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LR  作者: 闇戸
六章
101/112

市ヶ谷戦(EP3)

 全身レッグガードのマスクマンは座り込んでいた。場所は日比谷公園南東に位置する高級ホテル屋上。屋上に水たまりが出来ている。

 眼下では公園内の惨状を烈士隊が調査している光景が広がっている。

「ふうむ。ある意味では成功じゃが……」

 スッとマスクマンに影が差す。傍らに全身黒焦げとなった男が出現していた。

 男を見上げ、マスクマンは鼻を鳴らす。

「ソレはもう使えそうにないのぅ、ジャック?」

 男の身体がボロリと崩れ、中からベネチアンマスクを着けた中肉中背の男が出現し、給水タンクに背を預けた。

「折角の特殊スキル持ちが減ってしまったよ。まったく、ひどい目にあった。アレは反則だろう。神祇院が提示したリストでは、不破正義は封印者だったはずなのにな」

 ジャックは大袈裟に肩をすくめて見せた。

「持ち玉一個使ってまでやることか?」

「そうは言うがね。あの娘は中々に面白い性質があるんだ。確保しておけば、使い用はいくらでもある」

「ほうか。んじゃぁ、また違う機会に違う魂使ってやるんじゃの」

「ふむ。そうさせてもらうさ」

 で、とジャックはマスクマンことフラマに問いかける。

「あの公園の実験はどうだったのだろう?」

「そうじゃのう――門の出現には至らなかったものの、異界との接点は程よく揺らいだようじゃな。神祇院も良い仕事するもんじゃのう。手段は糞じゃが」

「なんだ。門の出現なしで確認出来ることか?」

「半生が離反しよったようじゃ。お主もわしの敵になった銀閃を見たじゃろ」

 言われて、そういえばそんなのが視界の端に映ったような映らなかったような。

「銀閃だけか?」

「災禍の方もじゃな。

 もっとも、災禍の方はベヘモットの折に面が割られている。今回のどこかで離反する可能性は高かった。想定していたのは、"これから"のタイミングじゃったのだが。それと、銀閃も、とは想定外じゃったがの」

「面を割られること自体が想定外なのだが。高出力の神剣ですら、普通は、なあ。どうやって割ったんだ」

「さて、それは謎じゃな。わしらですら、割れん。というより、割ろうとすら考えないのう」

「災禍と銀閃は担保がないのか?」

「銀閃はそもそもにおいて、正体が色々と不明な点が多かったから担保はなかった。災禍は災禍で、この国の神々があやつの担保を隠してしもうたからの」

「なるほど、復帰はなしか。相対したら、容赦は捨てよう」

「はじめからせんじゃろ、おぬし」

 しかし、とフラマは吐息。

「この連絡網を遮断した地であっても、対策は取られてしまうものなんじゃなぁ」

「アルカナムの"皇帝"に関しては運が悪かった。奴と"力"はイギリス戦を経験している。折角配置した人形共も一部は見つかってしまうだろうな」

「さりとて、一部だけなら問題はない。どのみち、この国の対外防衛力では防げんよ」

 ジャックはフンと鼻を鳴らした。

「凝縮された人間の感情は世界を震わすだけの力を有するのか。

 虹夜が異界との接合だったのは分かるが、そのきっかけは未だ不明だ。接点が揺らぐだけでは再現とまでは言えん」

 空が虹色に染まった夜。一部では、世界から消えた人間を生け贄にして世界が変容した、と唱える者もいる。

 もちろん、消えた人々を行方不明者として捜索している人々からは、この生け贄論は抗議の対象となっている。

「この震えを再現と取るかどうか、他の連中はどう考えるかのう」

「というかだな。災禍達のような半生は虹夜実験から外せ、とそういう声もあったような気がするのだが。割られることが希有とはいえ。割られてしまうと、いつこういうことが発生するか分からんからな」

