眼に見えないもの 中
智はいよいよ死後の世界へを思いを巡らす・・・はずだったのだが、どうしてこうなった。
今週はちょっと忙しすぎてあんまり進んでない。
草も眠り音もどこかに流れ去って、世界はただ蛍光灯の光とその下に照らされる俺がいるのみだ。
完全な静寂と孤独がそこにあった。
俺は呼吸を深く静かに整えていく。ガミとの約束である「死後」を考えるために集中する。
こうやって精神統一を図るのも久しぶりだ。中学二年のころ瞑想にはまりだして日蓮の呼吸法を真似たこともあった。それで特別な何かが起こったわけではなかったがあの頃はそれをしたっていうだけで満足していた。
あの頃は孤立していたい気分が強い時期だったから、戻りたいとは思わないにしてもとても懐かしく感じられた。五年も経てば懐かしい思い出でも不自然じゃないだろう。
中学の頃は、正直なところあまり楽しくなかったと思う。
部活も委員会活動も中途半端なのめり込み方しかしてこなかったから、結果として”思い出”とか”学んだこと”として人前で言うのとは正反対に何も得ていない気がした。
高校は部活すら入らず毎日カリキュラムを消化していくだけの日々を送っていた。
いろんなものがつまらなかった。
俺は、ここまで生きてきて何も手に入れていないのだろうか。
しばらくばらばらに浮かんでくる思い出に心を巡らす。
運動会も文化祭も俺にとってはたいして重要なイベントではなかった。
恋も無かった。・・・いや、今は”無くなった”とするのが正しいか。
授業科目にも放課後にもときめくものはなにも無かった。
修学旅行で神社仏閣を回ったことぐらいか、楽しかった思い出は。
でもまてよ、と俺は思い直す。俺の人生はなにも学校だけではなかったはずだ。
もっと肌身の部分、日常の部分には何があっただろうか。
今まで俺が食べてきたものは何があった。
見てきたものは何があった。
知ってきたことは何があった。
俺は思い出を攫っていく中で引っ掛かりを感じ始めた。その感覚はまるで忘れてはいけなかったことを忘れてしまい、忘れていることは分かっているのに何を忘れたか思い出せないときのようだった。
思い出そうとするととたんに胸がドキリと痛んだ。まるでそれを露わにすることを自分が拒否しているかのように感じられた。
俺はこれ以上思い出そうとすることを止めることができる。
だが俺は思い出すこと止めなかった。
確かに苦しいのだ。さらに続けても何か得がある確証は無かった。
それでもなにも分らないままで居続ける方がもっと苦しいと思ったのだ。
だから止めなかった。
昔の俺では考えられないことだと思う。今、自分の過去を振り返っていたのだからなおさらそう思う。
きっと、ガミや悠也の事があってから俺も変わってきたのだろう。
そこで俺は気づいた。この引っかかり、胸の苦しみの原因は悠也だと。
途端次々と濁流のように悠也との思い出が蘇ってくる。
体育の授業で俺が独りになりそうなとき笑顔でバディを組んでくれた。あいつの先生顔負けの丁寧な教え方で赤点回避どころか俺は高校受験をだいぶ余裕を持って望めた。俺のしょーもない雑談にいつもいつも付き合ってくれていた。
誰に対しても傷つけるということが無い丸い性格、爽やかさがあいつの持ち味だった。
記憶はだんだんと新しいものに近づいていく。
そしてとうとうこの一ヶ月以内に起こった一大事件にたどり着いた。
自分の片思いの相手を絶対な強者である親友にとられるという大事件。今でも思い出すだけで体中がむずがゆくもどかしい、かきむしりたいような感情が溢れてくる。そしてその感情のままにあいつを殺そうとまでした自分への後悔、恐怖、失望感。
そうか、と俺は納得する。俺は無意識のうちにこの恐ろしい記憶を抹消しようとしていたのだ。俺の最も忌まわしい思い出で自分を苦しめてしまう前に。
ふと、俺の今考えていることがガミとの約束とはぜんぜん違う方向であることに気がついた。
俺はまったく自分には集中力があるんだか無いんだかと呆れてため息をついた。
だがこれでもう頭の中は空っぽだ。もう他の記憶やら何やらで邪魔されることはないだろうから、ある意味で準備運動が終わったような状態になったわけだ。
俺はすっかり乱れてしまった呼吸をもう一度整えて、改めて死後について思索を始めた。
流れ的には次でやっと本題に入ります。
ここからはまたちょっと時間かかるかも。