、生徒の誰もがこの人のフルネームを知らないが、女子からの人気が非常に高い。男子からは怖がられている。そして、年がら年中着物姿で、なぜか背中に無骨なバスタードソードを背負っているのが特徴だ。

 二人はよく一緒にいて、今回視界に入ったのも二人で何かやっているのだろうと思う。

 御門を離れて一年足らずだが、なるほど確かに懐かしい。

「ひ、雛ちゃんは元々御門だったよね?」

 光貴は話題を作って、目的地から感じる妙な圧力を誤魔化してみる。

「うん、そうだよ。よくみんなでとげ抜き地蔵とか行ったんだ」

「あそこのお札は人気らしいね。烈士隊の中にももらいにくる人はいるみたいだし」

「うん。あ、なっちゃんが尊像札十パックを嘉藤君にあげたんだって。餞別だってさ」

「餞別……? あぁ、岳名へのね。雛ちゃん達はかっちゃ……勝利君と仲が良いのかい?」

「私よりなっちゃんかな。でもいくら仲が良くても、女子の好みは違うんだって」

「え? それはそうでしょ」

「そうなんだけど。フィーリングがどうとかそういうこと言ってた気がする」

「それはまたなんというか……、ロマンだね。でも勝利君なら分かる気がする。彼のお母さんが……」

 そこまで言って口をつぐむ。

(利とユキさんの出会いはハプニングだったからなぁ。言わない方がいいよね)

 親が息子にも言っていなさそうである。

「なっちゃんの初恋もフィーリングだと言い張ってるけど、私と嘉藤君は"いや顔だろ"とつっこんだなぁ」

「そうなの?」

「うん。中等部の修学旅行で京都に行ったんだけど」

「御門は昔から奈良と京都だね。僕達の母校も当時は京都のみだったから、利達とバッティングしてねぇ」

 若かりし日の思い出である。

「どこの神社だったかは覚えてないんだけど、巫女さんが鈴をシャンシャン鳴らす神楽舞を見てさ。その巫女さんがもうすっごいかわいい子でね。かわいいっていうか綺麗。言ったらうちの九曜頂に怒られるかも知れないけど、九曜頂・天宮璃央さんも綺麗系だけど、あの時の巫女さんはなんていうか、見てると、ふわあってなるくらいの子だったんだよ。

 アレはそうそういないね。うちの姫様もすごいけど、すごさの系統が違うっていうか」

「へえ。神楽を舞いながら社の神様とリンクでもしてたのかな?」

「どうだろ。で、なっちゃんはふわあってなりすぎて卒倒しかかっちゃってさ。そういうこともあるんだね」

「巫女さんの纏う神気というか魔力との相性が良すぎたんだろうね」

「やっぱそゆことなのね。

 あとね、私らがそこの神社を出てしばらくしたら神社に救急車が来たんだよ」

「うん?」

(あれ? なんだろう。神楽、修学旅行、救急車――どこかで聞いたことがあるような?)

 いつだったか、どこだったか、ちょっと思い出せない光貴である。

 しかし、そろそろ目的地だなということで、速度を緩め地蔵通りへと侵入する。

(さて、何が待っているのやら)

 雛は夏紀への心配で心いっぱいだが、光貴は一転、不安でいっぱいである。

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