「わしらだけだと手が回らんじゃろうが。他がいるおかげで、わしも異界探査が出来るのじゃし、あまり反対も出来んの」

「異界探査、ね。

 フラマが行っていたのはキラウエアにある門だったな。さっきの神格はそこで得たのか?」

「大冒険の戦利品といったところじゃな。ま、虹夜の被害者とは遭遇せんかったがの」

「行き先であっても全滅している可能性もあるがな」

「そこを求めているわけでもなし。消えた段階で終了の可能性も高い。いればいたで良きサンプルともなろうが」

「異界――アウター・プレーン、か。門はどこに開くか分からないが、どこでも開く可能性はある。ただし、どの異界に繋がるかは不明」

「人間の命だけでは足りず。実際、ベヘモットを用いて人間の魂を多量に消費してみても、門が開いたとの報告はない。まあ、私の一つは面に手を届かせたが」

「生み出されるのは魔力だけじゃからの。

 で、今回の試みじゃ。

 時逆めは人間の意思に注目しておった。時に人間は、その強い意思や感情を祈りに乗せ、神へと願いを届かせることもある。

 人の有史において、神々は異界に存在していた。そこに到達出来るのが意思のみだとしても、世界を隔てる海を渡れるのだ。注目しない道理はない」

 とはいえ、と。

「実験は必要じゃろ?」

「そうだな。我々はそうしてきたのだから、今回もそうするのだろう」

「まあ、天幻の使い手を確保出来れば一番手っ取り早いんじゃがのう」

「できれば、な」

 出来ていれば、そもそもまだるっこしい実験などしていないが、とジャックは頭を振る。

「そういえば、フラマが持ってきたあの神格はどこにあったものだ?」

「ありゃぁな。キラウエアの先にあった門をいくつか通った先がメカヌスに通じておっての」

「機械仕掛けの理想郷にか?」

「正確にはメカヌスを模した擬似世界なのじゃが。ある邪神が生み出した箱庭じゃな」

「嫌な予感しかしないな」

「白の霧に包まれた世界で青白い燐光が空を舞い、灰色の炎が壁となった都市の中を、善悪のどちらにもブレず、ただ秩序にのみ生きる命が住まう場所。そこにな、邪神は時々じゃが異端を放り込むことがある。どちらかにブレた存在をな」

「あぁ、汚染を発生させるのか」

「うむ。しかも娯楽としての。ひとしきり楽しんだ後は、炎の壁に向き合い不安を抱かなかった者を残して死滅させる。いわば、娯楽と間引きをセットにしておるのじゃなぁ」

「ははは、通りすがりの偏屈者に滅ぼされそうな世界だな」

「うんむ。ちゃんと滅ぼしておいたぞ! 神格は逃げた炎の切れっ端じゃい」

「おまえ最悪だな! なんで切れ端しか持ってこないのだ」

「無茶言うでないわ。滅ぼした世界の裏側から複数の邪神共が出てくれば、そりゃ逃げ出すに決まっておる。ま摂理の奴が狙われた風でもあったから、奴を囮にして逃げたのじゃがの」

 ジャックは"摂理"と呼ばれるduxを思い浮かべる。

 左目にだけ意匠を凝らした無貌の面を着けた仲間である。

 人間を用いた異界関係の実験には興味を示さず、時折、構造不明の物品などを用いて世界に穴を開けたりする謎多き仲間。duxの中でもかなりの異端な存在だ。

「摂理は異界に?」

「既に戻っているやもしれんが、奴に関しては戻るというのが正しいかどうかも分からん。少なくとも、今回の一件には絡んでおらんよ。わしらに気づかれず、そこらの飯屋で蕎麦をすすっている可能性もゼロではないがの」

 ジャックは「ありそうな可能性だな」と頷く。

「で、だ。今ここで休んだとして、これから同じようなの相手に戦えるかね?」

「それは問題ないのぅ。現状の神州でわしらの相手を出来るのは数が限られておる。皇帝は想定外じゃが、それ以外は……うむ。遭遇しなければ問題ないのだ。もっとも、アルカナムがどれだけ他所の国の戦闘に関わるかは分からんがの」

「本当に大丈夫か。しかし、銀閃の面を割った奴に遭遇すればどうなるか」

「その奇跡はそうそう起こらんよ。災禍の知人だったが故に、戦闘に強い意志が伴い発生した奇跡であろうよ。銀閃はその巻き添えじゃな。ま、神剣並の出力は出ていたようじゃがな」

「なるほど。想定外の戦力がぽっと出で出現しない限り、これからの本実験は安泰というわけだな」

「うむ」

 フラマはガントレットの拳を握り締め、調子を確認。問題なしと判断する。

「ところで、先ほどおぬしが戦っていたおなごがおったじゃろ?」

「お姫様の守り人か。それがどうした」

「もしも今後、アレと対峙する時は気をつけるがよい」

「何者か知っているのか?」

「うむ。アレもそうじゃし、"皇帝"にしてもじゃが、正式に名乗りをあげたとすれば、これからは厄介になること請け合いじゃ」

 "皇帝"と並べて語るということは。

「アルカナムの将じゃ。ナンバーはなんじゃったか。"皇帝"と"力"が参加する前から、かの魔女に助力する者の一人じゃな。

 あそこの連中は国家として台頭した今でさえ、将が暗躍したままじゃ。将同士が互いを知らないことも珍しくはない。今はまだ将と将以下を集めているところらしい。ま、それも長くないとリュオンの奴は言っとるがの。

 帝国の二大英雄や、中華連合の天仙ども、そして、インドの眷属連のように、大国の将の顔と名が知れる時には世界のバランスが変わる。アルカナムの連中はそれこそ爆弾じゃよ。特殊な連中ばかりじゃからな。国土もお空を飛んでおるしの」

 あぁ、とフラマは思い出したかのように声を上げる。

「そろそろアメリカも世界の事情に首を突っ込み出す頃じゃったな」

「対メシーカが終息したからな。ま、目と鼻の先でGSの機動戦艦が轟沈などというイベントがあれば、世界情勢に顔も向けんとならんだろ」

「やったのはお前らじゃがな」

 ジャックは軽く肩をすくめただけで否定はなし。

「しかたがない。アメリカ保有のお宝を頂戴するには相応の気を引くイベントが必要だったのだからな。ついでに轟沈させた物もいただいてきたがね。

 アレを建造した奴は相当のSF馬鹿だな。再利用する私も私だが」

 あんな面白いものを作った奴が悪い、と。

「おぬしはそのリサイクル戦艦につくんじゃったな?」

「そうなるな。いい加減、東京湾内にはいるはずなんだが」

 ジャックは給水タンクから背を離す。

「いくかね?」

「段取りは必要だ。それに、運んできたものを起動する必要もある」

「先のような、寄り道はするなよ?」

「やることやるまではな。やることやったら自由時間だ。所詮、今回はお手伝いだからな」

 お手伝い。その言葉にフラマはクククと笑いを漏らす。

「わしらの実験は大半がソレじゃがの。自由行動があるだけまだマシじゃろ」

 ジャックは「違いない」と残し、颯爽とその場から消え去った。

 フラマは変わらず日比谷公園を見下ろす。

 公園内での烈士隊の活動は、その大半が神祇院が巻き起こした惨劇の後処理である。

 では、大半ではない一部は何をしているのか。

 詞魂堂前にて何かを回収しているように見える。

 その一部の行動を視界に納めつつ、フラマは「やれやれ」とつぶやく。

「かの家は神祇院を通して協力してくれることには感謝するが、その狙い所が結果としてわしらの邪魔にならなければよいがのぅ」

 あくまでも協力関係。完全な味方ではない。その関係が何をもたらすか、それはまだフラマにも分からないことである。

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